強き獣も、弱きヒトも、等しく運命に翻弄される奴隷だった。
人造フレンズの増産計画を中止させるため、自分が取りうる方法で周囲に訴えることにした。
増産に使う予算をフレンズ化施術の成功率を上げるための研究費に回すべきだと主張したのだ。
まずは上層部への意見書の提出を行い、さらに日本政府や各国の関係者各位にはメールにて直接連絡を取った。
またCフォースのホットライン上にて賛同者を募るための動画も流した。
だが、結果は惨憺たるものだった。「現実からかけはなれた理想論」「時勢を無視した不穏当な発言」などの冷たい言葉しか返ってこなかった。
それでも親しい間柄の研究者仲間の何人かは味方してくれるのではないかと思っていたが、彼らは一様に沈黙し、僕のことを避け始めた様子だった。
今のCフォースは軍部も研究者も、人造フレンズを一刻も早く戦場に大量投入したいという考えが趨勢を占めており、そのなかで僕だけが異を唱えた形だった。
かなりの反発が返ってくることは予想していたが、それにしても・・・・・・と思うしかなかった。
≪call.call≫
所長室のデスクに顔を伏せて途方に暮れていると、無数のディスプレイの中のひとつが白く点滅しコールサインが鳴り響いた。Cフォース関係者の誰かが僕にビデオ電話をかけてきているのだ。
ディスプレイをタッチし回線を開いた。
≪調子はどうかね? ヒグラシ君≫
刻み込まれた皺を愉快そうに歪ませた老紳士がディスプレイに現れた。片目にかけられたモノクルからは冷たい光が反射している。
小ざっぱりとした洋装の上に白衣をまとった姿勢の良い佇まいは洒脱であり、冷徹さにも似た気品が漂っていた。
彼の名前はグレン・ヴェスパー。
Cフォースの本籍地があるアメリカはアトランタ研究所の所長であり、Cフォースの研究者の中ではもっとも上の地位にある人物だ。僕にとっては駆け出しの時期から世話になった先生でもある。
だが彼は人造フレンズ増産計画の主導者でもあり、フレンズに対して非人道的なスタンスを貫く人物であったため、最近は距離を置かせてもらっていた。
そんな彼がこのタイミングで僕に連絡を寄越してくるとは、嫌な予感しかしなかった。
蛇に睨まれた蛙のように沈黙した僕に向かって、彼は告げた。
≪残念ながら、君には日本支部の所長の座から下りてもらうことになった。先ほど決定したことだ≫
「・・・報復人事ということですか」
≪情勢を理解せず周囲の足を引っ張るような発言をする人物に、責任ある立場は任せられん・・・・・・それに、君のことについて極めてよくない噂が流れている≫
場の空気は完全にヴェスパー教授に握られている。彼が猛獣ならば、僕は仕留められる瞬間を待つ無力な草食獣だ。合間合間に訪れる沈黙の中でもてあそばれているような気分になりながらも、返答を返すしかなかった。
「よくない噂? それはどういう」
≪君が“パーク”の人間と内通しているんじゃないか、という噂さ≫
パーク・・・・・・それはセルリアンとのみ戦う軍隊Cフォースが、唯一敵対している民間組織の名前だ。
話は二十年前、アフリカにて天然フレンズが発見された時に遡る。発見されたフレンズの扱いをめぐって、研究チームの意見が真っ二つに割れてしまったのだ。
片方は、フレンズをセルリアンに対する対抗力として最大限に活用するべきだと主張した。
もう片方は、フレンズを尊重するべき生命であるし、保全に努めるべきであると主張した。
フレンズ活用派と保全派の論争は、やがて世界中の政財界や有識者の間にも波及し、互いに一歩も譲らぬ状況となっていった。
僕もそこにいた。当時から活用派の中心人物として影響力を発揮していたヴェスパー教授の教え子の1人だった。
発言力のない駆け出しの若造だった僕には黙って状況を見守ることしかできなかった。
同じ研究チームとして苦楽を共にした仲間たちとの間に徐々に亀裂が走り、やがてそれは消すことの出来ない禍根として顕在化していったのをよく覚えている。
僕には保全派の道を選ぶ未来もあった。しかし結局はヴェスパー教授の弟子としての義理や、セルリアンから人類を守る大義を重視して、活用派に籍を置き続けた。
最終的にはフレンズ保全派が勝利した。
熱烈な動物愛護主義者だった時のアメリカ大統領夫人が上げた声明を皮切りに、人間社会に出現してしまったフレンズを是非とも愛護しようという流れが全世界に波及したためだ。
そうして天然フレンズは保全派のもとで庇護されることになった。
「いつかフレンズが幸せに暮らせる
この時の保全派の代表者だった人物が残した言葉だ。
