けものフレンズR あるトラのものがたり   作:ナガミヒナゲシ

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過去編終章18 「めざめのはじまり」

 カコさんと別れてから既に5日経った。今日が6日目だ。

 予定通りならば、今日で戦いに必要な前準備はすべて完了する。明日には私たちはマダガスカルを発ち、南アフリカはプレトリアへと赴く。

 

 そういえば、私たちの組織はもうパークじゃない。名前を変えなければならなくなった。

 世間的にはパークの代表は、裏切り者のモザンビークの長老ということになる。だから私たちはもうパークを名乗れない・・・・・・少なくとも、さまざまな問題に決着がつくまでは。

 

 代わりに付けられた新しい組織名は「JAPARI(ジャパリ)」だ。

 元となった言葉は「SAFARI(サファリ)」という、生き物たちの自然の楽園を指し示す言葉で、パークとほぼ同じような意味らしい。その中のSとFの綴りをもじった造語がJAPARIだそうだ。

 「J」の字は、合流地点を意味するジャンクションという英単語から取ったものらしい。そして「P」の字はパークを意味している。

 今は他の道に逸れていても、いずれ必ずパークに合流する、という意図がジャパリには込められているらしい。

 

 誰も彼もが、決戦の日に備えて黙々と準備に励んでいた。

 原子力潜水艦が停泊している港町トゥリアラの飛行場に、イーラ女史の厚意によって与えられた3機の巨大輸送機が着陸すると、拠点としての機能を潜水艦から輸送機に移す引っ越し作業が始まった。

 今やただ一人のリーダーとなったヒルズ将軍の指揮のもと、兵士たちが輸送機への物資の詰み込みや兵器の点検を急ピッチで進めている。あれほどヒトでごった返していた潜水艦の中がまるで廃墟みたいになっていた。

 

 重要な戦闘要員である私たちフレンズは、潜水艦が停泊する広い地下ドックや、艦内のVRを使って最後のトレーニングに励んでいた。

 私、パンサー、スプリングボック、オルカ、シロナガス・・・・・・もともといた5名に加えて、西と北の軍勢からヒトの兵士に混じって12名程のフレンズが派遣されてきた。ジャパリ側のフレンズは合計で17名だ。Cフォース側には何百人いるかもわからないのに、絶望的な数の差がある。

 Cフォースと違って、ジャパリもといパークには、自ら協力を希望した子しか戦闘には参加させてはいけないという決まりがある。だからそもそもの頭数が少ないんだ。それぞれの支部を防衛しなければならない状況で、こちらに割ける人数はこれが限界なんだろう。

 

 わかってはいるけど、もっとフレンズがいてくれればと思ってしまう。

 最近出会ったワオキツネザルは私に付いて行きたい、と言ってくれたけれど、イーラ女史の護衛という仕事がある上に、大元の所属がCフォースである彼女には無理な話。いつか必ずまた会おうね、と約束を交わしながら別れることになった。

 彼女はCフォースのフレンズでありながらも、最後はパークの考え方に理解を示してくれた。次に会う時は何のしがらみもない友達同士だ。

 ワオキツネザルとは本当に気持ちよく別れることが出来たと思う。

 

 一方で・・・・・・とても不安が残る状態で別れた子が一人いる。ケープペンギンだ。

 彼女はまだ、裏切り者のモザンビークの長老が率いていた部隊と行動を共にしているはず。長老が裏切ったからと言って、部下まで全員裏切り者である根拠はないけど、もはや彼女の安否を確認する術はないんだ。もしCフォースに捕まっていたらと思うと心配でたまらない。

 パンサーは「あの子ならいざとなったら海を泳いで逃げられる」と言っていたが、そうであってくれることを祈るばかりだ。

 

 ともかく、戦力に差がありすぎるCフォースとの正面衝突は避けなければならない。避難民の護衛とジャミング装置の設置。このふたつを奴らから逃げながら行うのが私たちの任務だ。

 

 今までに自分が歩んだ軌跡が思い返される。

 色んなフレンズやヒトと出会った。そして別れた。その延長線上にある今日に辿り着いた。

 いま私の中には、かつてない程に激しい闘志が沸き立っている。

 グレン・ヴェスパーへの怒りも、ヒグラシ所長ともう会えないかもしれない悲しみも、ゲンシ師匠から託された願いも・・・・・・そして最後に、悲痛な覚悟で1人死地に赴くカコさんの力になりたいという気持ちも、すべての強い感情が織り交ざって、この戦いに命を懸けろ、すべてを出し切れ、と私の背中を強く押している。

 

 私は時間が許す限り、VR空間の中でゲンシ師匠との稽古に励んだ。

 何度倒されようとも起き上がって師匠に教えを乞うた。倒したり倒されたりを何百ぺんも繰り返して、彼の技術の数々を体を張って身に着けた。

 ・・・・・・幸いにも時間はたくさんあった。

 現実の時間ではたったの一時間しか経っていなくても、VRの中では何十時間と過ごすことが出来た。

 ウィザードがプログラムをそういう仕様に改造してくれたんだ。時間の感じ方と一緒に、私の体にかかる負担も数十倍になったけれど、そんなのぜんぜん構わない。今が私にとって一番大事な時間なんだ。

 

 師匠から託されたすべてを糧にして決戦に臨まなければいけない。

 そう思ったら、一分一秒も無駄になんかしていられるもんか。

 ・・・・・・それに向こうにはクズリがいる。アイツは私との戦いを望んでる。プレトリアで戦っていれば、いずれ鉢合わせることもあるだろう。

 

_______プシュウウウ・・・・・・

(な、何っ!?)

 荒波が打ち寄せる砂浜で、ゲンシ師匠と全力の稽古に励んでいたのに、あらゆる景色が一瞬で色褪せ、私も師匠も細かい粒子の中に消え失せて形を失ってしまった。

 

「はあっ・・・はあっ・・・」

 現実世界に戻った瞬間、全身から身を焦がすような熱気が発せられていることに気付いて驚いた。心だけじゃなくて肉体も闘志に燃えているみたいだ。

「ヨー、お疲れチャン」

 開かれた金属の天蓋から汗だくになった上半身を乗り出すと、パソコンを操作しているウィザードが手を止めて、私の方を見てニヤリと笑っていた。

 

「今のユーを見てると、まさに鬼気迫るって感じだナ」

「・・・・・・どうして止めたんだウィザード! 私はまだ!」

「ヘーイ落ち着け。いいからミーの話を聞けってばヨ」

 

