おシャニの盛り合わせ   作:ドレモネード

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 ふゆこすき



唐突だけれどアンダンテ(前編)

 

 

 地獄のようで天国のようでもあったW.I.N.G.決勝を終えて、プロデューサーさんあいつから三日間の休みをもらったので、専門学校からの帰りにアキバに足を運んでみた。

 それにしても懐かしいわね、この空気。萌え萌えしたポスターやら告知が、我が物顔で跋扈するのが許されるこの地帯。時間に追われる日常空間から、趣味のためだけに時間を使える空間に解き放たれるこの心地よさ。とてつもなく、懐かしく感じる。なにこれ、哀愁? アキバは、ふゆにとっての故郷だったの?

 W.I.N.G.前はパフォーマンスの精度を高めるためにオタ活に精を出せず、アニメもグッズも新刊にも満足に触れることができなかったから、当然アキバに赴くこともなかった。その期間はせいぜい一、二ヶ月程度だったとはいえ、されど一、二ヶ月。それだけの時が過ぎれば、録画していたアニメはどんどん溜まるし、一番くじやらなにやらのグッズは綺麗に売り切れ転売されてるし、新刊はすでに新刊ではなく既刊になってしまっている。アイドルになる前は、少なくとも週に一度はアキバまで行かずともそこらの書店やショップくらい覗けていたのに……。

 はー、新進気鋭のアイドルって辛いわねー。つらい。つらいわー。だいたい、第一線級で活躍している先輩方に休みなんてあるワケ? 息抜きや趣味に割ける時間なんてなさそう。それでよくあんなキラキラとかわいらしい笑顔を維持できるものね。尊敬と同時に、畏怖をおぼえてしまう。

 でも、ふゆは、そこを目指してるわけなんだよね……。

 まあ、意外と気が利くあいつのことだし、もしもふゆや他の283所属アイドルが多忙を極めたって、少しでも余裕のあるスケジューリングをしてくれる気がしなくはないけど。それでかえってあいつ自身にしわ寄せがいって、残業やら徹夜をされてもらっても困るわけだけど。そんなあいつは今日、ふゆと同じくオフのはずだけど。だからせっかくふゆがアキバ観光に誘ってあげたのに、「予定というか先約があるから、ごめんな」って断りやがったから、ふゆの知らないどこかで羽根を伸ばしやがってるはずだけど! あいつが今後の仕事のためにも、ふゆのことをもっと知りたいとか言うから誘ったのに! だいたいそう言うくらいならあいつの方から誘うべきなのに! そんな不満を飲みくだしてこっちから誘ってあげたのに! なんなの? 予定が先約が〜って……その先約と担当アイドル、どっちが大事なのって話よ。結果としてふゆを切り捨てたんだから、よっぽどその先約とやらが大事なんでしょうけどね!

「はぁ」

 なんか腹立ってきたわね。

 ガシャポン回そ。

 うだうだ考えながら歩いてたら丁度、オタ向けショップの軒先だったので、ためらいなく入店してガシャガシャコーナーへ。視界に飛び込んでくるたくさんの筐体とおびただしい数のカプセルに、毎度圧倒されちゃうんだけど、ほんと、なんでこんなに多岐にわたる種類のガシャガシャがあるのかしらね。ふゆみたいに回す人がいるからなんだけど。

 ざっと眺めてピンときたのは、リアルなつくりが売りの漬物キーホルダーガシャ。狙いは梅干しで、次点はキュウリの浅漬けね。単純に、色がきれいで見栄えがいいから。

 おさいふから取り出した百円硬貨を二枚差し入れて、レバーをごりごりと回す。

 がたん、と音を立てて出てきた赤いカプセルを手にしたところで、すでに嫌な予感。かぱこっと開けて中身を確認すると、

「い、いらないわよこんなの……」

 つい本音が出てしまった。マスクをしているうえに小声だったから、周りの人に今の可愛げのない低い声が聞こえていたとは思わないけれど、ついついキョロキョロしてしまう。幸運にも人の通りはなかったものの、つくづくかなしい性だ。

 でも本当にいらない。

 ていうかなんで漬物ガシャのなかに、いちごのショートケーキが入ってるのよ。もはや詐欺じゃない。どういうこと?

