アフリカ編その5。
目覚めるクズリ、生じる亀裂。
あのクラゲみたいなセルリアンを退治した後、私は、パンサーやスプリングボック、それに黒人兵士たちと一緒に、カコさん達パークが集まっている難民キャンプを目指すことになった。
どれほど歩き続けようとも、あたりの景色は先ほどとそう変わることはない。砂と石ばかりの乾いた大地があり、地平線の向こうがわには岩山が連なっているだけだ。
そんな代わり映えのしない景色を何時間も進み続けるうち、すっかり夜のとばりが降りた。天空が無数の星々に照らされているのとは対照的に、大地は深い暗闇が広がるだけだ。大地も岩山も真っ黒な輪郭しかわからない。
だがそんな何もない暗闇の中に、流れ星のように付いたり消えたりする不審な光を見つけた。
「安心して、あれはアタシたちの仲間」と、私のすぐ前を歩いていたパンサーが溜息交じりに告げる。
「あの光で居場所を知らせてるってわけ」
近くを歩いている黒人兵士たちが、それまで張りつめていた緊張がいっぺんに解けてしまったように、疲労困憊の色をどっと覗かせている。そして疲れた体に鞭を打つように、明滅する光信号に向かって再び歩き出すのだった。
そうしてようやく「パーク」の難民キャンプに辿り着いた。
乾いた平野の上に、何台もの山のような大型トレーラーが間を開けて駐車していて、その間を縫うように小さな車やテントが軒を連ねていた。
広い場所に、かえって心細さを浮き彫りにさせるように、たくさんのヒトが息を潜めて身を寄せ合っている気配がする。
足元を最低限に照らす程度の明かりしか灯されていないから、だいぶ近づかなければここが難民キャンプであるとはわからなかった。
でも彼らは敢えてそうしているんだろう。
こんな平野で明かりを付けたりしたら、遠目から目立ってしょうがない。武装集団に簡単に見つかってしまうだろうし、セルリアンだって光に引き寄せられる性質があるんだから、明かりを付けなくて正解だ。
疲れ切った兵士たちが、それぞれの休む場所へと散っていく中、私は一台のトレーラーの前に連れて行かれた。
パンサーが背後から私の肩を叩きながら話しかけてきた。
「シベリアン、悪いけど今日はあの中で寝て」
切り開かれた車体の後端から階段が伸びていて、そこから光が漏れている。車体の入口は、一本一本がヒトの腕のように太い鉄格子に仕切られていた。
「それとね、気を失ってたアンタの友達だけど、目を覚ましたらしいよ」
「え? クズリが!? 彼女はどこにいるの?」
「それは教えられないよ。あれとは別のトレーラーの中に閉じ込められてるってさ」
それを聞いて安堵する反面、不安も込み上げてきた。
クズリは自分が寝ている間に起きたことを知らない。そんな状況で目を覚ました彼女が、何も行動を起こさないわけがない。
分厚い鉄で出来たトレーラーの車体も、腕みたいに太い鉄格子も、クズリを閉じ込めておくには到底足らない。あんな鉄格子、彼女の腕力なら針金みたいに折り曲げてしまえるはずだ。野放しと一緒だ。
「仲間が言ってたよ。目付きがメチャクチャ怖いって、見ているだけで殺されそうだって。”無敵の野生”のウルヴァリンは・・・・・・アンタとは違うタイプみたいだね」
「暴れたりしてないかい?」
「薬を使って動けなくしてるらしいよ」
「シベリアン、アンタも一応これ付けといて」と、言いながらパンサーが手に持っているのは、重ねた板の形をした電子手錠だ。
「ごめんね、後で食事も持ってく。あのCフォースのオッサンのことも、何かわかったら教えるから」
「親切にしてくれてありがとう、パンサー」
黙って差し出した両腕に、再び手錠が嵌められた。
申し訳なさそうに私を見つめるパンサーや黒人兵士たちに見送られながら、トレーラーの階段を上がり中に入っていった。すると鉄格子がひとりでに電子音を立てて、再び閉じられた。
トレーラーの内部、直線で構成された殺風景な部屋の中には、簡素なベッドに机。奥にはトイレにつながっていると思しき扉があった。
一晩を過ごすのには上等すぎる場所だ。外でテントとかで寝ているヒトたちに申し訳なくなるぐらいだな・・・・・・そう思いながら部屋を見回していると、机の上に置かれた妙な機械が目についた。
ヒトが手に持って操作する端末の、ちょっと大きめな感じのやつだ。机の上に、小さな台に支えられて斜めに立てかけられている。
端末の画面には明かりが点いていて、何かの映像を映し出している様子だった。
「クズリっ!」
私はとっさに映像の中に映っている彼女に向かって声をかけた。
≪アムールトラ!? ・・・・・・てめえ今までどこにいやがった? ここは一体どこだよ≫
ベッドに横たわるクズリが私の声に反応して、画面の向こう越しに視線を合わせてきた。彼女のいる所にも同じような端末が備え付けられているのだろう。
