鋼鉄の廃墟。すべての命が息絶えた死の街。
巨大な墓標のように冷たく立ち並ぶ摩天楼が、人気のない通りに影を落としており、昼間だというのにどこもかしこも薄暗かった。
そして天候も優れない。灰色の雨雲が辺り一帯を覆い尽くして、汚れた空気を溶かし込んだ雨をアスファルトに打ち付けている。時たま雷鳴が閃光と共に鳴り響いている。
僕は雨が大嫌いだ。僕のブカブカの体毛が水を吸うと、いつもの倍ぐらい重たくなってさらに鬱陶しくなる。姿形もボロ雑巾みたいになって格好悪くなる。
ヒツジに生まれた我が身を呪いたくなるシチュエーションのひとつだ。
ここは南アフリカの東海岸沿いにある港湾都市ダーバン。
この街の支配者は今やヒトではない。すべての命を食らいつくす怪物セルリアンだ。
Cフォースアフリカ支部研究所あらため「スターオブシャヘル」に集められた40余名のフレンズ達の、最初の任務がここで行われているのだ。
僕たちが命じられたのは、ダーバン市街に潜むセルリアンの大群の中から、指定されたサンプルを入手すること。
入手が済み次第、あらかじめ決められた脱出地点に戻り、迎えに来たCフォースの輸送機に乗って離脱して、成層圏の空に浮かぶシャヘルまでサンプルを持ち帰る。
いつものようにメンバー全員の外耳道の中には小型通信機がはめ込まれている。
また、何人かのフレンズはバックパックを背負っていた。中に入っているのは、セルリアンの細胞を採取するための小型カプセル、迎えの輸送機を呼ぶための信号弾などだ。
フレンズが知りたい情報に答えてくれる簡易的な端末も入っている。文字が読めないフレンズのために、音声認識だけで反応してくれる代物だ。
今回、ナビゲーションユニットを介して随伴してくる軍人の姿はなく、フレンズたちの現場判断だけで作戦を遂行しろとのお達しだった。
フレンズを命令によって動かすのではなく、独自判断のもとに行動させる・・・・・・それは新しい試みだった。
今まで僕らはCフォースの部隊に正式に配属されていたけど、今は立場が違う。あくまで一研究所でしかないシャヘルに召集された「私兵」でしかない。ゆえにCフォースの組織体系に従わせる必要もない。
ヒトの命令を受けて動かすよりも、現場判断で動かしたほうが、面倒な手続きをせずに酷使出来るだろう、とでも思っているに違いない。
集められたフレンズは皆それなりの場数を踏んでいるから、自己判断で動く能力があるだろうし、いざとなればオーダーで自由を制限できるから問題ない・・・・・・そのような判断の下、Cフォース初のフレンズだけの作戦行動が展開された。
セルリアンのサンプル回収は、シャヘルが建造されてから今まで、そこに勤務するヒトが行っていた。
彼らには直接セルリアンと戦う術がないため、爆薬などを使った二次的な破壊に巻き込んでセルリアンを倒し、それに乗じて遠隔操作の機械を使ってサンプルをこっそりと採取するという面倒な段取りを踏んで、命からがら持ち帰っていたとのことだ。その過程で機械を破壊されたり、死者が出たりしたこともあったと聞く。
僕たちフレンズを招集したことによって、シャヘルはついに本格的なサンプル回収作戦が行える運びになったというのだ。
今僕たちは4つの班に分かれている。40名を、AからDまで10名ずつに分けて、4つの方角に散らばって偵察に出ていた。
残りの2名、スパイダー隊長と、隊長よりもみんなに恐れ敬われているクズリさんは、どこかに身を隠して指示を飛ばしていた。
クズリさんはシャヘルにとって、替えが効かない重要な実験体であり、今回の作戦のメンバーには加えられていなかったが、そこはやはり彼女だ。戦場に赴かない選択肢など最初からない。
シャヘルを支配するイブ女史に作戦への参加を打診したらしい。イブ女史にも何か思う所があるようで、あっさりと承諾したそうだ。
しかしクズリさんは、わざわざ自分から作戦に参加したというのに、4つの班のいずれにも混ざらず、スパイダー隊長の傍で待機していることを希望した。
おそらく、これから一緒に戦っていくメンバーの力量を見定めるためなのだろう・・・・・・ある者は奮い立ち、ある者はその表情に不安をにじませていた。
≪A班、そっちはどうなってるっスか? 敵の数は? どんなタイプのセルリアンがいるっス?≫
耳の奥の通信機ごしに、スパイダー隊長が、親機を使って状況確認を求めてきた。
「こちらA班。14番通り付近はどこもかしこもセルリアンだらけです。見た所“Eランク”の幼体ばかりですが・・・・・・」
他のフレンズたちが不機嫌そうに黙り込む中、僕は隊長に応答した。
僕とディンゴ、その他8名のフレンズからなるA班は降りしきる雨の中、手近なビルの物陰に息を潜めながら偵察に勤しんでいた。
≪了解。繰り返すようだけど、敵に見つかっても交戦はNGっス。さっき伝えた合流地点にすぐ向かうっス。お互いにカバーし合って絶対に死傷者を出すなっス≫
