けものフレンズR あるトラのものがたり   作:ナガミヒナゲシ

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 あるトラのものがたり第10話です。

 危機を乗り越えてジャパリホテルから脱出したともえ達。
 一足先に脱出し、避難活動を続けていたハツカネズミ達。
 分断された仲間達が再び一か所に集う。
 そして瀕死のアムールトラを救うために奔走するのであったが・・・
 



現代編10 「ちぇっくあうと」

「・・・・・・突然大勢で押し寄せて申し訳ありません・・・受け入れてくださって・・・ありがとうございます・・・」と、ハツカネズミは、いつも通りのぼそぼそと陰気な調子を崩さずに謝辞を述べた。

 

「いいよぉ~お、困った時はお互い様だよぉ~。でみょ、あのジャパリホテルでそんなことが起きたなんてぇ~え、最近物騒なんだにぇ~」独特の間延びした口調で返事をするのは、森の中のレストランの店長であるフレンズのリャマだった。

 

 船に乗って海岸まで渡航し、ジャパリホテルから避難したハツカネズミとその仲間たちは、ホテルの宿泊客を誘導しながら、なんとか身を落ちつけられる場所を探して丸半日歩きつづけた。

 潮の香りが漂う山道をのぼり、草の生い茂る中にまばらに岩が点在する丘を抜け、木々の間から空が見えるのどかな森の中に足を踏み入れた。

 ともえ達がホテルに向かった道のりを逆行するように森の中を歩んだ一向は、やがて赤レンガの壁に丸太で組まれた屋根を持つ小さな家屋を偶然見つけ、そのドアを叩いたのであった。

 

 誰もかれもが疲労困憊の、しかしピリピリとざわついた緊張感を漂わせる数十人ものフレンズ達を見たリャマは、一瞬呆気に取られたものの、何か尋常ではない出来事が起きたことを察知し、快く大勢のフレンズ達を中に招き入れた。

 宿泊客達はやっと一息つけたといわんばかりに、緊張の糸がゆるんでその場にへたり込み、中にはうつらうつらと眠りに落ちる者もいた。

 

 今しがたリャマに簡単に事情を説明し終えたハツカネズミは、これから先のことについて思案を広げる。

 彼女のそばには、ホテルで共に働いていたオオミミギツネ、ハブ、ブタが同じように神妙な面持ちで腰を下ろしていた。

 

「もう日が暮れるぜ・・・今日のところは休もうや。夜の森はあぶねえし、お客さん達には明日、ゆっくり家路についてもらおうぜ」

「ハブさん落ち着いてますねー、わたしなんかまだ頭の中混乱してます~」

「・・・・・・オオミミギツネさん・・・大丈夫ですか・・・?」

「え? ええ・・・ごめんなさい。平気よ」

 

 オオミミギツネはその場にいる者たちの中でもとりわけ憔悴しきっていた。心ここにあらずといった様子でハツカネズミの呼びかけに返事をする。

 ホテルを切り盛りするという生きがいを失ったオオミミギツネの心中を察したハツカネズミは、今はそっとしておこうと思い、それ以上話しかけないようにした。やがて沈黙が訪れる。

 

 ハツカネズミにはもうひとつ気がかりなことがあった。ホテルにて別れたオオコノハズクとワシミミズク、そしてともえ達3人の安否がようとして知れないことだ。

 自分が迎えに行けるものならすぐにでも迎えに行きたい。しかし今の自分には何もできることはないし、自分にとってはお客様の避難こそが一番の優先すべきことなのだ。ハツカネズミは己自身にそう言い聞かせながら、沸き立つ不安を鎮めようと目を閉じた。

 今、外の空ではフクロウの学生4人組が懸命にオオコノハズク達の行方を捜索し続けている。何かあればすぐに知らせが来るだろう・・・

 

 ハツカネズミは昔から、寝る時以外は忙しく動き回っていることを好む性分だった。何も出来ない、待っているだけの現状は、逆に気疲れして仕方がなかった。すぐそばに、落ち込んだ顔の仲間がいるならなおさらである。

 

