けものフレンズR あるトラのものがたり   作:ナガミヒナゲシ

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 あるトラのものがたり第14話です。

 アムールトラ、生涯の師と仰ぐ存在と出会う。



過去編中章2 「とっきゅうこうちしょ」

 

 

 ここは福島第1特級拘置所。本州では最大規模の敷地面積を持つ本施設は、福島県沿岸部近海に位置している。

 この施設と陸地を結ぶのは、全長3キロメートルを越える一本の鉄橋のみ・・・

 

 特級などといっけん大げさな名前が付けられているのは、普通の拘置所とは異なる役目を持つ場所だから。同様の施設は、ここの他には日本にはたった3か所しかない。

 通常の拘置所との唯一にして最大の違いは“死刑囚しかいない”こと。ここを生きて出る収容者は誰一人としていない。

 そして・・・脱獄した者もいない。ここに来た時点で、それが不可能であることを誰もが知るから。

 どのようにして刑が執行されるかというと・・・まあ、それはいずれ知ることでしょう。

 

 ネットや書籍なんかでも、ここのことはよく取り沙汰されている。「地獄島」とか「天国に一番遠い場所」とか、ここに来たこともないくせに、ずいぶんと的確に言い表すものだと感心する。

 

 自己紹介しましょう。私の名前はハザマ。漢字のフルネームは“羽佐間葉子”

 私はここの代表を務めている。責任者としての業務と、収容者の健康管理、メンタルケアなどが私の仕事・・・

 私が女であることを知ると驚く人間もいるが、ここの施設の性質上、男の収容者に接するのは女のほうが適任だと思う。

 男が本音をすべてさらけ出せる相手は、やはり女なのだろう。私のことを母親なり、娘なり、配偶者なりに重ねはじめる収容者は多い。

 彼らの一番の話し相手になること。それがおそらくこの仕事でもっとも大事なことなのでしょう。

 

 最後の瞬間を待ち続ける死刑囚たちは、実にさまざまな表情を見せる。

 必死の形相で命乞いする者、世間への恨みつらみを大声で叫び続ける者、心が壊れて幻聴や幻視を体験する者・・・

 いさぎよく覚悟を決められる者など、ほんのわずかしかいない。

 人生最初で最後の、もっとも恐ろしい出来事を前にして、すべての可能性が閉ざされた人間の苦悩は、どのような言葉をもってしても言い表すことは出来ない。

 

 私はその昔、臓器移植専門の外科医として、人の命を救おうと奮闘していた。でもある手術で取返しの付かない失敗をしてしまい、医者としての人生を絶たれてしまった。

 そんな私の行きつく先が、医者とは正反対の、関わった人間を死なせ続けるこの仕事だった。

 自分のことを責めない日はない。仕事をしている間はまだいい。最悪なのは眠りに落ちる瞬間だった。

 決まって悪夢を見る。大勢の亡者の怨念に手足を掴まれて、泣き叫びながらどこまでも暗い地獄の底に引きずられていく・・・地獄の底にたどり着いた私は、亡者たちに繰り返し折檻を受け、最後には・・・

 

 話を戻しましょう。ここを生きて出る者はいないと言ったけれど、最近めずらしいことがあった。数日前、ここの収容者の一人が、一日だけ外出していった。

 呼称番号S-6805番「朔 原始」・・・

 

 国連対Cフォースという、近年急速に台頭している世界規模の巨大な軍事組織の要請を受けて、超法規的措置で一日だけ彼を外出させた。

 丸一日経って拘置所内に帰ってきた彼は、それまでと何も変わらないケロっとした様子で自分の持ち場に戻っていった。

 

 そして今日、ふたたび6805番をこの医療棟に呼び寄せることとなった。定期健診の日以外で、私の方から収容者を呼び寄せることはない。

 

 そう・・・またしてもめずらしいことが起こったのだ。私は外部の人間からある仕事を依頼された。

 

 仕事の依頼者は、またもやCフォースの人間だった。“日暮 啓”と名乗る、人のよさそうな顔をした長身痩躯の男だ。

 その名を聞くのは、実ははじめてじゃない。外科医の仕事をしていた時に聞いたことがある名だった。

 かつて医者としての将来を嘱望されていた彼は、ある日突然に生物学者に転向して、若くして遺伝子工学などバイオテクノロジーの第一人者となったという。

 彼のことを数十年に一度の天才だと呼ぶ声もある程だった。だが実際に会った印象は天才とは程遠く、典型的な学者といった感じの文弱な中年男だった。

 

