無数の星々が輝き、その中心には満月がたたずむ雲一つない空。
私たちを乗せたヘリコプターが、ケープタウンの都市部上空を飛んでいる。
いやに明るい夜だ。どんなに高い所を飛ぼうとも、機体の姿がくっきりと浮かび上がってしまっているんだろう。
眼下に広がる廃墟の都市には無数のセルリアンが蠢いているだろうし、荒れ果てた大地に生きる武装集団がどこかで目を光らせているかもしれない。私たちはそのいずれにも見つかってはならない・・・・・・そう考えると、この天候の良さが憎らしいとさえ思う。
ヘリのローター音だけが甲高く鳴り響くなか、私たちはキャビンの窓から入り込んでくる夜空の光を避けるように息を殺している。
外の様子が気になったので、少しだけ顔を窓枠に寄せて景色を眺めてみる。
セルリアンによって電気が食らいつくされて一切の明かりが灯らなくなった暗闇の街の中でも、夜目が効くネコ科の私の目ならば、この星明りだけで十分よく見える。
窓から見える、立ち並ぶビルの密度はまだまだ薄れることを知らないが、ずっと向こうの方には雲に届きそうなぐらいの高さの山々が連なっている。
中でも一番高い山は、まるで広野がそのまま天へと隆起しているのかと思うぐらいに、山肌が水平に切り立っている・・・・・・あの山の名前は「テーブル・マウンテン」。
なるほど、まさに名は体を表すって言ったところか。
あのテーブル・マウンテンの麓に、今回の作戦における目的地であるケープタウン大学がある。敷地内の地下深くに隠されたスーパーコンピューターを求めて私たちはそこに向かっている。
今宵がグレン・ヴェスパーの企みを阻止するための最後のチャンスだ。
カコさんは、自身が擁する中でも精鋭中の精鋭を選び抜き、最後の賭けに出ようとしている。
狭いキャビン内に備え付けられた、左右のドアに向かい合うようにして内側に並んでいる座席は、ドアガンのガンポートも含めて合計10席。
その中にわずか8名の精鋭が並んで乗り込んでいる。
まずはパンサーとスプリングボック、そして私・・・・・・それぞれが一騎当千の戦力とみなされている戦闘経験が豊富なフレンズが3名。
そしてカコさんの側近を勤める”チームジョーカー”と呼ばれる優秀な部下が5名。
カコさんの護衛である、南アフリカの少数民族ツワナ族出身の屈強な双子の巨漢バズ・チャラとギル・チャラ。
元アメリカ海兵隊所属であり、今は金でどんな仕事も請け負うといわれる雇われの白人スナイパーのカイル。
サブリーダーにして、英語、フランス語など世界の主要な6言語や日本語にも精通するナビゲーターでもある女傑シガニー。
・・・・・・最後に、この作戦の鍵を握ると言われている男が1人。
「テンテテン、テンテテン♪ テンテテン、テンテテン♪」
派手な黄色いアロハシャツに膝丈のジーンズというラフな衣装に、レゲエミュージシャンのそれのように、落ち着きなく揺れる編み込まれた細長い長髪。そして極め付けに、おふざけとしか思えないハート形のサングラスを掛けている。
・・・・・・まったく周囲と装いを合わせる気がない30そこそこの派手な見た目のその男は、仲間たちが息を飲んで戦いに臨もうとしているのもどこ吹く風で、耳にヘッドホンを付けて何ごとか口ずさみながら手指を空中で細かく上下させている。
ヘッドホンから、甲高いピアノの音が少し漏れている。男は音楽を聴きながら、ピアノを演奏する真似をして遊んでいるように見える。
そんな意味不明な行動を、他の仲間たちは咎めることもなく、ただ黙殺している。まるでこれが当たり前だとでもいわんばかりだ。
「・・・・・・な、何やってるんだい”ウィザード”?」
私と同じ側の一番後部に座っている派手な見た目のその男に、以前から知っている名前を口にしながら尋ねた。
魔術師(ウィザード)・・・・・・それは単なる仇名だ。端末ひとつあれば、いかなるセキリュティも瞬時に突破してしまう伝説的なハッカーであることからそんな名が付いたらしい。
アフリカのどこか出身の黒人であること以外、本名や経歴は誰にも明かしていない。
その昔、表社会で取り返しの付かない失敗をして本名を名乗れなくなったらしく、食いぶちを求めてパークに接触してきたらしい。
何から何まで胡散臭い、しかしハッキングの腕前は表社会、裏社会の両サイドにおいて勝てる者がいない、というのが彼の評判らしいのだが、はたして・・・・・・
「アウチッ! アムールトラ、練習の邪魔しないでヨ!」
ウィザードは、話しかけてきた私を不機嫌そうに睨むと、英語交じりの片言の日本語でたしなめてきた。
ふざけていたのかと思いきや意外にも大真面目な態度だ。