楽園という場所は現実には存在しない。彼らが思い描く概念の中にあるだけだ。
この言葉がいつしかフレンズ保全派の名称として定着していった。彼らは自分たちのことをそう名乗った。そして彼らを嫌う者たちも、頭の中に楽園を思い描く空虚な理想主義者、と侮蔑的なニュアンスを込めてその名で呼んだ。
二十年前の論争の勝利者であった“パーク”だったが、彼らは今や地下に潜伏して久しく、得体の知れない草の根的な活動に勤しんでいる様子だった。天然フレンズの所在も彼らの手で完全に隠蔽されている。
彼らは人知れず、フレンズのための楽園を本当に作ろうとしているのかもしれない。
一方で当時の敗北者だったフレンズ活用派は、人為的にフレンズを作り出す技術を完成させ、それによってセルリアンに対するフレンズの有用性を世界に示した。
各国の政財界や軍部が無視できない存在感を持ち始めた活用派は、それらから急速に人員を吸収併合することで世界中に影響力を持つ巨大組織へと変貌を遂げた。
Cフォースの誕生だ。
「僕がパークの人間と内通していると? どこからそんな話が・・・・・・ヴェスパー先生、あなたも僕が裏切り者だとお思いで?」
≪そんなことはありえないと思っているよ。そうだろう? ヒグラシ君≫
「僕はこの20年間、Cフォースの大義を信じてきました。それは今でも変わりません。ですが人造フレンズの扱いについて見直すべきではないかと思い、具申したのです。彼女たちはCフォースのかけがえのない仲間ではありませんか」
≪君は状況をわかっていない。自分がどれほどセンシティブな発言をしているか≫
違和感のあるやり取りだった。僕個人に対しては別段怒りや不信を見せず、かといって僕の言い分は門前払いし、あまつさえ有無を言わせぬ態度で所長の職を辞するように強要してくる。ヴェスパー教授がそうまで言う理由は何なのか。
≪知っているかね? 我々と、パークの争いが再び激化しようとしていることを。二十年前どころではない。今度は言葉ではなく、銃弾でもって雌雄が決せられることになるやもしれぬ≫
「地下組織と化した彼らに、何か目立つ動きがあったというのですか?」
≪奴らはどうもここ最近、我々の近辺を嗅ぎまわっているようだ・・・・・・我々の努力が身を結んでいるのが気に入らんらしい。天然フレンズのみならず、我らが人造フレンズまでも手中に収めようとしている可能性がある。まったく汚らわしい強盗どもだ≫
「・・・・・・そんなことが」
≪このご時世に君の発言は極めて不穏当だった。パークの連中を彷彿とさせるような、フレンズに過度に温情的な物言いをしたことで、Cフォース内での君の信頼は地に落ちてしまった。私とて君をかばい切れぬ≫
ヴェスパー教授は、懐から年代ものの葉巻をおもむろに取り出すと、封を切りジップライターで火をつけた。立ち上る紫煙越しに、うろたえる僕の姿を見つめている。
持ち前の洗練された洒脱な動きから、彼の真意はまるで読めなかった。ただひとつ言えることは、言葉とは裏腹に、僕に温情をかける気など毛頭ないだろうということだ。
彼にとっては自分以外の人間は盤上の駒でしかないことはよく知っている。今では人造フレンズも駒に加わった。
≪君に失った信頼を挽回するチャンスを与えたい。君は私の二十年来の教え子であり、優秀な科学者だ。再び返り咲いて見せろ≫
「チャンスというと?」
≪ある重要なプロジェクトに参加してもらいたい。これが成功すれば、我々の勝利は確実なものとなるだろう・・・・・・さて、入ってきなさい≫
ヴェスパー教授が僕から目を逸らして真横を向くと、視線の先にいる何者かに手招きをした。
見切れた空間からディスプレイの中へ人影が割って入ると、教授の前で足を止め、僕に向きなおり会釈した。
≪お目にかかれて光栄です。ヒグラシ先生≫と、下げた頭を戻して僕を見つめてくるのは、豊かな金髪をゆったりと後ろにまとめた容姿端麗な女性だった。
≪私はイヴ。イヴ・ヴェスパーといいます。このたび父の仲介で、あなたと仕事をさせていただくことになりました≫
ヴェスパー教授の娘と名乗るその美人は、見た目は20代そこそこという若々しい容貌だった。
すでに70を超える教授と見比べると、いささか若すぎる気がしないでもないが、僕の知る限りでもプレイボーイで有名だった教授が、中年期になって新しい妻を迎えて生まれた子供がいたとしてもなんら不思議ではない。
その金髪碧眼は父親譲りだったが、顔立ちはあまり父に似ていない。面長な美形の父に比べると、小動物のように柔和な顔立ちだ。フレームレスのメガネの中に覗かせる大きな瞳は年齢よりさらにあどけない印象を与えている。だがこれはこれで、人を引き付ける非凡な魅力があるのは間違いない。
