月明かりが差す暗がりの中を、無我夢中で走った。
倒れそうなぐらい前のめりになって、激情を叩きつけるように足を踏み出して。
立ち止まってしまったが最後、立っていることさえ覚束なくなってしまいそうな気がした。
何かを考えたり感じたりする余裕はまったくない。
メガバットが敵として現れたことへの驚きも、カイルが殺されたことへのショックも、これから待っている戦いへの動揺も、跳ねまわる心臓の音にすべて打ち消されていた。
必死に地面を走る私とは打って変わって、メガバットは冷徹な静けさを放ちながら空中に佇んでいるように見える。
・・・・・・そして今、その落ち着き払った端正な姿が、ようやく動き始めた。
黒い翼が、月明かりを避けるように、建物が作る影に溶け込むように、ふわりと斜め下に急降下した。
どうやら私との正面衝突を避けて、どこかに身をくらませるつもりらしい。
「待て! メガバット!」
道を曲がり、翼が旋回した方へと追いかけた。
・・・・・・もし曲がらずに真っ直ぐ進んでいたら、やがて無惨な姿に成り果てたカイルの亡骸を見たことだろう。
あの冷徹で頼もしい銃撃が、ビルの上から私を援護してくれることはもうない。ポツンと1人残されてしまった孤独を肌で感じる。
この地獄のような夜を、彼なしで戦い抜く自信がない。すぐさま私も彼の後を追うようにして物言わぬ肉塊に変えられてしまうんじゃないか。
そう思うと、悲しいとか悔しいとか思う余裕すらなく、ただただ恐ろしかった。
曲がりきった先に新たに見えてくる景色の中、目に見える範囲をくまなく見回してもメガバットの姿は見つからなかった。
つい一瞬前までその姿を目で終えていたはずなのに、忽然とどこかに消え去ってしまっている。
「どこにいるんだ!」
やけっぱちな気持ちで、大声を出しながら物陰から飛び出して、道の真ん中に己の姿をさらしてみる・・・・・・案の定、胸が痛くなる静寂だけが私を待っていた。
月明かりに照らされる迷宮のような回廊に立っていると、まるで彼女の庭場に誘い出されてしまったみたいだ。
彼女だけでなく、他の敵の気配も全く感じ取れない。四方八方から私を蜂の巣にしようと狙っていたはずなのに、今や誰もかれもが別の獲物を求めて移動した後のようだった。
(くっ、だったら!)
この夜だけでもう何度目かになる”意”の世界への没入を試みる。
今の私なら、やろうと思えばいつでもどこでも出来ると思って目を閉じた・・・・・・だが、あの世界が見えてくることはなかった。色々な感情がひしめき合って、静寂の境地がずっと遠くに感じられる。焦りに飲まれた今の私では心を研ぎ澄ますことは無理なんだ。
「シベリアン、ご無沙汰ですわ」
私のもうひとつの名を呼ぶ声が聞こえる。
その高く澄んだ声を聴いていると、頭の中をのぞかれているような気分になる。
まるでお姫様みたいに上品めかした独特の喋り方もよく覚えている。こんな風に喋るフレンズは他に1人もいない。
すべての記号が懐かしく、そして恨めしく耳に響く。
「あなたの鼓動が聴こえましてよ。仲間が1人死んだだけでこんなにも乱れている・・・・・・
脆くて純粋で美しい音色。あなたは私が知るままですのね」
メガバットが建物の柱の影から静かに通りに歩み出てきた。
両腕を組んで、その上からマントのように折り畳んだ両翼で体を包んでいる、在りし日とまったく同じ佇まいだった。
「くっ」
突然目の前に現れた姿に、ギョッとして後ずさる。
こんなに近づかれるまで気付かないなんて・・・・・・彼女が空にいるとばかり思って、下に注意を向けていなかったとしてもお粗末すぎる。
どうやら今の私は、目で物を見ることすらまともに出来ていないようだった。こんなザマでは、死んでいったカイルに申し訳が立たない。
「私が相手だ!」
虚勢を張るように叫ぶと、骨の髄まで刻み込まれた”後屈立ち”で身構えながら真っ直ぐにメガバットと対峙した。
こんな精神状態でも日ごろの鍛錬だけは自分を裏切らない。
体に引っ張られる形で、心も少しは落ち着きを取り戻していくようだった。
そう・・・・・・たとえ彼女が相手でも戦うしかない。
今のメガバットは、Cフォースの総帥グレン・ヴェスパーが、敵対組織パークと裏切り者である私を始末するために放ってきた刺客。和解の余地はないんだ。
「落ち着いて。少し話でもしましょう」
しかし戦いの火ぶたが落ちることはない・・・・・・肝心のメガバットは、腕を組んだままピクリともその場から動こうとせず、私に何かを告げようとしている。
随分といやな予感にさせる態度だった。
「今さら君と話すことなんてない!」
「そう? とても大事な話なのだけれど・・・・・・まあ、それよりこちらをご覧になった方が早いでしょう」
メガバットが青白い唇を妖しく歪めながら、スマートフォンを見せてきた。
画面の中に映っていた映像は、私に絶望を叩きつけるものだった。
「・・・・・・か、カコさんッ!?」
彼女は手錠を後ろ手に嵌められて、その場に両膝を付かされていた。埃にまみれた美しい顔に無念の表情をのぞかせながら、苦しそうに頭を伏せている。
そして彼女の後頭部には、暴力的な意志をにじませる黒い銃口がこれ見よがしに突きつけられていた。
Cフォースの部隊にとって、カコさんを確保するのは赤子の手をひねるより簡単だったと言う。
80余名でたった数名を攻める数の優位性だけでなく、相手がどう動くかもメガバットが暴いてしまっているのだから。
「日本には、将棋という歴史の長いボードゲームがあるそうですわね? 私は目が見えないから経験はありませんが、王手をかけられたら”詰み”といって、負けが確定するらしいですわ」
メガバットの言いたいことがわかった。
カコさんを人質に取られている今の状況で抵抗することは出来ない。黙って縛に着く以外の選択肢がなくなってしまったんだ。
映像に映っているのはカコさんだけで、他のチームジョーカーの様子はわからない。でも、大将である彼女が捕まったということは・・・・・・同じようにされているか、あるいは殺されてしまったか。いずれにせよ無事ではないということ。
「・・・・・・」
歯噛みしながら、手首を並べてメガバットに差し出す。
彼女は板のような形の手錠を懐から取り出し、それがぱちんと閉じられて私の両腕を拘束した。
「話が早くて嬉しいですわ。では参りましょうか」
再び翼を大きく広げたメガバットが、後ろから私を羽交い絞めにして夜空に舞い上がった。
まるであの時と一緒だ。
寄る辺のない空を、力強い翼で掻き分けてどこまでも進む。自分の体では決して味わえないこの浮揚感・・・・・・
心とは無関係に、肉体が無意識のうちに懐かしさを感じてしまっていた。
私の初陣。ブラジルの港湾都市サルヴァドールで、身長100メートルに達するディザスター級セルリアンと戦ったあの日。
あの時もこんな月夜だった。メガバットは私をその翼でディザスター級の所まで連れていき、ここぞというタイミングで落としてくれた。彼女の導きがあったからこそ、初めて”勁脈打ち”を成功させることができた。
今にして思えば、ブラジルでの一年間はとても幸せだった。
メガバットがまとめる部隊の中にはクズリもいて、スパイダーもいて、本当に最高のメンバーが集まっていた。
