「ウィザード、進捗状況は?」
「ああ、思った通り生体認証を突破したヨ。”ブラックボックス”はすでに丸裸サ! 後はここのデータを”シグマスリー型プロトコル”に読み込ませてクラウドに放り込めばゲームセットだゼ。カウントを表示するから見といてくれヨ!」
「了解。感謝します・・・・・・後は」
______後は・・・・・・
カコさんとウィザードが熱心に話している気配がなんとなく感じられるけど、今の私にはそれを気にする余裕はまったくなかった。
形のない揺らぎと化した私は、有と無の境界が形作る冷たい世界で、ただひとつの目標を・・・・・・メガバットの脳内に埋め込まれているといわれるマイクロチップを、目を凝らしてひたすら探し続けていた。
メガバットの脳内は複雑怪奇な様相だった。ガジュマルの樹の枝のように、いくつもの管が分かれては繋がり合うことを繰り返している。
生き物の脳の中なんて覗くのは勿論これが初めてだ。
ただ目で見ているのではなく、揺らぎと化した意識の中で観測しているわけなのだけれども。
これからここでやることは決まっている。
チップを見つけ出し、意識の引き算を行ってそれ以外の物を消し去る。
やがて無二の存在となったチップと揺らぎを完全にシンクロさせてから、急速に調和を崩して波を起こす。つながりさえあれば、有機物も無機物も関係なく、波を伝わらせて破壊することが出来る。
勁脈打ち。私の”一つ目”の能力だ。
ひとつの揺らぎとして物質の境界に留まるしかない私には、これだけが唯一の攻撃手段になる。
・・・・・・それにしても、あの”二つ目”は、後から思い返しても異常の極致みたいな体験だった。
あの時計塔の中で、私は間違いなく物質の境界を踏み越えていた。
あの時の私は揺らぎですらない、ただの意識体みたいな存在と化していた。あれをもう一度やろうと思っても、その方法すらわからない。
二つ目の能力の正体が判明して、自由に使いこなすことが出来るようになるには、まだまだ時間がかかるんだろう。
(どこだ、どこにあるんだ)
当たり前だけれども、メガバットの脳細胞は生きている。心臓から送られてくる血液によって絶えず脈動している。
有機物と無機物を分ける物はただひとつ。脈動があるかないか・・・・・・この絡まり合う樹の枝のような視界の中で、まったく脈動しない揺らぎを見つけることができれば、それがマイクロチップである可能性が高い。
(なるほど、セルリアンの核を砕くのとは全然違うな)
核はセルリアンの体組織の中で一番強く脈動していて、存在感がある物体だった。一番目立つ物を見つければ、後はそれに意識を集中させればいいだけだった。
しかし今回はまったく逆だ。
脈動する無数の組織の中から、もっとも目立たない、動きの乏しい物を見つけ出す・・・・・・それが今私に求められている課題だ。
もつれ合う無数の管を、それらが放つ揺らぎの微細な違いを、感じ取れる限りをひとつひとつ吟味していく。しかし、動きの多寡はあれど、どれも大差ない物のように見えた。
やっぱり私には、マイクロチップという極小の目標を見つけ出すことなど出来ないのだろうか。
今こうしている間にも、現実世界にいるカコさんからの合図が来るかもしれないのに。
五感がほぼすべて使えなくなるこの世界でも、聴力だけは少し残ることがわかってる。あの時計塔の鐘の音ほどに大きな音だったら、こっちの世界にも届く。
だけど彼女の声が聞こえてきても「まだ見つかってません」なんて返事をこちらからすることは出来ないんだ。
途方にくれながら”揺らぎ”を右往左往させていると、やがて少しだけ周りと違うような箇所を見つけた。
樹の枝の連なりのような空間の中で、他のと比べてやや小ぶりで、直線的な質感の管が一本だけ、ごく自然に周囲と混ざり合いながら生え出ていた。
(あれなのかな)
脈動の有無によってマイクロチップの居所を見極めようとしていた私の目算は、まったくもって見当違いだったことを悟る。
すべての管が絡み合うこの空間では、例えそれ自身が動いていなくても、周りが動けばそれに合わせて動くだろうから、結局大した手がかりにもならない。
(あれじゃなかったら、どうしよう)
やっと見つけた微かな違和感。周囲と際立って違うというほどでもなく・・・・・・さりとて他にあてはなく。
(ここまで来たらやってやる! 私は絶対にメガバットを助けるんだ!)