凍ったように眠っているのを見た時は、もう起きてこないんじゃないかと心配したものだけれど、ひとまず心配はいらないようだ。
クズリの右腕には三つの点滴が繋がれている。透明のパックと、オレンジ色のパック。そしてそれらよりも一回り以上小さい、牛乳みたいに白く濁ったパックだ。
多分あの中のどれかが、クズリを動けなくしている薬なんだろうな。残りは水分と栄養なのかな? よくわからないけど。
≪首から下が全然動かねえ、感覚がねえんだ。何なんだよこれは!≫
「お、落ち着いて。これには色々と事情があるんだ」
私は彼女が寝ている間に起きたことを打ち明けた。こうやってわざわざ端末越しに会話できるようになっているということは、事情をすべて話しても構わないってことだろう。
あるいはそれがパークのヒトらの狙いなのかもしれない。クズリを落ち着かせられるのは、仲間である私の言葉だけだろうから。
≪オレがぶっ倒れている間に、ヒグラシのクソオヤジは勝手にヘタこいて重傷を負って、あげくにオレら全員ワケわかんない連中にとっ捕まっただと?≫
「仕方がないんだよ。成り行きに任せてたらこうなっちゃったんだ」
≪・・・・・・いっぺん頭ン中整理させてくれ。いろいろ起こり過ぎだろ≫
クズリは目を閉じながら、しばらく何かを考え込んでいる様子だった・・・・・・そして再び目を開けた時には、疲れ切ったような表情で深いため息をついた。
こんなに弱った様子の彼女を見るのは初めてだから、私も思わず不安になってしまった。
「大丈夫かい?」
≪敵がオレをふん縛るのはわかるさ。捕まったらそうなって当然だ。問題はオーダーだよな・・・・・・何なんだこれは? こんなモンが体に仕組まれてるなんて思ってもいなかったぞ? オレ達の体は一体どうなってるんだよ?≫
フレンズに刻まれた“オーダー”に逆らったことによる拒絶反応に体を蝕まれて、クズリは今まで、およそ半日間もの間意識を失くしていた。
オーダーは、クズリほどの強靭な体でも問答無用で眠らせてしまうほどに強烈だ。そばで見ていただけの私ですら、頭が真っ白になるぐらいびっくりしたんだもの。実際に自分の体で効果を味わったクズリの不安と驚きはどれほどのものか図り知れない。
≪一度セルリアンに殺されてからこの体を手に入れた時、オレはなんてラッキーなんだと思った。奴らと互角以上に渡り合える強い体で、思う存分復讐できるんだものな。そしてセルリアンを殺せば、その日のメシにあり付ける。殺すことと食うことの繰り返し・・・・・・ずっとそれが続いていくモンだと思ってたし、それに何の不満もなかった≫
≪だが今となっちゃ、オレをこんな体にしやがったCフォースの言うことを素直に聞くべきなのかどうか、わかんなくなっちまったよ≫
「クズリ・・・・・・」
≪まあ、冴えない愚痴ばっか叩いてても仕方がねえ≫
彼女はとつとつと自嘲気味に嘆いていたが、しばらくすると気持ちを切り替えた様子で、いつも通りの鋭い殺気を瞳の中に宿らせはじめた。
ひとまずは落ち着いた様子だったが、落ち着いた分だけ、自分が今何をすべきかを冷静に考え始めたようだ。
≪まずはこの状況をどうやって切り抜けるか考えねえとな。オレをこんな所に閉じ込めやがったパークとかいう奴らには、相応の落とし前を付けさせてやる≫
「ちょっと待ってよ。オーダーのことはどうするんだよ? ヒトに手を出したら、君はまた・・・・・・」
≪だからヒトの相手はてめえがするんだよ。てめえの”不殺カラテ”なら、オーダーも反応しねえんだろ? オレはその間にアイツらの車やら武器を全部ぶっ壊してやる。オレら2人なら、まあ楽勝ってとこだろ≫
彼女はいったん敵とみなした相手には容赦することがない・・・・・・数多のセルリアンしかり、あの武装集団しかり、跡形もなく徹底的に叩き潰すまで追い詰めるだろう。
パークが本当に私たちの敵であるならば、私もクズリの提案に乗るべきなのかもしれない。でも彼らのことを、どうしても敵だとは思えない。
いちど一緒に戦ってみてわかった。セルリアンを相手に、無力な避難民を庇いながら、少ない手勢で必死に戦うパークの戦士たち・・・・・・彼らのやっていることは、私たちと同じじゃないか。
「待ってくれ。相手のことを知りもしないうちに揉め事を起こすのはよくないよ」
≪あ? 奴らの方がオレらを敵って言ってんだろ? 揉めるのにそれ以上の理由がいるのかよ?≫
「きっと何か事情があるんだ。私たちが知らない事情が・・・・・・」
私はクズリに、ヒグラシ所長が何かを私たちに隠している件について、相談をしようかしまいか迷った。それはおそらく、パークがCフォースと敵対している理由にも関係しているんじゃないのか?
