けものフレンズR あるトラのものがたり   作:ナガミヒナゲシ

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過去編終章3 「つきよのけっせん」(前編)

「ねえ起きてよ」

「ノー! アイアムデッド!」

「・・・・・・いや生きてるでしょ」

 

 背中におぶさっているウィザードに呼びかけると、いまだ混乱はしているが、とりあえず元気そうなことだけはわかった。

 

 カコさんとチームジョーカーの後ろに付いて、月明かりすら届かない「サラ・バートマン・ホール」の地下深く、一切の光がない真の暗闇の中を移動している。

 

 私やパンサーの目にも予備の暗視装置が装着されている。

 この暗闇ではネコ科の夜目すら通用しないからだ。

 なんでもネコ科用に特別に調整されている代物らしい。私たちの目は、光を取り入れる感受性がヒトよりも数倍優れているので、ヒト用に調整された暗視装置では眩しすぎて、かえって何も見えなくなってしまうからだとか。

 ・・・・・・おかげで視界は良好だ。目に映る物すべてが緑がかっていて奇妙な感じだけれど、地上と変わりないぐらい鮮明に、豪華な調度品が立ち並ぶ広い廊下の姿形がはっきりと見える。 

 

 あれから何度かミサイルの爆音が背後から炸裂したが、しばらくするとそれがピタリと鳴り止み、今は代わりに不気味な程の静寂が地下を支配している。

 

 カコさんの背中を追いかけるがまま、長い廊下のつき当たりにあるドアをくぐると、そこは豪華さとは無縁の、金属製の本棚が立ち並び、紙が床一面に散乱する何かの資料室と思しき狭い部屋だった。

 

 暗視装置ごしに、部屋の奥まった所にある作業机の前にチームジョーカーが集合している姿が浮かぶ。

 作業机にはこちらが予め持ち込んだタブレットが置かれている。画面にはケープタウン大学内の見取り図が映されており、彼らはそれを緊迫感が張り付いた顔で見下ろしていた。

 とりあえずの危機が去ったので、ここで一息ついて今後の作戦を練ろうと言った風情だ。

 

 カコさんがアフリカの言葉で部下たちに呼びかけ始めた。その内容を、例によってパンサーが私にわかるように翻訳して教えてくれた。

 

 まずはメディカルタワーまでの道筋について。

 このサラ・バートマン・ホールは、地上も地下も、敷地内のほぼすべての区画に通じており、目的地であるメディカルタワーにも地下からアクセスすることが出来る。

 

 施設内のすべての電源が落ちているためエレベーターは使えないが、それでも北側のE階段を上って外に出れば、後は数十メートルの距離にメディカルタワーがある。徒歩でも15分以内に到達する道のりだ。

 

 しかし、それは何もトラブルがなかった場合だ。今の私たちには最早それはあり得ない。

 攻撃ヘリで私たちを追跡してきた敵・・・・・・Cフォースの、たぶんグレン・ヴェスパー直属の手駒が今も血眼になってこちらを探していることだろう。

 

「敵の軍用ヘリが3機という情報から、乗員はざっと2、30名程でしょう・・・・・・しかしおそらくは、その中にフレンズも混ざっていると思われます」

 

 カコさんが話し、パンサーが訳してくれたその言葉は、あらためて言われるまでもなく当たり前の内容だった。

 敵はこちらのことを知っているんだ。

 フレンズも行動を共にしているということを・・・・・・Cフォースにとっては裏切り者である私が新たに加わっていることも。

 

 基本的に、フレンズに対抗することはヒトには不可能だ。どんなに強力な武器を持とうとも、数倍から十数倍に達する身体能力の差を覆すことは出来ない。

 それにサンドスターの働きで強化された私たちの体は、銃で撃たれても急所じゃない限りまともなダメージは通らないほどに頑丈なんだ。

 

 だから敵はこちらに対抗するための準備してきているはず。

 フレンズと拮抗し得る戦闘能力を持っているのはセルリアンか、もしくは同じフレンズのみ。 

 

