けものフレンズR あるトラのものがたり   作:ナガミヒナゲシ

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過去編終章12 「ひとりのうみ」

 潜水艦が水しぶきを上げながら海面へと完全に浮上を果たし、そのクジラの王様のように巨大な姿を表した。

 

 水の抵抗を受け流すためなのか、トサカのように突き出た船橋以外は一切の突起物が存在せず、余すところなく丸くなだらかな楕円形の船だった。

 見た限りヘリコプターが着陸出来るような場所なんか全くなさそうだが、これからどうやって下に降りればいいのだろう・・・・・・そう思っていると、眼下にある船体の、中ほどにある装甲がパカっと割れて、さらにその中にあった丸いハッチが外開きに開いた。

 

 ハッチの中から、レインコートを被った乗組員たちが十数名近く姿を現した。

 互いの胴体を命綱によって繋げた彼らは一列になって、なだらかな船体を滑り落ちることなく一歩ずつ着実に進んでくる。 

 そしてある程度まで列が伸びると、その先頭にいる者が私たちのいるヘリに向かって両手を振って合図をしているのが見えた。

 

「準備ができたようね・・・・・・さあ、下で彼らに受け止めてもらいましょう」

 カコさんはその巧みな操縦技術で、機体の飛行速度を艦の航行と少しずつ合わせ、やがて完全に静止したようにホバリングすると、開閉スイッチを押してヘリの扉を開いた。

 

 機体の中に水しぶきと潮風を勢いよく吹き込む扉の前に、まず最初にバズ・チャラが立った。脇に束ねられた縄梯子を抱えたまま、恐る恐る下の様子をうかがうと、縄梯子を下へと放り投げた。

 ばらばらと空中で解けながら垂れ下がっていった縄梯子が下の潜水艦まで届くと、先頭で手を振っていた乗組員がその端っこを掴んだ。

 

 それから私たちはラックに固定された縄梯子を伝って順々に下に降りることになった。

 パンサーがスプリングボックを背負いながら降りていくのを見送ると、次はメガバットを抱えた私が降りる番になった。

 操縦士であるカコさんは当然一番最後だ。

 

「カコさんはどうやって降りるんですか?」

「駆動系をロック状態にしてから最後に降ります。数分はそのまま飛ぶはずよ・・・・・・さあ、アムールトラ、その子を早く下へ」

「は、はい」

 

 下に降りた私たちは、一列になって待っていた兵士たちに胴体を掴まれて、バケツリレーの要領でハッチまで引っ張られていくことになった。

 途中、ウィザードが足を滑らせて海に落ちそうになったが、乗組員の一人が彼の襟首を掴んでさっと引き上げた。まったくなんの危なげもない様子だ。

 どうしてこんな足元でも彼らが安定して立っていられるのか不思議に思ったが、彼らの足元を見やると、みんな一様に妙にゴテゴテした複雑な造形の靴を履いているのが目についた。

 あの靴には、磁石か吸盤のたぐいが仕込まれているのかもな。

 

 カコさんを受け止めたのを最後に乗組員たちはハッチへと撤収を始めた。

 今や無人のまま飛び続けるヘリはどうするんだろうと思っていた矢先、ハッチの一番近くにいた男が、背負っていた深緑色の筒を肩越しに構え、ヘリ目掛けて引き金を引いた。

 

 筒から発射された飛翔体がヘリに衝突すると、猛烈な轟音とともに機体から爆炎が上がった。

(あれは・・・・・・対戦車ミサイル)

 どうやらヘリを撃ち落としてしまうつもりらしい。やっぱりと思ったけど、潜水艦にはヘリを搭載する機能なんてないようで、ここで破壊するしかないようだった。

 

 しかしミサイル一発では完全に撃墜というわけにはいかず、ヘリは機体から黒煙をたなびかせ、ゆっくりと横回転しながら滞空し続けていた。今にも潜水艦の上に落ちてきそうだ。

 彼らはそれも想定していたようで、空になった発射筒を仲間に手渡すと、すかさず新たな発射筒を構えて二発目を打ち込んだ。

 さしもの戦闘ヘリも今度は耐えられず、空中で真っ二つに割れながらあさっての方向に墜落していった。

 勢いよく着水するヘリを後目に、カコさんが「丁重なお出迎え感謝します」と礼を述べると、乗組員たちは敬礼を返した。

 

 ハッチの中の金属の梯子を下り、潜水艦の内部へと入っていく。

 降り立った場所は、ヒトがギリギリすれ違って歩くことが出来そうなほどの幅の通路だった。どこもかしこも配管や機器が設置されていて、その間にやっと道が通っている感じだ。

 いるだけで体が押しつぶされていくんじゃないかって錯覚するぐらいの猛烈な狭苦しさだ。

 においも変だ。潮と鉄、そして油が混ざった独特のにおいが狭い空間に充満している。

 

 思っていた以上の居心地の悪さに辟易しながら周囲を見回していると、すぐ近くの壁には二つの担架が畳んだまま立てかけてあるのを見つけた。きっと乗組員たちが私たちを迎える前に持参した物なんだろう。

 彼らの中の数名は、メガバットとスプリングボックを担架に乗せると、狭い道を苦も無く進み、さっさとどこかへ立ち去ってしまった。

 私はそれを見送ることさえ出来ず、また別の兵士の案内を受けて違う道を進むことになった。行く先は言うまでもなく、この潜水艦の艦長である”リベリアの将軍”の所だろう。

 

「・・・・・・パークって凄すぎない? こんな乗り物まで持ってるなんて」

 カコさんを先頭にして狭い道を一列になって進んでいると、私のすぐ前を歩くパンサーが誰に言うでもなく感想を述べた。

 

(アタシも驚いたよ。まったく将軍って男はどこまで物騒なんだか)

(ねえシガニー、よくわからないんだけど、将軍は味方なんでしょ? なんでボスも皆もあのヒトのこと露骨に嫌ってるの?)

