物語は再びアムールトラの視点へ。
Cフォースの中枢にて、セルリアンの女王を創造するために暗躍し、すべてを支配せんと目論む「スターオブシャヘル」。
その野望を食い止めるために水面下で奔走する非政府組織「パーク」。
南アフリカの地において、二つの組織の争いは最早避けられない段階に達していた。
Cフォースを裏切り、パークの下で己の信じる道を進まんとするアムールトラ。
彼女の前に、宿命の好敵手クズリが、赤き魔狼メリノヒツジが、さらに予想だにしない敵が立ちはだかろうとしていた。
心優しき静かなる虎は、なぜビーストと呼ばれるようになったのか?
パークとCフォースの争いの果てにあるものは?
在りし日のアムールトラの、最後の戦いが今始まる。
ひっそりとした夜。星空に照らされる穏やかな水面。さざ波が寄せる砂浜。陸を振り返れば、雲に届きそうなほどに高い崖が海沿いにどこまでも続いている。
ここは南アフリカ最南端にあるケープ半島。なかでも「喜望峰」と呼ばれる歴史ある場所だ。
遠い昔ヨーロッパから来た船乗りが喜望峰を発見した時から、近代の南アフリカ、ひいてはアフリカ大陸の歴史が始まったと言っても過言ではない。
奴隷貿易だったり戦争だったり、ありとあらゆるヒトの営みの舞台として南アフリカは発展してきたという。
多くの時間の中で流された血と涙を、広大で荒涼とした自然が受け止め、今も変わらずにそこにあり続けている。
「この世界で一番強くて偉大なもの、それは自然・・・・・・どんなに荒らされても、汚されても、自然は自分の在り方を変えることはない」
砂浜の上で、かつてゲンシ師匠から教わった言葉をしみじみと反芻しながら、体の芯に刻まれた記憶を呼び起こす。
砕ける波の飛沫が、引いていく波に取り残された無数の砂浜の上の水滴が、まるで自分自身の一部であるかのように近しく感じられる。
______ドキュッ! シュッ! パンッ!
下半身を深く沈みこませ、右足、左足、また右足・・・・・・絶え間なく軸足を入れ替えながら踏み込む。そして下半身に連動させるように、半身に構えた胴体を動かし、様々な受け技と突き技を無心のまま繰り出す。
これはセイエンチンと呼ばれる空手の型の1つ。テンショウの次に私が得意としている型だ。
型稽古をしていると、師匠との確かな繋がりが感じられるような気がする。彼がまだ生きているかのような気持ちになれる。
「こおおおっ」
最後に、真っ直ぐに立ちながら交差させた両腕をゆっくりと下ろし、肺の中の空気を引き絞るように吐き出した。
______ザァァァ・・・・・・
型が終わった瞬間、穏やかな海との距離感が途端に大きく感じられた。
今しがたまで意識を完全に一体化させていたというのに、信じられない程に他人行儀な表情を見せてくれるものだと思う。
星空に照らされる沈黙の水平線を、寂しげな瞳で眺めた。
「わ~、ぶちカッコええダンスじゃね!」
突如、静けさを破るような陽気な声が聞こえた。
「こんな感じかね~、えいっ! ほっ!」
声の主は小走りで近寄りながら私に声をかけると、今しがたまでの私の動きを見様見真似で模倣し始めた。黒いミトンを嵌めているような可愛らしい両腕をバタバタ動かしている。
「見て見て! これがケープのダンスぅ~っ!」
「・・・・・・あのね、これはダンスじゃなくて型って言うんだ」
私は溜め息を付きながら声の主へと振り返った。
この子は、ケープペンギンという名のフレンズだ。
ペンギンという、海を泳いで暮らす鳥類のうちの、南アフリカの海岸沿いに生息している種族がフレンズ化した子だ。黒い両腕と白い胴体。その鮮やかなコントラストは見る者を思わず引き付けるような愛嬌が感じられる。
ペンギンと言えば氷に覆われた極寒の地に住んでいるイメージしかなかったけど、実際には、暖かい南米やこの南アフリカの海岸沿いなど、幅広い所に彼女たちの仲間が住んでいるらしい。
彼女たちは様々な環境に適応できる強かな生命力を持った種族なんだそうだ。
ケープペンギンはパークの庇護を受ける天然フレンズのうちの1人だ。
彼女とは海の上で知り合った。
パークのリーダーであるカコさんが率いる少数部隊の乗る船舶が、ナマクワランド沖からここケープタウン側の海岸を目指していた際に、彼女は善意で協力に駆けつけて来てくれたのだ。彼女が道案内をしてくれたおかげで比較的安全な船旅をすることが出来た。
「それッ!」
最後に両手を伸ばしながらピョンと跳ねて決めポーズを取った後、彼女は少し寂しそうな顔でその場にへたりこんだ。
私は彼女の様子が気になって、近くに座って話を聞くことにした。
「・・・・・・うち、寂しい海は嫌いじゃよ」
「この海岸なー、うちがフレンズになる前は賑やかな場所だったんよ。うちと仲間たちのダンスを見るために、世界中からニンゲンのお客さんが集まっとった。毎日がお祭りみたいでぶち楽しかった・・・・・・けど」
アフリカ大陸中に蔓延したセルリアンが、ケープペンギンの生き甲斐と生きる場所を奪った。元は観光名所として賑わっていたケープ半島ももはや無人の廃墟だ。
都市部ではないからセルリアンに狙われることはあまりないのが不幸中の幸いだったが。
「でも、このままヘコんでなんかおれへんもん。うちには夢があるんじゃけえ」
膝を抱いたまま座っている彼女の遠くを見つめる瞳に強い光が見えた。
「いつか平和になったら、同じペンギンのフレンズをたくさん集めて・・・・・・歌って踊れるペンギンのアイドルグループを作っちゃろ思うとる。うちらのダンスで大勢のお客さんを笑顔にするんよ!」
「その夢、きっと叶えなよ。私も応援する」
真っ直ぐな瞳で未来を思い描くケープペンギンを見て、思わずこちらも胸が暖かくなる。こういうフレンズが夢を叶えられる世界を作るためにパークのヒトらは戦っているんだと思う。
Cフォースを離れた時は自分の選択が正しかったのかどうか不安だったけど、今は間違っていなかったと思える。
「ところで、アムールトラの夢は何なん?」
私の返答に笑顔で頷いたケープペンギンが、ふと気付いたようにそんなことを聞いてきた。だが私の中にはそれに即答できるような言葉がなかった。
「私は・・・・・・」
前にヒグラシ所長にも「戦うことしか出来ない人生を歩むな」と言われたことがあるし、今後の自分の人生をどうしていくかについて考えていないわけでもなかったけど、これといって具体的な展望はまだ見えてこない。