隊長の真意が良くわからなかった。この作戦は、彼女の独断で考えられたものだ。
行きの輸送機の中で、ダーバン市街のマップを見つめながら、敵の位置も数も把握しないままに仲間を四方に散らばらせることを命令してきた。
今の状況ではセルリアンに見つかるのは時間の問題だ。
それこそスパイダー隊長のように影に潜る能力がない限りは、多すぎる敵の目をやり過ごすことなんて不可能に近い。
こんな指示は「敵を引き連れて戻れ」と言っているようなものだ。
まさか本当に敵をおびき寄せて迎え撃つつもりなのだろうか? 確かにこちらにはクズリさんもいるから、一か所に集めて殲滅することも出来なくもないのかもしれないが・・・・・・そんな杜撰なやり方で、狙ったセルリアンのサンプル回収なんて出来るように思えない。
_______ピチョ・・・・・・
打ち付ける雨よりもずっとゆっくりと、水粒がしたたり落ちてきた。
僕たちはその違和感を察知して、弾かれたように上を向いた。そこには頭上からフヨフヨと音もなく近づいて来る幼体セルリアンの姿があった。
「シュッ!」
襲い来る幼体を一早く察知したディンゴが、目にも止まらぬジャブで粉々に打ち砕いた。
案の定、セルリアンに見つかってしまった。今の一匹だけでなく、無数の幼体たちが次々と、僕たちが身を潜めるビルの隙間へ縦横から入り込もうとしてきた。
僕たちは降りしきる雨の中、アスファルトの水たまりをバチャバチャと踏み鳴らしながら大通りへと踊り出た。
僕らめがけて、幼体の大群がワラワラとストリートへと集まってくる。
こうなったら後は命令通りに、一目散に合流地点へと逃げるだけだ。だが僕以外のA班の眼光に、にわかに闘志が宿りはじめていた。
「ここで逃げるなんてクソダセー真似が出来っかよ。みんなもそう思うだろ?」
ディンゴがそう言いながら、上下にステップを踏んで左右のパンチを素早く交差させている。他のみんなも得物を取り出したり、指を鳴らしたりしている。
誰もが敵と一戦交える気まんまんの有様だ。どうやらA班はディンゴだけじゃなく、全員が武闘派であるようだった。
「今すぐ逃げたって、ちょこっと暴れてから逃げたって、何も変わりゃしねー・・・・・・いや、ここで良い所見せれば、ウルヴァリンさんの目に留まるかもしれねー! 腕が鳴るぜ!」
命令に逆らってセルリアンと一戦を交えようとしているA班を制止する声はなかった。スパイダー隊長は今おそらく、別の班と交信中だから、僕らの状況が把握できないのだ。
かつてブラジルの部隊で、クズリさんやスパイダー隊長、そしてあのアムールトラの上に立っていたフレンズの噂を聞いたことがある。
「メガバット」という名のそのフレンズは、バラバラに散った部下の状況を瞬時に把握し、別個に指示を飛ばす神がかり的な統率力を持っているという話だが・・・・・・もちろんスパイダー隊長にはそんな能力はない。4つの班からそれぞれ話を聞いて、指示を飛ばすことしか出来ない。
つまりは必ずタイムラグが発生するということ。隊長に知られないことを良いことに、ディンゴ達は命令違反に踏み切ったのだ。
「待てディンゴ! みんなも! 戦えとは命令されてない!」
「だったら1人で逃げろやメリノヒツジ! お前いらねーんだよ!」
僕はあわてて仲間たちを引き止めようとするが、仲間たちはディンゴの言葉に同調するように僕の言葉を黙殺し、一丸となって突進し始めた。
やむなく僕も応戦する覚悟を決めた。
意識を集中させ、頭の中にイメージを思い描いた・・・・・・こめかみに生える角が、どこまでも鋭く尖っていき、敵を刺し貫いている姿を脳裏に浮かべた。
するとイメージが実体化されたように、虚空の中から螺旋状の二又槍が現れるのだった。
それを腰の高さで構えると、ディンゴ達に続く形で雨の中を走り出した。
「行くぜ行くぜ行くぜ!」
ディンゴは大柄な上半身を折りたたんで弾丸のようにセルリアン達に突進すると、体を左右に揺らして敵の攻撃をかわしながら素早いカウンターパンチを何発も突き入れた。
彼女の戦技はボクシングだ。相手と肉薄しながら一歩も下がらずに戦うことを得意とするインファイトスタイル。恵まれた体躯から繰り出される剛腕は、セルリアンの幼体程度ならどこに当てても一発で沈めることが出来る。
クズリさんに認められたい一心で戦うディンゴのテンションは最高潮だった。
他のメンバーの実力も申し分なく、叩いても叩いても押し寄せてくる幼体の群れをほぼ完全に押し返していた。
・・・・・・僕はといえば、たまに討ち漏らされて近づいてくる幼体を槍で串刺しにしながら、何とか彼女たちに付いて行くことに終始していた。
「ぐわああっっ!」
だが突如、勢いよく前進する仲間たちの1人が後方に吹き飛ばされた。あわてて他の仲間たちが足を止めながら身構える。