 ウィザードがVR内での私の戦闘データを解析して報告してくれた。

 私の相手をしてくれているゲンシ師匠は、長年培った技術のすべてを発揮して戦っている本気の状態だ。その強さは想像を絶する。

 最初に戦った時はまったく歯が立たなかった・・・・・・だが今の私は、彼相手に勝率がちょうど50%ぐらいで安定するようになったそうだ。

 もちろん身体能力はヒトと同等レベルに調整された状態でだ。

 

 つまりウィザードは、私がこのVRプログラムで強くなれる限界にまで達したということを言いたいんだそうだ。

 だったらもう、ハードなトレーニングでいたずらに体力を消耗することはない。明日から始まる決戦に備えてゆっくり休んだらいい、と彼は言ってきた。

 確かに自分でも手ごたえは感じているけど、だけど・・・・・・

 

「ウィザード、例の件は何かわかった?」

 それは今の私の一番の焦りの原因になっている事項だ。

 ケープタウンでメガバット相手に一度だけ発動させた、相手の記憶や思考を覗く技。おそらくは私の”ふたつめ”の能力・・・・・・

 未だに正体がまったく掴めない。死にものぐるいでプログラム上のゲンシ師匠と戦っていても発動の片鱗すら見えない。

 

 答えがあるとしたら、師匠が数十年かけて学んだというチベットの「霊山元承拳」だろう・・・・・・相手の思考を前もって読めるなんて能力があれば、どんな相手にも勝てる。

 避難民やジャパリの仲間たちを守るために、決戦が始まる前に、何としても自在に使いこなせるようにしておきたいんだ。

 そんな私の焦りを他所に、ウィザードからは「特に収穫は無かったナ」と落胆させるような返事が返ってくるのだった。

 

「時間がねえ中で色々と調べはしたゼ? チベットの大昔の文献とかヨ。だがまあ、他人の頭ン中を覗く技があるなんて記述は見つかんなかったゼ」

「・・・・・・そう」

「格闘技でなしに、宗教やらオカルト方面じゃあ、西洋でもアジアでも似たような話は聞くけどヨ。それらがでっち上げじゃなくマジモンだって証明できたヤツはいねーわナ」

 

 ウィザードが頭をボリボリ掻きながら何か考え込んでいる。今の彼の髪型はまるで綿菓子みたいだ。彼の編み込み頭はセットしないとあんな風になるんだな。

 八方手を尽くして手がかりがないと断言した彼だったが、ほかにも何かまだ言いたいことがあるようだった。

 

「アムールトラ。実は・・・・・・一個気になった文献があったんだがヨ」

「え!? な、何?」

「ユーも見た事あるヤツだゼ。ゲンシ・サクヅキが、ユーに宛てて書いたって遺書サ」

 

 もちろん覚えている。生前の師匠がそんな物を私に残してくれたってだけで当時の私は胸がいっぱいになった。だけど、内容は分からず仕舞いのままだった。

 ヒグラシ所長に頼んで読んでもらえば良かったのに、私はそうしなかった。当時彼とギスギスしていたことがつくづく悔やまれる。

 

「このVRプログラムにはヨ、ゲンシ・サクヅキが書物に残した技術と一緒に、遺書のデータも入ってんだヨ・・・・・・だが、データ上にあるってだけで、プログラムの挙動に織り込まれてるワケじゃねー」

「どうしてなの?」

「そりゃアもちろん、戦闘技術に関連した内容じゃねーからナ・・・・・・まあ、実物を今から見せてやんヨ」

 

 ウィザードに手招きされるまま、私はVRマシンを抜け出して、彼が操作しているパソコンの画面を覗き込んだ。

 達筆な筆文字が書き込まれた一枚の紙が映されている。もちろん私には読むことは出来ない。ただ師匠の私への気持ちが当時のままに感じられる。

「こんなことが書いてあるゼ」とウィザードの口から内容が読み上げられた。

 

 汝、我が最後の弟子に告ぐ。

 万物は表裏一体の円環をもって全となすなり。

 空を欲するならば地の中に深く根を張るべし。眩い夜明けを目指すならば長き闇夜を進むべし・・・・・・

 

 難解な言葉ばかりだけど、何となく意味がわかる内容だった。

 修行の心構えをあらゆる自然法則になぞらえて語っているんだ。その上でくじけずに精進しろと私のことを励ましてくれている。

 だけど、結びの一文だけがよくわからないのだった。

 

 すべての功が成りし時、その手に大極が握られむ。

 

 そう書かれて手紙は終わっていた。

 

「何なんだろうナ? この大極(だいきょく)ってのは?」と、ウィザードも同じ感想を抱いている。

「このマジな文面で”太極拳”の誤字ってこたァねーだろうしヨ」

 

 ウィザードはこう推測したらしい。

 他の手がかりが見つからない以上、もしかするとこの”大極”という謎の言葉が、私の探している答えなのかもしれないと。

 だとしたら、その意味がわかるのは修業が完成した時・・・・・・今の私にはわからない。

 

「そうか、ありがとう。色々と調べてくれて」

 疑問が再び振り出しに戻ってしまった。

 ゲンシ師匠の手紙にもあったように、焦るばかりじゃ見つかる答えも見つからなくなる・・・・・・頭ではわかっているけど、やっぱり残念だ。

 

 落胆を隠せないでいる私を「自信持てヨ!」と、ウィザードが励ましてくれた。

 

「ユーはこの短期間でものすげー強くなったゼ? 前までのユーがフリーザ編の悟空だったら、今は魔人ブウ編ってトコじゃネーか? ここはまるで精神と時の部屋みてーだナ! ガハハハッ!」

 

 またワケのわからない事を言って笑っている。おおかた漫画やアニメの話なんだろうけど。

 ・・・・・・私は知っている。ウィザードのふざけた態度はいつも通りだが、今のそれは恐怖を隠すための空元気なんだ。

 彼は常人にはない物凄い技術を持ってはいるけれど、兵士じゃないから戦うことは出来ないし、血生臭い状況に耐えられるほどタフじゃない。今回、ジャパリが陥った危機的状況にも人一倍ショックを受けていた。

 だが彼も明日には技術スタッフとして、私たちと一緒にプレトリアに向かうことになっている。

 彼は危険な依頼にも首を縦に振らざるを得なかった。さもなくば借金が返せなくて非常に困ったことになるらしい。

 

「ウィザード、お互い頑張って生き残ろうよ・・・・・・ところで、突然で悪いんだけど、あんたの本名を教えてくれないか?」

「ハァ? やだネ、死亡フラグみてーなこと言わせようとしてんじゃねーヨ」

「そんなこと言わずに頼むよ」

 

 ウィザードには出会ってから世話になりっぱなしだ。

 彼のおかげでケープタウンでの戦いを生き残れたし、亡きゲンシ師匠と再会して修行をやり直すことが出来た。

 戦いが始まったら、こんな風に話す機会もなくなるだろうから、今のうちに恩人の本名を聞いておきたいんだ・・・・・・そう思ったのだけれど、彼は「縁起が悪い」と怒っている。