彼もまた日本語がわかるので、私とも直接会話することが出来る。
何でも日本のアニメや漫画が好きで、日本人とネット上で口論をするのが趣味なんだとか。
「ご、ごめん。でもなんで今ピアノの練習を?」
「ノー、これはね、ハッキングのイメージトレーニングなんだヨ。一仕事する前の準備運動ってやつヨ」
「よくわからないんだけど」
「ユーにわかりやすく言うと、カラーテの”フォームトレーニング”と一緒ヨ」
彼に言わせれば、ハッキングというのは、楽器の演奏とほぼ同じようなものらしい。
正しい知識さえ身に着けていれば、特別な発想とかがいるわけではなく、決まりきった手順を寸分の狂いなくなぞるだけ。
しかしひとつひとつの手順の完成度をどこまでも高めていかなければ、一流の領域には辿り着けないという。
・・・・・・なるほど、だったら確かに空手の型の考え方と同じだ。型というのは、ひとつひとつの動きを分解して、動きの意味を自分なりに解釈することが求められる。空手家が百人いれば百通りの解釈がある。
それぞれの解釈に基づいて、己が理想とする完成系を探っていくんだ。その道に終わりはない。
「もーウ、ユーに邪魔されてイメトレが台無しヨ? せっかくショパンの名曲を弾いてたのに・・・・・・気を取り直してドビュッシーでも演ろうかなァ」
「ウィザード、イメトレはもうその辺にしておいてくれませんか?」
カコさんの声が操縦席の方から聞こえた。キャビン内で騒いでいるウィザードに、いつも通りのやんわりとした口調で注意を促している。
「間もなく目的地に着きます。着陸の準備にかかってください」
驚いたことに、このヘリコプターを操縦しているのはカコさんだ。
私の座席はガンポートのすぐ後ろなので、そこに座って機関銃を外に向けて構えているチャラ兄弟の体ごしに、ヘリを操縦している彼女の姿が良く見える。
右手に操縦桿を、左手に出力桿を握り、それらを手慣れた様子で別々に動かしてヘリを自在に操っている。隣の副操縦士席では、補佐役のシガニーが計器類を絶えず細かく弄って操縦をサポートしている。
ヘリを操縦する技能を持った兵士は、他にも何人かいるらしい。
だがカコさんは、自分こそが仲間の中で一番ヘリの操縦が上手いと豪語している。だから自分が操縦するのが道理だと言うのだ。
聞いた話では、カコさんはヘリコプターだけでなく、小型の軽飛行機や、オートジャイロとかいう簡易プロペラ機など、複数の航空機を操縦することが出来るらしい。
「どうしてそういう技術を覚えたんですか? やっぱり、パークの活動に必要だから?」
「いえ、これは単に私の趣味なの」
ヘリを操縦しながら、カコさんが独り言ちるように私の質問に答えた。
幼い頃、カコさんは「宇宙飛行士」っていうのになりたかったんだとか。スペースシャトルに乗って宇宙に飛び出すことを十台半ばぐらいまで夢見ていたと。
しかし、パークの創始者の娘として生まれた運命がそれを許さなかった。運命に従って父の後を継いだものの、スペースシャトルを操縦してみたいという欲求が抑えられず、それを発散させる捌け口として、暇さえあれば他の色んな飛行機の運転にのめり込む”飛行オタク”になったらしい。
それが結果としてパークの活動にもプラスになっているだけとのことだ。
「そういうことだったんですね・・・・・・」
「ふふ、昔話はこの辺にしておきましょうか」
______カチャ、カチャ・・・・・・
ガンポートにいるチャラ兄弟たちや、私とは反対側に座っているカイルが、手にした銃を点検して動作を確認してみたり、弾薬の数を確認したり、ベルトの留め具合を直したりと思い思いの準備にあたっている。
ウィザードもそれに倣って、膝下に置いた自身の唯一の荷物であるリュックサックにヘッドホンをしまってから神妙な顔で姿勢を正し「もう準備万端ヨ、ボス」とおどけたようにカコさんに返事をした。
五体で戦うだけの私たちフレンズには、特に荷物はない。
耳の穴に、いつも通り小型の通信機を嵌めているぐらいだ。
「ねえ、あの建物だよね、アムールトラ」
私の隣にいるパンサーが、窓の外を指さしながら私に声をかけてきた。言われるがまま下の様子を眺めると、映像で見たままのケープタウン大学の外観が遠くに見えてくる。
都市部とは数本の道路で繋がっているだけのテーブル・マウンテンの麓、辺りにはちらほらとしか建造物が存在しない森の中、月明かりにぼんやりと照らしだされる古めかしい洋館が数十軒も密集して立ち並んでいる。
目を凝らして見れば、電線が張り巡らされていたり、近代的な鉄筋コンクリートのビルも混ざっていたりと、見慣れた現代の建物であることは一目瞭然だったけど。
