央華封神・異界伝~はるけぎにあ~   作:ローレンシウ

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第四十二話 滑稽之雄

 

「ううむ……。これはまた、何とも見事なものじゃのう……」

 

 ラ・ロシェールの『桟橋』を見上げて、瑠螺は素直な感想を口にした。

 

 それは長い、長い階段を上った先にある丘の上に生えた、山ほどもあろうかという巨大な一本の樹だったのである。

 四方八方に伸ばされた太い枝のそれぞれには、まるで木の実のように船がぶら下がっている。

 奇妙な形をしたそれらの船こそが、水ではなく風をわけて空を進む船、飛行船というものであるらしい。

 

 その光景にか、あるいは同じ木行に属する存在だからか、リンとレンが興奮気味に目を輝かせてはしゃいでいる。

 

「リュウラのいたところには、こういうものはないの?」

 

 ルイズが、やや意外そうにそう尋ねる。

 

「ない、じゃろうな」

 

 まあ、ものすごく巨大な樹や、空飛ぶ船型の仙宝くらいなら、央華の仙境にもあるだろうが……。

 その樹を桟橋に仕立てた上に、これほど多くの飛行船を寄せ集めたこのような場所となると、おそらく似たものはまずあるまい。

 

「この樹よりも大きな鳥とかであれば、見たことはあるのじゃが」

 

 そう言う瑠螺が思い浮かべたのは、央華でも最大級の生き物に分類される巨大な鳥、鵬(ほう)だ。

 鵬は五祖のひとつである鳳凰の子孫だとも言われていて、その大きさは卵から孵ったばかりでさえ翼長にして十五丈(約五十メートル)もあり、長じれば邑を丸ごとすっぽり覆って夜に包むことができるほどになる。

 寿命は天地に匹敵するほどにも長く、止まることなく成長し続けるため、最古にして最大の鵬は翼長が三千丈にも達しているという。

 

 それを聞いて、ルイズは目を丸くした。

 

「本当? そっちの方が、よっぽどすごいと思うけど」

「想像がつかない」

 

 キュルケとタバサも口を挟む。

 

「ふうむ。まあ、そのあたりは、考え方次第かのう?」

 

 とりたててこだわりもなく、したがってそれ以上詳しく説明したり論議したりする気もない瑠螺はさらりと流すと、先導するフーケの後に続いて樹の根元へ向かった。

 

 この桟橋は枯れた大樹の幹をうがって造ったものらしく、内部は空洞になっている。

 根元から各枝に通じる階段には鉄でできたプレートが貼ってあり、そこに行き先を示す文字が躍っていた。

 

「こちらですわ」

 

 フーケは迷うことなくそのうちのひとつに向かい、皆も後に続く。

 木でできた階段の隙間から見下ろすと、眼下にラ・ロシェールの街の明かりが見えていた。

 

 

 

「…………」

 

 ワルドはもはや、無理に出しゃばって指揮をとろうとするでも、異議を差し挟むでもなく、他の同行者たちと共に黙ってフーケの先導に従っていた。

 だがもちろん、その胸中は穏やかではない。

 

(ええい、忌々しい!)

 

 あの『ガンダールヴ』が、よもやここまでできる輩だったとは。

 これまでに二度も不覚をとり、しかもその二回とも、一体どうやって倒されたのかさえ正確には把握できていないときている。

 

 それに他の同行者どもも、考えていたよりも遥かに使える連中のようだ。

 

 いまだに自分の秘めた力に目覚めていないルイズと、メイジで年長者だとはいえおそらく戦闘の心得などろくにないであろう学院長の秘書、そしてその身内だという子供が二人。

 あとは、どうやってか自分たちの行き先を嗅ぎつけて途中から加わってきた、ルイズの友人らしい学生メイジが二人。

 何の障害にもならぬと思っていたのに、突然の襲撃にも誰一人として臆することなく踏み止まって戦い、あまつさえ全員無傷で切り抜けるとは。

 奴らのために、こちらの計画は狂いっぱなしだった。

 

(……だが、ここで諦めるわけにはいかん……!)