 しかし、そういう風に思う感性自体を私が理解できていないのを察すると、彼は呆れたように溜息をひとつ付いて「一度しか言わねーゾ」と観念したようだった。

 

「・・・・・・アーサー、アーサー・ブラック。それがミーのクソださい本名サ」

「ありがとうアーサー。これからはそう呼ぶよ」

「勘弁してくれヨ、ミーは超・天才技術者のウィザード様なんだゼ?」

 

 彼は自分の本名があんまり好きじゃないそうだ。聞くところによると、アーサーというのは結構ありふれた名前らしい。平凡な名前は自分にふさわしくない、と考えてウィザードと名乗っているんだと。

 ・・・・・・まあ何というか、さすがは変人だ。私には考えが理解できないや。

 

_______ガタンッ!

 潜水艦内のVR機器は、ミサイルの発射管の中に特設されている。私とウィザードの会話だけが反響していたその狭い空間に、大きな物音を立てて飛び込んでくる姿があった。

「・・・・・・あ、パンサー」

 

「アムールトラ、ウィザードさん、ちょっと来て!」

 ただごとじゃない様子のパンサーが、発射管の外から顔を乗り出してそれだけ言うと、振り返って私たちを手招きしている。私たちも表情を一変させて彼女の後に続いた。

 

「パンサー、いきなりどうしたんだよ!?」

「メガバットが大変なの!」

「・・・・・・メガバットが?」

 

 目的地まではものの十数秒ぐらいしかかからなかった。メガバットの生命を維持しているサンドスター調整槽も、VRマシンと同じくミサイルの発射管の中に取りつけられているのだから。

 薄暗い発射管室の中、始めてここに連れてこられた時と変わらずに、物言わぬメガバットの肉体が溶液の中に浮いている。

「これ見てよ!」

 パンサーが指し示したのは、調整槽の根元に取り付けられた計器だ。

 そこには波のような波形と、何かの数字が常に表示されていたはずだった。しかし今や波形は平坦な線になっていて、数字は消失してしまっていた。

 代わりに計器から「ピー・・・・・・」と甲高い音が鳴っている。

 

「たった今こうなったの! 良くわからないけど! マズい状態なんでしょ!?」

「・・・・・・ああ、こりゃあ心臓が止まっちまってるナ」

「何とかしてよウィザードさん!」

 

 血相を変えて食って掛かるパンサーに「そう言われてもヨ」とウィザードはかぶりをふった。

「もうどうにもならねーんじゃネーか・・・・・・これがメガバットの寿命なんだヨ」

 

 それを聞いた瞬間パンサーは言葉を失い、膝を付いて項垂れてしまった。

 ウィザードはスマートフォンを手にメガバットの急変を仲間に知らせている。

 

 ・・・・・・私はおもむろに目を閉じて意識を集中させ”意”の世界へと潜った。

 いつもなら勁脈打ちを放つ時にしか入らない場所だったが、もちろん今は違う目的で足を踏み入れている。

 ここにいれば、相手の魂の輝きを認識することが出来る。傍目には生きているのか死んでいるのかわからないメガバットのそれでさえも。

 今わの際を迎えようとしている彼女の”意”を見つけ、それが消え去ってしまう瞬間を看取りたい・・・・・・それが友達として、私に出来る唯一のことだろう。

 

(あった!)

 今にも消えてしまいそうな、弱弱しい青白い光が、メガバットの輪郭の中で揺らめいている。

 ここからじゃ遠い。夜空に光る星のひとつを見つけることが難しいように、今にも見失ってしまいそうだった。

 

(もっと近くに行きたい)

 ・・・・・・こんな遠くから看取るだけじゃ、やっぱり寂し過ぎる。

 一度だけ起きた奇跡。それをふたたび起こしたい。

 あの時計塔の中で、私は物質の境界を踏み越え、魂だけを浮かび上がらせてメガバットの魂に溶け合った。そして彼女の悲惨な半生を知った。

 もう一度彼女の魂と溶け合いたい。もう一度・・・・・・もう一度だけでいいから。

 

(行きたい、行きたい、行きたい)

 

 気が付くと頭の中が同じ言葉で埋め尽くされていた。

 それを自覚した瞬間、私の魂は再び形を無くして虚空へと飛び出していた。弱弱しい青白い光に向かって距離を縮めていく。

 私のふたつめの能力がメガバットに・・・・・・まさにあの時と同じ相手に対して発動したんだ。どうして出来たのか自分でもわからない。

 

 風前の灯火のようなメガバットの魂の中は、青白い外観とは打って変わって、赤黒く気色悪い色の液体に満たされた沼地が広がっていた。

 沼地の中心は漆黒の空洞になっていて、赤黒い沼地が渦巻き状に空洞に吸い込まれていっているのが見える。

 この勢いじゃ、まもなく空洞に沼地がすべて吸い尽くされてしまうだろう・・・・・・

 

 空洞に吸い込まれてどんどん水位が減っている沼地の中、私は必死にメガバットを探した。

 そして見つけた。水に浮かぶ落ち葉のように頼りなく、渦巻きに流されるまま吸い込まれようとしている彼女を・・・・・・溶け落ちたはずの手足が揃っている。黒く大きな翼も生えている。

 

 私は本能で悟った。あの空洞の中に吸い込まれてしまったら、その時こそメガバットはこの世から完全に消えてしまう。

(そんなこと、させるもんか!)

 宙に浮く光と化した自身の体を、赤黒い液体めがけてダイブさせ、流されゆく彼女をかっさらって再び飛び上がった。

 

「メガバット! 起きて!」

「・・・・・・」

 どこか上か下かもわからないけれど、ともかくあの漆黒の空洞から遠ざかるんだ・・・・・・そう自分に言い聞かせながら、意識のないメガバットを抱えて、無限に広がる暗闇の中をどこまでも飛び続けた。

 

 やがて目に見える風景が様変わりしていく。

 ここまで来れば大丈夫だろうと思った。何故ならここは一度来たことがある場所だ。

 ガジュマルの樹のような、いくつもの枝が絡み合って無限に枝分かれしている洞窟が広がっている。ここはメガバットの記憶、意識そのものだ。

 

「う・・・・・・ア、アムールトラ?」

 胸元に抱きかかえたメガバットが、朦朧としていた意識を覚醒させた。私は驚いて「大丈夫かい!?」と大声で呼びかけた。

 

「ふふふっ、あなた、またここに来たんですのね。どこまでおせっかいなのかしら」

「良かった・・・・・・!」 

 

