けものフレンズR あるトラのものがたり   作:ナガミヒナゲシ

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 あるトラのものがたり第12話です。
 
 まだフレンズの姿を得る前のアムールトラ。
 愛するヒトとのかけがえのない日々、そして訪れる運命。
  



過去編前章2 「うまれたひ」

 次の日の朝、おばあちゃんが、眩しい朝日に照らされたガラス戸を開けた。

 その先に飛び出した私が見たものは、ヒトが数人でもいたら、すぐに身動きが取れなくなってしまいそうな狭い庭だった。

 庭にはおばあちゃんが座るためのリクライニングチェアと、その周りを取り囲むように余すところなく白い花が植えられていた。ヒトの腰丈ほどの壁の上を見上げると、立ち並ぶ建造物の隙間を縫うように、陽射しが降り注いでいる。

 

「ま、待って!」と、おばあちゃんは勢いよく花畑の中に突っ込んだ私を制止しようとした。

「まあ、この子ったら・・・」

 

 花の間に抱きくるまるように寝転がる私の姿を、おばあちゃんが優しく見下ろしている。

 

「あなた、花や植物が好きなのね。この家を気に入ってくれたようでよかったわ」と、私の首元やお腹を撫でながらつぶやいた。

「待っててちょうだい。今朝食を作るわ。動物のごはんも作り慣れているから安心してね」

 

 おばあちゃんが振る舞ってくれた、一口大に切られた鶏もも肉をむしゃむしゃと食べた。細かく散りばめられた青野菜が肉の味を引き立たせていて美味しい。

 こんなに落ち着いた食事はいつぶりだろうか・・・と思いながら、すでに空になった皿をペロペロ舐めていると、おばあちゃんがそそくさと身支度を始めていることに気付いた。

 

「ごめんなさい。これからアルバイトなのよ。日が暮れる頃には帰ってくるから、大人しくしていてね」

 

 言葉が通じていなくても、おばあちゃんにはおばあちゃんの暮らしがあることはすぐにわかった。ヒトは常に忙しく何かをしている生き物なんだ。

 私は白い花が生える狭い花畑の中にうずくまって彼女の帰りを待った。壁の向こうの外の景色を見上げてみると、高く上った太陽を目指すように、無数の摩天楼が並んでいた。

 その中でも他を圧倒するように高くそびえたつ銀色の槍のような建物は、太陽の動きに合わせて色合いが変化していき、見ていて飽きなかった。そして太陽が沈み、暗闇が訪れる頃には、星空よりも明るい光の柱になるのだった。

 

 やがて、おばあちゃんがくたびれた顔で帰ってくると、また作り立ての美味しいごはんを与えてくれた。そして私が食べ終わるまで、おばあちゃんは片時も離れずに私を撫でていた。やがて私は白い花畑に包まれて、満腹感と安心感の中で眠りにつくのだった。

 

 ある朝、私は夜明けとともに目が覚めた。ベランダの壁の向こうには、銀色の槍のような建物が、日の出の光を反射してその根元をきらめかせていた。そして、いまだ光が届かない槍の穂先には、夜の名残のような明かりが灯されていた。

 私は、あの銀色の槍をもっと近くで見てみたいという好奇心に引かれるまま、ベランダを乗り越えてアパートの外へ飛び出していった。

 

 朝早い時間でも、すでに街中を多数の人々が行きかっていた。忙しく往来する人々は、足元を走る私のことなど目もくれない。

 見上げると、銀色の槍はアパートで見た大きさと何も変わらず、地平線の向こうに鎮座していた。いかに足を速めても、まったく近づいているように思えなかった。

 

「ねえ、あなたはどうしてそんなに急いでいるの?」と、後ろから誰かが声をかけてきた。ヒトではなく“動物の言葉”で話しかけられたことに驚いた私は、びくっとして振り返る。

 

「うん、あの一番高い建物に行ってみたいんだ」と返事をしながら、相手の姿を観察した。相手は私とよく似た姿をしているが、体が一回り以上も小さく、全身がまっ黒で縞模様がなかった。

 

「スカイツリーのことを言っているの? 無理に決まっているじゃない。何日かかるかわからないわよ。ていうかあなたは、どこかから逃げてきたの? あなたはネコじゃなくてトラよね? まだ小さいけど、体がとてもがっしりしてるもの」

「うん、トラだけど・・・」

「トラがこんなところをうろついていたら、ヒトに捕まってしまうわよ」

「どうして?」

「トラはヒトにとって身近な動物じゃないからよ。動物園やサーカスで遠くから見る分にはいいけど、イヌやネコみたいにヒトのそばで暮らすことはできないのよ」

「そ、そうなの?」

 

 親切な黒猫の言葉を聞いて、サーカスのトラ達のことを思い出した。成体達があんなにヒトのことを恐れていた理由がやっとわかった気がする。

 

 急に不安になって、来た道を振り返ると、血相を変えた表情であたりを見回しているサツキおばあちゃんの姿を見つけた。

 私は急いでおばあちゃんものところへ走り寄った。それに気づいたおばあちゃんは、私を強く抱きしめてうずくまった。おばあちゃんの腕がぶるぶると震えていることに気付いた。

 私は自分がとてもいけないことをしたのだと理解した。

 