 

 ワルドはアルビオンの貴族派『レコン・キスタ』の一員でありながら、トリステイン貴族の地位を保ったまま、獅子身中の虫としてずっと王宮内に潜み続けていた。

 そうして先日、思いがけずアンリエッタ王女から極秘任務を与えられたことで、組織内部で手柄を立てる絶好の機会を得たのである。

 

 レコン・キスタは以前から、アンリエッタ王女が密かにウェールズ皇太子に送ったという恋文を探していた。

 おそらくはアルビオンの首魁であるオリヴァー・クロムウェルが『虚無』の力を用いて蘇らせ、味方に引き込んだアルビオンの元忠臣からその手紙の存在を聞き出したのであろうと、ワルドは推測している。

 それを取り戻して来いというこの度の任務は、貴重な手紙を手中に収めた上に、この手で王党派の事実上の指導者であるウェールズの首級を上げるまたとないチャンスなのだ。

 

 しかもその任務には、かつて自分が婚約者としての約束を交わしていたルイズまでもが同行するという。

 

 少し前に、トリステイン魔法学院の女生徒たちとその使い魔とが『土くれ』のフーケと名乗る悪名高い盗賊の手から奪われた財宝を取り戻し、廃業に追い込んだと噂になっていたが、その女生徒の中にルイズの名があった。

 おそらくはアンリエッタも、その噂を聞いてルイズに任せようと思ったのかもしれない。

 さらに言えば、彼女が信頼され使者とされたからこそ、自分もつい先日ようやく顔を覚えられたばかりの王女からこの重要な任務に使者の一員として選ばれたのに違いないだろう。

 ルイズは公爵家の娘ということで、幼い頃には王女の遊び相手を務めていたから、自分がその頃ルイズの傍にいたこと、彼女の婚約者であったことをアンリエッタも思い出したのか。

 なんであれ、以前からルイズの秘めた才能に気付いており、おそらくは彼女も『虚無』であるに違いない、いずれはその力を自分のものにと考えていたワルドにとってはまさに一石二鳥、実に好都合な話だった。

 

(これほどの好機は、またとあるまいからな)

 

 そういえばレコン・キスタからの要請には、そのフーケと名乗る盗賊と接触を取ることも含まれていた。

 

 何でもそいつは、本名を『マチルダ・オブ・サウスゴータ』とかいう元アルビオン貴族の女で、国王の身内の醜聞に巻き込まれて身分を奪われ追放された身であるらしい。

 アルビオン王家の罪業を象徴するような存在ゆえに、政治的な利用価値があると考えられたのだろう。

 フーケを名乗る盗賊はこれまでにも数人捕らえられていたが、実際に接触してみるとどいつもこいつも明らかに偽物であるのがすぐにわかった。

 せめて手駒として利用してやろうと、チェルノボーグの牢獄から一人逃がして連れてきてもみたが、とんだ期待外れだった。

 

(まあ、つまらぬ盗賊の一匹や二匹など、今となってはどうでもよいことだ)

 

 本物をいまだに見つけられていないのは残念だが、さして優先順位の高い仕事ではない。

 そんなことよりも、目の前にあるこのビッグチャンスの方が遥かに重要である。

 

 これをものにできれば、自分はもはや末端のスパイなどではなく、レコン・キスタの重鎮の一人として迎え入れられることだろう。

 それを障害の一つや二つで、それが予想より少しばかり大きかったからといって、どうして棒に振れようか。

 

(どんな手を使ってでも、この賭けには勝たねばならぬ!)

 

 ワルドはそう決意すると、先を行く瑠螺とルイズの背を交互にねめつけながら、あらためて今後の計画を練り直し始めた。

 

 ルイズは、できることなら口説き落として本心から自分についてこようと思わせたかったし、同行者たちにしても、殺さずに途中で脱落させて地上に置いていけるなら、それに越したことはないと思っていた。

 だが、もはやそんな場合ではない。

 

 手段を一切選ばなければ、まだまだ取れる手立てはあろう。

 

 そうしてアンリエッタの手紙も、ウェールズの首も、ルイズの『虚無』も。

 ついでにあの忌々しい『ガンダールヴ』の命も、そのすべてを掌中に収めてやるのだ……。

 

 

 

 一行が駆け上がった階段の先には、一本の太い枝が伸びていた。

 

