央華封神・異界伝~はるけぎにあ~   作:ローレンシウ

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第六話 公主諫童 聴講義

 

「魔法の講義を拝聴できるとは、楽しみじゃのう」

 

 ルイズと連れ立って朝食後の授業に向かいながら、瑠螺はいささかわくわくした気分でいた。

 

 昨日も召喚の儀から帰還した後に別の授業を見学させてもらったが、見るもの聞くもの新鮮で、実に刺激的だった。

 なにも魔法でなくたって、広い石づくりの講堂も、そこにずらりと並ぶ立派な机や椅子も、教卓や黒板や、ノートに筆記用具でさえも、彼女にとっては目新しく興味深いものなのである。

 

 しかも今日からは、召喚の儀も終わって、いよいよ二年生の本格的な勉強に入るのだという。

 二年生というのは瑠螺にはよくわからない言葉だったが、どうも魔法を修行する学生、仙術でいう道士のような者たちの、長幼の別を表す区分らしい。

 したがって、これまで以上に珍しいもの、面白いものをたくさん見聞きできることだろうと、大いに期待している。

 普段は何日も同じ場所に座ったまま瞑想し続けたり、何年も同じ仙宝を作り続けたりするような変化に乏しい生活を送っていることも多いとはいえ、仙人の心は体と同じように若いまま(中にはそうでない者もいるが)なので、そういう新しい刺激は快いのだ。

 

「聞いたって、メイジでなきゃ魔法が使えるようにはならないわよ?」

 

 そう言って溜息を吐くルイズの方はというと、正直あまり気が進まなかった。

 

 別に彼女のことが嫌いなわけではないし、決して駄目な使い魔だとも思わないが、また昨日のようにあれこれ尋ねられて、それを見た他の生徒たちに嗤われることになるのではと思うと。

 それに、あるいは自分自身が授業中に使い魔の前で失態をやらかす羽目になるかも知れないと考えると、なおさら気乗りがしない。

 なかなか自分でそうだと認めようとはしないものの、彼女の魔法実技の腕前は壊滅的なのである。

 

 しかし、とはいえ召喚翌日の授業には、同級生や新学期の担当教師へのお披露目もかねて、使い魔を伴っていくのが通例というもの。

 貴族として高いプライドを持ち、伝統や慣例を重んじるルイズとしては、同行させないわけにもいかなかった。

 

「なに。使えればなお結構じゃが、そうでなくとも構わぬ。学ぶことに意義があろう」

 

 ルイズはそれを聞いて何が気に入らなかったのか、そう、と言ったきりそっぽを向いて、むっつりと黙り込む。

 瑠螺は少し首をかしげたが、昨日ルイズだけ飛ばずに帰ろうとしていたことを思い出して、おそらく彼女自身も周囲の他の者たちと比べてまだあまり上手く魔法が使えないのだろうと考えた。

 

(ふむ。修行の徒である身としては、使えなくてもよいとは思えんというわけか?)

 

 そんな未熟な術者でも異界から仙人を召喚するような術を使えるのだとすれば驚くべきことだが、これまで見た限りでは、他にはそんな術者はいないようであった。

 だが瑠螺は、同じように通常起こりえない現象が起きて、異世界から人を呼び出した事例を身近に見てきている。

 

(星晶の場合は、呼び出されたあの子自身が星宿によって選ばれ、それを宿した特別な存在であったが)

 

 しかし、今回呼び出された自分はごく普通の仙人であって、それ以上の特別な存在ではない。 

 ならば……。

 

(あるいは呼び出したルイズの側が、なにか特別な存在なのかもしれんの)

 

 もちろん、確かなことではなく、ただの憶測にすぎないのだが。

 

 

 

 そんなことを考えているうちに、教室に着いた。

 教壇が一番下の方にあって、そこから席が上に向かって階段状に連なっている、百人以上も一度に入れる大きな石造りの講堂である。

 

 瑠螺とルイズが中に入っていくと、先に教室にやってきていた生徒たちがそちらを振り向く。

 その後の反応はさまざまで、落ちこぼれのゼロのルイズらしいおかしな使い魔だとくすくすと笑う者もいれば。

 昨日の飛葉扇のためか、あるいは単純に美人でスタイルのいい大人の女性だからか、なにやら羨ましげな目で瑠螺の方をじっと見つめる者もいた。

 

