けものフレンズR あるトラのものがたり   作:ナガミヒナゲシ

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過去編後章11「はなばたけ ていくぜろ」

 あの後、クズリはすぐに行方をくらませてしまった。

 

 パークが率いる難民キャンプは、何ごともなかったかのように移動を再開した。

 目的地は「ナマクアランド」という場所らしい。

 南アフリカでも最大の自然公園であり、国際的に定められた非武装地帯でもあるので、武装集団も簡単には入ってこれないそうだ。

 もちろんセルリアンはそんなのお構いなしだから、遭遇しないのを祈る他はないけれど。

 

 ナマクアランドには今、国連の難民支援チームが派遣されているから、そこで難民たちの身柄を預かってもらえるらしい。その後順々に、国外のより安全な地域への避難が開始されるというのだ。

 私やヒグラシ所長の扱いもそれに漏れることはない。Cフォースに所属している私たちでも、今の扱いはただの避難民だ。必要以上に束縛されたり拷問を受けたりするようなことはない。敵である私たちを、だまって送り返してくれるというのだ。

 カコさんがそれを約束してくれた。

 

 ナマクアランドに到着するまでの間、私はせめてものお礼にと、難民キャンプの移動のお手伝いをすることを願い出た。

 野営をするための荷物の積み下ろし、水や薪の調達、そしてセルリアンや武装集団がいないかどうかの偵察・・・・・・そんな仕事が私に与えられた。

 傍らにはいつも、パンサーかスプリングボックが付いてきた。彼女たちの目が届く範囲なら、もはや私は手錠すら嵌められずに自由に行動することができた。

 

 難民キャンプが長蛇の列をなして、果てしない荒野をゆっくりと移動しているのを見守るだけで終わる日々が一週間ばかり続いた。意図的に人里を避けているのが幸いしたのか、セルリアンにも武装集団にも出くわさなかった。

 

 一日のうちに、手持ち無沙汰になる時間が多少あったので、そんな時は決まってどこかで座禅を組んで、ぼんやりと物思いにふけった。

 今は難民たちの行列にほど近い岩陰に座り込んでいる。

 木がまばらに生える地平線を眺めていると、スプリングボックの同族と思しき二本角のすらっとした動物が群れをなしてせかせかと走っているのが見える。また向こう側には、とても大きな鼻の長い動物が悠然と大地を踏みしめている。

 セルリアンや武装集団の脅威に晒されている南アフリカだけど、ここに暮らす動物たちは本当に幸せそうだ。パンサーたちが大事な故郷って呼んでいるのもよくわかる。

 

 大自然を眺めて穏やかな気持ちに浸っていたのもつかの間、嫌な気分が胸からせりあがってきて、私に深いため息をつかせた。

 クズリと決別したあの日から、気持ちが沈みっぱなしだった。

 別にクズリとはこれが今生の別れというわけじゃない。

 カコさんが私たちをCフォースの元に送り返してくれると約束してくれた以上、いずれクズリと再開する時だってくるだろう。

 でも、前までのように彼女と同じ方向を見て、同じものを信じて、互いに命を預け合うことは、きっともう出来ない。

 

 Cフォースとパークは敵同士。片方を選んだら、もう片方の敵に回らなきゃいけない。

 クズリはCフォースだけが正義であると決断し、パークに敵対することを決意した・・・・・・それに比べて私はいくら考えても、どっちが正しいのか決められないでいる。

 

 このままだと、心の中に迷いを抱えて、それを押し殺したままCフォースに帰ることになる。

 果たしてそれでいいんだろうか? 