(パークもデカい所帯になっちまったからね、色々あるのさ。組織の軋轢ってのがね)

 

 パンサーとシガニーのコソコソ話は、おそらくアフリカの言葉だと思うが、私にも内容が理解できた。おそらくはウィザードが背負っているリュックの中のナビゲーションユニットが起動しっぱなしだからなんだろう。 

 私は静かに会話に聞き耳を立てた。

 

 シガニーいわく、リベリアの将軍はアフリカの裏社会で広く名が知られた人物らしい。傭兵の斡旋や武器の密売を行うマフィア組織の中心人物と言われている。

 そんな将軍もパークの中では比較的新参者だったが、今や他の3人のリーダーを凌ぐ絶大な影響力を持っているようだ。

 彼が持つ裏社会の人脈や物資は、Cフォースと敵対しながら水面下で成長し続けたパークにとって極めて重要な支援だった。

 そして実際に戦争に突入した今となっては命綱にも等しいほどだ。

 

 しかし、創始者の娘であるカコさんや、組織の立ち上げの時からいるモザンビークの長老、その他の古参メンバーは、どうしても将軍への不信感が拭えないという。

 パークとはフレンズを保護し人間社会の中で生きられるようにすることを目的とした集団だ。未来においてもその目的が変わることがあってはならない、と。

 

(Cフォースと戦争してる今はいいよ。でも戦いが終わったらその後はどうすんだい? 元通りのフレンズ保護団体に戻れんのかい? いつの間にかアタシたちもマフィアの一員にされちまってるなんてことはないだろうね?)

 

(・・・・・・俺は将軍のことは信用してる)

 熱弁を振るうシガニーに対して、寡黙だったバズ・チャラが口を開き異を唱えた。

(敵はCフォースだけだ。あの男は頼りになる味方だ)

 

(バズ、あの男が魅力的に見えるのはアンタが後先考えない若造だからだ。もっと大人になりな)

(俺には今の戦いしか考えられない、ギルの無念は絶対に晴らしてやる)

 

(やめてください。どこに耳があるかわからないのよ)

 カコさんが振り返らず歩きながら、今にも口論に陥ろうとしていた2人に釘をさした。

(私たちはここではただの客です。黙って出迎えられるしかない)

 

 多くの乗組員たちとすれ違いながら、入り組んだ細長い道をいくつも曲がり、さらに何回か梯子を上り下りするうち、薄暗い艦内は暗闇と見まがうほどいっそう暗くなり、代わりにそこらじゅうに配置された機器や計器の明かりばかりが目立つようになっていった。

 

「ここが指令室です。どうぞお進みください」

 きびきびと私たちを先導していた兵士が突然立ち止まり、突き当りにある扉を指さすと、それきり案内の役目は終わったと言わんばかりに、脇の小道に入って姿を消した。

「・・・・・・さあ皆、先に進みましょう」

 取り残された私たちチームジョーカーは、扉の向こうから只ならぬ緊張感を感じながら、息を飲んで中へと踏み入った。

 

 狭く薄暗いその部屋では、数人の乗組員が席に座りながら、無数の計器や画面と睨めっこをするように作業にあたっていた。双眼鏡のような覗き口が付いた機械の柱に、立ったまま頭をくっ付けているヒトもいる。

 各々が忙しく動いているその部屋の中央に、堂々と腕を組んだまま佇む1人の男がいた。およそ戦場に似つかわしくないパリッとしたスーツ姿のあの男が。

 

「よくぞ来られた、諸君」

 将軍は私たちが指令室に姿を現すなり振り返ってこちらを向き、右手を胸元に添えて役者のように気取ったお辞儀をしてみせた。

「わざわざご足労させた非礼を詫びよう。僕は滅多なことではここを離れられないものでね」

 

「我々の方こそお招きいただいて感謝します。まさかあなたが原潜を本拠地にしているとは思いませんでした」

「ミセス・ノヴァ、君はいつ見ても蓮の花のようだ。泥にまみれても尚美しく咲いている。そしてその旗下のお歴々、昨晩の戦いぶりは見事だったよ・・・・・・それとウィザード、今回の成功報酬は君の借金の返済に充てておいた。命が繋がってよかったじゃないか」

「ヘッ! そりゃどうもありがとサン!」

 

 その場にいる全員に対して、各々の立場に合わせて挨拶する将軍。そんな彼のにこやかな表情が一転、ヘリの中で見たのと同じように冷徹で狡猾そうな様相に一変した。

 

「諸君らに暖かい食事と休息を差し上げる用意がこちらにはある・・・・・・しかしその前に、緊急で話し合うべき事項がある」

「もちろんです。私たちもそのつもりでここまで来ました」

「ではまずは場所を移すとしよう。この部屋では何かと落ち着かないだろうからね」

 

 将軍に招かれて指令室を後にし、さらに奥まった一室へと辿り着く。

 狭いその部屋に私たち全員が入るのを確認すると、彼は出入り口の水密扉を閉め、ハンドルを回して密閉した。

(・・・・・・ここは?)

