けものフレンズR あるトラのものがたり   作:ナガミヒナゲシ

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 アムールトラ&スプリングボック VS メガバット


過去編終章7 「とけいとうのあくむ」

 この作戦が始まってから、いったいどれだけの時間が経っただろう?

 もう夜が白み始めてもおかしくないような気がするのに、夜の闇はいっこうに動かない。降り注ぐ月光はいっそう妖しい存在感を放っている。

 早く朝が来て欲しい。太陽が愛おしい。

 

 同じような高さの建物が立ち並ぶ石畳の道を、私は一心不乱に駆ける。

 メガバットのような翼はなく、ジャンプ力はスプリングボックの半分もない。だから急ぐなら走るしかない。

(カコさん、どこだ!)

 不意に立ち止まって、ウィザードから受け取ったスマートフォンの画面と、目の前のビル群を交互に見比べてみる。

 カコさんの位置を示す光点はこの辺りのはずなのに、このあたりの区画は建物がひしめき合っているから、いったいどの建物に突入すればいいのかわからない。

 今は”意”の世界に入る必要はない。

 スマートフォンという確かな手がかりがあるのだから、それを活かすことを考えるべきだ。

 

______ボオオオン・・・・・・

 とつじょ、闇夜の静寂を打ち破る鐘の音が響き渡る。

 音のした方を見てみると、建物の中から抜きんでるようにして伸びる、針のように細長い建物があった。

 三角形に伸びる屋根の真下には、円形の飾りが取り付けられている。あれは時計の文字盤だ。

 あの建物は、道行くヒトに時間を知らせる時計塔ってことか。

 良く見ると文字盤の一部が崩れて中の歯車が覗いており、針の動きは完全に止まってしまっているようだ。

 

 朽ち果てた時計塔が、闇の中で今も律儀に時を告げている。針を刻めなくなったのに、その鐘の音を聴く者は誰もいないのに。

 見ていて心が寒くなる、寂しくて不気味な風景だった。

 

(あそこだったりするのかな?)

 あの時計塔のことが気になって、おそるおそるスマートフォンの画面に触れてみる。

 ・・・・・・ええと、確かこうやって指を2本当てて少し間を広げるんだったよな。

 ヒトがやっているのを見様見真似で操作しただけだったが、なんとかマップを拡大させることが出来た。拡大された分だけ周囲の地形のひとつひとつが鮮明に区別できるようになる。

 時計塔の位置は、建物の密集地帯の中では少し他の建物から間隔が空いた場所に立っている。

 そして案の定、画面の中の光点は時計塔の位置から発せられていた。

 

 急いで走り出し、時計塔の入り口の前に立って、両開きの扉の取っ手を握りしめる。

 だが扉には鍵がかけられているようで、押しても引いてもビクともしなかった。

 良く見ると扉からパラパラと埃がこぼれ落ちていることに気付く。どうやら長いこと使われていないようだ。

 

 そうだよな・・・・・・スプリングボックもメガバットも空中を移動していたんだから、地上にある扉を使うわけがない。どこかの窓を破って中に入ったってことだろう。

 けれど、私はここを押しとおるのが一番早い。

「・・・・・・ふんっ!」

 力を振り絞り、取っ手を思いっきり引っ張ると、分厚い木製の扉があり得ない程にたわみ、やがて亀裂が走って砕け散った。

 

 時計塔の中に足を踏み入れると、ハッとするような光景が待っていた。

 まず床から天井までが吹き抜け構造になっているのが目を引く。さながら巨大な空洞だ。

 その空洞の中を、上から下までを貫くように金属のシャフトが数本立っており、その間で時計を動かすためにパイプに通された歯車が複雑に絡み合っている。

 さらにその間を縫うようにして、階段が何度も向きを変えて上へ上へと向かっていっている。

 

 やっぱり時計塔なだけあって、普通の建物とはずいぶん作りが違うんだな。

 ヒトが使う色んな機械の中身もこんな風になっているだろうか。

 ここにある物は何もかも、機械の部品と呼ぶには巨大すぎて奇妙な感じがするけど。

 