 おおよそ外部との交渉事など不向きであろうその男は、朴訥で不器用な語り口で思いがけないことを私に話してきた。

 今日は彼に頼まれた仕事をしなくてはいけない日だった。

 

 私の執務室には、医療棟のありとあらゆる部屋の映像が映し出されている。

 その中のひとつ、壁も床も、調度品すらも真っ白なもので揃えられた面会室の中に、黒くてボロボロな服をまとう筋骨隆々の老人が入ってきた。

 

 まるで自分の部屋であるかのような自然体な態度で、白い椅子の上にどっかりと座り込むと「何の用でェ」と不敵な表情をカメラに向けてきた。

 私はその映像を指で叩いて拡大し、6805番との会話をはじめた。

 

「調子はどうかしら?」

「アンタの顔を見て悪くなった。“女王サマ”よ」

「それは気の毒ね。今日は頼みがあってあなたのことを呼びました」

「・・・またどこかに行けってか? 今度は給料でも貰いたいもンだ」

 

 6805番・・・この老人のような死刑囚は他にいない。その態度にも言葉遣いにも、一切の恐怖が感じられない。悟っているというか、人生のすべてに対して覚悟を決めている。

 私は胸に秘めていた要件を彼に向かって切り出した。

 

「同じような頼みです。でも今度は外出ではない。その反対・・・外から来た客人を出迎えて欲しい」

 

 それを聞いた6805番の表情がはじめて曇る。私のこの言葉だけである程度の事情を理解した感じだ。

「聞くだけは聞いてやらァ」と、彼が渋々同意するのを確認すると、手元にあるキーボードを使ってパスワードを入力した。

 

_______ゴゥゥゥン・・・!

 

 私がエンターキーを押すと、真っ白な面会室の入り口から向かって右の壁がスライドし、同じような間取りの面会室がまた現れた。

 白い壁がかき消えた代わりに、二つの部屋は透明な防弾ガラスによって仕切られていた。

 

 そして・・・新しく現れたその部屋には、少女が一人佇んでいた。

 少女はすらりと背が高く、しなやかさと逞しさを兼ね備えた、まるで欧米人の女性アスリートのような体つきをしていた。

 でも面構えは幼い子供のように無垢で一途なように見える。成熟した体にはまるで不釣り合いと言わざるを得ない。

 これが“特殊生物兵器”と呼ばれる存在・・・

 

 その出で立ちも奇妙だった。白いブラウスに黒いVネックのセーター、チェック柄の黄色いスカート・・・この言葉が適当かはわからないが、まるでそこらにいる女子高生だ。

 だがそれとは対照的に、髪も手も足も、橙色と黒の縞模様で、おおよそ一般的な女の子の風貌とはかけ離れていた。極めつけに、同じような縞々の耳と尻尾まで生やしている。

 動物のコスチュームプレイをした女の子にしか見えない彼女は、元々は正真正銘の動物・・・とあるサーカスで生まれたトラだったと聞く。

 

 予想外の相手に向かって、さしもの6805番も「・・・おめぇは」と、言葉を失った様子だった。

 

 この何もかもが異様な出で立ちの少女こそが、Cフォースが私に寄越してきた客人だ。

 コンテナに詰められて、遠く東京から運ばれてきた特殊生物兵器アムールトラを少し前から面会室に待機させ、6805番と示し合わせたのだった。

 言葉を理解し、従順な態度を示す彼女には、特別な拘束など何も必要なかった。

 

「このガキの面倒を見ろってか」と、6805番は吐き捨てるように呟いた。少女の姿を目にして、彼は早々とすべての事情を悟った様子だった。

 

「お願い・・・です! 私にカラテの技を教えてく、ください!」

 少女はガラス越しに6805番に近寄ると、その長身を折り畳むように土下座して懇願しはじめた。

 そのチグハグな言葉遣いから察するに、敬語は使い慣れていないのだろう。

 6805番は舌打ちをして少女から目を逸らし、再びカメラごしに私へ事情の説明を求めてきた。

 

