けものフレンズR あるトラのものがたり   作:ナガミヒナゲシ

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 あるトラのものがたり24話です。

 アフリカ編その2。
 アムールトラとクズリが、武器を持ったヒトの集団と激突する。
 そしてヒグラシ所長が語る、フレンズの体に隠された真実とは。
  



過去編後章7 「みえないくびわ」

「やめろっっ!」

 考えるよりも前に、私は叫んだ。胸に湧き上がる爆発的な感情が、自然と喉を震わせていた。

 離れた位置にいる4人の黒人たちが、その声にハッと驚いて、ヒグラシ所長へと向けていた銃口を、私がいる方向へ構えなおした。

 

 彼らのうちの1人と、早くも目が合った。

 橙と黒の縞模様をした私の体を見て呆気に取られた様子だったが、一瞬で気持ちを切り替えて、表情に殺意を覗かせているのがわかる。

 彼らがどういうヒトたちで、なぜ所長を殺そうとしていたのかは知らないが、ひとつ確かなのは、私の敵になったということ・・・・・・何とか気持ちを落ち着けて、感覚を研ぎ澄ませて、彼らから放たれる”意”を探ろうとした。

 

「大声出しやがってバカトラが・・・・・・見つかったじゃねえか」と、後ろにいるクズリが呆れたように声をかけてくる。

「あの4人だけってことはねえだろ。それなりの人数で、それなりの武器を持ってるはずだ。ジェット機を落とすような連中なんだからよ」

 

「だけどヒグラシ所長を見殺しには出来ないよ!」

「まあ、そいつは賛成だけどよ」

 所長の安否しか考えられない私と違って、クズリは冷静に先のことを考えていた。ジェット機が落とされた以上、私とクズリだけで、どこにあるのかも知れないCフォースの研究所に辿り着くことは不可能だ。この広大なアフリカで行き倒れることになってしまうだろう。そうならないために道案内が必要だ。

 所長がなぜアフリカにいるのかはわからないが、彼もCフォースの一員なのだから、研究所の場所を知っているはず。

 

「私があの4人を何とかするから、クズリは他の敵の様子を探ってみてくれ」

「だりぃが仕方ねえなァ・・・!」 

 

______ガガガッッ!! ヒュンッッ

 黒人たちが構えた銃口が火を吹き、私のすぐそばの草むらを薙ぎ払った。

 クズリは横に飛びのき、私は前に駆け出した。

 全力で走って草むらを掻き分ける私の横を、弾丸の風切り音がいくつも通り抜けていく。この距離ならそう当たりはしない。最悪当たっても、セルリアンの攻撃より痛いってことはないだろう。

 

 勢いを保ったまま数十メートル上空にジャンプした。黒人たちの銃口は私の姿を追うように上を向いていたが、銃撃はパタリと鳴りやんだ。

 照り付ける黄金の太陽が彼らの視界を奪っていたからだ。

 丸まって宙返りしながら男たちの1人の背後に着地し、首元に腕をまわして締め上げた。

「がひゅっっ!」と、突然に呼吸を止められた男が発した奇声で、他の男たちは私にいつの間にか接近されていたことを知った。

 だが仲間の体を盾にされているために、私を撃つことは叶わない。

 

 頸動脈を締めながら、男の体を持ち上げた。足元が宙に浮き始めた男の口元から泡が吹き出し、その真っ黒い両腕がだらりと下に降ろされた。

 力をなくした手から、鉄で出来た黒い銃が手放される。銃が地面に落下して、ガチャリと重たい金属音を立てた。

 

 それと同時に、意識を失った男の体を、別の男に向かって蹴り飛ばした。

 2人が折り重なって倒れこむ前に、私は余ったもう2人を仕留めに動いた。

 片方の黒人の顎を横から打ち抜き、もう片方の後頭部、首の付け根の延髄を裏拳で叩いた。顎も延髄も、セルリアンの核よりも脆くて狙いやすいヒトの急所だ・・・・・・ここを打てば一撃で意識を奪うことが出来る。

 スピードはそのままに、命中する瞬間は拳先の力を思いきり緩める。脱力しきった拳には、命を奪う威力はない。でも、気絶させるだけならこれで十分だ。

 

 瞬く間に3人を無力化した。

 多分彼らは私が何をしたかまったく見えてないはず。自慢じゃないけど、相手の”意”を見切ってから動く私の動きを、普通のヒトが目で追うことは不可能だ。

 意識の外から攻撃が飛んできたようにしか思えないだろう。

 

 拳を引き戻して残身を取りながら、最後の1人へと注意を向けた。

 残った1人が、倒れこんできた仲間の体を押しのけてようやく立ち上がった所だった。この間合いでは、まだ銃を持った相手に利があるだろう。

 そう思いながら、基本の構えである後屈立ちで、相手の出方を伺おうとしたその時・・・・・・

「アァアアッッ!」

 真っ黒い顔を恐怖で歪ませた男は、甲高い悲鳴を上げながら身を翻し、真後ろの草むらへと転げまわるように逃げ出しはじめた。両手は手ぶらだ。銃はその辺に投げ捨ててしまったようだ。

 

(まずいっ!)

