おシャニの盛り合わせ   作:ドレモネード

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唐突だけれどアンダンテ(後編)

 

 

「冬優子じゃないか、奇遇だな」

 目の前の男は、そうすることがさも当然であるかのように声をかけてきた。なんだか夢のような世界から、現実に引き戻された気分だ。両手に掴んだ、紙袋が重い。

「……なんで、ふゆに気づいたの」

 不自然だった。別にふゆはこいつに声をかけたわけじゃないし、こいつの視界に入ったわけでもない。なのにこいつは、後ろにふゆがいるとわかりきった反応で踵を返したように、ふゆには見えた。

 男はほんのり困ったように眉を寄せる。

「なんでって……冬優子の声が聞こえた気がしたからかな」

 ――。

「………………は?」

 なんて言った? いまこいつなんて言った? ふゆの声が聞こえた気がした?

『……なによあいつ、ふゆの誘いを断った裏で、しっかりやることやってんじゃないのよ』

 いやたしかにちょっとは声出したけどさぁ、叫ぶとか喋るじゃなくてぼやいたレベルの声量だったし、まわりもそこそこ賑やかなのに。それが聞こえただって?

「あんた適当言ってんじゃないわよ、聞こえるわけないじゃない。もし本当に聞こえたのなら大した地獄耳ね。おっそろしい」

 気づいたらふゆは、がーっとまくし立てていた。今日、ろくに喋れていなかった鬱憤でも溜まってたのかも。

「本当に聞こえた気がしたんだよなあ」

「はいはい、地獄耳確定ね。今度からあんたの陰口叩くときは気をつけないと」

「まず陰口なんて言わないよう気をつけような」

「うっさいわね、というか陰口なんてかわいくない真似、ふゆがやるわけないでしょ?」

「いや、こないだ共演者に挨拶ガン無視されたからって、腹立ててなんだかんだ言ってたじゃないか」

「あれは向こうが悪いからセーフ」

「……よくわからんな、冬優子ルール」

 呆れたように笑いやがった。しかしどこか愉快げに。

「でも、やっぱり冬優子の声は聞こえた気がしたんだがな」

「あんたまだそれ言う?」

「聞こえたというか、聞こえたことにしておきたいのかもな」

「……はぁ?」

 なに言ってんのこいつ。

「冬優子のファン第一号を自負するくらいなら、街の人混みの中でも冬優子の声を聞き分ける能力くらいは持っておきたいんだよ」

 ほんとなに言ってんのこいつ。

「……きも」

 やばい、つい本心が。

「えっ、だめか?」

「うん、きもい」

「……そんなに?」

「きも――」思い出したもう一人の存在。そういえばこいつは彼女と歩いてたんだからその彼女もこっちに向かってきていて不思議じゃないどころか当然で、すでにふゆの声が聞こえる範囲にその人来ているからすぐさま素のふゆから世界一かわいい黛冬優子にならなきゃ「お気持ち悪くていらっしゃいますですわよ」

 失敗した。

 けど、笑顔でゴリ押す。

「お、おきも……?」「冬優子、いまなんて……?」

 カップル二人そろって怪訝な顔。

 ちゃっかりシンクロしていてイラっとくる。別にふゆは非モテじゃないしなんならモテる方だけれど、いざこういうのを至近距離で見せつけられると、どうしてもこめかみのあたりが引きつってきてしまう。

 でも今のふゆは、ただのふゆじゃない。

 〝ふゆ〟なのよ。

 というわけで、まず挨拶がわりに口角を上げて眉尻を下げ、全世界全事象に対する慈しみを込めて、マシュマロよりも甘くて柔らかい声を奏でてみせる。

「はじめまして、黛冬優子っていいます〜」

「あ、どーも」

 反応は冷淡だった。機嫌も少し悪そう。

 まあそれもそうか。彼氏が自分のことほったらかしといて、仕事関係とはいえ他の女のところにふらふら行ったらテン下げ不可避だ。ほんとなんだこの男。もっと彼女大事にしなさいよ。ふゆも大事にしなきゃ承知しないけど。

「え〜っと、おふたりって、どういう関係なんですか?」

 道端なんだから話し込むわけにはいかないけれど、なにか会話はしなきゃいけないような使命感に駆られて、質問を繰り出した。とりあえず喋るべし。これ、人気も実力もまだまだな駆け出し芸能人の、バラエティ番組出演時における鉄則。

「どういう関係って……んー」

 ふゆよりも少し年上に見える女性は、となりの男に目配せする。男は少し困ったような顔をしていた。すると女性はニヤッと小悪魔めいた笑みを浮かべて、

「どう見える?」

 ウザっ、と反射的に突っ込むのを我慢したふゆ偉い。

「え〜、どうなんでしょう〜」

 と、すかさず返せたふゆ偉い。伊達にアイドルやってない。

「ふゆはぁ、一瞬、兄妹かな〜って思っちゃいました♡」

「あぁ、よく言われる」

 真顔でうなずく女性の頭を、ポンと軽く叩く男の手。

「よく言われるもなにも、事実そうだろうが」

「え?」(←ふゆ)

「えっ?」(←プロデューサー)

「いや、どうして言ったあんた自身が驚いてんのよ」

「いやいや、いま冬優子が兄妹に見えたって言ったじゃないか」

「あれ? そう? そうだった?」

「あぁ、だから兄妹だって見抜いてたんだろう?」

 え? なに? なにがどうなっているワケ? こいつはなんと言ったんだっけ。なんか天地がひっくり返るような衝撃的なこと言われた気がするんだけど。えーっと。

 そう、兄妹。

 兄妹。

 ………………兄妹?