 その枝に沿って、帆船のような形状だが舷側に羽が突き出た飛行船が一艘、上の枝からロープで吊るされるようにして停泊している。

 甲板で寝込んでいた船員が一人、近づいてきた一行の気配に気づいて起き上がった。

 

「あぁん? なんでぇ、おめえら。こんな時間に……」

 

 ラム酒の瓶を小脇に抱え、酔って濁った眼で、怪訝そうにフーケらを見つめる。

 

「急用で、すぐに船を出してもらいたいの。船長を呼んできてちょうだい」

 

 フーケはくどくどと説明する手間を省くため、懐から杖を抜いて自分がメイジだと示しながら、そう要求を出した。

 男はぎょっとして跳ね起きると、船長室へすっ飛んでいく。

 

 ややあって、寝ぼけ眼をした、他の船員よりも立派な装いの初老の男が姿をあらわした。

 

「貴族のお客人で? 何のご用ですかな」

「王室からの勅命です。すぐに私たちを乗せて、アルビオン行きの船を出しなさい」

 

 フーケは、背後に控えるルイズらを示しながらそう言った。

 船長は目を丸くする。

 

「その……、陛下のご命令に逆らおうというんじゃありやせんが、それは無茶というもので。この船は、アルビオンが最接近する翌朝に出発して到着するために必要な、最低限の風石しか積んでおりやせん。いま飛び立っても、途中で燃料切れを起こして、墜落しちまうだけで」

「不測の事態に備えるための、少しの予備燃料もないのですか?」

 

 フーケが顔をしかめる。

 

「へえ、残念ながら」

 

 船長は、肩をすくめてそう言った。

 

 それは本当のことで、彼らはアルビオンの貴族派に硫黄などの戦争物資を運ぶ商売をしているのだが、少しでも儲けを多くするためにいつも予備の燃料は積まず、ぎりぎり限度いっぱいまでの荷を積んでいる。

 元より戦争中の国への輸送という時点で危険の大きい仕事であり、あえてそれをするからには安全管理などに気を使うよりも可能な限りの利益を上げたいのだった。

 

「……」

 

 タバサはそこで、無言でワルドの方に目を向けた。

 自分の力では厳しいが、『風』のスクウェアである彼ならば、多少の不足分くらいは補えるのではないかと思ったのだ。

 

 だが、ワルドからは何の反応もない。

 

 彼としても、本来の出港時間よりも早く船に乗りたいことはルイズらと同様だ。

 遠く離れたアルビオンの地のことゆえ、レコン・キスタから王党派への正確な総攻撃時間までは把握してはいないが、ここ数日以内にも最終的な決着がつくであろうことはわかっていた。

 それゆえ、先ほどの襲撃で同行者たちを振るい落とすという目的を達した後は、すぐにでも船を出すよう交渉するつもりだったのであるが……。

 何分、今の彼は自分の考えに没頭して上の空で、船長との交渉などには注意を払っていなかった。

 

 タバサはいささか不審に思ったものの、無理に声をかけようとはせずに視線を戻すと、彼に頼らず自分たちでなんとかするべく、別の手段を提案することにした。

 

「まわりにも、たくさん船がある」

 

 そう言いながら、他の枝々からぶら下がっている船を杖で示す。

 

「急ぎの用がない船から、『風石』をもらえばいい」

 

 船長はそれを聞いて、呆れた様子だった。

 

「お嬢さま。生憎と周りのやつは、自分の船じゃねえんで。勝手に抜くわけにはいきませんや。買い取るにしても、手元に金もありやせんしね」

「金ならば、わらわがどうにかしよう」

 

 瑠螺が横合いから、そう口を挟む。

 地面の下からほぼ無尽蔵に貴金属を取り出せる彼女にとっては、金などは必要となればいくらでも用意できるものだ。

 

「持ち主が船にいれば、交渉して譲ってもらうことはできるでしょう。個人所有の船でしたら、あまり大勢に迷惑がかかるということもないでしょうし」

「じゃ、あたしがその辺の船をまわって話をつけてみるわ。翌朝まで待つよりは早いでしょ」

 

 フーケとキュルケも同意してそう言うと、さっそく行動にとりかかった。

 

 

「よぉぉし、出港だ! もやいを放て! 帆を打てい!」

 