______・・・バルルルルルルルルルルル・・・・・・

 

 遠雷か何かだろうか。風が建物に吹き付ける音とは明らかに違う。生き物の鳴き声とも全然違う。何かが空気を高速で打ち鳴らしているような異質な振動音が外から聞こえている。

 レストランの中でひしめき合う避難民たちは、安堵した空気から一転ざわめきだした。

 

「・・・なんですか~? この変な音・・・」と、ブタが沈黙を破った。

「もう、何も起こらないでちょうだい・・・」と、オオミミギツネが独り言ちる。

 

 音は少しずつ大きく聞こえるようになってきており、音の発生源が近くに来ていることを予想させた。

 狭いレストランの中に一層張り詰めた緊張が走る。

 

「・・・・・・わ、私が見てきます・・・どうか・・・皆さんはここで待っていてください・・・」と、内心誰よりも落ち着かないハツカネズミが立ち上がって名乗り出ると、佇むフレンズ達は黙ってじっとそれを見つめることでそれを肯定した。

 

「博士ェ~! 自分もお供しますゥ!」と、ざわめくフレンズ達の間を縫って、後ろから声をかけて近づいてきたデグーがハツカネズミの後ろに着いた。

 デグーは陽気で大雑把であり、ハツカネズミとはまるで違う性格をしていたが、ネズミのフレンズ特有の落ち着かない気質を持つという点ではよく似ていた。

 

 2人がレストランの外に出ると、謎の震動音がいっそう明瞭に聞こえた。

 だが辺りは木々の隙間から夕暮れの光が差し込むのみであり、音の発生源のようなものは何も見当たらなかった。

 下を見れば足跡や草のよじれなど、辺りの道筋を示す手掛かりはいくらでもある。しかし、上を見上げると、ただひたすらに変化のない木の枝と葉っぱがひしめくばかりであり、空の上にある物を探すのはとても無理なことように思われた。

 

 とりあえず、視界が開けた場所に行って辺りの空を見回すしかない、と考えたハツカネズミとデグーは、先刻この辺りを歩き回った記憶を頼りに駆け出し始めた。

 木々の間を駆け抜けること数瞬、やがて枝と葉っぱの緩衝が途切れ、夕暮れの鮮やかな光が降り注ぐ空間に躍り出た。

 そこはまだ森のただ中であったが、地面には木の代わりに雑草が生い茂り、枯れ草がさらに横たわっていた。自然の中には偶然このような空き地が出来ることがある。

 

______ピキュピキュピキュピキュ・・・・・・!!

 

 謎の震動音は耳をつんざくばかりに大きくなり、生い茂る雑草は、上から吹き降ろす風に激しくなびかされていた。

 ハツカネズミとデグーは、夕陽の眩しさに顔を覆いながらも、上から近づいて来る異質な存在を注視しようとした。

 やがて夕陽を覆い隠すほどに近くまで迫ってきた影の正体に息を飲む。

 

「は、博士ェ~ッ! あれ、博士がむかし修理した機械ですよねェ!? なんてったっけ・・・へ、へ、えーと・・・ヘリコバクターとか言ったっけェ!?」

 

 ハツカネズミは、上から近づいて来る物のことを他の誰よりも良く知っていた。

 かつて自分が、偶然ホテルの一室にて発見したその残骸を、好奇心が赴くままに、その外観も内部も、当時の姿そのものへと復元しようと試みたことをよく覚えている。

 

「・・・・・・ヘリコプターです・・・まさか本当に動いているのを見る日が来るなんて・・・」

 

 回転する翼で空を飛ぶヒトの時代の遺物は、翼の動きを徐々に緩慢にさせながら、草むらへとゆっくりと降り立った。

 ハツカネズミ達は巻き起こされる風が全身に吹き付けるのを感じながら、その様子を見つめていた。

 翼の回転が完全に止まったヘリコプターの腹部がスライドし、内部に開いた空間を外に晒すと、辺りを警戒するようにふたつの人影が姿を現した。その姿を見て2人は尚更絶句する。

 