 でもそうするより他に、私に何が出来るっていうんだろうか。

 

「シベリアン、また1人で考え事?」と、瞑想に沈んでいた私の意識に割り込んで来るように、パンサーが声をかけてきた。

「思ったんだけどさ、アンタってちょっと根暗だよね。ウジウジ悩んでても何にもならないんじゃない?」

 ぶっきらぼうな物言いとは裏腹に、ここ数日私に何かと気を遣ってくれる彼女の存在はとてもありがたかった。

 パンサーは私だけじゃなくって、ここにいる色んなヒトたちに気を遣って間を取り持っていてくれている。あの気難し屋のスプリングボックも彼女には絶対の信頼を置いている。

 私と同じネコ科で、姿も結構似てるのに、私と違ってコミュニケーション能力がとても高い。まあ私が低すぎるだけなのかもしれないけど。

 

「パンサー、何か仕事があるんなら手伝うよ」

「ううん、今日はもう何もないって」

 

 辺りを見てみると、確かに難民キャンプの歩みが止まっていて、各々が荒野に散らばってテントを張ったり荷物を積み下ろしたりしていた。

 随分と妙だ。日はまだ十分に高いし、天候も悪くはないし、これから歩いて移動距離を稼ぐのが普通だろうに、今日はもうここで野営する気なのだろうか?

 

「アタシたちね、実はもう目的地に着いてるんだ」

「じゃあ、ここが例のナマクアランド?」

 

 辺りにはそれを示すような目印は何もない。ここ数日と変わりない乾燥した土っぽい野っぱらが広がるばかりだ。

「まあ目印とかはないけど、南アフリカってそういう所だからさ。ナマクアランドも、とっても広い公園なの」

 

 今、カコさんらは難民の受け入れ手続きを行うために、ナマクアランドに滞在する国連のスタッフに会いに行っているとのことだ。手続きにしたがって難民を随時それぞれの避難先に振り分けていく。

 それが終わるまでは何日もここに滞在することになるらしい。果てしない旅路だと思っていたけど、案外あっけなく終わってしまった。

 私も後はCフォースに戻るだけなんだな。気持ちの整理は何も付いていないけれど。

 

「そうだ。仕事、ひとつだけあるよ」

「・・・・・・何だい?」

「子供のお守りとか、どう?」

 

 パンサーが私の手を掴んで立ち上がらせると、そのままどこかに引っ張って連れて行こうとしてきた。

 私はされるがまま、テントや車が密集する平地を抜けて、小高い丘を登らされた。

 

 今、パークのスタッフや難民たちは一斉に食事の準備に取り掛かっているらしい。この場にいる全員で食事を取ろうというのだ。

 移動中だったら、少人数のグループごとに、各自が取れるタイミングで食事していたけれど、目的地に着いた今となってはそうする必要はない。

 

「この先の場所でね、お手伝いも出来ない小さな子供たちを遊ばせてるんだよ。その子たちが危ない目に遭ったりしないように一緒にいてあげるの」

「どこに向かっているの?」

「いいから早く。ゼッタイ驚くよ」

 怪訝に思いながらも、勿体付けるパンサーに連れられて丘を登り切った。

 そして、なだらかな勾配に隠されていた向こう側の風景があらわとなる。

 

(あ、あ、これは)

 その景観を見た私は、一瞬で心を奪われてしまった。

 この世のものとは思えない美しさ・・・・・・そんな言葉ですら足らない。理屈抜きで、感動で胸がいっぱいになる。

 

「どうすごいでしょ? ここがナマクアランドの”奇跡の花畑”だよ・・・・・・て、アンタ、まさか泣いてんの?」

「え? あ、本当だ・・・・・・」

 

 気付かないうちに涙でぼやけていた視界をぬぐって、辺りを一望してみる。

 奇跡の花畑と呼ばれるこの場所は、一年のうちにごく短い期間だけ、荒野の中に突然に現れるらしい。

 赤、ピンク、オレンジ、紫、ありとあらゆる色彩が咲き乱れて辺り一面を埋め尽くしている。どれも満開で、太陽に向かって元気な笑顔を見せているみたいだった。

 

(あ、この花は)

 6枚の花弁を持つその花は、色とりどりの花の中にあって、よりいっそうその白さを際立たせているように思えた。

(これはオオアマナ・・・・・・アフリカにも生えているんだな)

 思わずしゃがみ込んで、撫ぜるようにオオアマナに手を触れてみる。よく見るとオオアマナは他の七色の花たちに比べても、花畑の中で占める割合が結構高かった。

 ちょっと向こうの地面なんて一帯がオオアマナで真っ白になっていた。

 