 先に教室に入っていたキュルケは、周りを多くの男子に取り囲まれて、女王のように祭り上げられている。

 タバサは彼女の近くの席に座って、静かに本を広げていた。

 容姿こそ整っているものの、物静かで目立たない彼女に注意を向ける者は、たまに声をかけるキュルケだけのようだ。

 多くの点で対照的な二人ではあるが、彼女らはきっと、親しい友人同士なのであろう。

 

 ルイズはそういった周囲のすべてに構わず、黙って適当な席へ腰掛けた。

 

「これはまた、壮観じゃなあ……」

 

 瑠螺は、そんな感想を漏らした。

 

 教室には珍しいもの、興味を引くものはたくさんあったが、何よりもまず目につくのは、生徒らが連れている使い魔の数々である。

 ただの動物らしいものもいれば、見たことのない妖物っぽい姿のものもいる。

 いずれの生物も、感じられる限りでは特に強い陽の気も陰の気も発してはいないようだが。

 

「ご主人、あの生き物はなんというのじゃ。それから、あれは?」

「あれはバグベアー。あっちはスキュア」

「ふむ……?」

 

 ルイズがうんざりしたような声でぶっきらぼうに答えるので、瑠螺もどうやら、昨日からあまり質問をしすぎて迷惑がられているようだと気がついた。

 この上、それぞれがどういう生き物でどんな能力を持っているのかとか、事細かに尋ねるのははばかられる。

 

「……かたじけない」

 

 結局、一通り名前だけを聞き出すと、そう言って軽く頭を下げた。

 それぞれの性質や住んでいた場所などにも興味はあるものの、早急に知らねばならぬことでもないし、どのみちルイズもそこまでは知らないかもしれぬ。

 

(折を見て挨拶がてら、本人たちに尋ねてまわるとするかの)

 

 もちろん、使い魔とやらはイルククゥのように、人の言葉を話せる者ばかりではないだろう。

 

 だが、瑠螺の袖の奥には古くからの仲間である秀弦生に作ってもらった、『魚/獣/鳥/虫音』の長嘯術を無限に使えるようになる符がしまってある。

 これがあれば、相手の知能の程度によって理解してもらえる範囲に差こそあるものの、概ねどんな動物とでも話せるようになるのだ。

 師が弟子に仙宝を授ける場合には正規の奉仕期間を経てからでなくてはならない決まりだが、実際にはこの程度の仙宝ならば、洞符を開けるほどの仙人であれば指をひとつ鳴らすくらいの時間で簡単に作れる。

 だから、共に冒険をするような同格の仲間内では、お互い気楽に作って交換したりするのである。

 

 

 

 そうこうしているうちに、先生が教室に入ってきた。

 

 外見的な年齢は中年くらいで、紫色の長衣に身を包み、先端の尖ったつばの広い帽子を被っている。

 ふくよかで、優しげな雰囲気を漂わせている女性だった。

 彼女は教室を見回しながら、満足そうに微笑む。

 

「皆さん、おはようございます。どうやら春の使い魔召喚は大成功のようですわね。このシュヴルーズ、こうして毎春さまざまな使い魔たちを見るのが、とても楽しみなのですよ」

 

 そうするうちに彼女の目が、ルイズの近くにたたずむ瑠螺公主の方に向けられた。

 シュヴルーズは一瞬、おやっというような顔になったが、すぐに臨時の職員会で聞かされていたことを思い出した。

 

「ああ。あなたがミスタ・コルベールの言っていた、ミス・ヴァリエールの呼びかけに応えて異国の地からやって来てくださったという方ですね?」

「いかにも。わたしは瑠螺と申す者じゃ」

 

 瑠螺は袖に納めた両手を胸の前で合わせると、丁重に頭を下げた。

 

「シュヴルーズどの、末席にてあなたの講義を拝聴することを、何卒お許しいただけまいかのう?」

 

 もちろん、瑠螺は扱いとしてはルイズの使い魔であるから、他の生徒たちの使い魔がそうであるのと同じく、別に断りなど入れずとも堂々とこの場にいる権利がある。

 ハルケギニアでは主人と使い魔とは一心同体であるとされ、その使い魔に大した理由もなく席を外させろなどと要求するのは、大変な不作法なのだ。

 

