けものフレンズR あるトラのものがたり   作:ナガミヒナゲシ

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 あるトラのものがたり25話です。

 アフリカ編その3。
 最果ての地にて、アムールトラを新たなる出逢いが待ち受けていた。
  


過去編後章8 「アフリカのせんしたち」(前編)

 南アフリカの、飲み込まれそうなぐらいに広い大地に、夕暮れが溶かされている。

そんな中で砂粒のような大きさの人影が垣間見えた。

 距離はざっと3~4キロメートル先・・・・・・私の視力で見えるギリギリの距離だ。向こうからはまず見えていないはず。

 

 先ほどと同じく、武器を持った危険なヒトの集団かもしれない。もっと近づいてみないと詳しいことはわからない。

 私は人影の正体を見極めるために、ヒグラシ所長が運転するピックアップトラックの荷台から降りて、こっそりと近づこうとした。

 クズリは未だ目覚めず、荷台の上で凍り付いたように寝そべっている。

 

「ああ、ちょっと待ってくれアムールトラ」と、所長が運転席から身を乗り出して呼びかけてきた。

「偶然だけど、ダッシュボードの中に良いものが入ってた。これを使って偵察してくれ」

 

 そう言った所長の片方の手には、先端から細長いアンテナが伸びた黒い端末が握られ、もう片方の手には、指先程度の大きさしかない黒い小石がつまんで掲げられていた。

 所長は小石の方を私に放ってよこした。

 受け取った小石を手の平の上で一瞬眺めると、何も言わずにそれを右耳の中にはめ込んだ。すでに何度も目にした馴染みの物体だったからだ。

 この小石は小型通信機だ。これが耳に入っていれば、所長とかなり遠くまで離れても、あの長いアンテナを持った親機を通じて話をすることが出来る。

 

「特に説明は必要ないようだな」

 互いに了解した空気で頷き合うと、今度こそ私は踵を返して、途方もなく広い夕暮れの大地を進み始めた。

 

 地平線の向こうには、無数の岩山が折り重なってどこまでも広がり、大地と空の境界を形作っていた。

 この地形は、そんな美しい山の連なりのふもとだった。一見平地に見えるけど、完全にまっ平ではない。本当にわずかだけど勾配があって、私はなだらかな丘を下っている。

 草むらはまだらにしか群生しておらず、石や砂が半ば以上も露出する荒野だった。後は数メートルぐらいのちょっとした木や植物が乱雑に、あちらこちらに散らばっている。

 身を隠せるような遮蔽物さえ満足に見つからない見晴らしのいい場所だったが、こうやって腰を落として少しずつ進めば、遠目からはかなりわかりにくいはずだ。

 

≪進みながら聞いてくれ≫

 トラックから何百メートルか離れると、通信機ごしにヒグラシ所長の声が聞こえてきた。

 彼は私に指示を告げた。

 もし人影の正体が、先ほどみたいな武装集団だったら、見つからないうちにすぐに帰ってくるように、と。

 逆に、特に武器を持っていないような現地人だったら、そのヒトたちを追跡して、居住地を突き止めて欲しいと。

 

 今は夕暮れ時で、もうじき夜が来る。こんな時間帯に人里外れた自然の中をうろついているヒトの動きが意味することはひとつ・・・・・・一日の用事を終えて、自分の住処に帰ろうとしているに違いない。

 もしそんなヒトらの居住地があるのなら、今晩はそこにお邪魔して一夜を明かそうと言うのだ。

 食料も土地勘もなく、武装集団の襲撃に怯えながら車中で夜明かしするのは正気の沙汰じゃない。意識を失ったままのクズリの容態も危うくなる。

 

 ヒグラシ所長はいくつかの国の言葉を話すことが出来て、この南アフリカ共和国に住んでいるヒトとも会話が出来るという。村人に交渉して一夜の宿を貸してもらうことは可能だ。

 私もクズリも恰好は変わっているけれど、黙っていれば、傍目からはヒトの女の子にしか見えないから、所長のそばでじっとしていればいい。

 後は、与えられた宿でしばらく身をひそめてクズリの看病が出来れば・・・・・・と彼は言うのだ。

 私もそれに異論はなかった。

 