 初めて来た場所なのに、ずっと知っていたような、ひどく懐かしいような気がするのは、きっとおばあちゃんと一緒に暮らしたアパートのベランダを思い出すからだ。

 あそこもオオアマナでいっぱいだった。こことは比べ物にならないぐらい狭かったけれど、かつて私の幸せのすべてだった。

 にわかにあの日々のことが思い出されて、私はぼんやりとオオアマナの群生に向かって歩き出していた。

 そんな私をパンサーが「ちょっとどこ行くの?」と、呼び止めた。

 

「あ、ごめん。子供のお守りをするんだったね」

「・・・・・・まあ、ここがそんなに気に入ったんなら、しばらくブラブラしててもいいよ? アタシはあっちに行ってるから。ほら、スプリングボックがあそこにいるでしょ?」

 

 示された方向を見やると、スプリングボックが黒人の子供たちと手を繋ぎながら花畑の中を歩いていた。

 私に向けてくる鋭い表情からは想像も出来ないぐらい満面の笑みだ。子供のお守りというか、一緒になってはしゃいでいると言ったほうが正しい。

 あんな彼女を見るのは初めてだけど、あんまり意外だとは思わなかった。敵には容赦がないけど、守ると決めた者にはとことん優しい子なのはすでに知っている。

 

 何人かの子供たちが、見知った顔のパンサーを見つけると、手を掴んで一緒に遊ぶことをせがんできたようだった。

 

 子供たちに引っ張られるまま離れていくパンサーを後目に、私は改めてオオアマナが咲き並ぶ白い地面に足を踏み入れた。

 そしてその場に寝転んだ。無性にそうしたくなったからだ。

 

 地面の高さからオオアマナが真上に咲き誇る様を見上げていると、フレンズになる前の、赤ん坊のトラに戻ったような気持ちになった。

 すると途端に、今の自分が嘘っぱちに思えてくるのだった。

 あんなに恐ろしいセルリアンたちを相手に毎日のように戦って、たくさん傷ついて、死ぬような思いも何度かして・・・・・・でもいつの間にか慣れちゃって。なんでそんな風になったのかわからない。自分のことなのに。

(こうやって、花を眺めているのが一番いいや)

(もう戦いたくない)

 

 白い花弁に埋め尽くされた視界に、突如影が差してきた。

 黒くてまん丸い顔が私を覗き込んでいる。縮れた長い髪をピンクの髪留めで結んだその愛らしい顔を見るのは、これが最初じゃなかった。

 彼女はアマーラ。私に一輪のガーベラをくれた片腕のない女の子だ。

 

 あわてて起き上がった私の上半身よりも少し高い背丈の彼女が私に近寄ると、その右腕を私に向かって真っすぐ突き出した。その手に握られていたのは、オオアマナを使って編まれた真っ白な花輪だった。片腕だけでこれを器用に作り上げたのだろうか? 

 彼女は私の頭の上にそっと花輪を乗せると、にっこりと微笑んでくれた。

 

 辺りを見回すと、私の近くにはアマーラ以外にも何人かの子供たちが近寄ってきていた。

 よちよち歩きの子たちが、二つに編まれた私の長い髪の毛を引っ張ったり、縞々の尻尾をがっしりと掴んだりしてきた。たぶん、特に理由はないんだろうな。元気を持て余しているから、目についた物にちょっかいをかけているだけなんだ。

 アマーラぐらいの子ですら、子供たちの中では年長である様子だった。

 

「や、やめてよ。くすぐったいよ・・・・・・あははっ! はははははっ!」

 無邪気な子供たちにじゃれ付かれていると、私もなんだか愉快な気持ちになっていって、されるがまま、仰向けになって地面を転げ回った。

 子供たちはいっそう調子に乗って、私に飛びつくようにまとわりついてきた。

 わけがわからないまま大声で笑っていると、そのまま楽しい時間が過ぎて行った。

 

「なーんだ。シベリアンって意外と子守りも上手なんじゃん」

「貴様なんかに子供たちを横取りされるとは・・・・・・屈辱です」

 パンサーもスプリングボックも、子供たちと一緒になってはしゃぐ私を呆れたように見ていた。

 ばつが悪いような気分になって、照れ隠しのように彼女たちを一瞥しながら微笑んでいると、丘の上を登ってやってくる新たな人影が見えた。

 