「なんだ。あなた、飼われてたのね」と、黒猫が私の後ろでつぶやいた。

「勝手に出てきたりしちゃだめよ。そのヒトに迷惑がかかるからね」

 

 それからの日々は、アパートだけが自分の居場所になり、おばあちゃんの帰りをほとんど身動きせずに待つ日々が続いた。おばあちゃんは“狭い所に居させてごめんなさい”と毎日のように謝っていた。

 

 時が経ち、すくすくと育っていった私の図体は、狭いベランダの中で体の向きを変えるだけでも難儀するような有様になった。

 おばあちゃんは、私がなるべく狭い思いをしないようにと、家の中の物を次々と処分していった。

 植えられていた花はすべて取り除かれ、リクライニングチェアもなくなり、ベランダはただ雑草がまばらに生えるだけの場所になった。

 おばあちゃんが長年愛用していた家財や観葉植物も捨てられてしまい、緑に溢れていた部屋は、四角い殺風景な空間になってしまった。

 私はようやく、自分がおばあちゃんに迷惑をかけていることに気付くのであった。

 

 私は今日も、ベランダに腹ばいになって、ぼんやりと過ごしていた。

 外から私の姿が見えないようにと、安物のすだれでベランダが覆い隠されていたため、暇つぶしに外の景色を眺めることももう出来なくなった。

 成体のトラとほぼ変わらない大きさに育った私は、体の内側に抑えがたいエネルギーが沸き立っているのを感じていた。

 それがもはや叶わないことと知っていながら、外に飛び出して思い切り動き回りたいという衝動にひたすら駆られていた。

 

 私はイライラした気持ちを紛らわせようと、おもむろに自分の腕の毛をむしり取ってみた。露わになった皮膚に同じように牙を立ててみると、血がしたたり落ちてきた。私は自分でもわけがわからずにその行為をつづけた。

 

 日が暮れて、アルバイトから帰ってきたおばあちゃんが見たのは、血だまりを作りながら自分の腕を噛み続けている私の姿だった。

 おばあちゃんは手に持った買い物袋をぱたりと落とすと、今や一回り以上も大きい私の体に縋りついて泣き出した。そこで私ははっと我に返った。

 

「ごめんなさい・・・やっぱりあなたを苦しめることになってしまった」と、おばあちゃんが私の腕を手当しながら語り始める。

「頭のどこかでは、団長の言う通りにするしかないってわかってたの。でも、出来なかった。あなたが私に懐いてくれたのがうれしくて・・・私も一人ぼっちで、寂しかったから」

 

 私がトラだというだけで、私もおばあちゃんもこんなに苦しい思いをしている。ただ一緒にいたいだけなのに。

 私はきっとトラじゃなくてネコに生まれてくればよかったんだ。

 

「・・・今度こそあなたが幸せに暮らせる場所を見つけなきゃね」と、私の背中をさすっていたおばあちゃんが意を決して立ち上がると、服の中から金属の板を取りだした。

 それが遠くにいるヒト同士が話すための機械であることはすでに知っていた。

 

「もしもし・・・東京動物愛護センター様でよろしかったでしょうか?」と、おばあちゃんが機械の向こうの誰かと話し始めた。

「少し、相談に乗ってもらいたいことがあるのですが・・・」

 

 おばあちゃんは話している間、終始寂しそうな表情で私のことを見つめていた。電話の内容はわからなくても、もうこの生活が長くは続かないのではないか、と薄々思った。

 

 それから何日か経って、またいつものようにおばあちゃんが夕暮れのアパートへと帰ってきた。

 横たえていた体を持ち上げておばあちゃんにすり寄った私は、おばあちゃんが手にたずさえていたある物に目が行った。

 

「プレゼントよ。あなたがこの家に来て、今日でちょうど1年経ったからそのお祝いね」と、私の眼前に差し出されたそれは、小さな鉢に植えられた花だった。一本の幹から何本もの茎が枝分かれして、先端には6枚の花びらを付けた大きな花がいくつも咲いていた。

「オオアマナ。ベランダに植えていた花よ」

 

 私は夢中になってオオアマナの鉢植えに顔を近づけてみた。匂いを嗅ぐと、この部屋に来たばかりの頃の気持ちが戻ってくるようだった。まだそんなに昔ではないのに、ずいぶん懐かしく感じた。

 

「・・・もうすぐ、この部屋ともお別れだから、少しでも楽しい思い出を作って欲しくって。ベランダいっぱいの花のようにはいかないけれど」

 

 横たわってぼんやりと鉢植えを見つめながら、私は幸せな気持ちに浸っていた。すぐ向こうのキッチンでは、またおばあちゃんが電話をしている。

 

「え? 延期ですか?」と、答えるおばあちゃんの声色には怪訝な様子が混じっていた。

 

≪ええ、テレビを付けてみてください。つい数時間前から墨田区一体が厳戒態勢になっているんです。交通規制も敷かれていて、解かれるまではお宅にお伺いすることが出来ません≫

 

「一体どうしてそんなことに?」

 

≪ひと月前ぐらいにあったでしょう? アフリカの大都市が一夜で更地になってしまったとかいう、あの・・・宇宙生物とか化学兵器テロとか言われてるアレですよ≫

 

「・・・はい。真相はまったくわかっていないんですのよね。それが一体どうしたのですか?」

 