______おーーーい!
質問に答えられないで沈黙していると、それを破るような声が後ろから聞こえた。砂浜の向こう側の森の中から2人のフレンズが顔を出す。
1人はパンサー。均整の取れた橙色の体に黒のまだら模様を散りばめた、トラの私とも姿が良く似ているヒョウのフレンズ。
もう1人はスプリングボック。茶色と白のしなやかな細見の体。そして頭部に鋭い2本角を持つガゼルに近い見た目をしたウシ科のフレンズ。
2人ともパークの戦闘要員として、私と一緒に戦ってくれる頼もしい仲間だ。
「どうだった?」と、私は2人に向かって神妙な表情で尋ねると、スプリングボックが苦虫を噛み潰したような表情で「特に進展は・・・・・・」と苦々しくつぶやいた。
にわかに辟易するような重苦しい雰囲気がその場に立ち込める。私とスプリングボックはしかめっ面で黙り込み、ケープペンギンはキョトンとした困り顔でおろおろしている。
そんな中でパンサーだけが早くも気持ちを切り替えた様子で、マイペースな溜め息をひとつ着くと「ま、とりあえず食事にしよ」と私たちに促してきた。
パンサーを先頭にして私たち4人のフレンズは砂浜を後にし、海沿いの森の中へと足を踏み入れていった。
◇
森の中にポツリと点在するテントに入ると、パンサーは中に積まれていた段ボールのひとつを持ち上げて私たちの目の前に置き、中を開けた。
4人のフレンズは段ボールの中に入っていた袋詰めの色鮮やかなパンを手に取りながら、その辺に座りこんで、ため息をかみ殺すように黙々と食事を始めた。
明るい顔が出来ないのも無理はない。
私たちは今、八方塞がりな状況に置かれている。
カコさんが率いる少数精鋭が、南アフリカでも最大の都市のひとつケープタウンを目指して、ナマクワランド沖から出発してからすでに数か月が経過していた。
このケープタウンで私たちが達成するべき目的。
それは都市部のどこかに残されている「スーパーコンピューター」を乗っ取って、Cフォースのデータベースにハッキングをかけて機密情報を入手することだ。
情報というのは、ヒグラシ所長がパークにもたらした「グレン・ヴェスパーが、すべてのセルリアン従わせる性質を持った”女王”という名の個体を生み出そうとしており、そのために南アフリカ国土にて核実験を行おうとしている」という情報の裏を取ること。
さらに「核兵器が、いつ、どこで、どのぐらい使われるのか」という詳細な情報を得ることだ。
スーパーコンピューターというのは、普通の端末よりもずっと早く複雑な情報処理が出来る機械なんだそうだけど、何でそれが必要なのかと言うと、鉄壁を誇るCフォースのデータベースにハッキングをかけるのに、通常のコンピューターでは時間がかかり過ぎてしまい、情報に辿り着くまでにハッキングを探知されてアクセスを切られてしまうだろうというのが理由だ。
今回盗もうとしている情報は、Cフォースでもごく限られた人員しか知らない最高機密だ・・・・・・とヒグラシ所長が言っていた。
彼をもってしても、最高機密レベルの情報に触れることは容易ではない。
ましてや今の所長は裏切り者。彼が知り得るパスコードの類はすべて削除されてしまっていて、まったくアクセスが出来なくなっていると考えて間違いない。
そういった様々な可能性を考えた結果、スーパーコンピューターを使って総当たりでハッキングを仕掛け、無尽蔵な情報の中から最高機密を解析し特定するしかない、というのだ。
手に入れた機密情報は、すぐさまネットを通じて世界中に公開すると言っていた。
情報そのものをファイル化して配布するだけでなく、カコさん自らが顔を出して動画配信という形で直接訴えかけるのだという。そうすることで、世界中の多くの人々が「耳で聞いた」という、決して消すことのできない真実が残るというのだ。
セルリアンの女王を生み出すための核実験が行われる前に、その情報を世界中に知らせることで世論を味方に付け、実験を中止に追い込むことが目的だ。
グレン・ヴェスパーの独断専行を白日の元に晒すことでCフォースの分裂を促し、彼に反抗しようとする勢力が現れれば、後々パークの仲間に引き入れることも視野に入れている。
・・・・・・正直、ハッキングだのなんだの、私にとっては意味のわからない言葉ばかりだったけど、ともかく難しいことはカコさんやヒグラシ所長らヒトが全部やってくれる。
彼らが目的を達成するまでの間、あらゆる危険から守りぬくのが私たちフレンズに課せられた役目だ。
スーパーコンピューターを求めてのケープタウン市街への潜入は、すでに3度も繰り返されていた。
大規模な工場だったり、かつてはIT企業の本社だった高層ビルの地下深くなど、都市のあちこちにスーパーコンピューターは散財していたが、そのいずれもがすでにセルリアンによって破壊され機能しなくなっていた。
