おシャニの盛り合わせ   作:ドレモネード

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コラッ!


コラッ! 摩美々ッッ!! すこだッッッ!!!

 

 

「もうひと頑張りすれば、帰れるぞ……」

 夜の八時過ぎ。

 窓の外はもちろん暗く、人工の灯りがチカチカとまたたいていて、事務所内も話し声などとんとない。はづきさんと社長は定時退社を決め込んだし、俺も本来は同じくらいの時間帯に定時おうちダッシュを披露するつもりだったのだが、おしごとというもののは不思議な具合に降って湧くもので、いつのまにか終わりの見えぬ労働に身を費やしてしまっていた。

「……ん?」

 息抜きも兼ねたトイレ放尿大サーカスから戻ってくると、デスクワークのおともである椅子に異変が生じていた。

 先ほどまではまっさらだったお尻との接地面に、クッションが敷かれているのだ。

 当然、身に覚えはない。

 なんだか異様にカラフルでファンシーなそいつは、どうぞ尻に敷いてくださいとばかりにもこもこしており、こいつを駆使すれば地獄のような残業も多少は楽になるだろうし、まあケツの下敷きにしてやるのもやぶさかではない。心して俺のケツに触れるがいい。なんて思いながら座ったのか間違いだった。

 ――ブッ。

「エ゛ッ⁉︎」

 俺の高貴なるヒップの下から過剰な放屁音がした。もちろん俺がおならをしちゃうなんてことはプロデューサーである以上まずありえないので、きっと妖精さんの仕業かなんらかの化学反応が起こったと考えるのが妥当だ。あたりを嗅いでみても臭くはなく、ましておならが出る感触すらなかった。いったい何が起きたというんだ……。

「ふふー」

 という忍び笑いが聞こえた瞬間、脳の中で火花が散って最適解が生まれた。

 即座にケツの下のクッションの下の物体Xを引っ掴んで、声がしたソファーの方向を視認。

 やはり、いた。

「コラッ! 摩美々ッッ‼︎ ブーブークッションを仕掛けるんじゃない! びっくりして、びっくりするだろうが!」

 まさか俺以外に、事務所の中に人が残っていたとはつゆほども思っていなかったため、驚きと若干の恐怖が入り混じって語彙力が死んでしまった。

 むくりとソファーから起き上がった摩美々はさぞ愉快そうに、くつくつと笑っている。なにがおかしいんだろう。愚問か。俺の反応を見て楽しんでいるのだ。あやつは。

「本当に良いリアクションですねー。いまどき、ブーブークッションなんかであんな反応する人、なかなかいないですよー」

「くっ……」

 摩美々をプロデュースする過程で、ある程度イタズラには慣れてきたとはいえ、そこまで言われると少し悔しいな。我ながら、こんな古典的なイタズラに面白いように翻弄されてしまうのも大の男としてどうかと思いもする。

「だいたい、どうして摩美々がここにいるんだ。今日のアンティーカは、レッスン後は直帰のはずだったと思うが」

「あー、それがですね……実は咲耶が事務所に忘れ物をしたらしくてー」

「咲耶が? 珍しいな」

「そう思いますよねー。なんでも、家の鍵を置き忘れたみたいで」

「一大事じゃないか。どうするんだ、もう夜だぞ? いくら咲耶といえど女の子だし大事なアイドルだし知名度ももちろんあるし――」

 咲耶は寮住まいだから、いざという時は他のアイドルの部屋に泊めてもらえればなんとかなるだろうが、それでも家の鍵だ。失くしたとしたら困りものだし、失くしたと思うだけでも肝が冷える。

