なんの個性もない私だけれど、トップアイドルになりたいという漠然とした夢だけは持っていた。
テレビの中で笑顔を振りまくアイドルたちは誰も彼も魅力的で、私と同じように日々オーディションに向けて汗水を垂らしレッスンに励むアイドルの卵たちでさえ、眼を見張るような強みやチャームポイントがあった。
ただ、私にはなにもなかった。
子供の頃より、周りの大人たちだけでなくいろんな人から容姿を褒められることはあった。だから、容姿は人並みより優れているはずだ。
でも、それでは意味がない。
私がいるこの世界では、平均以上のルックスなんてあって当然。なければ書類審査の時点で切り捨てられている。トップアイドルへの階段を駆け上がるには、それ以外の何かが必要なんだ。ボーカルも、ダンスも、平均以上のルックスを更に磨き上げる技術も、何もかもを備えなければトップアイドルどころか、第一線級で活躍することすら難しい。ごくまれに、それらが身についていないにも関わらず、運や珍しい特技、並外れた愛嬌などが味方して、あれよあれよと出世街道を突っ走っていく人もいるらしいけれど、私のもとにそんな奇跡は訪れないはずだ。
したがって、私に残された道はただひとつ。
レッスンのみ。
トレーナーの厳しい目と声に、初めは音を上げそうになった。いや、実際に人の目がないところでは音を上げていた。弱音ばかりを吐いていた。寝る前には、何度も何度も、なぜわたしはアイドルを目指しているのだろうと自問自答を繰り返していた。もう、やめてしまおうかとさえ、思ったことがあった。
でも、やめられなかった。
やめなかった。
――あなたが、いたから。
目も当てられないような醜態を、よりにもよってオーディション会場で晒してしまった時には、さすがにもう諦めようと思った。なぜこんなに辛い思いをしてまで、笑顔を浮かべて踊って歌わなければならないのか。キツイ、つらいと、苦しみながらみっともなくパフォーマンスを続けるアイドルを見て、いったい誰が喜ぶというのだろうか。観客は、私たちアイドルのバックボーンなんて求めていない。彼らは、ステージ上で輝く私を求めている。私だってそう。私も、ステージ上で燦然と輝く私を求めている。求めているけれど、そんな私を想像できない。私にはできない。だって、あんなに練習したのに、こんな無様な姿を晒してしまうんだ。きっと私はほんの少し顔がいいだけで、アイドルには向いていなかったんだ。取り返しがつかなくなる前にアイドルの道は諦めて、普通の高校生に戻って普通に勉学に励もう。
ステージから控え室までの通路で、そう結論づけた。
帰ってきた私に向けて、あなたは言った。
「失敗なんて、誰にでもある。大事なのはその失敗を、どうやって成功につなげるかだ。次のオーディションだってあるんだ。可能性が消えたわけじゃない。努力を続けていればいつかは――」
誰にでも思い浮かぶような、月並みな言葉だった。
ただ、その顔を見ると、その声を聞くと、とても非難する気にはなれなかった。
意気消沈する私に言葉を投げかけ続けるあなたのその顔は、その声は、とても必死で、とても悔しそうで、今にも泣き出してしまいそうなほどにゆがんでいて、でも、とにかくあなたの想いが伝わってきて。
「――叶うから。絶対に、灯織の夢は叶うから。だって、あんなに練習してるじゃないか。俺が保証する。他の誰よりも、灯織が何倍も何億倍も頑張ってる。俺は知ってるから。灯織がアイドルをやめたくなるほどつらい思いをしてることも、それなのに歯ぁ食いしばって堪えてることも。いつもいつも灯織は自分を卑下しているけど、とんでもない」
なぜだろう。私は、泣いていた。
「灯織は、誰よりもかわいいし誰よりも美人だし誰よりもターンが綺麗だしその時に揺れる黒髪がとんでもなく美しいし料理も上手だし声も綺麗だしふとしたときに見せる柔らかい表情なんて絶世の美女って感じだし」
嘘のような世辞を言いつのって息も絶え絶えになりつつも、あなたは最後にこう言って笑った。
「俺にとってのトップアイドルが、実際にトップアイドルになれないなんておかしいだろ?」
――あなたの言動の方がおかしいですよ。
そう言おうとしたけれど、声にすることはできなかった。
経験したことのない量の感情が目からあふれ出してしまって、それをぬぐうのに精一杯で、意味をともなった言葉なんて口から出てこなくて、とにかくあなたの声と顔ばかりが耳と脳内に焼き付いて離れなくて――
私は心の中で、やめられないなぁ……とだけつぶやいていた。
◯
眩しい、と感じた。
『優勝は、エントリーナンバー283、風野灯織さんですッ!』
暗闇の中を直進するたくさんの光線が私を撃ち抜いていた。
地鳴りのような歓声が沸き起こる。
まさか、と思いつつ舞台の袖に目を向ければ、あなたが満面の笑みで渾身のガッツポーズを決めていた。
理解した。
私は今、たしかに輝いている。
いっぱいのスポットライトを浴びて、いっぱいの拍手を浴びて、いっぱいの注目を浴びて、私は今、ようやくアイドルになることができたんだ。
余韻に浸る間も無く、司会の女性がコメントを求めて、マイクを片手に近づいてきた。
……さて、何と言えば、アイドルらしいと感じてもらえるのだろう。
舞台の袖を見れば、あなたは笑いながら涙を流していた。
私は、気を抜けば泣いて歪んでしまいそうな表情を引き締めて、あなたが魅力的だと言ってくれた笑顔を作ろうと、口角を思い切り上げてみる。
『まず始めに、簡単な自己紹介をお願いします』
これから何度もお世話になるであろうマイクに向かって、私はアイドルとしての第一声を放った。
「風野灯織です! 夢は、トップアイドルになることです! これから……末永く! よろしくお願いします‼︎」
耳をつんざくような大歓声が、私の門出を迎えてくれた。
◯
まだまだ駆け出しで至らぬところの多い私ですが、トップアイドルというアイドル界の頂きに登りつめるまで、できるだけそばで見ていてくださいね、プロデューサー。
(おしまい)
灯織すこ。