ひとつの戦いが終わり・・・・・・
ある弱い男の物語も始まろうとしていた。
「もうすぐ着きますわよ、シベリアン」
「わかってる!」
私は再び、空の上にいた。
メガバットと一緒に2人だけで、新たに出現したハーベストマンの所へ向かっているのだ。
彼女の翼に乗って、どこまでも広がる天空の闇の中を進んでいた。
月明かりが彼女を照らし出し、鋭さと美しさを兼ね備えたシルエットを描いている。夜空こそが彼女の居場所であると言わんばかりにサマになっている。
私とはえらい違いだ。空の上では私の橙色の手足は、不恰好にぶら下がることしか出来ないのだから。
私はトラだ。オオコウモリの彼女と違って、空は私の居場所じゃない。それどころか、恐怖そのものとしか思えないぐらい苦手だ。
そんな私が、これから狂気の沙汰としか思えない行動に臨もうとしていた。
話は少し前にさかのぼる。
私はメガバットに問い詰められ、やむなく打ち明けたのだ。2体目のハーベストマンを倒せるかもしれない方法が思い浮かんだ、と。そして戦うのは私一人で、後はハーベストマンに近づくために、飛べるフレンズを誰か一人だけ付けて欲しい、とお願いしてみた。
それは私自身が一度として成功させたことはなく、成功したとしても思った通りにいく保証はない方法だった。
普通なら一も二もなく突っぱねられて当然だ。ジフィ大佐に撤退を命じられた私たちは、これ以上ハーベストマンと戦ってはいけないのだ。
明らかな命令違反である上に、その内容はあまりに絵空事じみていた。
だがメガバットは、首を縦に振った。例によって腕を組んで瞳を閉じたまま、私のすべてを見透かすような佇まいで。
それだけでなく、隊長である彼女自らが協力を申し出てきたのだった。
私にとっては願ってもない話だった。この一か八かの賭けに挑むなら、彼女と一緒がいい。
つい今日の昼間に出会ったばかりだというのに、私のことを深く理解してくれているように思えてならなかったからだ。
もちろんフレンズ部隊の他の仲間たちからは反対された。
無理もないだろう。新入りが訳のわからない世迷言を抜かして、それに隊長が乗っかって、一緒に命令を破りに行こうと言っているのだ。部隊が崩壊してしまうほどのできごとだ。
だが、思いがけない賛成者が現れた。
「行かせてやれよ」と、クズリが後ろからみんなを諌めているのだ。
彼女が賛成してくれるのは本当に意外だった。彼女の気性だったら、自分の意見は突っぱねたくせに、なぜアムールトラの意見は支持するんだ、とメガバットに怒り出しても不思議ではないのに。
「お前ら思い出してみろ。メガバットがここ一番でしくじったことがあるか? この腹黒コウモリはよ、なんか知らねえけど”ツいてやがる”んだよなァ」
こうしてただ話すだけでも、重傷を負ったクズリの体からは出血が止まらない様子だ。
クズリをおぶっているスパイダーが心配そうに見上げているのもどこ吹く風で、気分が良さそうに言葉を続けている。
「おいアムールトラ」
「なんだい」
「くたばったなら、笑ってやるよ」
クズリの態度は相変わらず、私を嘲っているのか、鼓舞しているのかよくわかない。だがともかく、彼女の説得でみんなの表情が変わった。
メガバットが”ツいている”という言葉には、部隊の誰もが身に覚えがあるようだった。他ならぬ隊長がやろうとしてることなら・・・・・・と、渋々折れるしかないような空気になっていった。
「ありがとう。絶対に成功させてみせるから」と、私は部隊のみんなに向かって今一度頭を下げた。
「さあ、善は急げといいますわ」
メガバットはいきなり後ろから私を羽交い絞めにすると、そのまま翼を広げて急上昇を始めた。地面が離れ、心配そうに見上げる仲間たちを真下に見据えながら、私はすでに戦いが終わった大通りを後にした。
