けものフレンズR あるトラのものがたり   作:ナガミヒナゲシ

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過去編終章20 「ふるきとも、あたらしきとも」(前)

「・・・・・・静かなモンっスね」

「エテ公、まだ行かねえのか?」

「合図が来るまで待つっスよ」

 

 新たな作戦が始まろうとしている。

 僕とクズリさんとスパイダーさんの三人は、岩山の頂上から身を乗り出して眼下の風景を観察していた。

 スパイダーさんはいつものように冷静だったが、どこか物憂げな遠い目をしていた。

 一方のクズリさんは前かがみで肩をいからせながら荒い息を吐いている。差し迫っている戦いを前に、闘志が沸き立ってしょうがないと言った様相だ。

 

 ここはプレトリアから北東、オリファンツ川沿いに広がる荒涼とした平原だ。

 ところどころ岩が露出した大地、地平線の向こうまで敷設された道路、まばらにそびえ立つ山々、申し訳程度に流れるか細い川。

 アフリカ大陸の大部分はこんな風景が広がっているに違いない。

 

 しかし、そんな場所に不釣り合いな建造物がひとつだけ見受けられた。

 切り立った崖のそばに、幅広なビルがポツンとそびえ立っている。

 あれは世界的な大企業が所有する巨大倉庫であるとの話で、水路や陸路を使ってこの地域の物流を一手に請け負っていた場所とのことだ。だがセルリアン災害によってとうの昔に廃墟と化しており、さらに時間が経ってセルリアンからも見向きもされなくなっていた。

 

 どうやら眼下にあるあの建物が、パーク残党が潜んでいると思しき場所のようだ。

 敵は船を使って川べりの巨大倉庫に物資を下ろし、即席の前線基地としているらしい。何かあれば船で逃げてしまえばいいので、立てこもる場所としては最適といったところか。

 

 敵の居場所がわかっているのであれば、空から爆撃して吹き飛ばしてしまえばいい。

 シャヘルが所有する兵力なら十分に可能だ。このエリアは国連で発出された緊急避難地域の範囲外であり、ここを空爆したところで後々問題になることもないだろう。

 ・・・・・・しかし今はそうしたくても出来ない理由がふたつあった。

 

 ひとつは情報の不足だ。パークの残党が何を目論んでいるか、わかっていることが少なすぎる。そのため、是が非でもこの作戦で敵兵を捕虜にして情報を聞き出すべきという判断になった。

 もうひとつの理由はフレンズの研究のためだ。

 Cフォース製の人造フレンズと違って、パーク側には自然的に発生した「天然フレンズ」が兵力として徴用されている。

 極端にサンプル数が少ない天然フレンズの肉体を研究することで、いまだ確実性が低いフレンズ化施術の成功率を上げるための手がかりが得られるそうだ。

 

 さらに状況を込み入ったものにさせている存在がもうひとつある。

 ふたつの組織の争いにまったく関与しない第三の勢力・・・・・・言うまでもない、セルリアンだ。

 ここオリファンツ川沿いの平原にて新種のセルリアンの出現が確認されているという。

 ディザスター級B2型変異種、通称「アンダーテイカー」だ。

 

 アンダーテイカーは地中を移動するタイプ。地上に姿を見せることはない。

 地上にいる獲物を探知すると地面を陥没させ、地中へと引き込んでから食事にありつくという性質を持つ。アンダーテイカーとはその特徴から付けられたコードネームであるようだ。

 奴のエサはおそらくはガソリンや軽油などだと言われている。つまり奴の縄張りの範囲内で戦車や車両を走らせることは自殺行為となる。

 奴がいるおかげで、シャヘルはパークのアジトを叩くために兵器を向かわせることすら出来ない状況に陥っていた。

 

 そんな条件下で考案されたのが、少数のフレンズによる潜入作戦だ。

 選ばれたのはクズリさんとスパイダーさん、そして僕、たった3人ぽっちの精鋭だ。

 今のスパイダーさんの能力なら、数十人単位を異空間に引きずり込んで運ぶことが出来るが、広範囲に異空間を展開するには時間も手間もかかってしまう。

 それに対して、手と手を繋ぎ合った対象だけを運ぶ旧来通りの「影潜り」ならば瞬間的に発動でき、電撃的に潜入を行うことが出来る。

 3人一緒に行動していればもはや敵に捕らえられることは無いだろう。

 

 影潜りによって、パーク側にもアンダーテイカーにも気付かれずに巨大倉庫に3人で潜入する。

 そして僕とクズリさんの手によって敵兵と天然フレンズを最低一人ずつ拉致。その後すぐに離脱する。

 目的の物が手に入ったことが確認され次第、Cフォースの機体が爆撃によって巨大倉庫を吹き飛ばす。たったそれだけの作戦だ。

 

 クズリさんは「昔を思い出すぜ」とバカに上機嫌だった。

 彼女が望むような正面切っての殴り合いではなく、鼻っ面にジャブを入れるぐらいの小手調べの潜入作戦でしかなかったが、往年の相棒であるスパイダーさんと久々にタッグを組めることが嬉しいのだろう。

 スパイダーさんの能力で敵の懐に飛び込み、クズリさんが一気に叩く。それが数々の戦場を渡り歩いてきた2人の十八番だったという。

 

 戦闘狂のクズリさんと、ともかく危険を避けて生き残りたいと願うスパイダーさんの利害は絶妙な所で一致し、2人は最良のパートナーとなった・・・・・・だがしかし数々の戦いを経て、2人はともに出世し別々の道を歩くことになった。

