けものフレンズR あるトラのものがたり   作:ナガミヒナゲシ

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過去編終章16 「カコのけつい」(中編)

「イーラ様を守るんだから!」

 

 ワオキツネザルが勢い良くこっちに向かってくる。

 SPたちの銃口よりも鋭い眼光が、彼女が仕掛けて来るタイミングと、どこを狙っているかを前もって知らせてきた・・・・・・しかし事前にわかるのはそれだけだ。

 パンチなのか、キックなのか、それは目で見なければわからない。銃を撃つことしか出来ない相手なら、何人いようが物の数じゃないが、フレンズ相手の格闘戦は何が起こるかわからない。

 

_______ブォンッッ!

 ワオキツネザルは低く跳び出すと、空中で体を丸めて体当たり攻撃を仕掛けてきた。白と黒にはっきりと分かれていた体色が、灰一色の球体になっている。

(これが彼女の技か!)

 かなりの速度の体当たりだったが、なんとかこれを躱す。風圧を頬に受けながら振り返ってワオキツネザルを見やると、彼女はなおも勢いを緩めずに直進し、そのまま壁に衝突してしまった。

 

 自爆したのか、と思考したのも一瞬のこと。

 ボールがバウンドする様を見ているかのように、球体と化したワオキツネザルの体が跳ね返り、また別の角度へと進み始めた。

 その勢いは最初とまったく変わらない。いや、むしろ増しているような・・・・・・まさか彼女の攻撃は、ここからが本番だということなのか。

 

_______ガンッ! ガンッ! ガコンッ!

 

 大した広さもない待合室の中を、灰色の球体が縦横無尽に跳ね回っている。遮蔽物に身を隠そうにも、ワオキツネザルの体当たりはぶつかった柱や机を貫きかねないほどの威力だ。

 室内を破壊し続けながらも、攻撃の勢いはまったく収まる気配がない。まるで局地的な竜巻が吹き荒れているかのようだ。

 さっきまで銃を向けてきたSPたちが、いつの間にかエレベーターの傍にまで退避していた。ワオキツネザルの戦闘スタイルを知ってのことだろう。味方の攻撃で巻き添えを食らうわけにはいかないものな。

 

 逃げ場のないシガニーさんは、やむなくその場に身を伏せている。私は彼女を守るように傍に立ちながらワオキツネザルの動きを必死に目で追った。

 

 所狭しと跳ね回るワオキツネザルが、目の前の床でバウンドすると、ふたたび私に向かって飛んできた。

 どんなに威力が高くても、ただの直線運動だ。来ると分かっていれば対処することは難しくない。殴って撃ち落してしまえばいいだろう。

 

(だが、待てよ・・・・・・)

 あの攻撃はそんなに簡単に対処できるような代物ではない気がする。長年の戦いで培った勘がそう思わせる。

 そして次の瞬間には大まかな推論を立てることができた。

 ボールのように弾むワオキツネザルは、何かに体が叩きつけられても、それを己の攻撃のエネルギーに転ずることが出来るんじゃないだろうか?

 だとしたら、殴ったりしてみせたところで、玉突きのごとく彼女の勢いを速めてしまうだけ。

 

 もちろん躱すことは出来ない。ちょうどいま私の後ろにはシガニーさんがいる・・・・・・だったら残された対処法はただひとつ。

 砲弾のごとき勢いで突っ込んでくるワオキツネザルを正面に見据えると、着弾の瞬間を見計らって、両手で受け止めようと手を伸ばした。

 

_______バチンッッ!!

 彼女を押さえつけるために、完璧なタイミングで突き出したはずの両手が、彼女に触れるや否や、まるで電流が走ったかのように弾き飛ばされた。

 直後、勢い止まらぬ体当たりが胴体にぶち当てられ、今度は私がボールのように吹っ飛ばされるのだった。

「ぐあああッ!!」

 大の字のまま体が壁にめり込む。大型セルリアンの一撃にも劣らぬ、全身の骨と肉に響くほどの威力だ。これを何発も食らったら流石にマズい。

 