≪それがね、日本でも出没したらしいんですよ。警察の発表ではスカイツリーの近くで姿が目撃されたみたいなんですって。警察や機動隊が大勢出動してまして・・・今は私どもも動くことができません。騒ぎが収まったら、すぐにそのトラの子供を迎えに行きますので≫

「はい、ありがとうございます・・・」

 

 電話を終えたおばあちゃんが私の方へ向き直る。優しく微笑むおばあちゃんを、私はきょとんとした表情で見上げる。

 

「世の中の流れにすっかり疎くなってしまったわ。世間では色んなことが起きているのね。でも、いいわ。残されたあなたとの時間を、この部屋で思う存分過ごすことにするわ」

 

 おばあちゃんはキッチンに立って、夕飯作りに取り掛かり始めた。トントンと小気味いい音を立てて野菜を切っている。

 妙な胸騒ぎがした私は、鉢植えから離れて、料理をしているおばあちゃんの足元まで歩いていき、甘えるように寝そべった。

 

「大丈夫よ。私たちには何も関係ないことだわ」と、料理をしながらおばあちゃんが話し続ける。

「動物愛護センターの方はね、あなたを静岡県のサファリパークに預けたいって言ってたわ。広い動物園みたいなところよ。あなたはヒトに慣れているから、野生に返すよりもそういう所がいいだろうって」

「人懐っこくて優しいあなたは、きっと人気者になれるわ」

 

 おばあちゃんは、いつものように私に優しい言葉をかけてくるが、その言葉の節々からは、こらえようもない寂しさが漂っていた。

 私はおばあちゃんの足元にくるまって、低い声でゴロゴロと唸る。私はおばあちゃんから離れて生きていく自信はないし、この狭いアパート以外に私の居場所があるなんて想像もできなかった。

 

「私もこれから大変だわ。まずは、このことを警察に話さなくてはいけないもの・・・そしたら牢屋に入るかもしれない・・・でも、いつか絶対にあなたに会いに行くからね」

「新しい場所で、幸せに生きるのよ・・・」

 

「しあ・・・わせ・・・に・・・」

 

 トントンと一定のリズムで刻まれる包丁の音が、突如鳴りやんだ。

 聞きなれた音が突然途切れたことに一層の不安を覚えた私は、はっとしておばあちゃんの姿を見上げた。

 

_______ガチャァンッッ

 

 突如、おばあちゃんの体から力が抜け、崩れるように床に倒れた。

 手に持った包丁がまな板に叩きつけられた勢いで飛び跳ね、近くのフローリングに突き刺さった。まな板がひっくり返り、そこに乗せられていた野菜が辺りに散らばった。

 

 顔面蒼白なおばあちゃんは、地面を這って床に落ちている金属の板を拾い上げ、それを震える手で必死に操作した。

 何回か指で板を触ると、遠くの誰かと話をするために板を耳元に近づけようとしたが、おばあちゃんは再び大きなうめき声を上げ、ついに板をも投げ出してうずくまってしまった。

 

 私は気が動転し、何度も何度もおばあちゃんの体を前脚で揺すった。

 小刻みに浅い呼吸を繰り返し、土気色の皮膚から滝のように汗を噴き出す彼女からは何の返事もない。

 地面に落ちた板から“もしもし、もしもし”と呼びかける声が聞こえた。おばあちゃんは、助けを呼ぼうとしたのだと理解した。

 

_______バキャッッ!

 

 意を決した私は、アパートの扉に向かって全力で体当たりをかました。

 おばあちゃんを背に乗せながら、紙くずのように打ち破られた扉の外におどり出ると、街灯だけがわずかに行く先を照らしている暗い道が広がっていた。

 その薄暗さと人気のなさに思わず息を飲む。

 

 たくさんのヒトが住む都会の街は、夜になると数えきれないほどの星のような光が灯って、昼よりもさらに賑やかな喧噪に包まれることを知っていた。

 だが今のこの街には光がほとんど灯らず、紙くずなどのゴミだけを残して、行きかうヒトの姿は忽然と消えていた。何か異常な出来事が起きていることが一目でわかる有様だった。

 

 なおも苦しそうに呻くおばあちゃんを背に乗せてヒトの姿を探して回った。ヒトに会うにはどうしたらいいのか、ひとつだけ心当たりがあった。

 光だ。ヒトがいる所には必ず光がある。

 

 いくつも道路を走り抜けた先で、ようやく光を放つ場所を見つけた。

 そこは高い建物に囲まれた、だだっ広い交差点だった。そして交差点の中央では、辺りの様子を覆い隠してしまうかのような眩しい光がいくつも輝いていた。

 光の中心から、さらにいくつもの光の筋が飛び出して、周囲をにらむように動き回っていた。私は光の正体を見極めるために目を凝らした。

 

 岩のように武骨で大きな車が、まばゆい光を放ちながら、広い交差点を占拠するように何台も立ち並んでおり、その周囲には縞模様の柵がいくつも敷かれていた。

 

 そして、策の周囲を見張るようにして、男性らしき影がいくつも光の中にあるのを見た。

 緑色の生地に茶色や黒の斑点をちりばめた服の上から防具を着込み、その手に金属の筒を携えた屈強な男性たちは、緊迫した空気を放ちながら周囲を警戒していた。

 

 生まれて初めて味わうような物々しい雰囲気・・・そこにある物のすべてが、戦いに備えて一分の隙もなく身構えている。それは今まで見てきた平和な世界とはまるで違うものだと感じた。