 メガバットは盲目の真っ白い瞳をしっかりと見開いて「ありがとう」と、私に向かって微笑みかけてくれた。

 枝分かれする洞窟の前で、宙に浮かびながら互いにしっかりと抱きしめ合った。

 

「大きな戦いが迫っているようですわね。あなたの顔を見ればわかりますわ」

「・・・・・・メガバット、私の顔が見えるの?」

「ええ、ここは現実世界じゃありませんもの」

 

 息がかかりそうな距離で言葉を交わす。

 こんなに暗くて、広くて、寂しい場所で、メガバットは私が来るまで何をしていたんだろう。

 

「ねえ、もう起きてよ。現実世界で君と話したいよ」

「そうしたいのは山々ですわ。でも今の私はここにとどまっているので精いっぱい・・・・・・いつ、あの暗い穴の中に落ちてしまうかもわからない」

「そんなの嫌だよ! さあ、もっと明るい所へ行こう!」

 

 私はそう言いながらメガバットをまた抱き締めて、この無限に広がる回廊の出口を探そうと体に力を込めた。

 ・・・・・・しかし、彼女の体は空間に固定されたようにピクリとも動かない。

 

「良いんですのよアムールトラ。私のことよりも、いま自分がやるべきことに集中して・・・・・・他の誰かを助けて。私にそうしてくれたように・・・・・・」

 メガバットはそう言いながら私から手をはなした。

 すると私は弾き飛ばされるようにメガバットから離され、枝分かれしている洞窟も、すべての景色が急速に遠ざかっていくのを目にした。

 

「・・・・・・はっ!?」

 それまで見ていた物がすべて幻だったように我に返る。

 先ほどとまったく同じように、薄暗いミサイルの発射管室の中で、それまで溶け合っていたメガバットが溶液の中に浮いているのを見上げていた。

 

「ワオ、こいつは信じらんねーナ!」

 いつの間にかパンサーとウィザードは私より前に移動していて、調整槽の計器を食い入るように眺めていた。

「メガバットの心拍が戻ったゼ!」

「じゃ、じゃあ命が助かったってこと?」

「ああパンサー。どーやらそうみたいだゼ。コイツはいわゆるミラクルってやつだナ」

 

(な、何だ・・・・・・何が起こった。まさか、私がメガバットを助けたっていうのか? それも私のふたつ目の能力? だとしたら、この能力の正体は一体なんなんだ)

 

 しばらく経ってから、何人かの医療スタッフがその場に到着した。

 調整槽の前に立ってメガバットのバイタルチェックをしている。

 いったんは心停止したものの、また容態が安定し始めたそうだ。それでも目覚めることはなく、植物状態のままだったけど。

 

 私とパンサーは少し離れた所でそれを眺めていた。

 ウィザードは他の仕事に呼び出されたみたいで、足早にその場を立ち去っていた。

 

「ありがとう、パンサー」

「・・・・・・え、どういう事?」

 

 パンサーが私を呼んでくれたから、土壇場でメガバットの命を救うことができた。

 そう思って礼をしたつもりだったけど、彼女がきょとんとした顔でそう返してきたのを見てハッと我に返った。

 ・・・・・・そうだよな。私が助けたって言ってもパンサーにはワケがわからないよな。だいいち、そうである確証はない。ただ単に自然回復しただけかもしれないし。

 

「あ、いや、君はどうしてメガバットの所に来てたんだい?」

「・・・・・・これが最後になるかも知れないから、挨拶に来てたの。もしかしたら目を覚ましてくれるかも、って思ったし」

「そうか、きっとメガバットも喜んでるよ。本当に君は優しいね」

「そ、そんなことないよ。アタシはただ・・・・・・」

 

 パンサーは膝を抱いて座り込むと、遠い目をしながら語り始めた。

 今度は敵ではなく友達としてメガバットと接したいと。ケープタウンで私たちの命を救ってくれたお礼がどうしても言いたいんだそうだ。

 それだけじゃない。この戦いをきっかけに、多くのCフォースのフレンズをジャパリの仲間にすることが出来れば、と彼女は語った。

 

「だからアムールトラ、一緒に頑張ろうね」

「う、うん」

 

 パンサーの気持ちが嬉しかった。

 メガバットの目覚めを待ち望んでいるのは私だけじゃないんだ。

 

 私とパンサーは同じ考えを持っている。私だってCフォースの人造フレンズは救わなければならないと思っている。メガバットのような目に遭う子を1人でも減らさなければいけない。

 敵はあくまで彼女らを良いように使い捨てるグレン・ヴェスパーだ。

 ・・・・・・でも今の私は何故だか、彼女の言うことにあんまり共感できなかった。

 

「さ、アムールトラ、そろそろ時間だよ」

 2人で発射管室を後にし、今や勝手知ったる艦内を練り歩いて原子力潜水艦の外へ出た。

 潜水艦は今、地下深くに建造されたドックに停泊している。

 天井も高く面積もだだっ広いその場所は今、決戦を前に集まったジャパリの兵士たちでごった返していた。

 輸送機への引っ越し作業は予定通り終わったようだ。

 

 誰もがその場に腰かけたり、コンテナにもたれたりしながら食事を始めている。人ごみの間を縫うように移動しながら食事を配っている兵士もいた。

 決戦の地プレトリアに出発する前の最後の食事だ。

 それが済んだらヒルズ将軍が兵士たちに向けて演説を行い、それぞれのチームに分かれて輸送機に乗り込むという流れになっている。

 

「パンサーさ~ん!」と、私たちに向かって呼びかけてくるフレンズたちの声が聞こえた。

 各地から集められたフレンズたちもまた、一か所に集まって食事をしていた。オルカやシロナガスの姿も見える。

 パンサーはその呼びかけに応えるように彼女たちの下へ駆け寄っていった。

 

「・・・・・・アムールトラ」

 私もパンサーの後に続こうとしたが、とつぜん後ろから声をかけられた。

 振り向くとそこに立っていたのはスプリングボックだった。彼女はどうしてあっちのフレンズ達の集まりから離れているんだろう?

 

 スプリングボックはパンサーのように社交的な性格じゃない。だから集まってきてくれたフレンズたちともあまり関わり合いになっていない。

 ケープタウンでの戦い以来、私は変わらず距離を置かれてしまっているし、この間Cフォースのフレンズとどう向き合うかの件で揉めた時からは、親友のパンサーともギクシャクしてしまっているようだ。

 

「貴様の分の食事です」

 スプリングボックはそう言うと、ヒトの胴体程の大きさもある麻袋を私に差し出してきた。

「あ、ありがとう」

「・・・・・・実は貴様に折り入って相談があるのです。食事の後で聞いてくれますか」

 

 スプリングボックの方から話しかけてくる事自体めずらしいのに、相談があるだって? 