「・・・・・・まさか、ウルヴァリンがここに?」

 スプリングボックがそう独り言ちながら、拳をわなわなと握りしめて奮い立ち始めた。

 凶暴とかとは違うが、彼女は敵を倒すことにとことん貪欲な好戦派だ。

 すべては仲間や故郷を大切に思っているがゆえ。愛するものを守るために、敵には容赦

がなく残酷な顔をみせる。その一本筋が通った性格は、どこまで行ってもブレることがない。

「もし奴がここに来ているのなら、あの時の雪辱を晴らしてみせます!」

 

 スプリングボックとクズリの間には因縁がある。

 私とクズリが初めてパークのキャンプに来た時、パークに敵意を抱いたクズリは、拘束から脱出するために、彼女の直情的な性格を利用したのだ。わざと危害を加えてくるように周囲を挑発し、それに彼女が乗ってしまったことでクズリは見事に逃げおおせてみせた。

 その時の一件を、彼女は己の一生の不覚みたいに恥じている。名誉を挽回するためには、クズリを倒すしかないと思っているのだ。

 

「待ってくれよ。クズリがいると決まったわけじゃないだろ」

「アムールトラ、敵は貴様がこちらにいるのを知っているんですよ? だったら貴様に対抗できる存在を用意してくると考えるのが自然では?」

「・・・・・・そ、それは」

 

 スプリングボックの言葉を否定できない自分がいた。クズリがいる証拠はない。逆にいないとも限らない。

 ナマクワランドで最後に別れた時のことを思い出す。

 トレーラーの爆発に紛れて行方をくらませたクズリの姿は、まるで炎の化身のように凄まじい迫力だった。

 

 事ここに及んでも、やっぱり私には覚悟が足りなかったのかもしれない。いつクズリと戦うことになってもおかしくないのに、そのことを考えないようにしていた。

 クズリが来るなら、わずかでもこちらに迷いが残っていれば勝ち目はない。相手がそうするように、こちらも迷いを捨てて全身全霊で迎え撃たなければならない。

 さもなくば、自分の命も、カコさんや皆の命も守ることが出来ない。すべてクズリに殺し尽くされてしまうんだ。

 

 今一度覚悟を決めなおした私は、汗が滲む手のひらをぎゅっと握りしめながら「君の言う通りだよ」とスプリングボックに答えた。

「たとえクズリが相手でも、みんなの命は絶対に守ってみせる!」

「おお! その意気です!」

 

「・・・・・・戦うことが今回の目的ではないのよ?」

「そーだよ、2人して鼻息荒くしちゃってさ」

 カコさんがたしなめるような口調で、パンサーが呆れたように私たちに注意してきた。

 今回の目的はハッキングしてからすぐに退散すること。すでに敵に見つかってはいるが、交戦は極力避けなければいけない。

 もしクズリがここにいて、襲い掛かってくるようならすぐに逃げろ、ということだ。

 

「さて、私たちは今から二手に分かれます」

(・・・・・・え?)

 カコさんの提案を、チームジョーカーの面々は全てを受け入れるような神妙な顔で聞き入っている。しかし私はその話の進み具合について行けず、ぽかんとした驚きの隠せない顔をすることしか出来なかった。

 彼女は改めて誰にでもわかるように噛み砕いて説明を始めた。

 

 敵に見つかっている以上、こちらの動きが敵に補足されるよりも前に、スーパーコンピューターの前に辿り着きハッキングを完了させるということが求められる。

 もし敵に先回りされて、スーパーコンピューターが破壊されでもしたら作戦は一貫の終わりだからだ。

 

 敵の今後の出方としては、地下に潜った私たちを仕留めるために、攻撃ヘリを降下させて地上に降り、我々の行方を追跡しながら攻撃を仕掛けてくるだろうと思われる。

 それも正面からぶつかるのではなく、闇夜に紛れて忍び寄り、死角から襲ってくるだろう、と・・・・・・セルリアンではあり得ない、知能を持ったヒトの戦い方だ。

 