「あなたもご存知でしょう、海外の都市を壊滅させた未知の危険生物のことを・・・そして、それに唯一対抗できるとされている“特殊生物兵器”のことを・・・今や彼女を強くすることは国家的な急務になっています」

「その急務とやらに協力して、俺にはなんか見返りがあんのかい?」

「この話を呑んでいただけるのなら、あなたのことを特例模範囚として扱いましょう。この医療棟の一区画、シェルタールームの一室にて生活させることを約束するわ」

「断った場合は?」

 

 彼の表情がいっそう渋くなっていくのがわかる。私は、当然とも言えるその問いに対して、用意していた回答を告げた。

 

「・・・どうもしません。これは“命令”ではなく、あくまで“頼み”なのだから。あなたが断った場合は、その子は元いた場所に送り返します。そしてあなたには今まで通り服役してもらうだけよ」

「それでいいのかい? お上の命令を突っぱねたってんなら、あんたの首も飛びかねないんじゃねェのかい?」

「関係ないわ。物事には道理があります。あなたはすでに国から死刑を言い渡されている。であるならば・・・その日が来るまでは、他のことを強制される筋合いはありません」

「じゃあ、好きにさせてもらおうか」

 

 私と6805番の会話を傍で聞いていたアムールトラは、その雲行きが怪しくなっていったことを察し、表情に隠し切れない不安を浮かべていた。

「お願いします! お願いします!」と白い床に頭をこすり付けるようにして懇願を続けている。

 

 特殊生物兵器の彼女は、言葉を話すことは出来ても、人間のようにたくさんの選択肢の中から言葉を選ぶことなど出来ないのだろう。

 たった一つの願いを胸に抱いて、それをまっすぐに突き出す他には、何の手段も持っていない。

 その愚直さは、見ていて痛々しくなるほどだ。

 

 6805番は、モニターから視線を外すと、アムールトラに歩み寄り、防弾ガラス越しに見下ろした。その後ろ姿には、見る者を圧倒するような威圧感が漂っている。

「あ、あの・・・」

 地面に両手をついたままの少女は、許しを請うような、叱られる子供のような表情で6805番を見つめ返した。

 

 至近距離で見つめあう少女と老人・・・一見まったくかけ離れている姿の2人が、とても近しい存在であるように思えた。

 アムールトラに負けず劣らず、6805番の風貌も人間離れしている。身にまとう黒い道着は、何年着ているかわからないぐらいにぼろぼろであり、破けた袖からは老人とは思えない鋼のような筋肉が覗いている。

 そして彼の頭部から首元まですっぽりと覆い隠すボサボサの長髪と髭は、まるでライオンのたてがみのようだった。

 アムールトラが少女に扮した若いトラなら、6805番は年老いた黒き獅子とでもいうべき姿だ。

 

「おめぇは何で強くなりてぇ? この質問をするのは二度目だ」

「・・・わ、私はヒトの役に立ちたい。強くなって、ヒトの世界を守りたい・・・だから、私にカラテの技を教えてください」

 

 とつとつと語るアムールトラの言葉からは純粋なかがやきが感じられる。己の言葉を心から信じきっている者しか持ち得ない光だ。その眩しさは6805番も感じているはず。

 彼はどう答えるのだろう。

 

「・・・技じゃねェ」

「え?」

「空手は技じゃねェ。道だ」

「・・・道?」

「てめぇの人生を全部ささげるってぇ意味だ。それが出来ねぇ奴には空手を使う資格はねぇ・・・おめぇに出来るかい?」

 

 アムールトラは答えなかった。立ち上がって、6805番にまっすぐと向かい合い、そのまま彼のことをじっと見つめ続けた。言葉で上手く伝えられないトラの少女から、言葉よりも雄弁な態度が示される。

 6805番もアムールトラから片時も目をそらさなかった。

 

 物言わぬアムールトラと6805番が、沈黙の中に幾千幾万もの言葉を交わしているかのようだった。まるで2人の間には言葉など必要ないといった様子だ。

 普通、そんなやり取りは親子、兄弟、恋人といった限られた関係の中でしか成立しないはずなのに、たった二度顔を合わせただけの2人は、すでにその領域にいるかのようだった。そこには“他人”である私など到底立ち入ることが出来ない空気が流れている。

