「すんなり謁見許可が下りて良かったよ。でも大変なのはここからさね。ボス、すべてはこちらの受け答えしだいだよ」
「わかっています。必ず成功させなければ・・・・・・アムールトラ、どう? 周囲にセルリアンの気配はあるかしら」
「大丈夫です。今の所は」
ここはマダガスカルの首都アンタナナリボ。
照り付ける陽射しの下、メインストリートには建物の他にも屋台や露店が立ち並び、ちょっとびっくりするぐらいの賑やかな人だかりを作ってる。
買い物したり食事したり、思い思いに過ごすヒトたちの営みで溢れてる。
セルリアンなんてまるでこの世界に存在していないかのような、平和な日常そのものの光景だ。
私たちを乗せた一台のレンタカーが、渋滞や雑踏に紛れながら、少し走ってはまた止まったりを繰り返している。
シガニーさんが運転し、後部座席には私とカコさんが座っている。
行き先はこの街にある国連マダガスカル支部の事務局だ。イーラ・C・アルマナックという老齢の女性が局長として駐在している。
今回の目的は彼女に陳情を行い、Cフォースとの停戦調停の仲介人になってもらうことだ。
今の私たちの拠点である原子力潜水艦が港町トゥリアラへと到着してから、カコさんは早速行動を開始した。
補佐役であるシガニーさんと、ボディガードである私。たった2人の部下だけを連れて、トゥリアラの空港にて小型機をチャーターし、数時間後にはアンタナナリボの土を踏んでいた。
トゥリアラに残った仲間たちは、私たちがアンタナナリボから戻るのを待ちながら近隣の警戒や物資弾薬の積み込みにあたっているそうだ。
潜水艦は、ヒルズ将軍の息がかかったマフィアが管理しているという地下ドックに停泊している。よっぽどのことがない限りは安全に待っていてくれるだろう。
ところで、私はいま人生で初めての体験をしている。
VRの中でもないのに、別の恰好に着替えているんだ。潜水艦を降りる前に、カコさんからそうするように命じられた。
フレンズになった時から身に着けていたチェック柄のスカートやブレザーは、今は自分の意志で取り外している。それらが自分の体ではなくただの”衣服”である・・・・・・と強く念じると、虹色の光を放ちながら消滅してしまったんだ。
スプリングボックや、他の角がある子が、槍なんかを出したりしまったり出来るのと同じだ。なんでもそれがフレンズの体を構成する”けものプラズム”ってやつの仕組みらしい。
代わりに身に着けているのが、膝丈まで隠れる黒一色のワンピースとつま先の尖ったヒールだ。
何でこんな恰好をしているのかというと、フレンズだってことがバレないようにする意味もあるけど、一番の理由は「ドレスコード」とかいう決まりのためらしい。
偉いヒトと会うとか、公の用事の時にはちゃんとした服装をしなければならない、というヒトの世界のルールだそうだ。
耳やしっぽ、そして髪や手足の縞模様は、私がいくら念じても消すことが出来なかったから、長手袋やタイツで隠すことになった。頭にはカツラをかぶり、縞々のしっぽはお腹に巻き付けて無理やり見えないようにしている。
暑苦しくて窮屈で、二度とやりたくないというのが正直な感想だ・・・・・・トラに生まれた私がヒトのフリをするなんて最初から無理がある。フレンズの姿であっても関係ない。
身に着けている物の中で唯一まともに役に立つと思えるのは、手首に巻いているレンズ付きのバンド。ヒルズ将軍が身に着けている物と同じ言語変換デバイスだけだ。
艦を降りる直前に将軍が私にくれた。何でもこのデバイスは、パークの幹部や天然フレンズに行き渡るように量産が始まっているらしい。
これさえあれば言葉の心配はいらないし、ヒトのふりをするわけじゃなくても何かと都合がいい。ありがたく貰っておこう。
慣れない恰好に私が辟易している隣で、カコさんは姿勢よく座りながら、落ち着き払った神妙な顔つきで前を見続けている。
サイドにまとめた長い黒髪が、窓ガラスから差し込む陽光に照らされて深緑色の艶を出している。薄く化粧した顔の輪郭は雪のような白さだ。
私じゃ到底不釣り合いになってしまうような正装も、カコさんはとても良く似合っている。