 状況は完全に変わった。

 出会い頭に追い回されるのを逃げ切るだけならば話はシンプルだったが、今度は私たちも敵と同じように、相手に存在を悟られず、その前に相手を見つけて裏をかかなければいけない。

 そのために最も大事なのは、相手の居場所を掴むこと。スカウト(斥候)の腕が作戦の成否を分けるといっても過言ではないと言うのだ。

 

 二手に分かれる作戦の詳細はこうだ。

 本隊は予定通り北側のE階段からメディカルタワーへと直行する・・・・・・そして別働隊は、近場の階段から一足先に地上に出て、斥候として相手の居場所を探り本体に知らせる。

 別働隊のメンバーは敵に見つかることなく、斥候の役目を果たし、本隊の第二の目として機能し続けなければならない。

 

 別働隊のメンバーにまず選ばれたのはカイルだ。

 チーム内で唯一の白人である彼は、元はアメリカ海兵隊所属のスナイパーという経歴を持つ傭兵だ。雇われた立場でカコさんに精鋭として抜擢されるのだから相当な実力があるのだろう。

 彼が別働隊に選ばれた理由は明らかだ。スナイパーである彼は、スカウトのプロでもある。気配を消しながら相手を見つけだす技術にチーム内で最も長けているんだ。

 

 カコさんからの指名を受けたカイルはまったく顔色を変えずに頷いた・・・・・・何というか、死神みたいな風貌の男だ。

 黒いスカーフからのぞくスキンヘッドの白くて丸い頭が骸骨みたいに見える。そしてその背中に背負っている木製の使い古された長銃身のライフルは、まるで命を刈り取る大鎌みたいだ。

 暗視装置を顔に付けているので表情は良くわからないが、凍てつくような無感情さが何となく伝わってくる。

 

 カイルは見るからに他のメンバーとは放つ空気が違う。

 カコさん始めパークのメンバーの瞳は、己の理想への情熱に燃えている。必死に任務を果たそうとする悲壮なまでの決意を胸に秘めている。

 だがカイルにはその手の感情的なものを一切感じない。まるで工場とかで流れ作業をしているヒトみたいな無機質な佇まいだった。

 彼にとっては、この命がけの作戦もただのメシの種。あらゆる私情を挟まずに、もらった金の分の仕事をこなす事だけを考えている・・・・・・プロの傭兵というのはここまでクールなのか。

 金の繋がりがある限りは信頼できる仲間だと思っていいのかな。

 

「そして、もう一人の別動隊は・・・・・・」と、カコさんが私を見つめながら、勿体つけるように一呼吸置いた。

 

「アムールトラ、あなたよ。カイルと2人で敵の行方を探り、私たちに知らせてください」 

「っ!? は、はい。わかりました」

 

 私が選ばれたことに一瞬驚いたが、何となく納得できる人選だと思った。

 

 3人のフレンズの中で、斥候の役目を一番上手く果たすことが出来るのは多分私だ。

 野生のトラは、物陰から獲物の隙を伺い、死角から忍び寄って一撃必殺で仕留める生まれつきのスナイパーだ。

 そして、今までの戦いでわかっている・・・・・・いかに野生知らずの私でも、種族としての性質は変わることがないということを。何より私は相手の”意”を読んで戦うことが体に染みついている。敵を観察することなら誰よりもやってきた自信がある。

 

 スナイパーのカイルと、トラの私。納得の人選だと思う。

 一方で、どうしても腑に落ちない問題がひとつ心に引っかかっていた。

「私とカイルさんは言葉が通じません。2人しかチームがいないのにそれはまずいんじゃ?」

「ええ、それは」

 

 カコさんが答える前に、突然カイルが動き出した。

 カイルが進む先にはあの男がいる。未だ白目を剥いて気絶したまま、壁にもたれ掛かって足を投げ出しているウィザードが・・・・・・

 彼をここまで運んできた私としては、もうとっくに目を覚ましているんじゃないかと思っているけれど。

 