「アムールトラッ! 大丈・・・・・・うわぁッ!」

 私を心配して声をかけるシガニーさんが、すぐ傍でバウンドしたワオキツネザルの猛威に怯んで再びうずくまる。

 ワオキツネザルは私から先制ダウンを奪いながらも、なおも攻撃の手を緩める様子がない。

 油断や慢心とは程遠いその様子からは、確実に敵を仕留めようとする戦いのプロの気概が感じられる・・・・・・中々の相手じゃないか。

 

 壁にめり込んだまま、次の手を必死に考えた。

 どうして手が弾かれたんだろう? どうしてあんなに跳ね返りながらも勢いを保ち続けることが出来るんだろう?

 

 休みなく動き続けるワオキツネザルの体は、相も変わらず灰一色の球体だ。白と黒にはっきり分かれた体色が、よくあんなに混ざり合うもんだな。きっと物凄い勢いで回転して・・・・・・

(そ、そうか!)

 飛んでくる勢いにばかり気を取られていたが、一撃を食らうことでようやく気が付いた。

 回転・・・・・・それが彼女の技の要なんだ。

 球体と化した体を激しく回転させることで、色んな角度に跳ね返る勢いを付けるための原動力を作り出し、かつ敵の攻撃を弾き飛ばしてしまう防御としているんだ。

 

「早くそこから動くんだ!」

 シガニーさんが叫ぶのを脇目に、ワオキツネザルが再び私に向かって突っ込んで来ていた。私はようやく壁から這い出ながらも、その場から動かずに彼女と相対した。

「アムールトラ、なぜ避けない!?」

 

 今度は大丈夫ですよ、とシガニーさんへと内心で返事しながら、向かってくる灰色の球体に対して意識を研ぎ澄ました。

 見切ってやるんだ、彼女の技を・・・・・・

 凝らした瞳に映る彼女の姿が、だんだんと灰一色から、白と黒が混在した元の状態に見えて来る。肉薄する距離にまで接近を許してから、やっと私は動いた。

_______スパンッ!

 撃つわけではない。受け止めるわけでもない。私はただ、彼女の体当たりを平手で撫でるように払いのけただけだった。

「うぎゃあっ!!?」

 たったそれだけのことで、彼女は球体を保てなくなり、ほどけた手足をきりもみ回転させながら、私のすぐ後ろの壁に向かって縺れるように激突した。 

 

「ぐっ、ううっ・・・・・・シベリアンタイガー、あたしに何したんだよう」

 グロッキーになって足元をふらつかせながらも、ワオキツネザルはなおもガッツを見せて元の前かがみなファイティングポーズを取った。

 お互いにまだ一撃入れただけ。しかしダメージは明らかに彼女の方が大きい。それも当たり前の話だ。何故なら私がやったのは・・・・・・

 

「君の体が回転する勢いを増してやった」

 回転の軸を見切り、同じ軸に向かって私の腕力をさらに乗せることで、ワオキツネザルの回転の勢いを倍加させた。

 自身で制御できる以上のスピードで回転させられたために、彼女の体は球体を保てなくなった。

 普段以上の勢いがついたまま壁に叩きつけられたんだ。普通に技を食らった私よりダメージが大きくなるに決まっている。

 

「ワオキツネザル、これ以上はやめにしてくれ。私たちは戦いに来たわけじゃない・・・・・・それに、君の技はもう私には通用しない」

「え、え、偉そうに! 悪い奴らの言うことなんてあたしは聞かないよう!」

 

 私の言葉に激昂したのか、ワオキツネザルの戦意がますます燃え盛っている。まだまだ終わりそうもない気配だ。

 仕方ない、と思いながら再び後屈立ちで身構えた瞬間。 

_______ギィィィッ・・・・・・

 待合室の奥にある扉が、ゆっくりと静かに開かれた。

 すると場の空気があっという間に変わった。

 再び私に襲い掛かろうとしていたワオキツネザルも、エレベーターの間際で銃を構えていたSPたちも、顔を真っ青にして首を垂れた。

 