もやもやとした疑念を口にしようとしたけど、何もかも不確かで、はっきりとした言葉にするのは難しかった。
≪敵の事情なんか知るかよ≫と、口ごもっている私を見かねたようにクズリがぴしゃりと言い切った。
≪お人好しのてめえが、さっそく奴らにホダされたってだけだろうが≫
画面越しに私を睨み付けるクズリとの間に、冷たくて重たい壁がはっきりと現れていくのを感じた。今これ以上話しても、余計にこじれてしまうだけだ。
そう悟った私は、彼女から逃げるように視線を外して「もう休もうよ。お互いに疲れてる」と一言だけ告げると、ベッドの上で足を組んで座り、トレーラーの壁に背を持たせかけて呼吸に意識を集中させた。
私はいつも坐禅を組んで眠るんだ。そうする習慣が完全に身についている。体を横にして眠ることなんて、やり方すら忘れてしまったし、今後もやることはないだろう。
せっかく上等なベッドを用意してくれたのに申し訳ないけれど。
坐禅で気持ちを落ち着けたことによって、今この瞬間まで頭の中に浮かんでいた不安や疑念が客観視され、グチャグチャに絡まった不定形な塊として、私の脳裏に現れているような気がした。
この塊にどう向き合ったらいいか・・・・・・そんなことを考えながら、意識のある深い眠りの中で体を休めた。
そうして幾らかの時間眠っていた私は、誰かが鉄格子をノックする音で目覚めさせられた。
兵士が鉄格子を開けて中に入ってくると、部屋の中央にある机に食事が乗ったトレイを置いた。私は軽く会釈をして、出ていく兵士を見送った。
鉄格子の向こう側からは太陽の光が覗いている。そんなに眩しくなくて、青っぽい感じがする光だから、おそらく今は早朝なんだろうな。
机に置かれた端末の向こう側を見やると、クズリのいるトレーラーにも兵士がやってきていて、点滴を交換していた。
クズリは兵士のことを鋭く睨み付けていたけれど、やはり体はベッドに横になったままピクリとも動かない。
兵士はクズリの視線に怯える様子もなく、てきぱきと点滴を交換すると、さっさと出て行ってしまった。
≪アムールトラ、てめえはオレと比べてずいぶんと扱いが良いみてえじゃねえか?≫
気まずい沈黙を破るように、クズリが画面越しに声をかけてきた。
彼女は私の手元にある金属のトレーを眺めていた。私には食事が出されたのに、彼女には薬入りの点滴だけっていうんじゃ、さすがに申し訳ない気分になる。
≪オレに遠慮すんな。ちゃんとメシ食ってリキつけとけ。その、気色悪い物体をよ・・・・・・それ、うめーのかよ?≫
トレイの上にはペットボトルの水と、ビニール詰めにされた、ピンクや水色の派手な色をした丸いパンが乗せられている。
これは何だろう? こんな食べ物は初めて見る。ひとつ手に取ってビニールから取り出し、おそるおそるかじってみた。
「変なパンだ。ステーキみたいな味がする。それに一口食べただけで結構おなか一杯になるよ」
≪まともなご馳走で良かったな。ステーキねえ・・・・・・ブラジルじゃ毎日のように出されて飽き飽きしてたが、やっぱまた食いたいぜ≫
「じゃあ私はハンバーガーが食べたい。トマトとレタスを挟んだやつが好きなんだ」
≪はっ、てめえはトラの癖しやがって、ヤギみてーな舌をしてやがんだな≫
「だってお肉は野菜と一緒に食べるのが一番美味しいんだよ」
≪オレは野菜なんて絶対食わねえぞ。腹下しちまうからな≫
私とクズリは、昨日までの険悪な雰囲気がウソのように、他愛もない会話で盛り上がった。昨日はあんなに意気消沈していたのに、今は何ごともなかったように機嫌を直している。