セルリアンとの戦いばかりだったけど、頼れる仲間たちと一緒にベストを尽くした。あの頃はただそれだけで時間が回っていた。
Cフォースもパークも、天然も人造も、フレンズとして生まれ持った宿命のことなんて知らずに生きていられた。
今はもう戻れない私の居場所・・・・・・それは間違いなく、メガバットが作ってくれたものなんだ。彼女が支えてくれたから、あの日々を生き残ることが出来た。
メガバットは私のことを「知っているまま」だと言った。成長していないという意味ならその通りだと思う。いつだって私は頑固で不器用で、悩みながら進むことしか出来ない。たぶん一生そんな感じだ。
そしてメガバットの方も、あの頃となんら変わってないように思える。賢くて勘が鋭くて、話していると心を見透かされそうになる・・・・・・逆に言えば、こっちの気持ちを全部わかってくれそうな、不思議な包容力を持ったフレンズだ。
2人とも変わっていない。
それでも、あの頃とは何もかも変わってしまった。
◇
メガバットに吊り下げられたまま、未だ明ける気配がない真夜中の空を飛んでいると、やがて眼下には見覚えのある景観が見えてきた。
石畳のだだっ広い中庭の中央に、無数の大理石の柱に支えられる巨大で荘厳な建物がそびえ立っている。柱の向こうにある木製の扉は突き破られて大穴が空いており、赤レンガの屋根からは何ケ所か火の手が上がっている。
Cフォースの部隊は、サラ・バートマン・ホール前の広場に集結していた。突入口として選んだこの場所を、敵に捕まるという形で逆戻りすることになってしまうなんて・・・・・・
だが、敵はただ集まっているというわけではなさそうだった。
80名近くの兵士たちが、ホールの入り口付近を扇型に散らばって取り囲み、銃口を入り口に向けて構えていた。
包囲は地上だけじゃない。明るい夜空には数機のヘリがやかましいローター音を轟かせながらホバリングしている。
無骨で威圧的な大きさの機体には、四角く箱型に張り出したコクピットと、ミサイルポッドを備えた両腕が取り付けられている。あれはまさしく私たちを攻撃してきたCフォースの戦闘ヘリだ。
号令さえあればミサイルや機銃を嵐のように撃ってくるだろう。
地上に空に包囲を展開する敵の準備は万端だ。おびただしい量の殺気が、ただ一点へ、ホール内に向けて注がれている。
普通に考えれば、ホール内に立てこもっているのは私の味方だ。
でもいったい誰が? カコさんが捕まっている状況でも降参せずに戦かおうとしているなんて信じられない・・・・・・彼女が殺されてしまったらいっかんの終わりなのに。
メガバットは私を吊り下げながら、敵兵ひとりひとりの挙動がわかるぐらいの低空を飛び続け、包囲網を上から通り抜けていった。
そんな彼女の姿を兵士たちは一瞥もせずに、ただホールの方を睨んで銃を構えていた。
どうやらこいつらは数が多いだけじゃなくて、統率が完璧に取れているようだった。
ついさっきまでは私やカイルを狙うためにあちこちに散らばっていたというのに、今や一か所に集まって、別の目標に狙いを定めてしまっている。
集団で隙のない動きが出来る証拠だ。
「着きましたわよ」
メガバットは包囲網からいくらか離れている中庭の隅っこに降り立ち、私から手を離した。
そこには一機の戦闘ヘリが着陸しており、それを取り囲むようにして少数の人だかりが見えた。
「ああ、そんな・・・・・・」
ヘリのタラップにもたれかかるようにして、カコさんやチームジョーカーのメンバーが縛り上げられ座らされていた。ついさっきメガバットに見せられた画面とまさしく同じ状況だ。
カコさんの隣にはウィザードがいた。力なく両足を地面に投げ出してぐったりと俯いている。どうやら気絶してしまっている様子だ。
ナビゲーションユニットごしにサポートしてくれた彼と別れてから、まだそんなに時間が経っていないはずなのに、短い間に何があったんだろう・・・・・・あの様子だと操縦していたユニットは破壊されたか、どこかに置き去りにされてしまったんだろうな。
そしてチャラ兄弟とシガニー・・・・・・他のメンバーも全員同じように拘束されている。ギル・チャラの左肩からは鮮血がどくどくと流れており、その傷口を押さえることすら許されない。
その場にいる全員が銃口を頭に突き付けられ、見せびらかすように並ばされている。彼らの表情には、己の無力への悲嘆と、敵への憎悪が入り混じっている。
カコさん達もまた、メガバットに連れられて空から現れた私の姿に気付いた。
ハッと目を驚いて見開き、片時も目を逸らさずに、私の顔を見続けている。私までもが捕まったことで、置かれた状況がより絶望的になったと思っているのだろう。
そして私と一緒にいるはずのカイルがいないことで、彼の身に何が起きたかを悟ったようだ。
みんな本当にごめん・・・・・・私、何の役にも立てなかった。仲間も死なせてしまった。
「私の前に立たない方がよくってよ」
仲間たちに無意識に歩み寄ろうとした私を、メガバットが静かに、そして凄みのある声で呼び止め、立ち止まった私の横を静かに通り抜けた。
その後ろ姿からは只ならない威圧感が伝わってくる。今の私にできることは、彼女の言う通りに後ろから付いていくことだけだった。
「ただいま戻りましたわ」
メガバットがヘリの傍で立っている1人の男の前に歩み寄ると、静かに一礼した。
それは他の兵士とは明らかに身なりが違う、この部隊の指揮官と思しき男だった。
ゴムのような装束の上からフルフェイスヘルメットと黒色のプロテクターを身に着けた他の兵士とは違って、飾りの付いた軍帽をかぶり、丈の長い紺色の外套を風になびかせている。
Cフォースでも一握りの上級幹部の装いだ。私がブラジルで世話になったジフィ大佐も同じ格好をしていたことを覚えている。
だけど変なのは、身なりこそ覚えのあるものだったが、仰々しい防毒マスクをかぶっていて、素顔が全く見えなかった。
あれはたぶん、メガバットから出ている放射線を防ぐために付けているんだろう。
パークと行動を共にしてからというもの、ヒトがフレンズの放射線を避ける様をずいぶん久しぶりに見た。やっぱりCフォースはそういう考えが普通なんだな。
「××××××」
「はい、シベリアン・タイガー本人です。ご覧の通り拘束いたしまして・・・・・・反抗の意志は見えませんわ」
「××××××」
「了解しました。それで、例のフレンズ達はまだ投降して来ませんの?」
メガバットとガスマスクの指揮官とが何事かを話している。
フレンズであるメガバットの言葉だけなら、私にも問題なく理解できるけど、実際には何語で会話しているのやら見当もつかない。
ただメガバットが「例のフレンズ達」と言ったことから、状況が少しずつ見えてきた。
そう・・・・・・サラ・バートマン・ホールの中に立てこもっているのは他でもない。
パンサーとスプリングボックだ。
2人を最後に見たのは、ホールの地下でハウンド級セルリアンの群れと戦っていた時だったけど、やっぱりハウンドごときにやられる彼女たちじゃなかった。
どういう経緯でホール内に立てこもることになったのかは定かではないが、仲間を人質に取られている状況でも彼女たちの戦意は衰えることがないようだ。
だけど、2人はこれからどうするつもりなんだ? こんな手強い奴らに包囲されて、戦闘ヘリにも狙われて、一体どうやって切り抜けるつもりなんだ?