 予想だにしない誘いに私がぽかんとしていると、彼女は「ここじゃ何ですね」と、辺りをキョロキョロと見回し始めた。

 そして一点、周囲で一番高く積み上げられたコンテナのてっぺんに狙いを定めた。

 

「付いてきなさい」

_______フォンッ・・・・・・!

 彼女は巨大な麻袋を手に下げたまま、自慢のジャンプ力でコンテナのてっぺんまでひとっ跳びしていってしまった。その様子に、近くで見ていた兵士たちが何人もギョッと驚いている。

 そこまでして私とサシで話したいことって何なんだろう?

(まあ、行ってみるか)

 考えても無駄だと思い、私も彼女を追うために足に力を込めた。

 

 

「貴様、それで腹が満たされるのですか?」

「大丈夫だよ。とっても美味しいよ」

 

 積み上げられたコンテナのてっぺんで、スプリングボックの横に座って一緒に食事していた。

 ここの高さなら広い地下ドック全体をまるまる見下ろせる。

 

 スプリングボックは例の「派手な色のパン」を食べているけど、私は違う物を食べている。

 バケツ一杯のご飯と、ほうれん草の炒め物、カボチャやナスの揚げ物が大皿に数十個、飲み物としてヤシの実まるまる1個。これだけ食べて、栄養価は派手な色のパン1個分でしかないらしい。

 

 ・・・・・・イーラ女史の館でカコさんと別れて、潜水艦に戻ってきてからすぐのことだ。

 例のパンをとても不味く感じるようになって、体が受け付けなくなってしまった。

 あれだけ美味しいと感じていたはずなのに、どうしてこんなことになったのかわからない。それでも少しの間は無理して食べていたけど、いよいよ気持ち悪くなって、食事中に戻してしまった。

 それがヒルズ将軍らに知られることになると、私の体調面を考えて、野菜や果物、穀物を必要カロリー分食べさせてくれるようになった。破格のカロリー量がある例のパンを食べていた頃は意識してなかったけど、フレンズの体はとんでもなく燃費が悪い。

 とうぜん肉は食べられない。オーダーが無い状態で、肉食獣のフレンズが肉を食べると体調を崩すと言われているからだ。

 

 腹を満たすために食事に手を付けていく。

 不幸中の幸いだけど、私はもともと野菜や果物だって美味しいと感じる変わり者のトラなんだ。ほうれん草はクセがなくてスルスル喉に入るし、ナスなんて野菜であることが信じられないぐらいに脂っこくて美味しい。

 ・・・・・・だけど、やっぱりだめだ。野菜や果物をどんなに食べても腹が満たされない。

 あっという間に、ほうれん草が入ったバケツの底が見えてきた。後2、3口かな、と物足りない気持ちのままフォークでほうれん草をすくうと、バケツの底に一片、小さな赤い塊が見えた。

_______ゴクリッ

 それを見た瞬間、口の中に生唾が溢れて思わず喉を鳴らした。

 ベーコンだ。このほうれん草は元々兵士たちの食事から取り分けた物だ。ほうれん草と一緒に炒めていた物なんだろう。多分それが、私の分を取り分ける時に誤って混入してしまったんだ。

 

(・・・・・・どうしよう)

 肉は食べるなと言いつけられているんだ。それを破っちゃいけない。

 でも、ちょっとだけなら良いか? 黙っていたらわからないよな。

 しばらく葛藤していたが、何日も空腹感に苛まれていた私には自制心より食欲の方が勝った。

 さりげなく横にいるスプリングボックに視線を流し、彼女が下の様子に気を取られているのを確認すると、素早くベーコンを口の中に放り込んだ。

(・・・・・・うっ!)

 それは美味しいとかそういう次元ではなかった。

 痺れるくらいの多幸感が脳裏に走った。あんな小さな肉片ひとつ食べただけで、自分の体が喜びに打ち震えるのがわかった。

(もっとほしい)

 衝動に駆られるまま、何もありはしないバケツの底をフォークで探ってみた。

「・・・・・・大丈夫ですか貴様?」

 しかしスプリングボックが私の挙動に気付き、怪訝そうに見ているのに気づいて我に返った。みっともない様を見せてしまったな。

 

「それで、相談って何なの?」と、食べ終わった食器を麻袋の中にしまいながら、私はあわてて誤魔化すように切り出した。

 

「パンサーのことなんです」

 そう言いながらスプリングボックは、下の方で他のフレンズたちと一緒にいるパンサーを見つめていた。

 私も同じ所に視線を向ける。彼女が仲間たちと楽しそうに笑い合っている。

 

「ねえシロナガスさん。オルカから聞いたんだけど。あなたってばヒルズ将軍に”ホレてる”の?。でもホレてるって何なの?」

「そ」

「ちょっとパンサーさん! プライバシーの侵害ですよ! オルカもべらべらとそんなこと喋らないでください!」

 

 パンサーは、数日前からここにやって来たばかりのフレンズたちとも早くも打ち解けていた。

 不安のなか決戦に駆り出されて、最初は恐れや緊張が解けなかったフレンズたちだったが、パンサーが場を取り持ってくれていることで、いくらか落ち着いて団結することが出来ているようだった。

 

 パンサーのああいう立ち居振る舞いは、内向的な私やスプリングボックには無理な芸当だよな。それでいて彼女は戦闘能力もトップクラスなんだ。

 ヒルズ将軍らもパンサーを高く評価したようで、彼女がジャパリのフレンズ達のまとめ役に抜擢されていた。

 彼女もそれを重荷に感じずに順当にこなしているように見えた。だが・・・・・・

 

「貴様にはわかりますか? 今のパンサーはマズい。あれじゃ戦えない、敵に殺されてしまう」

 

 スプリングボックの言葉を聞いて、私がパンサーに対して薄っすらと感じていた違和感の正体がわかった。

 パンサーはメガバットの一件以来、Cフォースの人造フレンズのことを敵として見ることが出来なくなってしまったんだ。

 しかし現実はそれを許さない。決戦が迫っているし、人造フレンズもまたCフォースの尖兵としてジャパリに襲い掛かってくる敵なのだから。

 

 今やパンサーはすっかり板挟みに合って、どうすればいいかわからなくなって途方にくれているという。しかし彼女はそれを誰にも悟られないように普段通りふるまっていた。

 誰も見抜けなかった・・・・・・長年の親友であるスプリングボックを除いては。

「せめて同じ場で戦えればフォローも出来たものを!」

 スプリングボックが悔しそうに吐き捨てた。

 