 異郷の地から来た瑠螺はそういったこの地の習慣を知っているわけではないが、それでも周囲の様子から見て、別に許可を得る必要などないであろうくらいのことはわかっていた。

 だがたとえそうであっても、この授業の指導者を重んじるという意味で、あえて許可を求めたのである。

 仙人は修行の過程でみだりにその師に逆らうことや、師の兄弟弟子や友人、自らの兄弟子などに敬意を払わぬことを厳しく戒められるので、世話になる相手に対してそのくらいするのは当然の作法というものだ。

 

「まあ、もちろんです。光栄ですわ。初歩的で退屈な授業でしょうけれど、よろしければどうぞお好きな席に座って、気を楽にして聞いていってくださいな」

 

 シュヴルーズも、風変わりだが品の良さが感じられるその異国の挨拶に、嬉しそうにそう言って礼を返す。

 彼女の側には臨時の職員会で学院長からくれぐれも非礼のないように言われているという事情もあったが、そうでなくとも普段から相手の地位などにはあまりこだわらない、穏健な人柄なのである。

 ゆえに、相手をそこにいて当然の使い魔としてではなく、授業を拝聴する一人の客人として扱って、快く許可を与えたのだ。

 

 瑠螺とシュヴルーズとは、互いの文化圏の習慣を知っているわけではないが、そうであっても共に相手に敬意を払い、礼儀にかなった対応をしようとした。

 しかしながら、そんな大人たちのやりとりなどにはまるで理解を示さず、どんな場であってもいつもの調子で軽薄な振る舞いを続ける子供というのは、どこの世界にでもいるもののようだ。

 

「どうせ召喚できないもんだから、そいつをどこかで雇って連れてきたんだろ? 『ゼロ』のルイズ!」

 

 突然何のつもりで道友(同じ道を学ぶ友)に対してそんな事実無根の罵声を浴びせるのか、その『ゼロ』というのは一体どういう意味なのか。

 瑠螺がそれらについて深く考えてみる間もなく、すぐ隣で嘲りを受けたルイズが憤然と立ち上がる。

 

「違うわ! 昨日ちゃんと召喚したのよ、あんただって見てたでしょう!」

「知らないね。誰かさんがあんまり何度も失敗するもんだから、退屈になってよそ見してたよ。おおかたその間に、爆風にまぎれてどっかから入ってこさせたんだ」

 

 小馬鹿にしたような調子でその小太りな金髪の男子がそう言うと、他にもかなりの数の生徒が同調して、げらげらと品のない笑い声を上げた。

 ルイズがかっとして、それに何か言い返そうとしたところで。

 

『命金行鎮心 冷(金行に命じて心を鎮める、冷めよ)』

 

 瑠螺がルイズの背中に文字を書くように指を滑らせながら、小声で口訣を唱えた。

 途端に血が上りかけたルイズの頭がすっと冷めて、冷静さを取り戻す。

 

 金行は金属の根源であり、世界の土台をその強さによって支えるものである。

 同時に、肉体では骨、感情では冷静さを司る。

 精神の金行に働きかけて興奮や混乱を沈め、冷静さを呼び起こすくらいのことは、ある程度金行に通じた術者ならば容易いことだ。

 

「ご主人や。おそらくあの童は、おぬしに構ってもらいだけなのであろう。いちいち相手にするものではない、ここはわしが言って聞かせようではないか」

 

 瑠螺は穏やかにそう耳打ちをしてルイズを座らせてから、相手の生徒のほうに向き直った。

 

「これ、おぬし」

 

 先ほどのルイズのように声を無暗に荒げたり張り上げたりはしない、落ち着いた話し方である。

 それでも、その声は周りの喧しさに負けることもなく、教室中によく通った。

 仙術の基礎は体内に『気』を巡らすための呼吸法であり、それは発声にも応用が利くのだ。

 

「なんだ? ルイズの雇われ者が、俺に何か用なのか?」

 

 相変わらず小馬鹿にしたような笑みを浮かべて、瑠螺に対してもそんな煽るような物言いをする。

 それに同調してけらけらと笑う生徒も、少なからずいた。

 