「わかった。ところで、この辺りのことについてもう少し教えて」

≪ここは南アフリカ共和国のもっとも北西にあたる地域だ。さらに北に進めばナミビアとの国境線に着く。それと、この近くには「オレンジ川」という、大西洋にまで続いている巨大な河川が流れている。その流れに面する形で、現地人の村落もいくつかあるようだ・・・・・・だが正確なことはわからない≫

 

 この時代、ヒトが端末をいじれば、世界中だいたいのことはわかる。しかしそれは文明が及ぶ範囲のことでだった。

 電気も電波もろくに通っていないような未開の地のことは、ちょっとやそっとじゃわかるような物じゃないという。

 

≪ここからおよそ80キロ南に「スプリングボック」という、この地域の主要都市があるんだが、セルリアンの大群に襲われて、数か月前に壊滅しているそうだ・・・・・・そこの住民たちは、この近辺に散り散りになって逃げ延びているはず。生きるために、武器を取って略奪に走る者も少なくなかっただろう≫

 

 なんだか嫌なことを聞いた気がした。きっと先ほど私たちを襲ったヒトたちも、ただ必死に生き残ろうとしていただけだったんだ。

 たまたまヒグラシ所長を襲って、偶然私たちと鉢合わせて・・・・・・

 

≪そろそろ僕の位置からは君が見えなくなる。どんな些細な事でも報告してくれ≫

「わかってる」

≪ところで、君の後ろ姿は野生のトラそっくりだな。トラが身を潜めてじっと獲物に近づいてるみたいだ≫

「え? だって私はトラだよ」 

≪はははっ・・・そうだな。アフリカ大陸にはライオンやヒョウはいるが、トラは生息していない。君だけだろうさ≫

 

 所長ったらこんな時に何を呑気な事を言ってるんだろう。

 野生のトラみたいだって言われても良くわからない。私は狩りだって生まれてから一度もしたことがない野生知らずなんだから。

 まあ・・・・・・こうやって呼吸を落ち着かせて何かを観察するっていうのは、ずっとやってきたことではあるけれども。

 感覚を研ぎ澄ませて相手を観察し、相手の意を読む。ゲンシ師匠が教えてくれた戦いの基本。

 私はトラだったから師匠の空手に惹かれたのかな? それとも空手を教わったから、野生のトラに近づいたのかな?

 もうどっちが自分のルーツなのかもわからない。

 

(・・・・・・余計なことを考えてる場合じゃない)

 雑念を振り払って、目の前の景色を観察することに意識を集中させた。研ぎ澄まされた感覚によって視界が拡大され、遠くの景色をより鮮明に映し出した。

 

(川だ、川がある)

 乾いた大地の隙間から、夕陽の光を反射して宝石のように輝く水の流れが見える。川は向こうの地平線の岩山の隙間から出てきていて、反対側の地平線の彼方に消えて行っている。

 あれが所長が言ってたオレンジ川なのだろうか? 私がジャンプすればひとっ跳びで向こう岸に渡れる程度の、意外に川幅が細い川だった。他の流域ではもっと広いのかもしれないが、少なくともここから見えるのはそれくらいだ。

 こんな細い流れがずっとずっと続いて、海にまで届いてしまうっていうんだから信じられない。 

 

 そして、川の流れに沿うようにして無数の人影が移動しているのが見えた。

 歩いているヒトの列の中には、子供から老人、赤ん坊を抱いた女のヒトもいる。みんな荷物を背負ったり、荷車を引いたりしている。

 一様に肌がまっ黒な現地のヒトたちだった。

 

 その列から少し離れた位置には、銃を携えた男たちが張りつめた空気を放ちながら立っている。

 見た目はTシャツとかポロシャツにジーンズ履きのラフな格好で、正式な軍隊に所属している兵士ではないように見える。それこそ、ついさっき戦った武装集団と同じような風体だ。

 彼らは、歩くヒトの群れを守っているのかな? それとも、武器で脅して歩かせているのかも?

 

 見聞きしたことをさっそく所長に伝えると、もう少し観察してみてくれ、と返ってきた。

 私はまた進みながら、川の流れが向かう先や、武器を持った男たちの位置や人数を把握するために、視線を横に流した。

 

(あ、あれは!)