 その様子に圧倒されながらも、ついに見つけたヒトの姿に向かって、おそるおそる歩いていった。

 

___あそこに何かいるぞっ!

 

 不用意に近づいた私に向かって、まっすぐに伸びる光の筋がいくつも伸びてきた。

 目を開けていられないほどの眩しさと同時に、刺すような視線と金属の筒の先端が次々と私に向けられた。

 

「ただの動物のようです。でも、デカい」

「大型犬どころじゃないな。クマ? ・・・いやあの体の模様はトラか? なんでこんな都会に?」

「威嚇して追っ払いますか?」

「待て、トラの背中に人間がおぶさっているぞ」

 

 おばあちゃんの体をやさしく道路に横たえると、そのまま後ろに下がり、かつてサーカスで、他のトラ達がやっていた服従の仕草を思い出すように、腹ばいになった。

 それを見て私に敵意がないことを理解したのか、彼らのうちの何人かがゆっくりと近寄ってくると、地面に横たわるおばあちゃんを観察した。

 

「息はあるな。特に外傷はないし、あのトラに襲われたってわけじゃなさそうだな。だが重篤な状態のようだ・・・よし、救急搬送しろ」

 

 立ち並ぶ岩のような車両の隙間から、それらの半分以下の高さしかない救護車が走り寄り、おばあちゃんのすぐ横でブレーキをかけた。

 何人かの兵士が彼女を担架で抱え上げて手早く車体後部に運び込むと、再びエンジンを吹かせて救護車を走らせ、あっという間に薄暗い道路の向こうへと消えていった。

 

 後は彼らが何とかしてくれる。私にできることはない。

 そしてヒトに見つかってしまった以上は、もうおばあちゃんと一緒に暮らすことは出来ない。

 そう思うと、心にぽっかりと穴が開いたような気分になり、急に体が重たくなって、動くことすら億劫になってきた。

 

「あのトラはどうしますか?」

「どうもこうも、脱走動物の捕獲なんて俺たちの仕事じゃない。警察署に連絡したら後は放っておけ。ああやって大人しくしている限りは問題あるまい」

 

 武装した兵士が依然として周囲の警戒にあたっていた。私はうなだれたまま、その場から少しも動かなかった。

 

「トラなんてガキのころ動物園で見たっきりですよ。でもこいつ、ずいぶん人間に慣れてるみたいっスね。ほら、こんなにおとなしいですよ」と、兵士の1人がおもむろに私のそばに近寄り背中を撫で始めた。

 

「作戦中だ。気を抜くな」

「あ、すんません。でも本当に現れるんスか? あの全身青色の化け物・・・自分はライブラリー映像しか見た事ないんスよね」

 

「わからん。だが“国連対Cフォース”の連中が、政府を通して自衛隊に出動要請をしてきたんだ。この作戦もすべて彼らの指示によるものだ。化け物が光に集まるという習性を利用して、都市部の電力供給を制限、交通封鎖して、ありったけの光で化け物をおびき寄せる・・・とな」

 

「・・・すごい権限ですよね。マジでCフォースって何者なんですかね。しかも、連中が所有する“特殊生物兵器”っていうのもこの作戦に投入されてるんですよね?」

「ブリーフィングではそう聞いた・・・。俺もかれこれ30年自衛官をやってるが、理解が追いつかないことばかりさ」

 

 2人の男は、張り詰めた緊張の糸がほどけてしまったように会話に興じていた。若い男は変わらず私の背中を撫でさすっている。

 その後、私の傍にまた違う男が近寄ってきた。

 

「すいません。車両が一台故障したかもしれません。ほら、あそこ・・・あの一台だけ、ライトが消えそうなんです。バッテリーは全車両とも満タンのはずなのに」

 

「マツモト、お前が点検してこい」と、再び表情に緊張を取り戻した年配の男が、私を撫でているもう一人の若い男に指示を出した。

 

「は? 俺っすか?」

「お前は整備科の配属経験があるだろ。車両が一台でも故障していたら作戦行動に関わる。早く行ってこい」

 

「へい。了解」と、マツモトと呼ばれた若い男は気だるそうに返事をすると、もう一度私へ向き直って呼びかけてきた。

「・・・あ、そうだ。お前、トラなら肉食うだろ? 後でコーンミートの缶づめ分けてやるよ」

 爛々と開かれた瞳からは、私へのまっすぐな好意がうかがえた。この若い男はきっと動物好きなのだろう。だが私はその視線を鬱陶しく感じて、頭を伏せたまま無視した。

「ははっ、つれねーな」

 

 マツモトは私から離れると、小走りで去っていき、やがて密集している車両の中の一台の前で足を止めた。

 車両の後端にある小さな端末を操作すると、後端の一部がスライドしてヒト一人が通れるだけの空間がそこに現れた。

 マツモトがその中に入っていくと、また異様なほどの静寂と緊張にあたりが包まれる。

 

「どんな感じだ? 直せるか?」と、年配の男がポケットから取り出した機械で車両の中のマツモトに呼びかける。

 男が数回呼びかけた後で、ようやく機械から返事と思しき音声が聞こえてきた。

 

≪~~~ッ!! あwせdrftッ!!≫

 

「何だって? 聞こえんぞ?」

「様子が変です!」

 