 しかし、瑠螺がそれらの生徒を氷のような冷たい目で順繰りにねめつけてやると、鈍感な彼らも威圧感を感じたのか、笑い声は徐々に小さくなっていった。

 元より、立場の弱い生徒に悪口で攻撃を加えるような子供など、根は臆病なものと相場が決まっているのだ。

 

 あたりが概ね静まると、瑠螺は話を続けた。

 

「……おぬし、よそ見をしておったから自分は見ておらぬ、その間にご主人が不正を成したに違いない、と申したが」

「そ、それがどうした?」

「おぬし自身はいざ知らず、他の道友たちも、監督をしておったコルベールどのも、誰もが節穴でそれに気付かなんだのだ、とでも言うつもりかえ?」

 

 冷たい目で真っ直ぐに見つめられてそう問われると、最初に声を上げたその生徒……マリコルヌという名だ……も、ぐっと返答に詰まった。

 

「己の道友や師父に対して、根拠もなくそのような言いがかりをつけるなどと。いささか無礼に過ぎるというものではなかろうかのう?」

 

 ぴしゃりとそう言って、同意を求めるようにシュヴルーズの方を見る。

 にわかに起こった騒ぎにしばし目を丸くしていた彼女は、それではっと我に返って、大きく頷いた。

 

「そう、その通りです。何よりも、お友達をそのように中傷してはいけませんよ。さあ、席に座りなさい、授業を始めます」

 

 マリコルヌは不満そうにルイズと瑠螺を睨んだが、渋々腰を下ろした。

 

 それでもなおマリコルヌは、「あいつが『ゼロ』なのは事実じゃないか」とかなんとか、近くの席の悪友たちとうじうじ囁き合っていたようだったが。

 それを聞きとがめたシュヴルーズが杖を振って、それらの生徒たちの口にどこからともなく出現させた赤土の粘土を押し込んでやり、そのままの状態で授業を受けろと言い渡すと、ようやくのことで教室は静かになった。

 

 瑠螺は興味津々な様子で、その様子をまじまじと見つめる。

 

「おお。魔法というのは、ああいったこともできるものかや?」

 

 仙術であれと似たようなことができるのは、長嘯術の『五行誘唱(五行を誘う唱)』あたりだろうか。

 術自体は驚くほどのものではないが、とはいえ仙人としての修行を積んでいない人間にそのようなことができるとは、やはりメイジというのは大したものであるらしい。

 

 まあ、左道使いにもあのくらいまでならできる者はいるかもしれないが、魔法というのは仙術紛いの邪な左道術などとはまるで違うのだろうし。

 

「そうよ。『貴族は魔法をもってしてその精神となす』とよく言われるように、わたしたちの誇りである偉大な力なのよ」

 

 ルイズがそう言って、得意げに胸を張ってみせる。

 どうやら、先ほど瑠螺が自分に対して魔法めいた力(仙術)を使ったことには気が付いていないようだった。

 

「あらためまして、私の名はシュヴルーズ、二つ名は『赤土』です。『土』系統の魔法を、これから一年、皆さんに講義します。一緒に勉強していきましょうね」

 

 教壇ではシュヴルーズが、いよいよ講義を開始した。

 

 まずは軽く杖を振り、先ほどの赤土と同じ要領で教卓の上に石ころをいくつか出現させる。

 それから、魔法の四大系統は何か、と先ほどのマリコルヌに質問した。

 おそらくは答えさせるためという体裁で、そろそろ口の粘土を外してやろうという意味合いもあるのだろう。

 

「は、はい、ミセス・シュヴルーズ。『火』『水』『土』『風』の四つです」

「よろしい。それに失われた『虚無』を含めて、私たちの系統魔法が合わせて五つの系統から成っていることは、みなさんもご存知ですね?」

 

 シュヴルーズはその後も、口に粘土を張りつけられた生徒たちにいくつかの質問をしながら、講義を進めていった。

 