「”起きろクソ野郎”」

 ゆっくりとウィザードに近づいたカイルは衝撃的な行動を取った。

 ウィザードの襟首を乱暴に掴みあげると、あろうことか腰に差した拳銃を抜いて、銃口を彼の口の中にねじ込んで何やら物騒な雰囲気で凄み始めた。

「”それとも2,3発ブチ込んで本当にオネンネさせてやろうか? こちとらそっちの方が手っ取り早いんだがな?”」

 

 ・・・・・・? 何て言ってるんだろう。彼の話しているのはやっぱり英語かな? 意味がわからないのは同じだけど、アフリカの言葉に比べると鼻がかかっていて、抑揚のタイミングも違うからまるで別物に感じる。

「アガアアアッッ!」

 やっぱり起きていたウィザードが、銃口がねじ込まれた口で声にならない悲鳴を上げた。そして銃口が彼の口から引き抜かれると、同じように英語で何やら弁明を始めた。

「”お、おい! ずいぶんと乱暴じゃないか? 俺は約束は守る男だし、それ以上にアンタに得をさせてやれるぜ? ここで殺すのは損ってモンだ”」

 

 尋常ではない2人の様子を見ていても、どういうやり取りをしているのかさっぱり意味がわからなかった。

 説明を求めるようにカコさんの方を向いた。

 カコさんはカイルの凶行を黙って見ているだけで、どうやら止める気もないようだ。そんな彼女からは「2人の間には込み入った事情があるのよ」と、なにやら意味深な解説が返って来るだけだった。

 

「ともかく、あなたとカイルのサポートはウィザードがやるわ。彼なら2人の間の通訳もできる」

「でもウィザードは戦えるんですか? 私とカイルさんに付いて来るなら、せめて自分の身は自分で守ってくれないと・・・・・・」

「アムールトラ、ボクのことを舐めてもらっちゃ困るヨ?」

 

 荒い息を吐くウィザードが、日本語で私に返事を返してから、自身に突きつけられているカイルの銃口を払いのけると、足元にあるリュックサックを開いて中身を取り出した。

 その中から出てきたのは、鮮やかな青色に塗装された丸い機械。二つの目と耳、そして円錐形の尻尾を持つナビゲーションユニットだった。

 

「ボクは頭脳労働担当なんだヨ」

 彼はそう言いながらナビゲーションユニットの背面にあるスイッチを押した。

 すると二つの目のようなセンサーが薄緑色に発光し、パーク製の青いボディをフワフワと宙に浮かせて完全な起動を果たし、自我を持っているかのように辺りをグルグルと旋回し始めた。

 

「もしかして、ウィザードがそれを動かしてるの?」

「むふふ、そう。コイツを使ってサポートしてやるヨ」

 

 自慢げなウィザードは腕に平べったい四角形の時計を嵌めていて、それに人差し指を押し付けて何やら操作している。

 さらに良く見ると、彼が掛けているハート形のサングラスの黒いレンズの節々から細かい光が精査している。そういえば彼は暗視装置を付けていないのにまるで不便を感じていないようだ。

「このスマートウォッチとサングラスは特注品でネ。合計でざっと300万ドルぐらいしたかナ。天才のこのボクにふさわしい一品なんだヨ」

 

 そう言ってウィザードは自身の持ち物を得意そうに解説してきた。

 一見してただの時計にしか見えない彼のそれは、ナビゲーションユニットの他にも、様々な機器の操作をこなす小型のコントローラーなんだとか。

 そしてハート型のサングラスは、暗視装置としての機能だけでなく、操作している機械の視界をも映し出すことができるらしい。

 ・・・・・・仕組みはよくわからないけど、ウィザードの名前にふさわしい魔法みたいな品物を身に着けているということか。

 ナビゲーションユニットを着の身着のまま、思うがままに操れてしまうんだ。

 

 ともかくウィザードが、ナビゲーションユニットを遠隔操作して私とカイルをサポートしてくれることになった。戦闘要員ではない彼は、自身の役目であるハッキングを始めるまでは手が空いている。だからこそ可能ということだろう。