眼前に現れたセルリアンは、一目で幼体とは訳が違うとわからせるに十分な風体だった。
幼体の中でも限られた個体だけが、成体へと変異を遂げる。
宙に浮く不定形なアメーバではなく、決まった形を持ち、ほぼ例外なく足と呼べる器官を備えるようになる。
その個体は屈んだ上半身から、鋭いかぎ爪を生やした長い腕を引きずるように、短く筋肉質な二本足で歩いていた。頭部と呼べるような部位はなく、首元からわずかに隆起したふくらみの中に虚無の瞳を覗かせている。
無機質なセルリアンの中にあって、ずいぶんと有機的な形をしていると思った。それがかえって生理的な嫌悪感を掻き立てさせる。
(・・・・・・猫背のセルリアン、か)
僕はその個体を見て、内心勝手にそんな命名をするのだった。
「だからどうしたんだコラァッ!」
強敵の出現に、ディンゴはいっそう闘志を激しく燃やし“猫背”に向かって早くも切り込んでいった。勢いもタイミングもすべてが揃ったストレートが猫背の胴体を捕えようとする瞬間、しかしその拳もむなしく空を切った。
「は、速えッ!?」
猫背はディンゴの一撃を見切ったように躱すと、そのまま鋭いかぎ爪を横薙ぎに振り回してきた。今度はディンゴが身をかがめて何とかこれを回避する。今の攻防だけならディンゴと猫背はまったく互角といえる内容だった。
一体でも侮れない戦力の猫背が、着々とその場に集まって来ていた。
猫背の一体が、僕にも襲い掛かってきた。
するどく飛び跳ねると、着地ざまに爪を振り下ろしてきた。
僕は手にした槍で、背筋に衝撃が走るほどの一撃を何とか受け止め、穂先でそれを絡め取り、真っ直ぐに突き返した。
しかしそれも後方に飛びのかれて難なく躱されてしまう。
フレンズより2~3回り大きい程度の、成体セルリアンとしては大した体格ではない相手だったが、それを補って余りある俊敏さを持っていた。
猫背のセルリアンたちが、廃ビルに囲まれた通りを跳ねまわるように縦横から襲い掛かってきた。長い腕に生えそろった鋭い鉤爪の振りは速く、一撃が重い。
他の仲間たちも一進一退の攻防を繰り広げるのが精いっぱいである様子だった。
ディンゴはフットワークを駆使して猫背の懐に潜り込んで連打を繰り出すが、決定的なダメージを与えられずにいた。そして息切れした瞬間に爪の一撃を入れられて吹き飛ばされてしまった。
仰向けに転倒した彼女に向かって、猫背が素早く追いすがる。
「クソッたれ!」と、体勢を立て直せないディンゴが悔しそうに叫ぶ。
しかし、鋭い爪がディンゴを捉える寸前に、仲間の一人が体当たりで猫背を突き飛ばして彼女を救った。
クロサイと言う名の子だ。その名に違わぬ黒光りする鎧に身を包んだ重量級のフレンズで、背丈はディンゴにも勝る。
「おうサンキューな!」
「当然のことをしたまで!」
僕は振り返ってその様子を確認すると、再び槍を構えて自分が相対する猫背に向かっていった。
≪A班は何をやっているっスか! 今すぐ合流地点に戻るっス! 他の班はもう集まっている!≫
ついにスパイダー隊長に知られ、お叱りを受けてしまう始末だった。
しかしディンゴを始めとして武闘派が揃っているA班は、誰もが敵を前にして逃げの一手を打つことに納得していない様子だった。
僕は命令に従うべきだと今も思っているが、ここで逃げればディンゴに後で何をされるかわかったものじゃない。
「スパイダー隊長! 逃げてどうするってんですか!? オレ達は戦える!」
ディンゴがついに不満を爆発させたように抗弁を上げた。クロサイはじめ仲間たちも相槌を打って同調している。
≪・・・・・・文句があるなら、オレが聞いてやるよ≫
通信機の向こうから別の声が聞こえる。落ち着き払った、しかし有無を言わせぬ迫力が籠った声に、ディンゴの顔色がいっぺんに青ざめる。
「い、今すぐ戻ります!」と裏返った声で即答すると”猫背”から背を向けて脱兎のように走り出すのだった。
鶴の一声、いやクズリさんの一声でA班は命令違反を取りやめ、一斉にその場を離脱する流れになった。
強敵の猫背たちと相対していた方向の反対側、合流地点のショッピングモールがある方角へと走りだすが、そこもすでにセルリアンの大群に包囲されてしまっている。
だが幸いにも、ひしめき合っているのは不定形なアメーバ状の幼体だけだった。
「・・・・・・こうなりゃ強行突破しよーぜ!」
先頭を突っ切りながら、ディンゴが大声を上げる。
何か思いついたことを察した仲間たちがディンゴの背中に視線を注ぐと、彼女はそれに応えるように後ろを振り向きながら「野生解放だ!」と告げる。
「なる程! 合点いたした!」
先ほどディンゴを助けたクロサイがディンゴと並走すると、どちらともなく肩を組んでスクラムをはじめた。他の仲間たちも2人の傍に駆け寄ると、息を合わせて共鳴するように気勢を高めていった。