ヒトのための衣服なんだから当たり前かもしれないけれど。
今まであまり意識してなかったけれど、ちゃんと着飾ると本当に美人なんだな。
こんなきれいなヒトが、若くして亡くした父親から組織を受け継いで、いつも戦場で埃にまみれながら戦っているんだもんな。
本当に苦労ばっかりのヒトだ。今この瞬間だって・・・・・・
私が見ているのに気づいたカコさんが「どうしたの?」と微笑みながら視線を合わせてくる。
神妙な顔で思い悩んでばかりだったカコさんが、そんな風に笑いかけてくれたことに、私はちょっぴり嬉しくなって安心した。
潜水艦の中では顔を合わせる機会もなかったから、カコさんともっと話がしたくなった。
「色々大変じゃないかって、ちょっと心配だったんです」
「ごめんなさいね。頼りないリーダーだわ」
「べ、別にリーダーじゃなくたって、私はカコさんが好きですから」
「アムールトラ・・・・・・」
いつも毅然と振る舞わなくても、私の前で弱い面を見せてくれてもいいですよ、と伝えたかったんだけど、上手く言葉に出来なくて変な言い回しになってしまった。
それでも察してくれたのか、カコさんは緊張をほどくように、深いため息をひとつ付くと、観念したように語り始めた。
「・・・・・・そうね、ここ最近は特に堪えてたわ。今まで私は、どんなに嫌な事があっても、空さえ飛べれば息抜きが出来てた。でも、海の中じゃそれも叶わないものね」
そう言いながら、窓の外の空を眩しそうに見つめている。まるで檻の中の小鳥が外に出たがっているような感じだ。
生まれた時から運命の鎖に縛られ続けている彼女にとって、空は自由の象徴なのかも知れないな・・・・・・と彼女のことを良く知りもしないのに、わかったような想像を掻き立ててみる。
「私の家には、中古の小型ヘリが2機、自分で組み立てたオートジャイロが3機あるわ。それとね、今の戦いが終わったら、15年ローンで複葉機を購入しようと思っているの。サルムソン2A2・・・・・・気分は星の王子様よ」
興が乗ってきたのか、カコさんも珍しく自分のことを良く話してくれた。
オートジャイロ? 複葉機? ヘリコプター以外にも、そんなに空飛ぶ乗り物があるんだな。
飛行オタクを自称するカコさんは、プロ顔負けの操縦が出来るぐらい、暇さえあればそれらを乗り回しているという話だったな。
「アムールトラ、よかったら複葉機の初フライトに付き合ってくれる?」
「誘ってくれて嬉しいです。でも実は私、高い所って苦手で・・・・・・」
「あら、食わず嫌いはいけないわ、正面から風を受けながら飛ぶ感覚は、一度味わったら病みつきになるわよ」
「・・・・・・ゴホンッ」
シガニーさんが、緊張感のない雑談を唐突に始めた私とカコさんを、運転席のバックミラーごしに見咎めた。
しかしすぐに溜息をついて「まあいいか」と視線を外した。自分たちのリーダーは、こんな移動時間ぐらいしか気を抜くことが出来ないんだ、と大目に見てくれたようであった。
「はしゃいでいるのを見ると、子供の頃と変わらないさね」
そんな風に遠い目でつぶやくシガニーさんの声色は、まるで自分の子供に言っているかのような感慨が入り混じっていた。この2人がどれほど長いあいだ背中を預け合ってきたのか、私には想像もつかない。
「カコさんとシガニーさんはいつ知り合ったんですか?」
「ざっと20年前さ。あたしゃ駆け出しの看護師だった。ボスとこんなに長い付き合いになるなんて、あの頃は想像もしてなかったねえ」
20年前、というワードを聞くと、今や反射的に思い浮かんでしまうのが例の話だ。
セルリアンとフレンズが発見され、パークとCフォースという組織が生まれていがみ合っていった一連の出来事のことを。
「ボス、あの写真をアムールトラに見せてやったらどうだい?」
「・・・・・・そうね。私もそうしようと思っていました」
カコさんの表情が一瞬曇ったが、シガニーさんの提案に頷いて、膝に置いたハンドバッグからスマートフォンを取り出して私に見せてきた。
「この写真は私の宝物でね・・・・・・だから実物は実家に飾ってあるの」
画面の中には集合写真が映っていた。古い写真らしく多少色やけしている。