 しかし摩美々の口ぶりからは、ことの重大さがあまり感じ取れない。それは摩美々が元来もつ空気感によるものなのか、本当に大したトラブルではないのか。

 どうやら今回は後者のようだ。

「大丈夫ですよー。失くしたわけじゃないみたいなので」

「え?」

「さっきも私、言いましたよねー。咲耶が鍵を置き忘れたらしいって」

「……あっ」

「失くしたなんて、一言も言ってないんです。私も、咲耶も」

「確かに、そうだったな」

 そうだ。確かにそうだった。

 咲耶が『置き忘れた』と言ったのであれば、鍵のありかにはきっとあたりがついているのだろう。それに咲耶が声高に失くし物をしたと言いふらし、周りを混乱させる状況はあまり想像できない。考えてみればたやすく察せられるのだが、わざわざ摩美々がそんな回りくどい言い方をする意味がわからない。

 首をかしげていると、またもや摩美々がくすくす笑いだした。本当によく笑う子だ。

「だからぁ、プロデューサーは、警戒心がうすすぎるんですよー」

「……なんだって?」

「鍵の件は少しでも考えれば、慌てたり騒いだりようなことじゃないってすぐにわかるはずですし、さっきのクッションだってー」あぁ、そこにつながるのか。「少しは不審に思うはずですよねー。せめて部屋の中に誰かいる可能性くらいは考えるはずなのに、プロデューサーときたらなんにも疑わずに座っちゃってー。おっかしいですねー」

 水を得た魚のように、とはこのことか。

 いたずらが実を結んだ上でさらに追い討ちをかけるべく、ペラペラと俺の落ち度を語る彼女は、たまらなく楽しそうで魅力的なのだが、一方で、俺の心中で眠っていたものが起き上がり、むくむくと育っていくのを感じていた。一度よみがえってしまえば俺自身でさて手のつけようがない、この厄介物。

 その名を反骨心という。

 中学の頃、親に対して猛威を振るったそいつは、十年ほどの時を超えて、俺のちっぽけなプライドが崩壊しないよう支えるために戻ってきてくれた。おかえり、マイブラザー。

「霧子から聞きましたよー。今朝もプロデューサーが造花に水をやろうとしてたってー」

「ぐっ、それは……」

 目の前のニヤケ顔を、どうにかして仰天させてやりたい。

 しかし、一向に突破口が見つからない。

「さすがの霧子も、プロデューサーのうっかりには呆れてたりしてー」

「うぅ……霧子……」

 きりこすき……。

 どうにか一矢報いたいのにきっかけがつかめず、焦りからか何かを握りしめていた右手に力が入る。ゴム特有の感触が手のひらに染み渡ると同時に、闇の深い一寸先にひとすじの光が差した。うん……いける、これならいけるぞ……‼︎

「クッションのことも霧子に伝えておきますねー。ふふー、どんなリアクションになるのか、たのしみになってきましたぁ」

「摩美々よ」

「……? どうしたんですかぁ?」

 光明を見出したことで急速に湧いた自信が、表情にあらわれたのかもしれない。摩美々は怪訝そうに眉を寄せて、俺を見つめている。願わくばその目が見張られることを祈りつつ、右手に握ったそれを摩美々の眼前にかかげた。

「これ、なーんだ」

「なにって、ブーブークッションですケド」

 摩美々は眉間にしわを寄せて困惑している。至極真っ当な反応だ。

 続けて俺は、問う。

「じゃあ、ここは?」

 指先で示したのは、クッションを膨らませるために不可欠な出っ張りの部分。つまりはブーブークッションの――

「吹き込み口? それが、どうかしたんですか」

「どうもしたもなにも」

 吹き込み口。内部に空気を送り込むために必要な部位。送り込み方は簡単だ。人がそこをくわえて勢いよく息を吐けばいいだけである。そう、くわえて。咥えて。口を、つけて。

 逆に言えば、ブーブークッションを膨らませるには、口づけせざるを得ないのだ。吹き込み口に。つまり、俺のお尻の下敷きになったブーブークッションも例外ではなく誰かの口によって息を吹き込まれたわけで、それを敢行したのはこの部屋にいる俺以外の人間である摩美々しかありえない。