ああいう機械の動作には電力などのエネルギーが必要であり、エネルギーはセルリアンの食糧でもあるから、考えてみれば当たり前の話だったが。
ひとつのアテが外れたら、撤退する以外の選択肢はなくなる。都市に巣食うセルリアンだったり、もしくは武装勢力の襲撃を受けるリスクを考慮すれば、すぐさま脱出しなければこちらの身が危うくなる。
そんな具合で、潜入してはすぐに撤退する・・・・・・ということを私たちは繰り返してきた。そして、ケープ半島の海岸線に身を隠しながら、また失敗するやも知れぬ潜入の機会を伺っているというのが現状だ。
カコさん達はここ数日、ドローンという空飛ぶ小型カメラを飛ばして市街の様子を探りながら、次の潜入のプランを立てていた。
私はヒトの兵士に混じって交代で見張りをしたり、後方にセルリアンや武装勢力が迫っていないか見張りや斥候を行っている毎日・・・・・・それが予想以上に長くなってしまった。
今さらナマクワランドに引き返すわけにもいかない。カコさんが率いていた大規模なキャンプも、難民を避難させるために一時的に集まっていたものであり、一仕事を終えた部下たちはまた散り散りになってしまっているという。
グレン・ヴェスパーの野望を打ち砕くために、ここから一歩も引くわけにはいかなくなったというのが現状だ。
アマーラ・・・・・・私の友達になってくれた、あの片腕のない女の子の安否が気になる。何事もなければ、今頃は国連の難民支援チームに連れられてどこかに逃げているはずだけど。
ケープ半島に隠れ住むようになってから、私の身の上にも実に様々な変化が起きた。
まずは私の名前だけど、最初は”シベリアン”と呼ばれていたけど、今はほとんど誰もが”アムールトラ”と呼ぶようになった。
私としてはどっちの名前が良いとかは特に意識したこともないが、Cフォースでの登録名ではなく、生まれ育った日本での呼び方を彼らが使ってくれるのは、私のことをパークの仲間として認めてくれた証のように思える。
何よりも大きな変化だったのは、私の体から”オーダー”が除去されたことだ。
オーダーは人造フレンズがCフォースに都合の悪い行動を取った時に自動的に発動し、肉体を強制的に動けなくさせる一種の洗脳であり、私の場合は”脱走してはいけない”というオーダーに引っかかりそうな状態だった。
なぜか発動することはなかったが、それは私がCフォースに対して脱走ではなく対立という意志を抱いているからだろう、とヒグラシ所長が教えてくれた。
それでも、いつ顕在化するやも知れない洗脳をずっと体に残しておくのは不味いという話になって、海の向こうから支援物資と共に、オーダーを除去するための機械が届けられた。
見た目はVRマシーンそのものとしか思えない機械の棺桶に入れられて、かつてと同じように、何となく気分の悪い内容の判然としない夢を一昼夜見せられた。
目覚めた後で一言「処置は無事に済んだ」とだけ聞かせられたが、正直こちらとしては前と後とで体が変わったという実感は何も湧かなかった。
処置が終わってから、カコさんから神妙な態度である指示を受けた。
「これから先は決して肉を食べてはいけない」と。
フレンズが動物であった頃の食性のまま過ごしていると、本能が強まり過ぎて体に不調をきたす可能性があるのだという。
今までは何を食べようとも、オーダーというブレーキが強制的に本能を抑制していたので心配はいらなかったが、それが無くなった以上は自分自身で体調を管理する必要があると。だから体に悪い物を入れてはいけないというのだ。
狩りこそしたことはないものの、トラとして生まれ、ヒトに与えられるがまま肉を食べてきた私に、肉食を禁じられる日が来ようとは思っていなかった。
オーダーの代わりに、食事制限という名の新たなブレーキが課せられることになった。
それがいま仲間のフレンズたちと一緒に食べている、この派手な色のパンだ。もちろん私だけではなく、パークの庇護を受けるフレンズは全員、このパン以外の物を食べることは基本的に許されていない。
このパンにはフレンズの本能を抑制し、体内のサンドスターの濃度を一定に保つ働きがあると言われている。
それに加えて、味自体も申し分がないものだった。飽きが来ないように、色ごとに味が異なっている。赤いパンはステーキのような味がしたし、黄色いパンはリンゴやパイナップルのような甘い味がした。
しかもどんなに空腹でも、このパンを3~4個も食べれば一日動き回れるぐらいにお腹がいっぱいになった。まさに文句の付けどころがない完璧な食べ物だと思う。
まあ・・・・・・それでも同じ物ばっかり食べてると少し寂しい気持ちになってくる。肉はダメでも、果物や野菜は食べられないものかな? 今度カコさんに聞いてみよう。
肉以外を食べたがるトラなんて私ぐらいだし、これは本能っていうのとは違うんじゃないか?