 川に面した茂みの中に1人、異様な風体の人影を見つけた。辺りを警戒する男たちと同様に、その後姿に緊張感を漂わせながら凛と立っている。

 ヒトによく似た、しかしまるで異なる気配を放つその立ち姿は・・・・・・

 

「所長・・・・・・フレンズだ、フレンズがいる!」

≪なんだって!?≫

「Cフォースの仲間かな? 声をかけてみるよ」

≪ま、待てアムールトラ! もう戻って来るんだ! そのフレンズは恐らくCフォースじゃない・・・・・・パークだ!≫

 

 パーク? パークってなんなんだ? 

 初めて聞く単語に困惑したが、ヒグラシ所長の声色からただ事ではない緊迫感が伝わってくる。きっと私たちにとって好ましくない遭遇なんだろう。

 

 言われた通りに、気配を殺しながら後ずさろうとしたその時、私が遠くから見つめているそのフレンズが動いた。

 豆粒みたいな後ろ姿がゆっくりと向きなおり、遠くにいる私の方を向いた。

 そしてその鋭くも落ち着き払った瞳が、こちらをまっすぐに凝視していた。

(ま、まずい・・・・・・) 

 見つかった。気配を殺して風下から近づいていたのに、距離もまだまだあるはずなのに、いとも簡単に発見されてしまった。

 

 その子は均整が取れた体つきの、大きすぎず小さすぎない、中くらいの背丈のフレンズだった。その橙色の体も、こめかみ近くから生えた三角形の耳も、なんだか私に似ている。同じネコ科なんだろうか?

 でも縞模様の私と違って、その体には黒い斑点が無数に散りばめられている。髪の毛は肩の高さで生えそろってて、私の髪よりもだいぶ短めだ。

 あんな姿のフレンズを、どこかで見たことがあるような、ないような・・・・・・

 

 そんなことを考えていると、突如その子が片手を天に掲げた。

 それが何かの号令を飛ばすように振り下ろされるのと同時に、稲妻のようにするどい殺気が頭上からまっすぐ降り注いでくるのを感じた。

 

______覚悟ォォッッ!!

 甲高い掛け声と共に落ちてくる攻撃を、私はあわてて後方にバク転して身を躱し、間合いを取りながら様子をうかがった。

 私がいた位置に、鋭い二又の槍が深々と突き刺さっていた。

 あのネコ科のフレンズの仲間が、さっそく攻撃を仕掛けてきたんだ。あの号令はその合図ということか。

 

「貴様ッ! コソコソと近づいてきてどういうつもりですか!」

 その子は苛立たし気に二又槍を引き抜くと、それをまっすぐ私に突きつけてきた。

 流れるようにまっすぐな長髪をなびかせる薄茶色の体のフレンズだ。体つきは一見細いけれど、全身がバネのようなしなやかさを持っている。

 頭には手にした槍と同じぐらい鋭い二本の角を生やし、今にも刺し貫かんと言わんばかりの殺気を向けてきている。

 それにしても・・・・・・わからないことがひとつある。真上から襲ってきたから、てっきり鳥のフレンズなのかと思ったけど、彼女の体のどこにも翼などない。こんな平坦な場所に、空を飛べない生き物がどうやって真上から現れられるというのだろう。

 

「ここのみんなは自分が守ってみせる! かかって来なさい!」

「ま、待ってよ。私は戦う気は・・・」

「問答無用!」

 二又槍のフレンズは強硬な姿勢を崩さない。

 どうやら私はすっかり敵だと見なされてしまったようだ。向こうにいる銃を構えた男たちと一緒に、ここに近づこうとする者をずいぶん警戒していたことがうかがえる。

 

「槍の錆びにしてあげます!」

 彼女は槍を腰の高さで短く持ちながら、上下に大きく揺れる奇妙なフットワークをはじめた。

 あの動き方は、上に跳ぼうとしている予備動作なんだろう。ジャンプして、あの長い槍で真上から攻撃を仕掛けてくるつもりだ。

 何をしようとしているかは見え見えの動きなのに、放たれるプレッシャーは尋常じゃなかった。彼女は自分の戦い方に絶対の自信を持っているに違いない。

 