彼女たちの意図は明らかだった。一斉に野生解放を行って体当たりを仕掛け、敵の包囲を突破するつもりだ。
A班のメンバーは全員、野生解放を体得しているようだった・・・・・・僕一人を除いて。
______ブォンッッ!!
僕を除く9人のフレンズの気迫が高まり続け、ついに金色の大火となって燃え上がった。ひと固まりになって進むA班のフレンズたちが、圧倒的な数の差を物ともしない、爆発的な推進力を生み出していた。
その勢いのままに、押し寄せる幼体の包囲を吹き飛ばし、一直線に突き進んだ。
僕はその後ろをただ走って付いていった。
9人がかりの野生解放のスクラムが、セルリアンの大群の包囲網を見事に打ち破ってみせた。包囲を潜り抜けた先には、雨が打ち付けるだけの元の寒々しい廃墟が広がっていた。
背後から追跡してくるセルリアンたちを肩越しに見やりながらも、ほっと一息ついたA班のメンバーは野生解放を解き、走るスピードを落とすのだった。
「一か八かであったが、何とか突破することが出来たな・・・・・・なかでもディンゴ! お主の胆力は見事だな!」
「おめーもなクロサイ! オレらA班はマジでイケてるって!」
協力して危機を乗り越えた者たちがお互いの健闘をたたえ合っている。
「1人をのぞいてな」
その中心で笑顔を振りまいていたディンゴが表情を一変させ、嘲るような表情で僕を見てきた。
「メリノヒツジ、まだ生きてたのかよ? てっきり、さっきの鉤爪ヤローにやられたんじゃないかと思ってたわ」
「だが、彼女の槍さばきもなかなかであったぞ? あのセルリアンとも渡り合っておった」
「メリノヒツジに騙されんなよクロサイ。コイツはな、死なねー程度に適当にやってるだけなんだよ・・・・・・いつだってマジになれない半端モンなのさ。その証拠に野生解放もまだ出来ねえし」
野生解放・・・・・・戦いに慣れたフレンズなら誰にでも起こり得る現象。ごく限られた時間だけ身体能力を極限にまで引き出すことが出来る肉体の強化スイッチ。
確かに僕はまだ野生解放をやったことはない。だがそのやり方は何となく掴めていた。これまでにも何度かそれの前兆とおぼしき状態に入ったことがあった。
戦っている最中、どうしようもなく感覚が研ぎ澄まされる瞬間があった。頭のてっぺんから足先まで、すべてが思い通りに動かせていると思うほどだった。その勢いを信じて、肉体のギアを高めていけば、いずれ野生解放に至ることは間違いないと思った。
・・・・・・だけど、それが怖かった。
僕はヒツジだ。戦う生き物じゃない。戦いの昂揚感に身をまかせたが最後、僕は自分が知らない僕になってしまうような気がした。
自分でも理由がよくわからない躊躇に僕はいつも引き留められていた。それが「マジになれてない」と言うのなら・・・・・・その通りだ。
ディンゴに何も言い返せないまま、雨でずぶ濡れになった体を引きずるように、ただ黙って走り続けた。
◇
「A班! さっさとこっちに来るっス!」
薄暗闇の中、普段の温厚さと打って変わった激しい口調で叫ぶスパイダー隊長の声が聞こえる。
僕らA班が辿り着いたのは、あらかじめ定められていた合流地点。広く通りに面した場所にあるショッピングモール・・・・・・の廃墟だ。
外では降りがますます激しくなっている。
時たま閃く雷光が屋内を照らし出すと、商品がごっそり抜き取られた陳列棚が、骸骨のオブジェみたいな不気味な存在感を醸し出しているのがわかる。
スパイダー隊長は、所々割れた窓ガラスから雨風が入ってくる広い室内のちょうど中央、建物の中でももっとも薄暗い一角にいた。
そして「シャヘル」に集められた今回の作戦メンバーも全員、隊長の周りに肩を寄せ合うように密集していた。
「10人全員無事っスね・・・・・・だったら早くこっちへ!」
スパイダー隊長がまたも集合を呼びかける。
目を凝らしてよく見ると、フレンズたちが集まっているその床には、どこかから拾ってきたと思しき泥まみれのブルーシートが敷かれている。
「この上に乗るっス!」
体に纏わりつく雨粒を払いながらスパイダー隊長の元へ駆け寄るA班だったが、その表情は一様に不満げだった。
「隊長、アンタは何がやりたいんだよ!? いまやオレ達は袋のネズミだ! 全員で玉砕でもする気か!?」
ここでも一番に声を上げたのはディンゴだった。
A班を追いかけてきているセルリアンが、やがてこのモールの中にも侵入してくる。A班だけじゃなくて、他の班も見つかっていると考えるのが当然のこの状況では、ここは袋小路も同然だ。
陣形も取らずに一か所に固まることが、自殺に等しい愚行であることは、誰の目にも明らかだ。
・・・・・・だが、ディンゴはまたもすぐに黙らせられることになった。
外から入り込んだ雷光が室内をまた照らし、その場にいる者たちの輪郭を精細に描き出した瞬間のことだった。
スパイダー隊長のすぐそばに、腕を組んで佇んでいるクズリさんがいた。周囲のフレンズがうろたえているのとは対照的に、落ち着いてじっと目を閉じていた。
隊長に強い信頼を寄せており、彼女に身を委ねているのが伝わってくる。
クズリさんがゆっくりと顔を上げ目を見開くと、静かだが鋭い瞳でディンゴを睨み付けた。
ヘビに睨まれたカエルのようにディンゴは口をつぐみ、他のA班共々急いで隊長の下へ走った。
そして言われた通りに、他のフレンズ達が肩を寄せ合って集まるブルーシートの上へと踏み入るのだった。
「よし、これで全員そろったっスね」
(ジロリ・・・・・・)
この場にいる誰もが、クズリさんに逆らうことなど考えてもいない。
だが、スパイダー隊長に向けられる視線は冷ややかなままだった。
まるでトラの威を借るキツネ。大した戦闘能力もないくせに「無敵の野生」の威光を傘に着て、まるで見当違いな命令を飛ばしてくる新米隊長、とでも言いたげな軽蔑の眼差しだった。
______ゴゴゴゴ・・・
「セルリアンだ!」
「もうすぐここに攻め込んでくる!」
地鳴りのような振動がモール内に響いてくるのを察して、仲間の誰もが緊迫した顔つきで外に向かって身構えた。
そしてスパイダー隊長の次の指示を催促するように、苛立ち交じりの視線で睨み付けた。
「そろそろっスかね」
自身に向けられる視線などどこ吹く風のスパイダー隊長がそう独り言ちると、その小柄な体をさらに深くかがめて、地面に手を付いた。
その姿勢のまま、誰にも聞こえないような声で、何事かを呟いている。うずくまったスパイダー隊長の背中からは、これから野生解放を行おうとしているフレンズに特有の、静かに張りつめる気合いの高まりが感じられるのだった。
