サルヴァドール防衛戦の火蓋が落ちる。
アムールトラのはじめての戦いと、はじめての仲間たち。
≪作戦開始にあたって、これより手身近にブリーフィングを行う≫
陽射しが降り注ぐおごそかな雰囲気の建物の中で、宙に浮かぶナビゲーション・ユニットが投影する光の中に映し出された初老の兵士が威厳に満ちた表情で私たちを見下ろしている。
首元までパリっと締められたコバルトブルーの上着をまとい、扇型に角ばった派手な帽子をかぶっていた。その装いは他の兵士たちと比べて明らかに特別な感じがした。
彼は自分のことを”ジフィ”と名乗った。階級は大佐であるという。大佐というのは戦いの場に直接出てくるような兵士の中では一番上の立場にいると聞いている。
スパイダーがこっそり耳打ちしてくれた話によると、ジフィ大佐はブラジル東海岸一帯に駐留するCフォース南米支部の司令官であり、彼がこの作戦の指揮を執っているとのことだ。
私はフレンズ部隊の51人目として、その場にいる50人のフレンズ達と一緒に大佐のブリーフィングに耳を傾けていた。
≪標的はここより北西4キロメートル先に出現したディザスター級セルリアン・・・通称“ハーベストマン”だ≫
ユニットに映し出されるジフィ大佐の姿が、つい先ほど外で見たタケノコみたいな形の巨大セルリアンに切り換わった。高層ビルを押しのけるようにそびえ立つ馬鹿げた大きさが映像からでも伝わってくる。
ハーベストマンが餌としているのは都市に蓄えられた膨大な量の電力なのだという。
日本語に言い換えれば「収穫者」となるその名前は、ヒトの文明に欠かせないエネルギーである電力をあっという間に食い尽くすことを皮肉って名付けられたのだ。
ああやって地面に静かにそびえ立っているように見えて、地面の下では触手を長く広く伸ばして地下の都市電力を吸収し続けているらしい。
あれが1匹いれば数日足らずで辺り一帯の電力がすべて吸い尽くされてしまう。それは再びヒトが住むことが出来なくなってしまうほどの被害を都市にもたらすのだとか。
そしてその強さも、並みのセルリアンとは比べ物にならない。
Cフォースはハーベストマンのことを“ディザスター級”に分類しているが、その等級は「一匹で都市を壊滅させてしまう」セルリアンにだけ付けられるものだ。
奴は規格外の大きさを誇るだけでなく、その体から無数の幼体を生み出して小さい標的をピンポイントに迎撃する能力まで持っているらしい。
幼体は生まれた時点でヒトやフレンズの数倍は大きいらしく、一匹だけでも厄介なのにそれが数十、数百の数で襲ってくるんだとか。
≪貴様らの任務は幼体を倒し続けることである。ハーベストマン本体に手出しはならん≫
ジフィ大佐の言葉に、その場にいるフレンズたち全員が怪訝そうな反応を返す。
「手出しもせずにどうやって倒せとおっしゃいますの?」と、メガバットが私たちの疑問を先取りするように質問を投げかけた。
≪いくら奴とて無制限に幼体を生み出せるわけじゃない。身を削って作った我が子を貴様らに倒され続ければ、じきに消耗していく。そうすれば奴は新しい電力を素早く蓄えるために、より都心部へと動きはじめるはずだ・・・・・・奴が向かうと思われる地点に、我々は罠を仕掛けたのだよ≫
「罠とは何でして?」
≪大量の爆薬である。ハーベストマンが接近したら一斉に起爆する≫
「待ってください! そんなもので何をするんですか!?」
私は思わず大声で大佐を問い詰めていた。
ヒトの武器ではセルリアンは倒せないという、今まで聞かされていた常識とはあまりに食い違っていたからだ。
≪貴様がジャパンから来たという例の新入りか? あっちは教育がなっておらんようだな≫
ふん、と鼻を鳴らしながら私を見下ろすジフィ大佐の表情には焦りとイラ立ちが表れていたが、その眼光にはらんらんとした闘志が宿っている。
敵に追い詰められた今の状況にストレスを溜めているのは間違いないようだが、戦うこと自体は生き甲斐と呼べるほどに好きな生粋の軍人・・・・・・きっと彼はそういうヒトだ。
私のすぐ隣にいるクズリが、大佐と同じような目つきをしながら、両腕の指をポキポキと鳴らしている。