 そうか・・・・・・と、つい先ほどの疑問が解けた気がした。

 ジャンプだ。彼女はとんでもない高さまでジャンプして、私の所まで降ってきたんだ。まるで迫撃砲の砲弾のように。

 

 これまでの経験からいって、真上からの攻撃っていうのは厄介だ。避けることは出来ても、反撃することは容易じゃない。

 そして、逃げることも多分難しい。ここら一帯はあまりにも見通しが良すぎるし、土地勘がある相手から逃げたって、追い詰められるのは時間の問題のように思える。

(・・・・・・ヒトの次は、フレンズ?)

 やむなく後屈立ちで臨戦態勢を取ったけれども、心の中は迷いでいっぱいだった。セルリアンと戦うためにアフリカにやってきたはずなのに、戦いを挑んで来るのは違う相手ばかりだ。

 守るべきヒトと戦うなんて嫌だ。仲間であるはずのフレンズと戦うのは、同じくらい嫌だ。

 

 二又槍のフレンズが上下に跳ねる周期が、だんだんと大きくなっている。そのたびに伝わってくる殺気も鮮明になっていくようだった。

 もうじき彼女のジャンプ攻撃が襲い来る・・・・・・と、確信した瞬間だった。

 

「何ですって? はい、はい」

 あろうことか、彼女は突然に飛び跳ねるのをやめて、耳に手を押し当てて誰かと会話をし初めた。

 なるほど彼女も小型通信機を耳に入れているのか、世界中どこのフレンズも同じようなことをやってるんだ。

 

「おい貴様ッ!」

「な、何だい?」

「たった今、貴様の仲間のヒトが見つかったようです・・・・・・貴様は斥候なんでしょう? なら耳に通信機を入れているはず。早く仲間に伝えなさい。両手を上げて車から降りて来いと。さもなくば銃で撃ってやるぞ、と」

 

 その言葉を聞いた瞬間、心臓をわしづかみにされたような悪寒が走った。ヒグラシ所長の居場所さえ簡単に突き止められてしまうなんて・・・・・・

 完全に相手のことを侮っていた。針すら通さないような強固な監視網に、私は不用意に侵入してしまったんだ。

 

 さっきあのネコ科の子が、絶対に見つかりっこない位置にいる私を難なく見つけたのも腑に落ちる。彼女の他にもいくつかの”目”が周囲を見張っていて、通信機を使って連絡を取り合っていたに違いない。

 なんとなく、パークっていうものが何なのかわかってきた。

 軍隊だ。Cフォースとそう変わりないぐらいに、ヒトとフレンズが連携して戦っている強力な集団だ。

 人質を取られてしまった私は、あきらめて相手の言うことを聞いた。

 

「・・・・・・所長」

≪だ、大丈夫かアムールトラ!? 無事に逃げられたのか?≫

「ダメだ、パークの連中に見つかった。所長も銃で狙われてる」

 

 所長の絶句交じりのため息が耳の奥から聞こえた。

 そうして私たちはあえなく縛につくことになった。

 

 

 十数人ほどの男たちが、無言のまま私たちに銃を突き付けている。

 私とヒグラシ所長は後ろ手に手錠をかけられて、地面に跪かされていた。

 そして未だ意識のないクズリは、私のそばで無造作に寝かされている。

 手錠は分厚い金属の板が重なったような形状で、頑丈な電子開錠式のやつだ。全力を出せば引きちぎれないこともないだろうが、所長まで捕まってしまった今の状況で、手荒な真似はもうできない。

 

 ふと向こうを見やると、夕暮れの川沿いに、黒人の老若男女たちが相も変わらず列をなして移動していた。

 そのヒトたちも、こちらの不穏な空気を感じ取っているようで、不安そうな顔つきでチラチラと様子をうかがっていた。

 

 先ほど相まみえた二又槍と、ネコ科のフレンズもその場にいる。彼女たちも敵意と警戒に満ちた目付きで私たちを見下ろしている。

 そういえば、彼女たちはヒトの傍にいるというのに、近くの兵士たちは特に防護服とか防毒マスクとかの類を身に着けていない。

 彼らもフレンズの体から出る放射能を気にしてないんだろうか? 