 男の一人が、今しがたマツモトが入っていった車両の出入り口を指差した。

 出入り口と地面の隙間から、ポタポタと血の雫がしたたり落ちていることに男たちは気付いた。

 

_______ビチャリ・・・

 

 地面にしたたる血を追うように、アメーバのような真っ青な塊が車両から漏れ出てきた。

 地面に広がったそれは、やがて重力を無視して膨れ上がり、円形の塊となって宙に浮いた。そして塊の中心から、虚空を見つめるような黒い瞳が見開かれた。

 

 屈強な兵士たちが弾かれたように身構えた。私も驚いて兵士たちの視線の先を追う。黒い瞳に浮かぶのは、すべての命を拒絶するかのような冷たい意志・・・

 それは、私が生涯をかけて戦う相手に、はじめて出会った瞬間だった。

 

「敵だっ! 敵がすぐ傍にいるぞ! 総員戦闘配置!」と、年配の男が辺りに響き渡るような怒声を上げた。その声を聞くや否や、兵士たちが眼前で構えた金属の筒が次々と火を噴き、炸裂音が絶え間なく辺りに轟いた。

 

_______ドガァァァンッッ!!

 

 兵士たちの嵐のような一斉射撃によって、アメーバの背後にあった巨大な車両が爆炎を吹きながら真上に飛び上がった。

 車両はひっくり返りながら、轟音を立てて地面に落下した。燃え盛る炎がなおも車両の残骸から噴き出し続けている。

 兵士たちは射撃をいったんやめて、炎の中の様子をうかがった。

 

「う、うぎゃあああっ!」

 

 しかし、炎上する車両とはまた違う方向から、断末魔の叫び声が聞こえた。

 だだっ広い交差点はいつの間にか、どこから現れたのかもしれない無数の青いアメーバたちに取り囲まれていた。

 兵士たちは、その表情に恐怖を浮かばせながらも果敢にアメーバに応戦したが、その意気もかなわず、次々となぎ倒されていった。

 

 私はあまりの出来事に恐怖で身がすくみ、思わずその場から逃げ出したくなった。しかし、逃げた所で、自分にはどこにも行くところがないことに気付いた。

 だったら・・・私もアメーバと戦おう。兵士たちに加勢しよう。彼らはサツキおばあちゃんを助けてくれた。その恩を返すんだ。

 そう決心して、炎に包まれる交差点の中心へと駆け出していった。

 

「なんで、なんで弾が効かないんだよ!」と、兵士の一人が叫びながらアメーバを攻撃し続けた。アメーバは攻撃をものともせずに接近すると、頭頂部から生えた細長い触手を彼に向かって繰り出した。ぎりぎりで危機を察した兵士が伏せて身をかわすも、彼の右腕は手にした武器ごと切り飛ばされた。

 

「うぐっ・・・くそバケモンが・・・子供の落書きみたいな見た目しやがって・・・」と、激痛に悶え苦しみながらうずくまる兵士に向かって、アメーバが触手を振り下ろした。

 

___ガァァウウウッッ!!

 

 私は兵士を庇うように横から割って入り、自分でも驚くくらい野太い咆哮を上げながらアメーバに飛びついた。

 バランスを崩して地面に落下したアメーバに全力でしがみつきながら、ぶよぶよした青い体に牙を立てると、そのまま顎に全力を込めて噛みちぎった。

 

 アメーバは真っ黒な瞳を微動だにせずに地面に横たわったままだ。私はアメーバの反撃に備えて、牙を剥きながらじりじりと距離を詰めた。

 

_______パッカーーーーンッ!!

 

 だが、アメーバは私の眼前で虹色の光を放ちながらはじけ飛んで消滅した。細かい光の粒子が空中を漂ったが、それすらもあっという間にかき消え、存在の痕跡がすべてなくなっていた。

 

「こ、このトラ・・・もしかして、俺のことを助けてくれたのか?」と、私の後ろで右腕をもぎ取られた兵士があっけにとられた表情をしている。

 どうしてヒトの武器でも倒せないアメーバを倒すことが出来たのか、理由はわからなかったが、ともかくこの場でも私に出来ることがあるとわかった。

 

 炎と血を掻い潜りながら、兵士に襲いかかるアメーバを何体か蹴散らしたが、その数は増え続ける一方だった。

 反対に、兵士の大半は傷つき倒れており、すでに息絶えている者も何人もいた。

 

 今までサツキおばあちゃんと平和に暮らしていただけの私が、何でこんな恐ろしい戦いに身を投じているのか。こんなに強そうな兵士たちが、どうしてこんなに簡単にやられてしまうのか・・・

 何もわからないまま、気が付くと私だけがアメーバと奮闘していた。

 

 そして炎の向こうで、角ばった巨大な影が動き出すのを見た。交差点の中央から離れたあんな場所にも、兵士たちの車両が止めてあっただろうか? と、怪訝に思った私はその影を見つめた。影は炎を乗り越えて、猛スピードで私に近づいて来た。

 

 炎を突っ切って姿を現したのは、アメーバの化け物が車両の姿形を真似たとしか思えないような、全身が余すことなく鮮やかな青色の怪物だった。

 一瞬のうちに、もはや避けようがない距離まで近づかれてしまっていた。

 