 脳裏に言葉がよぎった。

 私はヒトがどう戦うかを十分知っている。

 一年間をブラジルのジフィ大佐が率いる部隊で過ごし、ヒトの兵士たちと一緒に何回も戦ってきたからだ。

 ヒトはセルリアンと違って、味方への報告連絡相談を怠ることはない。大佐は常に詳細な命令をフレンズ部隊に下したし、私たちからの報告を常に求めてきた。報告をわずかでも怠る者は、ヒトでもフレンズでも容赦なく叱り飛ばした。

 

(逃がしちゃダメだ! 追いかけて、倒さなきゃ!)

 この男を逃がしたら、私たちのことがすべて筒抜けになってしまう。

 こちらの正確な位置も、私とクズリのたった2人しかいないことも、傷ついたヒグラシ所長を連れていることも知られてしまう。

 相手が銃を撃った時点で、その音を聞きつけて他の仲間がやってくることは決まっているだろうけど、それよりもはるかに厄介なことになる。

 

 追いつくのは別に難しいことじゃない。私の足なら簡単だ。そうして背後から後頭部を叩けばそれで終わりだ。

 頭の中に動きのイメージを走らせる。相手の後頭部めがけて、拳を振り下ろす自分の姿を思い描いた。

 だがイメージの中の自分を見た瞬間、無視できない葛藤が頭をもたげた。

(私は、なんてことをしようとしているんだ)

 理性よりもはるかに強い葛藤が、体をその場に縛り付けていた。

 逃げる敵を後ろから攻撃するなんて、たとえ殺さなくても、気絶させるだけでも、絶対にやってはいけない。

 ゲンシ師匠が私に託してくれた空手は、技ではなく道だ。道に外れた行いをすることは、師匠が歩んだ気高い道を汚すことと同じだ。

 

 2つの考えに板挟みにされて身動きが取れなくなった。

 道を外れても、男を後ろから襲って安全を確保すべきか。それとも、やはり師匠の教えを守るべきなのか。

 私がやるべきなのはどっちなのか。

 

「くっ・・・・・・!」

 結局、ただ茫然と立ち尽くしたまま、男が逃げていくのを見送ることしかできなかった。

 男の姿が景色の中に隠れてしまうと、近くにうずくまっているヒグラシ所長に視線を移した。

「所長! ヒグラシ所長!」

「・・・・・・ううっ・・・・・・あ、アムールトラ? 君なのか?」

 うずくまったまま、おそるおそる向きなおる所長の横顔と目が合った。怯えきって見開かれた瞳孔をさらに大きくさせて私のことを見ていた。

 今しがたの黒人たちに暴行を受けていたために、片方の目を腫れぼったく膨らませ、口元にはアザを作っていた。土で汚れた白衣にも所々うっすら血をにじませていた。

 だけど表情には十分な生気が宿っていて、命には別状ないようだ。

 それを見てひとまずは安心できた。

 

「もう大丈夫だよ」と所長にいまいちど告げると、すぐそばの広葉樹の上にいるクズリの気配を感じ取り「敵はどんな感じだい? 数は?」と声をかけた。

 

「その前にオレに言うことがあるよなァ? アムールトラ」

 クズリが溜息交じりに木の上から飛び下りて来るなり、不機嫌そうな顔のままズカズカ近寄ってきて、胸倉を乱暴に掴んできた。

 私よりも頭一つ分低い瞳が、私を鋭くにらみ付けてくる。

 やっぱり目ざといクズリは、敵を偵察しながらも、私がやったことも見ていたんだ。

「なんで敵をわざと逃がしやがった?」

 

「・・・・・・逃げる敵を攻撃なんてしたくないよ」

「逃がしたらどうなるか全部わかってんだろうが! いつまでお上品ぶるつもりだてめえは!」

「それでも嫌なものは嫌だ」

「ふざけろバカが!」

 

 クズリは憎々しげに私を突き飛ばすと、話にならないといった風にかぶりを振った。

「車が何台もこっちに向かって来てんぞ? 背中には重機関銃を乗っけてやがる。それにもっと向こう側には、迫撃砲がいくつも見えやがる・・・・・・てめえのクソみたいなプライドのおかげでちとヤバいことになったぜ」

 