 一階はほとんど暗闇だけど、上に行けば行くほど窓が増えていっているようで、月明かりを取り込んで明るくなっているのがわかる。

 この入口付近からだと上の様子は詳しくわからないけど、場所を少し変えれば天井まで見通すことだって出来そうだ。

 

「覚悟ぉぉッッ!」

 勇ましい怒声が上の方から聞こえてきた。

 塔の内部は吹き抜けになっているので、音が減衰せずに繰り返し反響しながら私の耳に入ってきている。

 声の主は考えるまでもない。私は急いで上の様子が良く見える位置に移動した。

 

 スプリングボックとメガバットの姿が視界に飛び込んでくる。

 部品が複雑に絡み合う時計塔の内部で、2人の空中戦が繰り広げられていた。

 窓から差し込む細い月明かりの中で、2人の姿が幾度も交錯している。

 スプリングボックは亜麻色の長髪を振り乱しながら、階段や壁を蹴って飛び上がり、声を張り上げながらメガバットに突っ込んでいる。

 

 二又槍の一閃がメガバットに触れようとする瞬間、彼女はひらりと身を翻しそれを難なく躱す。

 攻撃をよけられたスプリングボックは、勢いあまったまま反対側に着地し、間髪入れず跳ね返るように飛び上がって槍を突き出すことを繰り返している。

 全身がバネのような身体能力を存分に生かした矢継ぎ早の連続攻撃だった。

 けれど、いずれの攻撃もメガバットを捕えることは叶わない。

 

「貴様ッ! ちょこまかと!」

「・・・・・・むだ、ですわ」

 

 メガバットは攻撃を躱しざまにふわりと上昇してスプリングボックの真上を取ると、彼女めがけて片翼を鞭のように振り下ろして殴打した。

「ぐはっっ!!」

 空中で打ちのめされたスプリングボックが、張り巡らされた障害物に何度も打ち付けられながら、なすすべもなく落下してきた。

 

「スプリングボック!」

 彼女が地面に衝突しようとする瞬間、私はなんとか手を伸ばして抱き止める。その体は生傷やアザだらけだった。どうやら、すでに何度もこんな攻防を繰り広げているようだ。

 

「大丈夫かい!?」

「・・・・・・あ、アムールトラ? 貴様が来たということは」

 スプリングボックはまるで自分の傷のことなんかお構いなしに、押しのけるようにして私の腕から抜け出し、真上にいるメガバットに向きなおりつつ尋ねてきた。

「皆はどうなったのですか!?」

 

「うん、ウィザードたちは無事だよ。パンサーがひと暴れして敵を降参させた。だから私はこっちに加勢しに来たんだ」

「なら何よりです・・・・・・ボス1人のために皆を置き去りにしたことを後で詫びねばなりませんね」

「カコさんはどこ?」

「・・・・・・」

 

 スプリングボックは私の質問に答えないまま、苦渋交じりの表情で上を見上げ続けている。

 なにか妙だと思いながら私も彼女の視線の先を追った。

 やがてそこにあるものを見つけた時、自分たちが今これ以上ないぐらい絶望的な状況にあることを思い知るのだった。

 

「か、カコさん!?」

 

 時計塔の天井には鐘が吊り上げられている。

 そのすぐ下には時計の文字盤がある。巨大な歯車をいくつも通したシャフトが、壁にはめ込まれた文字盤の中心を真っ直ぐ貫いている。

 裏側から見るガラス製の文字盤からは、見るもまばゆい月光が取り入れられており、時計塔の内部を照らしている。

 

 その光の中にカコさんの姿があった。

 彼女は手錠をかけられていて、文字盤に繋がるシャフトに手錠の鎖を通すようにして、宙ぶらりんに吊り下げられてしまっている。全体重を支えている両手首にはうっすらと血が滲んでいた。

 どうやら意識はあるようだ。常人離れした精神力を持つカコさんが泣き叫ぶことはなく、ただ冷静に苦痛に耐えているように見える。その口にはテープが貼られていて、言葉を発することが出来ないようにされていた。