ひらひらと舞うように優雅に飛ぶ黒い翼は私を抱えたまま、その見かけからは想像もできないほど速く、ビルよりも高い空の上を突き進んだ。
電気を奪われた高層ビル群が、月明かりに照らされる下で、廃墟そのものの寒々しい立ち姿をさらしていた。
しばらく進むうちに、眼下の景観は様変わりしていった。
地平線の向こうには、月明かりを反射する美しい夜の海が臨んでいる。港湾都市サルヴァドールの、ちょうど海岸線の部分に飛んできたのだ。
だが明らかに異様だったのは、あたりの建物に電気が灯っていることだった。建物に灯る明かりが、夜の暗闇の中でも地形の輪郭をくっきりと浮かび上がらせている。
どこまでが大地で、どこから海になっているのか一目瞭然にわかる。
電気が吸収し尽されたサルヴァドールの都心部と違って、ここにはまだ電気が残っている・・・・・・正確には”まだ”残っている。
「っっ! 見つけた!」
禍々しく天を衝く異形が、未だ残る街の明かりに照らされて浮かび上がっていた。
2体目のハーベストマンが、海岸線沿いのいくつかの建物をその屹立だけでなぎ倒し、大地と海の両方を突き破って姿を現しているのだ。穏やかな波がその体の後ろ半分に打ち付けている。
「さて、そろそろ高度を上げなくてはいけませんわね」と、落ち着き払ったメガバットが翼を一層すばやくはばたかせ、上空を漂う雲に近づきそうな高さにまで上昇していった。
最初に2人で話し合った筋書き通りだ。
ハーベストマンには上空から近づくのだ。低い所から近づけば、きっと見つかって、幼体を放出されてしまう。そうなったら作戦は失敗だ。
だけどハーベストマンは真上からの攻撃には反応しない。それは1体目のハーベストマンが証明していることだ。奴は建物の崩落を2度もまともに受けた結果、撃破された。
あの巨大さと、上からの攻撃に圧倒的に有利な体型を持っているために、上には意識を向けていないんだ。
「シベリアン、怯えていらっしゃいますの?」
「まあね。さっきも言ったけど、一度も出来たことがないんだ」
メガバットには先だってすべてを打ち明けていた。
私にとっての”一番揺るぎない気持ち”っていうのはきっと”集中”することなんだ。気持ちとは違うけど、集中することをいつも大事にしていて、それが一番強くなった時に出来る”普通ではあり得ない力”のことも知っている。
他の物体をすり抜けて目標物だけを攻撃する技”勁脈打ち”。それでハーベストマンの核だけを狙い撃つことが出来れば・・・・・・
「ぜんぶゲンシ師匠のものなんだ。自分で得たものなんて何もない」
「いいえ。心の底から信じているなら、誰かのものでも、あなたのものでしてよ。まして、あなたがそんなにも尊敬してやまないヒトの技ならば」
「ありがとう・・・・・・タイミングは君に任せるよ」
「わかっていますわ。その時が来れば、手を放して、あなたを下に落とします」
空気が薄く、凍えるように冷たい高所で、足元がただ重力でぶらぶらと揺れる感覚に身の毛のよだつ思いを覚える。
真下にはハーベストマンがいた。あの巨体も、もはやそんなに大きく見えない。あのタケノコのような姿は、ここからだと歪な円の形に見える。
私は今から真っ逆さまに落ちて、あいつの所まで近づくんだ。今この瞬間から、この世界にあるのは私とあいつだけ・・・・・・正確にはあいつの腹部に埋まっている核だけだ。
意識を呼吸に集中させ、おなじみの文言を胸の中で繰り返し念じた。
(吸い込む空気は冷たい。吐き出す空気はあたたかい。私の体は空気が流れるだけのただの入れ物・・・・・・)