「カコさん! ・・・・・・あっ」

 彼女は車椅子を押しながらその場に現れていた。

 車椅子に乗っているのは、憔悴しきった顔で俯いているヒグラシ所長だった。

 

 カコさんは、丘の下のキャンプで食事の準備が整ったというので、子供たちのことを迎えにきたというのだ。

 子供たちがカコさんの姿を見つけると、私のことなんかほっぽり出して、我さきにと彼女に近づいて抱き着いていった。

 カコさんは両腕を広げて優しく子供たちを出迎えた。まるでその姿は子供たちを慈しむ母親か先生のようだった。彼女にはこんな一面もあるんだな。部下たちと一緒に体を張って戦うクールな女リーダーだと思っていたばっかりに、思わず唖然としてしまった。

 

 カコさんは、四方八方から子供たちに纏わりつかれながら、そのまま踵を返して花畑から立ち去ろうとした。

 パンサーたちもそれに付きしたがって歩き出している。

 

「ようやく外に出られるくらいに回復されたので、気分転換にと思って、日暮博士をこの花畑にお連れしました・・・・・・2人きりで、積もる話でもするといいわ」

 子供たちを連れて丘の下へ去ろうとしていたカコさんが振り返って、最後にそれだけ告げた。

 

 あたかも示し合わせたかのように、私とヒグラシ所長だけがその場に取り残された。

 彼はコバルトブルーの軍服を脱がされていて、代わりに灰色のガウンを羽織っていた。包帯が分厚くまかれた右足の膝から下は、もちろん無くなってしまっている。あの映像越しに見た惨状が本当だったことを今さらながらに思い知らされる。

「・・・・・・」

 所長の土気色の顔は、今までより一層やせこけて、活気がなく疲れ切っている。右足を失うという重傷を負って、数日間寝込んでいたのだから無理もないだろう。

 でも元気がない理由がそれだけじゃないのは知っている。

 

「無事でよかったよ所長」

「・・・・・・」

「カコさんはこのまま私たちを返してくれるってさ。もう何も心配いらないよ」

「・・・・・・」

 

 思いつく限り、所長への労りの言葉をかけてみるけど、彼からの返事はなく、気まずい空気だけがとめどなく充満していくようだった。このまま当たり障りのない言葉をかけても、互いの気持ちに蓋をしたまま意味のない時間だけが流れていくように思えた。

 

 彼が右足を失ったのは、セルリアンのせいでも、ましてパークのせいでもない。自らが抱えた秘密を隠すために逃げ出そうとして、勝手に地雷を踏んだからだ。

 自業自得で重傷を負った彼は、パークのおかげで一命を取り留めることが出来た。

 さらには秘密を吐かせるために拷問を受けるようなこともなく、安全にCフォースに送り返してもらえる。カコさんが道理に外れた行いを嫌う高潔なリーダーだからだ。

 所長からしてみれば、不慮の負傷以外は都合のいい出来事しか起きていない。

 

 本来ならば、してやったりと安堵に浸るのが普通のはずなのに、彼の表情は今まで一番苦しそうだった。耐えがたい葛藤に今にも押しつぶされそうになっているのが伝わってくる。

 ・・・・・・それを見てようやく理解できた。自分を押し殺して、流れに身を任せようとしているのは私だけじゃない。所長もなんだ。

 

「このままでいいの?」と、ついに私は本音で彼を問い詰めた。

 

「・・・・・・僕にどうしろと? アムールトラ」

 俯いた顔に深い影を落としながらも、ヒグラシ所長がようやく重たい口を開きはじめた。

「Cフォースの機密をパークに吐けとでも言うのか? そんなことをしたら僕は職を追われて、社会的立場も失う。それに上司からどんな報復がもたらされるかわからない。そう思うと怖くてしょうがない・・・・・・卑怯者と思ってくれていい。自覚しているよ、今までそうやって生きてきた。自分を押し殺して、強い者に巻かれて・・・・・・僕はくだらない最低の人間だよ」

 

