央華封神・異界伝~はるけぎにあ~   作:ローレンシウ

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第四十五話 一刀両断

 

「感謝いたしやす、お嬢さまがた。この度は、大変お世話になりやした。加えて、航海中にご迷惑をおかけしたこと、お詫び申し上げやす」

 

 スカボローの港に着くと、船長らはルイズらの前に並んで恭しく頭を下げた。

 おそらくは命と財産の恩人たちに対する正直な感謝の念と、凄腕のメイジたちに対する畏怖やご機嫌取りとが半々といったところだろう。

 

「いや。我らの無理な願いを聞いてもらわねば、あのような連中に襲われることもなかったであろう。世話になったのも、迷惑をかけたのも、こちらのほうじゃ」

 

 瑠螺がそう言って袖口を合わせながら頭を下げると、彼らは困惑した様子で顔を見合わせた。

 

 ただの一言で飛行船を叩き潰してしまうような、当代の英雄の域を越えて伝説に語り継がれてもおかしくないほどの腕を持つ高位の貴族(彼らにはそうでないと考える理由はなかった)ともあろう者が、自分たちのようにいかがわしい稼業に手を染めているただの平民に対してそんな態度で接してくることが理解できないのだ。

 

「あ、いや……、とんでもありやせん。勿体ないお言葉で。なにかもっと、お手伝いできることがありゃあいいんですが……」

 

 かえって気味が悪く感じて、何か裏があるのではないかと不安になった船長が、さらにご機嫌を取ろうとする。

 ふと思いついたように、反乱軍側に物資を提供している商人がもつ証明書を差し出した。

 

「そうだ、これを差し上げやす。通行手形の代わりになることでしょう」

 

 これを持ってしかるべき恰好をしていれば、ある程度までは反乱軍側の陣地内にも通してもらえることだろう。

 キュルケがそれを見て、首を傾げる。

 

「こんなの、もらっていいの? あなたたちにも必要なものじゃないかしら?」

「いえ、どうかお気になさらず。そいつは恩人への、せめてものお礼と申すものですんで、へえ」

 

 実際のところは、数日以内には王党派は壊滅する見込みで、そうなれば今の商売は終わりだから、自分たちにとっては半ば用済みとなっているものだ。

 それに、繰り返し物資を運んで既に馴染みの取引相手に対しては顔パスになっているし、いざとなればその相手を通じて再発行してもらうということもできるだろう。

 とはいえそんなことを態々説明する必要もないので、さもかけがえのない貴重なものを渡したというような顔をしておく。

 

「それでは、お別れですな。道中のご無事をお祈りしておりやす」

「なにからなにまでかたじけない。おぬしらも、達者でのう」

 

 互いに感謝の言葉を述べて、頭を下げ合って、瑠螺らは船員たちと別れた。

 その次はフーケと、リン、レンと別れる番だった。

 

「それじゃあ、悪いけど、あたしらはこれで。道中の地図にはあたしが知ってる限りのことを書いておいたけど、戦時中だから特に関所とかはどうなってるかわからないからね。気をつけていきなよ」

「ええ、そちらも元気で。フー、……いえ、ミス・ロングビル」

 

 ルイズらは快く彼女らと別れの挨拶を交わした。

 

 ここで自分たちだけが去るのは無責任だろう、などと責める気はなかった。

 もちろん、戦力としても案内人としても頼りになる一行と別れることは痛手には違いないが、元より無理を言ってこの任務について来てもらったのだ。

 ここには彼女らが生きて帰ってやらねばならない身内もいるらしいし、危険な戦地にまではついていけないというのは当然のことだ。

 フーケはどうもアルビオンの王家とは過去に確執があったようなのに、それにもかかわらずここまで自分たちの手伝いをしてくれたのだから、感謝こそすれ恨みに思うような理由はない。

 

 残る面々は、ルイズ、瑠螺、キュルケ、タバサ、そして仔狐に姿を変えたままのシルフィードだ。

 

「それじゃあ、すぐに出発しましょう。時間がないわ!」

 

 そう言って逸るルイズを、キュルケが窘めた。

 

「焦る気持ちはわかるけど、ちゃんと算段を立てなきゃだめよ」

「なんでよ。さっきの船長がくれた証明書があるじゃないの、それで反乱軍の関所は通れるでしょ?」

「そううまくいくとは限らない」

 

 タバサが冷静にそう言って、問題点を並べた。

 

 まず、その証明書は持ち主が商人だと保証するものだが、自分たちの格好は商人に見えない。

 仮に変装なり瑠螺の幻術なりで誤魔化したとしても、現地の情勢に疎い自分たちでは、不審に思われて突っ込んだ質問をされたらボロが出る可能性がある。

 それに船長自身も言っていたが、物資を運ぶ外部の商人、それも身のあかしを立てるものが証明書一枚だけでそれまで顔も知られていなかった商人では、最前線の陣地にまで通してもらえるほどには信頼されまい。