しかもカコさん達が人質に取られてしまっているというのに。
「フレンズ達は放っておいて、今すぐ撤退するべきかと存じあげますわ」
ヘリの傍でふんぞり返っている自信満々の指揮官に、メガバットが静かな口調で意見を述べた。
確かに、パークの指導者であるカコさんを捕まえたのだから、彼らの目的は達成されている。ならばこの戦場に留まる理由はもうない。
だがガスマスクの指揮官の考えとしては、パンサーたちのこともどうしても手に入れたいと思っているようだ。人造フレンズとは違って、彼女たちは希少な”天然”種だ。Cフォースとしては貴重な研究材料になる。
捕まえることが出来れば、この指揮官にとっては素晴らしい戦果となるのだろう。
だからこうやって部下たちをホール前に集結させて、カコさんたちを人質にしてパンサーたちが投降するように脅しをかけているのだ。
私が無抵抗で捕まったように、彼女たちもそうすると思っているんだ。
「××××××!」
「もし例のフレンズ達が脅しに屈さなければ、実力行使しかなくなりますわ。敵の出方次第では、味方に犠牲者が出るでしょう」
ガスマスクの指揮官が荒い口調でメガバットと口論を続けている。
指揮官はカコさんという人質を得たことで勝利を確信して強気になっており、すべての戦果をモノにしてみせると意固地なんだろう。
逆にメガバットは、実力のあるフレンズを多く部下に従えていた経験から、どんなに有利な状況でもフレンズを侮るべきではないと慎重になっているようだ。
パンサーとスプリングボックは、私が見てきたフレンズの中でも指折りの強者だ。
確かに2人の実力なら、たとえ80人以上の敵兵に包囲されていようと、始末することは造作もないと思う。
でも今はカコさん達パークの仲間が人質に取られているんだ。それを無視して下手な抵抗をしたら仲間に危険が及んでしまう。
2人がどう出るか・・・・・・それは私にもわからない。
特にスプリングボックの方が心配だ。あの子はかなり頭に血が登りやすい。カッとなったら後先考えずに暴れそうな感じがする。
冷静なパンサーが上手く抑えてくれればいいんだけれど。
「どうか撤退のご検討を。必要以上の深追いをすべきではありませんわ。それに、何か嫌な予感がいたしますの」
「×××!」
______バシィィッッ!
怒声を上げる指揮官が、メガバットの顔を平手で打って無理やり黙らせた。
彼女が理路整然と抗弁を続けることに苛立ったように見える。フレンズごときが口答えをするな、と言わんばかりの態度だ。
「・・・・・・言葉が過ぎましたわ。申し訳ありません」
メガバットが、打たれて真横に向かされた顔を正面に向きなおしながら返事をすると、頭を下げて後ずさり、それきり私のすぐ目の前で黙り込んだ。
その背中には、しょせんは使われている身に過ぎない立場の哀れさが現れているようだ。
それにしてもこの指揮官、顔もわからないけど、大した人物じゃないことだけは良くわかった。
ブラジルのジフィ大佐に比べたらまるで小物だ。
大佐は癇癪持ちで良く怒鳴る人物だったが、たとえフレンズに口答えされようと、最後まで相手の言葉を聞いて、言葉で返す誠意があった。
クズリなんかは口を開けば反抗しかしていなかったが、大佐はそんなクズリを一番気に入っていた節があるほどだった。
こんな程度の人物が指揮する部隊に追い詰められるとは・・・・・・それだけメガバットの存在が大きいということか。
だけどこの指揮官が相手ならば、まだ付け入る隙があるのかもしれない。
勝ちを確信して慢心しているようであり、メガバットの進言を聞き入れようともせずに、部下にパンサーたちを包囲させている。
そしてメガバットをのぞいて、部下たちにも彼の慢心が伝播しているように見える。未だ銃を構えて敵に備えてはいるけど、もはや自分たちが負けることはないと言わんばかりに、張りつめた緊張の糸を緩めてしまっているように見える。
今この集団が、予期しないトラブルに出くわしたらいったいどうなる?
まったく対応できずに、総崩れになってしまうんじゃないか?
たとえば、あの指揮官の隙を付いて人質に取ってみるとか。そうすれば戦況は五分に戻る。
パンサーたちが上手く動いてくれれば、カコさんや他のメンバーを助け出すチャンスが回ってくるかもしれない。やってみる価値はあるんじゃないか?
上手く行くかどうかは完全に賭けになるけど、今の私に打てる手はそれしかない。
さりげなく両腕に力を込めて、手首を縛る手錠に負荷をかけてみる。
思った通りの手ごたえだった。この手錠は私が全力を出せば一瞬で引きちぎれる程度の強度しかない。
後はいつ動くかだ。チャンスは一度しかない。敵の注意が逸れている瞬間を見計らって・・・・・・
「シベリアン、下手なことを考えるのはおよしなさい」
「ッ!」
「さもないとあの女の命は保障できなくてよ」
目の前に佇むメガバットが、カコさんに向かって殺意の籠った一瞥を投げかけながらそう言い放った。
振り返りもしない後姿からは、こちらを見透かして来るかのような例のプレッシャーがゆらゆらと放たれている。
今か今かと飛び出す機会をうかがっていた私は、それを見て血の気が引く気持ちになった。
どうして私が動こうとしていたのがわかるんだ? 怪しい挙動をしたわけでもなければ、表情に出したわけでもないのに。
「何もやろうとなんかしてないよ」
「そう、あなたもごまかすことを覚えましたのね」
・・・・・・たしかに、指揮官を人質に取ろうというアイディア自体は、状況から考えれば読める事だとは思う。それでも、メガバットの反応の鋭さは異常だ。こっちが考えたことをドンピシャで察しているとしか思えない。
いったいどういう理屈なんだ? 彼女は未来を読むことが出来るっていう噂を聞いたことがあるけれど、まさか本当にそんなことが?
