けものフレンズR あるトラのものがたり   作:ナガミヒナゲシ

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※残酷な表現がかなり多くなってきているので、苦手な方はブラウザバック推奨です。(今さらな注意書きで申し訳ありません)


過去編終章4 「つきよのけっせん」(中編)

 カイルと2人で地下から続く階段を抜けると、私の目には眩しいとさえ思えるぐらいの月明かりが辺りを青白く照らしているのがわかった。

 ここケープタウン大学は、見晴らしの良いテーブルマウンテンの麓に立てられている。夜の山から聴こえてくる様々な鳥や虫なんかの囀りが、辺りの静けさを一層強調させる。

 

 どうやらここは大学内のどこかの屋外通路だ。

 広い石畳の道の中側には、並木が等間隔で植えられている。

 通路の左右には、それぞれ同じような高さの校舎がずっと立ち並んでいて、さらに突き当りにも同じように建物が立っている。

 現代的な鉄筋コンクリートの建物もあるけど、全体的にはやっぱり赤レンガや石を使って建てられた古めかしい建物が多い。あちこちに植物の蔦がからんでいたり、コケが生していたりと、建てられてから相当な年月が経過しているのが見て取れる。

 

 ともかく、見晴らしがいいとは到底言い難い、建物の密集地帯だった。

 建物の隙間には細かい道や、ヒトや車が通るために1階部分をトンネル状にくりぬいた建物があるけど、こんな迷宮のような場所を闇雲に進んだところでラチがあきそうにない。

 一体どうすれば敵の居所をカコさんたちに教えられるだろうか。

 今の私のたった一人の味方、雇われスナイパーのカイルは、いったいどうする気なのだろうか。

 

______ジャキンッ・・・・・・!

 私が思いあぐねているさなか、カイルは銃を構え、コッキングレバーを引いて初弾を込めた。

 背中にある愛用の狙撃ライフルではなく、横幅5、60センチぐらいのサブマシンガンだ。一見して何の変哲もない対人用の武器だった。

 思えば彼は、カコさんやチャラ兄弟とは違って、対セルリアン用の装備をまったく身に着けていない。彼が相手にするのはあくまで同じヒトだけ、ということなのか。

 もしセルリアンが校舎の地下だけでなく地上にも出てくるようなら、彼を守れるのは私だけだ。

 

 カイルはそのまま木製の屋根で覆われた階段の出口を出て、手近にある向かって左側にある建物へと進んだ。

 その建物の2階部分より上は横にせり出しており、1階部分の外周には、くりぬかれたようにして柱に支えられる回廊が通っているので、身を隠して進むにはもってこいだろう。

 私もあわてて彼の後ろに続いた。

 

 2人して中腰で、音を立てずに、しかし早歩きで急いで進む。

 そして何メートルか前方、今私たちが進んでいるビルの外縁部にある開け放たれた扉が、風に吹かれてギシギシと乾いた音を立てているのが見える。

 ・・・・・・あのドアは元々開いていたのか、それとも何者かが開けてそのままになっているのか?

 私とほぼ同時に足を止めたカイルも、同じことを考えているに違いない。

 

 カイルは後ろにいる私に、片手を上げて「そこで待て」と伝えると、一歩ずつ、抜き足差し足でドアの前に近づき、顔だけをゆっくりと乗り出して中の様子を伺い始めた。

 緊迫の空気が辺りに張り詰めた一瞬、彼はついに銃を構えてビルの中に押し入った。

(ど、どうなる?)

 

 息を飲んで成り行きを見守る私に数秒の沈黙が訪れた後、カイルの白いスキンヘッドがドアの中から生え出て「入れ」と私に目くばせした。

 やっぱり・・・・・・このカイルという男は戦場のプロだ。動作にまったく無駄がないし、言葉のわからない私相手に、瞬間でわかるボディランゲージしか使わない。それでいて伝えてくるメッセージには何の不足もない。一緒にいて何の不自由なく背中を預けられる相手だと思った。

 

 彼に招かれて閑散とした廃墟の中に入った。

 入ってすぐに目に入ったのは、ダイニングキッチンや食事をするための机なんかが立ち並んでいる様だった。あちこちに置かれた食器から食べ物の腐敗臭が漂っている。

 

 ここは校舎とかではなくて、ヒトの生活空間だったのかな?