「それにしても、Cフォースのフレンズは何でも食べたいものを食べられたというのは本当なのですか?」
「何でもっていうか、肉食の子には肉が出されたし、草食の子は野菜や果物が出されてたよ・・・・・・でもいつも色々違ってて、火が通ってたり、生だったりしてた」
スプリングボックが突然に訪ねてきたのを、私はあらかじめわかっていたかのような口ぶりで返した。顔を突き合わせて食事していると、どうしたってこういう話題が出てきそうなものだ。
このスプリングボックというフレンズは、白黒の判断がはっきりした直情的な性格をしている。敵には容赦がないが、いったん心を許した相手にはとことん信頼と友情を示してくれる。彼女と一緒にいて、冷たく当たられていた最初の頃とは私に対する態度がまったく違うのがよくわかる。
質問に答えながら、今まで食べた美味しい食べ物のことが頭をよぎった。そして一番思い出に残っている食べ物の姿形が浮かび、思わずそれを口にしていた。
「そうそう、皆はハンバーガーって知ってる? パンでお肉と野菜を挟んだ食べ物なんだけど、私あれが大好物なんだ。野菜がお肉の味をすごく引き立てていて・・・・・・」
「やめてよアムールトラ!」
「・・・・・・え?」
突如パンサーが不機嫌そうに叫び、和やかな雑談を打ち切った。
4人の中でも一番冷静で、いつも周囲に気配りを忘れない、私に近い種とは思えないぐらい他人との会話が上手な彼女が、こんな風に突然怒り出すなんて珍しい。
「アタシの前でそんな話しないで! そんな・・・・・・お肉が美味しいだなんて! そのお肉が何で出来ているか考えたことあんの!?」
「落ち着きなさいパンサー。私が話題を振ったのが悪いんですよ」
「くっ・・・・・・!」
パンサーはばつが悪そうな顔でそっぽを向き、そのままテントを出て行ってしまった。
あわてて彼女を追いかけようと立ち上がった私に向かって「聞いてください」とスプリングボックが呼び止めた。
「あの子も、動物だった頃は一匹のヒョウとして、草食獣を狩って生活していた。でもそれが今の彼女の負い目になっているのですよ」
「・・・・・・お、負い目って?」
「あの子には夢があるんです」
パンサーの相棒として付き合いが長いスプリングボックが告げる。
いつか平和が訪れた時、世界中を旅して回り、各地にいる色んなフレンズと友達になりたい・・・・・・パンサーはそんなことを常日頃から言っているのだという。
「うちもそれ知ってる。うちがフレンズになった時、最初に世話してくれたのはあの子だったんよ・・・・・・うちが浜辺で1人で泣いてた時に、パンサーがやってきて、パークに誘ってくれたんじゃ。あん時あの子が「友達になって一緒に生きよう」って言ってくれた時はぶち嬉しかったわ」
パンサーは世界中の肉食獣と草食獣と、さらには陸や海や空、さまざまな場所に住むフレンズと分け隔てなく友達になりたいというのだ。それが彼女の夢。
そんなあの子にとって、友達になりたいと思っている相手を獲物として狩っていた過去は、思い出したくないことなんだ。
そうとも知らず、彼女の前でずいぶん無神経なことを言ってしまった。
私は今まで、食べ物といえばヒトから与えられるのが当たり前だったから、そこら辺のデリカシーが欠けていたんだ。
「気にしなくてもいいのに」
スプリングボックが、大したことじゃないと言わんばかりに寂しそうににそう呟いた。
「肉食獣が生きるために肉を食べることは悪いことでも何でもない。当たり前のことなんです。それを責めたりする草食獣はいませんよ。まあ、確かに自分が食べられたくはないけれど」
「そうやよ、うちだって魚食べたいの我慢しとるんやけん、仕方なかよ」とケープペンギンが明るい声でフォローを入れると、スプリングボックはそれに優しく頷く。
「こういう特別な物を食べて生きている私たちフレンズの方こそ、生き物の常識から外れた存在なのかも知れません」
・・・・・・確かに、この派手な色のパンは、元肉食だろうと草食だろうとお構いなしに、あらゆるフレンズが美味しく食べることが出来る。それってものすごいことなんだ。
いつかこのパンを食べることが当たり前の時代が来たら、肉食や草食っていう垣根がなくなって、両者が何のしがらみもなく暮らせるようになる。
パンサーの夢は、この奇跡の食べ物の存在が前提に成り立つんだ。
「あの子と私は、いずれ別れることになるんでしょうね」
親友の夢を明かしたスプリングボックが、今度は自分の夢を打ち明けた。それはいかにも彼女らしい、改めて言われなくても察することが容易な内容だった。
「私は一生をかけてこの南アフリカを、我が愛する故郷を守り続けるつもりです。ここを離れることはありえません」
聞いた話によれば、彼女の種族であるスプリングボックは、南アフリカのシンボル的な動物として昔から愛されてきたらしい。彼女と同じ名前の街があるのは知っていたが、他にもスポーツチームだったり、色んな団体の名前に使われているそうだ。
自分が受けてきた愛を返そうという意図があるのかどうか知らないが、彼女は生まれ故郷への強い愛着を本能レベルで持っている。
故郷に人生を捧げる。それが彼女の生き方であり、夢なんだ。
◇