 かたや数多くの部下を率いる隊長、かたや極秘プロジェクトの実験体になってしまった今となっては、2人だけで好きに暴れる機会など二度と来ないと思っていたことだろう。

 

「これで余計なオマケがいなけりゃ文句なかったがなァ?」

「・・・・・・僕だって、やってやりますよ」

 

 皮肉交じりに投げかけられるクズリさんの視線をギラついた目で睨み返す。

 とはいえ僕は多少なりとも緊張していて、とてもじゃないがクズリさんのように上機嫌ではいられなかった。

 潜入作戦とはいえスムーズに事が運ぶ保証はない。敵に見つかって戦いになるかもしれない。

 向こうにはフレンズもいる。いきなりアムールトラと出くわすかもしれない。

 僕の今までの戦いの相手はセルリアンばかりで、フレンズ同士での戦いはそれこそクズリさんとの一戦きりだ。そこがどうしても不安要素だ。

 

 ・・・・・・だが、だからどうだと言うのだ。僕の目標はクズリさんと肩を並べることだ。たとえ奴が相手でも不覚を取るわけにはいかない。

 ましてやそれ以外のフレンズなどに負けてたまるものか。

 意気込む僕を見て、クズリさんは「ふん」と笑いながら鼻をならした。僕のことを、少なくとも足手まといにはならないだろう、ぐらいには思っているのだろうか。

 

「・・・・・・」

 それにしても様子がおかしいのはスパイダーさんだ。

 いきり立つ僕とクズリさんを他所に、下の景色をずっと静かに眺めている。

 もともと好戦的な性格ではないが、自分の感情は抜きにして役目を完璧にこなせる器用さがあるはずなのに、この覇気のなさはどうしたことだろう。

 この3人の中でもリーダーは変わらず彼女なんだからしっかりしてもらわないと困る。

 

 クズリさんもスパイダーさんの様子が気がかりなようで「てめえ大丈夫か」と不機嫌そうに声をかけた。

「前言ってたみたいに、フレンズ相手じゃ気が進まねえってか?」

 スパイダーさんは変わらず浮かない顔をしながら「そうじゃないっス」と返事をする。

 

「考えちまうんっスよ。アタシらァ、これからどうなんのかなって」

「あ? 何だと?」

 

 かつてグレン・ヴェスパーは僕らに宣言した。

 Cフォースがパークに勝利し、セルリアンの「女王」が生まれた暁には、フレンズを戦いの役目から解放すると。

 新たな秩序の担い手は「女王」の能力によって操られるセルリアンと、クズリさんや僕のデータから作られるという「超進化態」のフレンズ・・・・・・ふたつの絶対的戦力が揃ってしまえば、それ以外の戦力はお払い箱になる。

 あの男が律儀に約束を守るとも思えないが、実際問題セルリアンが脅威とならないなら、フレンズが戦いに出る必要がないのも事実だ。

 

「・・・・・・アタシ、生まれ故郷の記憶を消されてっから、どこに帰ったらいいかもわかんないし」

「へっ、故郷ねえ」

「ウルヴァリンはどうするつもりっスか? シベリアンと決着付けて、仮に勝ったとして、その後はまた別のライバルを探すっスか? でも、フレンズともセルリアンとも戦う必要がなくなった世界で、そんな相手が見つかると思うっスか? ・・・・・・他の子らも、これから先どうやって生きていくんだろう。フレンズが普通に生きられる場所がこの世界にあるんっスかね?」

 

 長々と吐露される苦悩を、クズリさんは「知らねー」と冷たく一蹴すると、スパイダーさんに近寄って、彼女の肩の上に手を置いた。 

 息がかかる程の距離で相棒同士が見つめあう。

 

「未来がどうしたってんだよ? オレの知っているスパイダーモンキーは、したたかでズル賢くて、てめえが生き抜くことだけ考えてる一流のワルだったはずだが・・・・・・偉くなって牙が抜けちまったのか?」

 

 クズリさんがスパイダーさんをどれほど信頼しているか、その重みが肩に置かれた手から発せられているようだった。

 スパイダーさんはまだ何か納得がいかないようだったが「悪かったっス」と頭を下げてその場を取り繕おうとした。

 

「へへっ、アタシらしくない弱音を吐いちまった、忘れてくれっス」

「あの・・・・・・ちょっといいですか?」

 

 会話に割って入りスパイダーさんに詰め寄る。

 僕もクズリさんと意志は同じだ。大事なのは今勝つことだけだ。

 だが普通に考えれば、後先を考えようとする感性の方がまともだろうとは思う。まともな考えの者が納得できないまま戦わされるほど不幸なことはないだろう。

 だからスパイダーさんにも戦いの意義を見出してもらいたい。そういうわけで彼女の未来について一言物申しておきたいと思った。

 

「スパイダーさん、前にも言いましたが、失った故郷の代わりに新しい故郷を作ればいいんですよ。失った記憶なんてどうでもよくなるほどの最高の住処をね」

「・・・・・・口で言うのは簡単っスけどね」

「そう、難しいからこそ実現する価値があるんですよ。さらに言うと、ここで重要なのは、スパイダーさんだけの住処じゃないってことです」

 

 僕の話にやっと興味を持ったようにスパイダーさんの眉毛がピクリと動く。

 

「部隊の皆が心配なんでしょう? だったら今後もあなたが面倒を見ればいい。あいつらだけじゃない。それ以外にもたくさんのフレンズを、スパイダーさんの新しい住処に住まわせてやるんです。それはもはや住処という規模ではない・・・・・・ひとつの国です。スパイダーさんは、フレンズの国の王様になるんですよ」

 

「め、メリノ? お前なにバカなこと言ってるっスか?」

「僕は本気です」

 

