結果から先にいうと、私は強力な味方を手に入れることが出来ました。
あのときうずくまって泣き出してしまった私に小百合さんが告白してくれたのは、彼女が私たちに出会ってからずっと隠していた秘密でした。
なんと、彼女は実は……小さい頃から、奏さんのことが好きだったんです。
だから、今回のことは彼女にとっても私と同じ境遇……いや、彼女のほうがもっと悪い状態にいて。
だって、ずっと思い続けていた人が違う人のことを好きになって……その人に、アタックしようとしてるんですから。
お兄ちゃんの気持ちは奏さんにあるとは限らないから、私のほうが現状はまだましです。
だから、私たちはお互いの手を取りました。
お互いの恋を、サポートすることにしたんです。
恋のライバルが出来たと同時に味方ができた。たったそれだけの事なのに、どっと疲れてしまったり、非常に安心したり。
私は、昏くなっていく夕空の微かな明かりに照らされて、それらが混じった非常に濃い微睡みを吐息に固めて放出します。
そしてフレッシュな気持ちになった私は、さっきよりも大分軽くなった足取りで家路を急ぐのです。
……そして、見慣れた暖かい光が照らす庭をくぐり抜けると、そこは私の家の玄関。
五月の夕べに相応しく、虫たちがチロチロと演奏会を開きます。
そんな柔らかい「おかえりなさい」のメロディーに迎えられ、私はドアをゆっくりと開けて巣へと潜ります。
玄関で確認すると、お兄ちゃんの靴はまだありませんでした。
私は、にんにくを刻んだり豚肉を切ったりしてお兄ちゃんを待ちつつ、私がこれからどうアプローチしていくかについて思いを巡らせます。
これは先ほど小百合さんに言われて、目が覚めたことの一つです。
私は独占欲が先走るあまり、奏さんとお兄ちゃんを引き離すことばかりに意識が行ってしまっていました。
しかし本当に私がすべきことは、奏さん以上にお兄ちゃんに想いを伝えることだと、小百合さんに気付かされたんです。
私は実のお兄ちゃんを、小百合さんは女の子を。実に不器用な恋のカタチです。
でも、私たちにとってこの恋は一世一代の大恋愛なんです。初恋なんです。
だから、私はこの恋を終わらせたりなんかしない。絶対に成就させて、一生のものへと変えてやるんです。
……と、ここ二日で何度目かの決意を胸の内で固めていると、お兄ちゃんが鍵を開ける音がしました。
……会いたかったです、お兄ちゃん。
私は包丁を置くと、玄関まで一目散に駆け出します。
そしてエプロン姿のまま玄関に立って、お兄ちゃんを迎えて言うんです。
「お兄ちゃん、おかえりなさいっ!」
「ただいま、美咲」
するとお兄ちゃんは私の頭に手を置いて、すぃーっと髪を梳いてくれます。
そして、上から下に何回か頭を撫でてくれて、私の気分はそれだけで絶頂ですっ!
それから料理に戻る私でしたが、頭のお兄ちゃんが撫でてくれた部分が非常に熱くなっていて。その熱さが、まだ私に残っていて。
幸せな気持ちで、鼻歌なんかを歌いながら料理を作ってしまいます。
今日の夕食のメインは、豚肉のガーリックバターしょうゆソテー。スープは、コンソメのスープです!
これは、去年の九月十二日にお兄ちゃんが美味しいって言ってくれた組み合わせなので、間違いはありません!
私は、お兄ちゃんの好みを隅々まで把握してるんです。お兄ちゃんのことなら、なんでも知ろうとしてるんです。
そのための努力として、私のメモにはお兄ちゃんがいつ何をしてくれたのかが事細かく書かれていて……あれ?
こんなにお兄ちゃんに尽くしてるはずなのに、お兄ちゃんは私のことを意識してない……?
いえ、そんなことはありません。
きっとお兄ちゃんの脳内には、私イコール妹という凝り固まった図式が成り立ってしまってるんです。だから、お兄ちゃんは私のことを女の子として見てくれないのは当たり前なはずで……。
そしたら私はお兄ちゃんのその氷のように凝り固まった固定概念に熱を加えてあげればいいだけです。
私はこの片手鍋に入ったスープのようにグツグツと煮えたぎる愛情を、火傷しないくらいにゆっくりと、お兄ちゃんに注ぎ入れるんです。
そしてお兄ちゃんを、私がいないと生きていけないくらいの妹狂いに……。
夕食を食べ終わると、私たち兄妹はだいたい、大きなテレビのあるリビングで二人くつろぎます。
映画を見たり、アニメを見たり。
……貴重な兄妹団らんの時間です。
昨日はお互いに課題があったため時間が取れませんでしたが、基本的にこの時間は、二人のらぶらぶな欠かせない時間です。
乱れきった私の胸の音符たちが、五線譜に再び揃って穏やかなメロディーを奏でる感覚。
その音色に、私のカラダはゆっくりと安らいでいきます。
でも、その安らぎもお兄ちゃんの放った悪意のないひとことによってどこかへと飛んでいきます。
レースゲームの最中、お兄ちゃんが奏さんについて私に聞いてきたんです。
「美咲、友達の奏ちゃんに昨日偶然会ったんだけどさ、なんか雰囲気変わったな」
……ふ、雰囲気変わった!?
そ、それはどういう意味でしょうか!
いつから比べて……? どんな風に……?
私はお兄ちゃんの何気ない言葉について、途方もなく不安を覚えてしまいます。
もしも大人っぽくなったとか、かわいくなったとか、そのような変化だったらどうしましょう……。
私が悩んでる間にも、お兄ちゃんは続けます。
「奏ちゃんってどんな子なんだ? 教えてくれよ」
「……昔と変わらずいい子ですよ」
……むぅ、二人でゲームしてるのにお兄ちゃんは奏ちゃん奏ちゃんって……。
わかりやすく膨らんでみた私ですが、ゲームに視線を奪われたお兄ちゃんはまったく私になんて気が付きません。
お兄ちゃんは……私なんて眼中にないようです。
穏やかになりつつあった私の心のメロディはこの瞬間、長調から短調へと調子が狂っていったのでした……。
でも、私はここで怯むわけにはいきません!
お兄ちゃんが奏さんの話をした数だけ、私はお兄ちゃんに私を意識させなければいけないんです!
「お、お兄ちゃん……っ!」
だから私は、勇気を振り絞ってこんなことを言ってみます。
「短調な対戦にも飽きたので次の対戦、なんでも言うことを聞く権利をかけて勝負しませんか?」
なんて、今までの自分からするとクリストファー・コロンブス並の、時代を激変させるほどの冒険した提案を……。
続く