 そしてどうやら下にいる私たちの存在に気付いたようだ。

 

「ボス! 必ずお助けします!」

 

 スプリングボックが天を仰ぎながら、カコさんに向かって叫ぶ。

 事情を聞くと、カコさんを連れて逃げ出したはいいものの、やがてメガバットに追いつかれ彼女を奪い取られてしまったそうだ。

 そしてメガバットは彼女をぶら下げたままこの時計塔の中へ飛び込んで行ったと。

 スプリングボックが追いついた頃には、今のような状況になってしまっていた。

 

 なぜだ? メガバットがこんなことをする意味がわからない。どうして時計塔なんかに立てこもる必要がある? 

 スプリングボックからカコさんを奪ったのなら、そのままここから飛び去ってしまえばいいじゃないか。そうすればメガバットの目的は達成される。

 自分で「王手をかければ詰み」だと言ってたのに・・・・・・今の彼女のやっていることは、王手をかけられる局面だったのに、わざと違う一手を差して相手に攻め入る隙を与えているようなものだ。

 

「ふふふっ、やはり来ましたわね・・・・・・シベリアン」

 反響する美しい声がした先を見上げると、飛んでいたメガバットが、カコさんがいるすぐ隣のシャフトに足を付けているのが見えた。

 そして翼を折り畳み、体を逆さまにしてぶら下がり始める。

 コウモリがもっともコウモリらしく見える姿。月光を浴びる不気味なその佇まいからは、まるでこの夜のすべてを支配しているかのような威圧感すら感じられる。

 

「あなたが来ることは最初からわかっていました。だからここでお待ちしていたんですのよ」

「なぜなんだ!?」

 どうして逃げずに私を待っていたのか? 味方を見捨ててまで、カコさんを餌に私をおびき出すような卑劣な真似をしてみせたのか?

 

「もちろん、あなたをCフォースに連れ帰るため」 

 

 私の疑問すらも前もって察しているかのようなメガバットが答える。

 今回の戦いにおいて、グレン・ヴェスパーは敵対勢力パークの中でも、3人の最優先目標を指定していたという。

 1人はもちろんカコさんだ。彼女を手中に収めればヴェスパーの勝ちが確定することは考えるまでもない。

 問題は残りの2人だった。

 

「パーク南エリアの代表カコ・クリュウ。そしてCフォースを裏切ってパークに付いた実検体候補のフレンズ、シベリアン・タイガー、同様に元Cフォースアフリカ支部研究所の職員ケイ・ヒグラシ・・・・・・以上3名が、今回の作戦における”S級ターゲット”に指定されているんですのよ」

 

 最初から危惧していたことだけれど、やっぱりヒグラシ所長もグレン・ヴェスパーに目を付けられていたんだ。

 所長は今は後方待機組の一人として、大西洋を北上してナミビアへと逃げている真っ最中だ。彼の所にも刺客が差し向けられていて、私たち同様に激しい攻撃を受けているのだとしたら・・・・・・

 皆の無事を祈るばかりだ。今の私にはどうすることも出来ない。

 

「”S級”にカテゴライズされる意味がわかりまして? 捕獲のためにはあらゆる犠牲を払っても構わない、ということですわ」

「だから味方を見捨てたっていうのか? 大勢死んだよ・・・・・・私たちが殺した。それに、あの指揮官は人質にあずかってる」

「別にかまいませんことよ。私のマスターはあの男じゃない。足を引っ張るだけの無能が消えてくれた事はむしろ好都合ですわ。あなたを捕えることぐらい、私1人いれば十分ですもの」

 

 それ以上の会話はもはや意味がないと思った。

 メガバットがかつてどれだけ世話になった友達であったとしても、今は抜き差しならない状況で立ちはだかってくる敵でしかない。私がCフォースに戻ることはあり得ないし、パークの一員としてカコさんは必ず助けだしてみせる。

 

「・・・・・・君を倒す」

 槍を上に向けて構えているスプリングボックのすぐ横に立ち、戦いの始まりを宣言するように告げた。

 それを聞いたメガバットはクスっと笑いながら翼を広げ、逆さまにぶら下がるのをやめて再び滞空し始めた。彼女にしたって、私がカコさんと同格のターゲットである以上、実力でもって私を捕まえるしかないはずだ。

 

「よし! いっきに決めますよ、アムールトラ!」

 

 横にいるスプリングボックと互いの呼吸を合わせて、ほぼ同時に跳び上がったはずだった。

(くっ、高さが足りない!) 