にわかにすべての感覚が研ぎ澄まされ、見える景色が2倍にも3倍にも拡大されていく。広がり続ける視野が、目指すべき一点の目標への集中を邪魔している。
ここまでは今までの失敗と同じだった。何か違うことをやらなければ、勁脈打ちを成功させることはできない。
違うことをやる、今がその時だ。
「音が聴こえますわ。音は来るべき時を告げる。とも綱を解いて、定められた路へと舳先を向けるその時を」
メガバットがさざ波のような美しい声で、何か意味深なことをつぶやいている。私の集中を少しも邪魔せず、いっそう深く落ち着けてくれるような不思議な声色だ。
「ご武運を。シベリアン」
そう静かに告げる声と一緒に、背中ごしに私のおなかを抱き抱えていた手が放された。
________ビュオオオオッッ!!
拠り所を失った肉体が、想像を絶するスピードで下に落ちていく。
押し寄せる風圧は、私の体を打ち砕いてしまうんじゃないかってぐらいに強烈だ。避けられない死の運命が迫ってきて、頭のてっぺんから足先までを絶望に震わせているみたいだ。
翼のない生物が高い所から落ちるということは、これ以上ないぐらいに最悪な状況だ。
輸送機から投下された時にすでに味わっている。あの時は身を守ってくれるガラスの檻とパラシュートがあったけど、それでも頭が真っ白になりそうなぐらい怖い思いをした。そして今は何もない。体だけがある。
(ああ、やっぱりそうだ)
私は確信した。この状況にこそ、勁脈打ちを完成させる手がかりがある。
どんなに感覚を研ぎ澄ませて、鋭く張り巡らせても、落ちているという状況がそれを塗りつぶしていく。拡張された感覚が、自分の中へと強制的に押し戻されてくる。
こんな状況では、たったひとつの目標に意識を向けるのがやっとだ。
自分と相手以外のすべてを無にする・・・・・・私はようやくその感覚を掴んだ気がした。
________ドクンッ!
とつぜん、私の目に見える世界が変わった。
打ち付ける風圧と、内臓を押し上げる気持ち悪い感覚が消え去って、時間が凍り付いたかのように寒々しい暗黒の空間に、私は入り込んでいた。
ついさっき、1体目と戦っていた時にスパイダーが連れていってくれた影の中みたいな様相だ。だがあれとも明らかに違う。暗闇の中にはきちんと重力が残っている。
依然として、一直線に落ちて行っている。何の抵抗もなく、すべらかに、吸い込まれるように。
(・・・・・・見つけた)
近づいてくる重力の終点に、頼りなく漂う虹色の光があった。きっとあれがハーベストマンの核が放つ揺らぎだ。
今、目に見えているこの空間は、まさしく自分と相手以外が無になった世界。より正確に言うなら、自分と相手の”揺らぎ”しか存在しない世界なんだ、と直感で悟った。
己が打とうとする対象と完全に揺らぎを合わせて、調和した水面のごとき静けさの中に波を起こす・・・・・・かつて師匠にそう教えられた。
もう波は起こった。後は相手にぶつけるだけ。
(いまだ!)
重力に身を任せながら、光に向かって一心に手を伸ばした。
◇
アムールトラへ
君がブラジルに行ってからまる1年が過ぎました。君がすごくがんばって、たくさんのセルリアンを倒している知らせは東京の僕にも届いています。君の活躍を、僕も誇らしく思います。
でも無理はしないでください。いつか君が無事に戻ってきてくれることを祈っています。
ところで君に伝えることがあります。君の育ての親の______
「いや、やめよう」
にわかに躊躇した僕は、キーボードのバックスペースキーを叩き「ところで」から始まる文面を消した。
簡素な挨拶だけになった文章の最後に”ヒグラシより”と付け加えてエアメールを送信した。
電波に乗っている最中にエアメールは音声化され、字が読めないアムールトラのところに届き、ナビゲーションユニットなどを介して音声が再生される仕組みだった。
あの子に伝えなければいけないことがあった。エアメールなどで済ませるのが憚られるような内容だったが、さりとて他の方法もなく、この件を己の胸にしまうことしか出来ないでいた。
そもそもアムールトラは僕の言葉など聞きたくもないだろうから、エアメールを開かないことも考えられた。
相手にきちんと届くかどうかわからない言葉など、みだりに話してはいけないのだ。