だがそれが却って不安になる。今まで一緒に過ごしてきたから、彼女の考えていることがなんとなくわかるんだ。
彼女は今、オーダーのことや今後の事や、そういう自分を嫌な気持ちにさせる考えを振り払うために、目の前の出来事に意識を集中させようとしているんだ。
この状況をどうやって切り抜けるか、その一点だけに。
「クズリ、早まらないでくれよ」と、私は念を押すように再び告げた。
「まずは落ち着いて情報を集めよう。その上でもう一度、今後どうするかって話し合いをしよう。お願いだ」
≪いいぜ。オレの相棒のお願いだもんな・・・・・・だが、望むような展開になる保証はねえぞ?≫
______ガチャンッ!
私とクズリ、それぞれのトレーラーの鉄格子がほぼ同時に開かれる音がした。
情報を探るチャンスが早速めぐってきたことを、お互いに確認して頷き合うと、それぞれの部屋の鉄格子の向こう側へと向きなおった。
「貴様、そんな上等な寝床でさぞかし良い夢を見れたでしょうね?」
私が見つめる先には、薄茶色の真っ直ぐな髪をなびかせるスプリングボックの冷たく整った双眸があった。
不機嫌そうに私を見下ろすスプリングボックに手招きされるまま、トレーラーの外に出た。太陽はもう真上近くまで登っている。
「いったいどうしたの?」と、その眩しさに思わず顔をそむけながら、私は彼女に要件を問いただした。
「うちのボスが、お前とウルヴァリンを呼んでいます。色々と今後のことで話があるそうです」
「・・・・・・ヒグラシ所長は無事なの?」
「さあ? でもボスはあの男を助けると言ったはずです。彼女は約束を違えない」
スプリングボックはそれだけ言うと、私に構わずに歩き出した。
夜の闇の中ではよくわからなかったけど、この難民キャンプは相当な広さがあって、少なくとも目に見える範囲はテントやら車やらがひしめき合っている。
私が今歩いている辺りは、意図的にスペースを空けてあるようで、大通りさながらの広い道になっていた。
避難民たちの様子は夜とほとんど変わりない。ちらほらと往来する人影が見える以外は、誰もがテントに身を潜めて不安そうな表情で外を覗いている。
「あの、昨日はよく眠れた?」と、気まずい沈黙を破るようにしてスプリングボックに話しかけた。
「・・・・・・私は貴様となど無駄口を聞きたくありません。私をパンサーと同じように友好的だと思わないでください。」
「そうか、ごめん。パンサーはどこ?」
「彼女はウルヴァリンを迎えに行っています。もうすぐ合流します」
スプリングボックに取りつく島もないといった感じで冷たくあしらわれてしまったので、やむなく黙り込んで彼女に着き従って歩いた。
顔を伏せて歩いていると、横から何者かの気配が近づいてくるのを感じた。
私の腰の高さぐらいの背丈しかない小さな影が、私の目の前で足を止めた。
「あ・・・・・・君は!」
つい先日のオレンジ川の戦いでセルリアンに襲われていた、例の片腕のない女の子だった。真ん丸な愛らしい瞳にあどけない笑みを浮かべながら私を見上げている。
差し出した右腕には一輪の花が握られている。
「えっ? これを私にくれるの?」
女の子から花を受け取ると、彼女はそそくさと立ち去って、無数にひしめき合うキャンプの人混みの中に身を隠してしまった。
「わぁ、きれいなガーベラだ」と、受け取った花をうっとりとした気持ちで見つめた。
鮮やかな黄色の花びらが、真ん丸な玉のように隙間なく生えそろっている。まるで手のひらサイズの太陽みたいだ。見ていて思わず明るい気持ちにさせてくれる。
「あの子は貴様に、助けてくれたお礼がしたかったようですね。ところで貴様は花の名前なんてわかるのですか?」
「私、花が好きなんだ。少し勉強もしてる・・・・・・スプリングボック、あの子のことを知ってる?」
「あの子はアマーラといいます」
アマーラという名のあの子は、元々はこの地方の主要都市スプリングボックに住んでいたけど、数か月前のセルリアンの襲撃で住処を失い、家族とも離ればなれになって、パークのヒトらに保護されたらしい。
親なし子・・・・・・だからセルリアンに襲われそうになった時も、庇ってくれる大人がいなかったんだな。命がかかっている局面で、自分の子でもない子供を助けるはずがないもの。
「ああいう子はたくさんいます。頼れる大人もいないで、どんなに心細い気持ちでいることか・・・・・・でも私が絶対に守ってみせます。みんな我が愛すべき故郷の仲間なのだから」
「スプリングボック、やっぱり君は良いやつだな」
「な、わかったようなことを言わないでください!」