「あ、博士ェ! 見てくださいィ~! オオコノハズク博士とワシミミズク助手ですよォ~! おーい2人共~!」デグーは、ヘリコプターから降りてきたオオコノハズクとワシミミズクの無事な姿に感極まった声をかけた。

 

「・・・! その声はデグー・・・ハツカネズミ博士も一緒なのですね。さっそくあなた方に会えるとは運がいいのです」と、2人のフクロウからも返事があったが、その声色に再会を喜ぶ気配はなく、先ほどホテルの中で危機に瀕していた時と変わらない重苦しい空気を湛えていた。

「あなた達は今、この森の先にある民家に避難しているですね?」

 

「・・・・・・はい・・・。なぜそれを知って・・・」

「ここに来る途中、弟子たちに会って聞いたです。あの子らには今すこし海岸近くの警戒を命じたです。それより、我々を急いでその避難場所に案内してほしいです」

「・・・・・・勿論です・・・ですが・・・話を聞かせてもらえませんか・・・?」

「重傷者がいるです! 危険な状態なのです!」

「・・・・・・重傷者・・・?」

 

 怪訝に思ったハツカネズミとデグーは、ヘリコプターに近寄り、直線的に切り抜かれた空洞に身を乗り出して覗き込んだ。

 

______っ!!

 

 ヘリコプターの中にいた者たちが、ハツカネズミ達の突然の来訪に驚いて身をすくめる。ハツカネズミの目線の先には、ともえとイエイヌ、ロードランナーがその場にへたり込み身を寄せ合っていた。

 そしてイエイヌの膝を枕にしながら、一切の身動きをせず昏睡しているフレンズの姿を見た。

 デグーは素っ頓狂な声を上げながら、腰を抜かして後方に倒れ込んだ。

 

「・・・・・・なるほど・・・重傷者とは・・・」と、中の様子をじっと見つめながらハツカネズミは独り言ちる。ともえ達は声も出さずに、絶望やら哀願やらが混じった視線を送り返してきた。

 

「ハツカネズミ博士。いろいろ考えることはあると思うですが、どうかアムールトラを助けるために力を貸してほしいです」と、オオコノハズク達がハツカネズミに後ろから声をかける。

 なるほど、ともえ達だけでなく、2人のフクロウにとっても、もうビーストは”アムールトラ”になったのだ。とハツカネズミは得心がいった。

 

「・・・・・・案内しましょう。こちらです・・・避難場所は・・・すぐ行ったところです・・・」と、ハツカネズミは振り返って森の一点を指さした。

 

「(は、博士ェ・・・いいんですかァ? ビーストをあそこに連れて行ったらまずいような・・・)」

「(・・・・・・それでも・・・見捨てることなどできません・・・)」 

 

 救難ヘリの中に備え付けてあった折り畳み式の担架にアムールトラを乗せる。担架を揺らさないように、しかし極力急ぎ足で森の中を歩き始めた。道すがらオオコノハズクとワシミミズクが現状の説明を始める。

 

「アムールトラは海に落ちたまま気を失ってこうなったです」

「我々、ヘリコプターの中でも思いつく限りの処置はしたのです。まずはうつ伏せにして水を吐かせました。かなりの量を吐いたです」

「それから、心臓マッサージと人工呼吸を行ったです。キョウシュウエリアの戦いで、何回かやったことがあるので、手順に間違いはないはずなのです」

「しかし、あまり効果がないようなのです。アムールトラの呼吸がまったく回復しないのです」

 

「でも、アムールトラさんは海の中で一度起きてくれたよ・・・あたし達のために戦ってくれた」と、ともえが反論するように口をはさんだ。

 

「それも奇跡だったとしか思えないです。8本足とあんなに激しく戦って、ただでさえ体力の限界だったと思うです・・・」

「そんな・・・」

 

 ハツカネズミは、会話には混ざらずに担架に近づき、だらりと垂れ下がったアムールトラの手首に指をあてる。氷のような冷たい感触の先に、脈動を感じることは出来なかった。

 何か手立てを探すにしても、アムールトラの状態がよくわからないことには・・・と、重い溜息をついた。

 