 ヒグラシ所長は、自分自身のことを責めて、卑下して、殻に閉じこもろうとしていた。そのまま今の状況が過ぎ去るのを待つ気だろう。

 そんな彼を見ていると、なんだか無性に悔しい気持ちになった。彼には下を向いたままでいてほしくないと思った。

 これまで私とヒグラシ所長の間には色んな軋轢があって、今や彼のことをすべて信頼できるわけじゃないけれど、それでも結局、私は彼のことが嫌いになれない。

 

「自分のことを最低だなんて言わないでよ!」

 私が怒ったような口調になると、ヒグラシ所長はやっと顔を上げて、私の顔を直視してきた。

 

「あなたは最低なヒトなんかじゃない! 死んだ私をフレンズとして蘇らせてくれた。劣等生の私に優しく寄り添ってくれた。今の私があるのはあなたのおかげだよ・・・・・・私にとってあなたは、サツキおばあちゃんとゲンシ師匠と同じぐらいに大事なヒトなんだ」

「・・・・・・それは君をセルリアンと戦わせるためだ。僕は君に戦いの人生を強制して、つらい思いをさせてきただけだ。僕に感謝なんてするな」

「でも、あなたは自分でそれを割り切れてないんだ。フレンズを戦わせることに罪悪感を持っているんでしょ? だからそんなに苦しそうなんだ。違うかい?」

 

 私は何か上手いことを言えるようなタチじゃないし、言葉巧みに説得することは出来ないから、思いの丈を不器用にぶつけてみた。

 

 それが通じたのかどうかわからないけど、所長は返す言葉を失ったようで、再び黙り込んだ。

 腕を組んで私から目を逸らしながら、車椅子に深く座りなおした。今までとはまた別の葛藤が頭をもたげたかのように、落ち着かない様子で視線を泳がせていた。

 

「所長、どうしたの?」

「君に前から言おうと思っていたことがある・・・・・・つい言いそびれてしまっていたのだけれど、今言うしかないのかもな」

「何だよ。言ってよ」

「君の育ての親である矢車皐月さんのことだ。彼女はもうこの世にいない」

「え・・・・・・おばあちゃんが?」

 

 それは今から三か月くらい前のことだという。

 その頃私はまだブラジルにいて、メガバットやスパイダーなど頼もしい味方と一緒にセルリアンと戦う毎日を送っていた。もちろんクズリも一緒だ。彼女とお互いの背中を預けて助けあった日々が遠い昔のように思える。

 

 ヒグラシ所長は東京の研究所で、今までと変わらずにフレンズの育成に励んでいた。

 所長は私がいなくなった後も、律儀にサツキおばあちゃんの近況を調べ続けてくれていた。

 東京のとある場所にある老人ホームで、不自由ながらも穏やかに暮らしていたおばあちゃんが、突然に体調を悪化させて息を引き取ってしまったらしい。正確な理由までは所長も調べられなかった。赤の他人である彼には知る権利がないからだ。

 彼女の遺骨は、東京の郊外にある緑豊かな無縁墓地に埋められたらしい。

 

「おばあちゃん・・・・・・」

 フレンズになってしまった私が、おばあちゃんと再び会うことは二度とないだろうと思っていた。

 セルリアンとの戦いを終えて東京に帰ることが出来たら、遠目でもいいから彼女の姿を見させてもらうことが出来たらいいなって、ぼんやりと、いつかの楽しみのように考えていた。

 でも、それももう叶わない。

 

「す、すまないアムールトラ。今まで黙っていて」

 涙を浮かべながら顔を伏せた私を見て、ヒグラシ所長があわてて弁解を始めた。

「君に知らせるべきかどうか迷った。君の邪魔になってしまうのではないかと思って・・・・・・それだけじゃなくて、僕にはこのことを話す勇気がなかった」

 

「私に所長を責める資格なんてないよ」

「それは、どういう」

「おばあちゃんのことは、出来るだけ思い出さないようにしていたんだ。前に進めなくなってしまうような気がしたから、目の前の戦いだけに集中してきた」

 

 私はおもむろに、アマーラからもらったオオアマナの花輪を頭から外すと、それを握りしめてうずくまった。

 花輪の上に自分の涙がポタポタと零れ落ちていっている。

 

