サルヴァドール防衛戦が終局を迎える。
果たしてアムールトラと仲間たちは、極限状況に打ち勝つことができるのか。
________ドサッ!
私の体が、突如かたい床の上に投げ出された。
ろくに受け身も取れずに倒れた体をゆっくりと起こしながら、辺りの様子を伺ってみた。
そこは、どこかの立体駐車場のようであった。広く直線的な部屋の、あちらこちらに自動車が停められているが、ヒトの気配はなく、寒々しい雰囲気を醸し出している。
そこには壁という壁はなく、コンクリートの柱や鉄骨が建物を支えているだけであり、屋内とはいっても、外の景色とひと続きになった開放的な空間だった。
私はなぜこんなところにいるのだろう? ついさっきまで高層ビルの屋上にいたというのに。
スパイダーに引っ張られて影の中に沈んだことまでは覚えている。影の中は、視界がいっさいの暗闇に閉ざされて、手ごたえのない感触だけが広がる虚ろな空間だった。
重力すらなく、上下左右の区別すら付かなくて、左手で掴んだスパイダーの手のひらだけが唯一確かなものだった。
「これがアタシの・・・・・・野生解放っスよ」と、私を謎の空間に引き込んだ張本人であるスパイダーが答えた。
スパイダーは、腫れぼったい眼をしながら、息も絶え絶えにへたり込んでいた。
彼女はこれまでの戦闘で特に傷を負ったわけでもなく、先ほどまで元気そのものだったのに、見るからに疲労困憊になっていた。
「はぁ、はぁ・・・・・・アタシは、影に潜って、影がつながっている別の場所へ・・・自由に移動することが出来るんっス」
「な、なんてすごい力なんだ」
「・・・・・・メチャクチャ疲れるから、ここぞって時にしかやらないっスけどね」
ごくひと握りのフレンズは、野生解放の“先にある力”を持っている。その力を使えば“普通ではあり得ないこと”が出来る、と先ほどクズリから説明された。
スパイダーが見せたこの力は、確かに普通ではあり得ない。
彼女が囮役に選ばれたのも頷ける話だ。いざとなれば影の中に逃げ込めるのだから、どんなセルリアンに襲われても逃げられるだろう。
「スパイダー、てめえ何のつもりだ? こんな建物の中に移動しやがって」
私と一緒にスパイダーに連れられてきたクズリは、すでに彼女から手を放して立ち上がっていた。疲れ切って動けないでいるスパイダーを仁王立ちで見下ろしながら、腹立たし気に文句を言っている。
「ハーベストマンになるべく近づくんじゃなかったのかよ? 影の中で外の様子がわかんのはてめえだけだってのに、ハンパな仕事してんじゃねえよ」
「ごめんっス、ウルヴァリン。でも無理だったんス。奴には近づけなかった」
「あ? どういうことだ?」
「そと・・・・・・外を見てみるっス」
クズリは舌打ちしながら後ろを振り返り、立体駐車場の隅に駆け寄って、鉄骨の隙間から身を乗り出した。
私もそれに倣うようにして、彼女のすぐ隣から頭を出して下の様子を伺った。
立体駐車場は、地上から数階分程度の高さしかなかった。ここでは街を見下ろすことが出来なくなった代わりに、眼下の様子がよくわかる。
そこは車が何台も並んで通れそうな、風通しのいい大通りだった。本来ならば絶えることなく交通が行き交う都会の中心部と思しき場所だ。
・・・・・・だが、今の様相はそれとは変わり果てていた。
ハーベストマンの幼体が、びっちりと隙間なく、大通りを埋め尽くしていた。
やはり幼体たちは逃げたわけじゃなかったのだ。むしろその逆で、自分たちの本体を守るために一か所に集まったんだろう。
ひしめき合う黄褐色の体の密度はいっこうに薄まることなく、視線の向こう側まで続いている。
その先には、見ていて距離感が狂いそうになる巨体が、轟音を立てて直進していた。その音は少しずつ近づいてきている。
ちょうどこの立体駐車場は、ハーベストマンの進行方向に真正面から向かい合った位置にあるのだろう。
「しくったぜ!」
さしものクズリも明らかに焦った表情をしている。
スパイダーの力で接近し、クズリの力で倒し、すぐに撤退する・・・・・・それが当初の作戦だったはずだ。
先ほどまでのクズリは自信に満ちていた。スパイダーならば一瞬で接近出来ると信じていたことだろうし、自分ならば一撃でハーベストマンを倒せると自負していたからだと思う。
でも、それは予定通りにハーベストマンに接近出来た場合の話だ。
幼体たちが作る“肉の壁”がこちらの作戦を台無しにしてしまっていた。
一瞬でカタを付けられなければ、今度は自分たちの身が危険にさらされる。ハーベストマンの進行方向にあるビルのどれかに仕掛けられた爆薬がいつ起爆されるともわからないのだから。
命令に背いて通信機を捨てた私たちに、メガバットの声はもう聞こえない。
「ウルヴァリン、シベリアン。アタシ達ももう逃げたほうがいいっスよ・・・・・・いくらなんでもマジで死ぬっス。ビルの下敷きになってペシャンコっス」
「てめえ、ハナっから逃げるつもりなら、なんでここに来やがった?」
「勝手に逃げ出して、後でアンタに恨まれたくなかったっス。でもこれで納得したでしょ?」
「クソッたれ! てめえは逃げることばっかだな!」
「だ、だったらウルヴァリンは戦うことしか頭にないじゃないっスか!」