 部屋の突き当りには、壁一面を埋め尽くさんばかりの数のモニターが取り付けてあった。そこには周囲の地形を映したマップや、何かの波形図だった。こんなにたくさん、何を調べることがあるんだろうと思うほどだ。

 

 そして椅子に座ってモニターに向かい合っていた2人の人影に思わずハッとした。

 少女のように華奢な2人の背中は、片方は全身が白っぽく、もう片方は真っ黒だったが、ヒレのような形の器官が生えている頭と、露出の多いセーラー服のような服装は共通していた。

(・・・・・・あれ、フレンズだよね)と、パンサーが私の耳元で囁く。

 それと同時に、私たち同族の気配を察した2人が椅子に座ったままこちらを振り向いたが、すぐに興味を失ったようにモニターの方へ向き直った。

 

 2人は突然に闖入してきた私たちのことなどまるで意に介さず仕事に打ち込んでいた。

 彼女たちは両方とも、胸ビレのような形の耳に分厚いヘッドホンを付けていて、それに意識を集中させているようだった。

 

「ここはソナー室だ。機密性が高く、話し声が外に漏れることは一切ない。そしてここにいるのは我が艦のソナー係、シロナガスとオルカだ・・・・・・深海を本来の生息地とする2人は、人間の数倍から数十倍の聴力を持っている。したがって人間なら十数名も必要なソナー係も、この2人で十分代役出来るというわけだよ」

 

「まさかここで話し合うつもりですか? この子たちの邪魔になってしまうのでは? 潜水艦のソナー室といえば索敵の要。雑音があってはいけないはずです」

「心配ない。多少の雑音程度で、この2人の索敵の精度が落ちるなどということはあり得ない」

「わかりました・・・・・・では、ここでいいです」

 

 無数のモニターの光だけが灯る、薄暗く密閉されたソナー室で、カコさんをはじめとする私たちチームジョーカーと、リベリアの将軍との会合が始まった。

 カコさんと将軍が、お互いに立ち尽くしたまま対面し、腹の底を探り合うように視線を交わしているのがわかる。

 

「さて、昨晩君たちが手に入れた最高機密についてだが」

 グレン・ヴェスパーが計画している、セルリアンの「女王」と呼ばれる存在を生み出すための核実験。それが行われる場所、日時、使われる核兵器の詳細。

 私たちが苦労して手に入れた最高機密には、そういった情報が記されていると聞いている。

 それを世界中に公開すれば、世論のバッシングの力で核実験を中止させることができる。

グレン・ヴェスパーは私欲で核兵器を使用しようとした悪人として糾弾され、Cフォース総帥の座から引きずり下ろされる。

 あの男にとっては最大の急所であり、パークにとっては起死回生の一打となる切り札だ。

 

「ノヴァ、君はあれをどうする気かね? 事前の話し合いでは、入手し次第ネット上で公開するという取り決めになっていたが・・・・・・今もそのつもりかね?」

「状況が変わりました。モザンビークの長老が敵の手に落ちてしまった。今こちらが強硬手段に出れば、報復で長老が殺害される恐れがあります」

「その通りだ。だから僕としては、最高機密は奴らとの交渉材料としてキープすべきだと思っている・・・・・・しかし困ったことに、北の”マリア”の意見は僕と真逆だ。彼女は長老の命を犠牲にしてでも核実験を確実に阻止しろと言ってきている」

 

 エジプトの聖母(マリア)。パークの北エリアを統べるヒト。私がまだ見たことがない、4人のリーダーの最後の1人だ。

 パークという組織は、4人のリーダーが共同して仕切っている。4人の意見の合致なくして、1人が独断で動くことは出来ない。

 カコさんやシガニーが組織の軋轢でピリピリしているのが何となくわかるように思えた。

 

「ノヴァ、君の意見はどうだ? 機密の公開を強行するか、ステイするか。道はふたつにひとつだ」

「申し訳ありませんが、少し考える時間をください」

「まあいい。どのみちマリアも交えねば決められないことだ・・・・・・それよりも急を要する事項があるね」

 

 あくまで場のイニシアチブを握る将軍が、今の話題に一段落を付けるように頷くと、予めタイミングを見計らっていたかのように違う話題を切り出した。

 

「目下最大の問題は、我らが同志イブン長老が、いとも簡単にCフォースの手に落ちたことだ・・・・・・まずは彼を拉致した実行犯について、現時点で一番正体に迫っている者の意見を伺うとしよう」

 将軍はそう言って、今までカコさんを見ていた目を私に向けてきた。

 私はその視線にプレッシャーを感じながらも、気後れしないように真っ直ぐに彼を見据えた。

「・・・・・・君だ。元Cフォースのフレンズ。教えてくれ、敵はどんな能力を持っているのかな?」 

 何となく彼の手のひらで踊らされているような気持ちになるのは何故だろう。

 それはきっと将軍が、議論を知らず知らずのうちに自分の望む方向に誘導しているように感じるからだ。

 

「あの子、スパイダー・モンキーは、影に潜る能力を持っているんです」

 それでも自分の知る限りを話すしかないと思って口を開いた。

 スパイダーが使いこなす「シャドウシフト」は、日陰の中に体を潜り込ませて、離れた地点にある別の日陰へと移動する能力だ。「影の世界」とかいう、彼女にしか入ることが出来ない異空間を経由して、日光が当たらない所であれば、どこでも瞬間に移動することが出来る。

 彼女が触れてさえいれば、他のフレンズやヒトを影の世界に引き込むことが出来て・・・・・・

 

「おいおいおい、マジで半端ねえナ!」

 私の説明を聞いて、ウィザードがお手上げみたいな大袈裟なポーズを取りながら感想を漏らす。

「アムールトラの”遠当て”や、パンサーの”影分身”もすげえけどヨ・・・・・・そのワープ技はチートじみてるぜ!」

 

「チートって何?」

「ズルしてるって意味だヨ! そんな技使ってくる相手からどうやって逃げりゃいいんだヨ!」

 

「コホン・・・・・・君は少し黙っていたまえ」

 将軍が興奮気味のウィザードを睨み付けて諌めると、口元に手を置いて思考を凝らし始めた。

「だが確かに、極めて厄介な能力であることは異論の余地がないな。影の中に入りさえすれば追っ手を撒けるのだから、今回のように要人を誘拐するには最適だ。ところでその能力について、ひとつ気になることがあるのだが」

 

 将軍が聞きたいのは、シャドウシフトには地形の制限があるのかないのか、ということだった。

 地面にある日陰から影の世界に入り、空の上の飛行機に移動することは? またはこの潜水艦のように、水中にある施設に乗り込むことは出来るか?