「おおっ、何と嘆かわしい有様であることか」

 扉の奥からまず出てきたのは、執事風の男ペニーワースだ。

 彼は車椅子を押していた。そこに座る人物に視線を落としてお伺いを立てるように呟いている。

「修繕に幾らかかることやら・・・・・・局長、いかがいたしましょう?」

 

 車椅子に座る高齢の女性は、周囲すべてがひれ伏す存在感もさることながら、見た目が何よりも目を引いた。

 大きな薔薇の花飾りを乗せた、どぎついパステルグリーンの帽子の下から、耳元でカールした白髪がのぞいている。

 羽織っているコートも、帽子とまったく同じ色合いだ。ど派手にも程がある装いだったが、けばけばしい感じはまったくなく、ただ完成された気品だけを感じさせた。

 イーラ・C・アルマナック・・・・・・写真で一度だけ見た要人。彼女に会うためだけに、私たちは遠路はるばるやってきたんだ。

 

「2人とも大丈夫!?」と、血相を変えたカコさんが、イーラ女史の後ろからあわてて出てきた。

 彼女の所へすぐに駆け寄りたい気持ちがありながらも、私はその場から動かずに、この場を支配するイーラ女史の一言一句に意識を傾けた。

 

「何をしているの・・・・・」と、皺がれた声が、先ほどの戦いがウソのように静まり返った待合室内に響く。

 SPの中の1人が、意を決したようにイーラ女史の前に駆け寄ると、片膝をついて「お目汚しして大変申し訳ありませんでした」と平伏した。

 

「この者たちは大規模なテロの計画者として、国際的に指名手配を受けているようなのでございます。それが発覚したのがついさっきのことであったため、みすみす侵入を許してしまいました」

 

 SPは後ろを振り返って仲間の一人に手振りで合図した。招かれた男も前に出て同じようにひざまづき、どこからともなくタブレットを取り出してイーラ女史に向かって掲げた。

「そ、そんな・・・・・・」

 イーラ女史の隣でそれを見たカコさんが、口元に手を当てながら青ざめた。

 

 タブレットの中には、カコさんとヒルズ将軍の顔写真が映されていた。つまりパークの指導者4人のうちの2人ということになる。

 色やけしてて少しぼやけた無表情が、かなり悪らつな印象を醸し出している。将軍はともかく、カコさんの写真はかなり実物からかけ離れているように思う。

 

「その手配書は本物なのかしら?」

「は、インターポールにて発行された物に相違ありません。警察にもすでに通報済みです。程なくして警官隊が屋敷に到着することでしょう」

「・・・・・・それは、困ったことだわね」

 

 イーラ女史は部下の報告に対して眉ひとつ動かさないまま、カコさんへと視線を向ける。

「何かの間違いです」と、カコさんは冷や汗をうっすらと浮かべたまま必死に弁解するが、イーラ女史は黙ったまま答えない。

 緊迫したこの部屋の中で、彼女の周囲だけ時間がゆっくりと流れている感じがする。

 

「ともかく、まだこちらの御客人との話は終わっていないのよ」

 少し時間が経ってからようやくイーラ女史は答えた。

「たとえ警察であっても、割って入られるのはご遠慮願いたいわ・・・・・・だから今日はもう、暇をいただこうかしら。ペニーワース、後のことは頼めるかしら?」

「もちろんでございます」

 

 その後、驚くべきことが起こった。

 イーラ女史は私たちを逃がすために一芝居打った。私たちに制服を貸し与えてSPに変装させ、あたかも護衛であるかのように装わせたのだ。

 犯罪者を匿ったりしたら罪に問われる、というSPたちの進言にもまるで耳を貸すつもりはないようだった。

 そして主人の意図をすべて理解しているであろうペニーワースに後を任せ、私たちを連れて事務局の外へ出た。

 