 しばしの後に、首尾よく準備が整った船は、アルビオンへ向けて飛び立つことができた。

 

 船長はほくほく顔で矢継ぎ早に命令を下し、先ほどまで眠そうにしていた船員たちも、不平も言わずにそれに従う。

 それもそのはずで、瑠螺は風石の買取りのために気前よく支払っただけでなく、夜分遅くに働かされることになった彼らにも結構な量の黄金を、礼金として手渡したのである。

 彼らにやる気を出させてこちらの希望通り急いでもらうためにも、そうした方がよかろうと判断したのだ。

 

「いつ頃に着きますか?」

「へえ、明日の昼までにはスカボローの港に到着して見せまさあ。陛下のためにもできる限り急ぎやすんで、お任せ下せえ!」

 

 フーケの質問に対する船長の返答を聞く限りでは、黄金の効果はあったらしい。

 

「ところで、あなたが普段からアルビオンの貴族派に物資を売りつけてるなら、現地の戦況は知ってるんでしょう。どんな具合なの?」

 

 そんなキュルケの質問に対しても、船長は詳しく答えてくれた。

 それによると、王党派は敗走に敗走を重ね、現在はニューカッスルと呼ばれるアルビオンの端にある小城にまで追い詰められているらしい。

 

「王軍はニューカッスル付近に陣を配置したものの、攻囲されて苦戦中のようで。壊滅は目前でしょう。そうなるとわたしらの商売も、これが最後かもしれませんな」

 

 それを聞いて、ルイズは暗い顔になった。

 

 そんな状況では、ウェールズ皇太子がいつまで無事でいるかもわからない。

 一刻を争う事態だが、王党派が既に敵に包囲されてしまっているとなると、どうやって連絡をとったらいいものか……。

 

「スカボローからニューカッスルまでは、馬で一日ほどの距離です。どうにかして、反乱軍の間をすり抜けて行くしかないでしょうね。まあ、諦めるというのも、ひとつの手かとは思いますが……」

 

 フーケはそう言って、皮肉っぽい笑みを浮かべる。

 

「そんなわけにはいかないわ!」

 

 ルイズは不安と緊張を振り切るように首を横に振ると、ぐっと胸を張って、毅然としてそう言い切った。

 

 どうにかしてみせる。

 フーケやリン、レンとはスカボローの港でお別れだし、キュルケやタバサにしてもそこまでついて来てくれるかどうかはわからないが。

 それでも、まだ自分と瑠螺がいるし、それからワルドも……。

 

 と、そこまで考えて、ルイズは首を傾げた。

 

「……そう言えば、ワルドは?」

 

 先ほどから、彼の姿が見えない。

 

「ああ。あのおじさんなら、さっき船室に行ったけど」

「疲れてるから、とか言ってたね」

 

 リンとレンがそう説明した。

 

「休む前に、船長から話を聞いて到着後の方針を相談するくらいのことはしておくべきでしょうに」

 

 キュルケが呆れたようにそう言って、肩をすくめる。

 

「ま、大して動いてもいないのにやたらと休みたがるあたり、疲れっぽい御仁みたいだからねえ?」

 

 船長が部下への指示を出すために離れて行ったので口調を元に戻したフーケが、皮肉っぽくそう言った。

 

 なんでもあの男は、先刻の襲撃の時も味方の半分を捨てるとか後ろ向きなことを言っただけで、ろくに戦いもしなかったらしいし。

 風石を調達するために皆があちこち動き回っていた時も、一体何をしていたのやら……。

 

「…………」

 

 一方で、瑠螺はじっと黙り込んで、何事か考え込んでいた。

 タバサがその様子に気付いて、首を傾げる。

 

「なにか?」

「……うむ、ちょっと気になったことがあるのじゃが」

 

 皆が彼女の方を向く。

 

「先ほどの傭兵どもはなぜ、この船のほうを狙わなかったのであろうな?」

 

 別に自分たちを襲わなくとも、アルビオンへの到着を防ぐのが目的であるなら、そのほうがよいのではないだろうか。

 敵方には巨大ゴーレムを使えるあの偽フーケもいたのだから、夜分密かにアルビオン行きの船を片っ端から叩き壊して当分飛べなくしてしまうくらい、いともたやすかったように思えるのだが。