 曰く、土系統の魔法は万物の組成を司るもので、ハルケギニアではこの魔法がなければ重要な金属を作ったり加工したりすることは難しい。

 また、大きな石を切り出して建物を建てるのにも、農作物を収穫するのにも、重要な役割を果たしている。

 かくのごとく日々の生活に重要な貢献をする『土』系統は、シュヴルーズの私見ではあるが、五つの系統の中でも最も重要なポジションを占めている……。

 

「ふうむ……」

 

 生徒らは基本的な内容ゆえにほぼ聞き流しているようだが、瑠螺は非常に興味深くその講義を聴講していた。

 

 なるほど、この世界ではメイジとやらの数が相当に多いらしい。

 そして、彼らは仙人のように普段は人里離れて生活しているのではなく、央華における邑や都の王のように、権力者として常に他の人々と共に暮らしている。

 どうやら魔法を日常生活にも大いに活用しており、貴族も平民もその恩恵を受けているようだ。

 

(それに、四大系統に『虚無』とな。五行に対応するものであろうか?)

 

 央華では、世界のすべては陰陽の気と、五行とによって成り立つものとして理解される。

 

 五行とは『木』『火』『土』『金』『水』の五つの根源的な物質要素、すなわち元素のことである。

 木は燃えて火を生み、火は燃え尽きれば土となり、土の中からは金属が生まれ、その表面には水が浮かび、そして水は木を育てる。これを五行相生という。

 また、木は土を吸い、土は水をせき止め、水は火を消し、火は金を溶かし、金は木を伐り倒す。これを五行相克という。

 そして、その五行を自在に操る系統こそが、瑠螺が専門とする『五遁仙術』なのだ。

 

 そうした自分の専門分野との関連を思わせる話だけに、もっと詳しく知りたいとは思うのだが。

 

 さすがに頼み込んで拝聴させてもらっている身で、教師にあれやこれやと他の生徒にとってはわかりきっていることであろう質問をして、授業の流れを止めてしまうことははばかられた。

 ルイズも、先ほどの感じでは質問のされ通しでうんざりしているようだったし……。

 

(せめて、シュヴルーズどのの書いておる字が読めればのう)

 

 既に気付いていたことではあるが、どうも言葉は通じるものの、こちらの世界の字は自分には読めないらしいのだ。

 どの生徒も紙に字を書いている(央華世界では紙は貴重品で仙人以外の者にはなかなか手に入らず、字を書く場合には普通木簡や竹簡、ないしは絹などを使う)ことからして、この世界では書物もかなりありふれたものなのであろうし、早めになんとかして読み書きを勉強しておかなくてはなるまい。

 

 そんなことを考えている間にも、授業は進んでいく。

 

 シュヴルーズは、『土』系統の魔法の基本は『錬金』という呪文であると説明し、その手本を示してみせた。

 杖を振り、ルーンを呟くと、教卓の上の石ころのひとつがぴかぴかと輝く金属に変化する。

 

(む、あの金属は)

 

 五遁の中でも金行を専門とする瑠螺は、それに興味を示した。

 央華では、あまり見かけない金属だ。

 色合いは少し金に似ているが、明らかに違う。

 

 あれは……。

 

「ゴゴ、ゴールドですか、ミセス・シュヴルーズ!?」

 

 どうやらキュルケも興味を惹かれたようで……彼女の場合はその輝きに目がいっているようだが……身を乗り出しながら、そう尋ねた。

 シュヴルーズは首を横に振って、小さく咳払いをする。

 

「いえ、違います。これは真鍮です。ゴールドは『スクウェア』クラスのメイジでなければ錬金できません。私は……、ただの、『トライアングル』ですから……」

 

 言葉の上では謙遜しているようだが、その言い方はもったいぶって誇らしげであった。

 おそらく『スクウェア』とか『トライアングル』とかいうのはメイジとしての格を表す言葉で、トライアングルはスクウェアには劣るもののかなり上位ということなのだろう、と瑠螺は判断した。

 

「では、みなさんにも『錬金』の実技をやってもらいましょう。そうですね……」

 

 シュヴルーズはそう言って、教室を見渡す。

 粘土を口に押し込まれた生徒たちも既に軒並み解放され、次に指名する生徒を検討しているのだ。

 

 彼女は最終的に、マリコルヌと口論になりかけていた女子生徒に目を向けた。

 

「では、ミス・ヴァリエール。こちらへ」

「え? わ、わたし……ですか?」

 