______ポコ、ポコ、ポコ、ポコ・・・

 

 ともえ達の後ろから、ラッキービースト特有の玩具のような足音が近づくと、マゼンタカラーの体を滑り込ませるように、アムールトラの体が揺れる担架の下に潜り込んだ。

 

「おっ・・・? ラモリさん、何してんだぁ?」と、ロードランナーがきょとんとして尋ねる。

 

 ラモリはサングラス越しに目から赤い光を照射すると、アムールトラの頭頂部から足先までなぞるようにそれを走らせた。その後も赤い光はアムールトラの体表を往復するように動き続けている。

 さらに、腹部のレンズからもプロジェクター映像を放ち、雑草や木の根ででこぼこの地面によって画像が波打ったり不鮮明であるものの、映像がともえ達の前方の地面に表示される。

 映像の中には、一定の間隔で点滅しながら姿を変える折れ線が描きだされ、その下にいくつかの文字が映し出されている。

 

【KT:25.3℃_BP:65/52mmHg_SpO2:79%_HR:19_RR:5_・・・】

 

 ともえ達は、地面に描き出されたその映像をきょとんとして見つめる。2人のフクロウとハツカネズミは、何か合点が言ったように深々と相槌を打っている。

 

「な、なんだこれはよー? おまじないか?」

「・・・・・・いいえ・・・これは今のアムールトラさんの体の状態を示しています・・・アムールトラさんは・・・まだ生きています・・・しかし・・・かなり危険な状態です」

 

 そんなことを話しているうちに、木々の葉の向こうから、木枠に赤レンガを連ねた質素な家屋が見えてきた。

 

「・・・・・あの家が避難場所です・・・早くアムールトラさんを搬送しましょう・・・本当はあそこの主人に一言断りを入れたいところですが・・・・・・そんな暇はないですね・・・」と指示を飛ばすハツカネズミは、後ろのともえ達がぽかんとした表情でいることに気付いた。

 

「・・・・・・皆さんどうかしましたか? ・・・何か気になることでも・・・?」

「う、うん。またリャマさんのレストランに戻ってくることになるなんて・・・って思ったの」

「あそこは我々とともえ達が最初にあった場所なのです。といっても、つい昨日ですが・・・やれやれ、おそろしく長い一日なのです」

 

「・・・・・・私に会うよりも前に顔を合わせていた場所とは、あそこのことでしたか。なるほど・・・さて・・・そんなことよりも・・・」

「うん、早くしなきゃね」と、ともえは氷のように冷たいアムールトラの肩の上に手を置いた。

 

 一行は、リャマのレストランのドアを軽くノックだけすると、返事がかえってくるのを待たずに押し入った。

 中にいるフレンズ達がざわつく中で、カウンターの向かいにいるリャマの姿を見つけると”重傷者の手当てをしたい”と最低限の事情だけを説明した。

 リャマは厨房の奥にある自身の寝室を貸すことを提案してくれた。

 

 一行がフレンズの背丈の半分ほどのスイングドアを押し開け、厨房の中へとアムールトラを運ぼうとした矢先、担架で運ばれる半死人の正体を、避難客のフレンズの一人が看破した。

 

「・・・あの縞模様・・・どこかで見たことあると思ったら・・・あ、あいつは・・・あいつはビーストだっ! 間違いないよ!」

 

 一人がそう叫んだ直後、他のフレンズ達も次々に声を上げ始め、あっという間にレストランのリビングが大混乱に陥った。オオミミギツネら従業員が必死にそれを宥めようと試みる。

 

「なんでよ! なんであの連中はビーストを助けようとしているの!」

「お、お客様落ち着いてください! 意識がないのだから安全ですわ!」

「目を覚ましたらどうするのさ・・・!」 

「もう危ない目はこりごりなのよ!」

「化け物をつまみ出せ!」

 

 フレンズ達の罵声が厨房を歩くともえ達にも聞こえてきた。

 

「くぅん・・・アムールトラさんがかわいそうです・・・」

「ホントだよ。命の恩人に向かって言う言葉かっつーんだよアイツら」

「みんな何も知らないんだから仕方ないよ。言って聞かせる暇もないし。それより今は・・・」

 

