けものフレンズR あるトラのものがたり   作:ナガミヒナゲシ

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 あるトラのものがたり第18話です。

 修行を終えたアムールトラは遠い異国の地へと旅立つ。
 そこで待っていたのは思いがけない出会いと、最初の戦場だった。


過去編後章1 「ふぁーすとぶらっど」

 東京の研究所へ戻ってきた私を待っていたのは、Cフォース上層部からの命令だった。

 ついに私は実戦に投入されることになったのだ。この姿に生まれ変わった時から宿命づけられた敵との戦いにおもむく時がやって来た。

 

 私は今、空の上にいる。

 Cフォースが所有する巨大輸送機に乗り込んで、セルリアンの待つ戦場へと向かっている。窓の外を見やると、生まれ育った東京の高層ビル群があっという間に遠ざかり、さらにしばらく飛ぶと地平線すらも途切れ、代わりに水平線が現れていた。

 こんなとてつもない速さの乗り物に乗っていたら、世界中どこへでも飛んで行けるんだろう。

 なぜだかそれをとても怖いと思った。世界に素晴らしい場所がいくつあったとしても、私が知るようなアテはひとつもない。この輸送機は、二度と戻っては来られないこの世の最果てに向かって飛んでいるような気がする。

 

 聞いたところによると、輸送機の目的地はブラジルという国らしい。私はこれからブラジルで戦っていくことになる。

 この世界の東の果てにあるのが日本であるならば、ブラジルは西の果て・・・・・・広大なアメリカ大陸の南側にあるという。

 ブラジルはCフォースにとって大事な拠点であるとのことだ。というのも、アメリカ大陸の北側にはCフォースの本拠地であるアメリカ合衆国があり、ブラジルが落とされれば合衆国にまでセルリアンが侵攻して来ることになるからだ。

 

 セルリアンの発生源はアフリカ大陸であるといわれている。

 世界の中心に位置するというアフリカ大陸は、セルリアンが最初に発見された場所だ。そして今もなおアフリカを中心に、円を描くようにしてセルリアンが世界中に拡散している。

 この世界をセルリアンから守るためには、発生源であるアフリカを何とかしなければならない。いずれCフォースは総力を結集してアフリカを攻めようとしているとのことだ。

 けど今は各地のセルリアンに対処するのに手一杯で、その目途は立てられていないらしい。

 

 私の赴任先であるブラジルは、大西洋を挟んでアフリカと向かい合うような場所にあるため、南北アメリカ大陸の中でもセルリアンの脅威に一番さらされている場所だという。

・・・・・・どれもこれも、私にはスケールが大きすぎてピンと来ない話だった。

 

 気分転換しようと思って機体の内部をじっくり見回してみると、思っていた以上に広いことに驚かされた。

 ここは輸送機の貨物室で、乗組員の座席と物資置き場に分かれている。

 貨物室の前方には、青色の迷彩を着込んだ何十人ものCフォースの兵士たちが、壁に備えつけられた座席に座っていた。向かい合うように座る彼らの間には、なおもトラックなんかが間を通れそうなほどの間隔が開いている。

 後方にある物資置き場には、無数のコンテナが天井近くまで積み重ねられ、その上からワイヤーを被せられて固定されていた。

 輸送機と呼ばれているのだから当たり前なんだろうだけど、兵士も物資も一度にたくさん運べるみたいだ。

 

 そして私は物資置き場の一番奥の、分厚いガラスで出来た檻の中で息を潜めていた。両手足は金属の拘束具に張り付けにされていて身動きが取れない。

 

 私がこういう扱いを受けるのにはちゃんとした理由がある。

 フレンズの体には放射能の毒が効かない。以前そう教わったけれど・・・・・・それは事実とは少し違った。

 実はフレンズの体からも、ある程度の放射線が絶えず出ているらしいのだ。だからヒトと同じ場所で過ごすことは出来ない。短時間なら問題ないけれど、あまり長く一緒にいると、ヒトの健康を害してしまうといわれている。

 ガラスの檻は、私の体から出る放射線をさえぎって外に漏れないようにするための物だ。

 