地平線を臨むどこかのだだっ広い草原で、何十人ものヒトが立ち並んだり座ったりして集まっている。多くのヒトは白衣を着ていて、科学者か医者の集まりのように見える。
白衣の男たちに交じって女性や子供も何人か写っている。家族なのだろうか。
「この写真は?」
「20年前、南アフリカにて始めて発見されたフレンズを研究していたチームの写真よ。まだパークもCフォースもない、すべてが幸せだった頃のね」
「・・・・・・っ!」
その言葉を聞くなり、私は目を凝らして白衣の男たちの顔を1人1人見比べた。
やがて1人の男に目が留まる。
ひょろっと痩せた体の上に、困ったように笑う顔を乗せた、いかにも文弱で人が良さそうな青年がいる。別段存在感があるわけでもないけど、私にとっては最もなじみ深い顔だった。
(所長、今とぜんぜん変わんないな・・・・・・)
そして若かりし頃のヒグラシ所長のすぐ隣に、グレン・ヴェスパーがいた。
金髪をオールバックにまとめ、知的に光る青い瞳の上にはトレードマークのような片眼鏡が掛けられている。
写真に写っている者の中でも格別に端正な容姿だが、誰もが笑っている中で1人だけ苦虫を噛み潰したような顔をしており、そこから感じられる印象は、単に神経質そうな男というだけだった。
メガバットの記憶の中にいた、野望と狂気に囚われた男の片鱗はまだ見えない。
大勢が映り込む写真の中でも一番存在感があったのは、中央でリーダー然とした様子で立っている凛々しい顔つきをした壮年の男と、その前でしゃがんでいる幼女だった。深緑色の髪をした可愛いらしいその子は、弾けるような満面の笑みを浮かべている。
そしてもう一人、幼女にじゃれ合うにして抱き着いている女の子がいた。
斑模様の手足と尻尾、頭頂部から生えた三角形の大きな耳、周囲とは明らかに浮いている異様な風体は・・・・・・。
「この真ん中にいる子供、カコさんですよね? その隣にいるのって、まさか」
「フレンズよ。南アフリカにて、歴史上一番最初に発見された天然フレンズ、サーバルキャット。チームの研究対象として身を捧げてくれた子よ」
「サーバル、キャット・・・・・・?」
キャットというぐらいだから、私と同じネコ科の子なんだろう。
体の斑模様はパンサーとかなり似ている感じがする。でも耳がアンバランスなぐらい大きいし、尻尾も私たちの細長いのと違って、箒みたいにフサフサしてて太い。
幼いカコさんと抱き着きあって笑う姿は無邪気そのものだ。きっと明るくて賑やかな子だったんだろう。
「彼女は研究チームの希望の星だった。私にとっても掛け替えのない最高の友達だった・・・・・・」
遠い目をして微笑むカコさんが、写真の中の幼女にピッタリと重なるような気がした。
「サーバルキャットは今はどうしてるんですか?」
「わからない・・・・・・多分もうこの世にいないわ」
それは20年前のある日のことだったという。
研究チームのキャンプをセルリアンの大群が強襲した。本当に想定外の事態だったらしい。キャンプ地があったのは、およそセルリアンは見向きもしないような人里離れた平原だったからだ。
ずっと後になってわかったことだが、そこはアフリカ大陸各地に複数存在する、セルリアンを生みだす「卵管」が近くにあったらしい。
「セルリアン探知機が上手く働いたおかげで、多くの研究者は無事に逃げたそうだけど、私は逃げ遅れてしまったの。父ともはぐれて、気付いたら一人でセルリアンに囲まれてたわ。子供心に死を覚悟した・・・・・・でも、サーバルキャットが私の命を救ってくれた」
辺りを埋め尽くすほどのセルリアンの大群に囲まれ絶望していたカコさんの前に、突如サーバルキャットが助けに現れたという。
幼いカコさんを守りながら必死に戦う彼女だったが、しかしあまりにも多勢に無勢だった。セルリアンに袋叩きにされ、見る間に全身をズタズタにされていった。それでもカコさんを守るために一歩も引かなかった。
「・・・・・・そして見たの。あの光景のことは今でも目に焼き付いているわ」
「な、何を見たんですか!?」
「フレンズがフレンズの枠を超え、何か別の存在に進化した・・・・・・今考えると、あれはきっとそんな瞬間だったんだわ」