 さっきとは打って変わって騒ぐウィザードを、他のメンバーは呆れ顔で見ており、特にカイルは敵を見るような目つきで睨み付けている。

 

「・・・・・・それでは出発しましょうか」とカコさんが仕切り直すように言いながら、タブレットをしまおうと手を伸ばした時。

 タブレットの画面が暗転し「CALL」という文字と、電話を象ったマークが画面に浮かんだ。

 

 カコさんはそれを予見していたような表情でタブレットに手を伸ばし、電話のマークに人差し指をそっと重ねた。

 

≪”おい、そっちは大丈夫なのか? 返事をしてくれ!”≫

 すると、アフリカの言葉で何か興奮した様子の男の声が聞こえてきた。内容はわからないが、この声の主は私にもすぐにわかった。

 

「・・・・・・ヒグラシ所長!? 無事なの?」

≪アムールトラ、そこにいるのか? 皆は?≫

 

「私が代わるわ」

 たまらずノートパソコンに向かって食い入るように呼びかける私を、カコさんが横から肩を叩いて頷きながら静かに制止してきた。私はあわてて退き彼女に後を任せた。

「こちらカコです。みんな無事ですよ、今の所はね」

 

 その後はカコさんとヒグラシ所長がアフリカの言葉で互いの現状を確認し合った。

 

 パンサーから訳されて聞いた話では、ヒグラシ所長やケープペンギンがいる後方待機組は、すでに船舶に乗り込んで喜望峰を出発し、南大西洋を北上しているとのことだ。

 カコさんが先だってヘリの上で発した”プランB”の命令通りに動いている。

 そして今のところ敵からの攻撃を受けてはいないということらしい。

 

 船舶を先導しているのは、周囲の海域を知り尽くしているケープペンギンだ。彼女のおかげで、船がギリギリ乗り上げないような浅瀬を選んで航行しているとのこと。

 そんなところを船で襲ってくるような連中はいない。そしてエネルギー源がない海上にはセルリアンはまず現れない。

 それでも、Cフォースの攻撃ヘリなんかが襲ってきたらひとたまりもないと思うが・・・・・・やはり無事でいてくれることを祈るしかない。

 

 そして、カコさんからヒグラシ所長へ、実行部隊である私たちの身に降りかかってきた状況が説明されると、彼の絶句交じりのため息がタブレットから漏れ出した。

 私たちへの心配と、自分たちに迫る危機への懸念が伝わってくる。

 

 ヒグラシ所長は私たちがスーパーコンピューターを押さえるのを後方で待ち続けているんだ。彼にも大事な役目がある。ウィザードがハッキングを始める前に、パスワードを知っている彼がCフォースのデータベースに通常のアクセスを試みる必要がある。

 ・・・・・・もちろんのこと、裏切り者である彼のアクセスは弾かれる。だけどその時にサーバー上に残った痕跡が、ウィザードのハッキングの進入路として使えるんだそうだ。

 

≪・・・・・・頼んだぞ、みんな≫

 

 ヒグラシ所長が名残惜しそうに最後にそう告げると、それきり通話が切れた。

 そしてカコさんは今度こそタブレットをバックパックにしまい込み、銃を構えて部下たちに合図しながら先陣を切って資料室を後にした。

 

 不気味なほどの静寂に包まれた暗闇の地下通路を、私たちは無言のまま物音も立てずに進み続ける。チームジョーカーたちの重装備がカチャカチャと小さな金属音を立てている。聞こえる音はそれだけだ。

 さしものウィザードもふざけた態度は鳴りを潜めて、一言も発さずに最後尾に付いてきている。彼に操作されているナビゲーションユニットが、私たちの頭より少し上の空間を浮遊している。

 どうやら本当に思い通りに操っているみたいだ。

 

 いくつかの角を曲がると、ほどなくして左右の壁にいくつかの扉が取り付けられた広い廊下に辿り着く。ここは確かいくつかの教室が密集している場所だと聞かされている。

 