 大学の校舎内ってことを考えると、学生寮っていうやつか? ここに住んでいた学生が、食事も何もかもほっぽり出して逃げ出さざるを得なくなるような出来事が起こったんだろうな・・・・・・

 

 私がぼんやりと、克明に残っているヒトの痕跡に思いを馳せている中、やはり冷徹なプロのカイルはそんなものに注意を取られることもなく、床にしゃがみ込んで手にしたスマートフォンで何かを調べていた。

 案の定、画面に映し出されているのは、この大学の見取り図だった。彼はここから先どこへ向かえばいいのか調べているようだ。

 

 たった2人の別働隊である私たちの任務は、敵を偵察しカコさんたちに知らせることだ。

 そして偵察をするためには拠点が必要だ。なるべく見晴らしのいい、それでいて敵に位置を悟られにくい拠点が。

 彼はそれを見定めようとしているんだ。

 幸いと言っていいのか、建物の密集地帯であるケープタウン大学内には、隠れ潜む場所ならいくらでもある。

 しかしそれは敵も同じ・・・・・・もしすでにCフォースの刺客たちどこかに潜んでいて、私たちの行方を物陰から探ろうとしているなら、その目をかいくぐって動くことは困難を極める。闇雲に進んでも敵の返り討ちに遭うだけだろう。

 食い入るように拠点を探すカイルを、私はただただ息を飲んで眺めることしか出来なかった。

 

______フッ・・・・・・

「ッ!?」

 カイルのスマートフォンの光だけが輝く室内の暗闇の中に、別の明かりが点灯しはじめた。

 光の出どころは私の腕の中、先ほどから左腕に抱えていた、青色の耳と尻尾を持つナビゲーションユニットだった。

 ボディ中央に付けられた二つの楕円形のセンサーが、薄緑色の光を発している。私は光が建物の外から見えないように、あわててユニットを抱きしめて光を隠した。

 ユニットが突然に起動した・・・・・・ということは。

 

≪ハーイ、アムールトラ。言われた通りにユニットを大事に持っててくれて、ありがとサン≫

「ウィザード!? そっちはどうなっているの?」

 

 ユニットから聞こえる腹立たしくて能天気な声が、今しがた別れた味方たちの近況を告げる。

 カコさんたち本隊は、どうやら無事に危機を脱したようだ。「サラ・バートマン・ホール」の地下道を、目的地のメディカルタワー目指して問題なく進んでいるらしい。

 ・・・・・・でも、パンサーとスプリングボックはまだ合流出来ていないとのことだ。

 彼女たちはたった2人で地下に生息していたハウンドセルリアンの群れを引き受けた。すべては2人の戦闘能力を信頼してのこと。

 

≪さあさあ、これから超・天才のこのボクが2人をサポートするヨ。まずは”耳ん中の通信機”を出してチョウダイ≫

「通信機を?」

≪そうだヨ、早く。ここに入れてくれヨ≫

 

 ウィザードがそう言うと、ナビゲーションユニットの円錐形の右耳が「カポン」と蝶つがいの要領で開かれた。

 そうしてあらわになった耳の付け根には、何やら小さな窪みが空いている。

「・・・・・・」

 カイルが立ち上がり、不機嫌そうな顔で耳から小型通信機を引き抜くと、その窪みの中に通信機を差し入れた。

 ウィザードが何をしようとしているのか不明だったが、私もしぶしぶカイルに倣うことにした。

 

 2つの通信機を収納し終えると、ユニットの目がチカチカと明滅をはじめる。

 そしてその状態が何秒間か続いた後≪もう取ってええヨ≫とウィザードが伝えてきた。

(何だ? いま何をやったんだ?)

 いぶかしく思いつつも、言われた通りに通信機を引き抜いて、元通り自分の耳の中に収めた。

「”よう”」

 同じように通信機を付け直しているカイルが、改まった表情で私を見てきた。

 

「”はじめまして、と言うのはおかしいか?”」

「なっ・・・・・・どうして」

 

 聞き間違いじゃなければ、いま確かにカイルは私に日本語で話しかけてきている。

 彼は日本語が話せないし、私も彼の英語は理解できない。話す言葉が違えばコミュニケーションはできない。それが言葉というもの。

 

 例外はフレンズ同士のやり取りで、たとえお互いに違う言葉を話していても、自分の国の言葉のように理解できてしまうというテレパシーのような超感覚がすべてのフレンズの間に働いている。 

 また、その超感覚を人工的に再現したのがナビゲーションユニットで、使用するヒトがどんな言葉を話していても、フレンズが理解できるように置き換える機能がある。

 

≪べつに、簡単なことだヨ≫

 ウィザードが言うには、カイルが発した言葉が、ナビゲーションユニットを中継することで、私が理解できる言葉に変換されて耳の中の通信機に届いているというのだ。

 そしてもちろん私の言葉も同様に加工されている。

 だから今の私とカイルは何の不自由もなく言葉を交わすことが出来る。

 ウィザードがさっき通信機に細工を施したのはそういう目的があったのか。

 