 ともえ達は、小ざっぱりとした寝室の隅にある、足付きマットレスに毛布が敷かれただけの簡素なベッドに近寄ると、そこに担架ごとアムールトラをゆっくりと降ろした。

 本来の持ち主よりも一回り以上大きな体躯を受け止めて、ベッドがギシリと歪む。

 アムールトラは変わらず全身がぐったりと脱力しており、口を締まりなくぽかんと開けたきり空気の行き来はない。

 

【KT:24.4℃_BP:60/49mmHg_SpO2:73%_HR:12_RR:4_・・・】

 

 ラモリが先ほどからアムールトラの体に赤いスキャン光を当て続けている。それと同時に出現するプロジェクターには、振れ幅の小さな心電図と、刻一刻と低下するバイタルサインが示されている。

 

 一行は早速アムールトラの処置に取り掛かった。まずはアムールトラの冷え切った体を温めることが提案された。

 家中からかき集めてきたタオルを使って、アムールトラの体をぬぐい続けた。想像していたよりもはるかに多量の海水がアムールトラの全身から染み出し、タオルを濡らしていった。

 

 リャマの部屋には、古ぼけた小さな暖炉が備えられていた。季節はまだ秋の半ば、多少肌寒くなったばかりの時分にはまだ入り用でない暖炉の中には、ひとつ前の冬の終わりに焼け残った燃えカスが散乱していた。

 それらを急いで取り去り、新鮮な薪を積み上げて、さらにその上に枯れ枝や松ぼっくりなどを投げ込むと、ともえのバッグの中にあるマッチで火を付けた。

 すす煙が立ち込め始めた薪の中心にフイゴで風を送ると、ぱちぱちと音を立てながら火が薪に浸透し、火勢が安定し始めた。

 狭い部屋の中にあっという間に暖気が立ち込め、忙しく動き回るともえ達には蒸し風呂のように思えるほどの環境となった。

 

「この暖炉、本当に寒い時にしか使わないんだよにぇ~え・・・」と、リャマがつぶやいた。

 

【KT:22.1℃_BP:62/51mmHg_SpO2:71%_HR:9_RR:4_・・・】

 

「ねえ・・・! 次は、次はどうしたらいいの?」と、数字の意味はわからなくても、だんだんと値が小さくなっていることを悟ったともえが声を上げる。

 

 ともかく、心肺蘇生法を根気よく続けるしかないという結論になり、経験者であるオオコノハズク達が、横たわったアムールトラの体の真横に座り込むと、ワシミミズクがアムールトラの胸に両手を押し付けて心臓マッサージをやり始めた。

 

 オオコノハズクはアムールトラの顎を持ち上げて空気を少しでも通そうとしている。

 ワシミミズクの両手の圧力に押されるまま、アムールトラの上半身がガクガクと揺れ続ける。

 熱気に当てられて上気した顔色のフクロウ達と、顔面蒼白なアムールトラが対照的だった。

 

 手持ち無沙汰になったともえ達とハツカネズミ、デグー、そしてここの主であるリャマは、アムールトラの体をさらに温めるための準備を始めた。

 ハツカネズミいわく、脇の下や内ももには血管が多く通っているとのことであり、そこを集中的に温めることが出来れば体が効率的に温められるのだという。

 

「わふっ、ハツカネズミさん。どうやって温めればいいんですか?」

「・・・・・・聞けばここはレストランなのだとか・・・。・・・それならば、ヤカンや鍋などがあるはずですね・・・それにお湯を注いで、アムールトラさんの体に当てれば・・・」

「わかったぜ! リャマさんよぉー、ヤカンや鍋を貸してくれよ!」

「いいよぉ~! 厨房にしまってあるよぉ~お」

「・・・・・・直接当てると火傷してしまうので、布などでまくのも忘れないでください・・・」

 

 一行は、ヤカンや鍋を集める組と、お湯を沸かす組に分かれた。ともえは裏口から出て井戸水を桶いっぱいにくみ出すと、再び厨房の中へと入っていく。

 