何の確証も持てないまま、細い糸を手繰るようにして集中を高める。
いつものように意識の引き算が始まり、他の一切が消え去って、例の直線的な枝と私以外は存在しない暗闇の世界が目の前に広がっていく。
出来る。やろうと思えば、もういつでも波が起こせる。
勝負は一瞬。チャンスは一度きり、後はカコさんによって号令が下されるのを待つだけだった。
まるで自分の体が、限界まで引き絞られた弓になったみたいに、全身に緊張が走る。
______シベリアン・・・・・・最後に少し話をさせて。
(な、何!?)
それは耳で聴く声じゃなかった。己の内側から、まさに頭の中から、鈴のように美しく静かな声が私に呼びかけて来る。
私のことをシベリアンと呼ぶ者は、この場には1人しかいない。
まさかまた私は、二つ目の能力を意図せずに発動させてしまったのだろうか? 私は彼女の心の中を覗いて・・・・・・?
いや、違う。ここは相変わらず暗闇の中だ。
体は緊張し切ったまま、一撃を放つ寸前の状態で止まっている。
メガバットが、彼女の方から私に呼びかけてきているんだ。
(私があなた達に手を貸すのは、自ら死を選ぶためじゃない。ましてグレン・ヴェスパーに復讐がしたいからでもない)
形のない光になって暗闇の中に差し込んできた彼女が、淡々と語り始める。
脳内に埋め込まれたマイクロチップの存在をカコさん達に漏らし、ハッキングが成功するように促す。Cフォースに対する明確な裏切り行為。
自壊装置という、裏切りが死へと直結する仕掛けを体に取りつけられながらも、そんな無謀な行動に踏み切った意図を。
(シベリアン・・・・・・私は今ごろになって、あなたのことが羨ましくなってしまったんですのよ)
光の中に佇むメガバットの声が笑っていた。自嘲的に微笑む彼女の顔が目に浮かぶようだった。
(知っての通り私は、なまじ未来が読めてしまうばかりに、ずっと自分の心を無視して生きてきました・・・・・・ピアノの譜面をなぞるように、あらかじめ定められた選択をすることしか出来なくなってしまっていました)
(それに比べてあなたの生き方は、まるで不調和で非合理なノイズの連続ですわ・・・・・・かつても今も、生真面目に迷いながら戦い続けている。それが辛く険しい道であると知りながら・・・・・・でもそれは、あなたが何よりも自分の心を大切にしている証なのね)
目が見えない代わりに鋭い聴覚を持つメガバットらしい、物事を音に例えた言い回しだった。
彼女がこんな風に自分の内面を語ってくれるのは今までにないことだった。そのことが私を不安にさせる。
まるで別れの挨拶みたいだった。別れる間際にすべてを打ち明けて、そうして綺麗さっぱり心残りを拭い去ろうとしているように思えた。
(最後に一度ぐらいは、私もあなたみたいに、自分の心を信じて行動してみたい・・・・・・生きることとは、心と共に歩むこと、不調和で非合理なノイズを奏で続けることなのだと・・・・・・それこそが美しき命の音色なのですわね)
澄み切ったその声色には一切の恐怖もなく、自分に起きようとしていることのすべてを静かに受け入れる覚悟だけが感じられた。もはや私が何を言っても彼女の意志を止めることは出来ないように思えた。
(さようなら、シベリアン)
どこからともなく差し込んできた光が、出てきた時と同じように何の前触れもなく消滅していく様子が見える。
(これから先、どんなに苦しいことがあっても、あなたはあなたらしく、不器用に、美しく生きてくださいね)
「待ってくれよっ!!」
必死に呼び止めるも、やがて光は完全に消滅し、また耐え難い静寂だけが暗闇の中に溢れた。
私は彼女の言葉を噛みしめながら、勁脈打ちを放つ瞬間を待ち続けた。
(悲しいこと言うなよ・・・・・・これが最後じゃない。これから先もずっと、君は君のやりたいことをやっていいんだ)
(だって、だって君は・・・・・・今まで辛いことばかりだったじゃないか)
