けものフレンズR あるトラのものがたり   作:ナガミヒナゲシ

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過去編後章15「あかきめざめ」(前編)

 ここは影の世界。スパイダー隊長のみが自由に出入りすることが出来る異空間。

 音もなく、重力もない暗闇の向こう側に、ピントがずれたレンズで映したような世界が見える。いくつものぼやけた景色が現れては遠ざかっていく。

 

 隊長の影潜りに引っ張られた40人のフレンズ達が、ものすごいスピードで影の世界を移動している。自分では指一本たりとも自由に動かせない異空間の中で息を押し殺しながら、戦いの時を待っている。

 

 やがて、過ぎ去っていくだけだった向こうの景色の一点が拡大された。映像がにわかに鮮明になっていき、激しく降り注ぐ雨音が聞こえてくる。

 そこが影の世界の終わり、現実への帰還だった。どれほどの距離を移動したのかもわからないが、僕にとってはあまりにも短い旅路だと思った。

 

______バチャンッ!

 

 無重力空間にいた体に、急激に重力が取り戻される。

 その場にいる誰もがタイミングを見計らったように着地すると、コンクリートの地面の上に溜まった水たまりが一斉に弾け飛んだ。

 ついさっき、最初に影潜りを体験した時はバランスを取り損ねて転倒してしまったが、短い間に二度同じ体験をした今となってはもう慣れっこということだろう。

 

 影の世界の出口であったこの場所は、先ほどとは違う高層ビルの屋上だった。さっきと比べると低いが、それでも地上100メートル近くもある。同じような高さのビルが近くに何軒も森のように乱立している。

 ここはダーバン市街の東エリアに位置する高層ビル街の一角だ。隣接するスラム街には、この街のセルリアンを生み出し支配する「ボス」がいる可能性が極めて高い。

 

 スパイダー隊長率いる部隊が、ボスを探しに今からスラム街に攻め込む。

 しかし僕とクズリさんだけが違う役目を命じられた。隊長たちがボスを仕留めるまでの間、たった2人でセルリアンの大群と戦って注意を逸らし続けなければならない。

 

 なぜだか僕はクズリさんたっての希望で、無敵と呼ばれ名高い大先輩である彼女のたった一人のパートナーとして駆り出されることになってしまったのだ。

 

 この屋上は作戦の開始地点であり脱出地点だ。

 タイムリミットは夕方5時半。その時刻を過ぎれば台風がやってきて、僕らはこの街を脱出することが出来なくなる。

 移動時間を勘定に入れれば、5時までにボスを倒してサンプルを採取する必要があるという。

 5時を過ぎれば作戦の成否によらず、スパイダー隊長の影潜りでここに戻り、信号弾を撃って脱出する・・・・・・それがあらかじめ隊長によって定められた作戦の概要だ。

 

「班の振り分けはさっきと同じA~D班でいくっス。で、アタシはA班に入れてもらうっス、また跳ねっ返られても困るんで、近くで見張らせてもらうっスよ」

 

 40名のフレンズが、先ほどと同じ10人のグループに分かれた。

 武闘派のA班達がいきり立つ中で、ディンゴだけが不機嫌そうに肩を落として黙り込んでいる。相変わらず敵意と怒りを湛えた瞳で僕のことを見ている。

 

「他に質問のある奴はいないっスか? ないなら作戦を始めるっスよ」

「質問があります!」

 仲間たちの1人が、手を高々と上げながら隊長に質問を投げかけた。

 

「スパイダー隊長はどうやってそんなすごい能力を身に着けたんですか?」

「ちょー待てっスよ。今はそんな話をしている場合じゃ・・・・・・」

 

 明らかに作戦と関係ない質問を真顔でされて、さしもの隊長も面食らったような表情でかぶりを振った。だがその直後、取り囲む部下の誰もが、自分に興味津々の瞳を向けてきていることに気が付いたようであった。そして何かを思い付いたように顔を上げた。

 

「まあ・・・・・・みんなには話しておいてもいいかもしれないっスね、これから一緒にやっていく仲間な訳だし。アタシにとっちゃ忘れたい過去なんスけどね」

 