 見晴らしのいい廊下に進入する前に、私たちは物陰から周囲を観察するために一時足を止めた。

 廊下の突き当りは二つに分岐している。一つはスーパーコンピューターのあるメディカルタワーへと繋がる道だ。そしてもう一つの道を行くとすぐに、地上へと通じる階段が現れる。

 

 このまま行けば私はあそこでカコさん達と別れて別行動ということになる。

 一緒に行動するのは雇われスナイパーのカイルだけ・・・・・・私はふと気になってカイルを見ようとすると、彼も私の視線に気づいたようで目があった。

「あの、よろしく」

 気まずそうに頭を下げた私に対して、彼は表情をぴくりとも動かさずにただ「ふん」と鼻を鳴らした。

 

「ねえ、あそこにヒトがいるのかな?」と何かに気付いたパンサーが仲間たちに呼びかけた。

 つられて指差された方向を見てみると、ガラス張りになった教室の窓のひとつに確かに不自然な黒い人影が立っているのが見える。

 何秒か見つめていると、その影がゆらりとしゃがみ、教室の入り口をくぐってその姿を現した。

「・・・・・・っ!」

 

 姿を現した異形に、その場にいた全員が凍り付く。人影に見えたのはセルリアンだったんだ。

 二足歩行型で、両腕に生やした鉤爪で攻撃してくる奴らだ。確かCフォースの登録名称では「ハウンド・タイプ」と呼ばれていたと思う。

 すばしっこくてかなりてこずる相手だ。小型だけど「石持ち」で、顎の下に弱点の石が生えているのだけれど、これが中々狙いづらい。

 

 電気が落ちているケープタウン大学のこんな地下にセルリアンが生息しているとは・・・・・・セルリアンのことだから、電気じゃなくて別の物を食べていることも考えられるけど。

 

 双子の巨漢チャラ兄弟が、SSアモを装弾したショットガンを構え、カコさんを守るように前に出ようとした。

 しかしカコさんは2人を制止して後ろに下がらせる。そしてパンサーとスプリングボックに目配せすると「あなた達に頼めるかしら?」と、彼女らしいお願い口調で命令をした。

 

 そうか。銃声など立てようものなら、私たちを探しているCフォースに気付かれかねない。そうせずにセルリアンを排除するにはフレンズが戦うしかないんだ。

 ここでセルリアンの様子を伺っている暇はない。

 なので、パンサーたちが戦っている間に急いで廊下を通り抜けるという作戦だ。

 

「・・・・・・行きましょう。パンサー」

「うん」

 

 スプリングボックの高く掲げた片腕が一瞬金色に光ると、その手には愛用の鋭く長い二又槍が握られていた。彼女はそれを腰の高さで構えながら、殺気に満ちた瞳でゆっくりと息を吐いた。全身がバネのような彼女は、あの静かな構えからだって、瞬間に最高速の槍技を繰り出すことが出来るんだ。

 

 そしてその横でパンサーが小刻みに体を上下させて筋肉をほぐし、左右に大きく体を揺らしながら軸足を交互に入れ替える独特の構えを取り始めた。あの動きから変幻自在の足技が繰り出されることはすでに知っている。前に本人から聞いた話だと、パンサーは「カポエイラ」というアフリカで生まれた格闘技の使い手なんだとか。

 

 カコさんに答えるまでもなく戦闘態勢に入った2人が、長年連れ添った相棒の意志を確認するように無言で頷き合う。

 その数瞬の後、2人は勢いよくその場から飛び出した。

 

 スプリングボックが自慢のジャンプ力を存分に発揮し、走り幅跳びのように天井の低い廊下を跳ねた。パンサーがその後ろから凄まじい俊足でぴったり追走する。

 全速力で奇襲をかけた2人だったが、やはりハウンドセルリアンは一筋縄ではいかない相手だ。彼女たちの攻撃を事前に察し、その両腕で受け止めてしまった。

 程なくして、その気配を察して教室の中から何体かのハウンドが這い出してきた。

 