 影の世界に入れば、移動先の地形に関係なく、日陰でさえあればどこでも行けてしまうのか?

 もしそうであれば、この艦の中でさえもスパイダーの技の射程になり得るのだから、確かに気になるところだった。

 

「わからない。地面から地面への移動にしか使っていなかったと思うけど・・・・・・」

「ふむ、君自身の能力ではない以上、詳細がわからないのも無理はないか」

 

 それだけじゃない。私の持っている情報はもう古いんだ。

 メガバットが私に教えてくれた。スパイダーの能力はすでに”二つ目”にまで進化している、と。昔は出来なかったことが、今は出来るようになっているかもしれない。

 

「現時点の情報では、敵の侵入経路や逃走先を特定するのは困難だな。確かなのは、影に引き込めるのは接触している相手ということだけ・・・・・・ともかくそのスパイダーとかいうフレンズはどこかから現れ、イブン長老と、元Cフォースのヒグラシ博士を同時に拉致していった」

 

 周りが言葉を失う中、将軍だけが変わらぬ調子で話しつづけ、状況を淡々と整理していく。

「まったく奇妙なことばかり起こるね。昨晩、君たちが敵の襲撃を受けたことも、ついさっきアレクサンダー・ベイにいた長老たちが拉致されたことも、こちらの動きがあまりにもCフォース側に筒抜けだ。しかし逆に、奴らの動きはことごとく我々の目を掻い潜っている・・・・・・これはどういうことなのだろうね」

 

「あなたは」

 広長舌を続ける将軍に対して「結局何が言いたいのですか?」と、カコさんが多少苛立った様子で口を挟んだ。

 

「答えはひとつだよ、ノヴァ。どうやら我々の中にスパイがいたようだ」

 

 その一言に場が凍り付くのがわかる。

 カコさんは一瞬目を見開いて驚いたが、やがて瞳に怒りを宿らせながら「ありえない」と将軍の言葉を真っ向から否定した。

 

「私たちは今まで、どんなに苦しい時でも心をひとつにして戦ってきた。私と仲間は家族同然の絆で結ばれている。あなたはその仲間を疑えと言うのですか?」

「そうさね。失礼を承知で言わせてもらうけど、アタシたちが一番信頼できないのはアンタよ」

 

 シガニーも混じって将軍を責め立てるが、彼は例によって涼しい顔のままに、どこ吹く風で批判を受け流している。

「サウスエリアのお二方。僕が常日頃から君たちに良く思われていないことなど承知しているよ・・・・・・だが、今回に限ってはどうかな? 僕など比べ物にならないぐらいに、決定的に怪しい人物が1人いると思うのだが」

「いったい誰のことです?」

 

 その場に張りつめた弓のような緊張感が走る。

 自分の一挙一動に注目が注がれていることを確信した将軍が、カードを切るようにあらかじめ懐に忍ばせていたであろう一言を告げた。

 

「ヒグラシ博士だ。彼はCフォースを裏切ったと見せかけて、実はまだグレン・ヴェスパーと繋がっていたんじゃないのかね?」

 

(ふざけるな)

 その言葉を聞いた瞬間、カッとなって体が勝手に動いていた。

 将軍の胸倉を掴み上げて黙らせてやろうと詰め寄り、右手を振り上げた。

______ザンッ!

 しかし私から将軍を庇うために立ちはだかる者がいた。

 ソナー係のフレンズだった。白と黒のクジラのフレンズのうちの、黒い方だ。

 今の今まで、我関せずといった風にモニターに張り付いていたというのに、目にも止まらぬ速さで席から飛び出し、私と将軍の間に割って入っていた。

 

 その子は瞳をすっかり覆い隠すほどに長い前髪をしたフレンズだった。

 前髪のせいで表情がよくわからなかったが「将軍に手を出したらただじゃおかない」と嘘偽りない本気の殺気で私を威嚇しているのが感じられた。

 この子と一戦交えることになったとしても、将軍に一言言ってやらなければ気が済まないという気持ちが内側から弾けそうになった瞬間「落ち着くのよ」と後ろから呼びかけるカコさんの声で我に返った。

 

「将軍、どうか部下の非礼をお許しください」

 カコさんが後ろから私の肩に手を置き、黒いクジラのフレンズから私を引き離すと、この場を引き受けると言わんばかりに前に立った。

 場が収まったのを確認したクジラのフレンズは、私をその隠れた瞳でするどく一瞥すると、そそくさと元いた席へと戻っていった。

 

「しかし、あらぬ疑いを掛けるのは止めていただきたい。ヒグラシ博士は勇気を持ってCフォースから離脱し、私たちに情報をもたらしてくれました。今や私のかけがえのない仲間の一人です」

「ああ・・・・・・確かに途轍もない情報だったな。我々の動きを誘導するのに十分な”釣り餌”だった。今にして考えれば、話が出来過ぎていたな」

 

 将軍がカコさんの眼前に立って見下ろしながら、鬱憤を吐き出すようにこれまでの経緯を振り返った。

「情報がもたらされて以降、話はトントン拍子で進んでいった。今回の無謀な作戦もそうだ。僕は最後まで反対していたのに、僕以外の3人が全面的に推進したために実行されることになった」