 SPに変装したカコさんが、イーラ女史の車椅子を押して進んでいる。カコさんの両サイドを固めるように本物のSPも二名いる。

 その後ろで私とシガニーさんが歩き、さらに少し後ろから、いまだに私を睨んでいるワオキツネザルが付いてきている。

 

 屋敷の入り口近辺は、すでに数十台のパトカーと数百人の警官がすでに待機していた。広い通りにどよめき立つ野次馬を大声で追い返しながら、完全な包囲網を形作っている。

 1人1人が、全身を隠せてしまえそうな大仰な金属の盾を片手に構え、もう片方には銃を携えている。たった3人を捕まえるのには大袈裟すぎる様相だ。

 その中の一人が私・・・・・・フレンズだということを知ってるからなんだろうな。

 しかしその一方で、私たちに関する詳しい情報は知らないように思えた。警官数百人は、確かに結構な人数だけれども、私を相手にするには全然足らない。 

 

 そんな大人数の武装した警官たちも、イーラ女史の姿を見るや否や構えを解き、一斉に頭を下げるものだから、彼女が持っている権力という目に見えない力の大きさが恐ろしいとさえ思えた。

 これほどの人物がリスクを冒してまで私たちに協力してくれるだなんて・・・・・・

 

「ここを通してくれるかしら? 捕り物をやるのでしょう? 危険に巻き込まれるのは、御免こうむりたいわ」

「ごもっともです。我々の方で護衛を用意いたします」

「結構よ。見ての通り、もう間に合っているわ」

 

 困惑し恐縮する警官たちが、左右にサッと分かれて道を開けると、私たちはその間を悠然と通り抜けるのだった。

 抜けた先の道路には、トラックと見まがうほどの巨大な黒塗りの車が姿を現していた。

 

 車体の横から地面に向かってスロープが降りている。カコさんがイーラ女史の車椅子を押しながらそれを登っていくと、後ろの座席にシガニーさんとSP2人が乗り込んだ。

 私もそれに続いてドアをくぐろうとすると、突如後ろから「わたしたちはこっちだよう」と、ワオキツネザルが私の肩を掴んでぐいと引っ張ってきた。

 

 彼女が指し示した先、車の後部ドアを開いた中のトランクは、ガラス張りの水槽のような空間に改造されていた。座席と思しき段も付いている。車自体が大きいものだから、トランクの中もそこまで狭くなさそうだ。

(ああ、そういうことか)と納得しながらガラスの檻の中に入りワオキツネザルの隣に座ると、ドアが自動で締まり、豆電球ほどの薄明りが灯る中で、2人で息を潜めることとなった。

 外の様子は見えないけれど、トランク内が振動し始めたことで、車が発進したことを悟った。

 

「シベリアンタイガー、あなたって色々とヘンだよう」

 私との戦いを無理やり中断させられて、まだ苛立ちが収まっていないのもあるのだろうけど、ワオキツネザルはともかく何か納得が行かないような表情をこちらに向けて来ている。

 

「戦いが嫌いなくせに、どうしてそんなに強いの? それに、どうしてヒトとそんなにベタベタしてるの? あたしたちの体は・・・・・・」

「聞いてくれワオキツネザル。こんなガラスの檻なんて本当は必要ない。私たちはヒトと一緒にいて良いんだよ」

 

 ワオキツネザルは知らないんだ。確かにフレンズの体からは放射線が出てるけど、人体に影響があるともないとも言えない微妙な数値。気にしないヒトは気にしない。

 私はパークの世話になり出してから、放射線のことでヒトに避けられたりしたことなんかない。そんなのはCフォースの中での常識でしかない・・・・・・まあ、ヒルズ将軍の潜水艦では原子炉のすぐ傍で寝起きさせられてるけど、あの狭い艦内ではやむを得ずそうするしかないだけで、別に差別されてるわけじゃない。

 

「そんなウソ信じないよう。私に優しくしてくれるのはイーラ様だけだもん」

 オレンジ色の瞳を伏せながらワオキツネザルが寂しそうにそう呟くと、トランクの隅の暗闇から何かを掴んで私に見せてきた。

 ・・・・・・ああ、これが何なのかは知ってるぞ。

 

