けものフレンズR あるトラのものがたり   作:ナガミヒナゲシ

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メリノヒツジVSパンサー


過去編終章21 「ふるきとも、あたらしきとも」(中)

「動かないでって言ってるでしょ!」

 

 パンサーと名乗るフレンズが怒鳴ると、数名の兵士たちが突きつける銃口からより鮮明な殺意が迸った。

 狭いレーダー室の中には一色触発の緊張感が漂っている。

 このパンサーこそが今の僕らの最大の障害だ。コイツさえ倒せばスパイダーさんは影潜りを使えるようになり、この状況を覆すことが出来る。たった1人で敵を引き受けているクズリさんを助けに行くこともできる。

 

 パンサーを始末する前に・・・・・・まずは邪魔な兵士たちをどう片付けるかだ。

 通常の銃火器相手なら少々の負傷と引き換えに力任せに蹴散らすことも出来るが、フレンズにも効果があるSSアモで武装した兵士は厄介だ。

 

(アタシが先に行く。合わせろっス)

 仕掛けるタイミングを伺っている僕に、同じように身構えるスパイダーさんが小声で告げた。

_______タンッ

 声を出さずに頷いた僕を後目に、小柄な金色の体が跳ねる。

 残像すら残らない程の速さでトンボを切り、兵士の顔面を踏みつけると、それを踏み台にして天井に飛び上がって見せた。

 スパイダーさんは腕力はともかくとして俊敏さならば僕が知る限り最高クラスだ。囮をやらせたら右に出る者はいない。

 

「ここだァ! 撃ってみやがれっス!」

 重力を無視したように天井に張り付きながら、地面を振り返って叫ぶ。

 それは蜘蛛の名を持つ者にふさわしい動きだった。良く見るとスプリンクラーと思しき小さな出っ張りに尻尾を器用に巻き付けて体を固定している。

 銃口が彼女を捉えようと一斉に上へ向けられた。

 

「くくくっ」

 兵士どものザマを見て自然と笑みが零れる・・・・・・迂闊にも僕から目線を逸らしたことをあの世で悔やむがいい。

_______シュパァァッッ

 忍び笑いと共に右手を大振りに振って繰り出したのは「腰帯剣(ウルミ)」。

 インドの古流武術に伝わるという、鞭のように細長く刀身がしなる剣を、僕の能力で再現したのだ。この武器は扱いは難しいが殺傷力も攻撃範囲も優れており、何よりも不意打ちに向いている。

 この局面で使用するのに最適な武器だ。イメージするのに多少時間がかかるが、スパイダーさんが稼いでくれた数秒間があれば十分だ。

 

 しなる刀身が弧を描きながら、狭いレーダー室内のほぼ全域を薙ぎ払う。備え付けられたパソコンやディスプレイが切断されバラバラと崩れ落ちている。

「うぎゃああっ!」

 向かって右側にいる2、3人は仕留めたか。ウルミの一撃をモロに食らって上半身と下半身が分かたれている。ザマぁない姿だ。

 しかし向かって左側の奴らには攻撃が届くまでに猶予があり、すんでのところで身を伏せて躱されてしまっていた。

 その中にはパンサーもいる。

 まあ奴に命中するとは最初から思っていなかった。ヒトを凌駕する反射神経を持つフレンズには、こんな大振りは掠りもしないだろう。

 

 返す刀で今度こそ兵士どもを皆殺しにしてやる。

 左へ振りぬいた持ち手を右へ振ろうと、手首のスナップを利かせながら身をよじった瞬間。

「やめろぉぉッッ!」

 パンサーが怒号を鳴らしながら僕に向かって真っすぐに突っ込んで来た。

 豹といえばトラと同じく単独で狩りをするネコ科の猛獣。とうぜん速いだろうとは思っていたが、異様なのは低さだ。まるで地を這うような低重心のタックルをかましてくる。

 

 すでにウルミに有利な中遠距離の間合いを詰められている。接近されたらこの武器は役立たずだ。別の武器に切り替えて対応するしかない。

 ・・・・・・瞬時にそう判断し、手にしたウルミをやむなく槍へと変形させる。待ち時間なしで変形できる得物は、僕の基本形である槍だけだ。

「しゃらくさい!」

 

 大急ぎで槍を逆手に持ち替えてパンサーへと突き出した。

 だが地を這う奴の体はなおも加速し、僕の攻撃を躱しながら跳ねていた。

_______ドガンッッ!

「ぐふうッ!」

 不覚を取った。どてっ腹に奴の両足を蹴り込まれた。勢いも体重も乗り切った一撃を受けて、たまらず後方へ吹き飛ばされる。

 そのまま背後のガラス張りになった壁を突き破って部屋から退場させられた。

 