 おばあちゃんのことを忘れるなんて無理だ。

 パンサーやスプリングボックがこの南アフリカを故郷だと言うなら、私にとってはサツキおばあちゃんと過ごしたあの狭いアパートがそれなんだろう。

 二度と戻ることが出来ないとわかっていても、それでも一生心の中に深く残り続ける。故郷っていうのはそういう場所なんだと思った。

 

 この花畑を訪れて、自分のことがよくわかった。

 

「いくじなしで、甘えたがりで、戦うよりも花を眺めている方がいい・・・・・・私は昔のままだ。強くなったつもりだったのに」

「それが本当の君だ。別にいいじゃないか」

 

 今の今まで落ち込んでいたヒグラシ所長が、初めて私に笑顔を見せてくれていた。

「何があっても、いくら変わっても、変えられない部分っていうのがあるのかもな。ヒトにもフレンズにも」

 

「じゃあ所長は? 所長にも変えられない部分があるの?」

「ふふふっ、僕か・・・・・・僕は」

 

 所長は自嘲気味に口元を歪ませながら、遠い目で花畑を見つめながら何かを考えている様子だ。

 きっと自分の人生を思い返しているのだろう。彼は私よりもずっと年上だから、その分多くの思い出を重ねて今まで生きてきたはずだ。

 今みたいに自分を押し殺してやり過ごしたことだって、きっと一度や二度じゃない。そのたびに彼の中の本当の彼が傷ついて、小さく縮こまって息をひそめてしまったのだとしたら、本当につらかっただろう。

 所長の気持ちがなんとなくわかるのは、今の私も同じような状況だからだ。

 

「僕は若い頃は医者をやっていた。病める人を救うために生きたいと思っていた。仕事に誇りを持っていた」

「医者の職を辞して、フレンズを研究する仕事に就いたのも、医学の発展に寄与出来るのではないかと思ったからだ」

 

 ヒグラシ所長が研究していたのは「再生医療」だったという。

 ヒトの体は、傷を癒すことは出来ても、失った機能を元通りに戻すことは出来ない。手も足も、内臓も、一度失ったら元通りには取り戻せない。それがヒトの回復能力の限界。今までの再生医療の限界と言われていたそうだ。

 

 所長はその限界を超えるためにフレンズに目を付けた。

 フレンズはヒトとほぼ同じ体の構造を持ちながらも、ヒトの数十倍の身体能力と回復能力を備えている。

 所長のような医療関係者にとっても、フレンズは未来への希望だったという。

 

「だが、事は僕の思っていたようには運ばなかった。フレンズがセルリアンに唯一対抗できる存在だと判明してから、フレンズを兵器として利用する動きばかりが活発化していった。いつの間にか医者の道に戻ることが出来なくなっていた」

「上司に逆らえないままに今の仕事を続けているうちに、誰かの命を救いたいという自分の夢もすっかり忘れて、自分の身を守ることしか考えられない卑怯な男になっていた」

 

 所長が昔話を終えると、再び黙った。過去の苦悩を再び味わっているかのように、痛みをこらえるように手で顔を覆いながら頭を伏せている。

 私も彼も2人してひどい有様だった。成す術もなく暗い所に沈んでいくように思えた。

 

「・・・・・・所長はずっと後悔しながら仕事してきたの? 私たちにフレンズに、いやいや関わってきたの?」

 余計に空気が悪くなるようなことを私は尋ねた。二人ともこれ以上気分が沈むことはないだろうし、言ってしまえ、と思ったからだ。

 

「そういう気持ちもあった」

「・・・・・・そう」

「だが嫌な事だけじゃなかった。君たちフレンズと接するのは楽しかった」

 

 所長の声色が変わった。絶望を思い出してすすり泣くのではなく、何か楽しい気持ちになれる思い出を探すように、ぽつり、ぽつりと話し始めた。

 

「君たちは人間と一緒だ。十人十色・・・・・・好き嫌いも、得意不得意もそれぞれに違う。それに寄り添った時、君たちはみんな答えてくれた。・・・・・・特に君だよ、アムールトラ。僕が育てた中で、君ぐらい個性的なフレンズは他にいなかった」

 