≪私、ヒグラシ先生にずっと憧れていました! ウルヴァリンとシベリアン・タイガーを育てあげた功績は素晴らしいです! 先生こそがCフォースで一番フレンズの教育に秀でていると思っています!≫
イヴ女史は会うなり僕のことを褒めちぎった。ついさっきまで教授に締めあげられていたというのに、いきなりそんな言葉をかけられては面食らう他はなかった。
それにクズリとアムールトラのことに関しては、僕の功績ではないと弁解したかった。彼女たちが生まれ持った才能と努力で必死に勝ち取った、彼女たち自身の功績だ。
この場においては余計な口を挟めるような空気ではなく、黙って相手の出方を伺うことしか出来なかったが。
≪そんなヒグラシ先生に協力して欲しいんです。私と一緒に“最強の人造フレンズ”を作ってくれませんか!? 先生と私ならばきっと出来ます! セルリアンから人類を守るためには一番の急務です!≫
「それがプロジェクトの主旨ですか?」
≪それだけではないがな・・・・・・まあ、このように落ち着きのない我が娘だが、優秀さは折り紙付きだ。いずれ私の後を継いでもらおうと思っている。今回君に与える仕事は、イヴの補佐をすることだ≫
言葉の節々に感嘆符が付くくらい鼻息が荒い娘に、落ち着き払った父が割って入った。
イヴ女史は見た感じ、若さゆえの情熱が少々先走り過ぎている印象だったが、Cフォースの繁栄を至上の命題とするヴェスパー教授が後を継がせたいというぐらいなのだから、単なる身内びいきではなく、本当に優秀なのだろう。
優れた才覚と、美貌と、父親の後ろ立て・・・・・・三拍子そろった彼女の前途は希望に満ちていることだろう。僕なんかとは比べ物にならない。
「ご息女の補佐が、僕などでよろしいのですか?」
≪イヴたっての希望だったのだよ。とりあえず、今月中に身辺整理をして、来月一日にアトランタに来たまえ。プロジェクトの詳細を追って伝えよう。この場ではこれ以上は話せない。長時間の通話は盗聴を受ける危険があるからな≫
有無を言わせぬ態度のヴェスパー教授が立ち上がると、画面の外へと去って行った。それに遅れてイヴ女史が今一度こちらに会釈すると、満面の笑みを浮かべながら≪お待ちしていますね≫と告げた。
それを最後に、ディスプレイの映像がブツリと途切れて、元の暗黒に戻った。
重苦しい静寂の中で僕は再び頭を抱えた。心臓がうるさいぐらいに跳ね回る音が聴こえる。
僕が一から立ち上げた東京研究所を離れなければならない日がくるなんて思ってもいなかった。
ヴェスパー教授は後任人事のことについては何も言及していなかったから、少なくとも後任は僕が選べるということだろうか。それならば副所長の彼に、いや第一主任の彼女か? 僕の考えをもっとも理解してくれる人物に後を託さなければいけない。
ここにいる18人のフレンズたちにも別れを言わなくてはいけない。彼女たちは少なからず不安を覚えるだろうが、何も言わずに去るわけにはいかない。
数年前から別居している妻と娘には何と言えば良いだろう。仕事しか取り柄のない男が、失言ひとつで左遷させられるなんて無様な話を・・・・・・妻からは今度こそ完全に離縁されるかもしれない。
ふと思考の中に引っかかるものを見つけた。そうだ、失言ひとつで左遷というのは、どう考えても不自然だ。いくら不穏当な主張であっても、正当な手続きを踏んでのものなのだから、一方的に罰せられるのはおかしい。
やはりヴェスパー教授が権力にものを言わせて強引な人事を? 僕を助手に付けたいと希望した愛娘のために? だがいくら彼でも、巨大組織の中で、こんな短期間に右から左へと物事を運ぶことは不可能だ。
あらかじめ何らかの仕込みをしていたのなら別だが・・・・・・
さまざまな事柄が頭に圧し掛かって処理できなくなり、思考の中でもっとも重く純度の高い事柄が頭をもたげてきた。
______今のCフォースは間違っている。
イヴ女史は“最強の人造フレンズを作る”と豪語した。だが最強などという言葉からして、僕に言わせれば既に見当違いを起こしている。
フレンズはもともとは動物だ。野生を生き延びるために進化した彼らには、最強なんて概念はない。それぞれの適材適所があるだけだ。僕らに出来ることがあるとすれば、その適材適所を磨きあげる手伝いをすることだけなんだ。
最強なんて言葉は、人間のエゴが作り出した妄想だ。20世紀初頭、妄想に突き動かされた人間は“最強の爆弾”を作った。爆弾は人間を救ってくれたか?