 そう・・・・・・決しておかしいことは言ってない。

 もしもフレンズがヒトの束縛から解放される日が来るのなら、僕らはヒトのように社会を形成して生きていく必要がある。

 国を作るためには王が必要だ。そして王にとって必要なのは戦闘能力じゃない。

 仮に無敵のクズリさんであっても、畏怖こそされど身をゆだねて付いてきてくれる者は少ないはずだ。

 ・・・・・・だいいち本人だってそんなものになる気はさらさらないだろうし。

 

 そしてスパイダーさんこそが王の役目に最も適していると思う。

 彼女には戦う力はなくても、他者を引き付けて受け入れる器がある。頭も切れる。王者に最も重要な「逃げる」技も持っている。

 

「王国は大きければ大きいほどいいでしょう。そうすればあなたは多くのフレンズを守れるんですから」

「・・・・・・無茶っス。フレンズだけで群れを作ったりしたらヒトが黙っちゃいない。そもそもオーダーはどうするんスか?」

「その辺はおいおい考えていくしかないでしょうが・・・・・・ともかくフレンズたちの自由のためには、ヒトが相手でも戦うべきなんですよ。安心してください。最前衛は僕とクズリさんが担います。僕ら2人で王国の平和を守りますよ」

 

 そう、決して夢物語なんかじゃない。なぜならば、虐げられた民衆が支配から独立するための戦争が歴史上には数多存在する。ヒトが繰り返してきたことをフレンズがなぞるだけのことだ。

 

「あァ? メリノ、てめえ勝手にオレを話に入れてんじゃねえぞ」

 僕の物言いを聞いてクズリさんは不機嫌そうに唸ったが、腹の底で笑いをこらえているのがわかるような息づかいだった。

 

「でも悪い話じゃないでしょう?」

「ああ。てめえの言うことにしちゃあな・・・・・・特にニンゲンにも喧嘩上等ってえのが面白えよ。王国とやらがでかくなればなるほど、揉め事が向こうからやってくるってことだろ? 退屈しなくて済みそうだなァ」

 

 クズリさんにもウケてしたり顔になった僕は、あらためてスパイダーさんの反応を伺ってみた。

 だが彼女ときたら、肯定とも否定とも取れない微笑みを浮かべているだけだった・・・・・・良いセン行っていると思ったが、これも空振りか。いったいスパイダーさんはどうするのが望みだと言うのだろうか。

 

「聞かれたらヤバい会話はそろそろ終いにするっスよ」

 

 そう言って差し出されたスパイダーさんの両手を、僕とクズリさんが片方ずつ掴む。

 待ちかねたとばかりに溜息を吐くクズリさん。

 そして僕もざわつく気持ちを鎮めて瞳を閉じ、頭の中に真っ赤な殺意のイメージを漲らせる。

 イメージの中には変わらずに血走った眼で暴力を求める狂ったオオカミがいた。

(・・・・・・待ってろよ、パーク)

 

_______ガパァァッ!

 何もなかったはずの岩肌に突如出現する漆黒の裂け目。

 スパイダーさんを中心にして現れたそれが、足元から僕ら3人の体を呑み込んで、はるか眼下に位置する戦地へと一直線に突き抜けていった。

 

 

(おい外はどうなんだ?)

(・・・・・・なかなかの厳戒態勢っスね。さーてどう飛び込んだものか)

 

 僕とクズリさんは暫らくの間、真っ暗な異空間の中をスパイダーさんの手に引かれるがまま揺られていた。

 外界から無数の小さな光が差し込み万華鏡のように煌めいている。

 あの光の先を見定めることが出来るのはスパイダーさんだけだ。

 すでに巨大倉庫の中には辿り着いている様子だったが、スパイダーさんは慎重に外の様子を観察し機をうかがっていた。

 どうやら外はかなり多くの敵兵士がいるらしい。

 

 スパイダーさんが慎重になるのもわかる。

 僕らは戦いに来たわけじゃない。兵士とフレンズを1人ずつ拉致することだけが目的だ。他の敵には見つからずに、なるべく短時間で事を済ませなければならない。そのためには初動が肝心だ。

 影の世界に身を潜めている限り、僕らが見つかることはない。

 無策で突っ込んでアドバンテージを捨てるようなことをするのは愚かだろう。

 

(エテ公、さっさとここを出やがれ!)

 

 だがクズリさんがとつじょ痺れを凝らしたように怒鳴った。状況が理解できないわけでもないだろうに何を言ってるんだろう。

 

(焦るなっス。出るのはここの地形と敵の配置を一通り把握してからっス)

(そうじゃねえ、誰かがオレらを見てやがる。何も見えねえが殺気をプンプン感じるぜ! ここじゃオレは戦えねえ。早く出ろ!)

(バカな、見つかるはずが・・・・・・?)

 

 信じられない一言が告げられて、僕らを連れて異空間を泳いでいたスパイダーさんが足を止め、キョロキョロと辺りを見回しはじめた。

(あ、あれは何っスか!? こっちに向かってくる! くっそぉ!)