 隊長は髪の毛の間に挟まった雨粒を長い尻尾でワシャワシャと払いながら、あらたまった表情で語り始めた。

 

「知っての通りだと思うけど、アタシは戦いが嫌いっス。フレンズとして生き返させられた頃は、セルリアンと戦わされるのが嫌で嫌で仕方がなかった。だからCフォースの研究所から脱走したっス。何度も、何度も・・・・・・ざっと100回を超えるか超えないかぐらいはやったと思うっス。」

 

「あの頃のアタシは、生まれ故郷に帰りたい、戦いのない平和な生活に戻りたい・・・・・・そんなことばかり考えていた・・・・・・でも脱走は一度たりとも成功しなかったっス。どんだけ上手く逃げても、最後にはオーダーに邪魔される。頭ン中に電気が走って気を失ったら、また研究所に戻されてる。そんなことの繰り返しだった」

 

「で、研究所に戻ったら、アタシがまた脱走しないようにってオーダーの再調整が施されるっス。より強烈なオーダーを頭ン中に入れられる・・・・・・それでもアタシはあきらめなかった。さらに脱走を繰り返して、逃げるのがどんどん上手になっていった・・・・・・しまいには”影に潜る”なんてマネが出来るようになったっス」

 

 周囲から口々に驚嘆のため息が漏れている。

 ”逃げの天才”を鍛え「影潜り」を発現させたのは、セルリアンとの戦闘ではなく、都合100回近くにも及ぶCフォースからの脱走行為だったのだ。

 1度や2度失敗すれば、あきらめてもうやらなくなるのが普通なのに、100回近くも繰り返すなんてどう考えても常軌を逸している。

 

 脱走が生き甲斐になってしまったような筋金入りの問題児。それがスパイダー隊長の過去だったのだ。

 フレンズが研究所から脱走するなんて話は、割とよく聞く話ではある。生まれ故郷や親の顔が懐かしくて忘れられない気持ちは、誰にだってある。

 隊長は100回も脱走するぐらい故郷に帰りたかったのだ。

 その気持ちは痛いほどよくわかる。僕だって懐かしい。

 遊び仲間と一緒に走った、あの狭くて退屈な牧場が。あの穏やかな風が吹く原っぱが・・・・・・

 

「今はもう脱走はやめたんですか?」

 さっきの子がなおも質問を続けた。隊長に対して少々不躾かもしれないが、尤もな質問だと思った。100回やって諦められないようなことは、200回やっても1000回やっても同じだろう。

 

「もう脱走はしないっス。ていうか、出来なくなった」

「なぜ?」

「どこに帰ったらいいのか、わからなくなっちまったっス」

 

 かたくなに脱走をやめようとしなかった隊長に対してCフォースが取った最後の手段。

 それは生まれ故郷など、過去に関する記憶を消去することだった。

 帰る場所がなくなってしまえば、脱走する理由もなくなる。根本的な解決策だったに違いない。

 

「動物だったころ、どこでどんな風に暮らしてたのか、どんな死に方をしてフレンズに生まれ変わったのか・・・・・・全然、何も思い出せないっス。わかるのは自分がクモザルだってことだけ」

 

 スパイダー隊長は誰に言うでもなく遠い目をして一人ごちる。

 質問をした部下は返す言葉もなく申し訳なさそうに下を向いている。

 

「はははははっ!!」

 そんな空気を打ち破るように、クズリさんが大声で愉快そうに笑っている。その声に驚いた周囲が彼女に視線を注いだ。

 

「胸のすく話じゃねえか。エテ公、てめえはつくづく幸運な奴だよなァ」

「ふふっ・・・・・・その通り、アタシはめっちゃツいてるっス」

 

 クズリさんが「幸運だ」と言ったことも、隊長がそれに当然のように同意したことも、やり取りの意味がまったくわからなかった。

 困惑する部下に対して、ふたたび隊長が「みんな聞くっス」と呼びかけた。

 

「アタシは考え方を変えることにした。Cフォースから逃げられないんだったら、自分に降りかかってきた運命から逃げてやればいいってね・・・・・・セルリアンとの戦いが終わるその日まで、徹底的に逃げ切ってやろうって思ったっス。幸いなことに便利な技も使えるようになったし」

 