 私が感心してポカンとしていると、カイルが横から「”そんなことより”」と話題を変えてきた。

「”いきなり手詰まりだ、今の俺たちには目がない。情報支援もなしに、敵が待ち伏せしているかもしれない場所に闇雲に突っ込むわけにはいかない”」

 

≪これはこれは「ダマスカスの悪夢」と呼ばれた伝説の狙撃手の言葉とも思えないネ?≫

「”・・・・・・俺は慎重主義者だ。お前みたいなバクチ狂いの詐欺師とは違う。で、お前は何をしに来た? 打つ手があるなら早くやれ”」

 

 話し始めるなり剣呑な雰囲気が漂い始めるカイルとウィザードだった。

 カコさんが「2人には込み入った事情がある」と話してたけど、実際のところ何があったんだろう? まあ私が気にすることではないのだけれど。

 彼らについてわかるのは、個人の都合はさておいて、目の前のことに集中できる冷静さを持った大人だということだけだった。

 

≪もちろん手はある。ボクが特別にカスタムしたこのユニットの機能を舐めてもらっちゃ困るヨ・・・・・・というわけでェ≫

 自慢げに鼻で笑うように告げるウィザードが、また何か始めようとしている空気を醸し出した。

 

≪アムールトラ、ユニットをちゃんと持っててネ。落としたらノーよ≫

______キィンッッ!

「なっ・・・・・・こ、これは?」

 私が腕に抱えているナビゲーションユニットが、急に甲高い駆動音を立てたと思ったら、

姿が一切消滅してしまった。

 いや消滅したのではない、機体の重量は未だに私の手の上に残っている・・・・・・そうか、体の色が変わっただけなんだ。

 全身が透明なガラス玉みたいになっている。ユニットごしにあたりの様子が透けて見える。

 

「”光学迷彩か、見た目の割にごたいそうなモンだな。だがセンサー対策は?”」

≪そっちも完璧ヨ。特殊なステルスコーティングを施してるからネ≫

 

 透明なガラス玉と化したユニットが私の手から離れ、フワフワと宙に浮きはじめた。

 ユニットの輪郭線あたりは空間が歪んでおり、機体のシルエットが浮かびあがっているので、完全に透明というわけではない。

 しかしそれは近くで目を凝らせばの話だ。遠くからこんな物を見つけることはまず不可能なように思う。

 

≪今からボクがコイツを使って外を見てくるヨ。カイル、君のスマホを見てごらんヨ≫

 

 カイルの手の中にあるスマートフォンの画面には、今しがたと変わらないケープタウン大学内のマップが表示されている。中央に映されているのは、いま私たちがいるビルの見取り図だ。

 そしてその中には、不自然に明滅するいくつかの光点があった。中でも目立つ点がふたつ。

≪それはネ、二酸化炭素センサーなんだヨ。あらかじめ君のスマホにインストールさせて

おいた≫

 

 ウィザードが簡単に説明してくれた。

 二酸化炭素。それは生き物が息を吐く時に必ず生じる物質だ。センサーはそれを検知して光点として画面に表示する。吐いている二酸化炭素の量が多いほど、光点は大きく濃く表示される。

 ヒト以外にも動物がいれば光点として表示されてしまうけれど、ネズミなどの小動物とヒトの呼吸を見間違える心配はない。

 センサーを確認しながら移動すれば、敵兵の居場所を見極めながら安全に進むことが出来る・・・・・・ということだ。

 

「”こんな便利な代物、敵も使ってくると考えていいだろうな”」

≪まあそうだネ。だけどそれはアンタら2人の腕でおぎなってくれヨ? そんじゃ、センサーを確認しながらボクの後ろに付いてきナ≫

 

 ウィザードはそれだけ言うと、透明なユニットを動かして、開け放たれたドアの隙間からさっさと外に出て行ってしまった。

 ユニットの移動を追いかけるようにしてスマートフォンの中のマップも動き始める。ネズミや野鳥かと思われる小さな光点が明滅している。敵兵と思われるような目立つ光点は未だ現れない。

 

≪言い忘れてたけど、ボクはアンタらのいる所から半径200メートルぐらいしか離れられんから、急いで付いてきてネ≫

 通信機ごしにウィザードが付け加えてきた。彼がそう言う理由は、電波を発することで敵から見つかることを恐れてのことだった。

 今ユニットは、カイルのスマートフォンに、二酸化炭素センサーから得られた情報を送り続けている。そして私たち2人の会話の”中継”の役割も担っているんだ。そして距離が離れれば離れるほど、強い電波を出さなければこちらと通信することが出来なくなる。

 当然ながら電子機器を装備している敵にとっては、こちらの居場所を探る格好の手がかりになってしまうだろうということだ。

 