 しかし、気が付くとスプリングボックがずっと上に行ってしまっていた。

 私の体が上へ向かおうとする勢いはすぐに弱まり、手近にある階段を踏み台に再度ジャンプするしかなかった。

 なんてこった。スプリングボックならひとっ跳びでメガバットの所まで跳んでいけるけど、私のジャンプ力では中継地点が必要になってしまうようだ。

 

 2人がかりで連続攻撃を仕掛けるはずだったのに、無駄な間が空いたことで、どちらの攻撃もやすやすと避けられてしまった。

 薄々わかっていたことだけれど、縦に長いこの地形は私にはあまりに不利だ。逆に空を飛べるメガバットには全てにおいて有利に働くように出来ている。

 彼女はそう言った事を想定してこの時計塔に立てこもったということか。

 

 弱点をカバーするためには、さっきのスプリングボックと同様に、数少ない足場を頼りにして高所に留まるより他にない・・・・・・そう考えて歯車の上に着地し、メガバットのいる所にほど近いパイプに飛び移ろうとした時だった。

 

「アムールトラ!? どきなさい!」

「う、うわ!」

 

 違う方向からスプリングボックが跳んできて、そのまま体をぶつけ合ってしまった。

 彼女も私と同じように、メガバットを攻撃するために有利な場所に陣取ろうとしたんだ。

 

 同じタイミングで同じ足場に乗ろうとしていた私たちは、意図したわけでもないのに互いの体を弾き飛ばしてしまい、2人して地面へと落下していった。

 この地形において、空を飛べない私たちが使える足場はあまりにも少ない。

 1人きりならばともかく、2人で分け合うのには到底足りなかった。だからこういうバッティングが起きても無理はない。

 

______ガィンッ! バキンッ!

「わああっ!」

 地面に落ちるまでの間に、階段や壁にぶつかったり、最後には歯車を通したパイプに叩きつけられたりした。

 ズキズキと痛む全身を持ち上げてもう一度メガバットの方を見上げる。

 私の傍で同じようによろよろと立ち上がるスプリングボックの姿も見える。

 

「あらあら、私はまだ何もしていませんわよ?」 

 メガバットは余裕綽々な態度で空中に佇んでいる。

 その近くにはカコさんが吊り下げられていて、手錠が擦れることで傷ついた手首からは赤い血のしずくが少しずつ垂れているのが見える。

 

「この卑怯者め!」

 完全に頭に血が上った様子のスプリングボックが吠え、またも槍を掲げて飛び上がろうと身構えている。彼女の頭の中は、カコさんを守りたい気持ちと、メガバットへの怒りでいっぱいになっているようだった。

 

「・・・・・・あなた、勇猛果敢は結構ですが、もう少し冷静になることをお勧めいたしますわ」

「貴様! 何が言いたい!?」

 

「このまま考えなしに暴れたら、あなたのご主人に被害が及んでしまうかも」

 メガバットが愚弄するように指を左右に振りながら、スプリングボックに言い放つ。

 彼女が言いたいのは、私たちが飛び上がっては落とされるのを繰り返すことで、時計塔の内部が少しずつ破壊されていくことだった。

 

 実際に、私たちの落下に巻き込まれる形で、壁の一部が崩れたり、いくつかのパイプがひん曲がったりしているのが見える。

 このままこんなことを続けていたら、カコさんの体を吊り下げているパイプが折れてしまってもおかしくない。

 もしカコさんが下に落ちてしまったりしたら命の保証はないだろう。ヒトとフレンズじゃ体の頑丈さが違い過ぎる。フレンズなら何てことないことでも、ヒトには致命傷になり得る。

 