救いがあるとするならば、失敗から学ぶことが出来た時だ。
動物が生存確率を上げるために、適材適所を進化させていったのと同じだ。よりよく生きるためには、失敗から学んで進化しなければいけない。進化できない種族に待っているのは淘汰の運命だけだ。
イヴ女史のフレンズに対する考えは、おそらくは父親とそう違いがないものなのだろう。これから彼女の下であてがわれる仕事のことを思うと、嫌な予感しかしない。
僕の気持ちを洗いざらいあの父娘に言ってやりたい。言いたくても言えない自分が情けない。
なぜだかふと、アムールトラの姿が思い浮かんだ。このところ戦闘映像で目にする機会が多いからだろうか。それに、彼女に伝えようとして伝えられないでいる“要件”があることも重なっているからかもしれない。
大人びた端正な顔立ちに無垢な瞳を輝かせるその顔を思い浮かべると、まだあの子がこの研究所にいたころが昨日のことのように思い出される。
結果が出なくて悩んでいるあの子に声をかけると、彼女は決まって何かを見つめるように遠い目をしていた。それは己が思い描く目標だったのだろうか?
それから彼女は努力して、言葉に尽くせぬぐらいの努力を重ねて、あれほどまでの力を得た。
本当に強い子だ。
アムールトラに比べて、この僕のなんと弱いことだろう。
◇
「わあ、すごい・・・!」
窓ガラス越しに眼下の景色を眺めながら、その素晴らしさに思わずため息をついた。
照り付ける太陽に黄色く照らされる大地も、木々も、果てしなく終わりがない。どこまで行ってもその豊かさが途切れることなく広がり続けている。
生い茂る樹木の間を、宝石みたいな鮮やかな色をした無数の鳥が飛び交っている。あの中からフレンズになる子がいたら、どんな姿になるんだろう・・・・・・考えてみたらあんまりよくない想像だ。一度死ななければフレンズにはなれないのだから。
「クズリも見てみなよ」
「うるせえぞバカトラ・・・・・・ガキみてえに騒ぐな」
クズリは赤い絨毯に大の字に寝転んだまま、冷たく私をあしらった。外の景色なんてまるで興味がないといった感じで目を閉じている。
まあ彼女らしいか、と思って黙りながら、再び視線を外に戻した。
私とクズリは今、Cフォースが所有する小型ジェット機に乗せられて、新しい赴任先に向かっている。
行き先は「Cフォースアフリカ支部研究所」だ。機体はすでにアフリカ大陸に到着し、果てしない黄金の大地の上を飛んでいる。
この命令を最初に聞かされた時は怪訝に思った。
アフリカはセルリアンの発生源で、Cフォースが手出し出来ないでいる危険地帯であると聞いていたのに、研究所があるなんて、それまでの話とまるで矛盾している。
でもそれ以上詳しいことは教えてもらえなかった。詳細はすべて現地で聞くようにと告げられて、後はなしのつぶてだった。
もうひとつ意外だったのは、アフリカがブラジルに負けないぐらい美しい土地だったことだ。
てっきり、地獄みたいな所だろうと思っていた。あの特急拘置所みたいな場所だとばかり。だってセルリアンの巣窟だってことしか知らなかったんだから。
つい最近、私がまる1年所属していたブラジルのフレンズ部隊に大規模な配置替えがあった。最初は51人だった部隊が、ここのところ300人に達しようとしていた。
冷静な戦術眼を持つジフィ大佐は、大所帯を一か所にまとめるよりも、その300人をいくつにも分散させて、ブラジルの国土を手広く守らせた方がいいと考えて、配置換えの命令を下した。
隊長のメガバット、じつは副隊長格だったスパイダー。エースと呼ばれているクズリと私は、ブラジルの部隊から外されて、違う場所で任務を与えられることになった。
これで世話になった2人とはなればなれだ。彼女たちぐらい優秀だったら、どこに行ってもうまくやっていくんだろうから、別に心配はしていない。
逆に自分の今後が心配だ。2人の助けなしで、果たしてどこまで戦えるのだろうか。
他の仲間たちと離れるのも寂しかった。
彼女たちと知り合う前は、他のフレンズと仲良くやれるか不安で仕方がなかった。でも、いざ仲間になってみればみんな優しくて、私のことを受け入れて友達になってくれた。