 ジャパリの兵士たちは現地で3つの班に分かれることになっている。それぞれの班には役割になぞらえたニックネームも付けられた。

 一つは敵陣深くまで潜入し、ミサイルのジャミング装置を建造する「ソード」。

 一つは広く散らばって避難民たちを救助し、セルリアンから守りながら輸送機へと送り届ける「シールド」。

 最後の一つは後方から補給線や退路の維持を行いつつ、作戦全体の指揮を執る「ブレーン」。

 

 私とスプリングボックは、共にシールド班に振り分けられた。スプリングボックのジャンプ力は避難民の救護にとても重宝するだろう。

 そして私は、対セルリアン戦の切り札として抜擢された・・・・・・なんでもプレトリアでは最近、ディザスター級のセルリアンが多数目撃されているらしい。だが私の勁脈打ちならば、ディザスター級が相手でも一撃で倒すことが出来る。

 

 一方のパンサーは、少数精鋭のフレンズや兵士と共にソード班に振り分けられた。彼女は俊敏で物陰に隠れるのも得意だし、いざとなれば”動物だった頃の自分”を召喚して一体多数でも戦えるから切り込み役に最適だった。

 パンサーが班のフレンズたちをまとめ、オルカがその補佐をするという。オルカはヒルズ将軍の部下の中では最強と言われている。

 

 ソードとシールド、どちらかも物凄く危険な任務であることには変わりない。

 私たちシールドは避難民の救出が完了するまで、何日間もぶっ続けでセルリアンと戦い続けなければならない。

 かたや敵地への潜入が役目であるソードにはそういう危険はないだろう・・・・・・しかし代わりに、Cフォースとの戦闘に陥る可能性が高い。もちろん向こう側のフレンズとも。

 今のパンサーにとっては非常に辛い戦いになるだろう。

 

 班の振り分け自体は、私たちのそれぞれの能力を考慮した最適なものだと思う。

 今さらそれに異を唱えたところで余計な混乱を招くだけだ。

 ・・・・・・理屈ではわかっているんだけれど、とスプリングボックが頭を抱えて嘆く。

 

「パンサーは私にとってただ親友というだけじゃない。今の人生をくれた恩人なんです」

「スプリングボック・・・・・・昔に何があったんだい?」

 

 私がそう聞くと、彼女はポツリポツリと語り始めた。

 聞くところによると、そもそも野生でのスプリングボックという動物は、数百、数千からなる群れを形成して生きる動物なんだという。

 そして群れはとても強い連帯感で結ばれている。一匹が感じたことを、他の個体も瞬時に察する。それは集合体としての意識とでも言うべき物だった。

 反対に一匹一匹に「個としての意識」という概念はほとんどないんだそうだ。下手にそんな物を持ったりしたら、群れからはぐれて死んでしまうからだ。

 ・・・・・・ここら辺、故郷への執着が強かったり、よそ者を必要以上に敵視したりする、今の彼女の性格にも表れているのかもしれないな。

 

「ある日、群れの中の平凡な一匹だった私は、とつぜんにこの姿になってしまったのです・・・・・・でも私はしばらくそのことに気付かなかった」

 

 スプリングボックはフレンズになった後も、気にせずに人型になった体を四つん這いにして走りながら群れの仲間について行こうとした。

 だが彼女の異形にビックリした仲間たちは一目散に逃げ出し、それ以降彼女に近づこうとしなかった。

 ある時は、彼女と同じ名を持つ街「スプリングボック」の住人に近寄ってエサをねだろうとした。動物だった時は気前よく果物を投げてくれたりした住人たちが、代わりによこしてきたのは石や銃弾だった。

 そんな経験をいくつか重ねると、ようやく彼女は何かがおかしくなったことに気付いたのだという。集団の中の自分しかなかったのに、いきなり一人ぼっちになってしまった。

 

「・・・・・・寂しいとか思う以前の問題でした」

 

 個としての意識がまだなかったスプリングボックは、錯乱したまま一人荒野をさまよい、やがて海を臨む崖っぷちにまでたどり着いた。

「ここではないどこかに行きたい」

 はっきりとではないがそんなことを考えて、海に身を投げようとしたんだという。

 

「しかしその時、パンサーが現れて私を引き留めてくれました」

 だがそれで万事解決したわけじゃなかった。スプリングボックは最初はパンサーから逃げたり、反抗して傷つけたりしたという。

 無理もない話だった。もともとは被捕食者と捕食者の関係にある動物同士だったんだから。

 だけどパンサーは辛抱強く語り掛け、スプリングボックが変わっていくのを待った。

 やがてスプリングボックは個体としての意識を少しずつ獲得し、生まれて初めて自分の心で願ったという。

「新しい群れが欲しい。1人は寂しい」と。

 それがスプリングボックがパークという新しい群れを獲得した瞬間だった。

 

「故郷を守るためなら、ジャパリの勝利のためなら、私は死んだって構いません。しかしパンサーにだけは死なれたくないんですよ! お願いですアムールトラ! パンサーを助けてください!」

「でも私も彼女とは別行動で・・・・・・」

「わかってます。だから別れる前に、貴様にパンサーを説得してもらいたいんです。余計なことは考えずに戦うようにと」

 

 スプリングボックは私と真正面から向き合い、懇願するように見つめてきた。彼女の肩がぶるぶると激情で震えている。

「頼みます。パンサーは、今の貴様の言うことなら聞くと思うんです」

 彼女がそう言う根拠はわからない。でもパンサーに死なれたくない気持ちは私も一緒だ。

 期待に応えられるかはわからないが、直感が命ずるままに「わかったよ」と頷いた。

 

「ありがとう、恩に着ます・・・・・・話は変わりますが、ひとつ貴様に報告があります」

「え、何だい?」

「私の”先にある力”についてです」

 

 時計塔でメガバットと戦った時に、スプリングボックが見せた全身の発火現象・・・・・・未完成状態だったその力を、彼女はここ数日間の過酷なトレーニングによってついに自在に使いこなせるようにしたらしい。

 

「自分で言うのもなんですが、相当に強力な技です。ケープタウンの時のような失態はもう晒しませんよ」

「頼りにしてるよ。一緒にがんばろう」

_______カツン!

 私たちはどちらからともなく手を差し出して、互いの拳を突き合わせた。

 ふたたび団結できたことが変に照れくさくて、静かに笑い合っていると、下の方がにわかに騒がしくなったことに気が付いて視線をやった。

 

「将軍が来た・・・・・・!」

「いよいよ演説がはじまるようですね」

 

 この高さから見ると蟻のような大きさでしかなくても、その場の全員が注目しているヒトの存在感は巨大というほかはない。

 奥の方から現れたヒルズ将軍は、小ざっぱりしたスーツ姿ではなく、パーク兵の制服とも言うべき黒い野戦服を身にまとい、その上から膝丈まで届く同色のロングコートを羽織っていた。