とにかく、考えることすらアウトという事がわかった時点で、今度こそどうすることも出来なくなってしまった。
「あなたのことも傍で見張らせていただきます。付いてきなさい」
メガバットが再び翼を広げ、Cフォースの兵士たちが立ち並ぶ包囲網の最前線、サラ・バートマン・ホールの入口付近へとゆっくり飛んでいった。
彼女がガスマスクの指揮官から新たに仰せつかった役目は、パンサーとスプリングボックとの交渉人。そして、2人が反抗してきた場合に先頭に立って戦うことだった。
私は両腕を縛られたまま、周囲の兵士に銃を突き付けられ、小突かれたりしながらメガバットの後を追わされた。
彼女に追いついた後も、常にいくつかの銃口が私に向けられており、思考すら読み取ってくる彼女の傍で、ひとつも身動きが取れない状態を強いられている。
メガバットが宙に浮いたまま、立ち並ぶ兵士たちの脇を通り抜け、ホールへと接近しはじめた。
一方の私は、銃口で静止させられてしまい、それ以上彼女に付いていくことは出来なかった。兵士たちの包囲より前に進むことは許さないようだ。
「パークのフレンズ2名にお取次ぎいたします」
やがてメガバットは、巨大な大理石の柱が並び立つサラ・バートマン・ホールの何十メートルか手前で、ようやく翼を畳んで地面に下り立ち、良く通る澄んだ声で呼びかけはじめた。
その口調からは彼女らしさが薄れ、ひたすら冷たさだけを感じる丁寧な言葉づかいになっている。部隊の代表として降伏勧告をする立場だからだ。
「この一帯は我々Cフォースが包囲しています。あなた方2人をのぞいて全員の拘束が完了しています」
「あなた方の仲間同様に、無駄な抵抗は止めて投降することをお勧めします。その場合、捕虜として丁重に扱うことをお約束いたしましょう」
メガバットの呼びかけは続く。実際には何語で話していようとも、フレンズ同士ならば伝わっているはず。
パンサーたちはメガバットの言葉にどう応えるつもりなんだろう。
従うのか、抗うのか、その結果何が起こるのか。私も息を飲んで見守った。
だが、ホールの入り口からは静寂しか返ってこない。
つい数時間ぐらい前に、私たちを乗せたヘリの突入によって空いた大穴が寒々しい姿を晒しているだけだ。
「沈黙を続けるのであれば、あなた方にとって好ましくないことが起きるでしょう」
______パチンッ
メガバットが意味深な一言を告げながら指を鳴らすと、数人の兵士が包囲網を抜けて彼女の横に近寄っていった。
兵士たちは数人がかりで何かをメガバットの傍まで運んでいった。
それはチームジョーカーの1人、肩を撃たれて負傷したギル・チャラだった。
とても乱暴に、頭も胴体もかまわず鷲掴みにして引きずられ、何の気遣いもなく地面にどさりと投げ降ろされた。
屈強な彼もさすがに激痛に耐えかね、声にならない悲鳴を上げている。
横たわる丸腰の巨漢に向かって兵士が銃を構えた。そして引き金に指をかけようとした瞬間、メガバットが手で銃を制止した。
「あなた方にも彼が見えているでしょうか? 彼の置かれている状況が理解できますか?」
・・・・・・なんて卑劣なんだ。
これもあのガスマスクの指揮官の指示か。捕虜にしたチームジョーカーをいたぶってパンサーたちを脅して投降させようとしているんだ。
彼女たちが脅しに屈するまで、それを延々と続けるつもりなんだ。
「や、やめろ」
棒立ちのままポツリと呟いた私を見て、銃を突き付けていた兵士の一人が、顎を使って後ろを見るように合図してきた。
その通りにすると、ヘリコプターの前に並ばせられたカコさんたちそれぞれのこめかみに銃口が押し当てられているのが見えた。
私が何か怪しい動きをした瞬間に引き金が引かれるのは想像するまでもない。
Cフォースにとって最重要のターゲットであるカコさんが殺されることはまずないのだろうけども、ウィザードたちの命は今まさに天秤にかけられていると知る。
(どうする・・・・・・どうすれば)
歯噛みしながら、他にどうすることも出来ず、サラ・バートマン・ホールの方へ向き直る。
だけども状況は変わりない。ギル・チャラに銃を向けさせて冷静に脅しをかけるメガバットと、沈黙を保ったままの大穴の姿があいもかわらずにあるだけだった。
見ていることすら重苦しい静寂が過ぎていくこと数瞬・・・・・・メガバットが「ふう」と溜息を吐き、用意していた言葉を告げるために顔を上げた。
「どうか私たちを恨まないでいただきたい。なぜならば、あなた方がすべて悪いのだから」
______スッ
メガバットが手を引き、兵士が携えた銃が制止から解放された。
自由を許された兵士はもう一度銃を構えなおし、今度こそ止められない殺意の発露をその一点に求めるかのように引き金を引ききった。
銃口からはじけた火花が闇夜を照らす。
火薬が弾ける轟音の次に耳にやってきたのは、水風船が弾けるような液体の落下音だった。
やりようだったら、他にいくらでもあったと思う。
撃たれていない方の肩を撃つとか、太腿とかでもいい。殺さずに痛めつける方法はいくらでもあったはずなんだ。それでも十分脅しにはなるはずだった。
でも、彼らはそうしなかった。
いきなり頭を撃った。鮮血を巻き散らかしながら、物言わぬ肉塊になったギル・チャラの遺体が地面に横たわった。
飛沫が飛び散り、すぐ近くにいたメガバットの美貌を赤く汚した。少し離れた所にいる私にも降りかかってくるような気がした。
「アアアアアッッッ!!」
後ろの方から、どこまでも途切れない野太い慟哭の声が聞こえた。
たったいま殺害されたギルの双子の兄、バズ・チャラの声だ。
2人は幼い頃から何をするにも一緒で、同じ理想を抱いてパークに入ってからは、カコさんの護衛として背中を預け合うことで生き残ってきたと聞いている。互いが他の誰よりも大事な存在だったんだ。
己の半身をもがれた痛みは、自分が死ぬ瞬間まで続いていくだろう。こんなに残酷なことが他にあるだろうか。
______パチンッ
物を言わなくなったギルを気にも留めずに、メガバットが再び指を鳴らした。
それを合図に、チームジョーカーの中から新たな人質が引きずり出されようとしている。
「やめてくれっっ!!」
・・・・・・もういやだ。またなすすべもなく仲間が殺される。これで3度目だ。
この局面でパンサーたちが何も反応することがなければ、仲間の中で三人目の被害者をだしてしまうということだろう。
______ゾクリッ
どこかからほとばしる巨大なプレッシャーが肌を震わせる。
私は驚いて、絶望に伏せていた顔をとっさに上げた。
そして察した・・・・・・ついにパンサーとスプリングボックが姿を現したことを。
ホールに空いた大穴の中から歩み出てくる2人の姿が、まるで陽炎のように揺らめいている。可視化されるほどに凄まじい殺気が周囲の空間を歪めているんだ。