一刻も早くここから逃げ出したいスパイダーと、闘争心に陰りが見え始めたクズリが言い争っている。ついさっきまで息の合ったコンビだった2人は見る影もない。
「さあ早く手を握ってくれっス。アタシ、後もう1回ぐらいなら影に潜れるから」と、スパイダーが両手を私とクズリに向けて、この立体駐車場から逃げることを促してくる。
彼女の“後もう1回”は、本当ならクズリがハーベストマンを討った後に使うはずだったんだろう。彼女の手を握ることは、あきらめることと一緒だ。
そうすれば、この街は落とされる。
さっき見た通り、爆薬を使ったビルの崩落ではハーベストマンを倒せないのだから。
「・・・・・・ダメだよ。逃げちゃダメだ」
「し、シベリアン!? 」
「私たちは戦うべきだよ」
私がそう答えると、スパイダーはあっけに取られた表情で、非難するようにこちらを見つめてきた。クズリも私がそう答えるとは思っていなかったようで、意外そうな顔をしている。
「スパイダー、君みたいにすごい力が使えるフレンズが、簡単にあきらめちゃダメだ。まだ出来ることがきっとあるはずだよ」
「な、なんでそこまで命を張りたがるんスか? アンタもウルヴァリンと同じで、バトル大好き系なんスか?」
「・・・・・・私はヒトの世界を守りたいんだ。今の私があるのはヒトのおかげだから」
「新入りが格好つけやがって」と、クズリが私に悪態を付くと、不機嫌そうな顔をしながら、頭の高さにかかげた拳をミシミシと握りしめていた。
筋肉がきしむ音からはその力の強さがうかがえる。気持ちが高ぶった時、ああやって拳を握りしめるのは、クズリの癖なのだ。
「戦うべき、だと? そんなことは言われるまでもねえんだよ」
「クズリには言ってないよ。君はまだあきらめてないだろ?」
何故だか彼女は私に腹を立てている様子だった。その怒りの理由を問い詰めている場合じゃなかったので、無視して話の本筋に切り出すことにした。
「ところで気付いたことがあるんだけど、話してもいいか?」
「チッ、さっさと言えよ」
「まずはあれを」と、私は身を乗り出しながら外を見上げ、ある一点を指さした。
それは、大通りを挟むようにしてそびえ立つ高層ビル群の中でもひときわ巨大な、空を埋め尽くすような存在感を持った鉄塔だった。
「メガバットは“一番高い建物に爆薬が仕掛けられている”と言っていたけど、あの鉄塔がそうなんじゃないか? 爆発が起こるとしたら、あれの真下にハーベストマンが来た時だと思うんだ」
「まだ少しは時間があるってことか? ・・・で、アムールトラ、てめえはどうするつもりだよ」
「奴があの鉄塔の真下に来るまでに、私が何とか幼体たちの動きを引き付けて、ハーベストマン本体から引き離してみるよ。奴を取り囲む肉の壁を出来るだけ薄くするんだ」
「ふーん、今度はてめえが囮になるってか?」
「ああ、幼体たちはあの通り結構素早いから、上手く誘導すれば時間はそんなにかからないはずだ・・・・・・その隙にクズリが本体に近づいて、やっつけてくれ。その後でスパイダーがクズリを影の中に連れて逃げてくれ」
「敵の数はさっきの比じゃねえぞ。てめえは“ただの”野生解放だってまだ出来ねえんだろ? かなりキツいんじゃねえのか?」
「何とかやってみる、信じてくれ。だからクズリは本体を」
「ま、オレはハナっからそのつもりだぜ。てめえがしくじろうが、“オレの”野生解放が必ずハーベストマンを仕留める」
「2人ともおかしいっスよ。なんでもっと自分の命を大事にできないんだか」と、スパイダーが頭を抱えながらゴネていたが、やがて観念したように、神妙な顔つきで深いため息をついた。
「わかったっスよ。今だけアンタらに付き合うっス。今後はもうゴメンっスけど」
「あ、ありがとう!」
「でも、一個だけ納得いかないっス。アタシにウルヴァリンを連れて逃げろって言ったけど、じゃあシベリアンはどうやって逃げるっスか? 言っとくけど、アンタとウルヴァリンを両方助けるのはアタシには出来ないっス」
「私は何とか逃げてみるよ。ハーベストマンに近づくクズリのほうが絶対に危険なんだ、クズリの方を優先してくれ」
「その“何とか”っていうの、アンタの口癖っス? 生き残りたいなら、行き当たりばったりはNGっスよ」
スパイダーのするどい追及に、私は思わず言葉を失う。今の彼女は、第一印象とは随分ちがうと思った。
最初は、少し臆病な所がある子なんじゃないかと思った。だがそれは間違いだ。命がかかったこの状況で、こんなにも冷静で強かでいられる彼女が、臆病であるはずがない。
彼女は戦うことには消極的だけど、生き残ることには貪欲だ。自分のことだけじゃなく、仲間が無駄に命を散らすことだって我慢ならないのだろう。
「頼む、これしかないんだ」
だけど、彼女を納得させるほどの勝算や戦術は、今の私にはない。気持ちを言葉にして、まっすぐに突き出すことしか出来ない。
いつもそうだ。ひたすら頭を下げて、相手に無茶なことをお願いする。
ゲンシ師匠に弟子にしてもらった時もそうだった。師匠は私のことを“頑固でしつこい”と評した・・・・・・私はまさにそういう性格なんだって今さらながら実感する。
「もうアンタの好きにしろっス」と、私のしつこさに根負けしたスパイダーがついに折れた。
「じゃあ、行ってくる。2人とも頼んだよ」