 

「もうすぐアタシたちのボスが来る。アンタらのことはボスが決める」と、ネコ科のフレンズが、ぶっきらぼうな口調でそう告げてきた。

 

「私たちは休める所を探してただけなんだ。戦うつもりはないし、手錠を外してくれ」

「ただの行き倒れにこんなことしないわよ。でもアンタたちはCフォースでしょ? アタシたちの敵だよ」

「君たちのことなんか知らないよ」

「あっそ・・・・・・でもアタシはアンタのこと知ってる。アンタはシベリアン・タイガーで、そっちの寝てる奴はウルヴァリンってんでしょ? 映像で見たもん。”最強の養殖”と”無敵の野生”なんでしょ?」

 

 ネコ科のフレンズの言葉を聞いて、ますます青ざめるような気持ちになった。何でこっちのことを当たり前のように知っているのだろう。

 私たちが戦っている映像なんて、Cフォースの内部にしか出回ってないはずだ。

 このパークっていう集団は、Cフォースから映像とか色んな情報を盗み出してるっていうことか? いったい何のために?

 

「Cフォースで一番強いアンタら2人がここにいるってことはさ、ついに本気でアタシたちを潰しに来たって解釈していいんだよね?」

「私が戦うのはセルリアンだけだよ。どうして君たちと戦わなきゃいけないんだい?」

「そっちのオッサンに聞いてみたらいいんじゃない?」

 

 そう言われて、傍にいるヒグラシ所長の顔を見つめてみた。

 所長は私の視線を避けるように俯いて、苦虫を噛み潰したような表情のまま黙っていた。明らかに何か思い当たる節があるようだった。

 やっぱり、彼はまだまだいっぱい私に隠し事をしてるんだ。

 

 跪いたまま不穏な沈黙に耐えていると、それを破るようなエンジン音が鳴り響き、一台の車がその場に駆け付けてきた。

 タイミングからいって、この集団の「ボス」が到着したのだろう。

 そうして車のドアの向こう側から現れたのは、数人の兵士を引き連れた若い女性だった。

 

(・・・・・・日本人?)

 その肌の色も、顔立ちも、近くにいる黒人たちとはまるで異なる、私が一番見知ったパーツで構成されていた。

 黒いタンクトップにストレッチジーンズという服装の上から、土埃で汚れた白衣を羽織っている。後頭部で留めた長い黒髪が、夕陽に照らされて深い緑色のように見える。

 端正な切れ長の目には豊かな知性を宿していて、埃をかぶった顔でもすぐにわかるぐらい、とてもきれいな女のヒトだ。

 

 日本人女性は私たちの傍に近寄ると、まずはヒグラシ所長の目の前に立った。黙ったままじっと見つめてくる女性を、所長も怪訝な顔で見つめ返した。

 

「まさかあなたは、ヒグラシさん?」

「君は誰だ? なぜ僕の名前を」

「私です。カコです。わからないでしょうね、もう20年も前・・・・・・あなたは皺が増えた以外はほとんど変わらないけど、私はまだ幼児だった」

 

 所長の瞳が丸く見開かれて、驚愕に打ち震えている様子だった。

 彼はこの瞬間まで、恐怖も焦りも想定の中といった感じで平静を装っていたというのに、今はじめて想定外の事態に出くわした様子だった。

 会話から察するに、このカコって女性とヒグラシ所長は知り合いっていうこと?

 

「あなたが今もCフォースで働いていることは知っています。この南アフリカに来たおおよその目的も・・・・・・私は今、NGO団体パークの一幹部として、現地の住人をセルリアンや武装集団から守る仕事をやっています」

「君のお父上、パークの創設者である”遠坂 重三”氏の下で働いているということか?」

「父は3年前にセルリアンに襲われて亡くなりました。私も今は結婚して、遠坂の姓ではありません。久留生(くりゅう)って言います」

「そ、そうだったのか・・・・・・」

 

 お互いに訳を知った感じの会話を交わす所長とカコさん。

 私はぽかんとしたまま、2人の会話に耳を澄ませていた。カコさんがどんなヒトかはわからないが、話しの行き先次第ではこの場を無事に切り抜けられるのでは?