______ピシャァァンッッ!!
先ほどから断続的に起こっていた雷鳴の中でも、ひときわ大きい音が鳴り響いた。音よりも早く到着する稲光がショッピングモールの屋内を眩く照らし出した。
その瞬間、僕は自分の身に起きている異常に気が付くのだった。
稲光によってすみずみまで白く照らし出される室内で、あまりにも常軌を逸した僕らの姿が克明に浮かび上がった。
黒・・・・・・僕らの体が黒一色になっていた。
普通ならば、周囲の背景と一緒に光で照らされるはずなのに、僕らフレンズの体だけが、指先の一本一本に至るまで、まるで闇に塗り潰されたように漆黒のシルエットと化していた。
(こ、これがスパイダー隊長の影潜りなのか・・・・・・!?)
真っ黒な己の体を見つめながら、あっけに取られて独り言ちた。影に潜ったのではなく、僕らが影その物と化したと言った方がより正確だろう。
影潜り、正確には「シャドウシフト」と呼ばれるこの技のことは、噂に聞いただけで半信半疑だった。こんな異常な有り様は、実際に自分で体験してみるまでは、信じることの方が難しい。
しかし噂は確かに真実だったのだ。
僕らの真っ黒な体が、霧状に分解されてその場からかき消されていった。
(まるでランプに吸い込まれる魔人みたいじゃないか)
そんな感想を抱いたのもつかの間、僕の体は影も形も判然としない暗闇に落ちた。重力も方向感覚も次第に失われていき、何かに強い力で引っ張られる感覚だけを感じ取って、それに身を任せるまま進んでいった。
◇
______バチャッ!
僕も含めて、無重力空間の中で足掻いていた仲間たちの体が、突然に重力の上に投げ出された。
水に濡れた硬いコンクリートの上にもんどりうって転げ回る僕たちが、自分と他人の体の境目を少しずつ認識して立ち上がろうとしていた頃、クズリさんとスパイダー隊長はすでに立ち上がっており、向かい合って何かを話していた。
「エテ公、今の技は何だ? オレの知っている影潜りじゃねえな・・・・・・乗り心地の悪さは相変わらずみてえだが」
「最近使えるようになったっス。準備は必要だけど、一度に多人数で影に潜れるっス。いちいち影を探さなくても、お日様の真下でもやれるし」
「てめえ、まさか”先にある力”を進化させやがったってのか・・・・・・!? オレのグランドグラップルにも次の段階が? ・・・・・・だが、進化させるにはどうすれば?」
「うーん・・・・・・アンタの技のことは、アンタしかわかんないっスよ」
クズリさんはブツブツと呟きながら己の手のひらを眺めていた。
スパイダー隊長はクズリさんとの会話を打ち切って踵を返すと、ようやく立ち上がることが出来た僕たち部下の方へと近寄ってきた。
「みんな、偵察してくれてありがとう。ここでセルリアンに出くわすことはまずないから、安心して欲しいっス」
激しい雨を体に浴びながら、周囲の風景をぐるりと見回してみた。
僕らは全員、どこかの高いビルの屋上に辿り着いていた。廃墟の大都会を一望することが出来るほどの高さだ。
ついさっきまで、薄暗いショッピングモールの中に集まっていたはずなのに。
スパイダー隊長のシャドウシフトが、部下たち全員を別の場所に瞬間移動させていた。
噂に聞いていた通りの、いや噂以上の異能を実際にその体で味わってみて、その場にいる誰もが言葉を失っていた。
「この場で体制を立て直すっスよ、さっそく情報を聞かせて欲しいっス・・・・・・敵の数、密度、強さ。みんなが体を張って調べてきてくれた貴重な情報をね」
この作戦で採取する目標とされているサンプル。それはこのダーバン市街のセルリアンを生み出している、いわばこの街のボスともいうべき存在だ。
当然帰結される考えとして、ボスの近くは守りが硬い。敵の数も多ければ、強い個体が集まっていると思ってまず間違いがないであろう。
スパイダー隊長はそういう考えのもとに、部下たちを強行偵察に出させたというのだ。
多少の危険はあっても、隊長の能力があれば全員を安全に避難させられると考えての事だった。
「最初にみんなに聞いてもらいたいことがあるっス」
そう言いながら隊長がバックパックから取り出したのは、ナビゲーションユニットを数周り小型化したような、両手に収まる大きさの球形の端末だった。
隊長はそれを床に置くと「今日の天気予報は?」と、端末に呼びかけた。
≪ただいまの時刻、13時半・・・・・・11月16日、南アフリカ共和国、クワズール・ナタール州、州都ダーバンの天気をお知らせします≫
音声認識で動く仕組みになっている端末はその声を聴いて、球体の体の節々に光を走らせ、電子音を立てながら起動した。