満身創痍のままカコさんの盾になっていたサーバルキャットが、奮戦もむなしく膝から崩れ落ちそうになった瞬間、晴れていたはずの空に、とつじょ稲妻が閃いて、彼女の体を直撃したという。
稲妻に撃たれた彼女の体からは、漆黒の炎のようなオーラが立ち昇った。死の寸前にまで傷ついていたはずなのに、再び活力を取り戻し、腕の一振りで何体ものセルリアンを蹴散らす程の超常的な力で戦い始めたらしいのだ。
「稲妻が閃いて、体に落ちた・・・・・・?」
「ええ、あれが何だったのかは今でもわからない。今までサーバルキャットの他に、そんな状態になったフレンズはいない。野生解放とも、先にある力とも違う、それらを遥かに越える強い力を感じたわ・・・・・・そしてそれが、彼女を見た最後の姿だった」
カコさんはサーバルキャットの攻撃の余波で気絶してしまったという。
そして次に目を覚ました時には、大量発生していたはずのセルリアンがきれいさっぱり消滅していた。静寂につつまれた平原には、無数のクレーターが空いており、まるで軍隊同士で戦争でもやりあった後であるかのように、凄まじい戦いの痕跡が残されていたのだと。
「もちろん研究チームはサーバルキャットの行方を捜した。チームがパークとCフォースに分裂した後も、両方の組織が何度も彼女を捜索した。でも未だに体毛一本たりとも見つかってない・・・・・・いまにして思えば、あれがすべての始まりだったのね」
サーバルキャットに対する解釈の違いが、研究チームを真っ二つに割いた。
カコさんや、そして父・遠坂さんはサーバルキャットの喪失を深く悔やんだ。後から現れるフレンズたちを人類のかけがえのない友として受け入れていく決意を固めた。
一方でグレン・ヴェスパーは、セルリアンをも倒すフレンズの兵器としてのポテンシャルに魅入られた。奴の最終目標は”あの日”のサーバルキャットを再現することだとカコさんは推測する。
私とクズリは、そのための候補に選ばれていたわけだ・・・・・・
「あのあと私は、ショックで心を病んで、そのせいで声も出せなくなっていました。父ともしばらく別れて、病院で寝たきり生活を送っていました。そんな時、シガニーが私を助けてくれた」
「・・・・・・ちょっとボス、この流れでアタシの話なんかするんじゃないよ!」
「ふふふっ、じゃあシガニーから話してくれますか?」
辛い思い出に表情を暗くしていたカコさんに、にわかに笑顔が戻った。
シガニーさんは照れるようにかぶりを振っていたが、私が懇願するように話の続きを求めているのを察すると、やがて自嘲的に笑いながら語り始めた。
「なーに、気晴らしになればと思って、趣味のスカイダイビングにボスを連れていっただけさね。我ながら何でそんなこと思いついたんだか・・・・・・若くてバカだったよ。おかげであたしゃ病院をクビになり、この子は変な趣味に目覚めちまった」
「シガニーは私に空の素晴らしさを教えてくれた先生なのよ」
狭い車内の中をカコさんとシガニーさんの笑い声がこだましている。私も釣られるようにして控えめに笑う。
縁っていうのは不思議なもんだな・・・・・・と、ふとそんなことを考えてしまう。
誰が誰と出会うかはわからないのに、ひとつの出会いがその後の人生にずっと影響を与え続ける。ヒトもフレンズもそれは変わらない。
そうやって辿り着いた今を、誰もが必死に生きている・・・・・・新たな出会いが待っている明日に向かって。
◇
車を数十分も走らせてメインストリートを抜けると、街の様相が徐々に変わっていった。
埃っぽい生活感あふれる雑踏はどこへやら、ホテルのような洋館や高層ビルが、きれいに舗装された道を間隔を広く開けて立ち並んでいた。
多くの建物の前にはライフルを携えた警備兵がいる。その間をスーツ姿の役人がせわしなく往来している。
大きなアンテナを乗せた中継車の傍で生中継にいそしむレポーター達も散見された。
市井の笑顔は消え、代わりに重苦しい緊張感が辺り一帯に立ち込めている。
この辺りは政府関連施設が集中しており、私たちの目的地である国連事務局もこの一角にあるらしい。