「”こっちも行くぞ”」

 カイルが腰に付けたポーチに手をやり、半透明の細い紐を2本取り出した。あれは確か「結束バンド」っていうヒトの手首や足首を縛るための紐だ。

 彼はそれを使って、手早い動作で自身の左手首にスマートフォンを括り付けて固定すると、サブマシンガンを構えてドアの前に立った。

 

「”準備はいいな?”」

「はい!」

「”アムールトラ、お前はセンサーじゃ見えない脅威を探れ”」

 

 最低限の要件を簡潔な言葉で告げるだけ。

 言葉が通じるようになっても、カイルは変わらず寡黙だった。

 センサーじゃ見えない脅威・・・・・・敵が同じようにナビゲーションユニットやらドローンを飛ばしているなら、その位置を見つけて知らせろと言うのだ。

 そしてもうひとつの脅威は、どこかに潜んでいるかもしれないセルリアンだ。呼吸をしないセルリアンは、当然ながら二酸化炭素センサーには映らない。私にしか対処出来ない相手だ。

 

 月明かりに照らされる迷宮のようなケープタウン大学の敷地内を、カイルは手首に取りつけたスマートフォンの画面を垣間見ながら進み続けた。

 物陰から物陰へ、流れるように、まったく隙のない最小限の動きで。

 素早く動きながらも、虚空に向けられた銃口が注意深く全方位を警戒しているのがわかる。

 

 私は見よう見まねで彼の後ろに付きながら、感覚を研ぎ澄ませて敵の気配を探った。今この場で私に求められているのは、そういうことだと思った。

 目で敵を探ることは、カイルがこれ以上ないぐらい完璧にやっている。だから私は視覚以外の感覚を補完するんだ。

(”あの世界”に入ることが出来たら良いんだけれど)

 ふとそんな考えが脳裏に浮かぶ。

 勁脈打ちを放つ時に入る、相手の”意”だけが見える冷たい世界を覗くことが出来れば、隠れ潜む敵の位置なんて一目瞭然に良くわかるんだけど、あいにく今は無理な相談だ。

 こんなに激しく動き回りながら、呼吸を落ち着けて瞑想状態に入ることは不可能なんだ。私の修業が足りないせいでもあるのだけれど・・・・・・

 

「”これを見ろ”」

 細長い路地裏を進んでいたカイルが、そこを抜け出る前に突如足を止め、私に振り返り、手首にあるスマートフォンを見せてきた。

 画面には5つの濃い光点が点滅を始めている。敵が近くにいる、数は5人・・・・・・瞬間でそう悟った私は、思わず青ざめて息を飲んだ。

「”あの建物だ”」

 

 指差された先にあったのは、路地裏の出口から向かって左側。周囲の建物よりも突き抜けて高い、曲線的な金属の支柱に支えられる未来的な建物だった。

「”あそこはマズい。放置してたら俺たちが負ける”」

 カイルが物陰から建物を見上げながら、悔しそうな顔でつぶやく。

「”逆に、手に入れることが出来れば・・・・・・有利だ”」

 

 カイルがそうまで言う気持ちはわかる。

 あんなに見晴らしの良さそうな場所から見張られたんじゃ、メディカルタワーに向かおうとしているカコさん達の動きがいずれ悟られてしまう。

 そして、私とカイルの役目は、敵を偵察して仲間に知らせることなんだから、それを成し遂げるために、まずは見晴らしの良い場所に陣取らなければならない。

 

「”あの建物を手に入れるぞ。敵は5人、やれない数じゃない”」

「・・・・・・わかりました」

「”作戦はこうだ”」

 

 私とカイルはさっそく襲撃の準備に取り掛かった。

 カイルはそこら辺に捨てられている木箱や雑誌を積み上げて、その上に柔らかい土嚢を置き、そこに狙撃ライフルの銃身を乗せて構えた。

 そして銃身の先に例の建物を見据えながら、ボルトを操作して初弾を装填した。

 一撃必殺にかける殺気が、彼の暗視装置ごしの眼光に伝わってくる。すでに狙撃の準備は万端といった所だ・・・・・・だが、まだ狙いが定まっているわけではない。

 

 二酸化炭素センサーの弱点は、相手がいる場所の高さがわからないことだ。

 センサーは上から見た図から光点を表示するだけ。敵が一階にいても、屋上にいても、同じように表示することしか出来ない。

 

 だから、これから私がカイルに敵の正確な位置を教えるんだ。

 動いていない今なら”あの世界”への扉が開かれている。

 物陰にしゃがみ込んだまま、目を閉じて静かに呼吸を落ち着ける。自分の体の輪郭さえ忘れ、呼吸しか感じられなくなった頃、私は”意”の世界への没入を果たした。

 