彼女たちの顔は静かな怒りに満ちていた。非道な行いによってパークの仲間を惨殺されたことに対して、ついに我慢の限界を超えた様子だった。
殺気に呼応するように、周囲を取り囲んでいる兵士たちが1人残らずパンサーたちに銃を突きつける。
「要求に応じていただき感謝いたします」
包囲の先頭に立つメガバットが両手を広げて、兵士たちを制止させながら出迎えた。
「・・・・・・しかし、穏やかではないご様子ですね」
メガバットが殺気を隠す気もない2人の様子を見咎める。
あくまでも冷静なメガバットと、今すぐにでも怒りを爆発させてしまいそうなパンサーたちの様子は対照的だった。
「無駄な抵抗をされるようですと、こちらも約束を守りかねますが」
「だまれよ」
パンサーが最初に口を開いた。
怒気と殺気に満ちた声と口調。平静を装いつつも、肩で息をしながら血走った目で敵を睨み付けている。殺すことしか頭にない猛獣そのものの鋭さを感じる。
あんな一面がパンサーにあったのか。
私の知る彼女は、明るく社交的で、周囲への気遣いを常に忘れない優しい子だ。私がパークに身を寄せた頃から、彼女は何かと良くしてくれた。
なのに、今はまったく別人に豹変しているように見える。あれじゃあまるで・・・・・・
「アタシ今、マジでキレてんの」
「だからアンタら全員ぶっ殺すことに決めたわ」
「・・・・・・右に同じく」と、スプリングボックが続く。愛用の槍は持っておらずに手ぶらだったけど、抜き身の殺気にその身を浸しきっている。
「追い込まれたのは貴様らの方です。絶対に許しませんよ」
意外だったけど、スプリングボックの方はいつもと変わりない。どこまでも一本気で直情的、言葉づかいだけは変に丁寧。私が知る彼女のままだ。
パンサーの激変ぶりに比べたら、彼女の方が冷静さを残しているような感じさえした。
「おふたりとも、ずいぶんと鼻息が荒いようですが、状況がわかっておいでですか?」
メガバットは2人の殺気を正面から受け止め、背後にいるカコさんら人質の存在を見せつけるようにチラリと後ろを振り返った。
「仲間をこれ以上死なせたくないならば、下手な考えは起こさないことをお勧めいたしますが」
「だまれって言ってんじゃん」と、パンサーが静かな怒気を震わせる。
「状況がわかってないのはアンタのほうだよ”黒づくめ”」
パンサーの瞳がたまりかねたように見開かれると、その中から黄金の光が漏れだした。
野生解放を全開にした彼女は今にもメガバットたちに襲いかかりそうだった。
いくらなんでもマズい。気持ちはわかるけど、怒りで我を忘れてしまってるんじゃないのか?
どんなに暴れようが、向こうで兵士が引き金を引く方が早いのに。
カコさん達の安否が気になって後ろを振り向いてみる。
(あ、あれは?)
カコさん達が並べて座らされている、停止したヘリの足元。
そのすぐそばで、今も数人の兵士たちが、人質から銃口を片時も逸らさずにいた。鉄壁の守りの中、どうあがいても手出しができない状況が完成されているように見えた。
______スクンッ
だけど、闇の中から”何か”が現れて、状況を正面から破壊した。
わずかな音だけを立てて、己の姿すら曝さない程のスピードで降り立ち、1人の兵士の胴体を頭から両断すると、また闇の中に消えた。少し遅れてその男の体が前後に切り開かれて崩れ落ちた。
突然の異変に驚く兵士が1人、また1人。ある者は首を刎ねられ、ある者はどてっ腹に大穴を開けられて、己の身に何が起きたかを知る前に絶命した。
今あの場で何が起きたのかわからない。
わかるのは、およそ言葉では説明できないような事態が起きたということだけ。
(まさかセルリアン?)
怪異の正体を暴こうと、必死に目線で追ってみたけど、闇そのもののように黒っぽい何かが目にも止まらない速さで動いていることしかわからない。
私ならもっと近づけば見切れるかもしれないけれど、たぶんヒトじゃ見切れない。
______ズガガガッッ!!
予想外の事態に混乱した兵士の1人が銃を乱射すると、他の兵士もそれに倣って夜空に向かって弾丸をばら撒き始め、たくさんの銃火が闇をぼうっと照らした。
光によって怪異の姿が月夜に浮かび上がる。
それはセルリアンなどではなかった。奴らの普遍的な特徴である一つ目がどこにも見当たらない。かといってヒトやフレンズの形もしていない。
・・・・・・あれは動物そのものだ。4本足の肉食獣で、昔の私と同じような姿だ。
ただし、体の大きさはトラやクマなんかより一回りも二回りも大きい、自然界ではあり得ないような巨体だった。
______ガァオオオッッ!!
謎の猛獣が、自身の存在を見せつけるように地面に降りたち、勇ましい野生の咆哮を上げた。
敵の兵士たちが、今度こそ見つけた確かな目標に向かって狙いを定めてありったけの弾丸を浴びせた。上空の戦闘ヘリからは地面を吹き飛ばすほどに強烈な機銃が掃射された。
嵐のような攻撃を一身に受けた猛獣の姿かたちが細かく砕け散った・・・・・・だけど、ここから先の光景こそが、本当に怪異そのものだった。
私はその目で見た。粉々になったはずの猛獣の体が、ほんの一瞬で何事もなく元通り再生していくのを。苦も無く破壊出来るのに、それが全く意味を成していない・・・・・・まるで霧か何かで体が出来ているみたいだ。
その有様が、私の中にひとつの結論を連想させた。
(あれはひょっとして、野生解放の先にある力なのか?)
ごく一握りの強力なフレンズだけが持っている「先にある力」は、それを使うフレンズごとに異なる性能を持っている。
私の勁脈打ちも、クズリのグランドグラップルも、スパイダーのシャドウシフトも、それぞれ出来ることはまったく違う。
・・・・・・だけど、唯一にして絶対の共通点がある。
先にある力は「現実ではあり得ない現象」を引き起こすものなんだ。
実体のない謎の猛獣。言うなれば幻。真っ黒い影が形を成した存在。
しかし幻でありながらも、生々しい存在感を放ちながら縦横無尽に跳ねまわり、兵士たちを惨殺して回っている。物質世界に向かって破壊をまき散らしている。そんなことは普通はあり得ない。
だからあれはフレンズが「先にある力」を発動させた結果に違いないんだ。
あの謎の猛獣は、パンサーが生み出したものなんじゃないかと思う。
なぜならば、ネコ科の大型肉食獣そのものの姿をしているからだ。しかし私とは異なる種族。近い存在だからこそ、小さな違いがよくわかる。
トラのように大柄で筋肉質ではない。逆に、あの地上最速で有名なチーターのように、走ることに特化した華奢な体とも違う・・・・・・実際にチーターを見たことはないけれど。
太すぎず細すぎず、均整の取れた、数あるネコ科の中でもっともバランスに優れた肉体。
あれはまさしくヒョウだ。
パンサーの”先にある力”は、己の分身を生み出して、離れた所にいる敵を攻撃させる能力だったのか・・・・・・
(じゃあ、本体は何を?)