 そんな淡い期待を抱き始めた頃だった。

 

 後ろからカコさんに近づいてきた黒人兵士が、彼女に何事か耳打ちした。彼女は私が聞き取れないアフリカの言語で返答していた。

 カコさんの返答を聞いて頷いた兵士は、頷きながらそそくさと後ろに戻っていった。

 彼女はもう一度所長に向きなおると、こう告げた。

 

「話をしている場合ではなくなりました。セルリアンが近くに出没したようです。正確な位置は不明ですが、計器がレッドゾーンの反応を示しています。もう急いで避難しなければいけない。あなた達を私たちのキャンプに連行します」

 

 セルリアンと聞いて、カコさんの後ろにいる2人のフレンズの表情に俄かに闘志が宿り始めた。 

 二又槍の子が、ジャンプ攻撃を得意とする実力者であろうことはもう知ってる。ネコ科の子も、雰囲気からいって相当の場数を踏んでいるような感じがする。

 2人がどこでどんな戦いをしてきたか知らないけれど、多分Cフォースのフレンズと遜色ない戦力を持っているに違いない。

 

「セルリアンの相手は私たちにまかせておけば問題ありません。立ってくださいヒグラシさん・・・・・・そしてシベリアン・タイガー。どうかあなたも今は私のことを信用してほしい」

 

 カコさんがここで初めて、私の方を向いて話しかけてきた。

 私は彼女の目をじっと見つめてみた。見た感じ、かなりクールそうなヒトだ。感情をほとんど表に出さずに、言うべき言葉だけを選んで簡潔に言う・・・・・・そんな感じだ。

 でもそんな冷たい態度のすぐ裏側には、誠実さとか優しさとか、他人を惹きつける暖かい気持ちが感じられるような気がする。

 

 カコさんを見ていると、私が前に出会ったあるヒトのことが思い出された。

 そうか・・・・・・このヒトは「ドクターハザマ」に感じがそっくりなんだ。ドクターは、かつて私がゲンシ師匠との修業に励んだ特急拘置所の責任者だ。

 関わった死刑囚を死なせ続けなければならない辛い立場に身を置きながらも、真摯に職務を果たし、死刑囚に最後の安息を提供し続けていた。

 師匠からも、めったにいない立派な人物だと称えられるほどの女性だった。きっと今も変わらず誇り高く仕事を続けているのだろう。

 

 このパークっていう集団のことは何も知らないし、どうやら私たちCフォースは敵だと思われているようだし、はっきり言って素直に言うことを聞くのは憚られる。

 でも、ドクターハザマによく似たカコさんのことは、一目見ただけで好感を持つことが出来た。

 それに、敵である私に、手錠を嵌めて自由を奪っているにも関わらず「信用してほしい」と頼むような口調で話してきた。だからこのヒトは立場にものを言わせて乱暴なことをやったりはしないはずだ。ドクターハザマと同じように、物事の道理を大事にしているからだ。

 

 私は、彼女に完全に信頼をゆだねるための最後の交渉に打って出た。

「お願いですカコさん。今すぐ手錠を外してください」

 信用してほしいなら、彼女にも私のことを信じてほしい。お互いに相手を信じてこその信頼関係だと思う。

 私の言葉を聞いて、カコさんは呆気に取られた表情を、後ろにいる2人のフレンズは警戒のまなざしを向けてきた。

 特に二又槍の子は、またも私に槍の穂先を向けてきている。

 

「セルリアンが来てるんですよね? 私にも戦わせてください。きっと役に立てます」

「貴様・・・そんなこと言って! 手錠を外したら襲い掛かってくるんでしょうが!」

「そんなことしない! パークとかCフォースとか関係ない。セルリアンからヒトを守るのは私の役目なんだ。君らの手伝いをさせて欲しいんだ」

 

 カコさんは納得したように頷くと、端末を取り出して何かの操作を行った。

 私を縛っている両腕の手錠が、電子音を立てて地面にこぼれ落ちた。

 