「スプリングボック・・・・・・確かに今のままじゃマズい」

 私も彼女を引き留めるように声をかける。

 また同じように攻めてもメガバットには通用しない。それどころかカコさんの命は徐々に危険に晒されていく。

 何か違うことをしなければ今の状況は打開できそうにない。

 

「くそッ!」

 スプリングボックが、行き場のない口惜しさを発散させるように床に槍を突き立てて、反撃に出たくてしょうがない自身の気持ちを必死で押しとどめた。

 

(聞いてくれ)と、スプリングボックの耳元で囁く。

 そんなことしたってメガバットの地獄耳には聞かれてしまうかもしれないけれど、作戦を立てないことには始まらない。

 

(詳しいことはわからないんだけれど、メガバットにはこっちが何をするか事前にわかるみたいなんだ)

(何ですって? そんな奴を相手にどう戦えば?)

 

 未来予知・・・・・・おそらくはそれがメガバットの”先にある力”だ。

 今までの経験から、彼女が並外れた先読み能力を持っていることは知っている。それは単純に賢いとか勘が良いとかでは説明が付かない程のレベルだ。

 さっきだってそう。パンサーたちが出てくる前に、私だけで指揮官を捕えようと考えた時も、私の思考を先読みしてきた。

 私が実際にそうする未来を見たということなんだと思う。

 それだけじゃない。かつてブラジルにいた時分から、メガバットが未来を読むことが出来るという話は、部隊のフレンズ達の間でまことしやかに噂されていた。クズリはそれを「なんか知らんがツいてる」という言葉で表現していたっけ。

 

 ともかく、何かの選択を迫られた時、彼女はすべて的中させてきた。 

 あのハーベストマンとの戦いで、私が土壇場で無茶振りをした時もそうだった。

 部隊の誰もが反対する中で、メガバットだけが私に協力してくれた。私は結果オーライで勁脈打ちを成功させて戦いに勝つことが出来た・・・・・・今にして思えば、あの時メガバットは私が勝つ未来があらかじめ見えてたんじゃないだろうか?

 

 でも生き物である限り限界はあるはずだ。神様でもない限り、未来のすべてを見通すことなんて出来っこない。

 なぜならば、未来なんてものがすべて見えてしまったら、その情報量に思考が追いつかなくて、押しつぶされてしまうはずだからだ。

 

 その証拠がさっきの攻防だ。

 メガバットはパンサーたちの反撃を許した。パンサーがひと暴れして敵の注意を逸らし、スプリングボックがカコさんを奪取する作戦を見抜けなかった。

 それ以前に、未来が見えていなかったからこそ、指揮官に撤退を勧めたんだと思うし・・・・・・。

 

 わからない。メガバットはどうやって未来を読んでいるんだ?

 読める未来と読めない未来・・・・・・その違いを分けるものは何なんだ?

 

「もし、ずいぶんと長考されてるんですのね?」

 上の空間を飛んでいるメガバットが、待ちかねたような声色で茶化してくる。

 

「シベリアン、あなたが考えていることはわかりましてよ。私の”先にある力”の謎を解こうとしているんでしょう?」

「・・・・・・なっ!」

 

 メガバットがまたもドンピシャで言い当ててくる。

 だがこれは「未来予知」じゃないだろう。ただ単に、こちらの様子から察しただけに過ぎない。この局面ならそのことを考えるのは当然だ。

 

「知りたいなら、教えてさしあげてもよろしくてよ」

 メガバットの口から発せられた衝撃の言葉に思わず驚く。

 自分の能力を自分でバラすだと? 最早こっちのことを完全に弄んでいるみたいじゃないか。

 

「貴様ッ! バカにするのもいい加減に!」

「ちょっと待って。わかったよ・・・・・・話したければ話せばいい」

 メガバットの態度にはいよいよ私だって苛立ちを覚えるほどだ。それでも怒り心頭のスプリングボックの肩に手を置いて諌めながら話の先を促した。

 