「猪突猛進な君は、敵が用意していた狩場に自ら足を踏み入れ、案の定襲われた。僕は嫌な予感がして、イブン長老に君との合流をあきらめるように申告した。だが彼が君を見捨てるはずもなく、大部隊を引き連れて進軍した結果、あんなことになってしまった」

 

「・・・・・・あなたの言っていることは全て結果論です。ヒグラシ博士もグレン・ヴェスパーのターゲットにされていました。だから長老と一緒に攫われた。それだけが事実です」

「ではなぜ彼は海上での逃亡中に攫われなかった? なぜ長老との合流まで無事だったのだ?」

 

 将軍の主張は一応の筋が通っていた。

 Cフォースならヘリコプターやら戦闘機やらをたくさん所持しているはずだから、海の上を船で逃げていた後方待機組を空から襲うのは造作もなかったはずだ。

 陸に比べて海の上は逃げ場も隠れ場もない。空から襲えば苦も無く誘拐出来るはず。

 私たちをまるで待ち伏せでもするように襲ってきた連中ならそうするのが自然だ。

 

「あろうことかスパイダーとやらは、2人が至近距離まで接近した瞬間を狙ってきた・・・・・・そこまでこちらの動きが筒抜けだった理由はひとつ。ヒグラシ博士がCフォースに自分の居場所を逐一知らせていたからだろう」

 

 理路整然とした主張にカコさんが黙らせられるのを確認すると、将軍は畳み掛けるように持論を展開し始めた。

「ヒグラシ博士は無力な亡命者を装って君に近づいた。君が困っている者を見捨てられない性分であることも織り込み済みでね。そのあと情報をエサにパーク全体を動かし、Cフォースに君や長老を狙わせた。そして自分は疑いを掛けられることもなく、攫われた風を装って元鞘に戻る・・・・・・と、今回ヒグラシ博士が書いた絵図はそんなところではないかな?」

 

「将軍、あなたのお考えは良くわかりました。しかしどれも確実な根拠に欠けています」

「もちろんだとも。すべては可能性の話だよ。考え得る中で一番可能性が高い事象を述べたまでだ。ノヴァ、君はもっと他人を疑うべきだと思うよ。リーダーには必要な資質だ」

 

 私は怒りに拳を震わせながら、将軍の的外れな推理を我慢して聞いていた。

 こんなヒトにヒグラシ所長の何がわかるっていうんだ。

 私は所長の今までを知ってる。彼は長年、己の立場と良心の呵責との板挟みに苦しんできたんだ。悩みに悩んで、ようやく良心に従う覚悟を決めて、パークの門を私と一緒に叩いたんだ。

 彼がそんな薄汚い策謀を巡らせるはずがない。未だにグレン・ヴェスパーと繋がってるなんて有り得ない。

 

 ・・・・・・でも、いいさ。将軍なんかにいくら疑われようが、所長を知らないヒトが状況だけを見て勝手に物を言ってるだけだ。

 カコさんは、チームジョーカーは所長の人となりを知ってる。何があっても所長を信じてくれるはず。

 

「Cフォースの奴なら、やりかねないかもな」

「・・・・・・え?」

 

 耳を疑うような言葉を口にしたのは、バズ・チャラだった。

 彼の他には将軍に言葉で賛同する者はいなかったが、不気味な静寂の中に、将軍が言う可能性について考えを巡らせているように見えた。

 ヒグラシ所長に対する疑いの芽が、彼らの心の中に芽生えている。

 

 最後にカコさんを見てみた。

 大きく見開かれた彼女の切れ長な瞳は、一見毅然とした風を装ってはいたが、その裏側には猛烈な葛藤が見え隠れしているように思えた。

 カコさんの性格なら、仲間を疑うようなことは極力したくないはずだ。しかし将軍の巧みな弁によって、普段ならすぐさま否定するような疑いの気持ちを引きずり出されてしまっていた。

(もし、仮に、万が一、将軍の推理が当たっていたとしたら・・・・・・)

 彼女の瞳が、そんな疑心暗鬼に怯えているように見えた。

 

(なんだよ、それ)

 

 それを見た瞬間、私の中で何かが音を立てて壊れるような気がした。

 少なくともカコさんは私と同じ考えだと思ってたのに、無条件でヒグラシ所長を信じてくれると思ってたのに、そうじゃなかった。

 悔しくてしょうがない。

 

「もういい・・・・・・」

 

 私は振り返ってソナー室を後にしようとした。

 こんなところに一秒だっていたくない。

 扉の前に立った。水密扉にはドアノブの代わりに円形のハンドルのような物が付いている。ハンドルをぐるぐる回して開けるんだったっけ。

 ・・・・・・まどろっこしい。私は早くここから出たいんだ。

 

______ドガンッ!!

 扉に向かって思いきり正拳突きを叩き込んだ。分厚い金属板で出来ていた扉に拳が深々とめり込み、扉はあっけなく横倒しになった。

 通って来た道が目の前に現れる。水密扉を破壊して現れた私を見て、乗組員たちが何事かと驚いた視線を向けてきた。

 

「待ってよアムールトラ!」

 後ろからパンサーが抱き着き私を羽交い絞めにしてきた。私は思いきり胸を張って彼女の両腕を振りほどき、肘打ちを彼女のみぞおちに食らわせた。

 私がそうするとは思ってなかったのか、パンサーはそれをまともに食らい、立っていることが出来なくなってうずくまった。

「待ってったら・・・・・・」

 それでも必死に呼びかけてくる彼女に対して、私は振り返ることもなく前に進んだ。

 

 ここにいたくない。外に出たい。

 もう海の底に沈んでいるだろうから無理なのは頭でわかっているけれど、ともかくそうしたい衝動が沸き立って我慢できなかった。

 構造もまともにわからない潜水艦の中をしゃにむに歩いた。

 