「わかりました。シベリアン・タイガー、私たちと一緒に戦ってください」

「ボス! こいつを自由にするつもりですか!」

「この子は信用して大丈夫だと判断しました。2人とも、彼女とスリーマンセルを組んで、セルリアンの掃討にあたってください」

 

 さっそく立ち上がった私を、跪いたままのヒグラシ所長が不安そうな表情で見上げている。私はそれを見つめ返して、静かに頷いた。

「行ってくるよ所長。クズリを頼む」

 

「・・・・・・くっ!」

 二又槍の子はカコさんの判断に納得いかない様子で、私に目も合わせずに走り去っていった。

 それとは逆に、ネコ科の子は私に近づいてくると、あろうことか私に握手を求めてきた。

「自己紹介するよ、アタシはパンサー。あの気が短いのはスプリングボックだよ。さっきは悪かった。ボスがアンタを信じるなら、アタシもアンタを信じる」

 

 このパンサーというネコ科の子は、気持ちの切り替えが早くて社交的な子らしく、先ほどは敵扱いして疑いの目を向けていた私に、ごく自然に友好的な態度で接してきた。

 それに比べると、あの二又槍のスプリングボックは、良くも悪くも一本木で真面目な性格なんだろう。一度敵とみなした相手と気安く話すのはプライドが許さないようだ。

 

 パンサーからおおまかな事情を聴いた。彼女もスプリングボックも、元々はこの南アフリカ共和国生まれの野生動物らしく、自分の地元を守るために日々必死に戦っているとのことだ。

 特にスプリングボックは、ここから南にあるという自身と同じ名前の街が生まれ故郷らしく、最近そこがセルリアンに滅ぼされてしまったというので、かなり気が立っているらしい。

 

 そして、もうひとつ気になったことをパンサーに聞いてみた。先ほど、最初に彼女を見た時から気になっていたことだ。

「君によく似たフレンズを知ってるよ。ブラックパンサーっていって、体が真っ黒なこと以外は君と瓜二つなんだ」

「へー、ブラックなアタシ? そいつ強いの?」

「うん強いよ。私の先輩で、泳ぎの先生でもあるんだ。今もブラジルのCフォース部隊で戦ってる・・・・・・君は強い?」

 

______ブォンッッ!!

 軽い気持ちで「強い?」と尋ねた瞬間、パンサーの上半身が弾かれたようにのけぞり、円を描くようにして片足を蹴りあげてきた。

 彼女のつま先が、私のこめかみの横でピタリと止まった。稲妻のように鋭いハイキック・・・・・・の寸止めだ。

 彼女の胴体は見えても、足先はまるで見えない。目で見てたらこんなすごい蹴りはまず躱せないんだろうな。

「どう?」

「つ、強いね」

 パンサーは蹴り技の使い手ってことか。それも一級品の。

 

「ぷっ・・・あははっ! シベリアン。なんかアンタってトボけてて面白いね。本当に”最強の養殖”なの?」

「いやそれは・・・・・・誰かが勝手にそう呼んでるだけだよ」

 パンサーは蹴り足をもとに戻すと、俊敏な足取りで走り出した。少し打ち解けられたような彼女に連れられて、セルリアンが出現したというエリアに向かっていった。

 

 to be continued・・・

 




_______________Cast________________
 
哺乳綱・ネコ目・ネコ科・ヒョウ属トラ亜種 
「アムールトラ(シベリアン・タイガー)」
哺乳綱・ネコ目・ネコ科・ヒョウ属
「パンサー」
哺乳綱・クジラ偶蹄目・ウシ科・スプリングボック属
「スプリングボック」

_______________Human cast ________________

「日暮 啓(ひぐらしけい)」
年齢:51歳 性別:男 職業:Cフォースアフリカ支部職員(元日本支部研究所 所長)
「久留生 果子(くりゅうかこ)」
年齢:25歳 性別:女 職業:国際的非政府組織「PARK」構成員 南アフリカ事業所代表

_______________Story inspired by________________

“けものフレンズ”  “けものフレンズ2”
      byけものフレンズプロジェクト

     “けものフレンズR”
      by呪詛兄貴
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