 普段とはまったくものの見え方が違う”意”の世界。一切の明かりが灯らない真の暗闇の中で、建物の輪郭が、走査する光の線として表されている。

 建物のような無機物もどことなく流動的で、生きているかのように見えている。

 そして生き物は、その形が一切わからなくなり、魂だけが色鮮やかに光り輝きだすんだ。大概の生き物は青や緑っぽい光を放つ。しかし敵意や殺意を持っている相手は、赤黒くてまがまがしい、嫌な感じの色になるんだ。

 色で敵かそうじゃないか見分けが付けられるなんて、我ながら便利な感覚を身に着けているもんだと思う。

 

(・・・・・・見えた)

 

 建物の中ほどの高さに揺らめく5つの赤色の魂が、それぞれ四方に散って、息を潜めるように動かないでいる。

 私はてっきり、敵は一番見晴らしのいい屋上にいるんじゃないかと思っていたが、そうとも限らなかったようだ。安全な屋内に身を隠し、電子機器で周囲を探っているのかもしれない。

 

「敵を見つけました。建物の、えーと・・・・・・6階の高さに全員います。こっちから見える窓ガラスの近くにも1人。あそこです、あの窓の近く」

「”ここからじゃ見えん。アムールトラ、敵を窓の真ん前におびき出せ”」

 

 おびき出せって言われても、いったい何をやれば? 

 当然のように告げてくるカイルに視線で詰め寄るが、彼はスコープから片時も視線を逸らさないまま何も答えない。

 

(だったら自分で考えなきゃ・・・・・・)

 私は己の五体のみを使って戦うフレンズだ。機械を自在に操るウィザードや、無数の銃火器を使いこなすカイルとは違う。

 私に取れる方法なんて、そういくつもないはずなんだ。

 

 おもむろに辺りを見回した私が見つけたのは、地面に落ちている、何てことない石ころだった。

 それを拾いあげてカイルに見せると、彼は私の意図を悟ったように頷いた。

「”・・・・・・そういうのでかまわん”」

 

 私は今から石を投げる。

 カイルによれば、目標の建物はざっとここから200メートル先にあるらしい。つまりウィザードが操るユニットの旋回範囲に、運よくギリギリ収まっているということだ。

 200メートルは、ヒトが物を投げて届く距離なのだろうか? もしかしたら、野球選手とか、ボールを投げる訓練を日常的にしているヒトだったら出来るのかもしれない。でもあいにく私はそんなことやったことがない。

 それも狙った一点に当てなければならないんだ。

 窓の真ん前に敵をおびき寄せるといっても、石を窓ガラスに当てるのはまずい。

 もし石が当たって窓ガラスが割れでもしたら、その音で敵はこちらの存在を悟り、おびき寄せるどころではなくなる。

 だから、窓ガラスの近くにある壁に当てて、何気ない物音を立てるだけに留めなければいけないんだ。

 

「あの、カイルさん、ひとつ聞いてもいいですか?」

「”何だ”」

「狙った所に一発で当てるコツって何ですか?」

「”・・・・・・イメージすることだ”」

 

 狙い通りの所に当てている自分のイメージを思いえがく。そしてそのイメージをとことん信じぬく。克明にイメージを思い描けば描くほど、体はそれをなぞってくれる。

 伝説のスナイパーと呼ばれているらしいカイルが語る、狙撃の鉄則だ。

 

「それって、なんだか空手と似てるような気がします」

「”お前なりに納得できたならそれでいい”」

 

 ゲンシ師匠の教えが蘇る。

 空手にだってイメージは欠かせないものだ。敵だけじゃなく自分の動きも完璧にイメージしなければ、あらゆる動きはデタラメになり、完璧に構築された技術からは程遠いものになってしまう。

 もっとも、肉体をイメージ通りに動かすためには普段の鍛錬が欠かせないわけだが。

 

(ともかく・・・・・・自分を信じるしかない)

 経験不足を補うために、自分自身に先入観を刷り込むことにした。

 物を投げるという動作を、正拳突きや回し受けと同じように、気の遠くなるほど練習した動きであると錯覚させ、余計な不安や緊張を取り除くんだ。

 

______ブォンッ!

 脳裏に、瞬間に何十回何百回と石を投げる動きのイメージを繰り返すうちに、踏み込むタイミングと角度、全身それぞれの筋肉の力の入れ具合がなんとなく掴めてきたような気がした。

 それを愚直なまでに信じて、弓なりに全身をしならせ、手にした石を前方に放り投げた。

 

 月明かりが照らす闇夜の中、放った石がどんな軌道を描き、どこに当たるのか皆目わからない。

 後は祈るように、ひたすらに狙った一点を凝視する。建物の6階、こちら側から見える窓ガラスと窓ガラスの間にあるコンクリートの支柱を・・・・・・

(当たれ! 当たってくれ!)