マダガスカルは今、アフリカ大陸全体のセルリアン災害に対する人道支援の中心地だ。中でもこの場所は政策を決定する中枢であり、その一挙一動に世界中が注目しているという話だ。
この有様を見れば十分に納得できる話だと思った。
メインストリートの楽しそうな賑わいを見て、ちょっとした観光気分にさえなっていた先ほどの自分の浅はかさを後悔する気持ちになった・・・・・・血は流れなくても、ここも一種の戦場なんだ。
「そろそろ着く頃だよ。2人とも準備はいいかい?」
「ええ、ともかく言葉を尽くしてイーラ女史を説得しましょう。そして彼女が20年前と変わらずに、私たちに協力してくれることを願いましょう」
そんなやり取りをしながら辿り着いたのは、警備兵が入口を固める豪奢な洋館だった。
特徴だけでは他の建物と区別は付かないが、屋根のてっぺんには、世界地図を象った紋章をあつらえた青い旗がはためいていた。あの紋章が国連のシンボルなんだそうだ。
黒塗りの高級車ばかりが並ぶ庭の隅に、レンタルの安っぽい軽バンを駐車させると、さっそく近づいてきた警備兵たちからボディチェックを受けた。何も出て来るはずもなかったが。
ようやく建物に入ることが許され、カコさん達のすぐ後ろに付いて歩きだした瞬間、私をじっと見つめて来る視線があることに気が付いた。
(・・・・・・な、あれは!?)
上だ。屋根の上に誰かいる。
驚きのあまり平静を装うことも忘れて上を見ると、気配の主と目が合った。オレンジ色のクリっとした瞳が私を凝視している。
その者がいるのは青い旗がはためくポールのてっぺんだ。
あんな所に突然現れて、人間離れしたバランス感覚で当たり前のように直立している。
言うまでもなくフレンズだ。小柄で身軽な体に短い髪・・・・・・何より特徴的なのは、自身の体よりも長大な尻尾を持っていることだ。
彼女の姿を見てふと、私の記憶のなかによく似た風貌のフレンズがいたことを思い出した。
スパイダーだ。ということはあのフレンズも、スパイダーと同じサルの一種なんだろうか?
この屋敷を警備するためにここにいるのだろうか、それとも・・・・・・。
(いけない、怪しまれる)
あわてて思考を中断させると、サルのフレンズからさり気なく視線を外してカコさん達の後を追った。
国連事務局の中は、外装に輪をかけて豪華絢爛だった。しかし殺気だった顔つきの訪問者たちでごった返していて、外よりもなお重苦しい緊迫感が張りつめていた。
誰もが口々に自分の話を聞いてもらおうと、窓口に座る受付係と押し問答をしている。私たちと同じように抜き差しならない問題を抱えて、ここに助けを求めに来ているのだろう。
「・・・・・・やれやれ、腹ごしらえでもしようかね。食堂とかあるんだろ?」
「レストランに来たんじゃないんですよ」
待ち時間が数時間やそこらじゃ済まないであろう予感に、カコさん達が顔を見合わせながらため息を付いていた矢先「カコ・クリュウ様ですね」と呼びかけてきた声が私たちの体を電流のように震わせた。
「私はペニーワースという者です。局長からあなた方をすぐに通せと仰せつかっております」
とつじょ現れた執事風の初老の男が、うやうやしくお辞儀をしながらそう言うと、私たちを手招きしながら先に立って歩き出した。
他の訪問者たちから「後から来たやつがなぜ一番なんだ」と言わんばかりの恨めしい視線が注がれる中、私たちはロビーの奥に案内される。
絵画や写真が飾られる美術館のような廊下の先、金細工が施されたエレベーターに乗り込むと、男はパネルの一番右上にある、最上階へと向かうボタンを押した。
「実を言えば、イーラ局長は高齢ゆえ実務は執り行っておりません。あの方ほどの大物となると、何もしなくとも、ただそこにいるだけで多大な影響力を持ちますので・・・・・・そんな局長が自ら対談を希望されるとは、あなた方は特別な客人なのでしょうね」
エレベーターの中で、ペニーワースと名乗る男は私たちの素性を訝しむような口ぶりで話しながらも、別段それ以上は追及する素振りは見せなかった。
ここに勤めて長いのだろう、自分のするべきこととそうでないことをしっかりと弁えている雰囲気だ。