もちろんだけどヒトの気配は一切ない。だからといってセルリアンに侵入され破壊されたような痕跡も見受けられない。
ある日突然に誰もがいなくなり、そのまま何者も立ち入らずに時間だけが過ぎたような風情を感じさせる。一言でいうならば、完全な廃墟だ・・・・・・セルリアンで溢れかえる見慣れた戦場とは程遠いとはいえ、その静寂がかえって不安を煽る。
月明かりに怪しく照らし出されていることも相まって、まるでお化け屋敷みたいな、一度入ったら抜け出せなくなる迷宮のような、底知れぬ不気味さを醸し出している。
こうして外観を遠くから一目しただけでは、内部の広さがどれほどのものか推し測るのは難しい。これから先、どれほどの危機が待ち受けているのだろう。
優秀なメンバーが揃っているとはいえ、この少人数でスーパーコンピューターに辿り着き目的を達成できるのだろうか・・・・・・
「上手くいくかな?」と、私の気持ちを代弁してくれるかのようにパンサーが告げた。
拭い去りがたい不安と一緒に、真っ直ぐな信頼の瞳をこちらに向けてくれている。
昨日までの私とのわだかまりがすっかり解けた様子だ。
「いつも通り全力を出すだけです」
私がパンサーに返事を返す前に、目前に迫る戦いに意気込むスプリングボックが、外の景色を見つめながら言葉を挟んだ。
彼女の目には、薄緑色に光る機械仕掛けのサングラスが付けられている。
「スプリングボック、目の調子はどう?」
「気味が悪いくらい良く見えます。これなら昼間と変わりはない」
ウシやシカの仲間であるスプリングボックは、ネコ科の私たちと違って暗闇での視界が効かない。それを補うため、今回の作戦では、彼女はヒトと同様に「暗視装置」と呼ばれる装備を身に着けているんだ。
そのために表情は良くわからないのだけれど、私やパンサーとは違って、いつも通り彼女には不安も迷いも一切ないことだけは伝わってくる。
「頼りにしてるんだからね。アムールトラ」
「出会った頃はともかく、今は貴様がいてくれて本当に良かったと思います」
「パンサー、スプリングボック・・・・・・私もだよ。みんなでがんばろう」
誰もが準備を終え、後は着陸を待つのみとなった。窓の向こうに、ケープタウン大学がどんどん近くに迫ってくる。
狭いキャビンの中に、息を殺すような緊迫感が立ち込めていく。
「Ha ouens.」
突如、副操縦士席に座るシガニーが、カコさんよりもやや野太い声で私たちに語りかけ始めた。
それと同時にキャビンの天井に仮説された立体プロジェクターが光を放ち、左右のドアに立体映像を投影する。
操縦で手が離せないカコさんの代わりに、作戦前の最終確認としてブリーフィングを行おうということらしい。私にはわからない言葉だけど、同じ内容を事前にカコさんから聞かされているから問題はない。
立体映像は二つに分割されている。ケープタウン大学内の見取り図と、目的地である建物の外観だ。周りの他の建物よりも明らかに近代的な、むしろ未来的な印象さえ与える、曲線を描く銀色の円柱形のビルが映っている。
事前に聞かされた話では、あれは「メディカルタワー」という、医学を研究するための建物だ。
ケープタウン大学は、アフリカ大陸中でも最も医学に力を入れていた大学だったらしい。先進国と比べ、アフリカの国々は医療従事者の数が圧倒的に足りていないため、1人でも多くの医師や研究者を育てて、疫病に苦しむヒトの命を救おうとしていたのだと。
あのタワーの地下深くに、お目当てのスーパーコンピューターがある。
さまざまな疫病に対するワクチンや、癌などの細胞疾患に対する治療薬を開発するための研究を助けるために使われていたとのことだ。
ヘリの着陸地点はメディカルタワーの間近だ。最短距離、最短時間で目的を達するためには余計な移動に手間を取られるわけにはいかない。
見取り図によれば、ヘリが一機降りれそうなぐらいの空間が他の建物との間に空いている。そこへ向かって、針の穴を通すような精密さで着陸しようというのだ。
ヘリコプターとは、前に進むからこそ動きが安定する乗り物なのだと前に聞いたことがある。狙った場所にピタリと停止することは、一人前のパイロットでなければできないのだと。
趣味で覚えたカコさんの操縦技術だったが、自家用車の代わりにヘリや飛行機を使っているらしい彼女は、そんな条件を易々とクリアしているとのことだ。
遠目からでもタワーと思しき建物が見え始め、ヘリがそれに向かって一直線に進もうとしている瞬間だった。
______ドクンッ・・・・・・
(な、なんだ?)