 部下たちは誰もが神妙な顔で黙って隊長の話を聞いている。今までどこか隊長のことを軽んじている部分があった自分を恥じるような面持ちだった。

 

「ま、人生なんてのは、考え方ひとつ変えるだけでなんとかなるもんス・・・・・・さあ、アタシの昔話はこれで終わり! みんな! 今度こそマジで作戦を始めるっスよ!」

「「「はいっっ!!」」」

 

 部下たちが一斉に力の籠った返事をかえした。

 それはスパイダー隊長が部下たちの確かな信頼と尊敬を獲得した瞬間だと思った。

 影潜りという能力の凄まじさを身をもって教えてくれただけでなく、己の暗い過去を腹を割って話してくれた。

 そのことが好感度を跳ね上げる一因になったのだろう・・・・・・おそらく隊長は、そういうことも計算に入れて、作戦の真っ最中に昔話を始めたのだと思う。

 

「ウルヴァリン、メリノ・・・ビル街にいるセルリアンの陽動は任せたっスよ」

「任せろ。オレたちはもう少しここにいる。タイミングを見計らって下に降りる」

「アンタのことは心配してないけど、くれぐれもメリノに無理をさせないでくれっス」

「わかってるぜ」

 

 スパイダー隊長がクズリさんにもう一度頷くと、自身が率いるA班のフレンズ達を引き連れて、屋内へと続く扉を開け放って屋上を後にした。

 他の班も隣のビルに飛び移ったりするなどして、それぞれの方向に散開していった。

 

 ・・・・・・ほどなくして、ビルの屋上には、僕とクズリさんだけが残るだけになった。

打ち付ける雨の音が一層うるさく聞こえる。

 

 クズリさんは表情がうかがいしれない静かな佇まいで、豪雨を受け止めながら眼下の街を見下ろしている。

 雨に濡れた彼女の後ろ姿は、まるで得体の知れない恐ろしい影のようだ。その長い黒髪も、炎を縁取った上着も、すっかり雨粒を吸って、真っ直ぐ重力に引かれていた。

 両腕に嵌められた腕輪と鎖だけが、形を変えずに鈍い光を放っている。

 オーダーの代わりにクズリさんを制御するための拘束具・・・・・・それはまるで、強者だけが身に着けることを許された装飾品のようにも見える。

 

「・・・・・・おい」

「はい」

「そんな後ろに突っ立って何してやがる。下の様子を偵察しやがれ」

 

 言われるがままクズリさんの隣に立ち、柵越しに下の景色を見やった。

 僕の心臓の音は雨の音にも負けないぐらいに大きく高鳴っている。自分に与えられた任務が怖いだけじゃない。こんな僕なんかを敢えてパートナーに選んだクズリさんの意図がまったくもってわからない。

 

 クズリさんは、数々の恐ろしい噂よりもずっと理知的で、落ち着いた雰囲気での会話を好むフレンズだと思うけど・・・・・・それは僕が勝手にそう感じているだけで、もしかしたら、言葉じりひとつ間違えただけでも、ひどい目に遭わされてしまうのかもしれない。

 心臓の音を、恐怖心を彼女に悟らせないために、吐息を噛み殺すように浅い呼吸を繰り返した。

 

 ふとクズリさんの方を見やると、彼女は偵察などまったくしておらず、僕の方をまっすぐに向いて睨み付けてきていた。

「ッッッ!!」

 僕はあわてて彼女の方に向きなおり、わずかに後ずさった。精いっぱい平静な表情を装ってはみるものの、僕の緊張感も恐怖もすでに見透かされているように思える。

 

「・・・・・・気ィ抜けよメリノヒツジ。どうせ大した任務じゃねえ」

「何故そう言い切れるのですか?」

「わかんだろ? シャヘルの奴らは、てめえらに簡単に死なれたら困るんだよ。この最初の任務で、どんだけの素質があるかを見定めようとしてるのさ・・・・・・使えねえ奴を間引いて、使える奴だけを残す。そんなところだろうぜ」

 