私はそう告げると、立体駐車場の柱と柱の間をじっと眺めた。飛び降りるのに良さそうな場所を探すためだ。
そしてほどなくして見つけた一点に向かって、踏み込んで助走をつけようとした。
「待てよ、アムールトラ」
「なんだいクズリ?」
後ろから声をかけてきた彼女を背中越しに見やった。
クズリは例によって拳を握りしめながら、射殺すような目つきで私を睨み付けている。
私は彼女のことを“ウルヴァリン”ではなく“クズリ”と呼んでいる。何となくそっちの方がしっくりくるからだ。
だけど彼女も同じように“シベリアン”ではなく“アムールトラ”と呼んでいることに今さらながら気付いた。
東京から遠く離れたこの地で、偶然私たちが再開したのは、何とも奇妙な巡り合わせだ。
「てめえには絶対に負けねえぞ。オレのほうが上だ」
唸るようにつぶやくクズリの目の奥に、今まで見たことがないような光が宿っているのを感じた・・・・・・ものすごく攻撃的な態度なのに、何故だか悪い気はしなかった。
私のことを鼓舞してくれているように思えたのだ。
私はクズリに小さくうなずくと、今度こそ助走を付けて、柱と柱の間を縫うように飛び出して、立体駐車場を後にした。
「ウルヴァリン、なんでシベリアンにあんなことを言ったんスか?」
「なあスパイダー、さっきてめえが手を握れって言った時、オレもさすがにビビって、逃げちまおうって思ったんだ・・・・・・で、てめえの手を握ろうと思った」
「え? そうだったんスか?」
「なのにアムールトラのやつは全くビビりもせず、戦おうって言いやがった。オレはアイツに負けたような気がした。それが心底イラついたのさ」
「張り合うつもりなんスか? エースのアンタが、新入りのシベリアンと?」
「かもしれねえな・・・・・・今までにないくらい、メチャクチャに血がたぎりやがる」
◇
地上数階分の高さから飛び降りて、薄暗い大通りの上に音もなく着地した。
視界は良好だ。日が暮れてしまったとはいえ、薄紫色の空には十分な光が残っている。何よりここはだだっ広くて、光を遮るものが少ない。
数えきれないほどの数の幼体が、日暮れの空にうごめいている。そしてその向こう側には、押し寄せる大津波のようなハーベストマンの禍々しい巨体が見える。
大通りの向かって右側に、天を貫くような巨大な鉄塔がそびえ立っている。ハーベストマンがこのまま真っ直ぐ進めば、後もう少しで鉄塔の真下に到達するだろう・・・・・・そうなる前にケリを付けなくてはいけない。
私の役目は、クズリがハーベストマンへ攻撃を仕掛けられるように、幼体たちをおびき寄せ、片付けることだ。
「かかってこい」と、静かに告げながら、後屈立ちをして真っ直ぐに身構える。
私を目にしたおびただしい数の幼体たちが、殺意を弾けさせながら、濁流のような勢いでいっきになだれ込んで来る。
奴らの動きはかなり素早い。思った通り、おびき寄せるのに時間はいらないようだ。
一匹が私を射程内にとらえ、長く伸びた片足を振り上げて、叩きつけてきた。
あらかじめ敵の“意”を読み取っている私には、その攻撃の軌道や、命中するタイミングが、手に取るようにわかる。
それを躱して反撃に転じようとした瞬間。
________ゴキャッッ!!
「うぐっ!?」
まったく別の方向から、違う幼体の蹴りが私を打った。数メートルもある足から繰り出される打撃が、私の腹部を捉えた。
とっさに両腕を交差させて急所をかばった私の体が、後方に吹き飛ばされる。
そして空中で衝撃を散らしながら思うのだった。
(一発でもまともにくらったらヤバい!)
何とか姿勢を保ったまま着地したが、間髪入れずに別の幼体が私を蹴り付けた。
読み取った“意”が教えてくれる命中までの猶予はあまりにも短く、躱す余裕が残されていないことを知る。
予知した通りに炸裂する衝撃を、掛け受けの動作で横に払った。
________ドシャアアアッッ!!
蹴りを捌かれた幼体は、体勢を立て直すことも出来ずに、そのまま勢いよく倒れこんだ。そうさせた張本人の私ですら驚くほどの派手な転びっぷりだった。
私はやむなく受けただけだ。
反撃に転じるならば、受けるよりも躱す方が絶対にいいと思っていた・・・・・・だが、幼体たちに対しては、受け技が予想以上に効果的だったようだ。
(これは、あの時の私と同じなのか?)
私はゲンシ師匠との最初の組手を思い出していた。あの時のことは今でも鮮明に思い出せる。
まだ空手を知らなかった私が繰り出した全力の拳を、師匠はただ払いのけた。すると私は、ものすごい力で投げ飛ばされたように転んだのだ。
そのカラクリも後で教わった。
打撃とは、前に進もうとする力や勢いが強ければ強いほど、わずかな力で大きく横に逸らされてしまう。その性質は何者も逆らうことが出来ないんだ。
きっと幼体たちは攻撃を横に逸らされることに弱いのだ。
その長い脚から繰り出される攻撃は強烈だったが、その攻撃を支えるバランスに著しく欠けている・・・・・・というのも、蹴りとは足だけで出来るものじゃないからだ。足を前に出した分だけ、頭と腕とでバランスを取らなくちゃ、前のめりになってしまう。
だが奴らの体には頭も腕もなく、長い2本の足と楕円形の胴体があるだけだ。
バランスの欠如・・・・・・私はそこに攻略の糸口を見出したような気がした。
(もう躱さない。全部受ける!)