思考を走らせるのと同時に、弾かれたようにパンサーがいた場所へと向きなおる。
ホールの入り口には既に誰もいなかった。パンサーもスプリングボックも、どこかへ忽然と姿を消してしまっていた。
そうか・・・・・・2人の考えが読めた。分身に敵の注意を引き付けさせて、カコさん達を救出しようとしているんだ。
パンサーの分身体は敵兵士にとっては正体不明の怪異でしかない。パンサーたちの考えを読むことは出来ず、人質を使って制止しようなんて発想にも至れないはず。
さすがはあの2人だ。
どんな状況でも捨て鉢にならず、持てる力で打開しようとするガッツがある。
案の定、ヘリの傍で座らされているカコさん達の方を見やると、味方のもとへ上空から馳せ参じようとしているスプリングボックの姿を夜空に見つけた。
彼女のジャンプ力ならばひとっ跳びの距離だろう。
(いいぞスプリングボック! みんなを助けてくれ!)
「そんな奥の手があったとは・・・・・・やられましたわね」
私とほぼ同時に状況を認識したであろうメガバットが独り言ちる。希望が胸に湧いたのも束の間、さっと血の気が引いていく。
メガバットの出方次第ではまだまだ敵が有利だ。彼女なら生き残っている兵士に的確な指示を出して状況を立て直すことが出来る。いざとなれば実力で私たちに立ちはだかってくるだろう。
彼女の戦闘能力は未知数だ。私が知っているのは、後ろから指示を飛ばすリーダーとしての彼女だけ。けれども侮っていい理由なんて一つもないだろう。
「まあ、かえって身軽になれたと思うことにしましょう」
メガバットは仲間の兵士たちの混乱をまるで無視するように、笑みさえ感じられるような声色で呟いた。
______ファサッッ
直後に彼女が取った行動は予想だにしないものだった。
仲間たちを見捨て、傍で見張っていたはずの私をも放り出して、翼を広げて1人夜空へと飛び出していってしまった。
全速力で飛翔する彼女の向かう先にはスプリングボックが滞空している・・・・・・さらに先には縛られているカコさん達がいる。
目ざといメガバットは、スプリングボックにカコさん達が奪還されるのを阻止するつもりなんだろう。
しかしいくら彼女の翼でも、先に動き出しているスプリングボックには追いつけない。
見るとスプリングボックはすでにカコさん達の傍に着地しているところだった。
持ち場にいる兵士は全員殺され、生き残りたちはパンサーの分身の相手をするのに精一杯。
今の状況ならスプリングボックがみんなを連れて逃げることも出来そうだった。
それでもメガバットただ1人だけが迷いなく一直線に近づいている。このまま行けば2人の激突は必至だ。
(行かなきゃ! 加勢するんだ!)
そう思い両腕に力を籠め、手錠を引きちぎろうとした瞬間だった。
「す、スプリングボック・・・・・・?」
またしても私の予想通りにはいかなかった。
スプリングボックはメガバットから逃げるように、すぐさま飛び上がった。
その両腕にたった1人だけ、最重要人物であるカコさんだけを抱えあげて、迷うことなく逃げの一手を打った。その手際の良さからいって、最初からそうするつもりだったんだと知る。
ウィザード、バズ・チャラ、シガニーの3人は手錠を嵌められたまま、身動きも取れない状態でその場に取り残された。
パンサーとスプリングボックの2人では出来ることに限界があり、カコさんを優先して3人を切り捨てることしか出来なかったんだ。
やはりメガバットもカコさんだけを標的にしており、取り残された3人には目もくれず、すぐさま翼を方向転換してスプリングボックに追いすがった。
そうして翼を持つ者と持たざる者との追走劇が始まった。
みるみる内に2人の姿が遠ざかっていく。
スプリングボックはジャンプと着地を繰り返し、建物から建物へと飛び移って移動している。
そのスピードはメガバットの飛翔とも遜色ない。助走なしで100メートルもの高さを跳ねる凄まじい脚力を持つ彼女もまた、空中を庭場にしているフレンズの1人なんだと実感する。
それでも、ヒト1人抱えている分だけ不利は否めない。彼女の脚をもってしても、遠からずメガバットに追いつかれてしまうんじゃないか・・・・・・? そんな感想を抱く頃には、2人の姿は闇夜に紛れて見えなくなってしまった。
◇
メガバットとスプリングボックが去ってから、サラ・バートマン・ホール前の広場は血で血を洗う戦場と化していた。
銃撃をものともしない無敵の肉体を持つパンサーの分身体が、今この瞬間にも敵兵士に突っ込んで鋭い牙や爪で引き裂いている。
あの統率の取れていた敵集団も、メガバットに見捨てられた今となっては、もはや指揮も何も無くなっている。めいめい勝手に応戦するだけの烏合の衆だ。
そして空にいる数機の戦闘ヘリなどは、戦いに参加することすら出来ないただの木偶の坊だった。地上にいる兵士すら攻撃を当てられない相手に、空から狙いを付けられるはずもない。下手に攻撃したら味方を巻き込む恐れすらある。
「・・・・・・あっ! パンサー!」
分身に気を取られている兵士の背後から、低い姿勢でパンサーが駆け寄るのが見える。
足音に気付いた兵士が振り返るがすでに遅く、片足を軸に倒れ込みながら、敵の頭部めがけてもう片方の足で蹴りを放っていた。
低い姿勢から真上へ伸びる彼女の蹴り技は、ヒトの死角を完全に突いている。
______ボンッッ
下から勢いよく蹴り付けられた兵士の顔面が胴体から千切れ飛び、夜空に天高く打ち上がる。
そしてパンサーは生首が地面に落ちてくるよりも早く走り去り、闇の中へ身を隠していた。
分身体に暴れさせて敵の注意を引きながら、自分は背後から奇襲して一撃離脱で敵を仕留める。それを繰り返すことで確実に敵を皆殺しにする。
なんて恐ろしい戦い方なんだろう。
今のパンサーは殺戮の猛獣へと豹変している。敵にとっては闇から忍び寄る絶望そのものだ。
そんなことより、このままでは取り残された3人の命が危ない。
銃撃戦の流れ弾に当たるか。パンサーの狙いに気付いた生き残りの兵士に再び人質にされてしまうかしかない。
パンサーが地上の敵を皆殺しにしたところで、上空には戦闘ヘリだって控えているんだ。味方が全滅したと知れば、今度こそ攻撃を躊躇うことはないだろう。
今なら3人の元へ向かうのは簡単だ。
敵はパンサーに応戦することで頭がいっぱいで、手錠を嵌められたまま棒立ちでいる私に気をまわす余裕はないようだ。
けれど、3人の安全を絶対に確保するのであれば、私がただ行ったところでどうしようもない。
(どうすればいい・・・・・・)
仲間を救うためには、敵が絶対に危害を加えてこないようにするしかない。そのために必要な条件は何だろう?
地上も空も、この場にいる敵を確実に黙らせる方法は。
そこまで考えて私はハッと気付いた。
さっき考えて、一度あきらめてしまっていたことを今こそ実行に移せばいいんだ。
メガバットは去った。私の動きが読まれて封じられることはない。
(あのガスマスクの指揮官はどこだ?)