 

 6805番は先ほどまでの迫力を引っ込めて再びイスに座ると「まいったねぇ」と、独り言ちた。沈黙の中で答えが出されたようだ。

 

 人生の最後を一人で静かに迎えようとしていた6805番にとって、縁もゆかりもない誰かの世話をすることなど、とうてい聞き入れられるはずもない酷な頼みだと思うのだが・・・

 一体彼の中でどのような心境の変化が起きたのであろうか。

 

「そろそろ返事をいただきましょうか」

「・・・イエスだ」

「感謝します。私も出来る限りのことはさせてください」

「アンタに感謝されるいわれはねェさ、女王サマ」

 

 アムールトラはというと、手を膝について深々と6805番に頭を下げていた。首を垂れた顔のその瞳からは光るものが見えている。

 

「では約束通りに、あなたをシェルタールームに案内しましょう。アムールトラと共同の生活になりますが、あの部屋は走り回ったりしても十分な面積があるわ」

「いや・・・そっちはお断りだ。俺は今のすみかが気に入ってる・・・住めば都ってやつさ。こんな辛気臭い所には一秒だっていたくねぇ」

 

 ここに来て6805番の意外な回答が返ってきた。シェルタールームに入れば“今よりも確実に長生きできる”のに、この提案を断る意味がわからない。

 これでは彼にとってのメリットなど何もない。

 けど・・・ひとまず彼の意志を尊重するのが筋というものね。

 

「では、アムールトラをあなたのすみかに連れていくといいでしょう」

「・・・正気かよ? ここがどういう所か、アンタが一番良く知っているだろうが。このガキに防護服でも着せるつもりかい?」

「その子に防護服は必要ありません。Cフォースの人間から聞いた話によれば、その子の細胞は放射性物質を運動エネルギーに変換することが出来るそうです。だから、ここの環境はむしろ快適なのだと」

「はっ・・・なんだいそりゃ。まるでガキの頃に見た怪獣映画みてぇだ」

「私も信じられないわ。だけど事実よ」

「あ、あの・・・」

 

 アムールトラは再び困惑の表情を見せていた。私と6805番の会話の半分も理解できていないといった様子だ。

 

「このガキにはどこまで話してんだ? ここのことを」

「何も説明してないわ。Cフォースからは“余計なことを知らせず、訓練に集中させて欲しい”と言われたのでね」

「こんなところに送り付けておいて、ふざけたことをぬかす連中だ・・・」

「でも、あなたがこの子のことを預かることになった以上は、あなたがその子に何を話しても構わないと思います。すべておまかせするわ」

 

 6805番は、それ以上の説明はいらない、といったふうにかぶりを振って深いため息をついた。

 

「私の話はこれですべて終わりです。迎えの車を手配しましょう」

 

 6805番はイスから立ち上がると、気だるそうに踵を返して歩き出した。

 それを見てアムールトラも動き出す。モニターの向こうの私の顔を見やり、律儀にも会釈をした後、6805番の後ろに付いていった

 そして執務室に映し出される映像から完全に2人の姿が消えた。

 

 はじまりに向かう少女と、終わりに向かう老人。

 この世の地獄とも呼べる場所で、まったく異なる2人の道がひとつに合わさったのだ。

 たぶん、2人は運命的なめぐり合わせによって出会わされたのだ。私はその仲介をしただけ。後は結末を見届けることしか出来ない。

 少女の多望な前途と、老人の幸福な終焉を、ひたすらに願う。

 

 to be continued・・・

 




_______________Cast________________
 

哺乳綱・ネコ目・ネコ科・ヒョウ属トラ亜種 
「アムールトラ」

_______________Human cast ________________

「羽佐間葉子(はざまようこ)」
年齢:36歳 性別:女 職業:福島第1特級拘置所総監、また施設内専任医師
「朔 原始(さくつきげんし)」
年齢:74歳 性別:男 職業:福島第1特級拘置所 受刑者番号S-6805番

_______________Story inspired by________________

“けものフレンズ”  “けものフレンズ2”
      byけものフレンズプロジェクト

     “けものフレンズR”
      by呪詛兄貴

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