 思えばヒグラシ所長は、いつも黒い球体ごしに映像を通して私と会話していた。フクシマ特級拘置所のドクターハザマは白くてぶかぶかの防護服を着ていた。

 さえぎるものなしで私と直接触れ合ってくれたヒトは、亡きゲンシ師匠だけだ。

 師匠は放射能に汚染された拘置所で、日に日に病に侵されていき、ついに死んでしまった。師匠を殺した毒と同じものが私からも出ている。私の体はもうまともじゃない。セルリアンと変わりない化け物になってしまったんだ。

 

 ヒグラシ所長は、私の体のことをつい最近まで隠していた。そのことを彼に問い詰めても「君を不安にさせたくなかった」の一点張りだった。

 化け物ならそれでもいい。そうなった結果、今こうして生きていられるのだから。でも前もって教えて欲しかった。事実を受け止める準備をさせてほしかった。

 彼の優しさは、都合の悪いことから目を逸らして、自分が悪者にならないためのものなんじゃないか?

・・・・・・色々な言葉を思い浮かべた後で、それを頭の奥に引っ込めた。ヒグラシ所長のことは好きだし、彼は彼なりに果たすべき役割があるし、責めたってしょうがない。

 ため息を付くと、目の前にあるガラスが白く曇った。

 

「悩みがあるようだな“シベリアン”」と、ガラスの檻の前に近寄って落ち着き払った声を私にかけてくるのは、この輸送機の機長を務めるジョン・ドーン軍曹だ。彼は土気色の肌に青い瞳を持ち、周りの兵士より頭一つ近く背が高かった。それは海の向こうのヒトが持つ特徴らしい。

 後ろの座席にたたずむ兵士たちも色んな姿をしている。あるヒトは全身が髪の毛と同じくらい黒く、またあるヒトは堀の深い褐色の肌に長い髭を生やしている、私の一番見慣れた平べったい顔立ちの日本人もいる。

 Cフォースが世界的な組織であることが彼らの見た目からもよくわかる。

 

 シベリアンっていうのは私の新しい呼び名だ。Cフォースに所属するフレンズは基本的にアメリカの言葉で呼ばれるのが決まりだ。私は日本ではアムールトラだけれど、アメリカの言葉ではシベリアンタイガーっていうんだとか。長いからタイガーは省略されることになったらしい。

 

「今はもの思いにふけるのもいいが、あっちに付いたら切り替えろ。死神は目を合わせない奴を好んで襲うからな」

 そう告げるドーン軍曹の面構えは一見穏やかに見えて、内側に刃物のような鋭さを秘めていた。数えきれない戦いをくぐり抜けた者だけが持つ説得力がそこにある。

 

_______ガキンッ

 

 金属音を立てて機体が不自然に揺れた。

 輸送機はそれまで風景が後ろに吹き飛ぶほどの速さで進んでいたというのに、今はそれが止まって見えるぐらいに遅くなっている。

 どうしたんだろうと思って、檻の中からきょろきょろと辺りを見回してみたが、兵士たちは誰も何も気にしていないようだった。

「問題ない」と、軍曹が静かな表情のまま告げる。彼が言うには、輸送機が空を飛んだまま燃料補給を受けているらしい。

 今の揺れは友軍の空中給油機がこの機体に近づいて、給油ホースを接続したことで起きたものだと。

 

「今はちょうど折り返し地点だ。燃料補給を終えたら、後は現地までひとっ飛びだ」

「後どれくらいかかるんですか?」

「ざっと残り6時間だ。日本からブラジルまで、民間の旅客機を使えば丸一日以上かかるが、この機体なら半日で行ける」

 

 輸送機はブラジル東海岸にあるバイーア州サルヴァドール市という街に降りるらしい。

 現地で一番大きな空港といわれるルイス=エドワルド空港に着陸したら、私が入っているガラスの檻は他の積み荷と一緒に現地の車両に移し替えられて、またそれぞれの行き先に運ばれる。