≪爆発そのものでハーベストマンを倒すわけではなく、二次的な破壊に巻き込むのだよ≫
大佐が言うには、爆薬はサルヴァドールの中でも一番大きなビルが立ち並ぶ通りに仕掛けられているという。起爆されれば、辺り一面の高層ビルが破壊され、巨大なビルの破片がハーベストマンに降り注ぐ。
ヒトの武器そのものはセルリアンには効果がない・・・・・・だがそれらによって破壊された物体はセルリアンにダメージを与えられるというのだ。なぜそうなるのか理屈は明らかにされていない。
これまでたくさんの戦闘をセルリアンと繰り広げる中で、Cフォースが発見した戦術だ。
しかしこれは、いわば捨て身のやり方だ。守るべき街を破壊することになるのだから、本来なら取るべき方法じゃない。フレンズでも倒せないセルリアンが現れた時の最後の手段だ。
≪わかったか新入り? この方法でしかハーベストマンを倒すことは出来んのだよ≫
「・・・はい。すみません」
≪よろしい。他に質問のある者はいるか?≫
「ここにいるぜ」
その場にいるフレンズたちの誰もが納得したように押し黙る中、クズリが気だるそうに手の平を天井に向かって突き出していた。
「オレたちの仕事は奴を“疲れさせる”だけか? 大佐ちゃんよ、あんたオレたちの力を軽く見過ぎなんじゃねえの?」
≪貴様があの有名な“狂犬ウルヴァリン”か・・・作戦に文句でもあるのか?≫
「大アリだね。フレンズをこんなに集めたくせに、それでも爆薬なんかに頼ろうとするなんざ臆病者のやることだぜ。ハーベストマンはオレたちに殺らせてくんない?」
≪正気で言っているのか?≫
「オレたちに任せれば街も爆破しねえで済むぜ? その可能性を最初から捨てんのかよ?」
≪可能性では困るのだよ。確実に奴らを駆除しないことにはな≫
クズリが映像の向こうにいるジフィ大佐とにらみ合っている。
こうやって再開してみて改めて思うのは、彼女は何か気に食わないことがあれば誰が相手であろうが徹底的に噛みつく性格なのだ。
セルリアンだろうが、フレンズだろうが、ヒトだろうが・・・・・・
「いくらデカかろうが、石を砕いてやりゃいい」
≪そんな甘い考えなど通用せぬぞ。奴の核は体内にある≫
眉毛を吊り上げたまま表情をこわばらせるジフィ大佐が、ダメ押しのように語る。
セルリアンの急所であるところの“核”は体の表面に露出している・・・・・・それがフレンズたちにも教えられている常識的な情報だ。
弱点をわざわざ体の外に露出させる理由は、核の温度を体内より低く保つためとか、常に外気に触れさせるためとか、色んな仮説が立てられているけど、本当のところは良くわかっていない。
しかしハーベストマンぐらい大きな体になると、他の小さな個体が抱える問題は克服してしまっており、核を安全な分厚い皮膚の中に隠してしまっているのだとか。
それが本当なら、奴にとっては豆粒みたいな大きさしかないフレンズが太刀打ちできる相手じゃない。Cフォースが爆薬を使いたがるのもわかる話だ。でも、そんな説明を聞かされた後でもなおクズリが退くことはなかった。
「だったら奴の腹を引き裂いて石を探し出してやるよ」
≪き、貴様は話を聞く頭すらないのか・・・・・・≫
まったく聞き入れようとしないクズリの態度に、ジフィ大佐の我慢も限界のようであった。
大佐は多少の被害を出しても確実な方法でハーベストマンを仕留めようとしている。
クズリは確実じゃなくても被害を出さない理想的な方法を提言している・・・・・・本当はただ自分の手で敵を倒したいってだけなのだろうけれど。
いずれにせよ2人の言い分にはそれぞれの正しさがあった。
2人の話を聞いて、他のフレンズ達の意見も割れ始めてしまっていた。大部分のフレンズは大佐の命令に従うべきだと思っていたし、私もそう思った。
だけど、何人かの子はクズリに同調していた。彼女たちもまた、自分がセルリアンを倒せるCフォースの切り札であることに誇りを持っており、活躍できる晴れ舞台を望んでいるのだろう。
それにしても、これから一緒に戦うヒトとフレンズの間にこんな空気が流れているのはまずいんじゃないか?