「・・・・・・ふ、2人に加勢しなきゃ!」

「ダメよアムールトラ、ここは2人に任せて、あなたも早くここを出るのよ」

 

 カコさんに促され、やむなくチームジョーカーと一緒に廊下を駆けだそうとした瞬間。

「これ持っててヨ」と、ウィザードが何かを放ってよこして来た。ざっと数キロぐらいの重みが、受け止めた私の両手に伝わってくる。

 ウィザードから投げ渡されたのは、今しがたまで彼が操作していたナビゲーションユニットだ。青いボディの電源はいつの間にか切られている。

 

「ちょっと、これをどうしろって言うんだい?」

「だって走りながらソイツを動かすことなんて出来ないヨ。後で起動するから壊さんように持っててヨネ!」

 

 そう言うと、彼はさっさと走りだした。編み込みの長い髪がブラブラと勢いよくめちゃくちゃに揺れている。

 ウィザードのやつ・・・・・・言ってることに理屈が通っているのはわかるけど、当たり前のように他人に無茶を押し付けてくる態度はどうかと思う。とことんマイペースで調子のいい性格だ。

 こんな変わり者にはヒトにもフレンズにも出会ったことがない。

 

 数体のハウンドと交戦するパンサーとスプリングボックの真横を、チームの中でも最も俊足のカイルがさっそく走り抜け、突き当りに到達しようとしていた。

 その後ろにカコさんたちが続いている。ウィザードも意外に足が速い、そりゃ他のメンバーと違って重そうな装備は何も付けてないから当たり前だけど。

 そして私は、せめてしんがりを勤めようと、最後尾を敢えてゆっくりめに走ることにした。

 

______グゥゥオオオッッ!

「ぐうっ!」

 骨が軋むような衝撃が背中を突き抜け、足先にまで伝わってくる。

 他のメンバーより数メートルも後ろを進む私に、ハウンドセルリアンの一体が剛腕を振るってきたのだ。

 急いで足を止めて応戦したが、ユニットを持っていることで片腕がふさがっている私は、敵の一撃を手で受け止めることしか出来なかった。

 私に腕を掴まれたハウンドが、それを払いのけようと、もう片方の腕を振り上げてくる。どうやって切り抜ければ・・・・・・片手で戦うにはかなり厄介な相手だ。

 

「そのまま押さえてて!」と、私に呼びかけるパンサーの声が背後から聞こえた。

(パンサー、どこだ?)

 

 声がした直後、ハウンドセルリアンを見上げている私の視界の下から、パンサーの斑模様の足が伸びるように素早く飛び出した。

 いつの間にか敵の足元に飛び込んでいた彼女が、お得意の逆立ち蹴りを炸裂させたのだ。

 私に相対するハウンドの顎を的確に捉えて石を打ち砕いた。

 

「そこぉッ!!」

 そしてすぐ向こうでは、低い天井を縦横無尽に跳ね回るスプリングボックが別のハウンドの頭上を取っている瞬間が見えた。

 ジャストなタイミングで真下に向かって突き出された二又槍が、ハウンドの頭部を貫通し、そのまま石を串刺しにしていた。

 

 パンサーは真下から、スプリングボックは真上から、それぞれが最も得意とする攻撃を繰り出し、一撃で見事にハウンドを仕留めてみせた。

 そして爆散したハウンドの残滓が消えてなくなるよりも前に、新たな敵へと踊りかかっていくのだった。

 

「アムールトラ! ここはアタシたちに任せて早く行って!」

「そうです! ここにウルヴァリンが来ているなら、こんな奴らは準備運動にもなりません!」

 

 ・・・・・・やっぱりこの2人は強い。

 私がこれまでに出会ってきたフレンズの中でもトップクラスの実力者だ。

 彼女たちなら、数体のハウンドセルリアンが相手でもまず心配ない。

 そして、この後Cフォースのフレンズと戦うことになったとしても、決して遅れを取ることはないはずだ・・・・・・仮にクズリが襲ってきたとしても、上手く逃げの一手に徹することが出来れば、簡単にやられたりしないはず。