食事を終えたら今度は私が見張り番をすることになった。銃を持った味方の黒人兵士たちが夜も白む森の中を巡回している。私はそこから少し離れた場所で、高い木に登って辺りの様子を伺っていた。
______カツン、カツン・・・・・・
私の背後に、不規則なリズムを刻む足音が近づいてくるのを感じる。この独特の足音の主の姿を、気配を探るまでもなく、耳で聞いた瞬間に思い浮かべることができる。
「出歩いてていいの?」と、木の真下まで近づいてきた足音の主を見下ろしながら声をかけた。
「パソコンと向き合ってばかりいたら息が詰まってしまうよ」
足音の主、ヒグラシ所長が悪びれもせずに私を見上げてそう告げる。
彼はカコさんらと一緒にドローンの遠隔操作や、得られた映像の情報解析を行っていたのだが、どうにも疲れたので自主的に休憩を取っているというのだ。
私の知る限りひ弱な彼だったが、何か月も今の生活を続けていたせいか、それなりに逞しい印象になり、物言いにも若干ラフさが感じられるようになった。
「少し話でもしないか?」
「急にどうしたの? まあいいけど」
私は所長の誘いに応じて木の上から飛び降りて、彼の隣に立った。
かつて地雷で右足を失ったはずのヒグラシ所長が、何事もなかったように二本足で立っている。
彼の失われた右膝から下には義足が取り付けられている。
それもただの義足ではなく、筋電義足という機械仕掛けの足で、走ることは難しいが、身の回りの一通りの動作は行えるらしい。
カコさんが無償で所長に提供してくれたものだ。所長が元通り歩けるようになると聞いた時は本当に嬉しかった。
アマーラの片腕にもこういう物を付けてあげられないのか、とカコさんに聞いたことがあるが、彼女はこれからまだ体が大きくなる子供で、成長に応じた義手を用意し続けるのは大変なことなのだそうだ。さらに彼女は片腕だけで器用に生活をこなせているので、無理に義手を付けて現状を変えさせることもない、とのことだった。
「まったく参ったよ・・・・・・こんなに進展がないとは」
所長はびっこを引いて歩きだすと、近くにあった切り株に座って深いため息を付いた。開口一番に私に愚痴を吐きたくなるぐらいにストレスや疲労を抱えているんだろう。まあそれはここにいる皆が同じだけど。
「どうだ、君や仲間たちはくじけずにやれているか?」
「パンサーたちのことは心配いらないよ。なんたってあの子たちには大事な夢があるんだ」
「ほう」
所長が私の話に興味を持ったように疲れた顔を持ち上げて一瞥を向ける。
「どんなに辛くても、みんな自分が叶えたい夢のために頑張ってる。所長が前に言ってた”希望”って、夢を持つことだったんだね」
「・・・・・・ひとくちに言うことは難しいが、それで殆ど正解だと思う」
所長やカコさんが作ろうとしている世界に思いを馳せてみる。
カコさんが思い描いている計画は、パークとCフォースの軍閥とで同盟を結び、パークが設計した対セルリアン兵器を、Cフォースの資金力で大量生産することで、ヒトの兵力だけでセルリアンと戦える組織を作り上げるというものだ。
それが成功すればフレンズがセルリアンと戦う必要はもうなくなる。
私も生き残ることが出来れば、いずれ戦いから解放されて、自分だけの人生を生きることになる。そんな時に、やりたい夢や目標が見つかっていなかったら、他のフレンズたちから置いてけぼりをくらってしまうような気がした。
「アムールトラ、君にも夢が出来たか?」
「それがまだわからなくて・・・・・・でも、私はみんなの夢を守りたい。それが大事なものだってわかるから」
「多分それが君の夢なんだな」
ヒグラシ所長の疲れた顔が俯きながらしんみりと笑いながらそう言う。目を合わせていなくても、見慣れた親しさがその瞳に宿っている。
「他人の力になる事こそが君の生き甲斐なんだ。そうして皆から感謝される・・・・・・実に君らしい生き方じゃないか」
「夢ってそんなものでもいいの? なんか、自分って物がないような気がするけど」
「関係ない。要はそれで生活が回れば良いんだ。つまり自分がしたことに対して収入を得るということだ。世の中には仕事なんて無数にあるぞ」
「たとえば?」
「そうだな・・・・・・君だったら、その空手の腕を活かして、道場でも開くというのどうだ?」
所長が突拍子もないことを大真面目に語り始めたが、全然理解が追いつかない。
この私がヒトと同じように仕事をして、お金をもらって生きるだなんて。
空手道場か・・・・・・確かに私がゲンシ師匠から学んだ空手の技や精神は、金を払ってでも学ぶ価値は間違いなくあるし、それに魅力を感じるヒトさえ集まれば、道場っていうのがやれないこともないかもしれない。
道場の運営やら何やらも全部私自身でやって生活を成り立たせれば、それが私の人生ということになる。
「・・・・・・やっぱりダメだよ」
所長の提案を聞いて一瞬明るい気持ちになったが、すぐにそれを打ち消す考えが頭を過ぎり、思考を固めてしまった。
「私は師匠の空手を完全には継げていないんだ。不完全なものを誰かに教えたりしたら師匠に申し訳ない。それに私の体からは放射線が出てるし、ヒトなんか寄ってこないよ」
「前者の言い分は分かるが、後者はどうかと思うが?」
暗い顔でお断りの意志を示した私を、所長はなおも食い気味に詰め寄ってくる。今の彼からは暑苦しさと言っていいような情熱が感じられて、思わず呆気に取られてしまう。