 今やジャパリの中で将軍に従わない者はいない。

 カコさんに忠誠を誓っていた兵士たちも、彼女の代理であるシガニーさんが将軍への恭順を表明したことで、滞りなく彼の下でまとまった。

 

 ・・・・・・そういえば何日か前、ヒルズ将軍と通路でばったり出くわして話をした。

 私は前々から気になっていたことを彼に尋ねた。

「この潜水艦には核ミサイルが積まれているのか」と。潜水艦というのは本来は核ミサイルを発射するための乗り物だと聞いてから、そのことがずっと心に引っかかっていた。

 答えは「積んでない」だった。核兵器は「使わない」ことに意義があるんだそうだ。使わなくても、持っていると思わせるだけで十分な脅しになる・・・・・・将軍が潜水艦を使うのはそういう意味もあるんだそうだ。

 それが核の一番の使い道だと。実際に使うのは正気の沙汰じゃない、とも言っていた。

 

「核が落とされたらどうなるか知っているかね」

 将軍はそう言いながら、私にスマートフォンの中の何枚かの画像を見せてくれた。

 核の炎を浴びて酷い姿になったヒトの写真だ。全身の皮膚が赤くグズグズに焼けただれて、抱きあったまま息絶えている母親と赤ん坊・・・・・・全身に包帯を巻いて横たわり、喉に空けた管でやっと呼吸する芋虫みたいな子供・・・・・・見ていて吐きそうになった。

 なんでこんな酷いことが出来るんだろう。

 プレトリアに核が落ちたら、こんなヒトが何人も出て来るんだ。

 絶対に許さない、と私は闘志を一層たぎらせるのだった。

 

(・・・・・・うっぷ!)

 今もまた吐き気が込み上げてきた。

 ヒルズ将軍との会話を思い出し、彼に見せられた画像がふと脳裏に浮かんだからだ。

 せっかく食べた物を吐いてたまるか、とあわてて思考を止め、眼下を進む将軍の姿に意識を集中させた。

 

 休憩していた兵士たちが総立ちになってざわめき、将軍が通る道を開けた。

 彼はその間を闊歩すると、停泊する潜水艦のすぐそばに仮設された演壇へと上がった。

 側近の兵士から拡声器を受け取り、それを口元に構えると、ざわついていた兵士たちが一斉に静まりかえった。

 だだっ広い地下ドック内を沈黙が支配している。

 

「パークあらためジャパリの諸君・・・・・・」と、将軍が静かな語り口で演説を始めた。

「私が総司令官リクタス・ヒルズである。いままで4つのエリアに分かれまとまりを欠いていた組織が、我が下に始めて統一されたのだ」

 

「・・・・・・と、言いたい所だが」

 彼らしい、人を小ばかにしたような笑みで一旦言葉を止めた。

 だが、にやけ顔はそれきり彼の顔面から消え失せた。

「私はあくまで代理に過ぎない。真のボスが帰還を果たすまでの、な」

 そう断言する彼を、ある者は困惑し、ある者はいっそう熱のこもった表情で見つめた。

 

「我らがボス、その名はカコ・クリュウ・・・・・・どうかその名を諸君ら一人一人が胸に刻みつけて欲しい。そして今から私が話すことは彼女の言葉だと思って聞いてほしい」

 

 拡声器ごしに流暢な演説を披露するヒルズ将軍。

 彼の顔はどこか自嘲的ですがすがしかった。カコさんに向かって「僕の負けだ」と言った時の顔と同じだった。

 

「すでに諸君の中の多くが知っての通り、組織は敵の卑劣きわまりない策略の前に壊滅の危機に瀕している。だがカコ・クリュウは絶望に屈せず、我らに先んじて一人死地に赴いた・・・・・・彼女には他者を信じ、他者のために受難を背負わんとする覚悟と気概がある・・・・・・そして私は確信した。カコ・クリュウの輝ける黄金の精神こそが、ジャパリもといパークの精神そのものなのだ、と」

 

 素直な心から発せられる素直な言葉が胸を打つ。

 将軍の言葉の中にカコさんを感じた。

 イーラ女史の館で最後に見た、あの寂しげな、それでいて力強い覚悟を秘めた顔を思い出すと、胸の奥が熱い物で見たされていくのがわかった。

 

「心するがいい。これは決してNPO同士のちっぽけな紛争などではない。世界の命運を左右する決戦なのだ。グレン・ヴェスパーの前に我らが敗北した時、人類史は永遠の闇に閉ざされ、すべての生命にとっての不幸の歯車が回り出すであろう。

 一方で我らがカコ・クリュウが作らんとする世界。それは搾取のない世界である。人間も、動物も、そして”新しき友”たちも、命を等しく慈しみ合える世界・・・・・・それがどれほど遠く、実現困難であろうとも、目指すべき価値のあるものであると私は信じている」

 

 静かに諭し聞かすようだった彼の声の抑揚が段々と激しくなり、それに引っ張られるようにして場の緊張感も高まっていくのがわかった。

 

「諸君らの中には不安があろう。死への恐怖もあるであろう・・・・・・だが今こそ、カコ・クリュウと志を同じくし、気高い誇りで精神の器を満たしてほしい。

 この戦いは決して最後ではない。新しく始める時なのだ・・・・・・さあ共に築こう! カコ・クリュウが目指す世界の礎を!」

 

 将軍は演説の最後に拳を突き上げ、スピーカーや自身の喉が割れてしまうんじゃないかと思うほどの大声を張り上げた。

「立ち上がれ戦士たちよ! 新しき世界のために!」

 

_______うおおおおおおっっ!!

 演説が終わり静寂の中、私は一番に吠えた。

(カコさんのために戦う!)