 ふと、サツキおばあちゃんの優しい笑顔が頭に思い浮かんだ。きっと私の体はゴミのように吹き飛ばされて、おばあちゃんとの思い出も全部終わってしまうんだ。

 

 しかし、何かがとてつもない速さで私の眼前に降り立ち、青い巨体から私を守るように両手を広げた。鈍い衝突音とともに、青い巨体の突進がピタリと止まった。

 

___なかなか度胸あるな

 

 正体不明のそれは、ヒトの形をしていた。黒い長髪に茶色い服を身にまとうその姿は、屈強な兵士よりも幾分細身な、若い女のように見える。

 しかし全身から放つ異様な殺気と、ヒトが持っていないような野性的な佇まいが、尋常な存在ではないことを示していた。

 

___だが“ただの動物”の出る幕じゃねえ

 

 黒い長髪の女は、自身の数十倍も大きな相手を押しとどめながら、余裕の態度を崩さなかった。

 そして両腕を怪物の青い体表にめり込ませ、非現実的にさえ思える怪力を発揮して、軽々と持ち上げた。

 

___せりゃっっ!!

 

 女は地面にめり込むほどに強く足を踏み込ませ、車両の怪物を炎の向こう側まで投げ飛ばした。

 轟音を立てて墜落した怪物は、その勢いのまま地面を削り取りながら転がった。やがてその動きが止まると、地面に横たわる巨体が虹色の光片を巻き上げて消滅した。

 

 長髪の女は、あっけに取られて見ている私に一瞥もせずに、周囲に蠢くアメーバの真っただ中にゆっくりと歩を進めていった。

 気だるげな後ろ姿からは、まるで取るに足らない用事を済ませているに過ぎないといったような、底なしの余裕が見て取れる。

 

 女は四方八方から飛び掛かってくるアメーバを、ある物は投げ飛ばし、ある物は殴り倒し、一体に一秒もかけないような勢いで屠り去っていった。

 なすすべもなく追い詰められていた絶望的な状況が、たった一人の手によって、いとも簡単にひっくり返されていく。

 

「な、なんだあれは?」と、その場にいる誰もが絶句している中でやっとつぶやいたのは、最初に私に近づいてきた年配の男だった。

 

「あれが我がCフォースが所有する特殊生物兵器ですよ。陸上自衛隊第55普通科連隊隊長、アキヤマ陸佐」

 

 アキヤマと呼ばれた男の背後に、およそその場に不釣り合いな、小ざっぱりとしたスーツを身にまとう男達が現れた。自分たちとは明らかに異なる装いのヒトを見て、アキヤマは目を丸くして驚いた。

 男たちは、その両手に武器すら掲げていない。

 

「Cフォース・・・あなた方が!?」

「到着が遅れて申し訳ありません。被害がだいぶ出てしまっているようですね」

 

「・・・援軍に感謝します。では、共に奴らをせん滅しましょう!」と、アキヤマは手にした無線機に顔を近づけて、まだ動ける兵士たちに檄を飛ばそうとした。

 

「いえ。通常兵器しか持たないあなた方が戦う必要はもうありません」と、Cフォースの男がアキヤマを制止した。

「後はすべてあれに任せればいい。特殊生物兵器ナンバー11・・・個体識別名称“クズリ”・・・あれに任せておけば、この程度は5分以内にカタが付くでしょう」

「あなた方は車両のライトを切らさないようにしてもらいたい。引き続き奴らの注意を引いてもらいたい」

 

「我々は、奴らをおびき寄せる餌に過ぎないというのですか?」

「重要な役目です。我々Cフォースは人員も少なければ、土地勘もない。入り組んだ都心部において迅速な包囲網を展開することは、あなた方自衛隊にしか出来ないことですよ」

 

「くっ・・・総員! 手近な車両の防衛にあたれ! こちらからは化け物に一切手出しするな!」

 

 自衛隊員たちがアメーバから距離を取ったおかげで、クズリと呼ばれた女の猛攻は一層勢いを増し、目に見える範囲にいるアメーバをあらかた片付けてしまっていた。

 一切の傷を負わず、呼吸さえも落ち着き払ったままのクズリは、生き残りを探して、周囲を射殺すような目つきで見回しながら悠然と闊歩している。

 

 車両の周囲を警戒する兵士たちは、クズリが近くを通ると、息を押し殺して視線を逸らし表情には見せないものの、味方であるはずのクズリに対して完全に恐怖していた。

 彼女から放たれる殺気のうずが、場のすべてを支配しているのがわかった。

 

「お前もこっちに来いよ」

「そこにいたらあの女の巻き添えを食うぞ」と、あっけにとられたまま道路のただ中に立ち尽くしていた私に、とある車両の近くに陣取った兵士たちが手招きしている。

 

「助けてくれてありがとな」

「あの女とお前と、どっちが猛獣なのかわかんねえな」

 

 親しみを込めた表情で私に呼びかける兵士たちの様子を見るに、私も少しは彼らに恩を返せたのかもしれないと思った。

 暗い気持ちが晴れてきて、呼ばれるままに近寄って行った。

 

 しかし、兵士たちが佇む車両の陰から、生き残りのアメーバが一匹だけ、無機質なその姿を覗かせているのが見えた。宙に浮いているその体を活かして、一切の物音を立てずに、集中の糸が切れている兵士たちの背後を取っていた。

 