 イエイヌとハツカネズミの手早い作業により、厨房のレンガ造りのかまどにはすでに火が灯り、その上にはリャマが常用する大釜が置かれている。

 ともえは大釜の中に汲んできた井戸水を注ぎ入れた。火の熱が水に伝わるまでしばしの間、3人でかまどの前に立ち尽くしていた。

 

「わふっ、ハツカネズミさん! 色々知恵を貸してくれてありがとうございます!」

「うん、本当に助かるよ。あたし達だけだったらどうしたらいいかわからなかった」

「・・・・・・いいえ・・・大したことはやっていません・・・」

 

 ハツカネズミは謙遜ではなく、本心でそう思っていた。仮にここが自身の根城であるジャパリホテルの地下研究室だったら、アムールトラにもっと適切な治療が出来ていたはずだった。

 今のアムールトラに一番必要なものは、心臓マッサージでも、体を温めることでもなく、栄養補給だと思っていた。点滴針を差し、生理食塩水を輸液することが出来れば、生存率は飛躍的に上がるはずなのだ。

 しかし当然だが、今ここにはそんなことが出来る設備はない。だから結局はアムールトラ自身に残された生命力に賭けるしかない。

 ハツカネズミは歯がゆい思いに苛まれたが、それを目の前のともえ達に吐露するわけにもいかず、ただ押し黙っていた。

 

 ちらりと見やるスイングドアの向こうには、先ほどから変わらず声を荒げる避難者たちと、従業員の押し問答が続いている。

 

「お客様! どうか落ち着いてください! 今日はここでお休みになってください!」

「うるさい! ビーストなんかと同じ屋根の下で寝られないよ!」

「ビーストを追い出さないっていうなら、こっちが出て行ってやる!」

「アタシも出ていくわ! こんな危険な所にいられない! 自分の住処に帰るんだから!」

「ま、待ってくださいお客様!」

「もう客でも何でもないやい!!」

 

 避難民のうち、八割方ものフレンズ達がレストランの扉を押し開けて、日が暮れた暗い森の中へぞろぞろ歩き出していった。

 残ったのは従業員たちと、避難民の中でも疲れ切っていたり、ここから出ていく決心がつかない者たちが少数いるだけだった。レストランの中ににわかに閑散とした空気が立ち込める。

 立ち去るフレンズ達の後ろ姿を口惜し気な表情で見送るオオミミギツネは、彼らが森の薄暗闇に消えてしまうのを見届けると、尚更深いため息を付いた。

 

「しはいにん・・・そんなに落ち込まないでくださいよ」と、ブタがオオミミギツネの肩に手を置きながら励ます。

「ともかく、今日はもう休みましょうよ」

 

「・・・あいつらの言ってることも間違っちゃいねえけどな」と、ハブはつっけんどんな態度を崩さずに、意外な言葉を口にした。

 

「え? どういうことですの・・・?」

「ホテルが消えて無くなっちまったんだから、客だの従業員だの関係ねえだろ。あいつらを引き止める義理も権利も俺たちにはねえっつーことさ」

「・・・そ、そんなこと良く言えますわね! ハブさんあなた、悲しくないんですの? わたくし達の大切なジャパリホテルが・・・」

「悲しいよ」

「・・・え?」

「悲しいに決まってんだろ」

 

 それきりオオミミギツネ達は立ち尽くしたまま黙り込んだ。

 

 厨房の向こう側から聞こえる会話に気が逸れていたハツカネズミは、はっとして目前のかまどに意識を戻す。大釜に差し込んでいた温度計の赤い目盛りが上昇を始めており、ちょうど60℃くらいを指していた。

 

「・・・・・・そろそろ火を弱めましょう・・・これぐらいの温度を維持します・・・」

 

「みんにゃぁ~あ、ヤカンとか鍋とか、あるだけ持ってきたよぉ~お」と、厨房の入り口から声が聞こえた。

 リャマと、その後ろにはロードランナーとデグーが、いくつも積み重なった金属の容器を両手に抱え、ガチャガチャと音を立てながら歩いてきた。

 持ってきた中からちょうど良い大きさのものをいくつか選び出すと、釜のお湯を移し入れて、リャマの寝室に持ち寄った。

 