 他の積み荷っていうのは、食料とか燃料とか医薬品とか、ヒトが生きていくために必要なありとあらゆる物だ。

 すでにサルヴァドールは危険区域に指定されて、住民の緊急避難が始まっているらしい。避難民の命をつなぐために輸送機は飛んでいる。

 

「サルヴァドールには50人のフレンズが配属されている。リーダーの名前はメガバットだ」

 私の行き先は、フレンズたちが集められたとある建物らしい。ヒトが持つあらゆる兵器が効かないセルリアンから街を守れるただひとつの戦力ということになる。

 体から放射線をはなつフレンズたちが、ヒトの部隊と共に過ごすことはない。少し離れた場所からヒトの指示を受けながら、自分たちだけで戦っているとのことだ。

 

「メガバットは頭が回るし部下の面倒見もいい。奴のチームは統率が取れている・・・・・・だが1人だけ要注意なフレンズがいる。ウルヴァリンだ」

「どんなフレンズなんですか?」

「敵じゃないことを神に感謝したくなるような奴だ。早死にしたくなければ、あんまり関わらないほうがいい」

 味方である軍曹からそうまで言われてしまうウルヴァリンっていうのは、よっぽどひどいフレンズなんだろう。名前の響きからしてトゲトゲしくて危なそうな感じがする。

 他のフレンズのことも気になる。なんせこれから一緒に過ごす仲間たちだ。

 フレンズたちのなかで、野生知らずの私が上手くやっていけるだろうか・・・・・・これから戦いに行くというのに情けないのだけれど、そんなことばかり考えてしまう。

 

「あいつらの姿も今のうちに確認しておけ」と言いながらドーン軍曹がポケットをまさぐり始めた。端末か何かを取り出してフレンズたちの写真を見せてくれるつもりなんだろう。

 サルヴァドールに着けばそれっきり会わないかもしれない私にここまで丁寧な説明をしてくれるなんて、いかつそうな第一印象からは想像も出来ないぐらい親切なヒトだと思った。

 

≪軍曹! コクピットまで来てください!≫と、機内をつんざくような大声が響き渡った。軍曹はポケットに入れた手を元の高さに戻し、振り返って去っていく。するとそれまで他愛もない会話に興じたり、端末をいじったりしていた兵士たちが血相を変えてざわめき始めた。何かおそろしい事態が起きたことが私にもわかった。

 コクピットに入った軍曹の帰りをその場の誰もが待ち続けること数分・・・・・・彼が貨物室に戻ってくることはなく、代わりに押し殺すような肉声が機内に響き始めた。

 

≪たったいま連絡があった。サルヴァドール市内でセルリアンが出現したとのことだ≫

「我々はどうするので? 着陸場所を変えますか? サンタナかバレンサに降りるなら輸送は遅れますが安全かと」

≪危険な状況ではあるが航路に変更はない。“ボニータ・セレスタ”は予定通りルイス=エドワルドに着陸する≫

 今まで通りの冷静さを変えないドーン軍曹の声に、いっそうどよめき立つ兵士の1人が「セルリアンに襲われたら我々は全滅します!」と抗弁する。 

≪そうならないためにフレンズがいる。メガバットの部隊がすでに出動し応戦している。まさにフレンズは俺たちCフォースの“命綱”だ・・・・・・・ここにも1人いるな≫

 

 軍曹の声を聞いた兵士たちの視線が、ガラスの檻に閉じ込められた私に注がれる。助けを求めるような、見ていて息が詰まるような、不安に満ちた視線が。

 

≪よく聞けシベリアン。戦闘が始まってしまった以上、お前にもいち早く行ってもらわなければならん。サルヴァドールに着いたら、お前を空中投下で降ろす≫

「何をしたらいいんですか?」

≪なんてことはない。鳥になった気分で風に身を任せていればいい、すぐに下に降りられる・・・・・・だが問題はその後だ。地上に降りたらなんとか自分の足で仲間たちに合流してくれ。彼女たちと一緒に街を守れ。これがお前の初陣だ≫