「これは困りましたわね」
にらみ合う大佐とクズリの間に、メガバットが茶化すように口を挟んだ。彼女は口元に手を当ててクスクスと笑っている。
その美しい顔はまるで鉄で出来ているんじゃないかってぐらいに冷静だ。瞳を閉じているせいもあって、表情から何を考えているのか読み取るのは難しい。
「同じ敵を相手に、出来る、出来ない・・・・・・話がまるで噛み合っていませんわ。こういうのを“水掛け論”って言うのですわよね?」
≪なにを他人事のようにぬかすかメガバット! 貴様の部下が隊の規律を乱しておるのだぞ!≫
「大佐が心配されることは何もありませんわ。私たちはベストを尽くすだけ。そしてウルヴァリンは我々の中で最もそれに貪欲ですわ・・・・・・あなたもご自身のベストを尽くされればいいことよ」
≪期待した通りの働きを見せてくれるのだな?≫
「もちろんですわ。爆薬は予定どおりに起爆していただいて構いませんことよ」
≪・・・・・・よかろう、その言葉を信じるぞ≫
ジフィ大佐が苛立ちを腹に収めるように低く唸ると、光の中に投影された姿がかき消え、ナビゲーション・ユニットは何も映さないただの球体に戻った。
そしてそのまま割れた窓ガラスへ向かってフワフワと上昇し、外へと出て行ってしまった。
メガバットは腕を組みながら歩を進めると、広い部屋の一番奥にある十字の飾り物が置かれた机の前で足を止めた。そこは部屋の中でも陽射しが一番よく当たってまぶしい場所だった。