メガバットを救いたいという気持ちが、失敗への不安を上回った瞬間、目の前の獲物への私の集中力はより完全な物となった。
______今よ! アムールトラ!
カコさんのノイズ混じりの叫び声が、遠い所からやっと聞こえてくる。
それを待ちかねていたかのように、暗闇の中で自身を解放し、狙い澄ました極小の目標へと一心に進んでいった。
先ほどから狙いを付けていた「他より少し小さくて直線的な枝」に体当たりをかまし、一緒くたになって弾け飛ぶと、そこから先は何もわからなくなって、私の意識は急速に現実世界へと引き戻された。
「聞こえますか。アムールトラ」
私を心配そうに見下ろすカコさんの声で目を覚ます。
彼女は変わらず私の傍に立っていて、向こうではウィザードが鬼気迫る様相でキーボードを打ち鳴らしている。
周囲の状況は、私が揺らぎの世界に潜る直前と変わらないようだった。
「カコさん、あれからどれくらい経ったんですか?」
「ほんの少しの間よ」
「そうだ! メガバットは!?」
私はハッとして、今も触れ続けているメガバットの額から手を離した。
彼女はあいかわらずコンピュータールームの壁際で、私に上半身を抱きかかえられながら横たわっていた。
青白い美しい顔の瞳は固く閉じられ、穏やかな表情はピクリとも動かない。
やがて彼女の首から下へと視線を移すと、目の前が真っ暗になるような様相が視界に飛び込んできた。
「・・・・・・あ、あ、そんな・・・・・・」
メガバットの体は、自壊装置とやらによって既に酷い有様に変えられてしまっていた。
あろうことか彼女は両手両足を失っていた。肘の先と膝から下が、もぎ取られるように欠損してしまっていた。
その傷口からは、セルリアンを倒した時に見るそれに酷似した虹色の光が吹きこぼれ、上の空間へと立ち昇っている。
抱きしめた胴体は力なく私にもたれ掛かるのみで、呼吸もまったくしていないようだった。
失敗したというのか。私は彼女のことを助けることが出来なかったのか。
カコさんが言うには、私が揺らぎの世界に潜ったすぐ後には、もうメガバットの肉体の崩壊が始まっていたと言うのだ。
その様子からいって、自壊装置とはおそらくメガバットの体内にあるサンドスターの構成自体を破壊する作用がある物だったのだろうという。
ヒトと違って毒物などの類が効かないフレンズを始末するための仕掛けなのだと。
「メガバット! 起きて、起きてくれよ!」
動かない体を揺さぶりながら必死に呼びかけるが返事はなく、安らかに眠る顔がガクガクと揺れるだけだった。
「ま、まさか本当に、死・・・・・・」
結局助けられなかった。何もしてあげられず死なせてしまった。
生きてさえいれば、もう一度友達としてやり直せたかもしれないのに・・・・・・
私は壁際に腰を下ろしたまま背中を丸めて、物言わぬ彼女を抱きしめながら嗚咽を堪えた。
「落ち着いて、彼女はまだ生きています」
カコさんが感情を出さないいつもの冷静な声でそう告げる。
私は我に返り、カコさんの神妙な顔を縋るように見上げると、彼女は私を安心させるように静かに頷いてから言葉を続けた。
「フレンズが死を迎える時、普通であれば肉体は元の動物の姿へと戻ります。しかしその子の肉体はまだ形を保っている・・・・・・アムールトラ、あなたが頑張ってくれたおかげよ」
自壊装置はメガバットの四肢をもぎ取ったが、それ以上の肉体の崩壊は止まっている。
私がマイクロチップを破壊したことで、自壊装置へと送られる信号が停止しからだ、とカコさんは述べる。
「・・・・・・じゃあ、メガバットは助かるんですか?」
「まだ可能性はあるわ。この子を連れていきます」
カコさんは「助かる」とは断言してくれなかった。そのことが再び私の心に重たく圧し掛かかってくる。しかし一縷の望みに賭けようと自分自身に言い聞かせて、なんとか己の体に鞭を打って立ち上がった。