 重機関銃に、迫撃砲。

 私もクズリも、それらが何なのか知っていた。

 重機関銃とは、恐ろしい威力の弾を嵐のように撃ち出す強力な銃で、手持ちの小銃なんかとわけが違う。当たったらフレンズでも死ぬかもしれない。車両の上にも乗せられるから、機動力も申し分ない。

 そして迫撃砲は、爆発する砲弾を発射する大砲だ。あなどれない破壊力を持っているのに、少人数で簡単に持ち運べてしまう。

 砲弾は斜め上に飛んでから下に落ちてくるから、こういう木が生い茂った見通しの悪い場所でも、お構いなしにこっちに飛んでくるだろう。機動力は低いし、狙いは甘いだろうけど、射程と加害範囲でそれを補ってしまえる。

 

 ブラジルにいた頃、ジフィ大佐が、部隊のフレンズ達の前で、ヒトが扱う一通りの「通常兵器」と、それが実際に使われている様子を、説明を交えながら見せてくれたことがある。

 大佐いわく、ヒトの武器を知ることで、フレンズとヒトがよりよく連携出来るようにしたかったらしい。

 

 セルリアンには効果がない通常兵器にも、大事な役割がある。

 フレンズはセルリアンからヒトを守り、通常兵器は「人災」からヒトを守っている。

 セルリアンに破壊された都市では、ヒトが生きるために必要な食料やエネルギーが十分に行き渡らなくなって、普段通りの暮らしが行えなくなってしまう。

 するとそこには略奪や暴動みたいな、ヒトがヒトを傷つける人災が起きてしまうのだ。それらが与える被害はセルリアンそのものの被害より深刻だとも言われている。

 被害を食い止め街の治安を守るために、Cフォースが出動していた。時間が立てば地元を守る警察とかが役目を引き継ぐけど、セルリアン災害で一番早く動けるのはCフォースだった。

 

 ・・・・・・それにしても、アフリカが一番のセルリアンの巣窟だと聞かされていたのに、まだ一匹たりとも出くわさないのは何故だろう?

 代わりに兵器を持ったヒトの集団がうろついているだなんて。

 彼らも人災を起こしているのだろうか。

 

 ともかく、あの時に見聞きしたことのおかげで、次の敵の動きが読める。

 重機関銃も迫撃砲も、たった2人の戦士と1人の怪我人を攻めるには、あまりにも大げさな装備だ。

 私が逃がした男が、私のことを報告したからだろう。敵は並外れた素早さと腕力を持っていると・・・・・・だから全力で叩き潰すべきだ、とでも言ったのだろう。

 

 多分だけど、もう間もなく迫撃砲が私たちに向かって降り注いでくる。

 それが命中しなくても、私たちは爆発から逃げようと、その場から動かざるを得ない。そうやって私たちをあぶり出して、重機関銃でトドメを刺しに来るつもりだろう。

 隙のない堅実な戦い方だ。

 

「選手交代だ。てめえにゃ任せてらんねーよ。奴らの相手はオレがしてくる」

 クズリはそうぶっきらぼうに告げると、己の眼前で拳をミシミシと握りしめた。彼女の戦いのスイッチが入ったのだ。

 セルリアンを相手にする時と、なんら変わりない気迫がこもっている。

「思い知らせてやるぜ。ケンカ売る相手を間違えたってことをよ」

 

______待つんだ。

「あァ?」

「・・・・・・行ってはいけない。人間を傷つけては駄目だ、クズリ」

 向かい合って口論していた私とクズリが、その声に驚いて向きなおった。

 声の主はヒグラシ所長だ。よろよろと立ち上がった彼は、生傷を作った顔に冷や汗をかきながら、しかし瞳に強い意志を宿していた。

 

「会うなり指図すんのかよ? クソオヤジ」と悪態を付きながらも、クズリの高圧的な態度が少し和らいだような感じがした。

 東京の研究所で、私よりも先にフレンズになったクズリは、私よりもヒグラシ所長との付き合いは長い。言葉には出さないけれど、久しぶりに再会出来て、彼女なりに思うところもあるのだろうか。

「アンタを助けるためだぜ? オレとアムールトラだけなら逃げようはいくらでもあるが、お荷物のアンタは無理だ。死にてえのか?」

 

「それでも駄目だ。君たちに刷り込まれた”オーダー”のことを忘れたのか?」

 クズリの抗弁に一歩も引かないヒグラシ所長が、落ち着き払ったまま言葉をつづけた。

 

「オーダー」と聞いて、クズリは黙りこんだ。

 Cフォースのすべてのフレンズは、潜在意識の中にオーダーと呼ばれる洗脳を受けている。

 それはヒトがフレンズを従わせるために必要不可欠な、根本的な原則のことだ。

 オーダーが命令するのは ”フレンズはヒトを殺傷してはいけない”ということ。

 あたかも、生まれつき自分が持っていた本能であるかのように、Cフォースのフレンズはそれに従っている。

 