素直に感心してスプリングボックを褒めたつもりだったが、彼女は何故だか機嫌を悪くして、私に距離を置くようにいっそう足早に歩き出した。でもその後ろ姿には、今まで見られなかった柔らかさが見えるような気がする。
彼女は私を嫌っていても、私は彼女のことが好きになれそうだと思った。
「おーい、2人とも」と、遠くからでも良く通るきれいな声が聞こえた。
パンサーが大通りの向こう側から歩いて来ていた。彼女は両方の腕にそれぞれ異なる物を持っていた。片方の腕には点滴を吊り下げた細長い点滴台が、もう片方の腕には車椅子の押し手が握られていた。
「よう、アムールトラ。花なんか持ってどうした?」
車椅子に座っているのはクズリだ。先ほど聞いた話通り、彼女もカコさんに呼ばれたのだ。
「てめえもフレンズのお出迎えを受けたのか? そちらさんは何てフレンズだ?」
クズリは私を一瞥すると、私の隣にいるスプリングボックを、お得意の射殺すような視線で睨み付けはじめた。
攻撃的な視線を受けて、スプリングボックもにわかに苛立ちを取り戻し始めた。
「・・・・・・私に用でもおありで?」
「ほんの挨拶さ。こちとら、アンタらが打ってくれた薬のおかげで首から下が動かねえんだ、何も出来やしねえから安心しろよ」
「だったら私に不快な視線を向けないでください!」
「いやなに、アンタ、オレと気が合いそうだと思ってよ。ずいぶんと血の気が多そうだからなァ」
クズリは明らかに、スプリングボックの逆上を誘うつもりの言葉と態度だ。
それに釣られたスプリングボックは、車椅子に座ったまま動けないクズリに近寄り、その胸倉を掴みあげた。完全にクズリに敵意と怒りを向けている。
「クズリ、やめろよ」と、私はあわてて一触即発の2人の間に割って入った。
(早まらないでくれって言ったばかりじゃないか!)
私は言葉には出さずに、視線でクズリをそう問い詰めた。すると彼女は落ち着き払った不敵な目つきで私を見返してきた。
こういう表情をしている時の彼女は、考えを巡らせた上で、何かを狡猾に狙っているんだ。それぐらいのことは今までの付き合いでよくわかっている。
「やめなってスプリングボック。アタシも同じようなこと言われたよ。おおかた、アタシたちを怒らせて、逃げる隙を伺おうって腹なんでしょ」
「ふん! そうですね!」
苛立ちが収まらないスプリングボックが、パンサーの説得を受けてクズリから離れた。
「・・・・・・じゃあ行くよ。今からボスに指定された場所まで案内するから」
◇
≪シベリアン・タイガー。昨日はよく眠れたかしら? そして、はじめましてウルヴァリン。私はここの代表を務めるカコという者です≫
細長い台に備え付けられたプロジェクターが、何もない空間にカコさんの姿を映し出している。
パンサーたちに案内されて辿り着いたこの場所は、難民キャンプの中でも一番人気のない隅っこの辺りに建てられた小さなテントの中だ。
薄暗く狭いテントの中は、パンサー、スプリングボック、そして私とクズリの4人のフレンズがいるだけで、外には銃を構えた少数の兵士が見張っているだけだ。
明らかに人目をはばかるような雰囲気を出している。
カコさんの面構えは、昨日までと変わらず、クールで隙が無く、緊張感に満ちている。
だがその端正な切れ長の目の下には深い隈が刻まれていた。
よく見ると、体がごくわずかだが小刻みに上下に揺れていて呼吸が乱れている。ひどく疲れている様子だ。
「カコさん、もしかして昨日寝てないんですか? ヒグラシ所長の手当てをしてたから?」
≪その他にも用事がいろいろありました。眠る暇がないことは、今に始まったことじゃないから気にしないで・・・・・・さて、今日はあなたがた2人に色々と話すことがあって、ここに来てもらいました。まずは≫
プロジェクターが、カコさんの上半身から別の映像に切り替わった。
「し、所長・・・・・・!」
ヒグラシ所長と思しき、痩せ型の黄色人種の男性がベッドの上に寝ている姿が映し出された。映像に光が映り込んで全体が白っぽくなっているので、彼の寝顔とか詳しい様子はわからない。
だけどその体には点滴やら色んな管が繋がっていて・・・・・・驚いたことには、隙間なくぎっちりと包帯が巻かれた彼の右足は、膝から下が無くなってしまっているのだった。包帯には血がうっすらと滲んでいる。
そんな痛々しい彼の映像を映したまま、カコさんの声がまた聞こえた。
≪あなた達の連れ合いである日暮博士ですが、地雷を踏んだことにより右下肢を著しく損傷したため、やむなく膝関節から下を切断しました・・・・・・でも命は無事よ。もう数日すれば起きて食事をしたり出来るようになるでしょう≫
所長の命が助かったのは良かったけど、とても手放しで喜ぶことは出来なかった。