敵の様子を見ても、あの男がろくに指揮も取っていないのは丸わかりだ。メガバットに指揮を任せきりの無能・・・・・・だけどこの部隊の指揮権を持っているのは確かだ。
あの男を捕まえることさえ出来れば、この戦いは終わる。
(・・・・・・いた)
数名の部下に身を守らせながら、建物の柱の陰で息を殺していた。
指揮官らしく指示を飛ばすわけでもなく、ただひたすら逃げるタイミングを伺っているように見える。
もう間もなく、あの男は逃げるために柱の陰から移動するだろう。その時こそが狙い目だ。
目を凝らし呼吸を整えて指揮官の”意”をうかがった。
距離が離れていようとも、私が辿るべき道はひとつ。
最初の加速で指揮官をさらい、再度の加速で仲間がいるヘリの前に辿り着く。
チャンスは一度きり。それにすべてを賭ける。
これは私が人生で初めてやる「狩り」だと思った。
野性のトラの狩りは、ようは狙撃と同じだ。使うのがライフルではなく自分の体そのものだという違いしかない。
カイルが教えてくれたように、自分がどう動くか鮮明にイメージし、それを繰り返し反芻した。
彼はもう死んだ。だけど彼が教えてくれた野性は私の中で今も生きている。
何人かの部下に先行させた後、ガスマスクの指揮官が動いた。
ゆっくりと周りをうかがいながら、恐る恐る柱の陰から一歩を踏み出すのが見える。
予想していた通りの光景が視界におとずれた瞬間、頭から五体すべてに向かって「今だ」という指令を電流のように走らせた。
______パァンッッ!
まるで自分が本当に弾丸と化したようだった。
手錠を引きちぎって走り出した体が一瞬で最高速に達した。
足元の地面が砕け、視界が吹き飛ぶと、あっという間に何百メートルもの距離を移動し、指揮官を目の前へ捉えていた。
その場の誰もかれもが私に気付かない。止まった時間の中を自分だけが動いているように感じる。実際には相手の反応速度を上回るスピードで動いているだけなんだろうけど。
動かないままの指揮官の首根っこを掴むと、そこで体に急ブレーキをかけた。
「ヒィッ!」
ようやく相手側の時間が流れ出す。私に捕えられた指揮官の素っ頓狂な悲鳴と、それに気づいた敵兵たちが銃口を向ける金属音とが聴こえた。
私はそれに構わずにふたたび動いた。
ヒト1人の重みを抱えた今度は、最初のような速度は出ないけれど、兵士たちに狙いを付けられるよりも先にその場を去り、取り残された3人の待つヘリコプターの前へと辿り着いた。
「みんな! 大丈夫?」
ウィザードは変わらず気絶していて返事がなかったが、シガニーとバズ・チャラは私を見上げて頷いてくれた。
それを見て安心した私は、すぐさま体を反転させながら、ガスマスクの指揮官の体を盾のように真正面に抱えあげた。
「聞けよッ! コイツがどうなってもいいのかッッ!!」
割れんばかりの大声で、周囲にこちらの様子を喧伝する。私の言葉は伝わっていないのだろうけれど、この様子さえわかれば言葉はいらないはずだ。
実際に、指揮官に付いていた何人かの兵士は銃口を向けてきているが、一発たりとも弾丸が発射されることはなかった。辺りに鳴り響いていた銃声もにわかに少なくなっている。
このまま敵が降参してくれれば・・・・・・と思った矢先、見ると向こうではパンサーがまだ敵を襲っていた。
敵が動揺して攻撃を躊躇い始めているのに、なおもお構いなしに鋭い蹴り技で敵の体を引き裂いている。いったいどれだけの返り血を浴びたのやら、その美しい斑模様が赤く染まってよくわからなくなっていた。
「パンサー、もう終わったんだよ!」
指揮官の体ごしに彼女に呼びかけるが、彼女は止まろうとしない。
状況がわかっていないわけでもないだろうに、本当に1人残らず殺すつもりなのか。確かにそう言っていたけれど。
「やめてくれ! 無駄に殺しちゃだめだ!」
「アムールトラぁ・・・・・・アンタ甘いよ!」
ようやく止まったパンサーが、怒りに身をわなわなと震わせながら答えた。
「こんなクズども、全員殺しちゃえばいいじゃん!」
「・・・・・・ど、どうしちゃったんだよ。君らしくないよ、パンサー」
「だって、だってコイツら、アタシの仲間をあんなに酷い目に・・・・・・特にソイツだよ!」
パンサーがこっちに向かってきた。
金色の瞳の中の殺気はなおも膨張している。彼女が見据えている先はただひとつ。私が目の前に抱えあげている敵の指揮官だ。
(や、やめろ)
今この男に死なれたらまずいんだ。コイツには人質としての役目が・・・・・・
「君は優しい子じゃないか!!」
自分でもわけがわからない言葉を、ひたすら懇願するように叫んだ。
すでにパンサーは技の間合いに入っている。全速力で走るのをやめて、軸足を低く深く踏み込ませているのがわかる。
もう間に合わない。
コンマ何秒も経たないうちに、あの蹴り技が指揮官の首を刎ねてしまう・・・・・・そう実感した時だった。
パンサーは止まった。上半身を地面に付くほどに屈めた姿勢のまま動かず、蹴り足を振り上げるのをギリギリの所で踏みとどまっていた。
「・・・・・・アタシが優しいだって?」
顔を真下に伏せている彼女の表情はよくわからない。それでも瞳から放たれる金色の光が弱まって、やがて消えていく様子だけははっきりと見えた。
「そんなの、ウソだよ」
そこから先は簡単だった。
指揮官は半狂乱で泣き叫び、命乞いのために部下にあっけなく降伏命令を出した。
生き残った兵士たちもそれに従ってすぐさま銃を手放した。
結果オーライだったけど、パンサーが凄まじい暴れっぷりを見せたことで、敵を恐怖のどん底に陥れることが出来た。
仲間たちの手錠は外された。
私に代わってシガニーが指揮官に拳銃を突き付けて脅しをかけている。
バズ・チャラが、弟が殺された恨みを押さえつけながら、淡々と敵兵士に手錠を嵌めていっている。なんて偉いヒトなんだろう。
上空にいた戦闘ヘリが次々と着陸し、中から怯えきった様子の兵士たちが両手を上げながら降りて来るのが見える。
彼らが抵抗してくることは最早あり得ないはずだ。野生解放の光を引っ込めたとはいえ、今もなおパンサーが般若のような形相で睨みを効かせているのだから。
いつの間にか、彼女の分身体である影の猛獣は消えてしまっていた。そうなるのも当然だ。
「野生解放の先にある力」と呼ばれている通り、すべてのフレンズは野生解放を行わなければ能力を使うことは出来ない。
「・・・・・・さっきのが本当のアタシなんだ」
パンサーが振り返りもせずに私に尋ねてくる。
自分を責めるような卑屈な口調。話しかけられているのに、内側に閉じこもって見えない壁を作られているようだった。
「アタシみたいな奴が”世界中のフレンズと友達になる”なんて、笑っちゃうよね」
パンサーの口から自身の過去が手短に語られる。
動物だった頃の彼女は、ちまたで”人食い”と恐れられた凶暴なヒョウだったという。生きる為ではなく、楽しいから殺すことの方が多かったと。
けれども、天然種として偶然にフレンズ化を果たし、流れ流れてカコさんらパークのヒトと知り合って、生まれて初めてヒトの優しさに触れた彼女は、自分の半生を死ぬほど後悔したらしい。
それからの彼女は過去の罪を償うために、ヒトのため動物のために優しく生きることを決意したんだという。
「でもダメなの。カッとなったら自分を抑えられない・・・・・・アタシ、アンタとは違うんだよ。アムールトラ」
「アンタみたいな、本当に優しい子とはさ」
「パンサー、私・・・・・・さっき初めてヒトを殺したんだ。自分の意志でね」
「それでも私は優しいかな? だったら君も優しいよ」
本当のパンサーがどんなに残酷で凶暴であろうとも、私に親切にしてくれたことは事実だ。
それにケープペンギンや、その他にも行き場のない天然フレンズをパークに引き入れて救ってきたんだろう?