 

「ここはシルフィードに乗って、空から行ったほうがいい。土地勘のない初めての場所を歩いていけば、時間もかかる」

「そうね。あの船長には悪いけど、陸の関所を通るのはやめておいて。この証明書を出すのは、見咎められたときの最後の手段にした方がいいわ」

 

 自分たちにはフーケの書いてくれた詳細な地図とシルフィードの優れた視力とがあるから、地上に点在する目印を頼りに高空を飛んでニューカッスル城に向かっていくことは、そう難しくはないだろう。

 空中を哨戒している幻獣騎兵や竜騎兵、飛行船などの類もあるだろうが、広い宙域を隙間なく見張れるものではない。

 さすがに、王党派の奇襲や脱出に備えてニューカッスル至近の見張りは厳しくなっているだろうが、かなり近くまでは比較的安全に行けるはずだ。

 

 ルイズはやや不満げにしながらもその意見を認め、瑠螺も良さそうだと同意した。

 

「問題はやはり、前線に近づいた後のことかのう?」

 

 最前線では反乱軍も、油断なく目を光らせているだろう。

 地図を持っているだけで実際に現地へ行くのは初めてな自分たちが、その見張りの目をかいくぐってニューカッスル城内へ潜り込むことなどできるものだろうか。

 

「そうねえ。最後の一線くらいは、強行突破という手もないではないけど」

「危険」

 

 前線に近づくほど兵の数は多くなるし、城攻めのために強力な亜人や幻獣、火器兵器の類も備えられているだろう。

 それに王党派の側も、こちらがトリステインからの使者だなどということはわからないだろうから、正面突破しようなどとすれば、最悪両軍からの集中砲火を受ける可能性もある。

 

 全員が、押し黙って考え込んだ。

 

「わらわだけであれば、行けるとは思うのじゃが……」

 

 瑠螺はそう言って、袖の奥から一本の帯を取り出して見せた。

 全員の視線が、それに集まる。

 

「……その帯は?」

「これは『禁感帯』というものじゃ。締めれば誰にも気にされず、そこにいることを感じられずに移動ができる」

 

 これを使えば、陣中だろうがなんだろうが簡単に通り抜けて行けるだろうが、あいにくと一本しか持ち合わせがない。

 自分だけで行くと言ってもルイズらは納得するまいし、そもそも極端にハルケギニアの事情に疎く容姿も異境風な自分では、たとえアンリエッタからの手紙を持っているにしても信用してもらえるかどうか。

 もちろん、ルイズに禁感帯を渡して、彼女一人で行かせるなどというわけにもいかない。

 

 タバサはじっとその帯を見つめてしばらく考え込んでいたが、やがてこくりと頷いた。

 

「問題ない。それがあれば、全員で安全にニューカッスルまで行ける」

 

 

「……なんだか、変な感じね。体が勝手に宙に浮いてるみたいで、頼りないわ」

「でも、風が遮られてるから、シルフィードがそこにいるってわかるわね」

 

 ルイズとキュルケがそんな感想を漏らしながら、見えない何かにしがみついて、高速で空を飛んでいた。

 すぐ近くにいる瑠螺とタバサも、同じような状態だ。

 

 タバサが提案した方法はごく単純で、「全員でシルフィードに乗り込んでしがみついてから、彼女が自分の身体の一部に禁感帯を巻き付けて口訣を唱える」というものだった。

 あとは、シルフィードが上空に舞い上がり、そのまま全速力でニューカッスルへ向かうだけである。

 禁感帯は存在を感じられなくするだけで、透明になるわけではない。

 したがって、下から誰かが見上げたとしても、シルフィードの体の影になっている搭乗者の存在には気が付かないので、十分に上空を飛びさえすれば、実質的に乗り込んだ全員も不可視状態になったのと同じことなのだ。

 最前線付近でも、十分に高度を上げてニューカッスル城の真上まで行き、そのまま降下すれば、存在に気付かれて敵からの攻撃を受ける前に城壁に囲まれた敷地内へ到着できるだろう。

 

 問題があるとすれば、シルフィードからの声は味方にも認識できないので彼女の返事が聞こえず、指示が一方通行になってしまうことくらいだったが、その程度の不便は大した問題ではない。

 

「…………」

 

 タバサはシルフィードの体の上でいつものように本を開いていたが、読んではいなかった。

 