 言われてみれば納得のいく話だ。

 Cフォースが所有する成層圏プラットフォーム「スターオブシャヘル」はあくまで研究施設であって軍隊ではない。したがって研究することが一番の目的となる。

 ヒトを守るためにセルリアンを撃退するのは軍隊にまかせればいい。シャヘルは研究のために、戦いたいセルリアンとだけ戦えばいい立場なのだ。

 

 シャヘルの最重要課題のひとつは、最強のフレンズを作り出すこと。実験体第一号はクズリさんだが、それに続くのは僕らだ。

 最強に成り得る有望株の中の1人として、曲がりなりにも僕は選ばれてしまったのだ。己の身を守るために必死に戦っていただけで、目立った戦果を挙げたわけではないけれど。

 

 ・・・・・・もしかすると、僕がクズリさんやアムールトラさんと同じ、東京支部出身だったことも理由の一つなのかもしれない。

 シャヘルのヒトたちは、2人の英雄を輩出した東京から「3人目」が生まれることを期待しているのだろうか。だとしたら僕にはとんでもなく荷が重い話だ。

 

「・・・・・・シャヘルの意図はそうなのかもしれませんね。では、あなたの意図は?」

 

 僕は気が付くとクズリさんに質問を投げかけていた。

 まるで昨日の続きのようだ。怖いのに、言葉が出てしまう。本当なら言うべきでない言葉もべらべらと話したくなってしまう。

 クズリさんは恐い反面、異常に話しやすい、会話が弾む相手なのだ。それはきっと、僕が言ったことに対して、常に考え抜かれた鋭い返答をかえしてくれるからだ。

 心地よい会話のキャッチボールが成立する。その事実が恐怖心をいとも簡単に凌駕してしまう。

 

「オレもまずはてめえらのことを見定めたい・・・・・・中でもメリノヒツジ、てめえが最初に目に留まった」

「僕が“使える奴”に見えましたか?」

「逆だ。40人の中じゃてめえが一番最初に死にそうだ。ていうか今まで生き残ってきたのも信じられねえ、そんな眠そうなツラでよ」

「・・・・・・そうですか」

 

 やっぱり、という失望のような感情を胸に沸き立たせながら、吐き捨てるように相槌を打つ。

 おそらく彼女も僕のことが気に入らないのだ。

「眠そう」と言ってくるのはその気持ちの表れだ。ディンゴが「マジじゃない」と言ってくるのと同じ。

 戦いの中で生きる才能がある彼女は、僕のような異物が戦場にいるだけで鬱陶しいのだろう。

 

「僕はヒツジです。爪も牙もない。本当なら戦う生き物じゃない・・・・・・あなたや、それにアムールトラさんのような強い肉食獣ではないのです。牧場の中でただ平穏に暮らしていたのに、ある日オオカミに食い殺されて、気が付いたらこんな姿で生き返って、セルリアンなんかと無理やり戦わされてるんです」

 

 草食獣として生まれながらも、戦う役目を背負ってしまった僕の苦悩など、クズリさんにわかるはずもない。

 そんなメッセージを言外に織り交ぜる僕の身の上語りを、クズリさんは黙って聞いていた。

 聞き終わってから、ぽつりと口を開いた。

 

「てめえは戦いが嫌いか? じゃあ、今はひたすら耐えてるってわけか?」

「耐えてるのは僕だけじゃない。たとえば、スパイダー隊長だって、先ほど戦いが嫌いだと言っていました」

 

「そうだったな・・・・・・だが、あのエテ公はてめえとは違うぞ。アイツは強い」

「確かに、隊長はとても立派なフレンズです。つらい過去にもめげずに、前向きに、自分に出来ることをやって、周りに貢献している。その心構えは僕も見習わなきゃいけないと思います」

 

「・・・・・・ぷっ、くくくっ、はははははっ・・・・・・!!」

 

 クズリさんが僕の答えを聞いて、体中から弾けだすような高笑いを始めた。

 ディンゴとかにバカにされて笑われるのは慣れているけど、今のクズリさんはそれとはレベルが違う、心からの侮蔑の嘲笑だと思った。

 怒りよりも恥よりも、何がそんなにおかしいのだろう、という困惑が勝るのだった。

「くくくっ、眠たそうな奴は、言うことまで眠たいってか?」

 