 オーダーを刻み付けるのは、VRを用いた睡眠学習だった。

 かつて東京の研究所でも、あの機械の棺桶の中で、起きたら内容を忘れてしまうような、すべてがあいまいで判然としない夢を何回も見せられた。

 目覚めると、なんとなく不快な気持ちだけが残っていることだけは覚えていた。

 どういう仕組みで、あの意味不明な夢が洗脳に結びつくのかは良くわからない。

 それはヒグラシ所長ら研究者しか知らないことだろう。

 

「オーダーに背くようなことをすれば、君の体に計り知れないダメージが跳ね返ってくるぞ」

 

 フレンズが、オーダーに反してヒトを傷つけようとするのは、翼のない生き物が高い所から飛び降りたり、泳げない生き物が海に潜ったりするようなものだという。

 生き物が本能に反した行動を取ることは、強い意志があれば、やれないことはないけれど、普通やろうとは思わない。

 

 私としては、今までオーダーのことを別段意識するようなこともなかった。

 それを刷り込まれはしたけれど、ヒトを傷つけてはならないことなんて、私はそれ以前から刷り込まれている。

 サーカスで成体のトラ達がそうしていたように、野生知らずの身には、昔からヒトの言うことがすべてだ。

 そして、おばあちゃんや師匠のような、愛すべきヒトに出会ってからは、なおさらそれが揺るぎないものになっていた。

 

 またクズリにとっても、オーダーに背く機会はなかっただろう。ヒトに従ってさえいれば、彼女がもっとも求める物を与えてくれるのだから。

 セルリアンとの戦いをだ。

 

「ダメージってなんだよ? ていうか、どうしてアムールトラはピンピンしてるんだ? ついさっきヒトをぶん殴ったぜコイツ?」

「そ、それは・・・・・・」と、ヒグラシ所長が一瞬口ごもったように見えた。だが、そこから先に続ける言葉を告げようと口を開いたように見えたその時。

 

______ズドォォォォンッッ!!

 高い音を立てながら降り注ぐ砲弾が、近くの草むらに直撃し、粉塵を巻き上げた。迫撃砲がさっそく炸裂したのだ。

 地面を揺るがすような爆風と轟音を、私もヒグラシ所長も顔を覆いながら耐えしのいだ。

 ただ1人クズリだけが、気だるそうな立ち姿のまま、変わらぬ闘志を瞳に宿らせてそれを正面から受け止めていた。

 

「もう話してる時間はねえ・・・・・・」

「待つんだ!」

「うるせえ下がってろ! 奴らをぶち殺して来る!」

 

 クズリは引き留めるヒグラシ所長の声を無視して、小柄な体を、さらに低く深く、草むらの中に潜るようにして、ずっと向こう側にいる敵の所へと走っていった。

 所長はおぼつかない足取りでそれを追いかけようとしたが、新たに間近に降り注いだ迫撃砲の一撃によって、歩みを止められてしまった。

 

「ここから逃げよう所長」と、爆煙の向こう側を茫然と見つめるヒグラシ所長に呼びかけた。納得してない表情の所長が私に振り返った。

「・・・・・・このままじゃクズリがまずいんだ、アムールトラ」

「でも、もう止められないよ」

 お互いにため息をつくと、やむなく連れだって動き始めた。

 

 迫撃砲が近くの草むらを何度も何度も抉り飛ばす中を移動して、手近な広葉樹の幹に身を預けた。相も変わらず爆音が響き渡る中、私と所長は木陰から身を乗り出して、向こう側の様子を伺おうとした。

 

 そして、驚くべき光景を目にした。

 木だ。一本の木が飛んでいた。

 縦にも横にも10メートル近くある大木が、並び立つ林の中から抜きんでるように空に飛び出した。

 それを見て、クズリの攻撃が始まったことを察した。

 車とか、電柱とか、はたまた敵の体そのものとか、重量物を敵に投げつけるのは、彼女がもっとも多用する得意技だ。

 木はすぐに放物線を描いて落下した。

 すると怒声と銃声とが、蜂の巣をつついたようにドッと沸き起こった。

 

 目を凝らして、クズリの戦いの様子を伺った。

 私は生まれ持った視力で、ヒグラシ所長は懐から取り出した端末を目の前に掲げて、望遠鏡の代わりにして遠くを見た。

 

 クズリは草むらから突如飛び出して、落ちた大木の傍で慌てふためいている黒人たちに突進した。

 応戦しようと銃を構えた黒人の腕を掴むと、スポンジのようにクシャッと握り潰し、そのまま持ち上げて、別の男に向かって投げ飛ばした。

 