僕の名は日暮 啓(ひぐらしけい)。Cフォース日本支部、生体兵器研究所の所長をしている。
アムールトラを動物からフレンズへと変えた張本人だ。
アムールトラとは、かつて良好な信頼関係を築けていたはずだったが、彼女が一人前に育って戦場へと発つ頃には、僕はひどく嫌われてしまっていた。
彼女は僕を責めた「どうしてもっと早くこの体のことを教えてくれなかったんだ」と。
「こんな体はセルリアンとおんなじだ」と。
他の子は気にも留めないようなことだった。人間と自分の世界が隔たった所で、べつだん何も気にならない、と考える子がほとんどだった。フレンズの姿でも、自分は動物であるというアイデンティティがあるからだ。
だがアムールトラは、動物として生きた時間の中で、動物としてのアイデンティティを見出すことが出来ずに育った子だ。人間のそばで、人間に愛されることだけが彼女のすべてだった。
そんなあの子にとって、人間と隔絶されることは、きっと生きる意味を失うようなショッキングな出来事だったに違いない。
僕の配慮が足りなかった・・・・・・いや、違う。彼女がショックを受けることがわかっていたから、わざと黙っていた。
思えば今までそうやって生きてきた。誰かに嫌われることが怖かったから。
僕は今年で51歳になる。れっきとした中年で、もう数年したら初老なんて言われるのかもしれない。怯えるように仕事をこなして、気付けばこんな年だ。
じつにくだらない人生だ。
ここ最近の時間の流れは特に早いと感じる。アムールトラの卒業を境に、この研究所も繁忙期を迎えていた。
今この研究所で育てているフレンズは総勢18名だ。アムールトラやクズリだけがいたころとは比べ物にならない大所帯だ。
フレンズを生み出し、訓練を施して、セルリアンに対する戦力として成長させる。それがこの研究所の仕事だ。
ひとつ前提を述べておくと、フレンズには「天然」と「人造」がいる。Cフォースの手で生み出されたフレンズはもちろん後者だ。
天然フレンズは、今から20年ほど前に、アフリカでセルリアンと一緒に発見されたのを皮切りに、希少だが現在も発見例が続いている。
彼女たちの出現は、ある意味セルリアン以上にこの世界を震撼させた。
生物学史上まれにみる大発見であり、謎に満ちた研究対象であり、セルリアンに唯一拮抗しうる存在であり・・・・・・世界中の研究者が虜になっていた。
天然フレンズをどう扱うかという問題に関しては、かなりのゴタゴタがあって、とてもここでは語りつくせないのだが、ともかく容易に手を触れていい存在ではなかった。
そんなゴタゴタの中で生まれ、急速に台頭したのがCフォースだった。天然フレンズの代わりとして、人為的にフレンズを生み出して、セルリアンと戦わせることを目的とした軍事組織だ。
人造フレンズ・・・・・・彼女たちはグレーな存在だ。対外的には、彼女たちは生き物ではなくあくまで兵器であると公言されている。そうすれば外部からのあらゆる追及を躱すことができるからだ。
兵器である彼女たちは、非人道的な扱いを受けていた。
人造フレンズを作るために必要な「フレンズ化施術」はその最たるものだ。
死後間もない動物の亡骸に、ある特定の波長をもった放射線を浴びせ続けることで、細胞を変質させ、フレンズとして蘇生させる。
施術の成功率は、いまだ研究が進んでいないこともあって、よくて半々といったところだった。
蘇生しなかった亡骸は、そのまま火葬場に送られて破棄される。
まれに、体に何らかの障害を抱えたまま蘇生するフレンズもいた。だがセルリアンと戦う兵器として作られた以上は、失敗作とみなされ、破棄される運命が待っている。密室で毒ガスを浴びせられ、息の根を再び止められて火葬される。
人間の都合で勝手に生き返らせられて、また殺されるのだ。
僕にも経験がある。何も知らないまま混乱している蘇生したての人造フレンズめがけて毒ガスのスイッチを押す瞬間は、何度経験しても自尊心が壊れてしまいそうになる。
もうずっと前の話だけど、ストレスに耐えかねて、妻と子供に当たり散らした時期があった。その結果・・・・・・中学校に上がった娘を連れて、妻は家を出ていった。
失礼、話が脱線した。ともかく、フレンズ化施術に倫理的な問題があるのは確かだ。