「何か間違ったことを言いましたか?」

「ああ、全部まちがってるぜ・・・・・・”辛い過去にもめげずに”、”自分に出来ることを”だと? それじゃまるで、アイツが可哀想な奴みたいじゃねえか? オレがアイツを強いって言ったのは、そういうことじゃねえんだよ」

「じゃ、じゃあ、どういう・・・・・・?」

 

 クズリさんは「フン」と侮蔑の籠ったため息を付いた。そんなこともわからないのか、と呆れかえっているようだった。

 

「いいか? 敵を殺すことだけが戦いじゃねえんだよ。勝ち負けのルールなんて自分で決めればいい。スパイダーにとって勝つことは勿論「逃げること」だ。そしてアイツが逃げられなかった相手といえば、オーダーぐらいのモンだ。後は負け知らず・・・・・・アイツは、オレやアムールトラにも引けを取らねえ最強の一角だ」

 

「あのサルは脱走を繰り返すことで、てめえでもそうとは知らず、自分にとって一番の修業を積み続けてきたんだ。その結果ラッキーなことに、てめえの目的を実現させる最強の能力を手に入れることが出来たのさ・・・・・・大した奴だぜ。フレンズはこうあるべきって生き方をしてやがる」

 

 クズリさんの言葉は確信に満ちていた。己の言葉を信じ切ることで得られる説得力があった。

 それでも色々と突っ込みどころはある。たとえばスパイダー隊長が現状を幸せに思っているかどうかは別問題じゃないかということだ。故郷の記憶を消され、動物だったころの人生をすべて奪われて、好きでもない戦いを強制させられるだなんてどう考えても不幸だ。

 

 だがクズリさんの言葉に気圧されて、会話のイニシアティブを握られた僕がそれを口にすることはなかった。

 

「フレンズはこうあるべき・・・・・・どういうことですか?」

「やりたいことを徹底的にやる、それがフレンズの生き方だ。そうすりゃ強くなれる」

「じゃあ、クズリさんはどうやってそんなに強くなったのですか?」

「単純だ」

 

______メキメキメキッッ!!

 クズリさんが顔の高さで拳を握りしめる音が、降りしきる雨音の中でもはっきりと聞こえたような気がした。

 彼女の両腕に繋がれた”絶対に破壊できない”と言われているはずの鎖を、今にも引きちぎってしまいそうな気迫すら感じられる。

「生きるために勝つ・・・・・・今も昔もオレはそれだけだ」

 

 かつて動物だった頃、クズリさんはセルリアンに命を奪われたと聞く。フレンズとして生を受けてからは、自分自身の仇であるセルリアンを地上から絶滅させるために全身全霊をかけている。

 最初は憎しみから、次第に生き甲斐に変わり、果てることなく戦いを求め続けていると。それが己の生きる意味だと信じて、欠片も疑わない。

 

「段々とわかってきたぜ、メリノヒツジ。てめえが弱い理由がな」

 

______グワシッ!!

「うっ!? な、何を!?」

 クズリさんが、突如僕の胸倉を掴みあげてきた。

 あまりにも前触れがなかった。今まで僕の口答えに微塵も苛立ちを見せず、冷静に受け答えを続けてくれていたのに。

 彼女の表情は今までと変わらず穏やかなままだ。だがそれが却って、身も凍るような恐怖を覚えさせた。

 

「なあヒツジ、今のてめえは何者なんだ?」

「僕はフレンズです!」

「フレンズであるてめえが、今の命でやろうとしていることは何だ? 運よく生き返った命をどう使いたい?」

「僕は、僕のやりたいことは! ・・・・・・それは・・・・・・」

 

「どうした? 答えられねえのかァ?」

 

______ガコンッッ!! ガンッ! ガンッ!!

「ぐはっ!!」

 当たりまえのようにクズリさんの暴力が弾けた。

 尋問を続けたまま僕の首根っこを鷲掴みにすると、そのまま屋上の鉄柵に叩きつけられた。背中全体に激痛が走る。

「痛っっ! やめ・・・・・・やめてください!」

 

 何度も叩きつけられているうちに、後ろにある薄い金属板で出来た柵が衝撃でひしゃげ、僕の周囲だけが砕け散って隙間が出来てしまった。

「ぐっ・・・・・・な、何を!?」

 クズリさんが僕を持ち上げたまま、その隙間に向かって身を乗り出した。僕の両足は地面から離れて、宙ぶらりんになっていた。

 

