学校からの帰り道、私にふとある考えが浮かびます。
このまま家に帰ってお兄ちゃんを待っていても、お兄ちゃんが学校から帰るまでの間、お兄ちゃんに会える時間が減ってしまいます!
でも、私がお兄ちゃんの高校で待っていたらどうでしょう。
……なんと、お兄ちゃんと一緒に帰ることができます!
……いち早くお兄ちゃん成分を摂取したい私にとって、画期的なアイデアですっ!
そこで手なんか繋いじゃったりして……、いい雰囲気になったら、腕に抱きついちゃったりなんかして……えへへ!
それじゃあ早速お兄ちゃんのところへ行きますね!
……家へ帰る方角とは逆側ですが、お兄ちゃんに一刻も早く会いたい私には、距離なんて大した問題じゃありません!
だって距離が遠い方がお兄ちゃんと一緒に帰る距離も多いじゃないですか!
で、でもあれですよ?
私は良識的な妹ですから、お兄ちゃんの迷惑になることはしません!
だから、お兄ちゃんに先客がいたら譲りますし、邪魔はしませんっ!
でも……万が一お兄ちゃんも私を待っていてくれたりなんてしたら……っ!
そ、そんなわけないですよねっ!
期待した私が馬鹿でした、はい。
そんなことがあったら私、とけちゃいますもん! 脳みそが蕩けて……えへへ、私、お兄ちゃんのものになりますっ!
と、そんな風にお兄ちゃんのことを妄想していたら、あっという間にお兄ちゃんの高校に着いてしまいました。
でも、時間はまだ四時半。
お兄ちゃんが帰るまでには、まだ二時間ほどかかります。
お兄ちゃんの高校は発表とかディベート形式の授業が盛んで、その準備で大変なんです!
私も授業参観の日に見に行ったことがありますが……あのときのお兄ちゃんはかっこよかったです……!
ディベートで、予め準備しておいた相手の質問にズバズバと答えるお兄ちゃんは、ドラマなんかで見る弁護士さんみたいでした。
それに、鋭い質問で相手を問い詰めるお兄ちゃんもかっこよくて……ああ。
私もちょっぴり、お兄ちゃんに問い詰められてみたいって思っちゃいます!
なんて、お兄ちゃんのことを考えてたら時間が過ぎるのなんてすぐですねっ!
校門の前でにへらにへらと気色悪い笑みを浮かべてた私を奇異の視線で見る人もいるようですが、お構いなしです!
だって、お兄ちゃんのことを考えているときの私は、なによりも幸せなときを過ごしてるんですから!
……さて、どれくらい時間が経ったでしょうか。
右腕の時計を見ると、既に二時間が経過しています。
私はここでより一層、門の奥に目を凝らします……。
すると、そこで私は衝撃的な光景を目にすることになったのです。
例えるならば、天国であくまを目撃したかのような絶望。大好物のいちごに唐辛子が塗りたくられていたみたいな、そんな衝撃。
私はそれを確認するや否や、無意識下で物陰に隠れてしまいます。
私が二時間待った末に見せられたものはーーお兄ちゃんと楽しそうに話す、奏さんの姿でした。
奏さんはさっき小百合さんと帰ったはずなのに……どうして。
春過ぎの西陽に囲まれた二人は、どこからどう見てもカップルみたいです。
ああ、こんなことになるなら友達を家に呼ぶなんてしなければよかったんです。
友達なんて、つくらなければよかったんです……っ。
二人は、私が絶望している間に校門を出て、お喋りをしながら歩いていきます。
私は……なんとなく、尾行をしてしまいます。
本当は、二人が楽しく歩いているのなんて見たくありません。嫉妬してしまいます。
でも、気になってしょうがないんです。
……私の知らないところでお兄ちゃんが他の女の人と楽しそうにしているのが……許せないんです。
私が尾行していた距離では二人の会話は聞こえませんでしたが、終始恥ずかしそうにモジモジしている奏さんとデレデレしているお兄ちゃんを見せつけられて……っ。
なんだか、私は憔悴し切ってしまいました。
……と、二十分ほど経った頃でしょうか。
ついに二人は互いに手を振って、別々の方向へと歩き出します。
「……ぁ」
私は、ここである失態に気が付きます。
そういえば私、先に家にいないと不自然じゃないですか!
そのことに気付くと、私は裏道をダッシュします。ダッシュといっても小走りくらいですが、お兄ちゃんに気付かれないように頑張ります!
「……ぅぅ、はぁ……はぁ……っ」
そのまま家に辿り着いた私は、ドアノブに手をかけたまま息を切らします。
と、そこにーー
「あれ、美咲どうしたんだ?」
って、急に声をかけられました。
えっ、なんでですか!
こんなに頑張ったのに、どうして追い付かれて……あっ!
お兄ちゃん、自転車でした!
さっきは焦っていたから気づかなかったけれど、そういえばお兄ちゃんは自転車通学だし、さっきも押してました!
……美咲、一生の不覚です。
「じ、実は……」
……しょうがないですよね。
本当のことを言うしか、ないですよね……。
私は震える声を振り絞って、あとの言葉を綴ろうとします。
でも、そこでお兄ちゃんが私の声を遮りました。
「……いや、いいよ無理に言わなくて。お前が無理に言いたくないことを問い詰めようなんて思わないからな。ほら、入れよ」
……お兄ちゃんんんんんっ!
愛していますっ、大好きですっ!
そういえば、お兄ちゃんはこういう人でした。
誠実で、人の気持ちをよく考えられる人で……っ。
だからこそ私は不安なんです。
お兄ちゃんが他の人に優しくしたら……、他の人がその優しさに気づいてしまったら……って。
お兄ちゃんのことを一番知ってるのはこの私なのに。
好きな食べ物も、好きな飲み物も、小さい頃のことも。
好きな映画や思い出、嫌いなものだって!
全部知ってるのは、私だけなんです……っ。
だから、他の誰かに渡すなんてできなくて。
奏さんに渡すなんて……できるはずもなくて。
「……でも、なんでお兄ちゃんは私に隠すんでしょう?」
……夕飯の麻婆豆腐を炒めながら、一人ため息をつく私なのでした。
続く。