 部外者の私が勝手に艦内を歩き回っているのを見て、乗組員たちがそれを食い止めようと詰め寄ってきた。

 何か大声で話しかけてきているようだけど、彼らの言葉は最早私にはわからない。ウィザードが持つユニットと離れてしまったからだ。

 でも今の私はこれっぽっちも困らない。

 

「どけっ!!」

 私が大声で一喝すると、彼らは驚いて後ずさり私に道を開けた。

 今の私はどんな顔をしてるんだろう。ひとつわかるのは、眉間にも口元にも、今までの人生で一番なぐらい力が入っていることだけだ。

 

 そうやって狭い道をでたらめに進んでいると、やがて周りと雰囲気が違う場所に辿り着いた。

 今まで通り過ぎたどの区画よりも鉄臭く、むき出しの金属の床には太い配管が幾つも通っている。その突き当りには、ソナー室の水密扉より何倍も大きくて頑丈そうな、大袈裟な鉄のゲートが現れた。

______ジャキッッ・・・・・・

 門の前へ進もうとしていた私の前に、拳銃を携えた数名の乗組員が立ちはだかった。一歩も引くことなく私の脳天に狙いを付けている。

 何もせずに通してくれた他の道と違って、よっぽどこの先には行かせたくないんだろうという意図が伝わってくる。

 

 ・・・・・・だけどそんなの関係あるもんか。私はこの先に進むんだ。

 構わずに前進していると、銃口ごしに伝わる殺気がより一層色濃くなってくるのがわかる。私の研ぎ澄まされた感覚が、未だ放たれていない弾丸の通り道と、実際に引き金が引かれるまでの猶予時間をすべて前もって知らせてきた。

______ドウドウドウッッ!!

 予告通りに容赦なく銃火が弾ける。

 しかし、私は弾丸をすり抜けて彼らに接近し、すれ違いざまに彼らが握っていた拳銃を手刀でことごとく切り裂いた。

 拳銃の破片や内部のバネなんかが地面に落ちて乾いた音を立てると、彼らの意識はようやく私の動きに追いついて、いつの間にか私に背後を取られていたのを悟った。

 

 私という怪物を相手に、乗組員たちは悲鳴を上げながら退散をはじめた。だが不幸にもその中の一人が躓いて逃げ遅れてしまった。

 転倒したその男を鷲掴みにして持ち上げると、恐怖に青ざめた顔面を鼻先にまで引き寄せて睨み付け、一言だけ命じた。

「ここを開けろ」

 私が手を放すと、乗組員は床に尻餅をついて落ちた。私の言葉はわからくても意図は伝わったらしく、尻餅を付いたまま急いで後ずさり、ゲートの脇に備え付けられたパネルを操作した。

 

 重い駆動音を伴ってゲートがゆっくりと開かれる。

 その先に待っていたのは、どこもかしこも狭苦しい潜水艦の中にあって、異様なほどに広く見晴らしの良い空間だった。

(なんだ・・・・・・この部屋は)

 いくつもの巨大な円柱が二列になって、規則正しく等間隔に並んでいる。円柱の数はざっと20本ぐらいある。

 円柱は何層もの隔壁によって仕切られてはいるが、上から下までを見通すことが出来た。どうやらこの謎の円柱は、この潜水艦の最下部から最上部までを貫くようにして設置されているようだ。

 

 あっけに取られながらぼうっと歩いていると、ここが他の場所に比べて明らかに人気がないことに気付き、その静けさにようやく気持ちが落ち着いて、我に返ったように足を止めた。

(もうここらでいいや)

 私は手近にそびえ立っていた円柱を背にすると、その場に座り込んで坐禅を組み、静かに目を閉じた。

 すべてに疲れてしまった私は、現実から目を背けるために瞑想に入ることにした。

 

 

 それからどれくらい時間が経ったかな。

 丸一昼夜ぐらいだろうか。何せ潜水艦の中には時間の感覚がない。陽の光なんてありがたいものはなく、乏しい照明だけが薄暗く艦内を照らしている。

 

 座禅を組んで意識のある眠りに付いている私には、周りの気配がいつでも鋭敏に感じ取れた。

 この謎の広い空間もまったく無人なんてことはなく、何かの用事で乗組員たちがひっきりなしに足を踏み入れてきた。

 しかし先ほどの私の狼藉が知れ渡っていたために、触らぬ神に祟りなし、と近づいて来る者はいなかった。

 

 唯一私の傍にやって来たのはパンサーだった。私の名前を一度だけ読んで、私が答えないのを知ると、私の足元に、袋に入った何かを置いて立ち去っていった。

 その食欲をそそる匂いからすると、例の七色のパンだろう。どうやら彼女は私を気遣って食事を持ってきてくれたらしい。

 それでも無視を決め込んで瞑想にふけり続けた。

 

 いったい何時までこうしているつもりだろうか、と我ながら思う。

 でも、もう嫌なんだ。何もする気になれない。何をしたって無駄な気がする。どうせ私は1人ぼっちだ。

 戦いに勝とうが、負けようが、生きようが、死のうが、全部同じじゃないか。

 Cフォースにもパークにも私の居場所はない。昔の仲間は敵になった。今の仲間とも埋められない溝を感じる。 

 逃げたい。全部から逃げてしまいたい。

 

(・・・・・・ゲンシ師匠が見たら怒るだろうな。それとも失望するだろうか)

 この坐禅も師匠から受け継いだ物のひとつだ。

 呼吸を落ち着けて感覚を研ぎ澄ませ、周りの物をより良く感じられるようにするための坐禅なのに、今の私は周りをシャットアウトして殻に閉じこもっているだけだ。

 そんなことのために坐禅を使っている。最低だ。

 