「えっ、兄妹⁉︎ 彼女じゃなくて⁉︎」

「あれ、気づいてなかったのか」

「気づくわけないじゃない! というか聞いたこともないわよ、あんたに妹がいるなんて!」

「あぁ、言ってないからな」

「言いなさいよ! まったくややこしいわね」

「えぇ……そんなの、わざわざ言う必要ないだろ……」

「あるの」

「そうだよ兄貴、猫かぶるの忘れるくらいに動揺してるみたいだから、あらかじめこの子には妹がいるけど彼女はいません、むしろ募集中ですって懇切丁寧に説明しておくべきだったんだよ」

「……」

「……」

 ――やってしまった。

 いやまだ挽回できるはず。

「え、え〜? ふゆ、難しいことよくわかんないですけど、猫なら好きですよぉ。アメリカンショートヘアとか……その証拠に……ほら! ショートケーキのキーホルダー♡ ね? とってもかわいいですよね〜」

「無理だ冬優子、無理がありすぎるぞ冬優子」

「うっさいわね! ……あっ」

「ほらな」

 呆れ混じりに鼻を鳴らす男をキッと睨んでやったけれど、なんの効果もない。妹の方はといえば、口もとを手で押さえてクスクス笑っている。

「冬優子ちゃんって、やっぱり面白いんだね」

「……は?」

 急に何言い出すのよこの女。いくらプロデューサーの妹だからって、下手な事言われた時には承知しないんだからね。

「だって、うちの兄貴、最近いっつもアイドルの話ばかりしててさ。あーべつに、冬優子ちゃんのこと名前を出して喋ってるわけじゃないんだけど、担当アイドルの話ばっかりしてて。今日のレッスンではトレーナーから褒められてた〜とか、俺の耳でもわかるくらいに歌が上達してる〜とか、日に日に魅力的になっていくのが目に見えてわかるからやっぱりアイドルはすごい〜とかなんとか毎日のように聞かされるわけ」

「……おい、そのへんに」

 兄の制止を、妹は一瞥すらしない。家庭内ヒエラルキーが透けて見える。

「こないだの、ウィング?だっけ。それで冬優子ちゃん優勝したんでしょ? その時もこの兄貴、珍しくお酒飲みながら担当のここがすごかったここが良かったここが成長したって誰も聞いてないのに喋り倒してさ、もう、その子のことどんだけ好きなんだよってアタシ思ってて」

「へー、ふーん、へぇ〜」

「そしたら今日もこの兄貴、担当アイドルの趣味について勉強したいからアキバについてきてくれとか言ってさ、せっかくの貴重な休みをつぎ込むくらいにのめり込んでるみたいだから、あっ、これガチのやつじゃんって」

「へぇ〜〜、ふぅ〜〜ん、なるほどねぇ〜〜」

 ほほのニヤつきがさっきから治らないんだけど、知ったこっちゃない。普段は常にどこか余裕を保っているくせに、妹さんにいろいろと暴露されてしまってうろたえている男の顔をジロジロと見つめてやるのが、楽しくて楽しくて仕方がない。

「ていうかあんた、妹さんと一緒にアキバ来るくらいなら、ふゆと一緒に来れば良かったじゃない」

「いや、それは……」

「あぁ、アタシもそれ思った」

「しかし、俺と冬優子はビジネスライクな関係であって、オフの日にまで共に行動しては世間の目や契約関係のあれそれがうんぬんかんぬんで」

「あーはいはい、おためごかしはもういいから。行くわよ」

「行くってどこに……」

 とぼけた顔するあんたに向けて、ふゆは告げた。

「あんたは担当アイドルの趣味について勉強したいんでしょ? なら、ふゆと一緒にこのへん歩き回るのが手っ取り早いのよ」

「だね、ほんとそれ」

 妹さんの相づちで勢いを増したふゆはもう誰にも止められない。

 重たくてしょうがなかったはずの手荷物は、いつのまにかそんなに重たく感じなくなってたけれど、とりあえずあんたに押し付けて、自由になった右手で大きな背中をパンッと叩く。

「さあ、行くわよ!」

「……はぁ、わかった。わかったからそう急かさないでくれ」

 すこし気だるそうに、でもどこかまんざらでもなさそうに息を吐いたあんたは、ふゆのとなりを歩き出した。

 ふゆと歩幅を合わせて。

 呼吸のタイミングですらも、ふしぎとぴったり重なっているような気がした。

 

 

 

(おしまい)

 

 





 ふにゅこ。。。
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