 東京の研究所で、ヒグラシ所長の下でトレーニングを積んでいた時のことが思い出された。

 所長はいつも私のことを考えてくれた。サツキおばあちゃんの足跡を調べてくれたり、植物の図鑑を読み聞かせたりしてくれた。

 ゲンシ師匠と出会うことが出来たのも、所長が彼を見つけてきてくれたからだ。

 

「君は今まで本当に頑張ってきた。努力を重ねて、クズリと互角と呼ばれるほどの強いフレンズになった。でもどれほど強くなっても君は君だった。出会った頃と同じ、優しいアムールトラのままだ・・・・・・それがわかって、なんだか僕もうれしいよ」

 

 そう言って顔を上げた所長の顔は、何かを振り切ったようにさっぱりとした表情をしていた。車椅子の車輪に手を回して、グルリと180度方向転換した。

 咲き乱れる花畑から、カコさん達がいる難民キャンプの方角へ、車椅子をこいでゆっくりと前進し始めた。

 

「君が変わらなかったなら、僕も変わっていないかもしれない。こんな僕でも、まだやり直すチャンスがあるのかもな」

「所長? どこへ?」

「カコくんの所へ・・・・・・僕が知っていることを彼女に全部話しに行く」

 

 それはつまりCフォースを裏切るということ。その結果何が起ころうとも、所長はそれを受け止めるだけの覚悟を決めた様子だった。

 所長がこぐ車椅子が、勾配の頂点に達しようとしていた時、私は思わず彼を追いかけて、車椅子の持ち手を掴んで彼を引き止めた。

 

「アムールトラ、僕を止める気か」

「違うよ! この先は下り坂になってるんだ! 車椅子じゃ勢いが付いて、止まらなくなっちゃうよ。だから私が連れてくよ」

「そ、そうだったな・・・・・・じゃあ頼む」

 

 一生思い出に残るような美しい花畑を後にして、元来た道、なだらかな丘を下りはじめた。両手には車椅子に乗る所長の重みが伝わってくる

 眼下に広がる難民キャンプの雑踏を、彼の後ろ姿がじっと見つめている。

 

「そうだアムールトラ。一応断っておくが、僕はもう所長じゃないぞ。その立場を追われてヒラの研究員に降格させられたのだからな。所長って呼ばれると変な感じだ」

「でも、私にとっては、所長は所長なんだ。今後もそう呼んでいい?」

「やれやれ・・・・・・変な所にこだわりが強いのも相変わらずだな」

 

 ヒグラシ所長。私を動物からフレンズへと生まれ変わらせたヒト。

 優しいけれど気弱で、隠し事ばかりするヒト。

 今まで、彼のことが信じられなかった。

 けれども、もう一度彼のことを信じて、一緒に歩んでみたいと思った。

 

 to be continued・・・

 




_______________Cast________________
 
哺乳綱・ネコ目・ネコ科・ヒョウ属トラ亜種 
「アムールトラ(シベリアン・タイガー)」
哺乳綱・ネコ目・ネコ科・ヒョウ属
「パンサー」
哺乳綱・クジラ偶蹄目・ウシ科・スプリングボック属
「スプリングボック」

_______________Human cast ________________

「日暮 啓(ひぐらしけい)」
年齢:51歳 性別:男 職業:Cフォースアフリカ支部職員(元日本支部研究所 所長)
「久留生 果子(くりゅうかこ)」
年齢:25歳 性別:女 職業:国際的非政府組織「PARK」構成員 南アフリカ事業所代表
「アマーラ・アモンディ(Amara Amondi)」
年齢:8歳 性別:女 職業:南アフリカ北ケープ州市民

_______________Location________________

「ナマクアランド(Namaqualand)」
概要:南アフリカ北西部からナミビアの国境付近にかけて広がる国立公園。半砂漠地帯であり、荒涼とした平野が広がるばかりの場所であるが、夏の間ごく短い雨季に見舞われることで、乾いた大地にばら撒かれた花の種子が一斉に開花することがある。荒野一帯に出現する広大な花畑の面積は50万平方キロメートルにも達し「神々の花園」「奇跡の花畑」として知られている。
    
_______________Story inspired by________________

“けものフレンズ”  “けものフレンズ2”
      byけものフレンズプロジェクト

     “けものフレンズR”
      by呪詛兄貴
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