右足を失ってしまったなんて大変な事だ。今まで普通に歩いていたのに、これから先の彼の人生はどうなってしまうんだろう。
≪日暮博士のこれからの処遇についてですが、何ごともなければ国連に身柄を引き渡します。そのまま国際法に乗っ取って手続きが取られて、元々の所属であるCフォースに戻ることが出来るでしょう。そしてあなた達も、Cフォースの”特殊生物兵器”として正式な登録番号が存在しているために、彼について行くことになります≫
「オレが聞きたいのはそんなことじゃねえんだよ」
クズリが動けない体はそのままに、顔をふんぞり返らせて威圧的な態度でカコさんを問い詰める。会話の主導権はこっちにあるんだぞと言わんばかりだ。そうすれば会話を有利に進めることが出来ると思っているからだ。
「アンタらは何もんだ? 目的は? 何でCフォースを敵扱いしてやがる? 答えろ」
≪すべてお話しします≫
カコさんはクズリの剣幕にびくともせず、冷たい緊張感を保ったまま淡々と語り始めた。その時私は悟った。このヒトは脅しや威圧に屈するようなタマじゃない。こちらが会話の主導権を握るのは不可能だ、と。
≪私たちパークも、セルリアンから人類を守るために存在する組織です≫
「だ、だったら!」と、私はかぶせるようにカコさんの言葉を遮った。
「Cフォースと一緒に戦えばいいじゃないですか。敵になる理由なんかないはず!」
≪いいえ、今のCフォースと手を結ぶわけにはいきません。Cフォースは、フレンズを生み出してセルリアンと戦わせているからです。私たちはいずれ、フレンズが何者にも縛られず、動物の頃のように自由に生きていける楽園を築きたい。だからあなた達のような子を、Cフォースから解放したいと思っています≫
「解放、だとォ?」
≪ウルヴァリン、そしてシベリアン・タイガー、あなた達は自分たちの立場を疑問に思ったことはないですか? 自分たちの意志に関わらず、命がけでセルリアンと戦う毎日を強制されている。オーダーなどという洗脳まで施されて・・・・・・あなた方は、Cフォースに自由を踏みにじられている。それが当たり前だと思ってはいけません≫
「ぐっ・・・・・・!」
クズリがカコさんの言葉に明らかに動揺している。
Cフォースに不自由を強いられていることも、オーダーという見えない首輪を嵌められていることへの不信も、彼女が昨日思い悩んでいた内容を、ズバリそのまま言い当てられた形になったからだ。
言葉を失ったクズリに代わって、私が質問を続けた。
「じゃあ、もしセルリアンと戦いたくなかったら、戦わなくても良いってことですか?」
≪そうよ。パンサーとスプリングボックは、あくまで善意で私たちに協力してくれているに過ぎない。この南アフリカを守るために≫
カコさんの言及を受けて、2人が誇らしげに相槌を打っていた。
そういえば、昨日知り合ったばかりだけれど、彼女たちの口から短い間に何度も「故郷を守る」という言葉を聞いた。
その言葉を口にする時、瞳の奥が激しい情熱で燃えているような感じがした。そうしたいと心から思っているんだろう。
私も含めてCフォースのフレンズは、上から言われるがまま世界中あちこちに飛ばされて戦うのが当たり前だと思っていた。だけど私と違って、彼女たちは自ら望んで生まれ故郷を守るために戦っているんだろう。
「でもフレンズ抜きでセルリアンに勝てるんですか? 昨日、セルリアンを倒せるSSアモの威力を見せてもらったけど、やっぱりフレンズの方が強いと思います」
≪そうね。たとえSSアモを1万発製造しようとも、フレンズ1人分の力にすら及ばないでしょう・・・・・・しかし、あなた達フレンズは元は動物です。尊重すべきひとつの命なんです。命を兵器として扱うのは間違っている。Cフォースの過ちは誰かが正さなければなりません。セルリアンと本格的に戦うよりも、過ちを正す方が先よ≫
「それ以上喋るなオバサン、黙りやがれ」
動揺して押し黙っていたクズリが、突然に態度を一変させて、カコさんの言葉を打ち切った。
「聞いてりゃふざけたゴタクばかり並べやがって・・・・・・オレらがそんなに可哀想か? 救ってあげたいか?」
ここでカコさんの話に水を差したところで意味はない。話はまだ途中だっただろうから、聞けることはすべて聞いておくのがこの場での最善の行動のはずなのに。
そんなことがわからないクズリでもないだろうに、彼女の言葉が止まることはなかった。
「セルリアンは半端な覚悟で勝てる相手じゃねえ。使えるモンを使って勝とうとすることの何が悪いんだ? ・・・・・・Cフォースは何も間違ってねえ! 間違ってるのはてめえらだ!」