「双眼鏡だね。これ、どうしたの」

「イーラ様は私に色んな玩具をくれるの。いつも頑張ってくれるお礼だって。中でもこれが一番好き・・・・・・だって、さびしさが紛れるんだもん」

 

 ワオキツネザルが自分の身の上を話してくれた。

 イーラ女史に仕える者の中で、フレンズはたった1人彼女だけ。ヒトとの接触も、仕事で必要な場合以外は基本的に許されていない。

 そんな彼女のささやかな楽しみは、街中で遊んでいる子供たちを、建物の上から双眼鏡で眺めることなんだという。本当は自分もそこに混ざりたい、という気持ちを抑えながら・・・・・・

 

「ワオキツネザル、パークはフレンズがヒトと仲良く暮らせる世の中を作ろうとしてるんだ。そうしたら君の夢もきっと叶うよ・・・・・・それに、君のご主人も、パークに味方してくれるつもりみたいだしね」

「ほ、ホントに?」

 

 ワオキツネザルの瞳の中にわずかに明るい光が灯り始める。敵として向かい合っていたつい先ほどよりも、確実に良い雰囲気が流れている。

 そう思ったのも束の間「だけど」と、彼女は再び顔をしかめながら不審そうに顔をそむけた。

 言いたいことはわかる。今の私たちを信じるのは流石に無理があるよな。

 

「あなた達パークがそんなに良いヒトたちだったなら、何で指名手配なんてされてるの?」

「わからない・・・・・・何が起こったんだろう」 

 払拭できない疑問を抱きながら、幾ばくかの時間トランクの中で揺られていると、やがて車が留まり、開かれた後部ドアから外の光が差し込んできた。

 トランクから頭を出すと、カコさん達が私と同じように不安を張り付けた顔で車から出てくるのが見えた。

 

 車を降りた先に広がっていたのは、あの雑踏溢れるメインストリートとも、緊迫感に満ちた政治中枢街とも違う。窪地には田んぼや畑が広がり、それを取り囲む丘の上に民家が軒を連ねている。虫の鳴き声や藁の匂いが心地いい。

 イーラ女史の自宅は、のどかな田園風景の中にあった。

 立派なレンガの塀に囲まれているし、周囲よりは明らかに大きな三階建ての建物だったけれど、見た目の印象としてはただの古ぼけた洋館で、特別に贅沢な感じでもなかった。

 

 塀の向こうに入ってすぐ、立派な大型犬が一匹だけ犬小屋の傍で寝ているのが見えた。

 イーラ女史の姿を見るなりゆっくりと起き上がってお座りの姿勢になり、わんと野太い声で吠えた。彼女も車椅子の上から「ただいまアドルフ」と返事をかえした。

「アドルフという子なんですね」と、車いすを押しながらカコさんが語りかけると「私の最後の連れ合いよ」と侘しげに答えた。

 

 アドルフを後目に私たちが門戸を叩くと、玄関先には数人の使用人やメイドが頭を下げて待っていた。しかし今の私たちにはもてなしを受ける暇などはない。

 使用人に案内されるがまま、連れだって屋敷内を進むと、やがて一際広々としたイーラ女史の私室に辿りついた。

 複雑な模様の絨毯や、大理石の暖炉の上に飾られたカーネーションやダリアなど、イーラ女史の服装と同様に色鮮やかな品々が目についた。それでいてベッドやテーブル、ソファなんかは落ち着いたアンティーク長の物で統一され、部屋の雰囲気を引き締めている。

 

 使用人は机の中央へとイーラ女史が座る車椅子を押していき、その後私たちにソファに座るように促すと、机の傍にいたメイドが白いティーカップに紅茶を注いで振る舞ってくれた。

 

「小一時間ばかり人払いを」

 イーラ女史がそう告げると、使用人もメイドも両開きの扉の前でお辞儀をしてから部屋を後にした。事務局からずっと私たちに付いてきていたSP二名もそれに続き、ワオキツネザルだけがたった1人護衛に残った。