ブラジルで過ごした一年間が思い出される。
大半はセルリアンと戦ってたけど、そうじゃない時だっていっぱいあった。ジフィ大佐がフレンズを交代制できっちり休ませてくれていたからだ。疲れや負傷で使い物にならない者を戦場に出すことを嫌ったからだろう。
私たちが主な任務としていたのは、大西洋の向こうから襲い来るセルリアンから海岸線沿いの都市を守ることだった。だから必然的に海の近くで過ごすことが多かった。
戦いの合間の休暇では、仲間たちにビーチに連れてってもらって、そこで遊んだ。
ゴム製の玉を使ったサッカーって遊びはみんな大好きで、戦う時でさえ休暇のサッカーのことが頭から離れないフレンズがいたぐらいだ。
私が一番熱中したのは海で泳ぐことだった。最初は体が水に浸かることが怖かったけれど、慣れてしまうと全身で水の感触を感じるのが気持ちよくて、時間を忘れるぐらいに楽しんでいた。
私に泳ぎを教えてくれたのは、ブラックパンサーという同じネコ科のフレンズだった。彼女が言うところによると、ネコ科にはトラも含めて泳ぎが上手な種が結構多いんだとか。
中でもパンサーに近い種であるジャガーっていうネコ科は、魚と同じぐらい泳ぎが上手いって言ってたけど、本当ならすごいことだ。ネコ科にもいろんな子がいるんだな。
メガバットと過ごした時間も忘れられない思い出だ。
私はゲンシ師匠との修業以来の習慣で、夜眠るときは横にならずに、座禅を組んで瞑想にふけることにしていた。メガバットとはそういう時間によく一緒に過ごした。
海の近くにはヤシの木以外にも、ガジュマルっていう、枝が四方八方に広がるとても大きな木があちこちに生えていた。ガジュマルの木は私たちのお気に入りの場所だった。
私は木陰で座禅を組んで、メガバットは枝に逆さまにぶら下がって、2人で一緒に寄せては返す波の音を聴いていた。彼女とそうしていると、1人で瞑想している時よりも落ち着いて、不思議な感覚だった。
色んな話もした。私は自分が好きな花や植物の話を、色や形の見た目を語って聞かせた。目が見えない代わりに色んなものが見える彼女は、自分には花や木がどんな風に見えているか聞かせてくれた。
もし今メガバットが隣にいて、一緒にアフリカの大自然を眺めていたとしたらどうだろう?
私は目で見た景色の美しさを話し、彼女は耳で聴こえたものを話し、それを言い合って、共有して・・・・・・とても楽しいんだろうな。
今隣にいるのはクズリだけだ。彼女だけが私と同じ場所への赴任を命令され、変わらず一緒だった。
彼女とは一番付き合いが長いのに、今でもあんまり仲良くなれてない。
ブラジルでの共同生活でも、彼女は1人でいることが好きなようで、みんなと遊んだりしなかった。戦い以外の時も、何かに取りつかれたようにトレーニングに励んでて、近づきがたい雰囲気を出していた。戦っている時は心底楽しそうなのに、それ以外の時はつまらなそうにしていた。
スパイダーなんかはクズリに何気なく近づいて行って軽口をたたき合ったりしてたけど、私が話しかけると、決まってスパーリングを挑まれて、どっちかが怪我をするか、周りから数人がかりで止められるまでは終わらないのだった。いつ実戦になるかわからないのにそこまでする意味がわからない。
「“ワンキルパンチ”でオレを打ってみろ」って、勁脈打ちを使うようにせがまれる時もあったけど、さすがにそれは全力で拒否した。あれは味方に使っていい技じゃない。
そんなことが重なると、さすがにむやみに話しかけなくなっていた。
(もっと仲良くなれないのかな)と、内心独り言ちながら、すぐそばの座席に腰を下ろした。風景を愛でる気持ちも萎えてしまって、代わりにジェット機の内装を見回してみた。
クズリは相変わらず床に寝そべって、気怠そうにあくびしていた。
この部屋には私とクズリしかいないのに、2人が寝転んでも有り余るぐらいのスペースがあって、手触りの良い赤絨毯が敷かれていた。
絨毯の上には体が沈み込みそうなぐらいにゆったりとした座席がふたつに、綺麗な細工が施された大理石のテーブルが備え付けられていて、まるで王様やお姫様のお部屋みたいだった。