 何かを見つけたらしいスパイダーさんは狼狽えるや否や、僕とクズリさんの手を強く握り締め、万華鏡のごとく反射する無数の光の一点に向かって僕らを引っ張っていった。

 

 上下左右の区別がつかなかった異空間から、現実世界へと肉体が舞い戻る。

 下だけに体を引っ張ってくれる重力のありがたみを感じる暇もなく、僕はクズリさんとスパイダーさんを背にしながら辺りを見回した。

 

 あたりは薄暗かったが、どうやら広くて天井も高い部屋の中ほどにいるようだった。

 左右に等間隔に並ぶ柱によって空間が仕切られ、柱と柱の間には車やら何やらのスクラップが打ち捨てられていた。

 突き当りの場所がなだらかな坂道になっているのが見える。おそらく巨大倉庫の内部にある駐車場だろう。

 

 隅に寄れば遮蔽物が無数にあるが、中央にいる僕らはそのすべてから遠ざかっていた。

 とつじょ襲ってきた何者かによって、影の世界という安全地帯からこんなところに炙り出されてしまったのだ。

 

「急いで隠れるっス!」

_______ドウドウドウッッ

 スパイダーさんが柱のひとつを指差した。

 僕とクズリさんが彼女の後ろに付いて駆け出す頃には、そこかしこから無数の銃声が轟き、僕らの足元を薙ぎ払うように着弾の火花が弾けていた。

 

 柱を背にしたはいいものの、また別の方向から無数の火線が去来して僕らを襲っていた。

 どうやら四方八方をパークの兵隊に包囲されているようで、後ろ半分の敵からは身をかくせても、前半分からは狙い撃ちにされていた。

 何かがおかしい・・・・・・誰にも見つからないまま潜り込んでいたはずなのに、外に出た瞬間こんな集中砲火を浴びるなんて、まるで敵兵は僕らをここで待ち構えていたみたいじゃないか。

 

「うっとうしいニンゲンごときが!」

 今すぐ蹴散らしに行ってやる。

 殺意を燃やしながら手のひらに意識を集中させ、黄金色に輝く粒子の塊を虚空から取り出した。

 定まった形を持たない僕の能力(ディ・フェアヴァントル)を、いつも通りの二又槍の形に形成しようとした瞬間「待つッス!」とスパイダーさんの檄が飛んだ。

 

「無暗に突っ込むな! アタシらはドンパチやりに来たんじゃないっス!」

「くっ・・・・・・だったら後ろに隠れててくださいよ!」

 

 苛立ち交じりに返事をしてスパイダーさんたちの前に躍り出ると、未だ手のひらの中で不定形なまま滞留している光粒子に思い描くイメージを注ぎこんでいった。

 粒子の塊はみるみるうちに板状に広がっていき、長大な盾として僕の前方に形成された。

 

_______ガインッ! ズガガガッ! 

 銃弾が雨あられのごとく降り注ぎ盾を揺さぶる。

 貫通されることはなかったが、盾の表面には早くも細かな亀裂が走っていた。たかがヒトが使う銃如きにはあり得ないはずの威力だ。

 

 ・・・・・・そ、そうか。これが例の”SSアモ”とかいう武器か。

 裏切り者のカルナヴァルからもたらされた情報によれば、パークの兵士はセルリアンと戦える武器を持っているとのことで、それはセルリアンだけでなくフレンズにも有効打となり得るらしい。この有様ならそれは本当のことなのだろうな。

 ・・・・・・だが、遭遇するなりそんな特殊兵器をお見舞いしてくるとは。

 

「このままでは長くは持ちませんよ! いったん影の世界に戻りましょう!」

「それは危ないっス。影ん中にはヤツがいる」

「いったい中で何を見たのですか?」

「わからないっス。セルリアンとも違う気がした。真っ黒い、影の塊みたいなバケモンだった」

 

 スパイダーさんが脳裏にこびり付いた恐怖を思い出すように言葉を絞りだしていた。

 正体不明の怪物だと? いったいどうしてそんな物が僕らを襲ってきたというのだ。

 影の世界ではスパイダーさんしか自由に動けないはずなのに、どうしてその怪物は動き回ることが出来ている?

 

「あんなのを相手にお前ら2人を連れて逃げる自信はないっス」

「・・・・・・クククッ、じゃあよ、やっぱり道はひとつしかねえだろ」

 

 あわてふためく僕らを他所に、クズリさんが1人だけニヤニヤと機嫌良さそうに笑っている。

 

「オレらだけでアイツらぶっ殺そうぜ?」

「道はもうひとつあるっス。影には潜れなくても、場所を変えて仕切り直すことは出来るっス」

 

 首をかしげるクズリさんに向かって、スパイダーさんは床を指さしてみせた。

「ドンパチやるにしても、こんな見晴らしのいい場所より、下の階の方が入り組んでてアタシらに有利っス。ウルヴァリン、一発頼めるっスか?」

「・・・・・・まかせろよ」

 

 スパイダーさんの意図を察したクズリさんは、拳を顔の前で握り締めて、彼女流の気合いのポーズを取った。ギチギチと拳が軋む音を立てながら、たちどころに黄金色の殺気を燃え上がらせていくのがわかる。

 盾を構えながら後ろ手にそれを見ていた僕も「なるほど、仕切り直しか」と、これから起こることを察するのだった。

 

「っっだらぁぁッ!!」

 

 気合いの掛け声と共に、クズリさんが足元を殴りつけた。コンクリートの地面が爆発したように吹き飛ぶ。

 破壊によって出現した大穴の中に僕らは落ちていった。

 空中に体を投げ出されながらふと思う。

 ずいぶんと派手にやったものだ。この建物中にいる敵に見つかったことだろう。潜入作戦は大失敗だな。

 

_______ズガガ・・・ガッシャアアンッ・・・!!

 崩落する瓦礫と共に辿り着いた階下は、恐らくはこの倉庫の中枢だろうと思われる場所だった。

 仕切りのない広い空間の中、天井近くまで伸びるほどに巨大な金属の棚が、部屋の隅から隅までずっと列を成して立ち並び、その中にコンテナや段ボールなどの物資が隙間なくビッチリと収納されている。