彼女の姿が、動物だった頃の私の記憶を呼び起こす。サーカスで生まれて間もない頃、舞台裏でヒトや他の動物達の芸を眺めていた時の思い出だ。
陽射しというスポットライトを浴びる彼女は、まるでサーカスのスター役者のようにその場の注目を一心に集めている。
フレンズたち全員がメガバットの指示を待っている。クズリですら例外ではない。
私にもなんとなくわかってきたのだ、メガバットが命を預けるに値するリーダーであることが。
「さあ、ベストを尽くす時が来ましたわ」
・・・・・・
十字を祀る建物から出た51人のフレンズ部隊が、狭く入り組んだサルヴァドールの裏路地を進んでいる。
フレンズ達は途中で1人、また1人と違う方向に散っていき、その数は見る間に少なくなっていった。どうやら彼女たちには前もってあてがわれた持ち場があるようだ。
作戦の直前で合流した私には当然のこと持ち場などなく、あらかた散ってしまったフレンズ達から取り残され、メガバットの後ろに付いていくことしか出来なかった。
私とメガバットは裏路地を抜け出て、カラフルな高層ビルが色鉛筆みたいに軒を連ねる大通りに出ていた。
日が傾き始めており、明かりの灯らないビル街にいっそう暗い影が立ち込めている。せっかくの色鮮やかな建物が台無しなぐらいに暗い雰囲気が漂っていた。
ここは私が輸送機から投下された辺りから近い。そして・・・・・・さらに西に進んだ辺りにはハーベストマンがいるのもすでに知っている。
「どうやって戦うつもりなんだ?」と、私は思わずメガバットに質問を投げかけていた。
「51人しかいないのに、こんなにバラバラに散ってしまっていいのか?」
「逆でしてよ。51人しかいない私たちが一か所にまとまったりしたら、セルリアンに的を絞られてすぐに全滅してしまいますわ」
「いったいどうするの?」
「ゲリラ戦術を取りますわ。この街中はそれにうってつけなの」
ゲリラ戦術・・・・・・物陰に身を潜めて、現れた敵に奇襲をかける。そして敵が反撃する前に姿をくらます。それを繰り返すことでジワジワと敵を消耗させていく。
少数で多勢の敵を相手にするために、大昔からヒトが行ってきた戦術のひとつだ。
「そ、そうか!」
小さな私たちならビルの隙間に隠れることが出来る。巨大なハーベストマンが私たち51人の位置を突き止めることは難しいはずだ。
私たちの任務は幼体を倒し続けてハーベストマンを疲れさせることであり、奴に真っ向う勝負を挑んで倒すことじゃない。
ならばゲリラ戦術をやるのが一番いい、というかそれしかない。
「理解が早くて嬉しいですわ。シベリアン・タイガー」
納得して深くうなずく私の顔を、メガバットが閉じた瞳で覗き込むようにして見つめていた。
私は照れくさくなって思わず顔を背けるが、彼女は私の顔に手を回して無理やり真正面に向き直らせてきた。
「な、何をしているの?」
「じっとなさって」
メガバットの細くしなやかな指が、あろうことか私の耳の中をほじくっている。こんな所を他人に触られるのは初めてだ。
そして、それ以上は進まないってぐらい奥まで入った彼女の指が、勢いよく引き抜かれた。右耳の奥にかすかな異物感が残っている。
「今あなたの耳に小型通信機を入れましたの」と、突然のことに言葉を失っている私にメガバットが今までと変わらぬ人を食った態度で言葉を続けてくる。
「それで指示を飛ばすから従っていただけまして? あなたにはこの大通りを任せますわ。ここに現れたセルリアンは一匹残らず倒してくださいね」
メガバットは颯爽と振り返ると、自身の体よりも大きな黒い翼を広げて、今にも飛び立とうと力を込めるように前のめりに片足を踏み込ませている。
私はハッとして彼女を呼び止めるように手を伸ばす。
「何か?」と、声をかけたわけでもないのにメガバットが私の動きを察して動きを止めた。
「いやその・・・・・・ごめん、何でもない」
「私の目のことが気になるんですわよね?」
私の余計な動揺をズバリと言い当てたメガバットが振り返らないまま静かに答えた。その表情はわからないけど、例の落ち着き払った微笑みを浮かべているように思える。