私は両腕を引き絞るように内側に回しながら、手のひらを開いて前へと突き出した。
________前羽の構え
この構えは、両腕を突き出した姿勢からあらゆる受け技を最速で繰り出して、上下・前後・左右から来る攻撃に対応するためのものだ。
どんな動きにも柔軟に変化できる後屈立ちに比べて、受け技へと完全に重きを置いた構えだといえる。1対1の戦いでは、受けた後に反撃することも出来るだろうが、敵の数がこれほどまでに多い状況では、反撃することは不可能だ。ひたすら受けに専念するしかない。
でも、思えば私が反撃する必要はなかったんだ。
反撃はクズリに任せたのだから。
________バチィンッッ! シュパパパンッッ!!
攻撃が命中する瞬間、筋肉は伸びきって硬直する。最大のインパクトを与えようとするならば必ずそうなる・・・・・・その瞬間こそが受け技の領分だ。タイミングを見切ったら、後はその時を狙いすまし、最適な受け技を重ねるだけだ。
四方八方から降り注ぐ幼体たちの攻撃を、自分でも驚くほどのスピードで、完璧なタイミングで打ち払っていた。
わずかな力で横に逸らされるだけで、彼らはバランスを取り損ねたまま、後方へと吹き飛ばされるように転倒していく。
気が付くと、私の周りで無数の幼体たちが、折り重なるようにもんどりうって転げ回っていた。こうなると数の多さは完全に裏目に出ていた。起き上がろうにしても互いの体が邪魔をして、自由な動きを妨げてしまうからだ。
一匹として止めは刺せていなかったが、かなりの数の幼体を無力化したと思う。
(クズリ! まだなのか!?)
ごくわずかな瞬間、目の前の敵たちから視線を逸らし、大通りの向こうを見やった。轟音を立てながら押し寄せるハーベストマンが、例の鉄塔の真下までもう少しで達しようとしていた。
この位置からでは周囲の様子がさっぱりわからない。
私の目的は、クズリがハーベストマンに接近するための通り道を作ることだった。それを果たすことは出来たのだろうか?
クズリがあの巨大なセルリアンをどうやって倒すのかはわからない。
わかっているのは、彼女が自分の力に絶対の自信を持っていること・・・・・・そして、誰が相手であろうが全力でぶつかっていく凄まじい闘志を胸に秘めていることだけだ。
________ドクンッ!
「っっ!?」
真後ろから、爆発的な勢いの“意”が突如現れ、私の体を突き抜けた。
たったひとつのそれは、私を取り囲む無数の幼体たちの“意”を簡単に吹き飛ばしてしまうほどに強烈だった。
「来たかクズリ!」と、誰に言うでもなく、思わず私は叫んだ。そして真後ろを見やる。
ひしめき合う幼体たちの隙間から、金色の火の玉が燃え盛っているのが見える。それは一直線に、猛烈な勢いでこちらへ近づいて来ていた。
フレンズは野生解放する時、その瞳の中に金色の光を宿らせる。だがあれは瞳だけじゃなくて、全身が光っているようにしか見えない。
突き進む火球の前に、私が倒し損ねた何匹かの幼体たちが立ち塞がった。だが彼らが火球に触れた瞬間、その体は粉々に消し飛ばされてしまった。
まるで竜巻に巻き込まれた木の葉のようだ。力の桁が違いすぎる。
________ブォンッッ!!
勢い止まない火の玉が、私のすぐ横を通り抜けて、そのまま一直線にハーベストマン本体へと近づいていった。
火の玉と化したクズリがいかに猛烈な勢いと力を持っていようとも、巨大な敵に近づけば近づくほどに、そのあまりにも頼りない小ささが浮き彫りになるように思えた。
(な、なんてやつだ君は)
地面の高さからハーベストマンを見上げると、今さらながらに思い知るのだった。
大地を飲み込む津波のような巨体に、自分から突っ込んでいくなんてマネは、並大抵の気持ちで出来ることじゃない。死への恐怖を超越する強い意志がなければきっと無理だろう。
________ズッガァァァンッッ!!
全力疾走で走るクズリが、ハーベストマンの根本に激突した。その瞬間、衝撃で砂煙が巻き上がり、クズリの姿が覆い隠されて見えなくなった。
しかしハーベストマンは健在だった。
クズリは、幼体を触れただけで消し飛ばすほどの強烈な体当たりでハーベストマンを仕留めるつもりだったのだろうか? だとしたら、失敗したのか?
不気味なまでの静寂がその場に立ち込めた。
私はここで違和感に気付いた。ついさっきまで絶え間なく鳴り響いていた轟音が止んだからだ。それは、ハーベストマンの足音だ。
(ハーベストマンが、足を止めただと?)
砂煙が収まり、ハーベストマンの根本が露になった。そこには、依然として金色の炎を全身にまとう、豆粒のようなクズリの体があった。
クズリは、自身の数百倍もの体重を持った相手を力づくで止めてしまったのだ。あまりに現実離れした光景に私は思わず息を飲んだ。
(普通では、あり得ない力・・・・・・)
驚かされるのはそれで終わりじゃなかった。ハーベストマンの巨体は、前進するために若干前のめりにはなっていたが、ほぼ真上に天を衝くように屹立していたはずだったのだ。
それが今、少しずつ、斜めに傾き始めていたのだ。
(ま、まさか!)