最上階に着くと、アンティーク調の長大なテーブルの周りを、ゆったりとしたソファが取り囲んでいる待合室が姿を表した。
部屋の突き当りには両開きの扉があった。ペニーワースが扉に近づいていくと、場を支配する重苦しさが輪郭をはっきりと現していくような気がした。
元アメリカ大統領夫人。アメリカという国に行ったことはないけれど、世界で一番豊かで立場が強い国だってことは知ってる。Cフォースの本部がある国だとも。
その国のトップっていうのは、世界で一番偉いと考えていいのだろうか? かつてそんなヒトの夫人だったお方との謁見が、いま実現しようとしている・・・・・・
ペニーワースは3回ノックをしてから、扉越しにうやうやしく頭を下げ「お客人をお連れしました」と告げる。
そうして私たちの方へ振り替えると「カコ・クリュウ様おひとりでお入り下さい」と述べた。穏やかながらも、異論は一切挟ませないと言わんばかりの毅然とした態度だ。
「お連れの方はここでお待ちを。その人物の真価を推し量るためには、一対一で話し合うのが最善、というのが昔からの局長のお考えなのです」
「シガニー、アムールトラ・・・・・・心配しないでここで待っていてください」
言葉とは裏腹に緊張を隠せないカコさんが、無理に笑顔を作って頷くと、ペニーワースが静かに開け放った扉の向こうへと消えていった。
その後どれくらい時間が経ったろう。太陽がほとんど動いていないのを見ると、そんなに経っていないのだろうけれど、無限にも思えるほどの長さに感じた。
あの扉の向こうでどんな話し合いがなされているのだろう・・・・・・
「落ち着きなって」と、ソファにどっかりと腰掛けながら私に注意してくるシガニーさんは、タバコ一箱をすでに空にしていて、さらに二箱目の封を切ろうとしていた。
私は立ち尽くしたまま「上手く行くんでしょうか」と呟いた。
「決して楽観はできないね」と彼女は溜息交じりに煙を吐き出した。
Cフォースは今や国際的にかなりの影響力を持つほどの組織だ。Cフォース産の人造フレンズは対セルリアン防衛戦力の要であり、当然ここマダガスカルにも配属されている。
イーラ女史ほどの大人物が、たとえ内心では私たちに協力したいと思っていたとしても、そうすることでCフォースから目を付けられるリスクは避けたいだろう・・・・・・というのがカコさん達の事前の予想だった。
それを承知でパークに肩入れする価値があると思わせないといけないのだと。
「シガニーさん、そういえばさっき、フレンズの姿を見かけたんです。館に入る直前に・・・・・・」
「な、何だって? ソイツは敵なのかい?」
「わかりません。ただ私たちのことを、品定めするように見てました。何のフレンズかはわからないけど、おそらくはサルの一種で・・・・・・」
《ねーねー、それってアタシのこと?》
「ッ!?」
2人しかいないはずの待合室に、どこからか聞きなれぬ声が割り込んで来た。
ギョッとして声のした方を凝視する。そこは待合室に日光を差し込ませている窓の一つだ。
地上何十メートルはあるであろう屋敷の最上階の窓に、何者かの影が現れていた。
「ひょっとして、アイツのことかい?」
「・・・・・・そうです」
先ほど屋根の上から私たちを見ていたサルのフレンズが、今度は逆さまの姿勢で窓に張り付いている。おそらくは長い尻尾をどこかに引っ掛けているんだろう。
《ねー、窓を開けてよ。こっち側からじゃ開けられないんだよう》
窓をノックしながら、臆面もなく私に向かってそんなことを言っている。どういうつもりなのか・・・・・・敵かどうかはっきりしない以上は、こちらから敵対的な行動を取るわけにもいかない。
「シガニーさん、私から離れないでください」
警戒しながらも、仕方なく相手の言う通りに窓を開け放った。
サルのフレンズは、尻尾でぶら下がった小柄な体を振り子のように振り、ふわりとトンボを切りながら待合室へと降り立った。
なるほど、近くで見ると尚更よくわかる。大きくクリっとした瞳といい、短い髪といい、やっぱりスパイダーとよく似た風貌をしている。