「安心なさって。自慢ではありませんが、私の目は誰よりも良く見えている自信がありますの」
それだけ言うとメガバットは音も立てずに飛び立ち、ビル街が形作る影の中に吸い込まれるように消えていった。
取り残された私には彼女の姿は見えないけれど、彼女の方はきっと私を見ていてくれているのだ。
・・・・・・
私は大通りでメガバットと別れてから、急いでその場を離れた。
今いるのは、この辺りで一番高い建物だ。
高くそびえたつ外壁に、色んな絵とか文字が鮮やかに描かれた広告が継ぎはぎみたいに貼り付けられている。
ビルの外壁と広告の間にはちょうど私が隠れられそうな隙間が空いていたので、そこに身を潜めることにした。
大通りからでは密集するビルに隠されてわからなかった街の様子も、ここからなら随分遠くまで見渡せる。
相変わらず不気味に沈黙したままのハーベストマンの巨体が、沈もうとしている夕陽に被さって禍々しい存在感を放っている。
そして見た。オレンジ色に染まる空の中へ味方の1人が躍り出るのを。
刃物みたいに横長の翼を持った鳥のフレンズだ。メガバットの扇形に広がる翼とはまるで違うシルエットをしているのが遠目からでもよくわかる。
ついに仕掛けるというのか。
_______ヒュンヒュンッ! ドガシャアアアッッ!
躍り出た鳥のフレンズ目掛けて、ハーベストマンの腹部から大砲みたいな塊が打ち出された。
その狙いは大雑把であり、急旋回した鳥のフレンズはこれを難なくかわす。そして目標を外した謎の塊は彼女の背後にあったビルに轟音を立ててめり込んだ。
都合3つもの大穴が壁面に開けられ、そこからは土煙が立ち昇っている。
遠くから見下ろす私が、うまくかわせた味方の無事に安堵するのもつかの間、ビルに開いた3つの穴の中からそれぞれ、太くて長い二本の脚が伸び出てきた。
「ま、まさかあれが」
つんのめるように壁面を踏みしめる二本の脚に引っ張られて、黄褐色の体を持つ楕円形のセルリアンたちが姿を現した。そのまま地面に飛び下りると、器用に着地して石畳みの道路を闊歩し始めるのだった。
≪幼体がおいであそばせましたわ≫と、右耳の奥からメガバットの声が響く。
あれがハーベストマンの幼体、つまり赤ん坊。
生まれたばかりのセルリアンにあんな立派な足が生えているなんて・・・・・・と、私は今までの常識がひっくり返される気持ちになった。
東京の研究所で教わった話によれば、セルリアンは成長する過程でそれぞれの形を獲得していく。逆に生まれたばかりのセルリアンはアメーバみたいに不定形で、せいぜい触手を生やすぐらいしか出来ない。
赤ん坊に足なんて生えていないはずなんだ。
≪進化を続けるセルリアンに、それまでの常識は通用しないということでしょうね・・・≫
メガバットがまた私の思考を先読みしたかのような事を言ったかと思うと、その鈴のような声が凛と張り詰めて51人のゲリラ全員に号令をかけていた。
≪A班は本体の注意を引いて幼体を吐き出させてください。他の班は自身の持ち場に幼体を引きつけて各個撃破を。ただし深追いはダメ、己の持ち場で処理できなければ後衛にまわしなさい≫
A班、と飾りっ気のない名前で呼ばれた数名のフレンズ達は、部隊の中でもトップクラスに素早い者たちだ。
彼女達は最前線でハーベストマンを翻弄し、奴が迎撃のために打ち出した幼体のことごとくをかわし続けている。
生まれ出てきた幼体がフレンズを探すために街中に入り込むと、物陰に潜む後衛の班が死角から襲いかかりとどめを刺していた。
すでにいくらかの虹色の光が戦場に瞬いている。ゲリラ戦術が功を奏している証拠だ。
だが街中を動き回る幼体の数は増えていく一方だ。無数の幼体が入り組んだ街の中をあちこち歩き回っているために、バラバラに散った私たちでは対応しきれないのだ。
次第に戦線が広がって来ているのがわかる。
私の持ち場はどうやらハーベストマンから最も離れた後衛らしく、幼体にはまだ入られていない。たぶん私が新入りであることに気を遣って、激しい戦いが予想される前線から外したのだろう。
出番を待つ私は、高い所からじっと様子をうかがうことしか出来ない。