私が空手を習ったように、クズリもいくつかの格闘技を習得している。相手を掴んで投げることに特化した組み技系格闘技だ。投げ技こそがクズリの本分だ。
彼女は私と違って、VR訓練を受けただけであそこまでのレベルに達してしまっていた。
(ハーベストマンを投げるつもりかっ!?)
「っっろすぞあああっっ!!」
クズリが雄叫びを張り上げると、その凄まじい気迫に呼応するように、彼女が全身にまとう金色の光がいっそう強く、弾けるように激しく燃え上がった。
ブチブチと、繊維が何本も千切れるような音が聞こえた。それはハーベストマンが地中に張っていた根だ。自身の重量と、クズリの怪力によって、体から根がもぎ取られているのだ。
根を失ったタケノコのような体が、明らかにバランスを崩しているのがわかる。もはや立て直すことが不可能に思えるほどに傾いていた。
________ドッシィィィィィィンッッ!!
ハーベストマンはそのまままっすぐに倒れこんだ。真下にいる無数の幼体が下敷きになり、地面を揺るがすほどの衝撃が巻き起こった。
「ま、まずい!」と私は思わず叫んだ。
クズリがハーベストマンを投げ倒した方向は、奴の進行方向と同じだった。つまりその先には爆薬が仕掛けられている鉄塔がある。
そして横倒しになったその体は、ちょうど例の鉄塔の真下に到達してしまっていたのだ。
私は鉄塔を見上げて、心臓が凍るような気持ちになった。
「スパイダー! クズリを頼む!」と、どこにいるかもわからないスパイダーに向かって呼びかけながら、私は急いでその場から走り去ろうとした。
________カッッ!
「うっ!?」
強い閃光が一瞬視界を焼き尽くした。私は必死に走りながら、背後で爆発が起こったことを悟った。
爆発音は聴こえず、代わりに甲高いキンキンとした音が耳の中で響いていた。きっとあまりにも大きな爆発音を聴いたことで、耳がバカになってしまったのだ。
爆破された鉄塔の破片がそこらじゅうに降り注いでいる。この足を一瞬でも止めようものなら、それで一貫の終わりだろう。
「・・・・・・あっ」
だが、私は思わず足を止めてしまった。破片と呼ぶにはあまりにも巨大な鉄塊が頭上にあるのがわかったからだ。
横に飛ぼうにも、別の破片が落ちてくることは目に見えている。私は本能で万策が尽きたことを悟った。目の前の現実を受け止めきれず、頭の中が真っ白になった。
スパイダーの言った通りだった。“行き当たりばったり”じゃ、生き残れない。
________ヒュンッッ!
背後から目にも止まらぬスピードで近づいてくる何者かの“意”を感じた。
爆発の閃光で白く明滅する地面の上に、放射状に広がる翼の影が伸びてきた。
その瞬間、その実体が私を背後から抱きかかえ、勢いを止めずに飛び去った。
翼の主は、私を抱きかかえたまま、降り注ぐ瓦礫の隙間を縫うように飛んだ。
その翼は、あらゆる方向に一瞬で方向転換をしていた。それは“跳ね返る”としか形容できないほどに鋭く、変幻自在だった。
翼の主は、瓦礫の雨を難なく抜け出すと、地上に降り立ち、私を下ろしてくれた。そして自身の体よりも大きな黒い翼を折り畳み、マントのようにして胴体に覆い被せた。
「・・・・・・あ、ありがとう、メガバット」と、私は彼女を見上げながら感謝を述べた。
彼女は相変わらず感情が読み取れない閉じた瞳で私のことを見下ろしている。
「でも、なんで私の居場所がわかったの?」
「ウルヴァリンの様子を見ていれば、あなた達が何か無茶な行動に走るであろうことは一目瞭然でしたわ」
メガバットが、整った顔立ちに微笑を浮かべながら語り始めた。
「それに、あなたとウルヴァリンとスパイダーの3人でどうやってハーベストマンと戦うか・・・・・・それも予想が付きましてよ。私は隊長で、部下の能力はすべて知っていますもの。新入りのあなたを除けばね。ともかく、あなたは1人で逃げることになるだろう、と事前に思いましたの」
言っていることにはすべて理屈が通っていたが、それでも釈然としない部分が多かった。そもそも、私が1人で逃げることがわかっていたところで、あんなに完璧なタイミングで救出することなんて不可能では・・・・・・
「私にはわかりますのよ」
と、メガバットは例によって私の思考を先取りするように答えをかぶせてきた。
「わかってて、わざとオレたちを泳がせたってわけかよ」
どこかからクズリの声がした。
「まったくアンタにはかなわねえよな。このクサレ腹黒コウモリが」
________ズズズッッ
私のすぐそばの地面から、クズリとスパイダーが、あたかも水面から浮上するように生え出てきた。スパイダーが影に潜る能力を解除して、影の中から地面に出てきたのだ。
そしてクズリはスパイダーに背負われていた。
「2人とも無事だったんだね! 良かった! ・・・あっ・・・」
笑顔で駆け寄った私が見たのは、全身に血が滲んでズタズタに傷ついているクズリの姿だった。特にその両手は、折れた骨が手の甲から飛び出している有様だった。その痛々しさに思わず息を飲む。
「だ、大丈夫かい?」
「バーカ、こんなもんはただのかすり傷なんだよ」
ハーベストマンを投げ倒すほどの力を発揮したことで、彼女の体にも相応のダメージが返ってきたに違いない。
重傷を負っても、相変わらずドギツい悪態が付けるのはさすがと言ったところだ。