 今さら師匠の偉大さが身に染みてわかる。死を待つだけの日々の中で、たった一人で自分の尊厳を貫いて死んでいった。

 どうしたら彼のように孤独でも誇り高くいられるんだろう。

 

「ワァオ・・・・・・なんか負のオーラ出まくってんじゃねーかヨ!」

 無遠慮な足音が私に近づいて来る。目を開けなくたって簡単にわかる、唯一無二の特徴だらけの喋り方をする男が。

「青春ドラマみてーなキレ方しちゃってサ。ユーもまだまだお子ちゃまだよネ」

 

(何しに来た、ウィザード)

 

「元気だせヨ! ・・・・・・とか言うつもりはねえサ」

 無視を決め込んで答えない私のすぐそばまで近づくと、あろうことか彼は私に向かい合うようにして座り、私と同じ顔の高さで言葉を続けた。

「ユーにとっちゃ、ヒグラシせんせぇは親みたいなモンだって聞いてるヨ。その親をスパイ呼ばわりされたら、そりゃキレるわナ」

 

 ウィザード、そんな同情なんていらないよ。ほっといてくれ。

 だいたいあんたは、パークもCフォースも関係ないんだろう? あのリベリアの将軍に金で雇われているだけのヒトじゃないか。部外者のくせに知った風なことを言うな。

 

「なあアムールトラ、聞けヨ。ミーさあ、ヒグラシせんせぇから、ユーへのプレゼントを預かってるんだヨ。ベリーナイスなサプライズだゼ」

「・・・・・・今なんて?」

「お、やっと目ェあけやがったナ? じゃあチョッチ面貸せヨ、ハリーハリー」

 

 得体の知れない言葉に誘われるまま立ち上がり、彼の後ろに付いていく。

 と言っても歩いたのはほんの数十メートルほどだった。

 ウィザードは、私が今まで座っていたのとはまた違う円柱の前で足を止めると、懐から取り出したカードを円柱の根元にあった機器の中に差し入れた。

______ゴゥゥゥゥゥン・・・・・・

 なだらかな曲線を描く円柱の根本が横にスライドし、隠されていた中身があらわになる。

 中の狭い空間には、壁に積み上げられるようにして基盤が重ねて置かれていた。

 まるでケープタウン大学内で見たスーパーコンピューターの小型版みたいな様相だ。一番下にはそれを操作するための端末が一機だけ置かれている。

「・・・・・・なっ、これは」

 そして一番目を引くのは、積み重なる基盤の間にはめ込まれるようにして屹立している、楕円形の棺桶のような機械だった。

 これまでに何度も見たことがあるそれを見て、思わず絶句してしまった。

 

「なんでVRマシンがここに?」

「ここの乗組員が、訓練&ストレス発散用に使ってるヤツらしいゼ。あのソナー係のフレンズたちも使ってるって話サ・・・・・・で、今回は特別に貸してもらったわけヨ」

 

 ウィザードはそう言いながらさっそく端末を起動した。

 狭い円柱形の空間のなかに、いくつもの基盤の駆動音がひっきりなしに反響しはじめる。

 次に彼はリュックサックを開き、中にあったナビゲーションユニットを取り出すと、そこからケーブルを引っ張って端末に繋いだ。

 傷と焦げ跡だらけのユニットの、目のようなふたつのセンサーが慌ただしく点滅している。

 

「ねえウィザード、所長が私に用意してたプレゼントって何なの?」

「今回ミーたちがCフォースからブン盗ったのは、例の最高機密だけじゃなかったのサ。ヒグラシせんせぇが、ユーのために前々から準備してた特別なプログラムも頂戴してきた」

「特別なプログラム?」

「ユー専用の”特別な戦闘訓練用VR”だヨ。せんせぇはコイツを一年以上も前からコツコツ作ってたらしいゼ」

 

 当たり前のようにウィザードが説明してくるけど、どれもこれも腑に落ちない内容ばかりだ。

 一年前っていったら私もヒグラシ所長もまだCフォースにいた頃だ。私はすでに所長の研究所を卒業して、ブラジルでセルリアンと戦っていた。

 手許から離れた私のために、所長がVRプログラムを作っていただなんておかしいじゃないか。どうやって私に訓練を受けさせるつもりだったんだ? 

 だいたい、そんなものがあるなんて今まで本人から一言も聞かされてない。

 

「せんせぇの話によると、このVRは”ゲンシ・サクヅキ”とかいうヒトが遺した、大量の本やノートなんかを元にしてるらしいゼ」

「な、なんで? なんでそこでゲンシ師匠の名前が出てくるの?」

「思い出してみろヨ。ユー、心当たりがあるんじゃねーカ?」

 

 ・・・・・・そうだ。それはずっと私の心残りになっていることだった。

 私は師匠の空手を完全には受け継ぐことが出来なかった。

 放射能に身を侵されていた彼は、私に根幹の技術と思想、そして勁脈打ちという奥義を授けて、修業の半ばで天に召されてしまった。

 

 でも師匠は死ぬ間際にある遺言を残した。自分が生涯をかけて学んだ技術を記した大量の書物を、私に託すと。

 書物はその遺言通りに、師匠がねぐらにしていた特急拘置所の地下駐車場から、私が住んでいたヒグラシ所長の研究所へと輸送された。

 

 しかし結局、私がそれらの書物に触れることはなかった。

 ゲンシ師匠が亡くなって研究所に戻されてからすぐに、私はブラジルに派遣されたからだ。

 それでも出発する前のわずかな間だけでも、ヒグラシ所長にお願いさえすれば書物を読み聞かせてくれたかもしれないが、当時の私は所長から心を閉ざしており、そんなことをする気になれなかった。