「すでにご存知の通り、私は目が見えない代わりに聴覚が異常発達していますわ。音・・・・・・つまりは振動。私の耳はあらゆる振動を聴き取って、その距離や形、動き方を察知することができますの。目よりもよほど優れたセンサーですわ」

 

 それはもちろん知ってる。メガバットはその聴覚を駆使してブラジルのフレンズ部隊を指揮してきた。彼女の的確な指揮には何度も命を助けられた。

 そして今回だって”恐ろしく有能なスカウト”として私たちを苦しめた。

 

「・・・・・・と、これは単に感覚の話をしているだけ。私の”先にある力”はその聴覚に付随するものですのよ。シベリアン、ひとつ質問いたしますわ。物体が発する音の中で、生物にあって非生物にない音とは何だと思いますか? 今もあなた方2人の中から、ドクドクとせわしなく脈打っていますわね」

 

 質問に答える前から答えを言ってくれているような問答だった。

 そこまで聞いたら私にだってわかる。

 生物にあって非生物にない音・・・・・・それは心臓の鼓動だ。今思えば、メガバットは私の心臓の音を良く聴いていた。その音を聴いて色々な感想を話してくれた。

 ブラジルで初めて会った時も、そして今日のぞまぬ再会をした時だって、第一声がそれだった。

 

「私にとって、心臓の鼓動は相手を知るための重要な情報源ですわ。心身の状態だけでなく、おおまかな思考だって推し測ることが出来る・・・・・・目が見えない私は、相手を知る手がかりとして、鼓動を必死に聴き取って生きてきた。そんな私にある日、相手の”未来の鼓動”を聴き取る能力が発現いたしましたの」

「み、未来の鼓動・・・・・・?」

「それさえ聴き取ることが出来れば、私にとっては相手の未来を知ることなど容易い」

 

 そうか。メガバットが知ることのできる「未来」とはそういうことだったのか。

 まさしく彼女の聴覚と密接に結びついた能力だ。

 その能力に彼女の優れた頭脳が合わさることで、鼓動というただひとつの情報から相手の行動を読み切ってしまえるということか。

 

 だけど疑問がまだ残っている。

 未来の鼓動を聴くといっても、まずは現在の鼓動が聴きとれていることが前提のはずだ。

 

 彼女はさっきの戦いで、私の行動は読んできた。しかしパンサーたちの行動は読めなかった。

 それは単純に、パンサーたちとは距離が離れていて、鼓動が聴き取れなかったからだろう。事態が変わるまでは私のことを警戒して傍に置こうとしてたのもそのためだ。

 いかにメガバットの聴力とて、ある程度相手に近寄らなければ鼓動を聴きとることは出来ないんじゃないかと思う。

 

 ・・・・・・じゃあ、今はどうだ?

 この巨大な空洞みたいな時計塔の内部では、声はよく反響するけど、私たちの心臓の鼓動も聴き取られてしまっているのだろうか?

 地面にいる私たちと、天井にほど近い空間に滞空しているメガバットとでは、ざっと7、80メートルもの距離が空いている。

 今は能力の間合いの外なのか内なのか、どっちなんだろうか。

 

(アムールトラ、考えてもラチがあきません。動きましょう)

(どうするつもりなの?)

 

 スプリングボックは今まで、溢れんばかりの激情を抑えるのに精一杯だったはずなのに、いつのまにか冷静な声色になって、思考の海に溺れそうになっていた私を引きもどした。

 その後、彼女はいっさい言葉を発さずに、目線や手振りだけで自分の考えを説明しようとしてきた。メガバットに作戦を読まれないための破れかぶれの工夫だ。

 

 まずはカコさんを見上げ、その後に自分自身を指さすと、指を上から下へと振ってみせ、最後に出口の方向を指し示してみせた。

 つまりスプリングボックはメガバットを攻撃するのではなく、カコさんの救出を始めようということか。

 

(でも、どうやって?)