≪ウルヴァリン、あなたが突出して強いフレンズなのは知っている。そんなあなただからこそ、力の使い方をよく考えて欲しいのです≫
「ああ、考えた結果さ。てめえらパークは気に食わねえ。だからぶっ潰してやることに決めたぜ」
______バキィッッ!!
興奮気味に語るクズリの顔面を、とつぜん後ろから近寄ってきたスプリングボックが殴りつけた。クズリの体が前のめりに車椅子から転げ落ち、それに引っぱられて点滴台も倒れた。
「貴様なんかにパークを潰させてたまるものですか!」と、スプリングボックが握りしめた拳をわなわなと震わせながら、頭に血が上って赤くなった顔で叫ぶ。
先ほどからのクズリの敵対的な言動に、故郷を心から思う彼女は我慢がならなかったようだ。
彼女はさらに追い打ちに足蹴でも食らわそうと、うつ伏せに倒れたクズリに再び近づこうとした。それをパンサーが後ろから羽交い絞めにして制止した。
「やめなって! アンタ動けない相手に何やってんの!?」
「止めないでください! こいつは生かしてはおけない!」
私はその隙に、クズリを担ぎあげて車椅子に戻した。
薬で動けなくされている彼女の体は力なく弛緩しきっていたが、彼女の目つきはそれとは対照的に不敵な殺気に満ちていた。
≪今日の所はこれまでにしましょう・・・・・・まだまだ話すことはたくさんあります。落ち着いて話を聞ける時に、改めてお話を。それとスプリングボック、あなたも頭を冷やしてください≫
カコさんがそう言うと、プロジェクターの光がかき消えて、元の薄暗いテントの中に戻った。
私とクズリはそれぞれ、元いたトレーラーの牢屋の中に戻されることになった。机の上には昨日と変わらずに端末が置かれていて、画面越しにクズリと会話できるようになっていた。
「いったい何をやっているんだよ!」
私は早速クズリにさっきの出来事を問い詰めた。
「あんな態度を取ったら向こうに警戒されるだけだ。情報も得られないし、こっちが損するだけじゃないか!」
≪だが・・・・・・オレの腹は決まったぜ。オレはやっぱりCフォースに戻ることに決めた。確かに首輪を付けられちゃいるが「殺してメシを食う生活」に嘘はねえ。それだけがオレが唯一信じられるモノだ。戦いにきれいごとを持ち込もうとする奴はオレの敵だ・・・・・・ここを抜けるぜ≫
「薬を打たれて動けないのに、どうやってここを出る気?」
≪おいおい、このオレが何の考えもなしに無駄なケンカを売るとでも思ったのかよ?≫
そう言いながら、彼女はおもむろに。動かないはずの右手を、自身の顔の高さまで掲げた。その手のひらには、点滴の透明な管がくっ付いていた。それを画面越しに私に見せつけると、拳を力強く握りしめてミシミシと音を立ててみせた。
≪あの二本角のバカにぶん殴られて地面に倒れた時、偶然オレの手にコイツが挟まっていやがった≫
クズリは自身の計略を告げた。彼女は自身の能力「グランドグラップル」を使って脱出を図るつもりだったんだ。
例え体が動かなくても、彼女の能力は活きている。いったん手のひらや足の裏で触った物は何でも固定してしまえる。点滴の管がくっ付いたなら、その中を流れる液体の流れを止めることさえ出来るという。
動きを止める薬の流れが押しとどめられて、彼女の体はだんだんと動きを取り戻して来たというのだ。
≪自分じゃ動けねえから何も掴みようがねえ・・・・・・だからわざとアイツらを怒らせて、危害を加えてくるように仕向けたのさ。予想以上に上手く行ったぜ。あの二本角のバカには感謝しねえとな≫
拳を握りしめる動きが目覚めの合図であるかのように、クズリは左手で右腕の点滴を引き抜くと、ベッドから勢いよく跳ね起きた。
≪ふうっ・・・・・・だいぶシビれるが、何とか動けるぜ≫
「所長の道案内も無いのにここを出たって、どこへも行けるもんか」
≪いーや、アテはある。ここらにもセルリアンが出没するんだろ? なら奴らを探して狩り続ければ、いずれCフォースの方がオレのことを見つけてくれるだろうぜ・・・・・・で、アムールトラ。てめえはどうする? てめえは薬も打たれてねえし、そこから出るのは簡単なはずだが≫
「わからない。カコさんは良いヒトだと思う。だけどCフォースだってセルリアンから多くの命を救っているのは事実だ。どっちが正しいかなんてわからないよ。だけど」
≪だけど?≫
「ここにはセルリアンと戦う力のないヒトが大勢いるんだ。彼らを巻き込んじゃいけない。考え直してくれ・・・・・・手荒な真似はよせよ」
私は懇願するように説得を試みたが、クズリはそれを小馬鹿にするようなため息で一蹴し、自由になった体で歩み始めた。
彼女が画面から消えると、画面の外から声だけが聞こえてきた。
≪オレを止めたきゃ、殺して止めろ≫
≪______ガキキキッッ!!≫
画面から鈍い金属音が聞こえた。きっとクズリが鉄格子を腕力で捻じ曲げているんだ。彼女が外に出たら大変なことになる。オーダーのせいでヒトに手が出せないのはわかっているはずだけれど、それならそれなりの戦い方を考えるのが彼女だ。
ふと、端末の隣の花瓶に差された黄色い一輪のガーベラが目に入った。先ほどアマーラという女の子にもらったこの花を、トレーラーの牢屋の中に持ち帰らせてもらったんだ。それを見ていると、居ても立っても居られなくなるような衝動が胸の奥を突き抜けるのを感じた。
(やめろ! クズリ!)