「アムールトラ、ここでパークのメンバーと何か月も暮らしてて、彼らから体のことで差別されたことがあったか?」
「いや、それはないけど」
「パークの人間たちはフレンズの体のことは気にしていない。これは事実だ。考えてもみたまえ、ここは南アフリカなんだぞ?」
南アフリカは、もともと抱えていた貧困や治安の悪化という問題にくわえて、今はセルリアン災害による社会情勢の混乱という様々な問題に見舞われている国だ。
簡単にいえば、いつどこで命を落としても不思議ではないという環境であること。そこに住む人々は死なないために周囲の危機に常に気を配っている。
だからフレンズの体から出る放射線なんかいちいち気にしないと言うのだ。フレンズの体から出ている放射線の線量は「人体への悪影響があるともないとも言い切れない微妙な値」であると前に聞いたけど・・・・・・確かにそれなら納得できる。
私が生まれ育った日本だったら、私の体は多分避けられてしまうけど、この南アフリカみたいな場所ならそうでもないのか。
こんな私でも、ヒトに混じって生きていける可能性があるのかな。
「アムールトラ、君はまず世の中のことをもっと知る必要がある。生き方を決めるのはその後だっていい。どうだろう、僕にその手伝いをさせてくれないか」
「え?」
ヒグラシ所長の瞳がにわかに生き生きとし始めた。
彼にも新しい夢があるという。フレンズが自由に生きていける世界を作った後、フレンズが各々やりたいことを支援する仕事を始めたいというのだ。
フレンズがヒトに混じって生きていくなら読み書きも出来た方がいいし、より専門的な教育も受けられる場所があって然るべきだと。
「なんだか所長らしいね」
彼は今までCフォース日本支部の所長としてフレンズを兵器に仕立て上げる立場だった。
冷酷な訓練を課してフレンズを鍛え上げることが彼の仕事だったけれど、それをずっと苦に思っていたからこそCフォースを裏切ったんだ。
フレンズの支援と教育は、彼が望まぬ道を歩む中で見つけた、本当に自分自身がやりたいことなんだと思った。
(・・・・・・もう一度所長の下でやっかいになるのも悪くないな)
≪call.call≫
和やかな会話を打ち切るようにして、所長の胸元にある端末が甲高い音を立てた。それを聞いて、近くを歩いていた兵士たちが驚いたように視線を向けてくる。
「どうしたの?」
「カコ君からの連絡だ。何か動きがあったようだ」
◇
巨木の根本に空いている天然の洞窟の中、いくつもの機材がひしめき合う狭い空間に、十数名の兵士が集まっている。
ここはパークのゲリラ達のアジトのひとつだ。ケープ半島の海岸線沿いに広がる密林の中を、いくつかの拠点ごとに分散して滞在している。最初の頃に比べると、アジトの人員もずいぶん増えた、最初は少数精鋭だったけど、追加で何人も船に乗ってやってきたんだ。
集まった兵士たちが地面に座り込みながら輪を作り、ある一点を見上げていた。その中に、私とヒグラシ所長も混じるように足を踏み入れた。
人だかりの視線の先に、宙に浮く奇妙な物体があった。
ここに来てはや数か月、もちろん私もその物体を見るのは初めてじゃない。
あれはCフォースがフレンズに指示を出すのに使っていた黒い球体”ナビゲーションユニット”を、パークの技術で再現した、いわばナビゲーションユニットのコピー品と言うべき物体だ。
遠隔操作で空中を自在に移動し、ヒトにもフレンズにも指示を出せるナビゲーションユニットがあれば便利に決まっているので、パークでも採用したというわけだが、Cフォースのユニットとの誤認を避けるために、その見た目はオリジナルとまったく別物になっている。
その丸い胴体は派手な青色に塗装され、円錐形の耳と尻尾みたいな突起物が取り付けられている。さらに目を引くのは、胴体に外盛りで付けられた楕円形のふたつのセンサーが、まるで生き物の瞳みたいに見えることだ。
・・・・・・私としては、こっちの見た目の方が断然好きだ。何といっても”目”が二つあるというのが、普通の生き物に近い親しみやすさを醸し出している。オリジナルの黒い球体は、パッと見セルリアンと見間違えてしまうぐらい無機質で気味が悪かったもの。
≪ただいまよりブリーフィングを始めます≫
青いナビゲーションユニットから投射された光の中、緑がかった艶やかな黒髪の間にあるカコさんの整った顔が映し出される。誰もが疲弊し切っている状況下で、彼女の態度は鋼のように冷たく強靭だ。それが頼もしくもあり、並のヒトとは桁が違うという距離感も感じさせる。
≪つい先刻、新たなスーパーコンピューターの所在がわかりました。ケープタウンへの潜入作戦を新たに開始したいと思っています≫
カコさんが私にもわかる言葉で告げる。実際はアフリカの言葉を話しているのだろうけど、ナビゲーションユニットを通しているために、フレンズに理解できるように変換されているのだ。
≪ドローンの映像を映します≫
青いナビゲーションユニットから投影されるカコさんの姿が右にスライドし、左側に新たな映像が映し出される。
