それからもう一度長い夢を見て、私は目を覚ましました。窓から差し込む光は既に朱色を帯びていて、それは現在の時刻が夕方であることを意味しています。汗で湿った布団を剥ぐと、保健室のクーラーが心地よくて、そのそよ風のような優しさは、私を軽く抱きしめました。
……と、私が上体を起こした体勢でひと息ついていると、カーテンの向こう側から声がかかります。
「みーちゃん、起きた?」
その声と呼び方は、彼女を彼女と認識するためには充分で。
「あ……小百合さん……」
と、すぐに私は彼女に返事をすることが出来たのでした。
「そっかぁ……そういうわけだったんだね」
……帰り道、ここ二日間の出来事を小百合さんに話しながら、二人河川敷を歩きます。
小百合さんは昨日から私と奏さんが二人で内緒話をしているのを見て、友達として不安になっていたようです。
丸い石ころがつま先に当たって飛んでいくのを見つめながら、私はため息を一つ吐きました。
「かなちゃんが、先輩のこと好きだったとはね……」
なんだか、隣を歩く小百合さんが訳知り顔で頷きます。
その表情は少し物憂げにも見て取れます。
「小百合さんはなにか、知ってたんですか?」
私は、そんな小百合さんに聞いてみます。
すると、小百合さんは美しく編み込んだ長い髪を片手で弄りながら、伏し目がちに言いました。
「実は……一週間くらい前にね、本を貸したんだ」
「な、なんの本を……?」
まさか、私がお兄ちゃんの魅力を夜な夜な書き記してたあのノート……じゃないですよね。
「それがね、恋愛に積極的になるためのイロハみたいなのが書かれてる本なの。だから、かなちゃんの隠してた恋心が爆発しちゃったのかもしれないね」
言い終わると、小百合さんはぐーっと伸びをして、夕焼けに染まった空を仰ぎます。
そんな小百合さんに向けて、私は一つだけお願いをしてみることにしました。
「小百合さん。その、恋愛に積極的になれる本、私にも貸していただけませんか……っ?」
私としては結構勇気を振り絞ったお願いだったのですが、小百合さんは無情にも首を横に振ります。
「みーちゃんにはね、そんなもの必要ないと思うよ? 私はその奥手なところが、みーちゃんの魅力だと思う」
って、言いながら私の頭をなでなでしてきます。
「んんっ……」と、私は猫のように目を細めます。
「そうそう、そうやって素直にしてるほうがみーはかわいいよ」
小百合さんの意のままになでなでされながら、私は思いました。
……あっ、私、この人には敵う気がしません……。
「でも、そっかぁ。恋のライバル登場だね」
「そ、そんなっ、ライバルだなんて……」
小百合さんは、私を奏さんの恋のライバルだなんて表現してみせました。
でも、私一人では奏さんに並ぶような存在になれそうもありません。
だから、私は決心します。
そして本日二回目のお願いを、小百合さんに聞いてもらうのでした。
「……小百合さん。私と……」
「えっ、みーちゃん……?」
「私とお兄ちゃんの恋を、応援してくださいっ!」
……勝手なことだっていうのはわかってます。
それに小百合さんが私を応援することで、奏さんが一人になってしまうことも……。
でも、それでも、私はお兄ちゃんを奪われたくないんです!
お兄ちゃんには……ずっと私のもので、いて欲しいんです……。
気づいたら、私は涙を浮かべていました。
積年のお兄ちゃんへの想いが爆発したからか、それとも親友への裏切りが原因か。
立ち止まって、まだ熱いままのアスファルトにうずくまった私に視線を合わせて、小百合さんは言います。
「……あのね、みーちゃん。私もそんなにできた人間じゃないの」
「ぇ……」
ってことは、私の応援なんて出来ないってことですよね……。
わかってたけど、断られていっそ清々しい気持ちに……。
そう、私が諦め切った刹那。
私の思考を遮るように小百合さんは口にしました。
「……私も、好きな人がいるの」……と。
続く