 狭い室内にはすでに異様な熱気がこもっており、2人のフクロウ達は滝のような汗を流し、肩で息をしながら心肺蘇生法を続けていた。

 オオコノハズクがアムールトラの鼻をつまみながら、断続的に己の息を吐き入れている

 アムールトラの肺がそれに押されて何度も膨らむが、オオコノハズクが顔を放すと空気が即座に吐き戻され、何事もなかったかのように元に戻るのだった。

 肩で息をする2人のフクロウは、それを見て憤るように深いため息を付いた矢先、再び心臓マッサージを再開するのだった。

 

「だ、大丈夫かにぇ~? 2人とも一息付いた方がいいんじゃないにょ~お?」

「はぁ、はぁ・・・ダメなのです。・・・今は一分一秒が惜しい・・・はぁ・・・はぁ・・・」

「じゃあ、水だけでも飲みにゃよぉ~。このままじゃ2人が倒れちゃうからにぇ。今汲んでくるよぉ~」

「あ、それならァ、全員分用意したほうが良いですねエ!」

 

 リャマが水を汲みに部屋の外へ出ていった。その手伝いにデグーも後を追う。

 ともえ達は、ちょうどいい温度のお湯で満たされたヤカンを、アムールトラの両腋と内ももに押し当てた。熱気に満ちる部屋の中で、今もなおアムールトラの体は芯々と冷たかった。

 ともえは、心臓マッサージでガクガクと揺れるアムールトラの手をおもむろに握りしめた。今出来ることをすべてやり終えたともえには、もはや祈ることしか残されていない。

 

【KT:24.2℃_BP:59/41mmHg_SpO2:69%_HR:7_RR:4_・・・】

 

 アムールトラの蒼白な顔貌には、一切の痛みも苦しさも浮かんでおらず、どこまでも深く心地よい眠りに落ちているように見える。

 初めて見るアムールトラの安らかな表情に、ともえははっとする。

 

(何か、幸せな夢でも見ているの? ・・・きっとそうなんだね。アムールトラさんにとっては、辛いことばっかりのこの世界よりも、夢の中の方がいいんだね・・・)

 

(でも、それでも、もう一度こっちに戻ってきて欲しい。アムールトラさんは、この世界でだって幸せになれるんだよ。絶対にそうだよ・・・だから、お願い・・・)

 

to be continued・・・

 




_______________Cast________________
 

哺乳綱・ネコ目・ネコ科・ヒョウ属トラ亜種 
「アムールトラ」
哺乳綱・ネコ目・イヌ科・イヌ属 
「イエイヌ(雑種)」
鳥綱・カッコウ目・カッコウ科・ミチバシリ属 
「英名G・ロードランナー 和名オオミチバシリ」
鳥綱・フクロウ目・フクロウ科・コノハズク属 
「アフリカオオコノハズク」
鳥綱・フクロウ目・フクロウ科・ワシミミズク属 
「ワシミミズク」
哺乳綱・ネコ目・イヌ科・オオミミギツネ属
「オオミミギツネ」
爬虫綱・有鱗目・クサリヘビ科・ハブ属
「ハブ」
哺乳綱・クジラ偶蹄目・イノシシ科・イノシシ属
「ブタ」

哺乳綱・げっ歯目・ネズミ科・ハツカネズミ属 
「ハツカネズミ」
哺乳綱・げっ歯目・デグー科・デグー属 
「デグー」
哺乳綱・クジラ偶蹄目・ラクダ科・リャマ属 
「リャマ」

自立行動型ジャパリパークガイドロボット
「ラッキービーストR-TYPEーゼロワン 通称ラモリ」
 
????????????????????? 
「通称ともえ」



_______________Story inspired by________________

“けものフレンズ”  “けものフレンズ2”
      byけものフレンズプロジェクト

     “けものフレンズR”
      by呪詛兄貴

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