 

「ここなら見つかりづらいはずっス。出会い頭に襲ってくる敵に注意しながら移動するっスよ」

「で、どこに向かうんだよ?」

「この倉庫には正面玄関と裏口があるっス。正面は陸路、裏口は河口に通じてる・・・・・・謎の化け物のせいで影に潜れないってなると、陸には”アンダーテイカー”がいるから、河口に逃げるしかなくなる。途中で捕虜を捕まえて、アタシらァそこに向かう」

「どうやって逃げるんだ? パークの奴らから船でも奪おうってか?」

「幸先よくそう出来ればいいけど、それが無理でもサイアク川に飛び込めばいいっス」

 

 スパイダーさんが向かって右の方向に向きなおる。その表情に迷っている様子はなく、建物の構造はすでに頭の中に入っている感じだった。

 

「逃げ道を確保しながら、パークの軍勢と戦って捕虜もとらえる、ですか・・・・・・なかなかに困難な任務になってきましたね」

「ビビってやがんのかメリノ?」

「いいえ、楽しくなってきましたよ」

 

 クズリさんと睨み合いながら頷き、静まり返る倉庫の中をスパイダーさんに続いて進もうとした刹那。

_______チャキッ

 背後から不穏な金属音が伝わってくる。数は2人・・・・・・

 敵兵の銃口がこちらを狙うよりも早く、僕は虚空から槍を取り出して放り投げた。槍は吸い込まれるように1人に突き刺さり、胴体に大穴を開けて貫通した。

 

「あと一人!」

「・・・・・・うるせえ、俺の分だろ」

 

 クズリさんはいつの間にかもう一人の敵の肩の上に飛び乗っていた。まるで僕が投げた槍と互角か、それ以上のスピードで移動したみたいだ。

 続けざまに両手の指を組んでハンマーのように振り下ろすと、それを喰らった敵兵の脳天から股下にまで衝撃が突き抜けて、体が真っ二つになって崩れ落ちてしまった。

 

 クズリさんがいる足元に血だまりが広がっていく・・・・・・さすが容赦のない戦いぶりだ。

 それにしても敵の流血を見ているといい気分になる。

 僕は赤が好きだ。この世で最も美しい色だと信じている。逆に嫌いなのは白だ。

 生き物が他者の命を奪わずにはいられないのは、獲物の中に流れる赤い血に本能的に惹かれているからなのかもしれないな。

 

 悦に入りながら血だまりを眺めていると、その中に一点、周りの赤とは決して混ざらない透明な水たまりを見つけた。

 目の錯覚なのかもしれないが、水たまりは少しずつ場所を変えているように見える。それどころか、風が吹かない屋内の中で揺らぎ、地面よりも微妙に盛り上がっているような?

 

「・・・・・・生き、てる?」

「あ? 何つった」

 

 皆目見当がつかないが「物はためしだ」と思いながら、ずっと向こうの壁に突き刺さっていた槍を操って手元に引き戻し、クズリさんの足元にある謎の水たまりに向かって投げつけてみた。

 

「おいバカ何やってやがる?」

 クズリさんの非難を無視して目の前の様子をつぶさに観察してみる。

 穂先がコンクリートの地面に刺さった瞬間、敵兵から流れ出た血だまりが飛沫を上げ波紋が起こっていた。べつだん不審な物はない。

 

 ・・・・・・そんな中、透明な水たまりだけがその場から動いていた。

 クズリさんの真正面にいたはずのそれが、いつの間にか背後を取るような位置に陣取っていた。明らかに異常な、意志を持っているとしか思えないその動きに本能的な恐怖を覚える。

「あ、危ない!」

 僕が気付く頃には時すでに遅く、直径1メートルほどのアメーバのような球体が空中へ跳ね上がり、クズリさんに背後から覆いかぶさろうとしていた。

 

「クズリさん後ろだっ!」

「チィッ!!」

 

 僕の声を聞いてクズリさんは一瞬で身構え、揺らぐ水球めがけて振り向きざまに裏拳を繰り出した。拳がジャストなタイミングでアメーバを捉える。

_______ズルリッ・・・・・・

 人体とかなら粉々に粉砕されるしかないような重たい一撃だろう。だが謎の水球にはまるで手ごたえはなく、不定形な塊を保ったままクズリさんの拳に纏わりついてしまっていた。

 

「クソッたれ! なんだコイツは!」

 拳を振り回して逃れようとするクズリさんだったが、水球は頑固にこびり付いたまま離れない。

 

「あの液状の体・・・・・・まさかセルリアンですか!?」

「いや、あれはおそらくパークのフレンズっスよ! アタシらと同じ”能力持ち”っス!」

 

 確かに、この場でこのタイミングで襲ってくるならばスパイダーさんの意見に一理あるだろう。

 体を液状化する能力があるフレンズ・・・・・・。

 液状の体には打撃も刃物も通じない、ならばどうやってクズリさんを助ける?