 空腹や吐き気のことなんて、もうすっかり気にならなくなってしまった。

 思いきり上半身を逸らして天井を喘ぎながら、高まる気持ちを一気に口から吐き出した。

 隣にいたスプリングボックが一瞬驚いたような顔をしたものの、すぐに私に負けじと大声を張り上げた。

 私たちの絶叫が呼び水になったように、地下ドック中が掛け声と喝采で包まれた。

 

 

 地下ドックに隣接する飛行場。

 駐機スペースは四方一キロはあるだだっ広い場所だったが、イーラ女史から提供された3機の巨大輸送機が立ち並んでいるとかなり狭苦しく思えた。

 一番先に出発するのは私たちシールド班だ。

 出発の時は近い。滑走路にはすでにガイドビーコンが灯っている。巨大な両翼に取り付けられたローターが、甲高い音を立てながら回転してエンジンを温めている。

 積み荷のチェックと人員の点呼が済み次第、私たちを乗せる機体は離陸する。

 

 先行するシールド班を仲間たちが見送っている。

 それはヒトもフレンズも同じだった。

 

「アムールトラ、スプリングボック、頑張って! アタシもすぐに行くから!」

 パンサーが普段通りの屈託のない表情で私たちを見送ってくれている。

 

 スプリングボックが不器用にはにかみながら「わかっています」と頷くと、己が無二の親友と何秒も固い握手を交わした。

 やがて踵を返してパンサーから離れると、同じ機体に乗る私の方を見た。

「先に行ってますよ」

 そう私に目配せしてから輸送機へスタスタと歩いて行った。

 

 辛い役目だな・・・・・・爽やかな言葉のやり取りで別れられたらどんなにいいだろう。そう思いながらも、輸送機に乗り込もうとしている仲間たちから一人離れ、逆方向へと歩き出した。

 

「パンサー、すこし話があるんだけどいいかな」

「アムールトラ・・・・・・?」  

 

 私の様子を見てパンサーがすぐさま真顔に戻る。

 そして彼女のすぐそばまで近寄り、耳元で周囲に聴こえないような小声でつぶやいた。

 

「パンサー、たとえフレンズが相手でも容赦しちゃダメだよ」

「え? そんなのわかってるよ」

「嘘だ。スプリングボックから全部聞いた」

 

 君のことを一番よくわかってるのは彼女だ、と証拠を突きつけるように囁くと、パンサーの表情が一気に青ざめていった。

 

「いいねパンサー? フレンズもヒトも関係ない。立ちはだかる敵は1人残らず倒すんだ・・・・・・私はそうするつもりだ」

「ひ、ひどいよアムールトラ! まえ言ってたことと違うじゃない、フレンズが幸せになれる世界を作りたいって言ったじゃない!」

「・・・・・・ああ言ったよ。でもそれは未来の話だ。今私たちがすべきなのは、この戦いにかならず勝つことなんだ」

 

 私はそれきり耐えられなくなって黙り、輸送機へと向かおうとした。

 結局、冷たく突き放すようなことしか言えなかったな・・・・・・ごめんねパンサー。何とか受け止めて、戦いに集中して欲しい。

 でもそれが私の本音なんだ。もはや敵に情けをかけている場合じゃない。

 

「待ってよ!」

 そう思って歩いていると、今度はパンサーが私の手を掴んで引き留めてきた。

「アンタの優しさがメガバットを救ったんだよ!? アタシも、アンタみたいにフレンズを救いたいの!」

_______ドクンッ

 その一言が、胸の奥でくすぶっていた色んな気持ちを掘り起こして、私を激情へと駆り立てた。

 

 私はメガバットを救えてなんかない。救えてたって言うんなら、メガバットは今頃パンサーの隣で笑ってたはずだ。

 現実はどうだ? パンサーの気持ちはメガバットには届かない。彼女はもう、新しい友達を作ることすら出来ず、暗い場所に浮かんでいることしか出来ない。

 こんなに悔しい事ってあるか?

 

「・・・・・・今は戦いの時なんだ。優しいだけじゃ何も救えない!」

「あ、アムールトラ?」

 

 先手なし。自分から仕掛けてはいけない。それがゲンシ師匠の教え。私に課せられた絶対のルールだ。

 しかし敵はもう先手を打ってきた。Cフォースは、グレン・ヴェスパーは、私からメガバットを奪った。ヒグラシ所長を奪った。

 それに飽き足らず、今度は己の欲望のために核を落として何人もの罪もないヒトの命を奪おうとしている。

 これ以上好きなようにさせてたまるか。

 今度は私の番だ。私の全力の”後手”をCフォースの奴らに仕掛けてやる。

 

「絶対に奴らを許さないぞ!!」

 

_______ビシィィィッッ!!

 私の手を握るパンサーの手を振り払うと、そのまま拳を振り上げて、全身から爆発しそうな熱気を発散させるように地面へと打ち込んだ。

 拳がコンクリートを打ち砕き、地面に深々と亀裂を走らせる。

 私の立っている場所と、パンサーの立っている場所の角度が少しずれた。

 

 境界線のようにその場に出現した地割れを、パンサーが乗り越えてくることはなかった。

「・・・・・・そんなのアンタらしくないよ」

 そう言いながら心が折れたように項垂れた。

 

「構うな! 落ち着け! 各自出発の準備に戻るんだ!」

 ヒルズ将軍が、突然の破壊にあわてふためく兵士たちを鎮めて作業に戻らせながらこっちに向かってくる。

 そしてパンサーの隣、地割れの向こう側に立ちながら私を見据えた。

 

「アムールトラ、戦闘のモチベーションが高いのは結構なことじゃないか」

「・・・・・・」

「だがシールド班の役目を忘れないことだ。セルリアンから避難民を守れ。僕が命令するまでCフォースには手を出すな」

 

 将軍のたんたんとした仲裁で何とか冷静さを取り戻す。

 そして深々と頭を下げながら「すいません」と謝罪した。

 

「分かればいい。さあもう行きたまえ。指示は追って出す」

「・・・・・・はい」

 

 これ以上この場にいるのがいたたまれない、恥ずかしさでいっぱいの気持ちになって、そそくさと機体のスロープへと向かった。

 それでも体の中にくすぶる猛火のような熱は変わらない。

 パンサー、私は間違ったことを言ったかい?  

 

「あの子、怖い」

 

 後ろにいたフレンズの1人が私を見てそう呟くのが聞こえた。

 

 to be continued・・・




_______________Cast________________
    
哺乳綱・ネコ目・ネコ科・ヒョウ属トラ亜種
「アムールトラ」
哺乳綱・ネコ目・ネコ科・ヒョウ属
「パンサー」
哺乳綱・コウモリ目・オオコウモリ科・オオコウモリ属
「インドオオコウモリ(俗称メガバット)」
哺乳綱・鯨偶蹄目・ウシ科・スプリングボック属
「スプリングボック」
哺乳綱・鯨偶蹄目・マイルカ科・シャチ属
「オルカ」
哺乳綱・鯨偶蹄目・ナガスクジラ科・ナガスクジラ属
「シロナガス」

_______________Human cast ________________

「アーサー・C・ブラック(Arthur Charles Black)通称:ウィザード」
年齢:30代半ば 性別:男 職業:フリーランス・ブラックハッカー 
「リクタス・エレクタス・ヒルズ(Rictus Erectus Hills)」
年齢:30歳 性別:男 職業:国際的非政府組織「JAPARI」初代総司令官

______________Story inspired by________________

“けものフレンズ”  “けものフレンズ2”
      byけものフレンズプロジェクト

     “けものフレンズR”
      by呪詛兄貴
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