 ここがどれほど高い場所かをまざまざと思い知らされる気分だ。

 昼過ぎだというのに、灰色の雨雲に覆いつくされた明かりの灯らない街並みは、どこもかしこも薄暗い。それでも屋上みたいな高い場所には陽の光が届くからまだいい。高層ビルの下に広がる景色は、ほとんど暗闇に等しい。

 

「お、落ちる!! 下ろしてください! 何でこんなことを!」

「・・・・・・聞いてるのはオレだぜ? もう一度考えてみろ。てめえのやりたいことは何だ?」

 

 気だるげな表情のクズリさんが屋上の淵で、僕の必死の呼びかけを無視するように、先ほどと変わらないトーンで言葉を続けてきた。

 僕は彼女の言葉を、宙ぶらりんの足先から背筋までを恐怖に硬直させながら、死刑宣告のような気持ちで聞いていた。

 

(僕のやりたいことって、なんだ?)

 頭の中にある無数の物語、星の数ほどもひしめき合う言葉。それらをすべて掻き分けて、僕の一番根源にある感情を覗き込んでみる。

 だが、いくら覗きこもうとも、深い暗闇が立ち込めるばかりで何も見えはしなかった。

 

 身も凍るほどの恐怖が半分、何でこんな質問にも答えられないんだ、という己への失望が半分だった。

 でも、そうか。答えられないのも当たり前だ。考えたことがないのだから。

 やりたいことを考える以前に、自分に出来ることを探そうともしていなかった。

 

「答えられねえなら質問を変えてやるよ。そんなザマで今後どうやって戦っていく気だ?」

「・・・・・・ぼ、僕はヒツジだから、どのみちクズリさんほどには強くなれません。そ、それでも周りに迷惑をかけないように最善を尽くすつもりです!」

「あーあ、もういいや。オレまで眠たくなってきた」

 

 クズリさんは吐き捨てるようなため息を付いて会話を打ち切った。

 もう尋問を続ける気もないようだ。

 

「これだけは言っておく。肉食獣とか草食獣とか、生まれを言い訳にしてるようじゃ、てめえは永遠に負け続けるぜ。そもそも、てめえがオオカミに殺されたっていう話だって、ヒツジが弱いんじゃなくて、てめえ自身が弱かっただけだと思うぜ? なんせ、生きるも死ぬも全部自分の責任なんだからよ」

 

 今から僕は、底知れぬ深い谷底に落とされようとしている。

 いじめや悪ふざけの類じゃない、クズリさんの言葉も行動も、一から百まで本気だ。本気で僕のことを・・・・・・

 

「この世界は、強くなろうともしない奴が生き残れるほど甘くはねえ・・・・・・そんじゃ、あばよ」

「あ、あなたは本当に、僕を殺す気なんですか!?」

「ごまかすなよメリノヒツジ。てめえは今この瞬間だって、生きちゃいねえだろ」

 

 クズリさんはあくまで静かに、諭すように優しい口調で話しながら、まるで小用でも済ますような自然さで、その手を離した。

 

______うわあああああっっ!!!

 

 自身が発した絶叫が、頭の中にこだまする。

 誰も聞いていないであろう叫び声を、降りしきる雨に向かって吐き出しながら、寄る辺を失った体が真っ直ぐに落ちて行った。

 

 to be continued・・・




_______________Cast________________
 
哺乳綱・鯨偶蹄目・ウシ科・ヤギ亜科・ヒツジ属
「ヒツジ(メリノ種)」
哺乳綱・ネコ目・イタチ科・クズリ属
「クズリ(ウルヴァリン)」
哺乳綱・霊長目・クモザル科・クモザル属
「ジェフロイズ・スパイダーモンキー」
哺乳綱・ネコ目・イヌ科・イヌ属・タイリクオオカミ亜種
「ディンゴ」

_______________Story inspired by________________

“けものフレンズ”  “けものフレンズ2”
      byけものフレンズプロジェクト

     “けものフレンズR”
      by呪詛兄貴
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