 王党派は敗北寸前だというし、あと数日足止めするだけでよいのなら、それで事足りるはずだ。

 

 それを聞いた他の面々は、首を傾げて考え込んだ。

 

「ええと、アルビオンへ行ける船を全部沈めたりしたら、騒ぎが大きくなって面倒だと思ったとか……」

「そうかねえ。あんな大勢で貴族向けの宿を襲ったりする連中が、今さら騒ぎを大きくしないでおこうだなんて考えてたとは思えないけど」

「うーん。あたしたちを倒すほうが簡単だろうって見くびったか、息の根を止めて後腐れのないようにしておくほうがいいと思ったか。でなきゃ、ただ単に船を狙うことを考えつかなかったか……」

 

 ルイズ、フーケ、キュルケが、それぞれ思い思いの意見を述べる中で、タバサがぽつりと呟いた。

 

「……あるいは、到着を阻むのが目的ではなかったのかもしれない」

 

 リンとレンが、不思議そうに目をしばたたかせた。

 

「ええ? あの連中はみんなにアルビオンに行ってほしくないから襲ってきたんじゃないの?」

「やっぱり、ただの物取りだったってこと?」

 

 タバサは首を横に振る。

 

「同行者の数が多いと後で厄介だから、襲撃をかけて減らしておきたいと思った。でも、アルビオンには行かないと困る。そうしないと、ウェールズ皇太子に会えないから」

 

 ルイズらは一瞬、彼女が何を言っているのかわからなかった。

 しかし、じきに思いあたって、はっとした表情になる。

 

 そもそも、アンリエッタ王女から直々に与えられた急を要する任務であるにもかかわらず、手を尽くして臨時の船を出させようともせずにラ・ロシェールに一晩滞在することを決めたのは誰だったか。

 その結果、敵の襲撃を受ける羽目になったときに、さほどの苦境に陥ってもいないうちから『味方の半分を置いていく』という案を持ち出したのは誰だったか。

 現状、王女が他者を介さずにお忍びで直接自分たちに会って依頼した任務の情報がアルビオンの貴族派に、しかもこれほど早いうちから漏れているという奇妙な状況になっているようだが、それを知り得る立場にあったのは一体、誰だったのか……。

 

「なるほど……。考えてみれば、確かにそうだわ」

 

 キュルケは得心したように頷いた。

 言われてみれば確かに、あの男が黒幕だとすれば、話のつじつまは合う。

 

「『偏在』を何体か使えばできることだね。王子さまの首を、反乱軍が勝つ前に横からかっさらおうっていうのか。それとも、例の手紙なり、王家のお宝なりが狙いか……」

 

 フーケも、うんうんと頷いて同意する。

 リンとレンは、きょとんとして顔を見合わせた。

 

「ええっと……。あのおじさんが犯人だったってこと?」

「なんか、そうみたいだね」

 

 そこへ、ルイズがあわてて口を挟む。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ! いくらなんでも、それはないわ!」

 

 確かに長い間会っていなかったし、いささか幻滅した部分もないではなかったが。

 それでも彼女にとってはワルドはずっと憧れてきた相手で、幼いころに優しくしてくれたお兄さんだったのだ。

 理屈の上では彼が怪しいのはわかるが、だからといって裏切り者で、刺客を差し向けて自分たちを殺そうとしたなどとは到底信じられない。

 

「状況証拠だけとはいえ、黒だと断定するには十分だと思うけど」

「お嬢ちゃんにとっては、幼馴染で婚約者なんだっけ? お気持ちはお察しするけど……ねえ」

「でも! 彼は生まれた時からトリステインの貴族だったし、ずっと王宮に仕えて、今は魔法衛士隊の隊長にまでなっているのよ? 反乱軍なんかにつく理由がないわ!」

 

 ルイズは半ばむきになりながらも、そんな風に理屈をつけて反論した。

 既にトリステイン国内で相当の地位を築き上げている彼には、他国の反乱軍に加担してこんなことをする動機がない。

 

「確かに、確定ではない」

 

 興奮して少し声が大きくなってきていたので、タバサは彼女をなだめるようにそう言った。

 念のために風を操って、音が外に漏れないようにしながら。

 

「うむ」

 

 瑠螺も、その言葉に同調して頷く。

 