「で、ハーベストマンはどうなったんだよ?」と、スパイダーに背負われたままのクズリが尋ねる。
「アイツをブン投げた瞬間に、このおサルに影の中へ引きずり込まれたから何も見えなかったぜ」
「へへっ、ジャストタイミングだったっスよね?」と、クズリをおぶったままスパイダーが誇らしげに微笑んだ。
「あれをご覧遊ばせ?」と、メガバットが大通りを指さした。
巨大な鉄塔が破壊されたことで、広々とした大通りが丸ごと瓦礫に埋め尽くされてしまっていたのだ。
そして私たちは見た。瓦礫の隙間から、虹色の光の細かな粒子が巻き上がり、どこまでも天高く登っていくのを。
「あれがハーベストマンの最期ですわ」
初めて目にする光景だった。小型のセルリアンは一瞬で爆散するが、あれほどまでに巨大なサイズの個体は、ああいう風に消滅していくのか・・・・・・
「それにしても、横に倒した状態で建物の崩落に巻き込むとは、考えましたわね」
私はメガバットに指摘されて、初めて気づいた。
最初の崩落の時、ハーベストマンは立ったままだった。そのため建物との高低差が少なく、威力を出すための十分な高さが得られなかった。またそのタケノコみたいな形状によって上から落ちてくる衝撃を受け流してしまっていた。
しかし横倒しになった状態で崩落に巻き込まれれば、立っている時よりも高低差がずっと大きくなる。そして形状を生かして衝撃を受け流すことも出来なくなるのだ。
つまりは、立っている時よりもはるかに甚大なダメージを受けるということ。
降り注いだ破片の一つが、ハーベストマンの核に届いたのだろう。奴が立っている時にはきっと叶わなかったであろうことだ。
「すごいなクズリ! 君はそこまで考えて、あえて鉄塔の真下にハーベストマンを投げたんだな!?」
「んなこと知るか・・・・・・チッ、オレの投げ技で死んだんじゃねえのか。結局爆弾のおかげかよ」
クズリの返答を聞いて、その場にいた全員がぽかんと黙り込んだ。あのメガバットですらも驚きと呆れを隠せない様子だ。
「ま、まあ、結果オーライということですわね」
≪やったわ!≫
≪わたし達は勝ったんだ!≫
それぞれの持ち場を守っていたフレンズ部隊の仲間たちが、周囲の建物の隙間から続々と集まり、勝ち鬨を上げていた。
それを見て、いよいよ戦いに勝ったことへの充足感が胸中を満たしていった。
≪貴様らの戦いぶり、とくと見せてもらったぞ≫
フレンズ部隊たちに混ざって、ナビゲーションユニットが浮遊しながら私たちのそばに近づいて来た。
いくら見慣れているとはいえ、真っ黒い球体が放つ無機質な存在感は、パッと見ただけではセルリアンに近いものがあるので、一瞬気持ちがざわついてしまう。
≪ウルヴァリンよ、貴様に詫びておくことがある≫
ユニットごしに、ジフィ大佐がクズリに呼びかけている。Cフォースでも最高の地位にある軍人が、一兵卒、あるいはそれ以下の立場であるフレンズ個人に自分から声をかけるのは、あまりにも異例なことだ。それも“詫びる”とは。
さしものクズリも驚いた顔でユニットを見つめていた。
≪ウルヴァリン、貴様の言った通りであったわ。貴様らのような強力な味方を得ていながら、儂はあまりにも消極的であった・・・・・・貴様らさえいれば、爆薬なぞ必要なかったやも知れぬな≫
「ようやくわかったのかよ大佐ァ? だったらご褒美をよこせよ」
≪何が望みだ?≫
「もっとオレを使えよ。オレたちフレンズをもっと前に出せ。セルリアンどもをガンガンに攻めまくってやるんだよ」
≪あくまで戦いだけを望むか・・・・・・よかろう! 貴様には常に最高の出番を与えてやろう! 次に備えて今はその傷を治すがいいぞ≫
ユニットのホログラムからジフィ大佐の体が投影される。
青白い光で形作られた髭面の強面が、全身傷だらけでスパイダーにおぶわれているクズリと向かい合い、視線を交えながら不敵な笑みを浮かべていた。
クズリと大佐、戦いを心から愛し欲する者同士が共感し合っているようだ。
戦いを嫌うスパイダーが、クズリの下で何とも言えない顔で苦笑していた。
「ふふふ・・・・・・」
仲間たちが勝利の喜びを分かち合いながら騒いでいる中で、メガバットは1人で、例の腕を組んだポーズで静かに佇んでいた。
私は彼女と話したくなって「ねえ」と思わず近寄った。
「何かしら? シベリアン」
「いや、なんだかお礼が言いたくて、君たちみたいな頼もしい仲間に出会えて、本当に私はツイてるよ」
「あなたの戦いぶりも中々のものでしたわよ。ヒトの格闘技をあれほど高いレベルで、忠実に使いこなせるフレンズはそうそういませんわ。いくら格闘技を習ったところで、フレンズの戦い方は、身体能力まかせの我流になりがちですもの」
「・・・・・・私には素晴らしい師匠がいた。ぜんぶ彼が教えてくれたんだ」
「そうでしたのね」
ゲンシ師匠のことをメガバットに話すと、誇らしいような、胸が熱くなるような気持ちになった。
師匠の技は、私の体の中にしっかりと刻み込まれ、今も生き続けている。ひとつ戦いを経験しただけでも、それをはっきりと実感できた。
「でも私なんかまだまだだよ。野生解放も出来ないし、その“先にある力”のことだって知らなかった」
「あなたはもう“ただの野生解放”なら出来ると思いましてよ。ひょっとしたら“先にある力”もすでに見つけているのかもしれませんわ」