 だが、黒人たちもそれで終わりじゃなかった。

 逃げるようにクズリから距離を取った男たちに代わって、前半分が普通の車で、後ろ半分がトラックみたいな荷台になっている車両が何台もその場に到着した。

 荷台の上には、ヒトの体よりも大きな重機関銃が載せられていた。車が足を止めると、機関銃の砲身が猛烈な勢いの掃射を始めた。

 小柄なクズリは、草むらに身を潜めて姿をくらませていたが、機関銃の掃射は草むらを見る間に丸裸にしていった。

 

 隠れていたクズリが次に姿を現したのは、とある車両の荷台の上だった。重機関銃を掃射する黒人を背後から抱きすくめると、引き金を握りしめているその男の手に上から手をかぶせた。

 背後を取られた男はその場から逃げ出そうとするが、クズリに押さえつけられた両手をピクリとも動かすことが出来ず、己の意に反して引き金を引き続けてしまっていた。

 クズリは、荷台に取り付けられた砲座を、引き金を引かせている男ごと真横に動かした。

 火を吹き続ける機関銃の銃口が、別の車両へと向けられた。

 

______ズガガガガッッ・・・・・・ドォォォォンッ!!

 甲高い悲鳴が聞こえたかと思うと、車両は見る間に穴だらけになり、爆発しながら横転した。車両を運転していたヒトも、荷台の上で機関銃を撃っていたヒトも、一瞬で命を奪われた。

 クズリが殺したのだ。あきらかに、自分の意志で。

 

 その後もクズリは、男を使って、四方八方に重機関銃を撃ち続けた。辺りを焼き尽くすような勢いの弾丸が吐き出され続けた。

 狙いなんてなく、ただ銃身を振り回していただけだったけど、何発かは逃げ回る黒人に命中した。一発当たっただけで彼らの胴体が真っ赤に破裂し、上半身と下半身が二つに分かたれてしまっていた。

 見ているだけで気分が悪くなる。セルリアンと同じくらい簡単にヒトを殺している。

 

 弾切れを起こす頃には、辺りにいた黒人たちはパニック状態になって退散していた。

 事が済むと、引き金を引かせていた男を解放した。男は恐怖のあまり、白目を剥いて気絶していた。

 クズリは気絶した男を荷台から蹴り落とした。いとも簡単に、武器を持ったヒトの集団を制し、戦闘を終わらせてしまった。

 

「終わったぜ。お2人さんよ」

 荷台の上に踏ん反りかえったクズリが、余裕の笑みを浮かべながら、駆け付けた私と所長を見下ろしていた。

「なぜ人間を殺した! やめろと言ったのに!」

「オレなりの考えがあってのことだぜ」

 

 激高するヒグラシ所長に、クズリは悪びれもせず答えた。

 逃げるよりも、相手を追い払った方が、この先ずっと安全に行動出来る。

 追い払うためには、相手を恐怖に陥れる必要がある。派手なやり方でこちらの恐ろしさを示さなければならなかった。

 そのために必要な犠牲だった、と。

 

 今度はヒグラシ所長が黙り込んだ。完全に論破された様子だった。

 私だったら考えつかないし、考えついてもやろうとは思わない残酷な戦い方だったけど、所長を守るためには、理屈の通ったやり方だったのかもしれない。

 クズリの性格は、凶暴っていうのとは違う。確かに戦いを楽しんでいる節はあるけど、その本質は勝利への冷徹な執念だ。

 勝つための方法を、常に冷静に考えている。はっきり言って私なんかよりずっと頭が回る。

 そして私みたいに葛藤することがない。

 

 敵を見逃した私の行動は、正解だったのだろうか。所長を守るために、クズリみたいに冷徹に行動するべきだったのか?

 これから先、ヒトと戦う機会がまたあるのだとしたら、いつか道を外れなければいけない時が来るのかな・・・・・・

 

「いいからさっさとずらかろうぜ? クソオヤジ、こいつを運転して、オレとアムールトラをCフォースの研究所まで連れてけよ」

 と、黒人たちが乗り捨てた車の運転席を指さしながらクズリが言った。

 だが、所長はそれに応じることなく、その場に佇んでいた。その表情は明らかに何かを警戒している様子だった。

 そして一言、こう告げた。

 

「体は何ともないか?」

 

「あ? ダメージがどうとかって話か? 見ての通り・・・・・・ぐっ! な、何だァ? ・・・・・・オレの体が・・・?」

 何の前触れもなく、突然にクズリの顔が青ざめ、喉を押さえて苦しそうにうずくまった。

「うううっっ・・・・・・かはっ! ・・・ひゅう・・・ひゅう・・・」

 にわかに体中が震えだすと、荷台の上に倒れて、そのまま意識を失った。

 うつ伏せになった体がなおもビクビクと痙攣している。

  