 この帯があれば、自分の悲願のひとつである伯父の暗殺もたやすいのではないか。

 もちろん、瑠螺のような女性をそんなドス黒いことに巻き込む気も、彼女に貸してくれなどと頼む気もないが。

 自分も『センニン』とかになれば、あんな帯が作れるのだろうか。

 そもそも、なれるものなのか。

 それにしても、戦艦を容易くひねり潰す力といい、このような秘宝を事も無げに取り出して見せることといい、やはり彼女は神か何かだとしか自分には思われない。

 いや、エルフの先住魔法やかの『烈風』のような英雄、それに伝説の『虚無』ならば、そんなこともできるのかもしれないが。

 そういえば、反乱軍のクロムウェルという男は、あの『アンドバリの指輪』にはたして関係があるのだろうか。

 今回はそんなことを調べている暇はないかもしれないが、どうにかして探る手立てを考えねば。

 ああ、そういえばアルビオン王のジェームズ一世やウェールズ皇太子には、過去に王宮の式典や何かで会ったことがなかっただろうか?

 向こうが今の自分を見て、ガリアの王族だと気が付くとも思えないが、この髪の色くらいは変えておいてくれるように、事前に瑠螺に頼んでおくべきか。

 しかし、そんなことをしたら、ルイズらから不審に思われるのでは……。

 

 ……そんな風に、とりとめのない物思いに耽っていた。

 

「タバサや、何か思い悩んででもおるのかえ?」

 

 瑠螺から気遣わしげに声をかけられて、タバサははっと我に返った。

 

「なんでもない。気にしないで」

 

 あのカジノのオーナーやワルドがそうされたように、自分も賤しい胸中を見透かされてでもいるのではないかと不安になって、あわてて本の内容に意識を集中する。

 実際にはもちろん、瑠螺は意味もなく他人の心を読んだりはしないし、それ以前に変化術で道友の力を借りねば、そもそも読むことなどできもしないのだが。

 

 

 

 そうこうしているうちにもシルフィードは快速に飛ばして、ニューカッスル城まで無事に辿り着く。

 城の敷地内へ降り立った後、兵士たちに囲まれて一悶着あったものの、ルイズの堂々たる態度とアンリエッタの手紙のお陰でどうにか正式な大使として認められた一行は、アルビオン王、ジェームズ一世の面前に通される運びとなった。

 

 ニューカッスルは、大陸から突き出た岬の突端にある城だった。

 王党派は、そのような端の端まで追い詰められたのだ。

 城内には、悲壮な空気が満ち満ちていた。

 あちこちにバリケードが設けられ、もはや数少ない守備兵に、士官、明らかに非戦闘員と思われる貴婦人や料理人までが、決死の覚悟を固めているようだった。

 

「遠路はるばる、戦地をも駆け抜けて、このアルビオン王国へよくぞ参られた。大使殿」

 

 飾り気の少ない簡素な玉座に腰かけた老齢の国王が、重々しくそう言って頭を下げた。

 

「かくも落ちぶれた我が国にも、まだ貴殿らのような優れた人物を使いとしてよこしてくれる兄弟がいたとは。これは近年、稀に見る吉報である」

 

 口ではそう言ったものの、ひどく疲れ切ったような様子で生気がなく、悲しげな笑みを浮かべている。

 

「して、用件は?」

「は……。アンリエッタより、ウェールズ殿下にお渡しするようにと、手紙を預かってまいりました」

 

 それを聞いて、国王の目のかなしげな色がより濃くなった。

 

「左様か。残念ながら、息子は……、ウェールズは、しばらく前に出陣したきり、まだ戻らぬ。余が、代わりに目を通そう」

 

 そういう声は、少し震えている。

 それで大方の事情を察した瑠螺は、痛ましげな顔をして少し俯いた。

 

「それは……、いえ、かしこまりました」

 

 ルイズは少し躊躇したものの、手紙を取り出すと、許可を得た上で恭しくジェームズ一世に近づき、手渡す。

 国王はアンリエッタの捺した花押を確かめると、丁寧に封を開いて、中の手紙に目を通した。

 

 途中で顔を上げると、かすかに微笑みながらぽつりと呟く。

 

「そうか……あの小さかったアンリエッタが、もう祝言を挙げるような年頃になったのか……」

 

 余も年を取るわけだな、とひとりごちると、再び手紙に目を落とした。

 最後の一行まで読み切ると顔を上げて、ゆっくりと頷く。

 

「了解した。姫は、以前にウェールズにあてて書いた手紙を返して欲しいと告げておる。その理由は余にはわからぬ。だが、もしも皇太子がこの場におれば、なんであれ大切な従姉からの頼みを拒みはするまい」

 

 ルイズが、ほっとした様子で顔を輝かせた。

 国王は少しよろけながら、側近の手を借りて席から立ち上がる。

 