心臓を冷たく射抜かれるような悪寒が脳裏に走る。何者かの殺気がどこかから向けられているような気がする。
私の表情を間近で読み取ったパンサーが「どうしたの?」と訝しげに訪ねてきた。
「敵が・・・・・・敵が近くにいる!」
熱に浮かされたように答える私の日本語を、それが理解できないメンバーも空気を通して読み取ったようにビクリと震えて振り返った。
すぐさまカコさんがアフリカの言葉で、右側のガンポートに座るバズ・チャラに指示すると、彼はすぐさま席を立って私に手招きしてきた。
私よりもさらに背が高い、2m近い恵体のバズと入れ替わるようにして、右側のガンポートに座って外に身を乗り出すと、猛烈な空気の勢いに頭が打たれるのを感じた。
「うっ! すごい風だ!」
二股に分かれた私の長髪が宙に投げ出され、綱のように後方に引っ張られている。
「アムールトラ、敵の位置がわかったのなら、すぐに知らせてもらえませんか?」
「な、何か敵を探すための道具をください。双眼鏡、とか・・・・・・」
「いいえ、おおまかな方角もわからない状況で双眼鏡などを使っても意味はありません。あなたのその優れた感覚で敵の位置を探し当てるのが一番かと」
カコさんは私に全幅の信頼を寄せて、無茶を全振りしてくる。
信じられないような気持ちになって絶句しながらも、私は凄まじい気流の流れに身を投げ出して敵の気配を探った。
こうして顔を外に出していると、双眼鏡など意味がないというのは尤もな意見だと思う。
夜目を凝らして見つめようにも、暗い視界の中、目に見える範囲をすべて探ろうと思ったらどれだけ時間が掛かるかわからない。
そんな状況で双眼鏡を使えば、見えている範囲が肉眼より狭くなるから、さらに効率が悪くなるのは言うまでもない。
目で探せないなら、と耳を済ませても、空気の炸裂音に遮られて、他の音は何も聴こえない。
目も耳も頼りにならない。だったら一か八か、あの方法に賭けてみるしかない。極限の集中の果てにある世界・・・・・・あの冷たく暗い場所に入り、敵の”意”を探るんだ。
そう思った私は、目を閉じて呼吸を落ち着かせ”勁脈打ち”を放つ時の状態にまで意識を持って行こうと瞑想をはじめた。
______ブォンッッ
視覚も聴覚も、すべての感覚から感じられる情報を引き算して捨て去っていく・・・・・・しばらくすると、己の意識が”意”以外の全てが消え去った無の世界に没入したのがわかる。