テーブルに置いてあった飲みかけのグァバジュースを飲み乾した。舌がしびれるくらいに甘ったるい。これはもう飲みたくないな・・・・・・さっぱりとしたヤシの実ジュースで口直しがしたい。
この機体はプライベートジェットっていうのを改装したものなんだとか。ヒトの中でもお金持ちが少人数で乗っていたものらしい。
この広い部屋と操縦席までとは一続きだったけど、放射能避けのために分厚いガラスで仕切られていた。フレンズを運ぶために、こんな機体にまで手が加えられるんだな。
貨物と一緒にガラスの檻に閉じ込められていた時とはずいぶんちがう。
「ちょ、ちょっといいかな?」と、防護服に身を包んだパイロットの1人が、操縦席を立って部屋の中に入り、ガラス越しに私たちを見ていた。
「2人を撮らせてくれよ」
許可を求めたのか何なのか、言葉を言い終える前には端末から光が放たれていた。椅子に座りながらドギマギする私と、絨毯に寝転んだまま無視しているクズリを写真に収めたのだろう。
「これでダチに自慢できる!」と、パイロットが機嫌よく踵を返して操縦席に戻っていった。
ここのところ、Cフォースのヒトたちは私とクズリのことを英雄とか言って持てはやして、今みたいに写真を撮ったり、戦闘中でもナビゲーションユニットを使って戦いの様子を撮影していた。
このジェット機みたいな豪華な乗り物に乗せてもらえるのもその一環だろう。
「クソだりぃ・・・・・・早くセルリアンと戦わせろよ」と、クズリは横になったまま天井に向かって手を突き上げると、ミシミシと拳を握りしめた。
「アフリカのセルリアンが一番ヤバいんだろ? 楽しみだよなァ・・・・・・思えばブラジルもセルリアンの数は多かったけど、強えのはそんなにいなかったよな。あのハーベストマンとかは結構良かったけどよ」
握りしめた拳の中に、クズリの思い出が蘇っているようだった。彼女が愛するのは、強いセルリアンと戦って勝つことだ。
最初は自分を一度殺したセルリアンを憎んで“復讐したい”と言っていたけど、今やセルリアンとの戦いがかけがえのない生き甲斐になっているようにしか見えない。
「ねえクズリ、セルリアンを全部倒した後のことを考えたことってある?」
「急になに言ってやがんだ?」
「このまま戦い続けていれば、戦わなくていい日が来るかもしれないじゃないか」
「・・・・・・まずはてめえとの決着を付ける。オレのほうが上だって周りに証明してやるのさ。どうも最近“2人は互角”とかってヒトが騒いでやがって鬱陶しいんだよな」
楽しそうに語るクズリを見ながら「あーあ」とため息をついた。聞くんじゃなかった。やっぱりそう来たか。本当に言うことがブレないやつだ。
「私なんか君に勝てっこないよ」
「てめえのそういうノリ悪い所うぜえんだよ・・・・・・ていうか、てめえこそどうするつもりだアムールトラ?」
クズリに質問を返された形になったけど、うまく答えられなかった。
いくつかやりたいことはあった。
まずは東京の研究所に帰って、ヒグラシ所長と色々話がしたい。気まずいままの別れになっちゃったから、仲直りがしたい。ヒトとフレンズの隔たりはあるにしても、彼が私の恩人なのは間違いないのだから。
そしてサツキおばあちゃんがいるっていう老人ホームに行かせてもらいたい。対面が無理でも、車の中とかから、遠目でおばあちゃんの姿を見せてもらいたい。
それが終わったら、ゲンシ師匠が残してくれた修業の続きがしたい。東京の研究所には、師匠の遺言と一緒に私宛に送ってくれた大量の書物がある。それには師匠が一生をかけて極めた空手の技が記されてる。所長に頼めば書物を音声化してくれるだろうから、字が読めなくても修業は出来る。
・・・・・・でも、そういうこととは違うんだよな。それらは私にとって大事な用事ではあったけど、この先の人生そのものじゃない。
にわかに不安になってきた。戦いが終わったら、私に何が残るんだろう。
セルリアンと戦うために動物からフレンズに生まれ変わらせられた私は、用無しになってしまうんじゃないだろうか?