施術の成功率をもっと高めていくべきと何度か提言しているのだが、上層部や他の研究者はまるで関心を持っていないようであった。
半分の確率で成功するならば十分であると判断しているようだ。もともとがただの動物の死骸なんだから、資金が続く限り施術を繰り返せばいい、失敗作は廃棄すればいいと言わんばかりだった。Cフォースには、セルリアンから人類を守るという目的があるのだから、動物の命など物の数ではないと。
崇高な目的のために、あらゆる手段を当たり前のように正当化する・・・・・・人間がしばしば陥る傲慢さの暴走状態であるというほかはない。
(・・・・・・さて、みんなどうしているかな)
嫌な気持ちを引きずりながらも、僕はなんとか仕事に戻ろうと思った。
ため息まじりに、自分専用のナビゲーションユニットの操作システムを起動すると、多面型ディスプレイの中に、ユニットのカメラ越しの視界が映し出される。
カメラの先には、フレンズ達が体を鍛えるための運動場があった。
東京の地下深くにあるこの研究所は、普段は地上と見まがうくらい明るく広々としていたが、今は意図的に照明が絞られ、薄暗くなっていた。
今は映像学習の時間だ。
天井に設置された3Dプロジェクターが、何もない空間に巨大なスクリーンを投影している。
うちに所属する18人のフレンズ達は、普段は個別に組まれたプログラムで訓練にはげんでいたが、映像学習の時間だけは一堂に会するのだった。
彼女たちはマットとかベンチプレス台とか、運動場の中でめいめい好きな場所に座り込んで、スクリーンをじっと見上げていた。
スクリーンに映し出されていたのは、セルリアンの大群が街中を闊歩している映像だ。
中には数十メートルに達する個体も数体いた。ディザスター級に分類される個体に比べればまだ小型だが、たくましい4本の足で縦横無尽に街を踏みしだく迫力は、この世の終わりのような絶望感を醸し出していた。
フレンズたちの何人かはスクリーン越しに身震いしていた。VRの中でしかセルリアンと戦ったことがない彼女たちにしてみれば無理もない話だ。
だが次の瞬間、信じられないような出来事が起きた。
数十メートル級のセルリアンの一体が突如動きを止めたのだ。4本の足のうち1本が、地面に張り付いて固まってしまったかのようだ。他の3本の足をつんのめらせて足掻くが、まるで底なし沼に落ちたかのように身動きが取れなくなっていた。
セルリアンの足元が拡大されると、小柄なフレンズが足元にしがみ付いている様子が映し出された。
長い黒髪を振り乱し、白い炎の模様があしらわれた上着を肩に羽織ったそのフレンズは、僕がよく見知った子だ。
「クズリ・・・」
彼女が気合いの掛け声を発しながら体を折り曲げると、それと一緒に、セルリアンの数十メートルの巨体が弧を描きながら宙を舞い、そのまま地面に叩きつけられた。
コンクリートに全身を深々とめり込ませたセルリアンが、光をばら撒いて爆散した。
まったく恐ろしい子だ。小柄な体で、どんな大きな相手をも投げ飛ばしてしまうのだから。しかも”どんな”という形容に含まれる範囲の広さが尋常ではない。
投げ技は、相手が大きければ大きいほど天井知らずに威力を増していく。巨大なセルリアンを倒すのに強力無比であると言う他はない。
クズリの活躍に感心していると、映像が別の場面に切り替わった。
別の数十メートル級が眼下の建物を踏み荒らしながら歩いていた。
しばらく経つと、その巨大な胴体の上に1人のフレンズが飛び乗るのが見えた。
あまりに静かで、何の前触れもなかったので、飛び乗られた当のセルリアンですら気が付いていない様子だった。
すらりと背が高く、二つに結んだ豊かな髪を風になびかせる体は、橙と黒の縞模様をしていることもあって、灰色の都会の中では際立ってよく目立つのだった。
「アムールトラ・・・・・・」
僕が息を飲んで映像を眺めている間も、アムールトラは中々行動を起こさずにじっと立っていたが、やがておもむろにしゃがみ込むと、数十メートル級のセルリアンの体にそっと手を触れた。
するとセルリアンがビクリと震えて、気を失ったように力なく崩れ落ちた。動かなくなった体からアムールトラが飛び降りて立ち去ろうと歩き出すと、それを後目にその巨体が四散した。