 

______カンッッ・・・・・・

 乾いた音が聴こえた。何気ない、すぐに静寂に紛れてしまいそうな小さな音。

 石が狙い通りの場所に当たったかどうか正直良くわからない。だが、狙いを誤って窓ガラスを割らなかったことだけは確かだと思う。

 

 後はこの音を聞きつけて敵が窓ガラスの前に出てきてくれれば・・・・・・いよいよカイルの狙撃の出番だ。

 チラリと後ろを振り返って彼を見た。

 片膝を付いた姿勢で、土嚢の上に乗せたライフルを構えたまま石のように動かないでいる。

 わずかな体動が何十センチもの着弾点のズレに繋がる。そうさせないために呼吸を止め、全身を固く緊張させているようだ。

 見ているだけで冷や汗が出てきそうな極限の集中力が、銃身の先のただ一点に向けられている。一瞬に全てを懸けるスナイパーの真髄をまざまざと見せつけられる気持ちになった・・・・・・そしてその姿に共感をも覚える。

 私も今まで、彼と同じようにして戦ってきた。きっと私も、勁脈打ちを使う瞬間はあんな感じになっていると思う。

 

______ガシュンッ!

 ハンマーが落ちる甲高い金属音とともに、銃口が火を吹いた。

 火薬の爆発音はほとんど聴こえない。銃身の先に取り付けられた減音器によって遮られているからだ。

 固唾を飲んで見守る中、銃口のおよそ200メートル先の、地上6階にある窓ガラスに亀裂が走り、建物の中にいた影が鮮血を吹き出しながら倒れた。

「フー・・・・・・」

 今しがたまで呼吸を止めていたカイルがゆっくりと息を吐いている。

 手慣れた手つきで次弾を装填しながら、なおも目をスコープから外しておらず、その姿からは微塵の油断も感じられない。

 

「”早く行け”」

 カイルの指示を聞き、返事もかえさずに全速力で駆け出した。 

 あらかじめ打ち合わせをした通りだ。彼が狙撃を成功させたのを見計らって、私は一階から建物に進入し、敵に奇襲をかける。その騒ぎに乗じて、後からカイルが追いつくという算段だ。

 

______ヒュンヒュンッ!! チュインッ!

 私の頭上で、カイルの援護射撃と、撃ち返す敵の銃弾とが風を切って交錯しているのがわかる。

 200メートルという距離は、狙撃でもない限り簡単に弾を当てられる距離ではないそうだ。

 今、敵はカイルの銃撃に応戦するのに手一杯で、真っ直ぐに突っ込んでくる私の姿を捉えることは出来ないだろう。

 ヒトの足で200メートルもの距離を詰めようと思ったら、その前に見つかって蜂の巣にされる可能性もあるが、私なら一瞬で到達する距離だ。

 

 瞬く間に、5名の敵が占拠する廃ビルに正面から進入することが出来た。

 屋内に入り込んだ瞬間、当たり前だが月明かりが遮られてしまったので、懐から取り出した暗視装置を再び両目に引っ掛けた。

 

 階段を駆け上がるたびに、敵の殺気が増していくのを感じる。

 そして目標である6階に辿り着くと、耳を澄ませて銃声の音を聴こうとした。

 敵もカイル同様に武器に減音器を装着しているようで、遠くから聞き取れる程の物音は立てていない。それでも複数名で銃を連射すれば、同じフロアにいれば一目瞭然に居場所がよくわかる。

 

 この建物は何か大掛かりな発表をするための講堂のように思える。

 四方を窓ガラスに囲まれた見晴らしの良い広い場所に、放射状に備え付けのテーブルとイスが数百個も並べられ、中央の一段高い場所には教壇があった。

 

 気配を消しながら静かに講堂に押し入った。

 今しがた”意”の世界で垣間見た兵士たちが4人、講堂の向かって正面側に固まり、撃ち殺された1名の傍らで、外にいるカイルに応戦して銃を撃っている。

 あれで全員ならば、どうやらフレンズはここにはいないようだ。

 

 奇怪な装いの兵士たちだった・・・・・・Cフォースのシンボルカラーである濃紺色ではあったけど、見慣れた野戦服ではなく、全身にぴったりと張り付くゴムのような質感の装束を身にまとい、胴体や肘などを黒く角ばったプロテクターで保護している。