「は、はいっ!」

 私は思わず大声で返事をしていた。状況をろくに飲み込めておらず、頭の中は混乱と緊張でぐるぐる回っているけど、それを打ち消すような強いガッツが不思議と胸の奥にこみ上げてくるのだった。

 

・・・・・・

 

 兵士たちがせわしなく動き回り、広い貨物室の積み荷を動かしていた。まんべんなく並べられていた積み荷が左右に分けるように積み上げられると、貨物室の真ん中を縦に貫くような道が出来ていた。

 開かれた道の上に私の檻だけがぽつんと残っている。

 

≪まもなく市内上空です! 天候状態も良好!≫

≪ハッチ開け!≫

 貨物室の後端が折れ曲がり、強風と共に外から機内を覆い尽くすような光が飛び込んで来た。あまりのまぶしさに一瞬顔を背けるが、すぐに目が慣れて外の景色が見えてくる。

 坂道の向こう側にある眼下の景色は、高層ビルがジャングルみたいに大地を埋め尽くしている大都会だった。

 

≪よし、投下せよ≫

 兵士たちが唸り声を上げながらガラスの檻を押し出すと、檻がひとりでに床をすべり始めた。

 床には滑車のようなものが付いていて、ひとたび動き出したら、後はハッチまで自動ですべり落ちるようだ。檻はみるみるうちに速度を増していく・・・・・・よく見ると、左右に積み上げられた貨物のそばに佇む何人かの兵士たちが、まっすぐ開いた手の平を額に当てながら私を見送っていた。

 そのポーズの意味はよくわからない。だけど彼らが仲間として私を心配してくれている気持ちが伝わってくる。

 彼らに同じポーズを返そうと思ったけど、手足が縛られて動かせないことに気付く。

≪たのんだぞ! シベリアン!≫

 後ろからドーン軍曹の大声が響いたと思ったやいなや、私の体は空に向かって放り出された。

 

「うわあああっっ!」

 手足を縛られたままの体が、大地を埋め尽くす高層ビルの隙間に向かって真っ直ぐに落ちて行く。密閉された檻の中で、ものすごい振動が全身に響き渡り、内臓が上に引っ張られるような気持ち悪い感覚が走る。

 少し経つと檻に取り付けられたパラシュートが開いて、ふわふわと漂うように落ち始めたけど、檻ごしにのぞく建物の窓ガラスが猛スピードですれ違っていくのを見るに、結構な速さで落ちていることには変わりない。

 とちゅう何度も建物にぶつかりそうになったけど、私に出来るのは目を閉じて無事を祈ることだけだ。

 さっきまで私がいた空は、もはや高層ビルの隙間からしか見えなくなっている。

 

_______ガコンッ!

 

 檻が地面に落ちた衝撃で小さくはずむと、今度こそピタリと落ち着いた。

 ようやく降りられたのかと思った矢先、檻の前面を覆うガラスがひとりでに前に飛び出して行ってびっくりさせられた。私の両手足を縛っていた金属の枷もいつの間にか解けている。

 この檻の拘束は、地上に着いたらあらかじめ外れるようになっていたのだろう。

 

 それにしても、落ちている時の心地と来たら、思っていたよりずっとひどいものだった。地面をこんなに愛おしく思う日が来るなんて・・・・・・と心の中でつぶやきながら、およそ半日ぶりに自由に動く体をガラスの檻の外に乗り出した。

 外に出るとすぐに空を見上げて、輸送機の行方を探そうとした。だが機体の姿はすでに無く、あの甲高いエンジン音もまったく聞こえない。もう遠くに飛んで行ってしまったのだろう。ドーン軍曹たちの無事を祈るよりほかはない。

 

 サルヴァドールの街並みは東京とはずいぶん違うものだった。水色やピンクといった派手な色に塗られた建物が多くを占めている。

 この鮮やかなパステルカラーのビル街には、本当ならたくさんのヒトが行き交っていたのだろうけど、今は不気味なぐらい人気が無く、電気も灯っていなくて薄暮れ時のような影を落としていた。

 いくつかの建物は焼け焦げて無残な姿になり、空に向かって細長い煙を立ち昇らせているけど、それでも街としての外観はほぼ保たれているといっていい。こんな有り様になってから、まだ時間が経っていないように思える。

 ここに暮らすヒトたちが大急ぎで避難していった証拠だ。

 

 静かだ・・・・・・ヒトがいないのはわかるけど、フレンズとセルリアンがこの街で戦っているはずなのに、そんな気配がまったくしないのはなぜ?