「え? どうしてそう思うんだ?」
メガバットは語った。
野生解放を発動する条件・・・・・・それは自分のあるがままの在り方を認識し、信じることだと。“在り方”を決めるのは、動物として生まれ持った特性と、後天的な経験だ。
そうか、私にはもう空手がある。立ち方も、呼吸も、睡眠も、生きることの根っこがすべてゲンシ師匠直伝の空手になっている。これこそが私の“在り方”だと自信を持って言うことが出来る。
そして“先にある力”とは、自分の在り方の中で一番強くて揺るぎない気持ちが形になったものだという。
“先にある力”がフレンズの体に宿るのは、一番強い気持ちを徹底的に磨き上げた時だ。
「ウルヴァリンも、スパイダーも、自分の中で一番強い気持ちが何なのか知っていますわ。その結果、あの異能を手にしました・・・・・・そして、あなたもすでに何かを見つけている気がしてならないんですのよ」
「う、うーん。そうなのかな」
メガバットにそう言われると、本当にそうなんじゃないかと思えてくるけど、やっぱりよくわからない。
スパイダーが影に潜ろうとした時、そしてクズリがハーベストマンを投げようとした時、彼女たちの中で気勢が膨れ上がったのを感じた。
きっと2人は、それぞれの一番強い気持ちで心の中を満たしていたに違いない。
私にとって一番強い気持ちとは何だろう? ヒトの世界を守りたいとは常々思っているけど、守ることは、私の使命であり目的だ。そういうのとは少し違う気がする。
もっと根本的な、戦いの最中に一瞬で心の中を満たすようなものでなければならないと思う。
そもそも、戦いの場では強い感情を出すなとゲンシ師匠に教わっている。感情は心を研ぎ澄ませることの邪魔をする。集中力こそが一番大事なんだ。
(・・・・・・待てよ、じゃあつまり?)
≪大佐! 緊急事態ですっ!!≫
もう少しで何かが掴めそうだと思っていたが、突如ナビゲーションユニットから聞こえた大声に邪魔されて、その考えは霧散してしまった。
≪何ごとか!?≫
ユニットの中で、ジフィ大佐の声と、別の兵士の声が問答をしている。そして別の兵士が次に語った一言で、その場にいた全員の空気が凍り付いた。
≪敵です! ハーベストマンが・・・・・・先ほど倒された物とは別の個体が出現しました! 場所はルイス=エドワルド空港の近くです!≫
≪あ、あり得ぬっ! ディザスター級がこんなに短時間に続けて出現するなど、これまで聞いたこともないぞ!≫
さっきまで喜びに打ち溢れていたフレンズ部隊の多くが、絶望した表情で固まっていた。中には膝を落としてしまって泣きわめいている子もいる。
メガバットや、それにスパイダーは冷静だったが、明らかに苦い表情をしていた。
一方クズリはというと、さっきの戦いで重傷を負ったにも関わらず、先ほどまでと変わらない闘志を瞳に宿し始めていた。
そして私は、兵士の報告のなかにあった“ルイス=エドワルド空港”という地名が耳に引っかかり、思わず問い詰めるように近づいていた。
「あそこには、私をここまで運んでくれたドーン軍曹の部隊がいるはずです。彼らを助けなきゃ! 彼らは避難民のために物資を運ぼうとしているんです!」
≪そんなことはわかっておるわっ! ぬぅぅぅぅッッ・・・・・・!≫
ジフィ大佐は、声が裏返るほどに悔しそうな唸り声を発すると、彼にとって最も屈辱的であろう一言を告げた。
≪・・・・・・全軍、サルヴァドールから撤退せよ! 今すぐ準備にかかれ!≫
大佐が再び戦いを指示することはなかった。
新たに現れたハーベストマンに向かっていけば、幼体の群れがまた出現することだろう。そうしたら街中は再び戦場となる。もちろん爆薬などは、もうどこにも仕掛けられていない。
私達フレンズ部隊も、見た感じクズリのように重傷を負った子が何人かいて、他の子も疲れ切っていた。
戦うための準備もなく、余力もない。確かにこの状態ではあきらめざるを得ないというのが道理なのだろう。
だがこうして何もできないまま仲間の命をあきらめなきゃならないのは、とてつもなく悔しい。
きっとジフィ大佐も同じ悔しさを味わっているのだと思うと、黙って彼の指示に従うしかないのであった。
≪メガバット、フレンズ部隊の指揮は引き続き貴様が取れ。サルヴァドールから撤退後、追って指示を出す≫
「了解いたしましたわ」
ナビゲーションユニットはそのまま宙高く浮遊し、ビルの隙間へと消えていった。
残されたフレンズ部隊は意気消沈したまま敗走の路を辿ろうとした。だがそんなフレンズ達の中で、やはりクズリだけはまだ闘志が折れていなかった。
「おい、まだ終わっちゃいねえだろ? 見た感じ半数以上は無傷だ。まだまだ戦えるだろうが・・・・・・オレもこんなかすり傷は今すぐに塞いでやるよ」
自分の足で歩くことも出来ず、スパイダーにおぶわれているクズリがまくしたてる。
それは決して虚勢などではない。彼女は本気でそう思っているのだ。
クズリの強弁を聞いて、疲労困憊のフレンズ部隊に困惑の色が差し始める。それを諌めるために、メガバットがクズリに近づいて話しかけた。
「いいえ、今のあなたではどんな戦いにも勝てやしませんわ。さっきまでのあなたは無敵のエースでしたが・・・・・・今はただの負け犬ですもの」
それは“諌める”というにはあまりにも攻撃的な語り口だった。