 スプリングボックはその質問にも身振りで答えた。

 私を指さし、その後にメガバットを見上げると、自分の耳元に手を当てて、叩くような仕草をしてみせた。

 そこから読み取れるメッセージはこういうことだろう。

「メガバットの耳を潰せ」と。

 

(どうやるかは貴様に任せますよ)

(わ、わかった)

 

 今この瞬間だってメガバットに鼓動が聴かれているのかもしれない。私たちがしようとしていることが全部読まれて、無駄な足掻きに終わる可能性がある。

 だけど、行動を起こしてみないことにはカコさんの命は救えない。

 

 メガバットの聴覚を封じるためには、何か大きな音を聴かせて、他の音を聴こえなくさせてしまうのが一番だ・・・・・・おあつらえの物があるな。

 私が見上げる先にあったのは、この時計塔の内部でも最も上部にある物。時を告げるための釣鐘だった。

 メガバットが滞空している場所からも近い。周囲にまで響き渡る鐘の音を間近で聴かされたとしたら、彼女の耳はかなりのショックを受けるはず。

 スプリングボックがカコさんを救い出す一瞬の隙を生むぐらいのことは出来るんじゃないか?

 

 地面にいる私が、7、80メートルは上方にある釣鐘を打ち鳴らすにはどうしたらいい? 

 石でも投げるか? 当てることはわけないと思うけど。

(・・・・・・いや、それじゃだめだ)

 石なんか投げてもメガバットに気付かれるだけだ。投げた石が発する風切り音を彼女は明瞭に聴き取るだろう。石がどこに当たるかだって察してしまうはずだ。

 

(だったらやっぱり、これしかないよな)

 思い至った私はおもむろに歩き出し、時計塔を上から下まで貫く数本のシャフトのうちのひとつに手を触れた。

 

(・・・・・・あの釣鐘を打つ!)

 私に残された選択肢はたったひとつ。勁脈打ちしかない。

 たとえ目標の物体と離れていても、手のひらごしに私の”意”を伝えることさえ出来れば勁脈打ちを放つことは可能だ。

 この巨大な時計塔の中にひしめき合う部品のひとつひとつが、時計という機械を構成する部品なんだ。すべては繋がっており、たがいに影響を及ぼしあっている。

 ならば私もそこに繋がればいいだけだ。

 

 手のひらに意識のすべてを送り込み、自分の体の輪郭さえわからない冷たい世界に降りていく。今の私にとっては慣れたものだ。

 次第に歯車のひとつひとつ、軸の一本一本が、意識の揺らぎの中に克明に感じられるようになっていく。見るよりも鮮やかで、聴くよりも確かなものだ。

 

 私の脳裏に、この作戦が始まった時から付いて回っている疑問がまたも頭をよぎる。「揺らぎ」と呼ばれる物の正体は何だ? 

 すべての感覚が失われたはずの世界で私が感じ取っている物とは? 

 聴覚だけで未来すら見通してしまうメガバットの能力を知ったことで、私の中の疑問がなおさら深まっていく。

 

 ・・・・・・けれど、そんな思考もやがて消える。この世界に降りてしまった以上、物を考えていられる時間はほんの一瞬だ。

 

 私の”意”が物質の揺らぎの中に溶け込み、波紋を起こす。目標に定めた釣鐘に向かって一直線に波が伝っていく。

 いつもなら全力で波を当てるけど、今はギリギリまで手加減して、ゆっくりとした勢いの波を起こすにとどめた。それは思考が消え去る以前から決めていたことだ。

 全力でやれば釣鐘をこなごなに破壊してしまう。今はただ打ち鳴らすだけのいいのだから。

 

______ゴオオオンッッ!!

「・・・・・・くっ!」

 自らの手で引き起こした爆音に意識が引き戻される。

 時計塔の鐘の音は、外から聴けば情緒のある美しい音だったが、内部で聴くとなるとこうも違うのか。もはや音じゃなくてただの振動だった。内臓にまでビリビリと響いてくる。

 メガバットの耳には、こんなの堪らないと思うんだが。

 

「上出来です!」

 釣鐘の音を合図にスプリングボックが動いた。

 文字盤の傍で吊り下げられてしまっているカコさんを救うために、自慢のジャンプ力を持ちうる限りに発揮して飛び上がる。

 

 音でメガバットの耳を塞いでいられるのはごく短い時間だけだろう。けれどスプリングボックのスピードならば、その隙を逃すこともないはずだ。

 そうしてカコさんを救出したら一目散にここから逃げる。メガバットが追いかけてくるならば外で迎え撃つ。

 とにもかくにも、この場所から一刻も早く立ち去るべきなんだ。飛べない私たちが圧倒的に不利なこの地形で、メガバットを相手に戦い続けるのはまずい。

 

 だけど、想像だにしない出来事が起こった。

(・・・・・・ス、スプリングボック? 何を!?)