 とりあえずもう一度、硬貨を二枚つぎ込んで回してみる。

 シュークリームが出てきた。

「漬物を出しなさいよ!」

 思わず叫んでいた。小声で。

 抜け殻になったカプセルを地面に叩きつけたい欲に駆られるけれど、グッとこらえ、最後の一回と誓いを立てて硬貨を投入口にねじ込む。

「頼むわよ……せめて漬物を出しなさい。六百円あれば、漫画一冊買えるんだから……」

 現れたのは、モンブランだった。

 ――ぬぁあああああああああ‼︎‼︎

 内心で大絶叫。無駄に精緻なつくりをしているのが怒りに拍車をかける。幾重にもかさなるクリームやてっぺんにちょこんと居座る栗の質感なんて、もう本物と見まごうほどリアルで二百円とは思えぬクオリティだ。だから余計、神経を逆なでされる。ねぇ聞いて、ふゆは、紅茶やコーヒーに合うスイーツじゃなくて、緑茶と白いご飯に合うおつけものが欲しいのよ。わかる? おわかり? どぅーゆーあんだすたん?

「……ったく」

 もういい。もういいわよ。こんなもんユニットの二人にくれてやるわ。あの子たちなら、きっと無邪気に喜んでくれるだろうし。小銭で人様の好感度が買えるなら安いもんよ。芸能界じゃ喉から手が出るほど欲しい好感度が、こんなに簡単に、それも予期せず手に入るんだから笑えるわね。とりあえず、モンブランは天才肌で何考えてんのかわかんないあの子にあげて、シュークリームの方はパリピでウェーイなあの子にあげよう。残ったショートケーキは、ふゆのもの。なんか、絆アイテムって感じがしていいんじゃないの。三人で似たようなキーホルダー付けてる写真なんてツイスタにアップしたら、結構ウケそう。うん、悪くないわね。結果オーライ、結果オーライ。

 ここから切り替えて、元気にオタ活といきますか。まだ一日は始まったばかりだしね。頭の中に積もり積もった予定を消化するために、とりあえずこの場を離脱しようとしたところで、その簡素な張り紙は目に入った。

『注意! パッケージと中身が一致していない筐体が、ごくまれにございます! ご購入の際は、ぜひ慎重なる筐体チョイスを!』

 なんて迷惑なサービスなんだろう。

 自分でも冷めた目つきになっていくのがわかるくらいに幻滅しながら、重い足取りで店を後にした。

 わけがない。

 しっかり漬物ガシャも回して、一発で梅干しをゲットしてやったわよ!

 ざまあみやがれってもんね!

 お〜っほっほっほ!!!

 心の中で、ハイソなお嬢様っぽく高笑いしてやったわ。実際にはやんないけど。ふゆ、そういう路線のキャラはイメージと違うから。

 

 /

 

 予定が狂ったわ。

 まさかこんなことになるなんて。

 行く先々で手当たり次第に書籍やらなんやらを買っていったら、両手がふさがるほどの荷物量になってしまった。なんたる迂闊。

 あとで通販で買えばいいじゃないと冷静に思うふゆと、今すぐこの実物を手に入れて自分のものにしたいと思うふゆがせめぎ合った結果が、これよ。前者、よわすぎ。やっぱり実物を目にしちゃうとだめね。ついつい手にとってレジに持っていっちゃう。アイドルのお給料が入るようになって、心持ち財布の紐が緩んでしまっているのも一つの要因かも。