そこにあったのは、広陵とした高い山に囲まれるようにして存在する古めかしい建物だった。赤レンガの三角形の屋根を立派な大理石の柱で支えた無数の館を、同じように大理石が立ち並ぶ石畳の廊下が繋いでいる。まるで古代の宮殿のように優雅で重厚な建物だ。
・・・・・・これはどういう場所なんだ? こんな古そうな建物のどこにスーパーコンピューターなんかが? 周りも都心部と離れた緑豊かな郊外って感じだ。
≪ここはケープタウン大学です。南アフリカでも有数の設備を誇るこの大学の校舎内には、学生や教授が研究に使用していたと思われるスーパーコンピューターが存在しています。それを使ってCフォースへのハッキングを仕掛けます≫
淡々と語るカコさんの声に、黒人兵士たちは溜息を付いたり、荒っぽい声で文句を投げつけたりしていた。
言葉はわからなくても、彼らの気持ちが伝わってくる。3度にわたる失敗を経て、彼らの士気はとことんまで下がってしまっている。私だって気持ちは同じだ。3回も失敗したようなものが4回目に上手くいくなんて思えない。
≪ケープタウン大学は、前回までの目的地に比べて、比較的都市部から離れた場所にあり、スーパーコンピューターの所在も校舎内の地下深くに確認されています。つまり、セルリアンからの被害を受けている可能性が低い・・・・・・現状考えられる中で、ここが最後のアテになります≫
最後、と聞いて兵士たちが目を白黒とさせる。カコさんは一旦沈黙し、彼らの呼吸を読んだかのように間を取ってから再び話始めた。
≪成否に関わらず、今回の作戦をもって私たちはケープタウンから撤退します。現在、私たちの友軍である”モザンビークの長老”が率いる部隊が、ナミビアとの国境線付近に集まりつつあります。彼らと合流し、一旦体勢を立て直す手筈です≫
≪・・・・・・ですが≫
その言葉に明らかに安堵した表情になる兵士もいたが、カコさんはすかさず付け加えた。
≪今回の作戦を成功させなければ、グレン・ヴェスパーが行おうとしている核実験を阻止することが恐らく出来なくなる・・・・・・泣いても笑っても、これが運命の分かれ目になります。ギリギリのところで頑張ってくれているみんなには、本当に感謝しています。ですが、どうかもう一度だけ力を貸してください≫
カコさんが言葉を言い切った後、しばらくの間重苦しい沈黙が流れる。私はその様子を見て不安になった。
彼女はいつだって、部下に対して「~してください」とお願いをするような口調しか使わない。命令口調というものを嫌っているヒトだ。
彼女と兵士たちを繋ぐのは上下関係ではなく、ただ信頼関係があるのみ・・・・・・彼らがカコさんの言葉を拒否すれば、それを止めることは出来ないのだ。
「Doen.」
やがて苦虫を噛み潰したような表情の兵士の一人がゆっくりと立ち上がると、周りを鼓舞するように静かに声を上げた。
「Werk hard ja!」
それに呼応するように、それぞれの瞳の中に静かな覚悟が宿り、口々に言葉を発してお互いを励ましはじめた。
「大丈夫。みんな気持ちは一緒だ」
ヒグラシ所長に言われるまでもなく、兵士たちのそれぞれの悲壮な覚悟が伝わってくる。ここにいる誰もが、この最後のチャンスに命を懸ける覚悟を持っている。
≪ありがとう。本当にありがとう・・・・・・≫
カコさんが画面越しに兵士たち一人一人の熱く激しい気概を感じ取るように、一心に頭を下げていた。彼女の華奢な体が、責任と重圧に押しつぶされてしまうんじゃないかと思えた。
それでも彼女は自身に伸しかかる重みを跳ね除けるように再び背筋をピンと伸ばし、画面越しに凛とした視線を仲間たちに向けた。
覚悟を決めた兵士たちが一斉に息を飲み、彼女の言葉を待ち受ける。
≪作戦の開始は20時間後。それまでに準備を完了してください≫
◇
カコさんが指定した時刻が刻一刻と迫ってきている。
一度登った太陽が再び沈み、歴史ある雄大な喜望峰を闇に染めていく。そんな中、兵士たちは大急ぎで荷物をまとめて、波打ち際に浮かぶ船舶に積み込んでいる。
作戦が成功しようがしまいが、ここで隠れ住む生活は今日で終わりだ。作戦が終われば再び南大西洋に出て、ナマクワランド方面に向かって北上することになる。
今から私たちは2つの班に分かれる。
まずは作戦の実行部隊。少数精鋭で夜の闇に紛れてケープタウン大学に潜入し、手筈通りに機密情報を入手したらすぐにここに戻ってくる。
もう片方の後方待機組は、辺りを警戒しながら船舶を発進できる状態に保ち、実行部隊がいつ戻ってきてもすぐに脱出できるように退路を確保するのが役目だ。
「アムールトラ・・・・・・」
ヒグラシ所長が私の肩の上に手を置きながら、何とも言えない辛そうな表情で見つめてくる。足の不自由な彼は、当然のこと実行部隊に入ることはなく、後方待機組と行動を共にすることになったのだ。
沈黙する瞳の中から、私を案ずる気持ちや、待つことしか出来ないことへの申し訳なさが伝わってくるようだ。
私はただ黙って頷き、心配しないで、と目線で答えた。
「後ろの守りはうちに任せたって!」
「わっ!?」
私の背中を叩きながら呼びかけてくる明るい声。振り返るとケープペンギンがそこにいた。
私たち4人のフレンズの中で、彼女だけが唯一後方待機組に残ることになった。
彼女もフレンズである以上、それなりには戦えるのだろうけど、そもそも戦いが本業ではない生活を送ってきた子であり、その力量は私やパンサーたちとは比べるまでもない。