でも、こんな所で動かないでいていいのだろうか? 明らかに人手が足りていない前線に加勢したほうがいいのでは?
思い淀みながら戦場と化したビル街を見下ろしていると、幼体が他よりも段違いに密集している場所があることに気が付いた。幼体はひしめき合うようにしながら、大股な一歩で同じ方向に歩を進めている。
そして幼体の群れが進む先に、1人のフレンズがいることに気付く。金色の短い髪と長い尻尾を揺らしながら走って逃げている。
「あれはスパイダーか!?」
スパイダーは仲間から完全に孤立して、街中を右往左往するように曲がりながら逃げている。幼体の移動スピードがけっこう速いために振り切ることも難しい様子だ。
味方は現れないのに、彼女を追いかける幼体の数はどんどん増えてきている。
「助けに行かなきゃ!」
≪あら、持ち場を離れるつもりでして? シベリアン≫
どこにいるのかもわからないメガバットが、私の動きを察知して通信機ごしに呼び止めてきた。彼女ときたら、目が見えないどころか、百個も千個も目があるような感じすらする。この辺りのビル一帯のことならどんな些細なことすら見通している。
私だけじゃなくて他の49人の動きもすべて把握して、それぞれに指示を飛ばしているんだろう・・・・・・まったく底知れない隊長だ。
「スパイダーが大変なんだ。誰か味方を向かわせてくれ」
≪それは出来なくてよ。みんな持ち場を守るのに手一杯ですわ≫
「なら私が行くよ! 指示をくれ!」
≪あなたは大人しいタイプだと思いましたが、意外と熱くなりやすいんですのね? 焦りに飲まれた新兵ほど死にやすい者はいませんのよ?≫
「確かに新入りだけど・・・・・・でも、私だってみんなの力になりたいんだ」
クスっと笑う声が耳の奥に響いたかと思うと、それから数瞬の後に“良いでしょう”と彼女ははっきりそう答えてくるのが聞こえた。
≪ビギナーズラックという言葉もありますわ。幸運か不運か、あなたがどちらを引くのかは存じ上げませんが≫
「私はツイてるよ・・・・・・だって、たまたま入った部隊のリーダーが君だった」
≪おじょうずですのね。ではお互いに幸運が訪れることを信じましょう≫
メガバットから許可をもらった私は、広告の隙間から這い出し、ビルの壁面を蹴って飛び下りた。スパイダーに追いつこうと、ビルからビルへと飛び移るように移動した。
あちこち曲がり道をしてビル街を縫うように逃げるスパイダーと、高い所から一直線に駆け付ける私の距離はみるみるうちに縮まっていった。
スパイダーを追いかける幼体の数は、狭い道を埋め尽くすほどにまで増えている。
_______はあっ、はあっ
逃げ疲れて肩で息をするスパイダーの足が止まった。彼女がたどり着いたのは、辺りを高い壁で囲まれた路地の行き止まりだった。
私はスパイダーから何十メートルか離れたビルの屋上で、追い詰められた彼女を成す術もなく見つめていた。今からいくら急いだところで、私よりも幼体のほうが先にスパイダーに追いついてしまうだろう。
唯一の通り道である彼女の来た道はすっかり幼体に包囲されてしまっている。行き止まりの壁を背にした彼女に、フレンズ達の数倍は大きい体を持つ幼体が今にも襲い掛からんと距離を詰めていっている。
スパイダーは恐怖と敵意が混ざった瞳でハーベストマンの幼体たちを見上げている。追い詰められた彼女は幼体たちの格好の的となっていた。
私はスパイダーを助けるための方法を必死に考えあぐねた。
今この場にいる幼体たちの注意はすべてスパイダーに向いている。まだ見つかっていない私ならば奴らに奇襲を仕掛けることが出来るだろう。
いや・・・・・・ちがう。それで何匹かの幼体を倒したとしてもスパイダーが先にやられてしまう。やるべきは奇襲じゃない。
私は意を決すると、全身にあらん限りの力を込めて叫んだ。
________うおおおおおおおっっっ!!
地面を震わせるほどの大声を張り上げながら、幼体たちがひしめき合う道路の上に飛び降りていった。
何十何百もの漆黒の殺意が弾かれたように動き、私の姿をうつろな瞳の中心に見据える。そして数メートルはある高さから見下ろす目はそのままに、大股な黄褐色の二本足をぐるりと回転させて私のほうに向きなおった。