___ガァオオッッ!

 

 私は兵士たちを守りたい一心で駆け出した。彼らに私の意図が理解出来るはずもなく、その様子に驚いて穏やかな表情を一変させていた。

 これ以上近づいたら、私は彼らに撃たれるだろうと思った。だが、これしか方法はない。兵士たちは私に向かって武器を構えた。

 

___バカどもが! 後ろを見やがれ!

 

 遅れて気付いたクズリが、怒声を上げながら走り出していた。だがその距離は遠く、間に合わないことは明白だった。

 

 兵士の一人が引き金を引き、放たれた火花が私の足元で弾けた。

 走り出した勢いのまま跳ねた私は、兵士の頭上を飛び越えて、背後にいるアメーバに伸しかかった。はっとして後ろを振り向いた兵士たちは、私とアメーバが地面を転げまわりながら格闘している様を見た。

 

 激しく揺れ動くアメーバの体表の中心に狙いを定めて、私は牙を振り下ろそうとした。

 

_______ドシュッッ・・・!

 

 しかしそれよりも一瞬早く、アメーバの触手が私の胴体を貫いた。

 一瞬何が起きたのか理解できなかったが、遅れてやってくる痛みによって、脇腹から侵入した触手が背中を通り抜けていたのがわかった。

 触手がゆっくりと引き抜かれると、私の縞模様の体から鮮血が噴き出た。前脚にも後ろ脚にも力が入らなくなった私は、そのまま四肢を地面に投げ出して倒れ込んだ。

 

 私の視界に映るコンクリートの道路が、横から縦に90度回転した。そんな中に、クズリと呼ばれた女が猛然と降り立った。

 着地と同時に繰り出されたクズリの攻撃によって、アメーバは一瞬で爆散した。

 虹色の光片をその身に浴びながら、クズリがゆっくりと立ち上がった。彼女に比べると、私はなんて無力で、みじめなんだろう・・・

 

「お前、やっぱり俺たちを守ろうとしてくれてたのか!」

「すまない・・・わかってやれなかった」

 

 兵士たちが膝をついて私の顔を覗き込んでいる。彼らの呼びかける声が次第に遠のいていくのがわかる。視界も灰色になってぼやけていく。

 腹部に走る猛烈な痛みも、倒れ込んだ地面の硬くて冷たい感触も、すべての感覚がなくなっていった。

 

___幸せに生きるのよ・・・

 

 

 気が付くと、際限もなく広がる暗く冷たい空間を漂っていた。そこには重力すらなく、ふわふわと漂い流されていく己の意識だけがあった。

 

 私には大切なヒトがいた・・・でも、もうその顔も名前も思い出せない。寂しさだけが自分の中に残っている。その想いだけが私の自我を保っている。でも、それも長くはないのだろう。私はもうじき、この暗い流れの中に溶けて消えていくのだ。

 

 ・・・その時不思議なことが起こった。

 無数の光の粒子が、どこからともなく現れて、私の体を覆い始めている。

 全身を焦がすような熱が全身に広がっていくのを感じた。それらは、今にも消滅しそうな私の自我を呼び戻した。

 意識だけになっていた私の体に、再び形が取り戻されていく。それはあたかも、光が新しい命を私にさずけてくれているかのようだった。

 

 やがて私は、流れの中に重力を感じた。重力の終点にむかって、形を得た肉体がまっすぐに落ちて行った。

 

_______タンッ!

 

 地面に降り立った私は、己の体の異様さに驚いた。

 4本の脚で地面を踏みしめていたはずなのに、今は後ろ脚だけで体重を受け止めている。

 宙ぶらりんの前脚を、おもむろに眼前に掲げてみた。左右五本の指が意のままに動いている。握ったり、開いたり、内側に向けたり、外側に向けたりしてみた。

 私の前脚は、こんなに自由に動くものじゃなかったはずなのに。これじゃ、まるで・・・

 

 周囲を見回してみた。それは、眠りから覚める前と大差ない、薄暗くて狭い場所だった。

 草や木などの自然物が一切ない直線的な床と壁の合間に、むき出しになった機械の基盤が立ち並び、その周囲に金属の管が張り巡らされていた。随所に散りばめられた緑色の電球が、足元がわかる程度に空間を照らしている。

 

 人工物だけの空間という意味では、ヒトが大勢暮らす都会も同じようなものだ。だが決定的に違うのは、そこに生きている者の息遣いや痕跡がまったく感じられないということだった。

 

 だんだん怖くなってきた私は、最後に天井を見上げてみた。張り巡らされた機械の基盤の中心に、金属の大釜が逆さ吊りに垂れ下がっている。

 大釜の中からはまばゆい虹色の光が覗いている。

 間違いない・・・私はあの光の中から出てきたんだ。

 

 ここはどこなんだ? 一体なにが起こったんだ? 