 予想外な指名に、ルイズは戸惑った。

 彼女だけでなく、教室全体ににわかに緊張が走り、生徒たちがまたざわめき出す。

 

「そうです。ここに来て、石ころを望む金属に変えてごらんなさい」

 

 そう言われてもルイズは立ち上がらず、困ったようにもじもじしている。

 瑠螺はその様子を見て小さく首を傾げ、小声で尋ねる。

 

「……できぬのかや?」

 

 もしそうなのであれば、無理をせずとも教師に他の者に代えてくれるよう口添えをしてやろうか、というつもりで尋ねたのだが。

 それは少々不用意な発言だったようで、彼女のプライドに障ったらしい。

 

 ルイズは瑠螺を軽くにらむと、彼女には何も答えずに、すっくと立ち上がった。

 

「やります」

「ルイズ、やめて」

 

 キュルケが常の彼女に似合わぬ蒼白な顔で悲鳴のような声を漏らし、教室の他の生徒たちもうろたえている。

 

 ルイズは、それらをすべて無視した。

 そして、何か決意を秘めたような、緊張したような面持ちで、つかつかと教壇の方に向かって歩き出す。

 前の方の席に座っている生徒たちは、それを見てそそくさと椅子の下に隠れ始めた。

 

(……なんなのじゃ、一体……)

 

 瑠螺は、そんな教室の不穏な空気に困惑した。

 生徒らは先程のようにルイズをただ小馬鹿にしているというのではなく、本当に危機感を覚えているように見える。

 

 単にできないのではなく、何か危ないことが起こるとでもいうのだろうか?

 

 とはいえ、何かが起こる前からルイズがやろうとするのを妨害するなどというわけにもいかないし。

 結局、万が一のことがあればすぐ助けに入れるように身構えてだけおきながら、教壇の二人をじっと見守る以外になかった。

 

「ミス・ヴァリエール、錬金したい金属を強く心に思い浮かべるのです。イメージの正確さと、詠唱の正確さ、そして成功を疑わない精神の強さが大切ですよ」

 

 シュヴルーズはそういった気配に鈍感なところがあるようで、生徒らの様子がおかしいことには気付かず、にこやかに微笑みながらルイズに『錬金』のコツなどを助言していた。

 ルイズはこくりと頷くと、すうっと深呼吸をしてから杖を振り上げ、短い詠唱と共に振り下ろす。

 

 呪文の対象となった石ころは、一瞬眩く輝いて……。

 次の瞬間には、教卓もろとも爆発した。

 





魚/獣/鳥/虫音(魚/獣/鳥/虫の声):
 それぞれ魚類、獣類、鳥類、虫類と会話が行えるようになる、長嘯の仙術。
もちろん、動物や虫と人間とでは知識や物事の認識に大きな隔たりがあり、会話をしても必ずしも有益な情報が得られるとは限らない。

命金行鎮心 冷(金行に命じて心を鎮める、冷めよ):
 目標の精神の金行にはたらきかけて冷静さを取り戻させる、五遁金行の仙術。
精神を混乱させたり、一部の感情だけを不自然に昂らせたりする仙術を割り込みで妨害するのに使うこともできる。

五行誘唱(五行を誘う唱):
 五行を任意の場所に召喚する、長嘯の仙術。
この術によって松明ほどの大きさの火や風呂桶一杯の水、人間大の金属塊や土塊、岩塊、大きな木一本やたくさんの雑草などを、どこにでも呼び出すことができる。
召喚した火や岩をぶつけることで、攻撃に用いることも可能である。

左道術:
 仙術と同等の効果を、自らの精神や肉体、天地自然の中から得るのではなく、正常の気の運行を歪めて得ようとする術のこと。
仙人としての正しい修行を経ず、生贄を捧げたり、血を撒いたり、異性と交合したりといったいかがわしい行為を行うことで、無理にエネルギーを集めて術を使おうとする。
左道術の使い手のことを、左道使いという。
その多くは何の力もないいかさま師であり、稀にいる本物も大して高度な術を使うことはできず、仙人と違って寿命も延びない。
その上、歪んだエネルギーが陰の気を招くため、大半の者はやがて妖怪化してしまうという。
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