だからパンサーは優しい子だと信じてる。私はそんな彼女が好きだし、友達だと思ってる。
だいたい、優しさって何なんだ? 誰かが点数を付けて決められるようなものなのか?
・・・・・・そんなことを漠然と考えて言葉にしてみたけど、どうも微妙な感じになってしまった。私みたいな口下手が、上手いことなんて中々言えるもんじゃないな。
「・・・・・・ありがとうね」
パンサーは、私がそれきり何も言えなくなってまごついているのを察したかのように、お礼を言って会話を切り上げた。
私の言いたいことをわかってくれたかどうかわからないけれど、なんとなくさっきよりも心を開いてくれた様子で、縛り上げられていく敵を淡々と見張る役目に戻っていった。
「ヨー、またしても助けられたネェ、アムールトラ」
「う、ウィザード!?」
気絶していたはずのウィザードが、いつの間にか目を覚まして、当たり前のように私の肩に手を乗せて話しかけてきた。
まさか、例によって気絶したフリをしてたのか? ・・・・・・すでに2人の仲間が死んでいるというのに、いったい何を考えているんだ。マイペースにも程がある。
正直、彼のことを張り倒したくなったけど、なんとかその気持ちをギリギリで抑えた。
「気絶してたのはマジだヨ。ユーがあのコウモリちゃんに連れてこられた頃には、目を覚ましてて”フリ”をしてたンだけどね・・・・・・カイルもギルも死んじまったのは、ミーだってわかってるヨ」
ウィザードが弁解するには、私と別れてからすぐ、ナビゲーションユニットを操ってパンサーたちに合流したんだそうだ。
そして彼女たちに現状を伝えて、作戦を立てるように勧めたと。
むやみやたらに突っ込むのではなく、確実な作戦を立てて、カコさんだけを最優先に助けるように進言したそうだ。
・・・・・・そうだったのか。ウィザードが知らせてくれたおかげで、パンサーもスプリングボックもあれだけ計算づくで立ち回れたのか。
「そこまでは良かったんだけど、奴らミーたちに向かってフラッシュバンを投げてきやがってサ。それっきり気絶しちまって、気付いたらこんなザマだヨ。ユーやパンサーが何とかしてくれなかったら、きっと今頃は全員死んでたネ」
ウィザードたちの今後の予定はもう決まっているそうだ。
敵兵士を一通り縛り上げたら、予定通り「メディカルタワー」に向かい、その地下にあるスーパーコンピューターを起動してハッキングを始めるという。
安全を確保するために、ガスマスクの指揮官も人質として連れていくらしい。
ケープタウン大学内の電気は落ちてしまっているけれど、スーパーコンピューターを動かすための予備電源が地下に残されているのはすでに確認済みとのことだ。
色々な困難に見舞われはしたものの、作戦は当初の予定通りに進められる。
・・・・・・そう、たったひとつだけ、取り返しの付かないほどに重大なトラブルをのぞけば。
「悪いんだけど、ユーにもう一仕事お願いするヨ」
ウィザードはそう言いながら、手に持ったスマートフォンを差し出してきた。
「これは」
受け取ったその画面には、周囲の地形を俯瞰したマップが映されており、その中にただひとつだけ、動かない光点が明滅していた。
「この光はカコさん!?」
「そうサ。どうやらまだ敷地内にいる。アムールトラ、ボスを助け出してくれ。スプリングボックに加勢してやってくれヨ」
カコさんはまだメガバットの手に落ちたわけではない。
スプリングボックが持ちこたえてくれているからだ。一流の戦力を持つフレンズ同士の戦いであれば、簡単に決着が付いたりはしないはず・・・・・・だけど、いくらスプリングボックでも、ヒト1人守りながらメガバットを退けることが出来るとは思えない。
「わかったよ、ウィザード」
スマートフォンを握りしめ、己に課せられた使命の重みを反芻するように顔を伏せた。
カコさんは私が絶対に助けてみせる。
この月夜に散っていった命を無駄にしないためにも。
to be continued・・・
_______________Cast________________
哺乳綱・ネコ目・ネコ科・ヒョウ属トラ亜種
「アムールトラ」
哺乳綱・コウモリ目・オオコウモリ科・オオコウモリ属
「インドオオコウモリ(俗称メガバット)」
哺乳綱・ネコ目・ネコ科・ヒョウ属
「パンサー」
哺乳綱・鯨偶蹄目・ウシ科・スプリングボック属
「スプリングボック」
_______________Human cast ________________
「久留生 果子(くりゅうかこ)」
年齢:26歳 性別:女 職業:国際的非政府組織「PARK」構成員 南アフリカ事業所代表
「ウィザード(本名不明)」
年齢:30代半ば 性別:男 職業:フリーランス・ブラックハッカー
「シガニー・スティッケル(Sigourney Stickell)」
年齢:41歳 性別:女 職業:国際的非政府組織「PARK」構成員 南アフリカ事業所副代表
「バズ・チャラ・カーター(Baz Challa Carter)」
年齢:29歳 性別:男 職業:国際的非政府組織「PARK」構成員 南アフリカ事業所職員
「ギル・チャラ・カーター(Gil Challa Carter)」
享年29歳 性別:男 職業:国際的非政府組織「PARK」構成員 南アフリカ事業所職員
「ガスマスクの指揮官(本名不明)」
年齢:不明 性別:男 職業:Cフォースグレン・ヴェスパー親衛隊「オーバーロード」第4隊隊長
_______________The Power of Next (野生解放の先にある力)
「プリミティブチャイルド」
使用者:パンサー
概要:パンサーが、かつて動物だった頃の自分自身(ヒョウ)を召喚して戦わせる能力。実体のない幻でありながら物体に干渉することが可能。また本体であるパンサーから完全に自立しており、本能のまま敵に襲いかかるが、敵味方の区別や攻撃の優先順位などは本体と共有している。パワーもスピードも本体と遜色ないものであり、本体との連携によって恐るべき戦力を発揮する。その正体はパンサーが生まれ持った凶暴性そのものが形を成した物であり、普段は理性によって抑圧されている本能が解放された時のみ能力が発動する。己の過去を忌避しているパンサーは、よっぽどのことがない限りこの能力を使いたがらない。
_______________Story inspired by________________
“けものフレンズ” “けものフレンズ2”
byけものフレンズプロジェクト
“けものフレンズR”
by呪詛兄貴