衝動に身を任せるまま、両腕に全力を込めて体の横へと引き絞った。すると嵌められていた電子手錠がひしゃげて真っ二つに千切れ飛んだ。
手刀を繰り出して鉄格子を切断し、トレーラーの外へと躍り出ると、クズリの所在を求めてひた走った。
______ガシャアアンッ!!
山のような大型トレーラーが突如上から降ってきて、頭から地面に突き刺さった。車体からはガソリンが漏れ出て炎が噴き出し、爆発寸前の様相を呈していた。
それを見た避難民たちは恐怖でパニックを起こし、危機から逃れようと我先に逃げ出していた。
その様子を見て、半ば確信を得た私は、避難民たちの間を縫いながら炎上するトレーラーへと近づいていった。
車体後部、地面に突き立っている側の先端には案の定、クズリが立っていた。
白い炎が縁取られた上着を身にまとった彼女が、炎よりも純粋な殺気の化身のように見える。
「逃がすものかァァッッ!!」
私のすぐ近くで、駆け付けたスプリングボックが槍を掲げながらジャンプし、矢のようにクズリへと突っ込んでいった。
だがそんな一撃も余裕で受け止められ、スプリングボックは手にした槍に宙ぶらりんに吊り下げられる形になった。
「悪かったな。今日の所はてめえを利用させてもらったぜ」
クズリは不敵な笑みを浮かべながら、自身が宙吊りにしているスプリングボックに告げた。
「次に会った時は小細工抜きで殺してやるよ」
「貴様ァァッ・・・・・・どこまでも私をバカにして!」
クズリは受け止めた槍の穂先を投げ棄て、スプリングボックは槍ごと地面に叩きつけられた。
「おやおや、誰かと思えば」と、クズリが炎上するトレーラーの上から私を見つけると、挑発するような眼差しで見下ろしてきた。
今すぐ飛び出して行って、クズリを止めるために戦いを挑むべき場面だった。
でも私の頭の中を、いくつもの考えが邪魔をして、その場に縛り付けていた。
クズリは恐らくここからすぐに逃げるつもりだ。黙って逃がせばこれ以上の被害は出ないはず。逆に引き止めて戦えば、この難民キャンプに集まる無力なヒト達を巻き込んでしまう。
なにより、苦楽を共にしてきた戦友である彼女と戦いたくなかった。
・・・・・・こんな迷いだらけの私では、迷いを捨てた彼女にはおそらく勝てないだろう。戦う前から負けているっていうのは、こういうことを言うのか。
クズリはまるで私の考えを見透かしているかのようにほくそ笑んだ。
「あばよ・・・・・・お人好し」
彼女がそう告げるやいなや、地面に突き立ったトレーラーが爆発し、噴き上がる爆煙が視界を覆い隠した。
炎が収まった後、トレーラーの残骸の上からクズリの姿は消えていた。
何も出来ないで立ち尽くす私だけがその場に残された。
to be continued・・・
_______________Cast________________
哺乳綱・ネコ目・ネコ科・ヒョウ属トラ亜種
「アムールトラ(シベリアン・タイガー)」
哺乳綱・ネコ目・イタチ科・クズリ属
「クズリ(ウルヴァリン)」
哺乳綱・ネコ目・ネコ科・ヒョウ属
「パンサー」
哺乳綱・クジラ偶蹄目・ウシ科・スプリングボック属
「スプリングボック」
_______________Human cast ________________
「久留生 果子(くりゅうかこ)」
年齢:25歳 性別:女 職業:国際的非政府組織「PARK」構成員 南アフリカ事業所代表
「アマーラ・アモンディ(Amara Amondi)
年齢:8歳 性別:女 職業:南アフリカ北ケープ州市民
_______________Story inspired by________________
“けものフレンズ” “けものフレンズ2”
byけものフレンズプロジェクト
“けものフレンズR”
by呪詛兄貴