 考えあぐねている内に、水球はクズリさんの胴体をするすると登り、やがて頭部に到達して鼻と口を塞いでしまった。

 

「が、ガハッ、ゴボッ・・・・・・」

 クズリさんの肩周りから顔面にかけてを完全に覆いつくした水球ごしに、彼女の吐く息が泡となって立ち上っているのが見える。振りほどこうと彼女が水球に手を突っ込むも、当たり前のように手ごたえがなくすり抜けるのみだった。

 

 まさか窒息させる気か。

 力による攻撃でクズリさんを倒すのは至難だろうが、あの攻撃なら難なく効いてしまうだろう。なんて手強い相手だ。

_______ガクンッ・・・・・・

 呼吸を止められ続けたクズリさんがついに力なく膝をついた。水球をかき回していた手がだらりと垂れ下がる。

 

「クソッ! やらせてたまるか!」

 いてもたってもいられず、無策のまま槍を構えて飛び出そうとする僕を、スパイダーさんが後ろから肩を掴んで引き留めてきた。

 

「行かせてくださいよ!」

「あれを見るっス」

 

 スパイダーさんが指さしたのはクズリさんの右手だった。いっけん力なく垂れさがっているようにしか見えないが、良く見ると手のひらを内側に向けて、注意深く何かを狙っている様子だった。

_______ギンッ!

 水球ごしにのぞくクズリさんの瞳が金色に光ったかと思うと、撫でるように水球の表面に手のひらをくっ付け、力づくで引き抜いてみせた。

 水球はクズリさんが何をしようとも手ごたえなくすり抜けるだけだったのに、今や彼女の右手に完全に固定されてしまっている。

 

 そうか、その手があったか。

 クズリさんには「握り潰す能力」がある。それは触れた物体を手のひらの中へと吸い込む能力と言い換えても良い。

 吸い込む力の前には液体すら無力だ。

 水で満たされた器の底に穴が空けば、水はたちまち穴に吸い込まれて外に出ていくだろう。それを防ぐ術はない。誰が決めたわけでもない自然の摂理だ。

 

「ぶはぁっ! ・・・・・・はあっ、はあっ・・・・・・やるじゃねえか。オレ以外だったら殺せてたんじゃねえか?」

 

 呼吸を取り戻したクズリさんは小刻みに荒い息を吐きつつも、右手に掴んだ水球を高く掲げた。

 アメーバ状に波打っていた表面がなだらかな弧を描き、ガラスのボールのような見た目に変わっている。強力無比な「握り潰す力」により、ピクリとも動くことが出来なくなっている証拠だ。

 さらに直径一メートルほどだった大きさが少しずつ圧縮されていっているのがわかる。

 

「お返しだァ」

_______ゴボッ! ゴボボボッ!

 透明な球体から泡が勢いよく噴き出しはじめた。

 体を液体に変えていた何者かが、クズリさんに全身を握りしめられて悶絶しているのが目に浮かぶようだった。

 ほどなくして泡が途絶えた。

 

_______バチャンッ!

 敵が気を失ったことに気付いたクズリさんが手を放すと、液体が本来の大きさを取り戻しながら、コンクリートの地面の上にこぼれ落ちて弾けた。

 粉々になったはずの水滴のひとつひとつが、互いを引き寄せ合うようにして再結合すると、透明だったはずのそれらが一瞬で色づき、一人のフレンズの姿を形作った。

「・・・・・・がはっ・・・・・・あぐっ!」

 全身黒づくめの、頭頂部と背中にヒレを生やした小柄なフレンズが仰向けに倒れ、全身を震わせながら苦しそうに喘いでいる。

 ・・・・・・これがあの不気味な水球の正体というわけか。イルカやクジラのような海獣の仲間のように見えるが、なんていうフレンズなんだ? 

 

「どうする? コイツ殺しとくか?」

「いや、とりあえず捕まえておこう。そしたら後はヒトの兵士1人で足りるっス。さっさと逃げるためにはそっちの方がいい」

「・・・・・・あいよ」

 

《オルカに触るなっ!》

 

 クズリさんが気絶した海獣の首根っこを掴もうとした瞬間、地の底から沸き立つような恐ろしい怒声が周囲に響き渡り、僕らの耳を震わせた。

_______ブォンッッ!!

 すると得体の知れない黒いシルエットが間髪入れずに飛び出してきて、クズリさん目掛けて一撃を浴びせ、瞬く間に暗がりへと消えて行った。

 クズリさんはすんでのところで避けたようだったが、手首に幅広な切り傷を負わされていた。

 

「また”能力持ち”のお出ましか? ったく退屈しねえ日だな」

 

_______グルルルルッ・・・・・・

 フレンズのそれではない。正真正銘の獣の唸り声が聞こえる。

 辺りには何もない。どこを見回しても資材を乗せた鉄骨作りの棚が立ち並んでいるだけだ。

 隠れる場所はいくらでもあるだろうが、恐らく敵は隠れていない。今この瞬間にも僕らを睨み付けて鋭い殺気を向けてきている。

 

「もっと遊ぼうぜ? なァ!?」

 血を流しながらもなお膨れ上がるクズリさんの闘気に触発されたように、姿の見えなかった敵がついに動き出した。

 正体不明のそれは、平坦な地面の上に溶け込む謎の影だった。まるで影その物が命を持っているとしか思えない物体が、音もなく僕らに近づいて来ている。

 その闇の深さ黒さときたら、仄暗い倉庫の中でも尚一層抜きん出ているように思えた。

_______ズズズッ・・・・・・

「な、何なんですか、コイツは?」

 呆気に取られる僕らを前に、平坦な影が立ち上がって立体を形作った。あたかも水面に映った像であるかのように、どことなく曖昧でぼやけている。

 4本足と長い尻尾を持ったしなやかな体つきはネコ科の肉食獣のように見えた。だがその体躯は僕らよりも数回りほども大きく、非現実的な怪物感すらも漂わせている。

 

「あ、アイツっス! さっき影の世界でアタシらを襲ってきたのは!」

 スパイダーさんがそう言うなり頭を抱えながらブツブツと思案を始めた。

「まさか全部最初から仕組まれてて・・・・・・」

 