 風圧を掻き分ける背中ごしに、高所から落とされているのを感じ取る。

 その感覚によって冷静さを取り戻し、敵にしてやられた怒りを鎮めることが出来た。

 

 今しがたまで居た、あの壁一面にモニターを敷き詰めた部屋は、多分だけど監視室か何かだったように思われる。

 中にいたパンサーや兵士たちはそこを押さえることでCフォースの出方を探っていたのだろう。

 監視室は普通に考えれば高所に建てられるのが道理だ。電波を受信する精度を上げるために、また単純に高所から周囲を見張るために。

 

 ともかく次の行動を決めるのが先決だ。

 まず槍を真横に突き出して壁を削ることで落下の勢いを抑えようとした。

 それと同時に空中で体勢を入れ替えて下を向き階下の様子を観察する。状況を見極めるためには落ちている時間さえ無駄にできない。

 周囲の薄暗さから言ってここはまだ屋内だ。

 落ちれば落ちるほどに暗さが増していったが、やがて部屋の全貌が見えて来る。

 

_______スタンッ!

 頃合いを見計らって槍をかき消し地面に降り立つ。

 だだっ広い部屋の中には、ベルトコンベアが迷路のように張り巡らされていた。

 なるほど、ここは搬送室か。当然こういった設備もあるだろう。

 地域の物流を一手に担うほどの巨大な倉庫ならば、数えきれないほどの物資を運搬するのに人力だけで足りるはずもない。

 もちろん廃墟となった今では作動はしていないようだが。

 

 ・・・・・・兵士の姿は見えないか。クズリさんが暴れているであろう倉庫の方に動員されているのだろうな。そんなことを考えながら辺りを見回していると、上の方から飛び降りて来る気配をひとつ感じた。

 

「ふん、来たか」

 パンサーの奴が早くも僕を追いかけてきた。軽やかな身のこなしで音もなくベルトコンベアの上に降り立つ。

 奴は味方を守るために僕を突き飛ばしたのだろう。この人気のない空間で、誰も巻き込まずにタイマンで僕を仕留めるために・・・・・・敵ながら的確な判断だと褒めてやる。

 

 そして受けて立とう。オオカミ対ヒョウなら、中々の好カードといった所じゃないか。

 肉食獣の代表格であるネコ科は例外なく身体能力に優れており、戦い方もそれを活かした肉弾戦が中心だ。

 さすがに仮想アムールトラというわけにはいかないだろうが、多少なりとも奴を打倒するための経験値が得られるはず。

 

_______・・・・・・ドンドンドンッ・・・チュイン・・・!

 はるか上に臨む監視室からは銃声が絶え間なく聞こえてくる。

 スパイダーさんが敵兵を引き付けてくれている証拠だ。愚鈍なニンゲンごときが彼女に弾を当てるのは至難の業に違いない。

 彼女が兵士の相手を引き受けてくれている今がパンサーを始末するチャンスだ。状況はさっきと何ら変わりない。むしろ敵を分断しただけ僕らが有利だ。

 

「さあ、どこからでもどうぞ?」 

「・・・・・・」

 

 電源の落ちたベルトコンベアの上へあがり、槍を構えながらパンサーと対峙する。

 奴は腹立たしげに眉毛を吊り上げながらも無駄口を叩かずにキッと僕を睨んでいた。2人の間に流れる空気が歪み、激突の予感が近づいて来る。

 

 パンサーが動き出す。随分と奇妙なファイティングポーズだ。

 全身を絶えず振り子のように揺らしながら、軸足を左右交互に入れ替えている。軸足でない方の足をグッと真後ろに引き体を沈み込ませると、それと同時に片手を顔の前に掲げて構えを完成させている。

 ベルトコンベアはヒトがぶつからずにすれ違えるほどの幅しかなかったが、奴はそんな狭所を目いっぱい使って奇妙な動きを繰り返している。

 

 驚くほどに自然体だ。パンサーにとっては骨の髄まで染みついている動きなのだろうと思える。

 ・・・・・・いつかどこかで映像を見たような気がする。この動きは確か「カポエイラ」とかいう格闘技だ。

 Cフォースで育ったフレンズは、訓練時代に自分に向いた戦技を最低ひとつは仕込まれるわけだが、パークの所属であるパンサーもどこかでヒトの格闘技に習熟する機会があったようだ。

 僕は徒手空拳には疎い。カポエイラについて知っているのはその名前と、足技中心の格闘技というだけだ。

 

 あの奇妙な動き・・・・・・こうして相対すると実に理にかなった物であるとわかる。

 低い重心で左右移動を絶えず行うことで、防御にも攻撃にも有利な状態を保っている。

 後ろに引いた足はさながら引き絞った弓だ。いつでも矢を放つ準備が整っているといった殺気を感じる。

 

 リーチなら槍を持つ僕に軍配が上がるのは必然だが、奴の態度からは不利を感じ取っている様子がまったく感じられない。どう動くつもりだ?