 怪訝に思いながら、手近なビルの物陰に隠れて辺りの様子をうかがってみた。色とりどりのビル街を見回していくらかの時間が過ぎる。

 

 そしてはるか向こうのビルの隙間にひとつだけ、あきらかに街並みにそぐわない異常な物体を見つけた。

「な、なんなんだあれは?」

 それは馬鹿げたほどの存在感を放ちながらも、動くことなく静かに佇んでいた。地面を突き破って、周囲の建物をいくつも押しのけながら、天に向かってそびえ立っていた。

 謎の物体はビルの横幅よりも太い胴体を持ち、それが上に向かうにつれて細くなって、てっぺんが鋭くとがっていた。

 あんな形をした物を見た事があるような・・・・・・いつかヒグラシ所長が、花が好きな私が喜ぶだろうって植物図鑑をモニター越しに読み聞かせてくれたことがある。図鑑に出てきた植物に確かあんな形のものがあったような・・・・・・“タケノコ”っていったか。あれにそっくりだ。タケノコみたいに鋭い頭で地面をつらぬいて出てきたのだろうか?

 

 よくよく見ると、謎の巨大タケノコの胴体の一部が切り開かれて、そこから細い枝が触手のように何本も伸びているのがわかった。うねうねとうごめく触手の先端は球体になっており、その中心には、凍り付いたように虚ろな黒い瞳が見開かれていた。

 やっぱりあれがセルリアンか。あんな大きな奴が相手だなんて。

 あの触手に付いている目で周囲の様子をうかがっているのだろうか? 奴もまだフレンズ部隊を見つけられていないのだとしたら、彼女たちはいったいどこにいるのだろう?

 

「ちょっとアンタ、まだ隠れてろって言われて」

「ッッ!?」

 とつぜん後ろから聞こえた声に驚いた私は、背後の何者かが近づくよりも先に身構えて、手刀を相手ののどに突きつけた。

 ゲンシ師匠が私に教えてくれた“生き方”である空手が反射的に私を動かしていたのだ。

「うわッと! 何すんスか!」

 

 手刀の先にいたのは、鮮やかな金髪を耳元で切りそろえた身軽そうな恰好をした女の子だった。

 くりっとした大きな瞳を白黒させながら後ずさる彼女の腰からは、髪の毛と同じくらいに明るい金色をした長い尻尾が生えていた。尻尾は真っ直ぐに上に張り詰めていて、顔と同じくらいに感情を表しているように思えた。

 

「フレンズ・・・・・・?」

「ほかに何に見えるッスか!」 

 女の子が押し殺した声で非難する。やっと彼女が敵じゃないことを理解した私は、あわてて構えを解くのだった。

 

「ご、ごめん。たった今ここに着いたばかりで何が起きてるのかよくわからないんだ」

「新入りが来ることは聞かされていたけど、アンタのことだったんスか」

「うん。私を仲間に入れてほしい、頼むよ」

 短い金髪の女の子はなおも警戒した表情で私をじろじろと見ていたが、やがて疑う気持ちを懐にしまうように隠して「付いてくるっスよ」と手招きをしてきた。

「ここじゃセルリアンに見つかるから場所を変えるっス」

 

 女の子に案内されるまま、色鮮やかなビルの隙間の路地裏に入っていった。

 彼女の動き方はすごかった。四本の手足にくわえて長い尻尾を自在に操って、建物に張り巡らされた配管とか、古ぼけた看板の支柱とか、狭い道の中にある様々な“取っ掛かり”につかまって、地面に降りることなく宙を舞うように狭い道を通り抜けていた。

 私はそんな彼女を走って追いかけるのがやっとだ。

 尻尾っていえば、私の縞々のやつも結構長いけど、練習したらあんなふうに動かせるのかな?