そして見つけたのだった。
途方もなく広がる暗闇の中、赤い殺気の塊が、煙を噴き出しながらこちらに向かって流星のようなスピードで向かってくるのを。
「ミサイルだッ! 後ろから来る!」
すぐさま意識をこちら側の世界に戻し、警告の声を張り上げる。私の声を聞いたカコさんは、すぐさま操縦桿に無数に取り付けられたボタンのうちの一つを押した。
______バシュウッッ!
すると機体から花火のような閃光が無数に飛び出して、機体の左右に扇形にゆっくりとばら撒かれる。
その数秒後・・・・・・今しがた”意の世界”で予見したミサイル2発がヘリに向かって飛来する。しかし事前にばら撒かれていた閃光の壁に阻まれて、こちらに衝突する前に爆散し、耳をつんざく轟音と閃光だけがこちらにもたらされた。
間一髪で助かった。今カコさんが機体から発射したのは「フレアー」だ。
昔Cフォースのブラジル支部にいた頃に、ヒトが使う兵器を一通り見せてもらったからわかる。
ミサイルは目標物が発する熱を探知して、それに向かって飛んでくるから、囮の熱源であるフレアーをばら撒くことでミサイルの狙いをそっちに逸らしたんだ。
「あなたがいなければ即死している所でした。感謝します」
怖いぐらいに冷静なカコさんがお礼を言ってくる。言葉と態度がまるで噛み合っていない。
「さて、もう一仕事頼みましょうか。敵の正体を探ってください」
「Ha-Ja.」
地鳴りのような声で呼びかけられたので振り返ると、私のすぐ後ろにいるバズ・チャラが私に向かって何かを差し出した。
双眼鏡だ。彼は、その大きな手のひらに収まりきらない程のゴツくて大型のそれを見せながら「使いなよ」と言わんばかりに顎をくいっと動かした。
敵が後方にいることがわかったのだから、今こそ双眼鏡の出番だ。「ありがとう」と礼を言いながら双眼鏡を手に取り、再びガンポートから身を乗り出した。
爆発したミサイルの煙が後方に散って視界が晴れると、それを見計らって双眼鏡を覗き込んだ。
申し分ない性能の双眼鏡だ。地平線の向こうですら拡大されてくっきり見えるほどだ。さすがこんなゴツい見た目をしているだけのことはある。
・・・・・・そして案の定、敵の姿もこれ以上ないぐらいに良く見える。
「ヘリが3機・・・・・・まだ距離は遠いですが、ぴったり後ろに付かれてます。機体の左右に大きな翼があって、ミサイルポッドが付いてます」
見た物をすぐさま報告し、それがマルチリンガルのシガニーによって訳され仲間たちに伝わると、驚嘆の声や舌打ちが聞こえるのがわかった。想像を絶する深刻な事態に誰もが冷静を保っていられないのが伝わってくる。
ああいう、翼にミサイルを取り付けた出で立ちのヘリコプターはいわゆる「攻撃ヘリ」で、戦車や戦闘機なんかと同じ純粋な兵器だ。ミサイルの他にもバルカン砲なんかも付いてる。
こちらの機体も軍用ではあるけれど、ただの輸送用ヘリであり、武装といえばガンポートに取りつけた機関銃ぐらいしかない。
攻撃ヘリが相手じゃ、この機体では逆立ちしたって勝てっこない。それも3機を相手に・・・・・・
「わかりました。アムールトラ、急いで席に戻ってください。ただいまより本作戦を”プランB”に変更します」
カコさんの隣にいるナビゲーターのシガニーが、機内の通信機を使って、後方待機組にカコさんの命令を伝えているのが見える。
本作戦はプランBに変更されたと、だから今すぐ逃げろ、ということを言っているのだろう。
ブリーフィングであらかじめ聞かされていた内容を思い出す。
何事もなかった場合は、当初の予定”プランA”を実行するはずだった。情報を入手した後、ヘリで即座に帰還し、喜望峰で待っている後方待機組に合流して、船で脱出する流れだった。
だが緊急事態が起こった今、本作戦はプランBへと移行した。
後方待機組には、こちらの帰りを待たずに、すぐに喜望峰から脱出してもらう。そして機密情報を入手後、データだけを仲間に送信し、私たちは別ルートでナマクワランドまで向かうんだ。もうこれでいよいよ退路を断たれたことになる。
あの攻撃ヘリに乗っているのは、まず間違いなくCフォースの手の者だ。現地で生き抜くのが精一杯の武装集団に、あんな代物が用意できるはずはない。
そして私たちが見つけられてしまった以上、喜望峰に残っている仲間たちにも危害が及んでいる可能性がある。
(ヒグラシ所長、ケープペンギン・・・・・・どうか無事でいて)
心臓が焦りと不安で高鳴りながらも、他にどうすることも出来ずに急いで座席に戻った。