 

(見せてもらうぞ!)

 まずは小手調べと思い、手にした槍を遠間から横に一閃、パンサーがいる地面を擦るように穂先を横なぎに払う。

 奴に飛び込まれようとも対処できるだけの間合いは十分に保っている。左右移動では躱せない攻撃に対してどう対処するのか見ものだ。

 

 穂先は狙い通りにベルトコンベアの表面スレスレを薙いだ。

 しかしそこにいたはずのパンサーも姿を消していた。と思った刹那、奴は攻撃を見切ったようなタイミングで飛び跳ねていた。

「甘いよ!」

 避けただけじゃない。奴は体を横に回転させながら前方に飛び出していた。そして間合いに僕を捉えた瞬間、回転の遠心力を加えた回し蹴りを放ってきた。

 

_______ギャリッッ!

 後ろにのけ反ってなんとか蹴りを躱す。鼻っ柱を擦られたと思うほどの距離で奴のつま先が通り抜けた。 

 鮮やかな反撃に思わず背筋が凍る。慎重にも慎重を期して間合いを詰めなかったのは正解だった。あと10センチ、いや5センチ前にいたら、蹴りは僕のこめかみを捉えていたことだろう。

 考えが甘かったことを認めよう。このパンサーはかなりの実力があるようだ。

 とてもじゃないがリーチの有利だけで勝てるような相手ではなさそうだ。

 

 目の前の強敵を叩くためには、野生解放状態で戦う他にはない。

 僕がそう思った刹那、パンサーの瞳にも黄金色の光が灯りだした。

 同じ色の瞳でオオカミとヒョウが睨み合っている・・・・・・面白い。考えていることは同じか、ならば遠慮は一切いらないな。

 

_______ビュボボボボッッ!

 肉体のギアが最高潮に上がった僕は、穂先が無数に見えるほどの勢いで槍を突き出した。

 だがパンサーも負けじと素早く動き、独特な身のこなしで攻撃を躱し続けている。

 リーチの差があるために奴が反撃する機会は限られていたものの、数少ないチャンスを見つけては肝を冷やすような角度からの蹴りを打ち込んできた。

 僕は奴をベルトコンベアから下ろすことさえ出来ないでいる。ただジリジリと後退させているだけだ。

 

 完全な膠着状態・・・・・・オーソドックスに攻めただけじゃ決着は遠い。

 そう思った僕はパンサーに罠を仕掛けることにした。

「くらえっ!」

 怒声と共に大振りな一直線の突きを繰り出した。

 が、奴はこれは難なく躱し、攻撃の隙を的確に見抜いて間合いを詰めてきた。こうなったら奴のターンだ。

 引手が命である槍は、引くスピードよりも先に敵に肉薄されれば反撃を喰らうのは必然。

_______ブォンッッ

 低い姿勢から風車のように振り回すカポエイラの蹴りが僕の顔面に飛んできた。

 ・・・・・・素晴らしい。計画通りだ。

 

「なっ!? ああっ!」

 悲鳴を上げながらうずくまったのはパンサーの方だった。

 苦悶と困惑が混ざった表情で己の右脚を見つめている。奴の足の甲には金色のナイフが突き刺され、足裏まで貫通していた。とうぜん僕の仕業だ。

 

「・・・・・・パンサー、お前は中々やる相手だが、戦い方がまっとう過ぎるな」

「あ、アンタ何を!?」

「能力のちょっとした応用さ」

 

 せめてもの情けにネタ晴らしをしてやることにした。

 ディ・フェアヴァントルはイメージによって武器を自在に形成する能力。武器は僕の体のどこからでも出現させることが出来る。

 とはいえ、ふつう武器は手に持って使うものであるため、手許以外に出現させることにメリットはない・・・・・・しかしたったひとつだけ、手以外で武器を使うことが出来る部位が存在する。

 それは口だ。

 