確かにこの喜望峰で待機するだけなら、セルリアンや武装集団に襲われる可能性は低いし、いざとなればパークの兵士たちには応戦できる備えはあるが、やはり心配になってしまう。
「このオッちゃんのことも守ったるけえ、バシッと決めてきんさいや~!」
「ははは・・・・・・君に命を預けるぞ、ケープペンギン」
それでも陽気にカラカラと笑う彼女を見ていると、理屈抜きで気持ちが楽になってくる。
この子は他人の気持ちを明るくさせる一種の才能でもあるのかな。だとしたら彼女が抱いている夢は、これ以上ない程の天職のように思える。
「・・・・・・さあアムールトラ、そろそろ出発します。ヘリに乗ってください」
砂浜の上に、今にも飛び立たんとする勇姿を見せつける一機のヘリコプターが鎮座している。
このヘリコプターは、作戦を行うにあたって、幾つかに分割された部品を船で密輸し、それを一から組み立て直すことで秘密裏に持ち込んだ機体だ。
ヘリのハッチの中から顔を出して私に声をかけるカコさんは、見慣れた白衣姿から、周囲の兵士と変わりない野戦服へと着替えていた。
肩にはSSアモを発射するショットガンをぶら下げ、胴体に身に着けたベストには弾薬や護身用の拳銃、通信機など、必要なありとあらゆる物を取り付けている。
カコさんは今回も当然のように前線に赴こうとしている。パークの指導者であり、何かあったら替えが効かない立場なのにも関わらずだ。
彼女のそんな徹底した現場主義のことを周りの部下は承知していたし、私も短い付き合いの中で知っていたので、今さら反対の声は上がらなかった。
カコさんいわく「現場には空気がある」とのことだ。その空気の流れを読んで、瞬間瞬間に最良の判断を下すことこそが、リーダーである自分の役割であると彼女は言う。
後方にいたら現場の空気を感じられず、判断に遅れが生じてしまう。だから何が何でも前線に出て行かなければならないのだ、と。
なんでも、カコさんの現場主義のポリシーは、今は亡き彼女の父にして、パークの創始者である”遠坂重三”さんから受け継いだものらしい。
「行ってくるよ」
ヒグラシ所長とケープペンギンに向かって今一度頭を下げてから、ヘリコプターの貨物室の中に入っていった。
カコさんや緊張した面持ちの側近の兵士たち、それにスプリングボックの視線が私を捉える。実行部隊のメンバーは本当に少数精鋭だ。人員も必要な機材も、ヘリ一機に何とか詰め込めるほどだった。
「あ・・・・・・」
その中にいたパンサーと目があった。
彼女もまた実行部隊の1人としてヘリに乗り込んでいる。貨物室の壁面に革張りになった座席に、兵士たちに混じって座っていた。
「あ、あの、アムールトラ、昨日はゴメンね。アタシ、アンタに酷いことを言っちゃった。まるで肉食獣が悪者みたいな・・・・・・でも違うの。あんなこと言うつもりじゃなかった」
気まずさを避けるように私から目を逸らしながら、それでも彼女は不器用な謝罪の言葉を続けた。彼女自身うまく言葉には出来ていないけれど、本当に申し訳ないと思っている気持ちが伝わってくる。
スプリングボックが教えてくれた通り、確かにパンサーは、自身が肉食獣に生まれた事へのコンプレックスのような感情を抱えているようだ。
草食の友人たちへの想いが募れば募るほど、自分の過去を責めたくなる気持ちに苛まれている・・・・・・でも、一方でそんなことを考えてしまう自分にも嫌気が指しているんだ。肉食獣とも草食獣とも仲良くすることが彼女の夢なんだから。
彼女は自分の中で生まれた矛盾に苦しんでいる。
パンサーにどんな言葉を返せばいいのかわからない。
野生を知らずに育った私なんかじゃ、何を言ったところで、薄っぺらい同情にしかならないような気がする。
それでも、一つだけ言えることがあるとするならば。
「・・・・・・一緒に頑張ろう」
私はやっとそれだけ言うと、足りない言葉を付け加えるようにして、頭を垂れるパンサーの前に立ち、手のひらを差し出して握手を求めた。
「この作戦を成功させて、フレンズもヒトも、みんなが夢を叶えられる世界を作ろうよ」
泣きそうな顔をおずおずと上げたパンサーが、静かに私の手を取った。
to be continued・・・
_______________Cast________________
哺乳綱・ネコ目・ネコ科・ヒョウ属トラ亜種
「アムールトラ」
哺乳綱・ネコ目・ネコ科・ヒョウ属
「パンサー」
哺乳綱・鯨偶蹄目・ウシ科・スプリングボック属
「スプリングボック」
鳥綱・ペンギン目・ペンギン科・ケープペンギン属
「ケープペンギン」
_______________Human cast ________________
「日暮 啓(ひぐらしけい)」
年齢:52歳 性別:男 職業:元Cフォース日本支部研究所 所長
「久留生 果子(くりゅうかこ)」
年齢:26歳 性別:女 職業:国際的非政府組織「PARK」構成員 南アフリカ事業所代表
_______________Story inspired by________________
“けものフレンズ” “けものフレンズ2”
byけものフレンズプロジェクト
“けものフレンズR”
by呪詛兄貴