「どういうことなんですか?」

「アタシらが来ることがパークに読まれてて、影の世界でも動けるアイツがアタシらをここに追い立てたんだとしたら、色々と辻褄が合うっス」

 

 なるほど事態が呑み込めてきた。

 あの怪物は仲間のパーク兵士と連携しているのか。

 最初に僕らを影の中で襲ってきた時から奴らの作戦は始まっていた。僕らを的確に待ち伏せしてSSアモで攻撃してきたのも頷ける。

 僕らはいつの間にか敵の術中にどっぷりと嵌められていた。

 たった3人でこの危機を切り抜けるためには、どうしたら・・・・・・。

 

「難しいことなんかねえ。コイツをぶっ倒してから影に潜ればいいんだろ」

「それしかないでしょうね」

「メリノ、遅れんじゃねえぞ!」

 

 クズリさんが言葉を言い終える前に怪物に躍りかかっていく。

 僕も槍を振りかぶりながらそれに続く。二人の攻撃が続けざまに猛獣の胴体を捉えた。

_______ビュンッッ!

 しかし、いずれの攻撃もむなしく空を切る。間違いなく突き入れたはずの穂先には何の感触も残ってはいない。

(コイツやっぱり実体がないのか? でもさっきクズリさんに傷を負わせたはずじゃ・・・・・・)

 目の前のことに整理が追いつかないまま後ずさると、黒づくめの怪物が僕に狙いを定め、鋭い鉤爪での一撃を加えて来た。

 

_______ガキンッッ!

「ぐはあっ!」

 実体がない敵が僕に触れることなど出来ないのではないか? そんな先入観が僕の一瞬の判断を鈍らせた。

 反射神経に従うまま攻撃を槍の柄で防いだまでは良かったが、ろくに踏ん張ることも出来ずに吹き飛ばされてしまった。

 後方に積み上げられた段ボールに体が思いきりめり込む。

 

 油断した・・・・・・速さも重さも申し分ない攻撃だ。とっさに防いでなかったらタダではすまなかっただろう。

 こちらの攻撃は当たらないのに、あちらの攻撃は当たるだと? 

 どういう理屈だ? そんな卑怯なことってあるか?

 

_______ズズズッ

 見ると黒づくめの獣はまたも立体から平面へと姿を変え、薄暗いコンクリートの地面の上を縦横無尽に這い回り始めた。

「チョロチョロとうぜえよっ!」

 這い回る影を捕まえんとするクズリさんが地面に右手を叩きつけ「握り潰す能力」を展開した。

 周囲の地面がひび割れ、彼女の手の中に発生した重力場の中に圧縮されていく・・・・・・しかし怪物が捕まることはなく、脇にそびえ立つ棚と床の隙間へと身を隠してしまった。

 

「無駄っスよウルヴァリン! 多分ソイツには実体がない! その場に無い物を吸い込むことは出来ない!」

「あ!? じゃあどうすりゃいいんだよ?」

「・・・・・・どこかにバケモノを操っているフレンズがいるはず。そっちを叩かないことには!」

 

《敵だっ! いたぞ!》

 

 程なくして騒ぎを聞きつけた敵兵が何名もその場に到着し、僕らに銃口を向けて来た。

 完全に取り囲まれている。無論それだけでなく、影に潜む怪物も相変わらず僕らのことをどこかから狙っているだろう。

 八方塞がりだ。逃げ場はない。   

 僕ら3人は互いに背を預けながら、迫ってくる敵の方を向いて身構えた。 

 

「ウルヴァリン、この場は任せてもいいっスか? ちょっち考えがある」

 

 スパイダーさんがボソボソと低い声で提案をはじめた。

 いつもは温厚な彼女がこんな風に喋るのは、目的を遂行するための筋道を見出し、それを絶対に実現させようとする強固な意志を固めた時だけだ。

 

「今からアタシとメリノで影に潜る。あの四本足を操っている本体を叩きに行くんスよ」

「ハァ? それが終わるまでオレ一人でここで粘れってか? 無茶振りしやがるぜ」

「アタシの相棒の”無敵の野生”なら大丈夫って信じてるっスよ」

「・・・・・・てめえ、いつもの調子が戻ってきやがったなァ」

 

 クズリさんがニヤリと笑う。

 下手をしたら、しなくても命を落としかねない程の苦しい役目を押し付けられたというのに、何故だか妙に嬉しそうに見えた。

 相手が断らないとわかって無茶を押し付けるスパイダーさんと、そうされるのを喜ぶクズリさん・・・・・・歪なピースが奇跡的に噛み合ったような2人の絆は、命がかかった場面でこそより強固に結びつくようであった。

 

「オラさっさと行けよ!」

 

 クズリさんの小さな背中が黄金色に輝き、その場のすべてを飲み込まんとするほどに巨大な闘気を展開し始めた。

 これでいいのかと思うが、僕の意志など微塵も挟む余地がないほどに2人の意志が固まっているのは明らかだった。

 

「来るッス!」

 スパイダーさんが言うなり僕の手を掴み、深い暗闇の底へと無理やりに引き込んでいった。

 現実世界に残ったクズリさんが足止めをしてくれる以上、影の世界で黒づくめの怪物が僕らを襲ってくることはないだろう。

 納得づくの話とはいえ、僕とスパイダーさんだけで再び安全地帯に戻り、クズリさんをたった1人で危険な場所に置いてきてしまった。

 その事実に怒りと苛立ちを覚えないはずはない。

 

(メリノ、アタシが敵の居場所を暴くから、お前に倒してほしいっス)

(アテはあるんですか? 適当な憶測でこんなことをしたわけじゃないでしょうね?)