「クズリ! どうしたの!?」と、驚いた私は荷台に飛び乗って彼女を抱き起すと、体をゆすって呼びかけた。

「アムールトラ、そんなに頭を揺らしちゃだめだ!」

 

 ヒグラシ所長が私の横に入って、クズリの頭を抱えると、手を使って彼女の目を見開かせた。明るい茶色の眼球が激しく揺れ動いている。

 所長はそれをじっと観察しながら、吐き捨てるような深いため息をついた。

「まずい・・・・・・」

「所長! クズリはどうなったの!?」

「てんかんに酷似した症状・・・・・・オーダーに背いたことによる拒絶反応が起きたんだ」

 

 クズリはヒトを殺した。そのことが原因でオーダーが発動してしまった、と所長は述べた。意識を失ってしまうほどの心理的ストレスが、クズリを襲ったのだと。

 オーダーの役割は、フレンズにヒトを殺傷してはいけないという本能を抱かせるだけではない。本能を踏み越えたフレンズの行動を強制的に止めることも目的にしている。

 

 あのVRの夢の中では、無意識下に「条件付け」を刷り込んでいる、という。

 言葉の意味はわからないのだけれど、ヒトを傷つけたという認識が、心の中で過大なストレスに結びついて、体調不良を起こさせる仕組みになっているらしい。

 

「じゃあ、私はどうして何ともないんだ?」と、当然の疑問が頭をよぎり、そのまま所長に投げかけた。

「私、ヒトを殴って気絶させたよ。殺してはいないけど」

「君がオーダーを踏み越えてはいないからだよ、アムールトラ」

 

 所長が言うには、オーダーが反応するのは、ヒトを傷つけるという意図そのものだという。確かに私は、傷つけるつもりはなかった。

 無傷で気絶させるつもりだったし、それが当然だと思っていた。だからだろうか。

 

「君の心の中にはもともと、オーダーよりもつよい、ヒトを傷つけることへの抵抗感がある。クズリとの違いだ」

「そうなんだ・・・・・・」

 

「さて、ともかく移動だ。アムールトラ、クズリの頭を揺らさないように寝かせてやってくれ。しばらく安静にさせて様子を見るしかない」

 所長は荷台から下りると、運転席に入って車のエンジンをかけた。もともと乗っていた黒人が、キーも抜かずにそのまま逃げだしていったのだ。

「右ハンドルか。日本製のピックアップトラック・・・・・・このロゴはトヨタか」

 

 車が、草むらの中の道なき道を走り出した。私は荷台にクズリを仰向けにして膝枕をすることにした。痙攣はおさまった様子で、今はぐったりと四肢を投げ出している。意識はまだ戻らない。

 あの無敵のクズリがこんな状態になってしまうなんて・・・・・・

 私のすぐ隣には、弾切れになった重機関銃がガチャガチャと金属音を立てながら揺れていた。

「所長、研究所に行くの?」

「いや研究所はここから遠い。近くで安全に休める場所を探すつもりだ」

「ところで聞きたいことがあるんだ。その、いろいろ・・・全部」

「道すがら説明するよ」

 

 ここは南アフリカ共和国という、アフリカ大陸の一番南にある国の領内らしい。

 ヒグラシ所長は少し前からアフリカのCフォース研究所で勤務していると。なんでも、日本の研究所から左遷されてしまったとのことだ。

 セルリアンの発生源であるアフリカの地質調査をするために、兵士を連れて現地を回っていたが、今しがたの黒人たちに襲われて部隊は壊滅。

 1人からがら逃げ延びていた所を私たちと出くわした・・・・・・とのことだ。

 

 あの黒人たちは、現地の武装勢力のひとつだという。

 アフリカは元々ヒト同士の争いが絶えない紛争地帯が数多く存在していたけど、この所ああいう集団が大陸中にはびこっているのだという。

 原因はもちろん、セルリアンだ。

 

 エジプトのカイロ、ナイジェリアのラゴスといった感じに、アフリカには、東京に負けないぐらいの大都市があった。

 しかしそれらの都市は、セルリアンに襲われて、とうに崩壊していた。

 大都市が崩壊することで、アフリカ大陸全体が影響を受けてしまっていた。経済や流通が立ちいかなくなることで、人災がよりいっそうの激しさを増した。

 なお悪いことには、セルリアンの本拠地と言われているアフリカには、Cフォースの大部隊は展開されていない。

 人災を食い止められる存在といえば、現地の弱体化した政府や警察ぐらいで、ほとんど頼りにならないとのことだ。

 