 それにしても、重い。約二ヶ月分の物欲を解き放って快感を得たのはいいものの、後について回るのは物理的重量による不快感。

 こんな時に荷物持ちがいれば……と脳裏にひとりの男の顔がよぎったけど、すぐにどでかい消しゴムで消しカスにしてやった。あんなやつ、知らないわよ。ばーかばーか。

 さーて、

「帰ろ帰ろ」

 帰って戦利品をずらっと並べて眺めて写真に撮って悦に入って、それからひとつひとつじっくりと味わおう。そんでごはん食べてお風呂入って撮り溜めたアニメも見て、また戦利品をじゅうぶんに堪能して、眠くなったらやわらかいお布団でぐっすり寝てやるわよ。なにこれ、最高ね。この世の天国じゃない。まあまた数日後にはトレーナーにこってり絞られている未来を想像すると、すこし憂鬱にもなるけれど。つかの間の休みなんだから、楽しまなきゃ損よね。

 日々のレッスンでほんの少しだけたくましくなった両腕にぶら下がる戦利品は、ふゆにとっての希望であり、憧れであり、心の支えだ。ぜったいに落としてはならない。

 そんな気概を胸に抱いて店を出たのとほぼ同時に、すーっと、ひと組の男女が目の前を通りすぎていく。

「ん?」

 なんか、気になった。

 違和感というか既視感というか日常感というか。

 ひどく見慣れたものが視界に入った気がした。

 気づけば自分の目は先ほどの男女を追っていて、小さくなっていくそれぞれの背中を捉えている。ふゆと二人が通り過ぎた時の位置関係により、目視できたのは女性の方の横顔だけで、そちらには記憶と照らし合わさせてみても見覚えなんててんでなかった。白い肌に濃い口紅が映える、甘辛系の美人ねって印象だけが残っている。

 問題は、男の方。

 ふゆの直感が告げている。

 アレ、あいつでしょ。

 たぶん、おそらく、かくじつに、あいつでしょ。

 あいつの私服なんて見たことなかったけれど、なんの特徴もないシンプルで清潔感だけが取り柄みたいな身なりは、すごくしっくりくる。似合いすぎるくらいに、あいつの顔、性格に似合った服装じゃないの。いますぐあの後ろ姿が振り返って、脳裏に浮かべている顔がそこにあったとしても大して驚かない自信がある。確信がある。

 でも、あいつは振り向かない。

 となりで歩く、ふゆの知らない女と肩を並べて、ふゆから離れていく。

 あのひと、なにげに美人だった。

 ふゆとは真逆のようなタイプの、雑にくくるならサバサバ系って外見の、美人だった。

 そしてなにより、お似合いだった。服がじゃない。並び歩く二人の後ろ姿が、雰囲気が、ぴったし雑踏の中に馴染んでいる。

 どこからどうみても、誰がどうみても、二人の関係性はそれだと推測するほどに。

 現に、ふゆも眼前をふたりが通った瞬間に、それだと自然に認識していた。

 それだと。

 カップルだと。

「……なによあいつ、ふゆの誘いを断った裏で、しっかりやることやってんじゃないのよ」

 びっくりした。

 ずいぶんとすねた子どものような声が、自分の口からまろび出たものだから。

 もっとびっくりした。

 小さくなっていくあの背中が、突然こちらを振り向いたものだから。

「え?」

 なによ。なんなのよ。なんで振り向いたのよ。なんでそんな、いつもみたくニコニコしながらこっちに来てんのよ。驚いたせいか、心音が高まっていくのがわかる。どくどくどくどく、超絶うるさい。

「えっ?」

 あんた、となりに彼女をはべらせているじゃない。なにそっちほっといて、ふゆのとこ向かってきてんのよ。ほらいま自分の彼氏が付いてきてない事に気づいた女の人が、足を止めて振り返ったわよ。なのに、なんであんたは止まんないの。なんでふゆのとこ来るの。なんでそんなに嬉しそうなの。ふゆに会えて、あんたはそんなに嬉しいの?

「……なんで」

 どうしてふゆは今、少しでも、あんたに会えて嬉しいと感じてしまったの?

 

 





後編へつづく
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