「怪我したからか? こんなの大したことねえって言ってんだろうが」
「そんなこと問題ではありませんの・・・・・・勝つためにはね、自分が勝つ瞬間を具体的に思い浮かべる必要がありますのよ。感情だけで相手に向かっていけば、必ず負けますわ。それがさっきまでのあなたと、今のあなたとの違いでしてよ」
「じゃあ何か? 作戦を立てればアンタは納得するのかよ?」
「もちろんですわ。今の状態で出来る、と私が判断すればね」
「・・・・・・チッ、そうかよ」
論破されたクズリが、不貞腐れて黙り込む。
セルリアン相手ではほぼ無敵のように思えるクズリが、メガバットにはおとなしく従っている理由がよくわかる。
口喧嘩では、メガバットには逆立ちしたって敵わないのだ。
クズリが黙ると、仲間たちは一様に重たい足取りで、廃墟と化した薄暗い大通りをとぼとぼと歩き始めた。
私は歩きながら考えた。
ハーベストマンを1体だけでも倒すことが出来たのは、奇跡としか言いようがない。クズリの投げ技だけでは倒せず、それに建物の崩落が重なったからこそ出来たことだ。
フレンズの攻撃では、あの強靭な装甲を貫いて、核に攻撃を届かせることなんて無理だ。
たとえば、装甲をすり抜けて核だけを攻撃する方法でもない限り・・・・・・
「あっ!」と思わず声を上げた私を、周りの仲間たちが怪訝そうに見てきた。「ごめん」と謝り、何事もないように歩みを進めてごまかした。
だが本当は、驚きのあまり、心臓が早鐘のように鳴っていた。
気付いてしまったのだ。たったひとつだけ、2体目のハーベストマンに通用するかもしれない攻撃を。
________勁脈打ち
離れた所にある目標を“意”だけで狙い撃つ、正拳突きをはるかに超える破壊力を持つゲンシ師匠の奥義だ。
師匠は亡くなる直前に、それを私に授けるために見せてくれた。だが、習得することは出来なかった。
習得には“己と相手以外をすべて無だと思いこむ”ほどの集中力が必要だと言われた。
私にはそれが出来なかった。集中すればするほど、周囲のすべてのものがよく感じられてしまうという矛盾を解決することが出来なかったからだ。
(勁脈打ちを使うことが出来れば、この状況を何とかできる。軍曹たちを助けられる・・・・・・)
「もし? シベリアン?」
「ど、どうしたんだい、メガバット」
「“どうした”はこちらのセリフですわね。あなた、さっきから心臓の音が早すぎますわよ? 何かとても色んなことを考えていらっしゃるのね?」
「い、いや、それは」
私はメガバットに心臓を握り締められたような気持ちなった。彼女は異常に勘が鋭くて、とても頭が良い。
そんな彼女に隠し事なんて不可能だ。だったらいっそ、思ったことを正直に白状してしまおう。
「ねえメガバット、私がいま“2体目のハーベストマンに勝つ瞬間”を具体的に思い浮かべているとしたら、君はどう思う?」
「あら、それは・・・・・・とても興味深いですわね」
to be continued・・・
_______________Cast________________
哺乳綱・ネコ目・ネコ科・ヒョウ属トラ亜種
「洋名シベリアン・タイガー 和名アムールトラ」
哺乳綱・ネコ目・イタチ科・クズリ属
「洋名ウルヴァリン 和名クズリ」
哺乳綱・コウモリ目・オオコウモリ科・オオコウモリ属
「洋名インディアン・フライングフォックス(俗称メガバット) 和名インドオオコウモリ」
哺乳綱・霊長目・クモザル科・クモザル属
「洋名ジェフロイズ・スパイダーモンキー 和名ジェフロイクモザル」
_______________Human cast ________________
「ギレルモ・セサル・ジフィ(Guillermo César Jiffy)」
年齢:64歳、性別:男、職業:Cフォース南米支部 陸軍連隊総司令官
_______________The Power of Next (野生解放の先にある力)
「シャドウシフト」
使用者:スパイダー
概要:どんな状況でも絶対に生き残ってみせるという、スパイダーの“極限の生への執着”を糧にして発動する能力。直射日光が当たらない日陰の中へ体を潜り込ませ、また別の日陰へ移動することが出来る。陽射しが当たっている所では発動できず、移動することも出来ない。影の中は物理法則から遮断された一種の異空間となっており、外界のあらゆる破壊から身を守ることが出来る。彼女の体に触れている仲間をも影の中に引き込むことが可能。ただし状況を認識できるのは本人のみ。スタミナの消費が激しく、一日にせいぜい数回しか使えない。
「グランドグラップル」
使用者:クズリ
概要:どんな強敵が相手でも勝利してみせるという、クズリの“極限の闘志”を糧にして発動する能力。クズリの手のひらと足の裏を、それに接した物体に完全に固定させる。作用としてはそれだけであるが、足場を木の根のように安定させ、一度掴んだものは離さない力をクズリに付与することを意味するため、ただでさえ強烈な投げ技の威力を無尽蔵に倍加させることが出来る。ただし、力を振るったことで生じた反動はそのまま肉体に跳ね返ってくる。
_______________Story inspired by________________
“けものフレンズ” “けものフレンズ2”
byけものフレンズプロジェクト
“けものフレンズR”
by呪詛兄貴