あれを初めて見た時は、心臓が飛び出しそうなぐらい驚いたものだ。触れただけでセルリアンを絶命させてしまうのだから。
彼女がどうやってあんな力を身に着けたのか、僕には想像もつかない。
その後もクズリとアムールトラは、大小様々なセルリアンを蹴散らし続けた。
クズリは力任せにセルリアンの核を引っこ抜いたり、手近な車両や電信柱などの重量物を振り回して敵を叩きのめしていた。相変わらずの凄まじい戦いぶりだ。竜巻のように、近づいたものをすべて弾き飛ばしてしまう。
一方でアムールトラは、攻めてくるセルリアンの攻撃を最小限の動きで回避し、あるいは受け流して、狙いすました一撃で確実に敵を仕留めていた。その戦いぶりを見ていると、山のように大きな岩のようなイメージが思い浮かんだ。何者にも揺るがすことが出来ない静かなる巨岩だ。
映像を見る限り、クズリとアムールトラ以外のフレンズは映っていなかった。あれほど大量のセルリアンを相手に、たった2人だけで戦わされているのだ。
彼女たちは同じ部隊に所属している。
2人の上官である南米支部司令官ギレルモ・ジフィ大佐は「敵が森に逃げ込んだら森ごと焼き払う偏執ぶり」と揶揄されるほど、戦闘における不確定要素を排除したがる人物と言われていた。当初はフレンズの能力も疑問視していた様子で、極力自分の部隊に入れることを避けていた。
そんな彼がこれほどまでにフレンズを重用しているなんて、彼の中でフレンズに対する認識が完全に変わったとしか思えない。
たった2人でセルリアンの大群を見る間に全滅させると、画面が2分割されて、クズリとアムールトラをそれぞれ近くに映し出した。
この映像を撮影した人間にとっても、凝った映像を編集する余裕があるぐらい、大した戦闘ではなかったようだ。
ガッツポーズを取って勝利の雄たけびを上げるクズリ、静かに立ち尽くしたまま一息つくだけのアムールトラ。
最後まで対照的だった2人を映像に収めながら、画面が暗転した。
運動場の明かりがすべて灯り、スクリーンは何もない空間へと戻っていった。
映像学習の時間はこれで終わりだ。
激しい戦闘の様子を息を飲んで眺めていた18人のフレンズが、一様に興奮した様子で
互いに感想を言い合っていた。
≪やっぱりクズリさんは最強だ!≫
≪アムールトラさんもすごい・・・・・・何やってるのか全然わからないんだもん!≫
この映像はうちだけじゃなく、世界中のCフォース各施設に出回っている。訓練中の人造フレンズに、先輩が活躍する映像を見せて、モチベーションアップを図るのが目的だ。基礎カリキュラムのひとつとして映像の視聴が義務付けられていた。
確かに効果的だとは思うが、僕は好まなかった。
アクション映画なんかを見せて、戦いへの心理的抵抗をなくさせるという、紛争地帯で少年兵を洗脳する時にしばしば行われている方法に酷似しているからだ。
確かに、戦わせるために彼女たちを育ててはいるが、こんなやり方が良いとは思えない。洗脳などは、彼女たちがそれぞれ持っている個性を曇らせてしまう愚策だ。
そう言ってやりたかったが、上層部の命令に意を唱えるわけにもいかず・・・・・・胸の内にしまうことしか出来なかった。
こんな映像を繰り返し見せられて育ったフレンズたちは、どの子も「2人みたいに強くなりたい!」と口にしながら訓練に励むようになっていた。
もちろん他の強いフレンズたちの戦闘映像も出回っては来るが、最近はクズリとアムールトラの映像が半数以上を占めていた。
クズリとアムールトラ・・・・・・正式な登録名称に倣うならば、ウルヴァリンとシベリアン・タイガーは、今やCフォースが誇る英雄だ。
2人とも僕の手によって生み出されたフレンズで、奇しくもこの東京の地下研究所で同時期に居合わせて、育ったのだ。
早熟なクズリは、見る見るうちに力を付けて一足先に戦場に向かい、セルリアンを相手に死に物狂いの狂騒の中でさらに実力を付けていった。
逆にアムールトラは、研究所の訓練だけでは思うような成果が出ずに伸び悩んでいたので、一か八か非合法な方法で、ある1人の死刑囚のもとへ送り込まれた。その男を師と仰いで技を磨き、今の強さを手に入れた。
幼馴染として育った2人が、それぞれまったく逆の生い立ちを送り、戦闘スタイルすらも正反対でありながら、共にCフォース屈指の戦力として成長を遂げた。