しかし色味が全然違う。鮮やかな金一色の体をしていたスパイダーと違って、彼女の体は白と黒、二つの色にはっきり分かれていた。縞々の尻尾は私のそれとも似ているけれど、縞の太さが私のより段違いに太かった。
「ねー、なんでヒトのフリなんかしてるの? あなたフレンズでしょ?」
「どうしてそれが・・・・・・」
「そんな下手くそな変装、ヒトは騙せてもフレンズにはわかるよう。ねーどうして?」
大きな瞳で凝視しながらグイグイと問い詰めてきたが、まだ敵意らしきものは感じない。私の正体を根掘り葉掘り探ろうとしているようだ。
ということはこの子は、この屋敷の警護を任されているフレンズだと思って間違いないだろう。高い所から屋敷に出入りする者を見張り、ヒトに扮するフレンズという不審な存在を見つけたから、こうして問い詰めにやってきたんだ。
「ボディガードなんだ。私の主人は、色んなヒトに命を狙われているから・・・・・・」
なんとかその場を凌ごうと説明してみる。パークっていう身元は明かさないにしても、話していることには嘘偽りはない。
「ふーん、あなた何てフレンズなの? あたしはワオキツネザルだよ」
「私は”アモイトラ”だ。よろしく」
咄嗟に偽名を思いついたのは我ながら機転が利いたと思う。むかしヒグラシ所長に教えてもらったトラの種族名の中に、私によく似た名前の種族がいることを覚えていたからだ。確か中国原産の種族だったと聞いた。
「えー! あなたトラなの!? 今話題の”シベリアンタイガー”と同じだね!」
ワオキツネザルが、トラと聞いた途端血相を変え、さらに私の名前を口にしてきたことには思わず背筋が凍った。
話題の当人が目の前にいると知ったら、彼女は一体どんな行動を取るだろうか。
「・・・・・・た、確か、Cフォースを裏切ったフレンズだったよね」と、私はあくまですっとぼけながら、恐る恐る彼女に話を合わせた。
「そーそー、すごく強くて有名だったのに、何とかっていうテロリストの仲間になって、Cフォースの兵士を襲って回ってるらしいよ。そんなおっかない奴がアフリカのどこかにいるんだって。早く捕まって欲しいよう」
ワオキツネザルの返答には少し違和感を覚えた。
メガバットから聞いた話によれば、たしか私はグレン・ヴェスパーの最優先ターゲットに入っているそうじゃないか。
賞金首のような扱いになっているはずの私に対して、何というか、すごく他人事くさい反応だ。
Cフォース産の人造フレンズであることは間違いないはずなのに、グレン・ヴェスパーの意志とは遠く離れた所にいるように思える。
「・・・・・・君はシベリアンを捕まえないの?」
「あたしはイーラ様をお守りするのが仕事だよ。そんなことは他のフレンズがやることだよ。大体マダガスカルじゃ戦闘はご法度なんだから」
「守るだけ? セルリアンと戦うために世界中あちこち向かわされたりしないの?」
「やらないよう。あたしはマダガスカル生まれマダガスカル育ちだもん」
生まれた国を出たことがないだって? 天然フレンズならいざ知らず、人造でそんな生い立ちの者がいるだなんて想像したこともない。
理解が追いつかない答弁に私が言葉を失っていると、後ろからシガニーさんが「あり得ない話じゃないよ」と、口を挟んだ。
彼女が言うには、人造フレンズを生み出し訓練するCフォースの施設が、世界各所に急ピッチで造設されているという。アフリカ大陸の重要な防衛拠点であるマダガスカルもその一つだ。
それに伴って人造フレンズの数も急速に増えている。私がCフォースにいた頃と違ってフレンズの数に余裕があるから、少数をあちこちに派遣しなくてもいいし、要人を警護するという任務に専任させることもできる、と。
・・・・・・それは取りもなおさず、たくさんのフレンズ化施術が行われていることを意味する。蘇生しなかった動物の死骸は廃棄され、五体満足に蘇生出来なかったフレンズはガス室で殺される。施術の成功率は低く、数打ちゃ当たるの状態が続いている。
(まったく酷い世の中になったもんだよ)
シガニーさんは舌打ちしながらそう言い捨てた。
「ねー、それであなた達はどこの国の何て組織? アモイトラ、あなたはCフォースのどこの所属?」