 

「たのんだよ」と、今一度2人に頷くと、こんどこそふりかえらずに廊下をひた走った。

 前を見ると、一番先につき当たりに到達したカイルが、分岐路を右に曲がっていくのが見えた。

 そしてカイル以外のメンバー、カコさん達は左へ曲がろうとしている。1人、また1人と曲がり、やがて最後尾にいるシガニーが消えると、残すは私だけになった。

 

 分岐路に辿り着くと、左から聞こえてくる複数人の足音を後目に、カイルの消えた右側へと急いで進んだ。

 右側の道からすでにカイルの足音は聞こえない。

 静かな一本道の廊下をしばらく進むと、また道が分かれていた。

 

 何の道案内がなくても、もう迷うことはない。

 道の片方は今まで通りの暗闇だった。しかしもう片方は、月明かりに照らされて僅かに明るくなっていた。

(なんだか、眩しいな)

 月明かりがする方へと進む中で、次第に視界が光で焼き付いてくるのを不便に思って、暗視装置を目から外した。

 なんでも、光を何倍にも増幅するのが暗視装置という物の仕組みらしいから、月明かりだけで十分見える私の目では、本当の暗闇でもない限りこれは必要ないということか。

 また必要になるかも知れないのでスカートのポケットにしまっておくことにした。

 

「・・・・・・あ、カイルさん」

 月明かりがぼんやりと差し込む、地上へと続く階段・・・・・・その入口にある大理石の柱の陰に、カイルが立っていた。一足先にここに来て、私のことを待っていてくれたんだ。

 

 彼の姿を改めて肉眼で見るとなると、やっぱり印象が鮮明になる。

 月明かりで照らされている彼の青白い禿頭も、首元をすっぽり覆う黒いスカーフも、やっぱり死神の恐ろしげなシルエットそのものだと思う。

 彼から発せられる、無表情のまま命を刈り取ることが骨の髄まで染み付いている凄みが。私にそう感じさせるんだ。

 この夜を戦い抜くのに、これ以上頼りになる仲間は他にいないのかもしれない。

 

 彼は柱にもたれ掛かった体を起こすと「さっさといくぞ」と言わんばかりに、私に顎で合図してきた。

 私もそれに頷いて、2人で息を殺しながら階段を登り始めた。

 

 to be continued・・・

 




_______________Cast________________
 
哺乳綱・ネコ目・ネコ科・ヒョウ属トラ亜種 
「アムールトラ」
哺乳綱・ネコ目・ネコ科・ヒョウ属
「パンサー」
哺乳綱・鯨偶蹄目・ウシ科・スプリングボック属
「スプリングボック」

_______________Human cast ________________

「久留生 果子(くりゅうかこ)」
年齢:26歳 性別:女 職業:国際的非政府組織「PARK」構成員 南アフリカ事業所代表
「日暮 啓(ひぐらしけい)」
年齢:52歳 性別:男 職業:元Cフォース日本支部研究所 所長
「ウィザード(本名不明)」
年齢:30代半ば 性別:男 職業:元アメリカ国防総省ホワイトハッカーチーム職員(本人談)
「シガニー・スティッケル(Sigourney Stickell)」
年齢:41歳 性別:女 職業:国際的非政府組織「PARK」構成員 南アフリカ事業所副代表
「バズ・チャラ・カーター(Baz Challa Carter)」
年齢:29歳 性別:男 職業:国際的非政府組織「PARK」構成員 南アフリカ事業所職員
「ギル・チャラ・カーター(Gil Challa Carter)」
年齢:29歳 性別:男 職業:国際的非政府組織「PARK」構成員 南アフリカ事業所職員
「カイル・ファウスト(Kyle Faust)」
年齢:37歳 性別:男 職業:民間軍事会社アダムズインターナショナル構成員

_______________Story inspired by________________

“けものフレンズ”  “けものフレンズ2”
      byけものフレンズプロジェクト

     “けものフレンズR”
      by呪詛兄貴
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