 

「ねえ! 君はなんていうフレンズなの? 私はアムール・・・いや、シベリアンっていうんだ」

「アタシのことは“スパイダーさん”って呼べっス! 後輩なんだからさん付けは絶対っスよ! それにしても、シベリアンって見た目はでっかくて強そうなのに、話し方はすげーおとなしめっスね。育ちがいいんスか?」

「・・・どうなのかな」

 

 スパイダーと名乗るフレンズと一緒に曲がりくねった狭い路地裏を駆け抜けると、突き当りにある建物に行きついた。何かの柱に巻き付けた尻尾を支えにクルっと一回転して着地したスパイダーは、建物の古ぼけたドアを小刻みに叩き出した。

 内側からドアがゆっくりとひかえめに開かれると、したり顔で手招きする彼女の後ろに付いて、建物の中へとおそるおそる入っていった。

 

_______ざわ・・・・・・

 

≪なに、あの子?≫

≪例の新入りだって≫

 入ると同時に、いくつもの視線に射すくめられるように見つめられているのがわかって思わず身じろぎしてしまう。

 

 そこは見た事もないような建物だった。広々とした部屋には左右前後に規則正しく長椅子が並べられていて、その先には大きな机があり、木彫りの古ぼけた十字の飾り物が置かれていた。

 十字の飾り物は、室内のどこにいても見えるぐらい大きく目立っていた。

 

 長椅子に腰掛ける何人ものフレンズたちが、振り返って私のことを見ていた。彼女達の姿はいくつもの大きな窓から降り注ぐ陽射しに照らし出されている。

 あるフレンズは頭からするどい角を生やし、あるフレンズは羽ばたくための翼を生やしている。体色も1人1人まったく違う。彼女たちの姿の多様さはヒトの比じゃない・・・・・・もともとはそれぞれ違う動物だったのが見た目から伝わってくる。

 

「ようこそ、よく来てくださいましたわ」と、落ち着き払った鈴のような声が、上の方から聞こえてきた。

「ほら、あそこに隊長がいるっスよ」

 スパイダーにうながされて高い天井を見上げると、そこにはひと際驚かされるような見た目のフレンズがいた。

 その子は陽射しの届かない薄暗い天井にぶら下がって、逆さまの後ろ姿を周囲に見せつけるように佇んでいた。背中に生えた大きくて黒い翼で全身を覆い隠していて姿がよくわからない。

 

「あなたの心臓、大きくて強い音がしますのね。でも早鐘のように小刻みで・・・・・・ずいぶん緊張されている」

「あ、あの?」

「もっと良く聴かせてくださいまして?」

 

 ふわっといい香りがしたかと思うと、黒い翼を持つフレンズが私の目の前に音もなく舞い降り、翼の中に隠されていた姿があらわになった。

 彼女は翼とコントラストになるような白のベストに灰色のスカートを身に着け、手足をぴったりとした薄紫の布に包んでいた。

 腕を組んで物憂げにたたずむその姿は、思わず見入ってしまうぐらいきれいだ。

 だけど彼女の顔を間近で見ると、ある違和感に気付くのだった。整った顔立ちに揃うふたつの瞳は、硬く閉じられている。こんなに近くにいるというのに、目で相手を見ていない。もしかしてこの子は、目が・・・・・・

 

「あなたがメガバット隊長?」

「いかにも」

「さっき外でとんでもなく大きなセルリアンを見た。あなた方はここで何をしてるんだ? 早く戦わないと」

「たしかに戦いの時はすぐそこまで来ていますわ。でも今この瞬間ではありません・・・・・・さあ、皆さんも自己紹介を」

 

≪あたしはブラックパンサー。アンタと同じネコ科よ≫

≪ファルコンって呼んでくれ。空中戦ならまかせろ≫

 

 メガバットにうながされて、長椅子に座るフレンズ達が次々と名乗り始めた。彼女たちはみんな緊張した感じだったけど、不安とか恐怖とかに飲まれているわけじゃない。戦いの前にただ気持ちを張り詰めさせている様子だ。