 混乱したままの私は、無機質な廊下を走り出した。二本足で立つことに慣れなくて、また四つん這いに戻っている。

 

 こんな薄気味の悪い所には一秒だっていたくない。ここ以外だったら、どこにいてもいい。檻の中で意地の悪い兄弟たちにいじめられてもいい。団長に折檻されてもいい。

 でも、もし叶うなら、私が一番行きたいところは・・・

 

 だんだんと記憶が蘇ってきた。寂しさと切なさと、そして温かさが脳裏に焼き付いて離れない。途切れることのない暗い空間の中で、たかぶった気持ちを押さえられなくなった。

 

「サツキおばあちゃんっ! どこっ! どこにいるの! 一人にしないで!」

 

 そこでまた驚いた。私の口から“ヒトの言葉”が出てきている・・・喉を震わせて、器用に口から色んな音を出している。

 この体は何なんだ。今までの私と、何もかもが別物になっている。

 

___お目覚めかな? 予定より早かったが、どうやら体調は良好なようだ

 

 ヒトの言葉がどこかから聞こえてきた。声の太さからいって、大人の男のようだった。

 そして、暗い廊下の向こう側から、黒い球体が降りてきた。宙に浮いた球体から光が放たれると、光の中に白衣を着た中年男性が現れた。

 

___君は今、さぞとまどっているだろう。だが、どうか落ち着いてくれ

 

 男の話している言葉がそのまま理解できた。

 私は眼前に浮いている黒い球体を振り払った。球体が地面に叩きつけられ、そこから浮かぶ男の映像が激しく波打った。

 

 黒い球体から逃げるようにして私は再び走り出す。やがて閉じられた金属の扉の前にたどり着くと、自由に動かせる己の前脚でドアノブをねじって扉を開いた。

 ドアの向こう側には明るくて広大な空間が広がっている。床には芝生が生えている。だが、生活感のない不気味な場所であることには何も変わりがない。

 

「・・・ふうん。トラっていうのは、そんな姿に変わるんだな。さすがにでかいな」と、突如現れた人影がぶっきらぼうにつぶやく。

「俺のことはおぼえているだろ? ついちょっと前、同じところにいたもんな。改めて自己紹介してやる。俺はクズリだ。まあ、ここではお前の先輩ってことになるな」

 

 クズリ・・・そうだ。こいつはあの交差点で、圧倒的な強さでアメーバを倒していた女だ。こいつは一体何者なんだ? なぜアメーバと戦っていたんだ? そもそもあいつらは何だったんだ?

 

「何も知らないんなら、考えるだけ無駄ってもんだぜ・・・なあ?」

 

_______バシィィンッ!

 

 呆然として立ち尽くす私の視界から、突如クズリが消えたかと思うと、いつの間にか私の背後を取り、強烈な足払いで私の姿勢を崩した。

 クズリは前のめりに倒れ込んだ私の背中に飛び乗って、万力のような力で拘束してきた。いや、力だけではない。一部の無駄もない動きによって、私のことを完璧に押さえつけてしまっている。それでも必死に足掻こうとする私に対して「取って食いやしねえよ」と唸るような声でつぶやく。

 

___クズリ、あまり乱暴なことはしないでくれ

「逃げられたら面倒だろうが。いいからアンタはさっさと要件を済ませろ」

 

 金属のドアから飛び出てきた黒い球体が、再び光を放ち、中年の男の姿を映し出した。やせ型で姿勢が良く、声色よりも若々しい印象の彼は、映像越しに私の瞳を覗き込み穏やかな笑顔を向けて来た。

 

___紹介が遅れたね。私はここの責任者を務めるヒグラシという者だ。みんなからは単に所長と呼ばれることが多いがね。私の話を聞いて欲しい。私もクズリも敵ではないから安心してくれ

 

 ヒグラシと名乗った男の態度は一貫して誠実であり、少なくともその点においては信用が置けるように思えた。

 

「ようやく落ち着いたか?」と、クズリが私の上から飛び退くと、手を貸して立ち上がらせてくれた。荒っぽいのか優しいのか良くわからないやつだ。

 クズリの身長は、私より頭一つ分ほども小さかった。小柄な体のどこに、あんな恐ろしい力を秘めているのだろう。

 私は再び黒い球体へと向き直ると、ヒグラシの言葉に耳を傾けた。

 

___見たまえ。これが今の君の姿だ

 

 直前までヒグラシの姿を映し出していた光は、あたかも鏡に変わったかのように、対面している私の全身を映し出した。

 見知らぬ若いヒトの女がそこに立っていた。

 ・・・これが、私?

 

___君は“動物”から“フレンズ”へと進化したんだ。今から君のことは“アムールトラ”と呼ばせてもらう

 

 to be continued・・・

 




_______________Cast________________
 

哺乳綱・ネコ目・ネコ科・ヒョウ属トラ亜種 
「アムールトラ」
哺乳綱・ネコ目・イタチ科・クズリ属
「クズリ」
哺乳綱・ネコ目・ネコ科・ネコ属
「イエネコ(未フレンズ化)」

_______________Human cast ________________

「矢車 皐(やぐるまさつき)」
年齢:62歳、性別:女、職業:フリーアルバイター
「日暮 啓(ひぐらしけい)」
年齢:47歳 性別:男 職業:Cフォース日本支部所属 生体兵器研究所所長
「秋山 大吾(あきやまだいご)」
年齢:54歳 性別:男 職業:陸上自衛隊2等陸佐 第55普通科連隊隊長
「松本 明紘(まつもとあきひろ)」
年齢:26歳 性別:男 職業:陸上自衛隊3等陸曽 第55普通科連隊隊員

_______________Story inspired by________________

“けものフレンズ”  “けものフレンズ2”
      byけものフレンズプロジェクト

     “けものフレンズR”
      by呪詛兄貴
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