誰が言い出したのか「無敵の野生」と「最強の養殖」なんてキャッチコピーまで付けられている。早熟で、実戦の中で叩き上げで成長したクズリが野生なら、人間の手でじっくりと育てられた遅咲きのアムールトラは養殖ということか。
2人の英雄の存在は、訓練中の後輩たちだけでなく、Cフォース全体のモチベーションをも上げていた。
第3、第4の英雄を一刻も早く生み出すべきだ、と誰もが口々に息巻いていた。
高まり続ける人造フレンズの需要が、今ここに極まったような感じだ。
近々、大規模な予算案が満場一致で可決される予定だった。フレンズ化施術の件数を現在の3倍近くまで増やすというのだ。罪なき屍の数も3倍に増えるだろう。
施術を行える研究施設を世界中に増設するというプロジェクトもそれに付随してくる。まるで人造フレンズの粗製乱造だ。
絶対にやるべきではない。出来ることならやめさせたい。
だけど僕には、99%に反目する1%になる勇気がない。この51年間の人生で、そんなことをやったためしがない。思いを胸にしまって、なかったことにする努力をしてばかりだった。きっとこれから先も・・・・・・
「ねえ、ヒグラシ所長」と、呼びかけられて、僕は物思いから我に返った。
他の子が映像の感想をワイワイ言い合っている中で、僕が操作するナビゲーションユニットを見上げて声をかけてくるのは、白くてふかふかした髪の毛に、丸く湾曲した2本の角を生やしたフレンズだ。
彼女の名はメリノヒツジ。
のんびりとした佇まいとは裏腹に、僕が今育てている18人の中では一番実力がある子だ。頭の角を象った二又の槍を自由自在に振り回して敵を倒す槍術の名手だ。
白髪の間からのぞく眠そうな瞳はいつも通りだったが、その表情はいつになく不安気だった。
僕はその理由をよく知っている。彼女はもう十分に成長したために、近日中にここを出て戦場に送られるのだ。いくらマイペースな彼女とはいえ、どんなに不安な気持ちでその日を迎えようとしているか想像に難くない。
「所長にお願いがあるの」
「言ってごらん。僕に出来ることなら」
「ぼくが戦場に行っても、ぼくにご本を読ませてほしいの。だから、ご本を送ってほしいの」
メリノヒツジは読書が趣味だった。
アムールトラがここを卒業してから少し後に始めたことだけど、僕独自のカリキュラムとして、ここのフレンズには簡単な読み書きを教えることにしていた。彼女達に本を読ませるためだ。
食堂や運動場の片隅など、広い場所には本棚を設置して、そこにある本をフレンズたちが自由に読めるようにしていた。絵本とか、漫画とか、ファッション誌とか・・・・・・とにかく雑多な書籍だ。ほとんどはうちの職員がいらなくなった私物からかき集めたものだ。
これには僕なりのきちんとした理由がある。その子がどういう本を好むかということは、その子を知る手がかりになり得るからだ。
訓練プログラムにも直結する重要な情報だ。
メリノヒツジは、童話や児童文学を取り分け好んだ。
彼女が普段よりもぼんやりとした顔をしている時、それは物語に思いを馳せている時だった。物を教えるときも、物語を例にして示せば、がぜん食いつきが良かった。
他のフレンズとつるむよりも、本を読んでいるのが性に合うみたいだった。
もしこの先アムールトラと会う機会があるなら、大人しい性格をしているフレンズ同士、良き友人になれるかもしれない。
「お安い御用だよ。食料や嗜好品を送ったりしたら問題になるだろうが、本ぐらいだったら許されるだろう。君が配属される中国支部にさっそく了解を得てくるよ」
僕の返答を聞いたメリノヒツジの顔つきが、にわかにパッと明るくなる。彼女はご機嫌な様子のまま言葉をつづけた。
「ヒグラシ所長、ぼく昨日”泣いた赤鬼”を読んだよ」
「ほーお・・・・・・」
泣いた赤鬼。僕も幼いころに読んだことがある、とても有名な童話だ。
人間と仲良くなりたい赤鬼のために、親友の青鬼が一芝居うって、赤鬼の念願が果たされるという筋書きだ。だがその代償に青鬼は赤鬼の所から去ってしまう。
子供心に胸が痛くなるような悲しい話だったと記憶している。
「ぼく、青鬼に勇気をもらったよ」
「どういうことかね」
メリノヒツジの読書評は思わぬものだった。悲劇の物語に勇気をもらうとは一体?