球体から発せられた光の筋が、空間の中に映像を投影する。
それはアフリカ大陸南部を俯瞰する地図だった。画面の右奥には、巨大な白い渦巻きが描かれている。
≪太平洋沖をゆっくりと北上していた台風が、偏西風の影響を受けて急速に方向を変え、南アフリカ東海岸へと向かっています。夕方から夜にかけて暴風雨がダーバン市街に吹き荒れるでしょう≫
「聞いての通りっス・・・・・・急に天気が変わったみたいっス。空の上のシャヘルから、この街へ降りてくる数時間の間にね」
スパイダー隊長は告げた。あと数時間もすれば、今この街に降り注いでいる雨は台風と化すであろう、と。台風が来てしまえば、輸送機はダーバン市街に近づくことが出来なくなり、僕たちはシャヘルに戻ることが出来なくなる。
・・・・・・それはすなわち部隊が全滅することを意味する。セルリアンの巣窟と化したこの街で、僕たちが一夜を耐え忍ぶことは不可能なのだから。
「本当なら、こういう天候になった時点で作戦を中止した方が良いと思うっス・・・・・・でも、何もしないで帰るっていうんじゃ、みんなも納得いかないっスよね? それに、イモを引いてばかりの隊長の言うことなんか、そのうち誰も聞かなくなる・・・・・・」
その場にいる誰もが「当然だ」というメッセージをギラギラとした瞳の中に宿らせていた。それを知ってか知らずか、スパイダー隊長は絶妙に勿体つけるような態度で言葉を続けた。
「日没まで、およそ後4時間って所っすね・・・・・・いいっスか? 日が暮れるまでにアタシたちは絶対脱出しなくちゃならない。それまでに絶対に作戦を終わらせるっス。さもなくば全員死ぬ」
スパイダー隊長が、今までに見せた事もないような険しい表情で告げる。
生き残ることが何よりも重要だ。そのためには、最短の手順で作戦を終わらせなきゃならない。そう言わんばかりの強い意志が彼女から伝わってくる。
そのために隊長が考え付いたのが今回の作戦だ。
多少のリスクはあっても、短時間でボスの居場所に当たりを付けるための強行偵察を行う。しかる後にボスの居場所に総攻撃を仕掛けて目的を達成する。
仲間を生き残らせることに定評があるスパイダー隊長らしい、慎重を期した作戦だった。
40人の部下たちは誰もが納得し、東西南北に散ったA~D班が見聞きしたことを口々に隊長に伝えるのだった。
「なるほどっス。話を総合すると、どの方角もセルリアンの数は大して変わらなかった。だけど、鋭い鉤爪を持った二足歩行の成体セルリアンがいたのは、A班が向かった東エリア方面だけ、それも何体も・・・・・・つまり、一番ヤバいのは東エリアだってことっスね」
スパイダー隊長はまたも球体端末に呼びかけて、辺りの地図の映像を描き出させた。空間に浮かび上がる地図を眺めながら、隊長はまたも何かを考えている様子だった。
「東エリアの街並みは、ピッタリ二分されているようっスね。かたや高層ビルが立ち並ぶ、だだっ広いビル街。もう片方は迷宮のように入り組んだスラム街・・・・・・この街のボスがいるのは、ビル街かスラム街か」
「・・・・・・まあ、スラムだろ」
「アタシもそう思うっス」
スパイダー隊長と、割って入ったクズリさんが、同じ意見を口にして頷き合っていた。
長年セルリアンを狩ってきたベテランである2人は、示し合わせたかのように同じ結論に達していた。
配下のセルリアンを生み出す役割を持つ”ボス”は、その地域でも最も住みよい場所をねぐらにしている。それは見つかりにくく、身を守りやすく、食料を得やすい場所のことだ。
見通しが良すぎるビル街は、その時点で、ボスの住居の候補から外れる。高層ビルの中に巣食うことも考えられるが、ああいう屋内は空間的に閉ざされ過ぎているので、いざという時の身動きが取りづらい。
セルリアンの楽園と化したこのダーバンで、ボスが好きこのんで屋内に身を隠すことも考えづらいだろう・・・・・・という経験則に基づいた判断だ。
「聞いてくれっス。アタシたちは今から全員で東エリアのスラム街を攻める。しらみ潰しにボスの居場所を調べて、総がかりで倒してサンプルを回収したら、すぐに退散するっスよ・・・・・・ただ、ひとつ問題があって」
スパイダー隊長が、ある懸念事項について話してくれた。それはスラム街とビル街が隣接していることだ。
ビル街に巣食うセルリアンたちが、スラムに侵入した僕たちの存在を察知してボスの救援に向かったとしたら、僕たちフレンズは挟み打ちにされてしまうだろう、と。