 そして頭部を顎までカバーするヘルメットで覆っており、恐ろしささえ感じられる異質さを醸し出している。

 銃弾すら防ぎそうなプロテクターとヘルメットだったが、見た感じ、ヘルメットの目の周りの部分は半透明なプラスチックで作られており、防御力が落ちるような気がする。

 カイルはさっき、200メートル離れた場所から、ヘルメットの防護の隙間である、敵の眉間を狙撃したということか。あんなに狭くて動く的に向かって・・・・・・

 神がかり的な腕前としか言いようがない。

 

 カイルの作ってくれたチャンスをものにするために、猛然と敵に向かって駆け出した。

 こんな広い場所では、四方に散らばって距離を取られれば、銃を持った敵の方が絶対に有利だっただろうが、私に気付いていない彼らには、そんなアドバンテージはない。

______ダンッッ

 近くにあった机を踏み台にして飛び上がり一気に距離を詰める。

 物音に気付いた紺色の兵士たちが気付いて振り返った瞬間、私はすでに己の間合いに敵を捉えていた。

 

 着地しざまに、ヒトの反射神経を超える速度で、2名の敵兵の体に一撃を食らわせた。  

 鍛え上げた私の拳が、頑丈そうな防具を物ともせずに打ち貫く。

 1人の敵兵の顎を掌底で砕き、もう1人には、みぞおちに正拳を打ちこんで内臓を破裂させた。

 それぞれの体が弾かれたように震えたと思った一瞬、ほぼ同時に意識を失って崩れ落ちた。

 殺してはいない。だが戦闘不能になるほどの重傷は負わせた。この2人が起き上がって、私や味方を脅かすことは、もはやないだろう。

 

 前々から、Cフォースの兵士と戦う時が来たならば、こういう具合に倒そうと決めていた。

 気絶させるだけではダメなんだ。敵が再び目を覚まして、味方に危害を加えてくることがないようにしなければならない。

 でも殺すことだけはしたくない・・・・・・敵であろうと彼らはヒト。セルリアンとは違う。

 すでに体内のオーダーが取り除かれているとはいえ、最後の一線を越えることへの抵抗はまだ残っている。決して消すことが出来ない自分自身の気持ちが私にそうさせるんだ。

 

 それに、今の私の技量なら、微妙な力加減でギリギリ相手を殺さずに重傷を負わせるに留めることが出来る。だからこれでいいんだ。

(さあ、次だ)

 拳を引き戻して残身を取り、呼吸を落ち着けながら前を見る。

 着地ざまの攻撃で仕留められたのは、4人のうちの2人だけだ。もう2人は健在のまま、襲い掛かってきた私に気付き、応戦しようと銃口を向けると、躊躇なく引き金を引いてきた。

_____シュカカカカカッッ!!

 2人の敵が手にした減音器付きのアサルトライフルの連射が私を襲う。

 木製の机や椅子を穴だらけにしながら近づいて来る火線を、間近にある机の影にしゃがんで躱しながら、敵の出方を探った。

 

 耳を澄ませると、2人の足音が遠ざかっていくのが聴こえる。よくよく見ると、弾の狙いも無茶苦茶だ。

 そうか、敵兵は私がフレンズだと気付いた時点で、敵わないのを悟って逃げの一手を打っているんだ。銃撃はただの牽制だ。

 

 油断した。かなり出来る連中だ。200メートル先に気を取られていたのに、突然に接近してきた私に対処して撃ち返してきただけでなく、瞬間に不利を判断して撤退を始めるとは・・・・・・

 Cフォースの兵士の中でも精鋭が揃っているに違いない。

 

 敵をこのままにしておけば、どうなるのかは目に見えている。

 もし逃がさなくても、わずかな隙を与えれば仲間に連絡を取られて増援を呼ばれる。

 または、私とカイルしかいないことから、カコさん達が別行動していることを見抜かれてしまうかもしれない。

 とにもかくにも、この作戦が失敗する可能性が倍増することだけは間違いない。

 

(くそっ・・・・・・これじゃ、あの時と同じじゃないか!)

 クズリと最後に共闘した、あのオレンジ川付近での戦いを思い出す。

 あの時、私が逃げる敵に情けをかけて手を出さなかったせいで、敵の大群をおびき寄せてしまった。ヒグラシ所長を守るために、クズリが敵を殺さざるを得ない状況を作ってしまった。

 その結果クズリの身にオーダーが発動してしまい・・・・・・私は彼女と袂を分かつことになってしまった。

 私と彼女とでは、もともとの物の考え方に大きな違いがあることはよくわかっている。それでも私の不手際が、彼女が暴走する原因のひとつを作ってしまったことは間違いないと思う。

 そう考えると後悔が止まらない。

 

(今度こそ逃がしちゃだめだ!)