 スプリングボックは一直線にカコさんの元へと向かっていくはずだったのに、まるで見当違いな方向に向かっている。

 ・・・・・・彼女のジャンプの到達点の先にはメガバットがいた。

 何でまた攻撃を仕掛けに行くんだ?

 自分で言ってたことと違うじゃないか。それとも私がスプリングボックの身振り手振りのメッセージを誤って解釈してしまったのだろうか?

 

「ボス、ボスーーッ!」

 ボスだって? そいつはメガバットじゃないか。

 遠目でもよくわかる。スプリングボックの様子は敵に相対するそれじゃない。敵意も警戒もなしに、無防備なまま距離を詰めていっている。

______フォンッッ

 そしてメガバットのすぐ傍で、手にした槍を一閃させる。何も切ってはいない。ただ空振りしただけだ。

「よし! もう大丈夫です・・・・・・さあ逃げましょう!」

 スプリングボックは安心した表情でメガバットを抱き締めると、そのまま下に降りようとした。

 

(・・・・・・間違いない)

 どういうわけか知らないが、今のスプリングボックの目には、メガバットがカコさんに見えてしまっているようだ。一瞬前の空振りの意味は、彼女の中ではカコさんを吊り下げている手錠を切ったつもりなんだろうか。

 

「スプリングボック! そいつはカコさんじゃない!」

「おそい、ですわ」

______ザシュッッ!

 スプリングボックの胸に抱かれるメガバットが、巨大な翼をまとめる付け根である「親指」を、自身の体の中で最も固く鋭いであろう部位を、スプリングボックの腹部めがけて打ち込んだ。

 

「・・・・・・どう、して?」

 痛みにつられてメガバットを放したスプリングボックが、力なく真っ逆さまに落ちてくる。

 腹部から血を吹き出しながら、自分に何が起きたかもわからないまま。

 

「おバカさんね・・・・・・私がなぜ自分の能力をばらしたか、その意図を考えなかったんですの?」

 メガバットが再び翼を広げて、空中に佇みはじめた。

 落ちていくスプリングボックと、それを見ていることしか出来ない私を、光を映さない白い瞳で蔑むように見下ろしている。

「あなた方の行動を誘導するためですのよ」

 

______ガシィッッ!

 地面に落ちてきたスプリングボックをなんとか受け止めた。

 ひどい重傷だ。腹部の傷は深く、どうやら背中を貫通してしまっているようだ。出血がひどい。今もボタボタと地面に垂れている。そして息も絶え絶えになっている。

 

「メガバット! いま何をしたんだ!」

 

 焦りと混乱を吐き出すように声を上げた私に、月光に照らされたまま空中で石のように動かないメガバットが答えた。

 

「・・・・・・私には、能力が二つある」

 

 to be continued・・・




_______________Cast________________
    
哺乳綱・ネコ目・ネコ科・ヒョウ属トラ亜種
「アムールトラ」
哺乳綱・コウモリ目・オオコウモリ科・オオコウモリ属
「インドオオコウモリ(俗称メガバット)」
哺乳綱・鯨偶蹄目・ウシ科・スプリングボック属
「スプリングボック」

_______________Human cast ________________

「久留生 果子(くりゅうかこ)」
年齢:26歳 性別:女 職業:国際的非政府組織「PARK」構成員 南アフリカ事業所代表

_______________Story inspired by________________

“けものフレンズ”  “けものフレンズ2”
      byけものフレンズプロジェクト

     “けものフレンズR”
      by呪詛兄貴
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