 俺は口を開ける。パニック映画のサメをイメージしながら、大きく大きく開口する。

「いったいなにを……」

 ――するつもりなんですか。とでも訊ねるつもりなのだろう。決まっているじゃないか。口に含むんだよ。摩美々が口づけたクッションの吹き込み口を。そんで口内でべろんべろんに舐め回して、ちゅーちゅー吸って摩美々の唾液エキスを思う存分堪能したすえに、ようやく口を離して、唖然とする摩美々に向けて言い放ってやるんだよ。うーん、デリシャス!って。

 もちろん嘘だが。

 せいぜい大きく開いた口に、クッションを徐々に近づけていって、摩美々がその意図に気づいた頃合いでやめるつもりだ。というか顎が痛い。外れそう。ずっと口を開けていると歯医者を思い出すからつらい。それ以前に口を開くことばかりに意識がいって、摩美々の表情がうかがえない。本末転倒だ。

 ただ、ここでようやく、

「えっ、あっ、ちょっとそれは……」

 という若干ながら狼狽した摩美々の声が聞こえたので、ささやかな仕返し劇は閉幕することとした。口を閉じる。視界が心持ちクリアになり、気まずそうに目をそらす摩美々のようすが見て取れたので溜飲が下がった、ような気がしたところで背後に気配が。

「プロデューサー、なにをしてるんだい……?」

 振り返ると、ドアのすぐそばにスラリとした王子様系美人が佇んでいた。そういえば摩美々は咲耶の付き添いで来たんだから、咲耶も事務所にいると考えてしかるべきだったな。

「摩美々も、一緒になってなにを……」

「あぁ、それがだな」

「実はぁ、咲耶が膨らませたブーブークッションをプロデューサーが食べようとしちゃってー」

「なっ⁉︎ コラッ! 摩美々ッッ‼︎ なにをバカなことを!」

 近づいてくる咲耶にどう答えるべきか逡巡していると、摩美々に機先を制された。しかも咲耶は摩美々の言い分を若干信じているらしく、「えぇ……」と引き気味だ。

「咲耶、違うからな。これはいつもの摩美々の冗談であって、決して俺は食べようだなんて考えていなくて」

「プロデューサー……いくら信頼しているアナタとはいえ、限度というものがあってだね……」

 ガチトーンでさとすように言われた。ショックで膝が折れる。

「信じてくれよぉ……」

「信じたいのは山々なんだけどね。でも現にプロデューサーがクッションに向かって大きく口を開けているところは、私も目撃していたから」

「見ていたのか……」

 どうやって誤解を解けばいいのだろう。膝をつき、視界に広がる事務所の床はなんにも答えてくれない。いっときの思春期じみた反骨心に身を任せるのはダメだ。後悔しか生まれない。

「ふふー、霧子にも伝えておきますねー。プロデューサーが、担当アイドルとの間接キスに過剰に興奮する性癖の持ち主だって」

「やめて……やめてくれぇ……」

 すぐさま懇願する。もしこの話が誤解のまま霧子や恋鐘に伝わったとしたら、きっと優しいふたりだ、表面上はぎこちないながらも普段通り接してくれるだろうが、心の中ではおそらく俺のことを軽蔑して……。なんか気持ち悪くなってきた。吐きそう。

「あとー、霧子で思い出したんですけど、誕生日でもなんでもないのに名前が一緒だからって突然、切子をプレゼントするってどうかと思いますよー。霧子もちょっと困ってるぽかったですしー」

「ゔ゛ぇ゛ぇ゛(嗚咽)」

 知りたくなかったそんな事実。こんな思いをするのなら花や草に生まれたかった。

「摩美々、もうさすがに勘弁したらどうかな。プロデューサーも相当こたえているようだし。なによりやはりプロデューサーが本気でクッションを食べようとしていただなんて、私には考えられないよ。ブーブークッションはパーティーグッズであって、決して食べ物ではないのだから」