まるであのサーカスにいた時みたいに、誰からも必要とされない存在に・・・・・・。
サツキおばあちゃんは私に無償の愛を与えてくれたけど、でもそうしてくれるのは特別な相手だけなんだって、今では思う。
この世界で生きていくためには、何かの役目を果たさなければならない
私は今まで「ヒトを守りたい」と思って戦ってきた。
その気持ちが最初に芽生えたのは、私が一度死んだあの夜だ。
まだただのトラだった私は、セルリアンに成す術もなく殺されていく自衛隊員に加勢した。彼らはまだ言葉も通じない私に向かって、感謝の気持ちを示してくれた。
初めて誰かの役に立てたと思った。それがとてもうれしかった。生まれてはじめて「私に出来ること」を見つけたように思った。
フレンズとして生き返ってからは、なおさらそれが私の役目なんだと信じた。役目を果たすための力もゲンシ師匠が授けてくれた。
私はクズリと違って、戦いは好きじゃない。でも戦うことは間違いなく私の居場所なんだ。
英雄とか呼ばれてヒトに褒めてもらうのも悪い気分じゃない。お前はそこにいていいんだよ、って言ってもらってるような気がした。
居場所がなくなったら、私はどうなるんだろう。
「・・・・・・ていうか、戦いが終わるのなんてだいぶ先のことだろ。セルリアンはそこらじゅうにワンサいやがる。いくらぶち殺してもキリがねえ」
不安げに黙り込む私に、クズリがそう言ってきた。
確かに彼女の言う通りだった。いまだに戦いの終わりは見えない。定かでない未来の話なんて、考えるだけ無駄でしかない。
今後も数えきれないぐらいセルリアンと戦っていくんだろう。きっと隣にはクズリがいて、どんな強い敵が相手でも2人で勝ち抜いていくんだ。
「ねえ、クズリ」
これからも一緒にがんばろう、と言おうとした時だった。
______ピッピッピッピッ・・・ピピピピピピ・・・!!
けたたましい警告音が機内に鳴り響いた。断続的に鳴っていたその音は、やがてその間隔がわからなくなるぐらいに短く反響した。
「うぎゃあああっっ!!」
ついさっき私とクズリを写真に収めていた、ひょうきんな感じのするパイロットが、阿鼻叫喚の悲鳴を上げた。
絶叫を包み込むようにして、爆風が操縦席を貫いて、炎で覆いつくしていた。
私たちがいた部屋の赤絨毯が裂けて、お姫様の部屋みたいな豪華な機内が跡形もなく砕け散った。
何が起こったのか、まったくわけがわからない。
「くっ!?」
とっさに腕を交差させてうずくまり、迫りくる爆炎から身を守る。チリチリと身を焦がす熱から抜け出したと思った瞬間には、私とクズリは空中に投げ出されていた。
それまで猛スピードで飛んでいた機体から落とされた体には、ジェット機の勢いがそのまま残っていた。まるで斜め下に向かって滑空しているみたいだった。
地面までは大した高さはなかった。だがこのままでは猛烈な勢いのまま地面に叩きつけられるのは確実だ。
眼下にあるのは草原ではなく、大きな広葉樹がまばらに生えている林だった。森というにはほど遠く、地面の輪郭はしっかりと垣間見えている。
「クソがっ!」と、後ろからクズリの怒声が響き渡ったかと思うと、彼女は空中で私のことを後ろから羽交い絞めにしてきた。
(な、何をする!?)
私はクズリの行動の意味がわからず愕然とした。これじゃ2人分の重みで落ちる分だけ余計に危険じゃないか。
やめさせたいところだったが、この状況では何も出来ずされるがままにするしかなかった。
重なり合いながら、すぐ近くにあった大きな樹の中に突っ込んでいった。バキバキといくつも枝をへし折りながらも、落下の勢いは止まらない。
もう地面がすぐそばに見えた・・・・・・だが、今にも衝突すると思ったやいなや、真っ逆さまの姿勢のまま体が真上に引っ張られた。
反動で体がガクンと跳ねると、振り子のように揺られ続けながらも、落下はそこで止まっていた。二つに編まれた私の長い髪がゆらゆらと風になびいているのが見える。
「ひとつ貸しだからな」と、クズリが私を羽交い絞めにしていた手を離した。今度こそ落ちる体を着地させると、真上にいるクズリの様子を確認した。
クズリはまるでメガバットみたいに、太い木の枝に逆さまにぶら下がっていた。でもメガバットみたいに足を曲げて枝に引っ掛けているんじゃない。クズリの両足が枝の表面に貼り付いているのだ。まるでそこが地面であるかのように。
それを見て納得した。あれはクズリの能力“グランドグラップル”だ。
グランドグラップルは、両手両足を触れたものに固定する。重力とか摩擦とか、そういうものを無視して完全にくっつけてしまえる。
クズリは私を抱きかかえながら、同時に能力を使って木の枝に体を固定したんだ。落ちる勢いをくっつける力で打ち消したということか。
ぶっつけでそんな荒業を成功させるなんて、さすがとしか言いようがない。どんな状況でも能力を最適な方法で使いこなす度胸と技量がある。
それでも足には相当な負荷がかかったと思うけど、彼女はまったく気にすることなく宙返りをしながら音もなく地面に降り立った。