(まあ聞くっス。敵はどうやらアタシと似たような”影の能力”を持っているらしい・・・・・・影ン中っていうのは水に似てるんスよ。だから何かが通った跡は、他よりも微かに揺らいでいるっス。あの化け物がアタシらを見つけられたように、アタシも奴がどこから来ているのかわかるはずっスよ)

 

 スパイダーさんはそんなことを言いながら、彼女にしかわからない手がかりを頼りに猛然と突き進んでいた。

 どこに向かっているのかは知らない。そもそも上下左右どちらに進んでいるのかすらも僕にはわからない。ひとつだけ確かなのは、頭脳担当の彼女は戦闘要員としては期待できない以上、ここを抜け出した先で待っている敵と戦うのは僕ひとりだということだ。

 

 クズリさんだって承知の上だ。僕は彼女からこの重要な局面を任された。それは僕にとってこの上なく名誉な事だと思った。

(・・・・・・やってやりますよ!)

 僕はスパイダーさんに凄むように、また自分自身を鼓舞するように吼えた。

 

_______ズルリッ

 暗闇が暗転し、無重力空間から重力空間へと投げ出される。

 そこはさっきまでいた広々とした倉庫とは打って変わって、パソコンや計器類が雑多に配置された狭苦しい部屋の中だった。

 落とされている照明の代わりに、壁一面に敷き詰められた画面が、緑色に光る図形の連なりを投射して仄暗い室内を照らしている。

 ・・・・・・おそらくは周囲の様子を監視するような機能を持っている部屋であろう。経験則からざっとそんな情報が見て取れた。

 

《止まれ! 撃つぞ!》

 

 突然に狭い部屋へと闖入してきた僕らを、殺意を込めた複数の銃口が出迎える。つい一瞬前まではパソコンの前に座って作業していたらしき兵士たちだ。

 携えている銃火器には当然SSアモが装填されているだろう・・・・・・認めたくないことだが、ヒトの兵士の質はCフォースよりもパークの方が断然上だな。フレンズに頼りきりにならずに自分たちで戦おうという意志が感じられる。

 

「もうここを嗅ぎ付けてきたんだ」

 銃を構える兵士たちの中に、素手で僕らに近づいて来るヒトならざる者の気配をひとつだけ見つけた。

 三角形の耳と細長い尻尾を生やした、小柄とも長身ともつかぬ中くらいの背丈のフレンズ。橙色の肌に環状の斑点を並べた鮮やかな立ち姿が、黒づくめの兵士たちの中で際立っている。

「・・・・・・ねえ、アンタがスパイダーモンキーなんでしょ? アタシはパンサー。アンタたちのことはさっきから見張らせてもらってる」

 

「開口一番に名乗るとは礼儀正しいんスね」

 スパイダーさんは、パンサーと名乗る斑模様のフレンズにびしゃりと正体を看破されながらも余裕な態度で返した。それと同時に、後ろで息を荒げる僕にさりげなく平手を向けて(まだ動くな)と合図も送っている。

 

「アタシがスパイダーだって証拠があるんスか?」

「とぼけないでよ。今見せた技が自慢の”影潜り”なんでしょ? アタシはアンタのことをアムールトラから聞いてるし、映像で能力を一度だけ見た事があるもの。どこにでも出入り出来る厄介な能力・・・・・・ウチの将軍が言ってた。アンタはおそらく、敵の斥候として一番最初にやってくるだろうってね」

「そうっスか。で、お前はあの真っ黒い奴の本体ってワケっスね」

「たった3人で来るとは思わなかったけどね・・・・・・もうアンタらに勝ち目はないよ。降参するなら命は助けてあげる」

 

 何だこのパンサーとかいう奴は? 拍子抜けするようなことを言う・・・・・・まさか事ここに及んで、言葉を尽くせば戦いが回避できるとでも思っているのか。

 そんなことを敵の前で言ってのける図太さや覚悟の浅さが気に入らない。ここ最近で一番腹が立ったかもしれない。

 

「勝ったつもりか? 笑わせるなよ」

 僕はスパイダーさんの背中ごしにパンサーを睨みつけながら、首筋に添えた親指を下に向けて、喉を掻っ切るジェスチャーを見せつけた。

「勝つのは僕らだ。お前らはすべてを奪われるんだ。命も、仲間も、故郷も・・・・・・」

 

 真紅の殺意が自身の中に満ちていくのを感じながら、僕はニヤリと笑い前に出た。

 

 to be continued・・・ 




_______________Cast________________
 
哺乳綱・鯨偶蹄目・ウシ科・ヤギ亜科・ヒツジ属
「メリノヒツジ」
哺乳綱・ネコ目・イタチ科・クズリ属
「クズリ(ウルヴァリン)」
哺乳綱・霊長目・クモザル科・クモザル属
「ジェフロイズ・スパイダーモンキー」
哺乳綱・ネコ目・ネコ科・ヒョウ属
「パンサー」
哺乳綱・鯨偶蹄目・マイルカ科・シャチ属
「オルカ」
_______________The Power of Next (野生解放の先にある力)
「レプンカムイ」
使用者:オルカ
概要:全身を液状化させる能力。見た目は透明な水そのものとなるために隠密性が高い。液状の体を自在に変形させて戦うことが出来るが、質量を変化させることは不可能。
 液体でいる間は外部からの物理的衝撃を無効化することができるため防御力は極めて高いが、急激な温度や圧力の変化など全細胞が影響を受けるような状況に対しては無防備となる。
_______________Story inspired by________________

“けものフレンズ”  “けものフレンズ2”
      byけものフレンズプロジェクト

     “けものフレンズR”
      by呪詛兄貴
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