「挟み打ちだけは絶対に避けたいっス・・・・・・攻めている内は逃げることも出来る。だけど守りに回ったら、数で劣るアタシたちはヤバいことになる。だから、ビル街にいるセルリアンの注意を逸らして、スラムから遠ざけてくれるフレンズが必要っス」
敵の注意を逸らして、他の仲間たちを守る。普通の言葉でいえば陽動。
悪い言葉でいえば囮、盾役だ。
もっとも危険な役回りであろうことは言うまでもない。
「そこでウルヴァリン、ビル街のセルリアンの陽動を頼んでもいいっスか? アンタ1人だけでやってほしい。スラム街の探索には人手が必要だから、ビル街の方に割くことは出来ないっス・・・・・・逆に、陽動には人手はいらないっス。それこそ、圧倒的に強い1人さえいれば事足りる。アンタにしか出来ない役目っス」
1人で囮をやれ。
戦術的な理屈は非の打ち所がないぐらいに通っている。それに2人は友達同士であり、少々の無理は頼める間柄なのかもしれない。
だがそれでも、あまりにも非情な命令であることは間違いない。その場にいたフレンズたちが、自分が受けた命令ではないと知りつつも、言葉を失って愕然としていた。
命令を受けた当人であるクズリさんは、怒りも恐怖もなく、例によって落ち着き払ったままスパイダー隊長に対峙していた。
「スパイダーよォ、よくオレにそんな無茶振りが出来るな?」
「自信がないなら断ってくれてもいいっスよ。アンタですら無理なら、他の誰でも無理・・・・・・作戦は続けられない。だったら、やっぱりアタシたちは今ここで信号弾を撃って撤退するしかなくなるっス。撤退なんかしたら、後でお偉方のアゴとりを受けることになるだろうけど・・・・・・“無敵の野生”ですら無理と判断したって言えば、お咎めなしで済むんじゃないっスかね?」
スパイダー隊長は、クズリさんが役目を引き受けなければ、ここで作戦を終わらせることを暗に示してきていた。
敵を前にして引くことは、隊長にとっては恥でも何でもない。彼女にとって一番大事なのは、部下を生き残らせることだからだ。
・・・・・・逆に無敵の二つ名を売りにしているクズリさんにとっては名折れ、恥だ。しかも自分の言葉が身を守るための方便に使われるとなれば、その恥はいよいよ極まった形になったと言っても過言ではないだろう。
互いの立場と、戦いに対する価値観の違いを突いた、絶妙な殺し文句であるに違いない。
「いいぜエテ公。てめえの無茶振りを受けてやる」
「ありがとう、恩に着るっスよ」
「しかし・・・・・・てめえも段々メガバットに似てきやがったなァ? 部下使いが荒いことも、減らず口が達者なこともよ」
「メガバット姉さんと似てるだなんて、嬉しいことを言ってくれるっスね」
毒を交えながらも、クズリさんはスパイダー隊長の申し出に対して首を縦に振った。
しかしその表情には、感情が伺い知れない深い影が落ちているような気がした。
「ひとつだけ条件がある。1人だけでいい、オレの傍に付けろ」
1人よりも2人の方が、生存確率は格段に跳ね上がる。戦いの基本だ。
視野は2倍になり、考える頭はふたつになる。互いのミスをカバーし合えるようになる・・・・・・と、人数がたった1人増えることで、受ける恩恵は数知れない。
さすがのスパイダー隊長も、それに対しては異論を差し挟む余地はなく、承諾せざるを得ないようであった。
予定の人数からたった1人欠けるだけに過ぎない。無茶な役目を引き受けさせた対価としては、あまりにもささやかな要求だ。
隊長が、クズリさんに付いていく1人を選び出すために、部下たち40名に視線を流した。
クズリさんほどの戦力と二人組を組ませてうまく機能させるためには、隊の中でも一番実力のある者を選ばなければならない。
・・・・・・きっとそんなことを考えているであろう彼女が、頭を捻って黙り込んでしばらく経った時。
「お、オレに行かせてください!」
早くもディンゴが名乗り出た。
「そうだ」「ディンゴがいい」と、先ほど一緒に戦ったA班のメンバーも、ディンゴに合いの手を送っていた。
強く勇敢で、やる気に満ちている・・・・・・無敵の野生ウルヴァリンとツーマンセルを組む栄誉には、ディンゴこそがふさわしい、と誰もが思っていた。
「いや、もう決めてる。てめえじゃねぇ」
クズリさんがディンゴの申し出を一蹴し、その場に集まっているフレンズたちの中からある1人を指さした。
真っ直ぐに掲げられた指先が、鋭く胸に突き刺さる感じがした。
「メリノヒツジ、オレと来い」
______何でっ!?
僕とディンゴが、同時にそう答えた。
どうしてメリノヒツジなんだ。あの消極的で意欲のない、今一つ冴えない臆病者なんかが、なぜオレを差し置いてウルヴァリンさんに指名される!?