 

 カコさんとシガニーさんが、それぞれに息を飲みながらイーラ女史と向かい合っている。

 ワオキツネザルは扉の前でじっと佇んでいたので、私もそれに倣い、ソファには座らず彼女の隣に立ってカコさんたちの様子を見守ることにした。

 やっぱりパークの仲間内以外では、あまりヒトの近くにはいない方がいいのかもしれない・・・・・・少なくとも今は。

 

「さて、先ほどの話の続きをしましょうか。パークの代表者として、私にCフォースとの停戦調停の仲介人を依頼したい、という話だったわね」

「はい。ぜひ貴方様にお願いしたいのです」

 

 緊張した面持ちのカコさんとは対照的に、イーラ女史は紅茶の香りを楽しむようにティーカップを口元で軽く揺らしている。そしてしばらくすると一口だけ音も立てずに啜り、ゆっくりとトレイに置いた。

 とても長く感じられる一連の動作を行った後、イーラ女史は悠然と言い放った。

「謹んでお受けするわ」

 その言葉を聞いた瞬間、シガニーさんも、そしてもちろん私も、彼女に向かって深々と頭を下げるのだった。

 

「ご助力たまわり感謝いたします。しかし、よろしいのですか? 私たちのためにこのような危険まで・・・・・・」

「いいえ、これは私の問題でもあるわ。こんな機会が来ることをずっと待っていた。よくぞ私を訪ねてくれたわね」

 

 イーラ女史は自嘲的に微笑むと、自身の心情を打ち明けてくれた。

 自分もまた、20年前から時間が止まったままなのだと。よかれと思って仲裁をした結果、パークとCフォースの深刻な対立を招いてしまった。そのことを彼女は未だに後悔しているという。

 セルリアンがもたらす社会の混乱により、両者の対立を解決することは一層困難になった・・・・・・彼女に残された道は、自らが築いた権力で社会貢献を続けることだけだった。

 やがてCフォースが支配体制の一角を担うことになると、同じ側にいるイーラ女史はCフォースを押さえつけることが出来なくなり、反体制側であるパークを支援することも、接触すること自体が困難な状況に陥ったという。

 

「フレンズという新しき友を受け入れ、一丸となってセルリアンからこの世界を守る・・・・・・それが今の人類の急務よ。この争いは一刻も早く終わらせるべきだわ。未来を生きる者たちに禍根を残してはいけない」

 そう力強く語りながら、イーラ女史は視線を横に流した。その先にあったのは、壁に掛けられた大きな写真だ。私たち全員もつられて写真を凝視する。

 

 写真にはイーラ女史が、彼女の子供や孫とおぼしきヒトたちと一緒に写っていた。彼女の老け具合からいっても、かなり最近のもののようだ。

 その中にたった1人だけ、異様に目を引く幼い子供がいた。

 顔は泥だらけで、金色の髪の毛はボサボサだった。まるで牧場の子供みたいなオーバーオールを着ている。ドレスや礼服で着飾った上品な男女たちが横並びで笑顔を作っている中で、明らかに浮いた身なりだ。

 幼いのも相まって、性別すらもわからない。良く見ると、オーバーオールのポケットの中にはネズミと思しき小動物が数匹入っていて、それを大事そうに両手に抱いている。

 

「ミセス・クリュウ。そのやんちゃ坊主が気になるかしら?」

「あ、いえ、申し訳ありません」

「それは曾孫のカレンダ。今は7歳で、いちおう女の子なのよ」

 

 と、私たちが注目する先を察したのか、イーラ女史が答えてくれた・・・・・・へえ、カレンダちゃんって言うのか。

「私の血を良く引いているのか、無頼の動物好きで、何匹ものペットと一緒に庭を駆けずり回っているそうよ。フレンズのことにも興味があるみたい・・・・・・ミセス。もしかしたら、将来はあなたのようになるかもしれないわね」

 