 

 さらに時が流れ、私も所長も共にCフォースを裏切った今となっては、東京の研究所に保管されているゲンシ師匠の書物に触れる機会など永久に失われたと思っていた。

 ・・・・・・だから、所長が秘密裏に書物をVR化していたなんて寝耳に水の話だ。

 

「せんせぇは、ユーに未練を残させちゃったことをズット後悔してるって言ってたヨ。そんでいつかユーの役に立たせたいって思って、このVRをコツコツ作ってたんだってサ」

 

 所長もCフォースから出奔することになり、その時ばかりは彼も今度こそVRを手放すことになったと思ったそうだ。

 しかしそれを取り戻すための最後のチャンスが彼に巡ってきた。それが今回の作戦だった。

 

「せんせぇはボスに直談判してたヨ。ユーのこれからのために、ぜひとも”ゲンシ・サクヅキのVR”を手に入れたいってナ・・・・・・結果は知っての通り、OKサ。ただし極秘事項って事で周りには今まで伏せてたけどナ」

 

(・・・・・・所長ッ!)

 パークで再び行動を共にするようになってから、私は彼と和解できたと思っていた。昔のしがらみを捨てて、研究所にいた頃と同じ、気の置けない私の保護者に戻ってくれたと思っていた。

 しかしそれでもまだ、私は所長というヒトのことを理解できていなかった。

 私が感じているよりも、遥かに彼は私のことを想ってくれていた。私の未来のことを考えてくれていた。

 ずっと昔から、私に暖かい気持ちを注ぎ続けてくれていたんだ。

 

「で、どうすんのサ、アムールトラ。訓練受けるかイ? それともスネモード継続する?」

 感極まって震えている私に向かって、ウィザードが水を差すように訪ねて来る。

 彼は私には目もくれずにパソコンを操作してVRの起動準備を進めていた。

「ミーは別に強制するつもりないヨ」

 

「ウィザード、外はどんな感じになってる? 私、カコさんたちに迷惑かけたよね?」

 

 今さら自分のしたことを反省するような空気を覗かせた私に向かって、ウィザードは「大したことはないネ」と一蹴した。

 騒ぎは起こしたものの、乗組員に傷を追わせたりしたわけではない事から、私が一時的に癇癪を起しているだけで、時間が経てば落ち着いて指示を聞くだろうと判断されたらしい。

 そして予定通り、ヒグラシ所長が作ったVRによって私を強化するためにウィザードを寄越したという・・・・・・あの将軍も、私が今やパークの中核的な戦力であることは認めているようで、快く艦内のVR機器を貸し出す許可を出したそうだ。

 

 今パークは重大な危機に直面している。カコさんたちも将軍も、休養もそこそこに、また話し合いに没頭し始めたようだ。そして近日中に答えを出し、新たな作戦を開始するだろうとの話だ。

 

「もしかたら、ヒグラシせんせぇを見捨てる方向で話が進むかもしれねえゾ。ここは将軍の城だしヨ、どうしてもボスは立場が弱いしナ。ユー、その辺のことは了承しとけヨ?」

「・・・・・・そうだよね」

 

 ウィザードが言いたいのは、これから先戦うかどうかは自分で決めろってことだろう。

 カコさんが私の希望をすべて叶えてくれるわけじゃない。彼女だって、組織のさまざまな思惑の中で動くしかない1人のヒトなんだ。だから今回みたいなことだってまたあるかもしれない。

 大事なのは、それでも私がどうしたいかなんだ・・・・・・なんか、前にも同じようなことがあった気がする。同じようなことで迷って立ち止まってしまうのは、私が成長してない証かな。

 

「やるよ、VR訓練を受けさせてくれ」

「・・・・・・お、吹っ切れたのかヨ?」

「わからない。でも、こんな所で投げ出すわけにはいかないから」

 

 私は一人なんかじゃない。生まれてから一度だって、そうだったことなどないんだ。

 己のすべてを懸けて、自分を愛し見守ってくれるヒトの気持ちに応えなきゃいけない。戦う理由なんか、それだけで十分なのかもしれない。

 このVRで今よりももっと強くなって、必ず所長を助け出してみせる。

 

 to be continued・・・




_______________Cast________________
    
哺乳綱・ネコ目・ネコ科・ヒョウ属トラ亜種
「アムールトラ」
哺乳綱・ネコ目・ネコ科・ヒョウ属
「パンサー」
哺乳綱・鯨偶蹄目・マイルカ科・シャチ属
「オルカ」
哺乳綱・鯨偶蹄目・ナガスクジラ科・ナガスクジラ属
「シロナガス」

_______________Human cast ________________

「久留生 果子(くりゅうかこ)」
年齢:26歳 性別:女 職業:国際的非政府組織「PARK」構成員 南アフリカ事業所代表
「ウィザード(本名不明)」
年齢:30代半ば 性別:男 職業:フリーランス・ブラックハッカー
「シガニー・スティッケル(Sigourney Stickell)」
年齢:41歳 性別:女 職業:国際的非政府組織「PARK」構成員 南アフリカ事業所副代表
「バズ・チャラ・カーター(Baz Challa Carter)」
年齢:29歳 性別:男 職業:国際的非政府組織「PARK」構成員 南アフリカ事業所職員
「リクタス・エレクタス・ヒルズ(Rictus Erectus Hills)通称”リベリアの将軍”」
年齢:30歳 性別:男 職業:国際的非政府組織「PARK」構成員 リベリア・ギニア事業所代表

______________Story inspired by________________

“けものフレンズ”  “けものフレンズ2”
      byけものフレンズプロジェクト

     “けものフレンズR”
      by呪詛兄貴
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