「生憎と、余はどこにあるか知らぬが……。大切な手紙であるならば、元の城から持ち出して、私室にしまってあるだろう。探してみるとしよう」

 

 

 

 一行は、ジェームズ一世に付き従って、城内にあるウェールズの居室へと向かった。

 

 その部屋は城で最も高い天守の一角にあったが、王子の部屋とは思えないほどに質素な部屋であった。

 ベッドは粗末なもので、同じく簡素な椅子とテーブルが一組だけ。

 壁には、戦の様子を描いたタペストリーが飾られている。

 

 己の息子が出陣したときの様子そのままの部屋を見渡し、少し涙ぐんだ国王は、それを手の甲で拭うと側近らを部屋の外で待たせ、自ら手紙を探しにかかった。

 ルイズも手伝おうかとは思ったものの、皇太子の居室を引っ掻き回すわけにもいかず、手をこまねいて、結局そのまま見守るしかなかった。

 

「……見当たらんのう。あるとすれば、ここか……」

 

 机の引き出しから宝石が散りばめられた小箱を取り出して、ジェームズは首を傾げた。

 

「息子が大切にしておった宝箱でな。生憎と、鍵は本人が肌身離さず持っておった。いずれ、明日にも叛徒どもに荒らされることになる以上、箱ごと渡しても構わぬが……」

 

 ルイズらは、困ったように顔を見合わせた。

 そう言われても、王女から直々に重要任務を引き受けた身としては、中に確かに手紙が入っているかどうかもわからない箱を持ち帰ってそれで良しというわけにはいかない。

 

「鍵を外すことはできぬのか?」

「難しそうね。アルビオンの王族が宝箱として使ってるものとなると、たぶん腕利きのスクウェア・メイジが作ったものでしょうし……」

 

 それでも、キュルケとタバサは一応『アンロック』の呪文を掛けてはみたが、やはり何の効果もなかった。

 ここに怪盗として名を馳せたフーケがいてくれたら、あるいは何とかしてくれたかもしれないが。

 

「ふうむ?」

 

 瑠螺は、その箱をひっくり返して検分した。

 全体が金属でできているようだ。

 

「では、壊して開けるしかないかのう」

「そうは言っても、『錬金』は効かないでしょうし。鍵の部分は錠前じゃなくて箱と一体化してるから、鍵だけを壊して開けるとかも難しそうね。あまり強力な攻撃呪文なんかをぶつけると、中の手紙ごと――」

 

 キュルケが言い終えるのを待たず、瑠螺は『命金行透金 視(金行に命じて金を透す、視えよ)』の術を使って、箱の中身を透視する。

 

 それで、箱の中身が上の端まで完全に詰まったりはしていないことを確認すると、袖から宝剣を引き抜いてひゅっと一閃。

 宝箱の蓋部分を横に斬ることで、箱を開けた。

 

「これでよろしかろう?」

 

 斬った蓋の部分は、後で金行仙術なり、『錬金』とやらなりでくっつけ直して、元通りにすればいいのだし。

 

「……あ。う、うむ」

 

 一流のメイジによる『固定化』や『硬化』で強化させているはずの金属の箱を剣で紙のように斬ったことに目を丸くしながらも、ジェームズ一世は気を取り直して、箱の中を調べた。

 確かに、中には一通の手紙が収められているようだ。

 同時に、斬られた蓋の内側にアンリエッタの肖像が描かれていることに気が付いて、彼はぴくりと眉を動かした。

 

(もしや……?)

 

 だとすれば、国王であり親である自分であっても、目を通すべきものではないのかもしれないが。

 そうであっても、他国から危険を顧みずにやってきた大使によって求められている以上は、確認せぬわけにはいくまい。

 

(許せよ、ウェールズ)

 

 ジェームズ一世は我が子に対してやや後ろめたい思いを抱きながらも、何度も読み返されたらしいボロボロの手紙を開いて、それに目を通していった……。

 





禁感帯(きんかんたい):
 禁呪系統の仙宝の一種で、外見は地味な目立たない帯である。
これを締めて口訣を唱えた者の存在は、周囲からまったく認識されなくなる。
転がっている小石のように気に留められることがなくなり、誰もが無意識のうちに目をそらし、避けて通り過ぎていく。
要するに、ドラえもんの『石ころぼうし』のようなものである。
ただし、使用者が誰かに攻撃を仕掛けたり、他の仙宝や仙術を使ったりしようとすれば、その瞬間に効果が切れる。

命金行透金 視(金行に命じて金を透す、視えよ):
 五遁金行仙術の一種。
集中している間金属を透視し、箱の中身や扉の向こうなどを見ることができるようになる。

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