スパイダーも私に気付いて、幼体たちが密集する隙間から唖然とした表情を見せている。
「し、シベリアン!? アンタ何でここにいるっスか?」
「スパイダー! 私が囮になるから逃げてくれ!」
辺りを埋め尽くす幼体の群れが道路を踏み鳴らしながら私の方へ向かって来た。私はそれを見つめながら重心を後ろに乗せ、利き足をまっすぐ踏み込んだ後屈立ちで構えた。
「突っ立ってないでアンタこそ逃げろっス!」と、スパイダーが金切り声を上げた。
確かに傍から見たら無防備に立ち尽くしているようにしか見えないだろう。だけどこれこそが私の構えだ。
まず相手のことを見ろ。しっかりと立って、息をして、己を研ぎ澄ませて相手の動きを感じろ。
空手に先手なし。後手が空手のすべてなり。
亡きゲンシ師匠の言葉が頭の中を駆け巡る。
そう・・・・・・奇襲を仕掛けて相手を倒すなんてことは、師匠の教えに反している。だから私はこうするんだ。
________ズォォォッッ!!
一番前に躍り出た幼体が、長い片足を振り上げて私を踏みつぶそうとして来た。
数メートルはある幼体の体が深々と沈み込み、その足が私に触れるや否やといった瞬間、私は始めて前に出た。
すり抜けるようにして敵の懐に潜り込むと、その黄褐色の胴体の内側に一点だけ、黒っぽく濁った結晶が目に入った。この間合いで、このタイミングならば・・・・・・と、頭の中に動きのイメージを走らせる。何千回何万回と練習し、完全に体の一部になった動きだ。
「せりゃッッ!!」
イメージの通りにまっすぐに突き出した拳が、黒っぽい結晶を打ち砕いた。急所を砕かれた黄褐色の体が、虹色の光をばら撒いて爆散する。
光の破片が消えるよりも先に、また別の幼体が横から割り込むように私を蹴り付けてきた。だが横から入ってきたために攻撃の角度が浅く、重心が前のめりになっている。
私は敵の長大な足による前蹴りを頭上すれすれでかわしながら飛び出すと、その蹴りを支える反対側の軸足にあしばらいを食らわせた。
一本の足で体を支える幼体はたやすくバランスを失う。倒れこんでくる幼体の腹部に見える結晶めがけて、矢尻のように尖らせた貫手を突き刺した。指が結晶をつらぬき、その先の粘土みたいな肉体に深々とめり込む。
だが、硬さと柔らかさが混ざり合ったその奇妙な感触も、虹色の光の明滅と共に一瞬で消え失せるのだった。
「すげっ、あっという間に二匹やっちゃった」と、スパイダーが呆気に取られた感想を漏らす。
私はその後もスパイダーの逃げ道を確保するために、雨あられと降り注ぐように激しい幼体たちの攻撃をかわし、反撃を命中させて奴らの石を砕き続けた。
幼体たちはフレンズの数倍は体が大きいし、数も圧倒的に多いけれど、一匹一匹は大した相手じゃなかった。来ると言ったら来る・・・・・・そんな単純な意思のままに攻撃してくるだけだ。
繊細な”意”の読み合いとか、何重にも交差する駆け引きとか、そんなものは持ち合わせていない。
だが問題はスパイダーのほうだった。彼女が逃げるだけの隙はもう十分作ったと思うのに、壁を背にしたままその場を動こうとしないのだった。
「早く逃げてくれ!」と、戦いながら呼びかける私の声が聞こえないわけでもないだろうに、彼女は困ったように頭を抱えているだけだ。
「た、助けに来てくれてありがとうっス。でもアンタが来る必要は・・・・・・」
どうにも要領を得ない態度のスパイダーが、ふうっと息を吐いた後にこう答えた。
「これも作戦のうちだったんスよ。ほら、後ろ」
「えっ!?」
________ズガァァァンンッッ!!
スパイダーに言われて後ろを振り返ろうとするやいなや、近くの石畳の道路がすさまじい音を立てて爆発した。
謎の爆発はその場にいた幼体数匹を消し飛ばしながら、辺りをおおい隠すほどの土砂を宙に巻き上げる。
爆発の跡には地面に開けられた大穴が残っていた。それはまるで、トラックが一台まるまる埋まってしまうんじゃないかというほどの深さと広さだ。砲弾でも降ってきたのだろうか? でもヒトの兵器で直接セルリアンを撃つはずはないし・・・・・・
「よっこらせっ・・・と」
「クズリ!?」
能天気な掛け声を出しながら、大穴の中心からクズリが這い上がってきた。
黒い長髪と、白い炎の模様があつらわれた茶色い上着をなびかせた彼女の全身から噴き出す殺気は、そこにいるだけで場を支配するほどの強烈な存在感を放っている。
「囮を逃がすためにてめえが囮になるとか、何やってんだアムールトラちゃんよ」
「お、囮って?」
「スパイダーが囮になって、幼体どもを入り組んだビル街の行き止まりに誘い出す・・・わんさか集まった幼体どもをオレが皆殺しにする・・・」
クズリが言葉を言い終える前に、近くにいた幼体が勢いよく蹴りつけた。
幼体の丸太のような足を真正面から軽々と受け止めた彼女が、ニヤリと笑いながら「そういう作戦だったんだよ」と続けた。
to be continued・・・
_______________Cast________________
哺乳綱・ネコ目・ネコ科・ヒョウ属トラ亜種
「洋名シベリアン・タイガー 和名アムールトラ」
哺乳綱・ネコ目・イタチ科・クズリ属
「洋名ウルヴァリン 和名クズリ」
哺乳綱・コウモリ目・オオコウモリ科・オオコウモリ属
「洋名インディアン・フライングフォックス(俗称メガバット) 和名インドオオコウモリ」
哺乳綱・霊長目・クモザル科・クモザル属
「洋名ジェフロイズ・スパイダーモンキー 和名ジェフロイクモザル」
_______________Human cast ________________
「ギレルモ・セサル・ジフィ(Guillermo César Jiffy)」
年齢:64歳、性別:男、職業:Cフォース南米支部 陸軍連隊総司令官
_______________Story inspired by________________
“けものフレンズ” “けものフレンズ2”
byけものフレンズプロジェクト
“けものフレンズR”
by呪詛兄貴