 咲耶、やさしい……言ってることはすんごい当たり前のことだけど。

「えー、でもー」

「ほら、もう夜も遅くなるから帰ろう。あぁ、そうだ。摩美々さえ良ければどこかで一緒に夕飯を食べていかないかい? 私の忘れ物のせいで事務所までついてきてもらったんだ、ごちそうくらいはするよ」

「まぁ、咲耶がそう言うなら行かなくはないケド」

「その必要はないぞ、咲耶。なぜなら俺が奢るからだ」

「太っ腹だね、プロデューサー」

「えぇ……復活が早すぎないですかぁ?」

「リカバリーソーダ飲んだからな」

「それなら納得するしかないですケドー」

 

 †

 

 このあと俺たち三人はファミレスでご飯を食べた。

 事務所での摩美々と俺のいざこざについて詳しく話すと、咲耶は少し呆れながらも笑ってくれた。いつものことだね、と言われるとちょっと引っかかったが。それだと俺がいつも嗚咽してるみたいじゃないか。

 意趣返しのつもりなのだろう。摩美々は自分のオムライスを乗せたスプーンを、あろうことか俺に「あーん」してきた。据え膳食わぬはなんとやらなので、俺が勢いよくかぶりついたところを咲耶がスマホで激写したらしい。それをラインのグループチャットにでもアップしたのだろう。すぐに恋鐘から『ずるか〜! 今度の仕事終わりにうちもプロデューサーとごはん食べに行きたか〜!』とメッセージが入り、数分後には霧子から『こけ、こけ』という文章が鶏の写真とともに送られてきた。謎だ。

 その際、震える指先を抑えながら、霧子に江戸切子をプレゼントしたのは迷惑だったのかと聞いた。するとまた数分後に、自室の机らしきところに贈った切子が飾られている写真が送られてきた。『とてもきれいで、よくじっと見つめてしまって、時間を忘れてしまいます』とも頂戴した。

 あまりの嬉しさにその場でふたりに報告すると、なぜかふたり揃って反応が微妙だった。よかったね、よかったですねーとは言ってくれたものの、なんだか歯にものが詰まったような言い方で気になったので、もぐもぐとごはんを食べながらふたりの微妙な反応について考えてみた。その理由はすぐに予想がついた。霧子への贈り物が大事にされているのを見て、羨ましく思ったのだろう。

 だから俺はすぐに、ふたりに助言をした。思えば無駄に上から目線な口調だったかもしれない。

「霧子はきっと二人からの特に理由のない贈り物にも喜んでくれると思うぞ。だから買い物の途中なんかで、あぁこれ霧子に似合いそうだなとか思ったら余裕のある範囲で買えばいいんじゃないかな。うん。ちなみに俺のオススメは江戸切子って言うんだけどな、調べてみたらわかるはずなんだがとてもきれいで、作ってる職人さんもさぁ――」

 たしかそんなふうに講釈を垂れた記憶がある。

 ただ、なぜだか摩美々と咲耶の反応は依然として芳しくなく、

「そうじゃないんですよねー」

「うん、そうじゃないんだよ、プロデューサー」

 と渋い顔で言われた。

 なぜだ。わからん。

 後日、九州に旅行に行った友人から頂いたお土産(あごだしラーメン)を恋鐘におすそ分けしたところ、飛んで跳ねて喜んでもらえた。

 それを横目で見ていたらしい摩美々から、背中とスーツの間にトカゲを入れられるイタズラを受けたのだが、そばにいた咲耶は助けてくれなかった。

 なんで?

「しょうがないなぁ、Pたんは」

「ん? おぉ、結華、グミ食べるか?」

「うーん」一瞬、悩むようなそぶりを見せた結華は一転、にやぁとどこか猫のように笑みを浮かべると、「Pたんが食べさせてくれるならいいよ」

「はい、あーん」

 ノータイムで口もとに押し付けてやった。

「あむっ、……もうPたんったら強引なんだから〜」

 爬虫類が飛んできた。

 

 

 

(おしまい)

 

 

 





すこだッッッ!!!
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