「ボス、準備できたヨ」
向こうでパソコンの前で作業を続けていたウィザードが、振り返ってカコさんに呼びかける。
パソコンの電源はすでに落ちていて、コンピュータールームには照明だけが灯っていた。
荒い息を吐く彼の表情からは、疲れ切った苦笑と一緒に「すべてを出し切った」と言わんばかりのさっぱりとした達成感のような物が感じられた。
聞くまでもなく彼はハッキングを成功させたのだと思った。
「後でCフォースの奴らにここを調べられても大丈夫なように、データが全部ブッ飛ぶウイルス仕掛けといたワ」
少ししてから、シガニーが下のフロアから急いで駆け上ってきた。
カコさん達3人が互いの顔を見合わせて頷き合うと、手早く荷物をまとめてコンピュータールームから立ち去る準備を始めるのだった。
「アムールトラ、力持ちのあなたに、スプリングボックのこともお願いしていいかしら?」
「・・・・・・はい」
「頼むわね。さあ、行きましょう」
カコさんは、様々な表情が入り混じった静かな瞳で私を一瞬見つめると、すぐに視線を外して踵を返して歩き出した。
私は言われた通りに床に横たわっていたスプリングボックを背負う。彼女もまだ目を覚ます気配がないけど、背中越しに息遣いがしっかり伝わってくる。
エレベーターのドアが開くと、カコさん達3人が続々と中に入っていった。
私はメガバットを抱き、背中にスプリングボックを乗せながらその後に続いた。
ケープタウン大学での作戦は終わった。
多くの犠牲を払いながらも、ついに悪夢のような夜が明けたのだった。だけど、私はそれを喜ぶ気にはちっともなれなかった。
感情の濁流に思考が追いつかない。涙さえ出てこないのは、私の中にあるのが悲しみばかりじゃないからだろう。
悔しさと怒りが、同じくらい胸の中からとめどなく溢れ出てきている。
ムチャクチャに利用され尽くして、不幸という言葉さえ生ぬるい絶望の中を生きて、一切報われることなく死に向かっているメガバット。
彼女に対して何もしてあげられないことが悔しくてしょうがない。
そして、メガバットに不幸をもたらした元凶・・・・・・彼女だけじゃない。フレンズもヒトも、己の欲望のために自分以外のすべてを巻き込んで、今こうして南アフリカの地で核実験を目論んでいる悪魔のような男。
(グレン・ヴェスパー・・・・・・!)
その名前を思い浮かべると、どす黒い怒りと憎しみの感情が胸の内に沸き起こるのがわかる。
私の中に、こんな気持ちがあったんだ。
to be continued・・・
_______________Cast________________
哺乳綱・ネコ目・ネコ科・ヒョウ属トラ亜種
「アムールトラ」
哺乳綱・コウモリ目・オオコウモリ科・オオコウモリ属
「インドオオコウモリ(俗称メガバット)」
哺乳綱・鯨偶蹄目・ウシ科・スプリングボック属
「スプリングボック」
_______________Human cast ________________
「久留生 果子(くりゅうかこ)」
年齢:26歳 性別:女 職業:国際的非政府組織「PARK」構成員 南アフリカ事業所代表
「ウィザード(本名不明)」
年齢:30代半ば 性別:男 職業:フリーランス・ブラックハッカー
「シガニー・スティッケル(Sigourney Stickell)」
年齢:41歳 性別:女 職業:国際的非政府組織「PARK」構成員 南アフリカ事業所副代
_______________Story inspired by________________
“けものフレンズ” “けものフレンズ2”
byけものフレンズプロジェクト
“けものフレンズR”
by呪詛兄貴