「でも、どうしてここらには、セルリアンが見当たらないの?」

「君の今までの戦いを思い出してみるんだ。セルリアンは必ず都市部に現れていただろう? それは何故だと思う?」

「なるほど・・・・・・都市部と違って、セルリアンのエサになる電気とか燃料とか、この辺りにはそういう物が無いのか」

「そういうことだ。アフリカの都市部は紛れもなくセルリアンの巣窟だ。だが、アフリカの大部分はこんな自然に溢れている。自然はセルリアンにとっては不毛の土地なんだ。奴らは腹を満たすために都市部に密集している。もっとも、発生源である以上は、決して油断は出来ないが・・・・・・僕の仕事は、セルリアンの発生源を突き止めることなんだ」

 

 私はクズリを膝に寝かせながら、再び意識を緊張させた。今の状況はかなり危険なんだ。またヒトの集団が襲ってくるかもしれないし、やっぱりセルリアンが出てくる可能性もあるのか。

 普段は背中を預けている相棒のクズリはこの状態だし、私だけでヒグラシ所長を守らなくちゃいけない。

 

 車は広葉樹と背の高い草むらが生い茂る林の中を抜け出して、膝丈程度の草が生い茂る大草原に出ていた。広葉樹はまばらにポツポツ生えているぐらいだ。

 それにしても、地面の高さから見て改めて感じるのは、アフリカのとてつもない広大さだった。車をどこまで走らせても、いっこうに景色が変わる気配はない。木と草と、地平線と空が広がるだけだ。

 ジェット機の窓からは美しいと見とれていた風景が、今や恐怖の対象になっていくのを感じた。

 

 ふと後ろを見やると、車両の後部ガラスごしに、車を運転する所長の後ろ姿が目に入った。普段は身なりに気を遣う所長のオールバックの後ろ髪が、今は埃まみれでボサボサだ。

 その姿を見ていると、ふと別の不安が頭をもたげた。

 

「所長、体は大丈夫?」

「ああ。あちこち痛むけど、別に撃たれたりはしてない」

「そうじゃなくって、私たちのそばにいるのに、防護服とか着なくていいの?」

「・・・・・・そっちの話か」

 

 私と所長の間に、にわかに気まずい空気が立ち込めた。

 かつて東京の研究所を発った時と同じ空気だった。放射線を体から放つフレンズは、ヒトと一緒にはいられない。

 そのことを所長が黙っていたことを知った時、私は所長に裏切られたような気持ちになって、彼を責めた。

 

「本当にすまなかったな、アムールトラ」

「もう済んだことだからいいよ。それよりも・・・・・・」

「君たちフレンズの体から出ている放射線の正確な数値を知っているか? およそ200mSv(ミリシーベルト)だ。それぐらいの数値は、僕は気にしなくていいと思ってる」

「数値のことを言われても、わからないよ」

 

 所長は言った。200mSvというのは、確かに人体への影響が出てもおかしくないような数値だ。でも、必ず影響が出るとは証明できないような、微妙な数値でもある、と。

 それでも可能性があると判断された時点で、Cフォースはフレンズの放射線への防護対策を万全にしてきた。

 ヒトとは今までずっとナビゲーションユニットを使って会話してきたし、やむおえず近づく必要がある場合でも、防護服や分厚いガラス越しだった。

 

「・・・・・・バカバカしい話だ。現代の人間は様々な毒の中で生きている。そんな中で、放射線だけを特別に恐れるなど、ナンセンスでしかない」

「でもゲンシ師匠は、放射能で死んじゃったんだよ?」

「君が”朔 原始”に修業を付けてもらった被爆死刑施設の放射線量は、3000から4000mSvに達しているという話だ。さすがに桁が違う。あそこは生き物の生存がどだい無理な環境だ」

 

 やっぱり私は納得できなかった。所長が気にしないと言っても、他のヒトは気にしているんだ。

 ヒトとフレンズの世界が隔たっているのは変わりない事実だ。

 

「君には今までさんざん嫌な思いをさせてしまった。すまない」と、ヒグラシ所長は私が気を落としているのを察して、もう一度詫びを入れてきた。

 久しぶりに会った所長は、やっぱり優しくて、フレンズを思いやってくれるヒトだと思った。

 所長も、サツキおばあちゃんやゲンシ師匠みたいに、私を愛して寄り添ってくれる相手なのかもしれない・・・・・・だけど、放射能のことと言い、オーダーに隠された効果といい、彼がいろいろと隠し事をしてきたのも事実。

 まだ他にも隠し事があるかもしれないと思うと、何も知らなかった頃のような信頼を寄せるのに抵抗感があった。

 