「・・・・・・それは」
ワオキツネザルはなおも私たちに問い詰めて来る。
話題を逸らすのもいよいよ限界なのかもしれない。
言い訳を考えあぐねていると、シガニーさんが「後は任せな」と私の肩を叩きながら前に出た。
「アタシたちはパークっていう団体さ」
いきなり身元を明かしたシガニーさんに思わず面食らう。
確かにワオキツネザルは、パークのことを「何とかっていうテロリスト」と呼称していた。こちらのことを詳しく知らないのは明らかだ・・・・・・それにしたって、思いきりが良すぎるような気がするけど。
「アタシたちはフレンズを色んなひどい扱いから守るために活動してる。今回はそのためにアンタの主人の力を借りに来たのさ」
「・・・・・・ふーん、じゃあ、いいヒトたちなの?」
「ああそうさ。だから安心しなよ」
疑いの眼差しを向けてきていたワオキツネザルの表情が緩みはじめる。
危険な賭けではあったけれど、あれこれ誤魔化そうとするより、真っ直ぐな善意をぶつける方が正解だったようだ。
シガニーさんの捨て身の立ち回り方は、カコさんともよく似ていると思った。2人で一緒に何年も過ごすうちに、どちらからともなくそうなったのかもな。
_______ウィィィンッ
ほっとして胸をなで下ろそうとした瞬間、向こうのエレベーターが開かれた。
中から現れたのは、拳銃を携えた数人のSPたちだ。
ただ事ではない様子で勢いよくこちらへ駆けこんでくると、私とシガニーさんに向かって銃口を向けてきた。
「いきなり何のマネだい!?」
「NGO団体パーク・・・・・・お前達に国際的な逮捕令状が出回っている。観念して縛に着け」
「逮捕令状? 冗談はよしておくれ!」
「黙れ。警官隊がお前達を逮捕しにこの屋敷へ向かっている・・・・・・我々はお前達を捕縛して警察に引き渡す」
何が起きたか良くはわからないが、SPたちの様子は冗談ではなさそうだった。
拳銃を真っ直ぐ構えながらジリジリと距離を詰めて来る。そして彼らの中の一人がワオキツネザルに目くばせすると「出番だ」と怒鳴った。
「ワオキツネザル! イーラ様の御前から曲者を排除しろ!」
「・・・・・・なんだ。やっぱり悪いヒトたちだったんじゃない」
そう独り言ちるワオキツネザルの、オレンジ色の大きな瞳に殺気の炎が宿る。抜き差しならない敵意をこちらに向けながら、小さい体をより低く身構えた。
避けられない争いの予感が、私の鼻先をツンと撫ぜる。
「ワオキツネザル。君にひとつ嘘を付いてた・・・・・・私の名前はアモイトラじゃない」
銃口からシガニーさんを庇うように前に出ると、私は軽く頭を下げて謝罪の意を示しながら言葉を続けた。
「私がシベリアンタイガーだ!」
_______バリィッッ
覚悟を決めた瞬間、それまで身にまとっていた仮初めのドレスが弾け飛んだ。
けものプラズムが虹色の光を放ちながら再び具現化し、私はフレンズとしての本来の姿を取り戻していった。
to be continued・・・
_______________Cast________________
哺乳綱・ネコ目・ネコ科・ヒョウ属トラ亜種
「アムールトラ」
哺乳綱・霊長目・キツネザル科・ワオキツネザル属
「ワオキツネザル」
哺乳綱・ネコ目・ネコ科・サーバル属
「サーバルキャット(消息不明)」
_______________Human cast ________________
「久留生 果子(くりゅうかこ)」
年齢:26歳 性別:女 職業:国際的非政府組織「PARK」構成員 南アフリカ事業所代表
「シガニー・スティッケル(Sigourney Stickell)」
年齢:41歳 性別:女 職業:国際的非政府組織「PARK」構成員 南アフリカ事業所副代表
「ジェイコブ・ペニーワース(Jacob Pennyworth)
年齢:64歳 性別:男 職業:国際連合 安全保障理事会マダガスカル支部副局長
______________Story inspired by________________
“けものフレンズ” “けものフレンズ2”
byけものフレンズプロジェクト
“けものフレンズR”
by呪詛兄貴