鋼のような冷静さを失わないカコさんは、部下たちに向かって、ただちに荷物を固定して、自分のシートベルトも固く結んで衝撃に備えるように指示を出した。
そして最後にアフリカの言葉で静かに何かを告げると、それきり黙り込んだ。
「カコさんは何て言ったの?」と私が小声で隣の座席にいるパンサーに尋ねると、彼女は青白くひきつった顔でこう返した。
「み、みんなの命を私にください・・・・・・って言ってるよ」
プレッシャーすら感じさせるカコさんの静かな後姿が、急に挑みかかるように前かがみになり、操縦桿を勢いよく真横に倒した。
______ガクンッ
機体が激しく揺れ、操縦桿と同じように私の視界も横に倒れると、やがて上下左右の区別もわからなくなるほどに回転しはじめた。
機体がグルグルと回転しながら落下しているのだ。
「ママーーーッ! パパーーーッ!」
ウィザードが素っ頓狂な悲鳴を上げている。そして他のメンバーも回転しながら落ちる機内の中で、ただ座席に身を預けていることしか出来ない。
まだ撃墜されたわけじゃないのに、カコさんの意図的な操縦でこんなことになっている・・・・・・おそらくは、撃墜されたように見せかけることで攻撃されないようにしているのだろう。
カコさんの曲芸飛行に私たち全員の命が掛かっている。みんなの命を私にください、という言葉に嘘偽りはなかった。
(私、また落ちてるのか・・・・・・)
下手をしたら死ぬようなその状況で、変に落ち着いた気持ちになった。
翼のない生き物にとって、高い所から落ちるのは最悪な体験のひとつだ。座席に固定されていても、体の自由がなくなって内臓が上に押し上げられる気持ち悪さは変わらない。
昔も味わったことのあるその感覚が、それにまつわる記憶を呼び起こす。
私が高い所から落ちるのはこれが最初じゃない。まるで何かに呪われているかのように、行く先々でそういう出来事に出くわしてしまうんだ。
そしてその後、私の人生は今までとは違う方向に向かっていく。まるで落下することが人生の節目であるかのように。
一番最初の落下は、ブラジルのサルヴァドールで、輸送機から投下された時だった。
そのすぐ後、ハーベストマンとの戦いで、今度は自分の意志で、私の元上司である隊長のメガバットに頼んで空の上に連れて行ってもらい、ハーベストマンに向けて落としてもらった。
メガバット・・・・・・元気にしてるかな。一緒にいると気持ちが安らぐ不思議なフレンズだった。出来ることなら、もう一度彼女と会って話がしたい。
最後に落下を経験したのは、この南アフリカにはじめて降り立った時だ。
クズリと一緒にCフォースのジェット機に乗ってたら、機体が武装集団の手で撃墜されて、空中に投げ出された私のことをクズリが間一髪で助けてくれたんだ。あの時は彼女のことを、一生背中を預けられる最高の相棒だと思ってた。
そんなクズリと敵味方に分かれることになるなんて思ってもみなかった。彼女ともう一度友達になることは、もうできないのだろうか。
______グンッ!
カコさんが操縦桿を元の位置に戻し、左手の出力桿を力いっぱい上に引っ張った。
すると機体はただちに体勢を立て直し、先ほどと変わらぬまま地面と水平に飛び始めた。
(・・・・・・はっ!)
落下にまつわる思い出を走馬灯のように思い返していたが、ヘリが制動を取り戻し落下の感覚がなくなったことで、私はようやく正気に戻った。
ここで生き残らなければ何事も成し得ない。別れた友と会うことだって出来やしないんだ。
外を見ると、そこはもうケープタウン大学の敷地内だった。
機体は、立ち並ぶ洋館のギリギリ数メートル上のあたりをホバリングしている。それは私にとって落下よりも恐ろしい光景だった。
______ガキュキュキュキュッッ!!
近くの洋館の赤レンガの屋根が、銃撃で土くれのように吹き飛ばされている。
後ろから迫る敵の攻撃ヘリが、こちらが健在であることを知り、遠くからバルカン砲で攻撃してきているのだ。
「カコさん、どうするんですか!?」
「胴体着陸をします!」
私たちを乗せた機体が、バルカン砲を避けるように、洋館が立ち並ぶ石畳の道の上をフラフラと飛び続ける。
やがて正面に見えたのは、等間隔に並ぶ数十メートル近い大理石の柱によって支えられている、敷地内の中でも一番巨大で、古めかしい作りの立派な建物だった。
それが何なのか、最初にブリーフィングを受けた時点でもう知っている。このケープタウン大学のシンボルでもある「サラ・バートマン・ホール」だ。
その名前は、南アフリカの人種差別問題の象徴とも言うべき、悲劇の人生を送った実在の黒人女性に由来しているんだとか。
(ぶ、ぶつかる・・・・・・!)