 皺くちゃの顔を歪めて笑うイーラ女史の瞳は遠く寂しげだった。

 未だ矍鑠としているけれども、さすがに年齢が年齢だ。カレンダちゃんの成長を見られる時間も残り少ないだろう。

 それでも彼女は、家族の傍で静かに余生を過ごすことを選ばなかった。老骨の身に鞭うって、自分の役目を全うしようとしている。

 

「貴方を頼って良かった・・・・・・」

 突然にカコさんの瞳から光る物が流れる。失礼、と言いながらそれをハンカチで拭き取った。色々なプレッシャーに晒されていた彼女は、イーラ女史の真意や人間性に触れたことで、色々な感情が一度にどっと溢れてきたようだ。

 シガニーさんがカコさんの肩を横からポンと叩いた。

 イーラ女史はそれを目を細くしながら慈しむように見ていたが、程なくして「さて」と表情を切り替えた。

 

「停戦に協力はする。二言はないわ・・・・・・しかしまずは、今のあなた方の内情を詳しく話してもらいましょうか。なぜ国際指名手配などということに?」

「そ、それは」

 

 カコさんとシガニーさんが困惑した顔を見合わせると、シガニーさんが手元のハンドバッグからタブレットを取り出して机の上に置いた。

「私たちも事態を把握できていません。今ここで仲間と連絡を取ってよろしいでしょうか?」

 イーラ女史の承諾と同時にタブレットに光が灯る。人払いはしてくれているようだから、情報が漏れることはないと思いたい。

 

《やあ、そろそろ君たちから連絡が来る頃だと思っていた》

 画面に映る潜水艦の指令室では、ヒルズ将軍が石像のように突っ立ちながら私たちを待っていた。イーラ女史を見やると《お会いできて光栄です》と、慇懃な調子で自己紹介をしてみせた。

 将軍はいつもとまったく変わらない。でかでかと顔が映った手配書が出回っているヒトの落ち着きぶりとは思えない。

 

 しかし周囲の様子が異常だ。ヒルズ将軍の隣には何故かウィザードがいて、口をあんぐりと開けたまま燃え尽きたように呆けている。

 また、画面に映り込む数人の兵士たちは異様に殺気だっていて、ギラついた視線をこちらに向けてきている。

 

「将軍、いったい何が起こったのですか?」

《・・・・・・致命的な事態さ》

 将軍はそれだけ言うとおもむろに瞳を閉じながらため息を付く。少し経ってから見開かれた瞳の中には、彼らしからぬ冷静さを欠いた激情が燃え盛っていた。

 

《パークの裏切り者が誰なのか、ようやく判明したよ》

 

to be continued・・・




_______________Cast________________
    
哺乳綱・ネコ目・ネコ科・ヒョウ属トラ亜種
「アムールトラ」
哺乳綱・霊長目・キツネザル科・ワオキツネザル属
「ワオキツネザル」
_______________Human cast ________________

「久留生 果子(くりゅうかこ)」
年齢:26歳 性別:女 職業:国際的非政府組織「PARK」構成員 南アフリカ事業所代表
「シガニー・スティッケル(Sigourney Stickell)」
年齢:41歳 性別:女 職業:国際的非政府組織「PARK」構成員 南アフリカ事業所副代表
「リクタス・エレクタス・ヒルズ(Rictus Erectus Hills)」
年齢:30歳 性別:男 職業:国際的非政府組織「PARK」構成員 リベリア・ギニア事業所代表
「イーラ・C・アルマナック(Era Chronicle Almanac)」
年齢:83歳 性別:女 職業:国際連合 安全保障理事会特別顧問ならびにマダガスカル支部局長 
「ジェイコブ・ペニーワース(Jacob Pennyworth)
年齢:64歳 性別:男 職業:国際連合 安全保障理事会マダガスカル支部副局長

______________Story inspired by________________

“けものフレンズ”  “けものフレンズ2”
      byけものフレンズプロジェクト

     “けものフレンズR”
      by呪詛兄貴
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