 彼女たちはきっと自分たちが勝つことを信じて、力を存分に振るう時をじっと待っているのだろう。見るからに頼りになりそうな子たちだ。

「メガバットのチームは統率が取れている」と、ドーン軍曹は言っていたけど、その言葉は本当だった。

 

 その場にいるフレンズ達の名乗りが終わると「後はあなただけですわよ」と、メガバットが振り返って呼びかけた。彼女が指し示した先は、長椅子の最前列だった。

「そいつに自己紹介はいらねえ」

 メガバットの美しく透き通る声とは正反対の、地面に響くような低い唸り声が聞こえたかと思うと、長椅子に寝そべっていたと思しきその声の主がゆっくりと体を起こした。

 私はその姿を見て腰が抜けそうなぐらい驚いた。

 

 その者は黒い長髪と、肩に羽織っているだけの茶色い上着を宙になびかせていた。上着に施された白い炎の模様は、まるで存在そのものをあらわしているかのように良く似合っている。

 私は知っている・・・・・・小柄な体格に恐ろしい力を秘める彼女のことを。

 私と同じ研究所にいた先輩であり、まだ私がただの動物だった頃に最初に出会ったフレンズ。

 ヒトの手で育てられた私とは正反対の、野生で育った根っからの猛獣。

 こんなところで彼女に再開することになるなんて思ってもみなかった。

 

「クズリ? クズリなの?」

「久しぶりだな。“お上品なアムールトラちゃん”よ・・・いや、今はシベリアンってのか」

 

 身を起こしたクズリがぶっきらぼうな足取りでこちらに近寄ってくると、周囲にいたフレンズたちが息を詰めたまま一歩引くのがわかった。

 なかでもスパイダーは完全に怯えきっており、しゃがみこんで長椅子の背もたれから恐る恐る顔をのぞかせてクズリを見ているありさまだ。

 ただひとりメガバットだけが落ち着きはらった物腰で、腕を組んだままクズリを見つめていた。いや、目が見えていないのだとしたら、気配を感じ取っているのか。

 

「すでにお知り合いでしたのね、ウルヴァリン?」

「そうさ、隊長ちゃん」

 

 ウルヴァリンとはクズリのことだったのか。彼女は相変わらず元気そうだ。いや、私が知っている頃よりもさらに・・・・・・

 “敵じゃないことを神に感謝したくなる”という評判がCフォース中に知れ渡るぐらいの戦いを積み重ねてきたことが、彼女の様子からも、周囲の反応からも伝わってくる。

 

「あの夜を憶えてるかい?」と、クズリが今にも私を殴りつけてきそうなほどの鋭い目つきでにらみながら問い詰めてきた。

「お前が何も出来ずに、セルリアンにぶっ殺されたあの夜だよ」

「・・・ああ、もちろん」

 私は押し黙りながらクズリを見つめ返す。

 動物としての私が死に、フレンズとしての人生が始まったあの夜のことを忘れることなどできない。セルリアンに体を串刺しにされた時の絶望が、今も体の中にそのまま残っているような気がする。

 クズリの戦いぶりもよく憶えている。彼女はセルリアンをあっという間に蹴散らして、それまで絶望的だった状況をたった1人でひっくり返していた・・・・・・それに比べて私は弱くてみじめだった。

 

「なあ、仇を討ってやれよ」

「仇? 誰の?」

「お前自身のだよ。セルリアンのクソ共にお前の痛みを思い知らせてやれ。奴らに復讐してやるんだよ」

 

 クズリの瞳に炎のような光が宿っている。そう、クズリの強さの根源はセルリアンへの復讐心なんだ。敵への激しい憎しみを燃やすことで彼女は強くあり続けている。

 クズリとの差に悩んでいた時期もあった。同じように憎しみを燃やせば強くなれるのだろうかと思った時もあった。だけど、いくら探しても憎しみは私の中にはなかった。私は彼女と同じようには憎めない。

 そしてそんな私に、今は亡きゲンシ師匠が憎しみとは違う強さを教えてくれたんだ。何が起きても自分のあり方を見失うことなく、自分がやるべきことを貫く心の強さを。

 