「状況的に疑わしいというだけで、仲間を告発するというわけにはいくまい」

 

 ルイズが大きく頷いた。

 他の面々、特にフーケとキュルケは不満そうだったが、それでも不承不承同意する。

 

 もしもワルドが無実なのであれば、彼はこの旅における自分たちの仲間なのだ。

 特にルイズにとっては、彼は古くからの知り合いであり、ずっと憧れと尊敬の念を抱いてきた相手でもある。

 そんな男を罪に問うには、状況証拠よりもっと強い何かが求められる。

 

「でも、怪しいのは確かだし。そんな疑惑を抱いたままの相手と一緒に旅を続けるっていうのは、気が進まないわ」

「見張るにしても、四六時中ってわけにはいかないし。向こうにも疑われるだろうしね」

 

 瑠螺はそんなキュルケとフーケの言葉にも、同じように頷きを返した。

 

「それもまた、もっともなことじゃ。あの御仁が白であれ黒であれ、疑念は早々に晴らしておかねばのう」

 

 

 

 同行者らが自分に関するそんな話をしていることなどつゆ知らず、ワルドは一人船室にこもって自身の策謀を成し遂げることだけに集中し、そのための作業を進めていた。

 

「く、くく……、く……!」

 

 昏い陰湿そうな笑みを浮かべながら、大方船員好みのラム酒ばかりな船室を物色して見つけた数少ない来客用の上等な酒、クックベリーの甘い果実酒に薬を垂らしていく。

 クックベリーが幼いころからのルイズの好物であることを、彼はよく知っていた。

 

「……さっさと、こいつを使っておけばよかったな……」

 

 そうひとりごちると、注意深く栓をし直して未開封に見える状態に戻し、よく振って中身を混ぜる。

 

 結局のところ、ルイズに関してはこれで十分なのだ。

 別に、彼女の愛情なぞ必須ではない。

 最終的に『虚無』の力さえ手に入ればよいのだから、無用な自己満足やプライドを捨ててしまえば、こうして禁制の水の秘薬でもなんでも使って操ればいいだけのこと。

 

「よもや必要になるとは思っていなかったが……、なんでも、念のために用意しておくものだ」

 

 ルイズさえ傀儡にできればそれ以外の同行者に用はない、皆殺しにしてやる。

 目的地が近付き、自分のグリフォンで十分辿り着ける距離になったら、寝首を掻くなり船ごと沈めるなり、どうとでもして片付けてやろう。

 巻き添えになる犠牲者がどれだけいようが、知ったことではない。

 

 だが、そう決心してはみても。

 

(俺を殴りつけて説教するだなどと、ずいぶんとふざけた真似をしてくれたな。コケにしおって!)

 

 彼の思考は結局、最後には冷徹で合理的なものではなく、自分のプライドに絡んだ感情的なそれに行きつくのだった。

 

(貴様なぞ、操ったルイズの手で殺させてやる。主人に殺される瞬間の顔が見ものだ。……いや、それよりもやはり、とどめは自分の手で……!)

 

 彼は結局、根本的には己のプライドのために行動しているのだ。

 央華の邪仙などにも、よく見られる傾向である。

 

(本当に間が抜けているのはどちらか、じきにわからせてやるぞ、『ガンダールヴ』!)

 

 心の中でそう言い放ち、悦に入っていたところで、船室の扉がノックされた。

 

 はっと我に返って、瞬時に元の落ち着いた紳士的な表情と声に戻る。

 こうした変わり身の早さはさすがだった。

 

「誰だい?」

「わたしよ、ワルド」

 

 扉の向こうから聞こえてきたのは、ルイズの声だった。

 

「……!」

 

 気配からすると、扉の向こうには彼女一人しかいないようだ。

 心なしか、その声はいつもよりも少し固い感じで緊張したような雰囲気があったが、早くも絶好のチャンスが舞い込んできたことに気をとられたワルドは、それには注意を払わなかった。

 

「少し、話したいことがあるの。入ってもいい?」

 

 何と好都合なことか。

 運までもが、自分の味方をしてくれているようだ。

 

「ああ、もちろんだとも。いい酒を見つけたんだ、入って一杯やらないか。目的地に着くまで、少しリラックスしておこう」

 

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