カコさんは疑うこともなく、ホールに向かって機体を直進させ続けている。
このままじゃ、あの大理石の柱に正面衝突して機体はバラバラだ。
今から機体の向きを変えても間に合わないほどの距離にまで接近した時、私はカコさんの意図を察した。
巨大なホールを支える大理石の柱は、それぞれの間隔が数メートルほど空いている。
彼女はその間をヘリで通り抜けるつもりなんだ。
そんな芸当、ヘリを自分の手足のように扱えるレベルでないと無理では? 趣味で操縦を覚えただけのカコさんに出来るのか? いや、たとえ操縦のプロフェッショナルでも出来ないような気がするけど・・・・・・
いよいよ頭の中が真っ白になっていくような気がした。
「アムールトラ」
隣にいたパンサーが、放心していた私の手を握り締めて呼びかけてきた。
「ボスを信じて」
パンサーたちはカコさんのことを「ボス」と呼ぶ。ヒトもフレンズも、パークのメンバーは自分たちのボスのことを心から尊敬し信頼している。そのボスが「命をください」とお願いしているのだから、それはもう絶対のことなんだ。
私も信じよう・・・・・・カコさんと、彼女に向けられているその信頼を。
一瞬の出来事だった。
空を飛ぶ乗り物とは思えない地面スレスレの低空を進むヘリが、飲み込まれるようにして柱と柱の間を通りぬける。
大理石の柱が窓越しに、質感や細かな傷までわかるほどの距離にまで接近し、猛スピードで通り過ぎていった。
柱の間を潜り抜けた機体が、ホールの入り口を覆う大きな木製の扉を体当たりで破壊し、そのまま建物の中に侵入した。
______ギャギギギギギギッッッ!!
だが通り抜けたのは”機体そのもの”だけ。
機体の数倍の直径があるローターは大理石の柱に引っかかり、すでに機体からもぎ取れていた。
動力源を失った機体は、どてっ腹を地面と擦りあわせて、火花を散らしながら滑るようになおも進み続ける。機体が砕け散ってしまうんじゃないかと思うほどの振動がキャビン内の私たちにも伝わってくる。
カコさんは”胴体着陸をする”と言っていた。
ヘリの足に当たる折り畳み式の3つのタイヤがあったはずだが、敢えてそれを折り畳んだ状態のまま、胴体を擦るように下りることで、地面との抵抗をブレーキにして止まるつもりなんだ。
ホールの中は、外観から想像できる通りにだだっ広い空間だった。
だが敵の攻撃を避けるためにある程度のスピードのまま胴体着陸を行った機体は、中々止まることがない。もし何かにぶつかってしまったら、このヘリが私たちの墓場になる。
______ギギギッッ・・・・・・ギッ
機体が大きく揺れ、反動で体がコクピット側に投げ出されそうになるのを、シートベルトが締め付けて受け止める。
そして反動が収まった瞬間、ヘリがようやく停止できたことを感じ取った。
額から冷や汗を滝のように噴き出しながら、無意識のうちに深い安堵の溜息が漏れた。
カコさんは見事に、プロ顔負けの曲芸飛行を成し遂げた。
さしもの彼女も肩で息をしながら茫然自失になっている。そんな様子を見ると、数々の技能と超人的な精神力を持った彼女も、やっぱりただのヒトなんだと思う。
しばらく、といっても5~6秒ほどの間動けないでいたカコさんが、やがて落ち着きを取り戻すと、シートベルトをはずし、誰よりも早くコクピットから外に降りたった。
そして部下たちにも急いで降りるように促している。
いまだ危機が迫っていることには変わりない。メインホール内で着陸できたとはいえ、外にいる敵の攻撃ヘリがミサイルを撃ってくれば、建物の生き埋めになってしまうかもしれない。
1、2発ならともかく、何発も撃たれればこの巨大な建物でも倒壊しかねない。飛べなくなったヘリはここに置き去りにして、一刻も早くこの場から移動しなければならないんだ。
部下たちも無言でそれに応じ、てきぱきと荷物をまとめ出した。
さすがはチームジョーカー、カコさんが選んだ精鋭中の精鋭たちだ。こんな状況であっても、誰一人として疲れや恐れの色を見せていない。
まったくすばらしいタフガイ揃いだ・・・・・・ただ1人を除いては。