茫然と立ち尽くすディンゴの表情からはそんな言葉が伝わってくるようであった。
だがディンゴは、不満が今にも爆発しそうな表情をしながらも、三度までも同じ轍を踏むことはなかった。
口から漏れだしそうな言葉を堪えて「そうですか」と一言告げると、そのまま後ろに下がるのだった。
「ウルヴァリン、なんでメリノを選ぶのか聞いてもいいっスかね?」
「オレもメリノヒツジも東京の研究所出身だからな。同郷のモンに花を持たせてやりたいんだよ・・・・・・まあ、身内びいきってやつだ」
「そうっスか」
本音を明かしていないことが見え見えのやり取りだったが、無茶な役目をクズリさんに背負わせた負い目のあるスパイダー隊長としては、これ以上しつこく難癖を付けるわけにもいかず、静かに承諾するしかないようだった。
僕のような並のフレンズがクズリさんと組んだ所で、まともに機能するはずがないことは隊長も承知の上だと思うが、それでもこの話はこれで終わりにするしかない、そんな苦渋が見え隠れする表情をしていた。
「メリノ・・・・・・お前はそれでいいっスか?」
隊長は最後に僕に確認を求めてきたが、形だけのものであることは明らかだった。他ならぬクズリさんからの指名を、仲間たちの冷たい視線が突き刺さる中で拒否するなんてことは出来るはずもない。
「わかりました。頑張ります」
僕は返事をかえした。だが自分の言葉じゃなくて、あらかじめ決められていた言葉を誰かに言わされているような感じだ。
口にした言葉とは反対に心臓の音は跳ね上がり「嫌だ」「逃げ出したい」といった類の単語に満たされていくような気がした。
「さて・・・・・・これで作戦の大筋は決まったっス。作戦エリアはダーバン市街の東地区。ウルヴァリンとメリノヒツジの2人はビル街の大通りで敵の陽動をやる」
「そして残り全員でスラム街のボス級セルリアンを捜索、これを掃討した後にサンプルを採取。その後、開始位置に戻って信号弾を撃ち、作戦エリアから離脱・・・・・・以上を可能な限り最短の時間で終わらせるっス」
クズリさんの申し出がスパイダー隊長に認められ、僕が承諾したことで、いよいよ僕は正式に、クズリさんと二人きりで陽動に駆り出されることになった。
スパイダー隊長は、僕たちに手を繋いで円陣を組むことを命令してきた。
彼女はもう一度「シャドウシフト」を行うつもりだ。僕ら全員で東地区のとある高層ビルの屋上に瞬間移動し、そこで今度こそ本当に作戦を開始するのだ。
隊長の指示を聞いて、部下たちが黙々と円形に散らばり、隣り合ったフレンズたちと手を取り合った。
いっそう激しく振り続ける雨の中、手を繋いで輪になった仲間たちの顔が一人残らず良く見える。対角線上にいるディンゴが、恨みがましい目つきで僕のことを睨み付けている。
・・・・・・そしてクズリさんは無表情のまま、遠い目で暗雲立ち込める空を見上げていた。
「さあ、みんな。もう後戻りは出来ないっスよ、互いを信じて絶対に生きて帰ろうっス」
スパイダー隊長の双眸に、闇を切り裂くような金色の光が宿りはじめた。
影の中に、僕の足元が沈んでいく。
暗闇が視界を満たすよりも前に、僕は目を閉じた。悪い夢ならいっそ醒めてくれ、と思った。
おもむろに、昔読んだ本のことを思い出すのだった。死刑を執行される日を待つ捕虜の話だ。捕虜はその後なんとか命を拾って、愛する家族が待つ故郷に帰れるという結末だったが・・・・・・肝心なことが思い出せない。
捕虜はどうやって生き残ったのだろうか。彼に倣えば僕は生き残れるだろうか。そんなふうに考えると、思い出せないことが我慢ならないぐらい悔しくなってくるのだ。
気が付くと僕は、脳裏に薄っすら残る物語の記憶を手繰り寄せようと、思索の海の中で必死に足掻いていた。
間近に迫りつつある危機を前にして、架空の物語に逃避しようとする僕の努力もむなしく、虚構も現実もすべてが一緒くたになって、暗闇という絶望に塗りつぶされていった。
to be continued・・・
_______________Cast________________
哺乳綱・鯨偶蹄目・ウシ科・ヤギ亜科・ヒツジ属
「ヒツジ(メリノ種)」
哺乳綱・ネコ目・イタチ科・クズリ属
「クズリ(ウルヴァリン)」
哺乳綱・霊長目・クモザル科・クモザル属
「ジェフロイズ・スパイダーモンキー」
哺乳綱・ネコ目・イヌ科・イヌ属・タイリクオオカミ亜種
「ディンゴ」
哺乳綱・奇蹄目・サイ科・クロサイ属
「クロサイ」
_______________The Power of Next (野生解放の先にある力)
「セカンドシャドウ」
使用者:スパイダー
概要:シャドウシフトが進化したこの技は、影に潜るのではなく、自身の足元にある影を拡大し、効果範囲にいる味方を覆い尽くして引きずり込むという効果を持っている。従来の弱点であった「光が差す所では発動できない」「自分自身と、手を繋いだ味方にしか使用できない」の二点を克服しており、場所を選ばず多人数を緊急避難させることが可能。なお、発動するためには、意識づけのための簡易的な目印が必要。大量のスタミナを消耗することは変わらずであるが、代わりに旧来のシャドウシフトは連発が可能なまでにスタミナ消費を抑えることが出来るようになった。
_______________Story inspired by________________
“けものフレンズ” “けものフレンズ2”
byけものフレンズプロジェクト
“けものフレンズR”
by呪詛兄貴