「ありがとう! ・・・・・・足、大丈夫かい?」
「あぁ? オレを誰だと思ってやがる」
私はもういちどクズリに目配せしながら頷いて感謝の意を伝えると、視線を辺りの様子に移した。
嫌な予感に導かれるように周囲を見回していると、それはすぐに見つかった。
生い茂る背の高い草むらと、いくつもの広葉樹の向こう側にある地面から黒煙が立ち昇り、その根本からは赤々とした炎が揺らめいている。
ついさっきまで私たちが乗っていたジェット機の成れの果てだった。あんなことになっては乗組員の命はもう・・・・・・
「派手に落ちやがったなァ」と、クズリが他人ごとのようにつぶやく。さっきまで気怠そうだった顔がにわかに生き生きとし始めている。
「早速セルリアンのお出ましか?」
「・・・って、これは違う感じだな」
私とクズリは同時に違和感に気付いた。辺りにセルリアンの気配はない。その代わりに、流れてくる空気の中から、鼻にツンと来る焦げ臭さが充満しているのを感じ取った。
火薬のにおいだ。
このにおいを放つ元がジェット機を落としたのだとしたら、私たちを攻撃してきたのはセルリアンじゃない。ヒトだ。
何がどうなっているのかわからないが、相手が明らかな殺意を持っているのは間違いない。現にもう死人が出てしまったのだから。
私とクズリは背の高い草むらに身を隠すようにしゃがみこむと、風下に回り込むように移動しながら、においの痕跡を辿った。
「あ・・・・・・あれは誰?」
ずっと向こうの草むらの中を、1人の人影が、覚束ない足取りで必死に逃げていた。薄汚れた白衣の間から、コバルトブルーの迷彩服が覗いている。
あの色合いは、Cフォースの兵士が着ている制服と一緒だ。今までに何度も目にしているから見間違えるはずはない。
背はすらりと高いけど、体はまるで痩せぎすで、兵士という感じじゃない男だった。白衣を着ていることから、研究者なのだろうか。
逃げる白衣の男を、背後から別の男たちが追いかけていた。
髪の毛みたいに黒い肌を、Tシャツやジーンズみたいなラフな服装で包んでいた。数は4人だった。肌の色から言ってアフリカの現地人なのだろう。
兵士ではなく民間人にしか思えないけれど、その両手にはゴツゴツとした銃を携えている。
覚束ない足取りで逃げる白衣の男に、健脚を誇る現地の黒人たちは余裕で追いついた。1人が男を蹴飛ばすと、男は手折られるように草むらに倒れ込んだ。
黒人たちが白衣の男の襟元を掴んで乱暴に引き起こすと、そこでようやく白衣の男の顔がはっきりと見えた。
「なあアムールトラ」と、クズリが私のすぐ後ろで囁いた。
「あれ、オレたちの知ってる顔だよな?」
私はクズリの声が耳に入らないぐらいに狼狽えていた。知ってるどころじゃない顔がそこにあったからだ。優しさと頼りなさが同居した、いつも困ったように笑っていたその顔を忘れるはずはなかった。
_______ヒグラシ所長・・・・・・?
なんで彼がアフリカに? どうして銃を持った男たちに追いかけられている?
黒人たちは、ヒグラシ所長に罵声を浴びせながら再び蹴り倒した。
何度も何度も蹴りを浴びせると、やがてうずくまる所長に向かって、銃を構えた。
「やめろっっ!!」
考えるよりも前に、私は叫んだ。
to be continued・・・
_______________Cast________________
哺乳綱・ネコ目・ネコ科・ヒョウ属トラ亜種
「アムールトラ(シベリアン・タイガー)」
哺乳綱・ネコ目・イタチ科・クズリ属
「クズリ(ウルヴァリン)」
_______________Human cast ________________
「日暮 啓(ひぐらしけい)」
年齢:51歳 性別:男 職業:Cフォース日本支部所属 生体兵器研究所所長
「グレン・S・ヴェスパー(Glenn Storm Vesper)」
年齢:73歳 性別:男 職業:Cフォースアメリカ本部総督ならびにアトランタ研究所所長
「イブ・B・ヴェスパー(Eve Brea Vesper)」
年齢:24歳 性別:女 職業:Cフォースアメリカ本部所属 アトランタ研究所職員
_______________Information ________________
◇Cフォースの組織形態について
:セルリアンとの直接の戦闘要員である人造フレンズに比べて、それを支えるCフォース職員の数は、一万倍を優に超える人数であるが、これは決して多すぎる数字ではない。
:セルリアンに被害を受けた地域の避難活動や物流支援、さらには治安維持も請け負っているため、人造フレンズとセルリアンが戦っている背後で、常に火の車のような激務に追われている。
_______________Story inspired by________________
“けものフレンズ” “けものフレンズ2”
byけものフレンズプロジェクト
“けものフレンズR”
by呪詛兄貴