「復讐なんてどうでもいいよ、クズリ」

「なんだって?」

「私はヒトを守るために戦いたいんだ」

「・・・ふーん」

 

________ブォンッ! ガシィィッッ!

 

 納得したように静かにうなずいたクズリだったが、直後思いがけないことをしてきた。

 いきなり私の胸倉につかみかかり、ものすごい力で引っ張ってきたのだ。くっつきそうなぐらい近くにあるクズリの一見おだやかな顔には、今日見た中でもっとも激しい殺気が込められていた。

 その場にいるフレンズ達が戦慄の声を上げている中で、ただひとりメガバットだけがすずしげな表情で私たちを静観している。

 

 私はいつクズリが仕掛けてきても身を守れるように、背筋をまっすぐ伸ばしたまま、ゆっくり足を運んで後屈立ちで身構えた・・・・・・だが、私が予想したようにはならなかった。

「そのでかい口と同じぐらい強くなれたのか?」

 クズリはただそれだけつぶやくと、つかんだ手を放して私を解放するのだった。

 

「すぐにわかることですわ」と、その場を取り成すように告げるメガバットの声に私とクズリは向きなおった。

「あちらをご覧になって?」

 メガバットが指さしたのは、陽射しが注ぐ大きな窓のひとつだった。割れた窓ガラスを通って、黒くて丸い球体が侵入して来たのだ。

 

 かすかな駆動音を鳴らしながら室内に入ってきた球体は、東京の研究所でヒグラシ所長が操っていたものと同じだ。

 あれはヒトが離れた所からフレンズに指示を出す時に使うナビゲーション・ユニットとかいう機械だ。ここにいるフレンズならそれを知らない者などいないだろう。

 ユニットは長椅子が並ぶ広い室内に立ち尽くす私たちフレンズを見下ろすように、一段高い所に浮いていた。

≪・・・こちら作戦本部・・・≫

 ぼそぼそと波打つような声が聞こえはじめたのと同時に、ユニットの中から放たれた光がヒトの姿を投影した。青い軍服を身にまとう恰幅のいい初老の兵士だ。

≪準備はすべて整った。これより貴様らに出撃命令を下す≫

 

 どくん、と心臓がはねるような気がした。

 

 to be continued・・・

 




_______________Cast________________
 
哺乳綱・ネコ目・ネコ科・ヒョウ属トラ亜種 
「洋名シベリアン・タイガー 和名アムールトラ」
哺乳綱・ネコ目・イタチ科・クズリ属
「洋名ウルヴァリン 和名クズリ」
哺乳綱・コウモリ目・オオコウモリ科・オオコウモリ属
「洋名インディアン・フライングフォックス(俗称メガバット) 和名インドオオコウモリ」
哺乳綱・霊長目・クモザル科・クモザル属
「洋名ジェフロイズ・スパイダーモンキー 和名ジェフロイクモザル」

_______________Human cast ________________

「ジョン・ドーン(John James Dawn)」
年齢:41歳、性別:男、職業:Cフォース航空団一等軍曹 第8特殊作戦支援群指揮官

_______________Materials________________

「C-17 グローブマスターⅢ」
開発時期:西暦1991年
概要:アメリカ空軍が現役で配備している大型長距離輸送機。軍用輸送機の中でも最高クラスの巡航速度とペイロードを持つだけでなく、短滑走距離での離着陸能力をも兼ね備えている。

_______________Location________________

「サルヴァドール(Salvador)」
成立時期:西暦1549年
概要:ブラジル北東部大西洋岸に位置する港湾都市。ブラジル有数の大都市であると同時に主要な輸出港でもある。ブラジルにおけるキリスト教信仰の中心地でもあり、歴史ある旧市街には数百もの教会が軒を連ねる。その名前はポルトガル語で「救世主」を意味する。

_______________Story inspired by________________

“けものフレンズ”  “けものフレンズ2”
      byけものフレンズプロジェクト

     “けものフレンズR”
      by呪詛兄貴
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