それも、1人孤独に消えていった青鬼に。
彼女はじっと目を閉じて、眉間にしわを寄せていた。彼女の脳裏に物語の情景が鮮明によぎっているであろうことを感じ取る。
「赤鬼は、村人とも青鬼とも仲良く暮らしたかった・・・・・・でもそんなの無理。両方選ぶことなんて出来ないの。でも青鬼はそれをわかってたから、きちんと選んだの。だから偉いの。ぼくもこれから先、何かを選ぶ時、きちっと自分の頭で選ばなきゃって」
メリノヒツジの言葉は、僕の痛い所を突いているような気がした。語り継がれる物語っていうのは、いつの時代にも、誰の心にも刺さる普遍的な内容に違いない。
「さすが読書家の君だ。いいことを言う」
「所長?」
「ひとつだけを選ぶ勇気か。本当に大事なことだね」
今度は僕が、言葉の意味を噛みしめるように、じっと目を閉じた。何を選んで、何を捨てるか。
僕がするべきことはなんだろう。
かけがえのない友人たちのために今僕が出来ることは。
to be continued・・・
_______________Cast________________
哺乳綱・ネコ目・ネコ科・ヒョウ属トラ亜種
「洋名シベリアン・タイガー 和名アムールトラ 二つ名“最強の養殖”」
哺乳綱・ネコ目・イタチ科・クズリ属
「洋名ウルヴァリン 和名クズリ 二つ名“無敵の野生”」
哺乳綱・コウモリ目・オオコウモリ科・オオコウモリ属
「洋名インディアン・フライングフォックス(俗称メガバット) 和名インドオオコウモリ」
哺乳綱・霊長目・クモザル科・クモザル属
「洋名ジェフロイズ・スパイダーモンキー 和名ジェフロイクモザル」
哺乳綱・鯨偶蹄目・ウシ科・ヤギ亜科・ヒツジ属
「ヒツジ(メリノ種)」
_______________Human cast ________________
「日暮 啓(ひぐらしけい)」
年齢:51歳 性別:男 職業:Cフォース日本支部所属 生体兵器研究所所長
_______________The Power of Next (野生解放の先にある力)
「勁脈打ち」
使用者:アムールトラ
概要:アムールトラが亡き師から授けられた奥義が、先にある力として開花したもの。己と相手以外を意識から完全に消しさるほどの“極限の集中力”を糧にして発動する。他の物体をすり抜けて目標物のみを破壊する恐るべき技であり、成功すれば巨大なセルリアンをも一撃で倒すことが出来る。筋力やスピードではなく、生命力を威力に還元する性質を持つため、ヒトを凌駕する生命力を持つアムールトラは、師が使っていたそれを遥かに上回る威力で放つことが出来る。ただし、経験不足のために発動までに時間がかかり過ぎるため、使用できるタイミングが極端に限定される。
「??????」
使用者:メガバット
概要:メガバットが未来予知とおぼしき能力を持っているであろうことを、仲間たちの何人かはすでに察しているが、具体的にどういう能力で、糧となる感情が何なのかは誰も知らない。彼女自身が意図的に秘匿しているものと思われる。
_______________Story inspired by________________
“けものフレンズ” “けものフレンズ2”
byけものフレンズプロジェクト
“けものフレンズR”
by呪詛兄貴