 私が未熟なばっかりに、敵を逃がし味方を危険にさらしてしまう。

 同じ失敗を二度も繰り返すぐらい無様なことは他にない・・・・・・そんなことになったら、自分で自分を許せない。

______ベコンッ!

 自責の念に堪え切れず、頭がカッとなった私は、近くにあった床に備え付けられた机の脚を掴み、力任せに引っこ抜いた。

 

「わあああっっ!!」

 後退しながら銃撃を浴びせてくる敵に向かって、地面から引き抜いた机を思いきり投げつけた。

 今しがたまでクズリのことを思い出していたからだろうか。彼女の戦い方を真似するような動きを自然と選び取っていた。

 重量物を敵に投げつけるという、とことん力任せで原始的なこの攻撃は、ほぼ全く手加減が出来ない。100%の殺意をぶつけているに等しい。

 

______ガシャアアンッッ!!

 敵兵の1人が、投げつけた机に巻き込まれるようにして、ガラス窓を突き破って外に飛び出し、そのまま地上6階の高さから下に落ちていった。

 

 残る敵はたった1人、私の姿を銃口に捉えながらも攻撃は止んでいる。どうやら頼みのアサルトライフルは弾切れを起こしたようだった。

 しかしまたも冷静に状況を判断し、全力でこの場から逃げ延びようと、私から背を向けているのが見える。

 

「逃がさない!」 

 敵が走り出すよりも速く踏み込んで距離を詰め、狙いすました一撃を放った。

 己がもっとも得意とする正拳突きを、ヘルメットに覆われた後頭部めがけて・・・・・・

______バシュウッッ!!

 私の拳を受けた敵兵の頭部が、まるで内側から爆発したかのように弾け飛び、辺りに鮮血をばら撒いた。

 動作を終えた後でようやく、力加減を誤って全力を出してしまったことに気付く。

 速さも、タイミングも、力みも、セルリアンを相手にする時となんら変わりないものだった。

 

「あ・・・・・・あ・・・・・・」

 ひしゃげたヘルメットが地面に転がり、崩れ落ちた首なしの死体が床に血だまりを作っている。

 ヒトを殺してしまった。紛れもなく自分の意志で、1人のかけがえのない命を無惨な肉塊に変えてしまった。

 

 殺さずに重傷を与えるだけだと前もって線引きを決めていたのに、冷静さを失った私は、いとも簡単にそれを忘れてしまった。

 想像もできなかった。今の私の全力でヒトの体を打つと、こんな有り様になってしまうなんて・・・・・・

 

 罪悪感に耐えられず、力なく膝を付き、跳ねまわる心臓を落ち着かせようと深呼吸をした。

 でも、いくら空気を吸い込んでも、胸の奥にある冷たくて気持ち悪い塊がつっかえて喉を押し上げてくる。吐いてしまいそうだ。

    

≪”アムールトラ、聞こえるか”≫

 吐き気を堪えながら座り込んでいる私に、通信機ごしにカイルが声をかけてきた。

 

≪”敵の攻撃が止んだ。1人は上から落ちてきて即死した・・・・・・他はどうだ? 作戦通り全員を倒せたのか?”≫

「は、はい。倒しました」

 

 カイルは相変わらず最低限の言葉で尋ねてくる。

 私は出来る限りの平静を装って返事を返したが、どうにもチグハグな沈黙が残る感じになってしまった。

 

≪”どうした? 撃たれたのか?”≫

「なんともないです」

≪”・・・・・・すぐにそっちに行く”≫

 

 ただ事ではない私の様子を見抜いたらしい彼が一言だけ安否を尋ねてきたが、それきり何も訊かずに通信を切った。

 それきり、広い室内を耐えられないほどの沈黙が圧し掛かってくる。

 

 ふと自分の右手を見やると、指先から手のひらにかけて赤黒い血液で染まっているのがわかる。その上、細かい肉片があちこちにこびりついている。

(・・・・・・ひどい、ひどすぎる)

 血の匂いも感触も、耐えられないぐらい気持ち悪くて、右手を床に擦り付けて必死に拭うと、なおも上がってくる吐き気を押さえつけるように自分の首を締めて息を堪えた。

 

 to be continued・・・




_______________Cast________________
 
哺乳綱・ネコ目・ネコ科・ヒョウ属トラ亜種 
「アムールトラ」

_______________Human cast ________________

「ウィザード(本名不明)」
年齢:30代半ば 性別:男 職業:フリーランス・ブラックハッカー
「カイル・ファウスト(Kyle Faust)」
年齢:37歳 性別:男 職業:民間軍事会社アダムズインターナショナル構成員

_______________Story inspired by________________

“けものフレンズ”  “けものフレンズ2”
      byけものフレンズプロジェクト

     “けものフレンズR”
      by呪詛兄貴
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