 思えば、フレンズにすべてを打ち明けなければいけない義務なんてヒトにはない。フレンズはヒトに使われる存在なんだから、ヒトは自分たちに都合のいいことだけフレンズに伝えればいい。

 ヒトとのそんな距離感にもようやく慣れてきたと思っていた。

 たとえばブラジルのジフィ大佐だ。彼は、フレンズは兵器であると明確に線引きをした上で、兵器として大切に扱ってくれた。

 彼は怪我を負ったフレンズが戦場に出ることを許さず、傷が癒えるまで休むことを厳命した。故障した銃火器を部下が使うことを許さないのと同じように。

 だからと言って、平時でもフレンズと会話なんかをしたりせず、任務を淡々と下してくるだけだった。

 そういう線引きの中で扱われるのは、こっちも気が楽だった部分もある。相手に余計な感情を求めなくて済むからだ。

 

 だから、ヒグラシ所長との距離感がわからない。このヒトはフレンズに対してどういう線引きをしているんだろう? 彼自身、距離感を測り兼ねている部分もあるんじゃないだろうか?

 フレンズを訓練し戦場に送り出す所長と、私に優しい言葉をかけてくれる所長とが、まったく別人みたいに思えるのだった。 

 

「・・・・・・」

 

 所長との間に気まずい沈黙が訪れてしばらく経った。相も変わらず大平原を走る車を、雄大な夕陽が赤く染めていた。

 アフリカの大地は、まるで海のように太陽の光を反射するんだなと思った。昼間は黄金色に輝いていた。今は溶かしこんだような朱色だ。

 私は寂しさを埋めるように大地を眺めた。

(・・・・・・あっ! あれは)

 風景のなかにふと、動く黒い点を見つけた。この有様では一目瞭然に良く分かる。

 

「所長、車を止めてくれ!」

「どうしたアムールトラ?」

「ヒトだ、ヒトがいる。何人も!」  

 その言葉に反応して、驚いたように車が急停止した。それで荷台が激しく揺れたから、私はクズリの体を抱きしめて守った。

 

「また武装集団か?」

「ここからじゃ良くわからないよ、少し見てくる」

 

 クズリの頭をそっと荷台の上に寝かせると、車から降りて、草むらに身を隠しながら夕日に包まれる平原を進みはじめた。

 

 to be continued・・・

 




_______________Cast________________
 
哺乳綱・ネコ目・ネコ科・ヒョウ属トラ亜種 
「アムールトラ(シベリアン・タイガー)」
哺乳綱・ネコ目・イタチ科・クズリ属
「クズリ(ウルヴァリン)」

_______________Human cast ________________

「日暮 啓(ひぐらしけい)」
年齢:51歳 性別:男 職業:Cフォースアフリカ支部職員(元日本支部研究所 所長)

_______________Materials________________

「M2 ブローニング重機関銃」
開発時期:西暦1933年
概要:第一次世界大戦末期にアメリカにて開発された重機関銃。50口径の弾丸を毎分1000発近くの速度で発射し、陸海空の全局面において性能を発揮する。開発から一世紀近くの月日が流れても、信頼性や運用コストの面において、他に勝る重機関銃が存在しないという傑作中の傑作。

「L16 81mm 迫撃砲」
開発時期:西暦1965年
概要:冷戦期にイギリスにて開発された迫撃砲。4分割構造を採用したことや、同じ規格の迫撃砲の中では軽量であることから、他種と比べて取り回しの良さで圧倒的に優れていることが特徴。西側諸国に加えて、日本も含めた西側アジア諸国や中東・アフリカにまで広く導入されている。

「トヨタ ハイラックス 170」
開発時期:西暦2004年
概要:1968年からトヨタ自動車にて開発されているスポーツピックアップトラックの7代目モデル。このモデルを境に、市場および生産拠点が日本から海外に委託されている。世界中の紛争地帯において「素早く、頑丈で、パワフルである」という信仰に近いブランドが確立されており、そのブランドがゆえに、どの紛争地帯でも修理や部品交換が可能、という実用性をも手に入れている。

_______________Location________________

「南アフリカ共和国(Republiek van Suid-Afrika)」
成立時期:西暦1961年
概要:アフリカ大陸最南端に位置する共和制国家。古く大航海時代には、希望峰と呼ばれる香辛料貿易の重要な中継地点として栄えた。その後も常に欧米諸国からの搾取に晒されながらも、それらを乗り越えて多民族多言語が並立する経済大国として成長を遂げたが、現在も差別や格差などの問題を抱えている。

_______________Story inspired by________________

“けものフレンズ”  “けものフレンズ2”
      byけものフレンズプロジェクト

     “けものフレンズR”
      by呪詛兄貴
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