「ウィザード!? 気絶してるの?」
「隣で見てましたが、このヒトは、最初の落下の時にはもう意識をなくしてました」
「どおりで静かだと思ったよ・・・・・・でもこんな怖い目に遭ったんだからしょうがないよね。ウィザードは私が負ぶっていくよ、スプリングボックはそのリュックを持ってって」
「ええ、しかしこれ意外と重いですね。一体何が入ってるんでしょう?」
私は意識のないウィザードを背負いながら、建物の奥へ向かって、カコさんとチームジョーカーが先行しているのを追いかけるように走り出した。
サラ・バートマン・ホールの内部は、その外観よりもはるかに雅やかだ。
複雑な紋様の格子にはめ込まれた、数十メートルにも及ぶ七色のステンドグラスが、月光に照らされて怪しくきらめいている。
赤絨毯の上には一本一本に複雑な装飾が施された柱が立ち並び、二層の吹き抜け構造の大理石のアーチが壁の役割を果たしている。
こんな状況でもなければ、ゆっくり見て回ったりしてみたいものだけれど・・・・・・
「急いで!」とカコさんが私たち3人に呼びかける。
彼女とチームジョーカーは、広間のある一区画の中に佇んでいる。天井は同じ高さで続いているけれど、床はそれきり途切れているように見える。
・・・・・・そうか、あの先には吹き抜けになった階段があるんだ。カコさんたちは建物の地下に潜るつもりだ。
万が一建物が敵に破壊されても、地下に逃げれば難を逃れることが出来る。そしてすでにケープタウン大学の間取りは把握済みだ。目的地であるメディカルタワーに行くためのルートがあるんだろう。
______ドガァァァンッッ!!
「くっ!」
爆音が響き渡り、振動がホール内を揺るがす。案の定、さっそく敵が攻撃を仕掛けてきたんだ。
ミサイルの衝撃で崩落した建物の一部が高い天井から落ちてきた。そして今しがたまで乗っていたヘリの上に、いくつもの塊がドサドサと降り注ぎ、原型をとどめないほどのスクラップに変えてしまった。
こちらを確実に亡き者にしようとする、敵の絶対的な執念が伝わってくる。きっと奴らは、私たちがどこまで逃げても追ってくるんだろう。もう完全に戦闘開始だ。
私の役目はカコさんを、私の背中の上で気絶してるウィザードを、みんなを守ること。
己に課せられた使命を反芻しながら、カコさん達が呼ぶ方に向かって全速力で駆けだした。
to be continued・・・
_______________Cast________________
哺乳綱・ネコ目・ネコ科・ヒョウ属トラ亜種
「アムールトラ」
哺乳綱・ネコ目・ネコ科・ヒョウ属
「パンサー」
哺乳綱・鯨偶蹄目・ウシ科・スプリングボック属
「スプリングボック」
_______________Human cast ________________
「久留生 果子(くりゅうかこ)」
年齢:26歳 性別:女 職業:国際的非政府組織「PARK」構成員 南アフリカ事業所代表
「ウィザード(本名不明)」
年齢:30代半ば 性別:男 職業:元アメリカ国防総省ホワイトハッカーチーム職員(本人談)
「シガニー・スティッケル(Sigourney Stickell)」
年齢:41歳 性別:女 職業:国際的非政府組織「PARK」構成員 南アフリカ事業所副代表
「バズ・チャラ・カーター(Baz Challa Carter)」
年齢:29歳 性別:男 職業:国際的非政府組織「PARK」構成員 南アフリカ事業所職員
「ギル・チャラ・カーター(Gil Challa Carter)」
年齢:29歳 性別:男 職業:国際的非政府組織「PARK」構成員 南アフリカ事業所職員
「カイル・ファウスト(Kyle Faust)」
年齢:37歳 性別:男 職業:民間軍事会社アダムズインターナショナル構成員
_______________Story inspired by________________
“けものフレンズ” “けものフレンズ2”
byけものフレンズプロジェクト
“けものフレンズR”
by呪詛兄貴