 僕は罠を思いついた瞬間から、武器を形作る前の原型である不定形な塊の、その小さな一片を口の中に忍ばせていた。

 そしてパンサーが蹴ってくるとわかった瞬間、それをナイフに変化させて口で咥えたんだ。

 ただの刃物、構造は極めて単純。形成するのにかかる時間はコンマ数秒といったところだが、ギリギリ間に合ったようだ。

 

 パンサーは「ぐっ」と呻くと、右脚に突き刺さったナイフをひと思いに引き抜いた。

 鮮血と共に放り捨てられたナイフは空中で金色の粒子に分解され、槍の一部として再び僕の手許へと戻ってきた。

 

「足技を封じられたお前に勝ち目はない、死ねよ」

 

 パンサーを嘲笑いながら槍を振りかざし、とどめの一撃を繰り出そうとした瞬間。

_______ヤメロオオッッ!

 ゾクリと肌を刺すような恐ろし気な声が真上から聴こえて、戦慄して足を止める。

 声の主は、倉庫で僕らに襲い掛かってきた例の黒づくめの怪物だった。獰猛な唸り声を発しながら僕めがけて降ってくる。

 襲い来る突然の脅威に、すんでのところでバク転してこれを躱した。

 

「チッ、厄介な奴が来たな!」

「・・・ユルサナイ・・・コロス」

 怪物がパンサーを守るように僕に立ちふさがる。

 今にも僕に襲い掛からんとばかりに、姿勢を低くして背中を丸めた威嚇のポーズを取っている。

 

 ・・・・・・それにしてもコイツ喋れたのか。地鳴りのように響く片言のドス声だが、良く聴くと声質そのものはパンサーと良く似ている。

 怪物の図体はクマと見まがうほどに大きいが、細くしなやかな体の輪郭は動物のヒョウそのもののように見える。

 声といい黒一色のその姿といい、まさしくパンサーの影といったところか。

 

 スパイダーさんがパンサーのことを「自分と同じ影使い」と推測していたが、その読みは当たっていた。

 彼女が影と一体化して移動を行う「影潜り」の使い手ならば、パンサーは影を己の分身として使役する「影分身」とでも言うべき技の使い手だ。

 

 分身体は倉庫の方でクズリさんと戦っていたはずだが、なるほど、本体の危機を察して守りにやって来たというワケか・・・・・・クズリさんの負担が減ったのは良いことだが、そのぶん僕がピンチに追い込まれたのは間違いない。

 

 分身体は油断ならない戦闘力を持っている。腕力も素早さも申し分ないだけでなく、実体のない影であるためかこちらの攻撃が当たらない。それでいて何故か向こうの攻撃は当たってしまう。

 攻撃を防ぐという形でしか分身体に触れることはできないのだ。

 

 そのうえ、さっき身を持って知った通り、本体であるパンサーの実力も侮れない。

 片足を負傷したとはいえ、まったく無力化出来たと断じるのは早計だろう。分身体と2人がかりで襲いかかって来られたら、今度は僕の方がピンチに追い込まれる可能性が高い。

 実体のない分身体をいくら相手にしたところでキリがない、何とか分身体に邪魔されずにパンサーを始末できればいいが、そのためにはどう動くべきか。

(どうする・・・・・・かなり不利だ) 

 

「キエロォォッッ!」

 攻めあぐねていると、分身体が咆哮を上げながら僕に突っ込んで来た。

 片言で喋れるとはいえ、フレンズである本体と違って、コイツは獰猛な獣そのものだな。考える頭があるとは思えない。付け入る隙はありそうだ。

 攻撃を躱しざまにパンサーに槍を投げつけてやろうか・・・・・・いや、もし躱されでもしたら後がない。足場が限られるこの地形では、最悪はさみ撃ちを喰らう恐れもある。

 

 あれこれ考えて結論に辿り着く。

 認めたくないことだが、反撃の隙をうかがうためには、一旦退くしかないようだ。

 敵に背を向けるなど恥ずべき所業だとわかっている・・・・・・しかし僕に敗北は許されない。クズリさんと同じく選ばれし強者なのだから。両手首に付けた鎖の腕輪がその証だ。

 ・・・・・・どんな汚い手を使っても必ず勝つ。それがオオカミの哲学だ。負けたら惨めなヒツジに逆戻りだ!

 

_______バシュウウッッ

 決意を固めた僕は、地面に突き立てた槍の柄を伸ばして飛び上がり、パンサーと相対していたベルトコンベアの上から急速離脱した。

 脱兎のごとく背を向け、搬送室中に敷き詰められたベルトコンベアの隙間にある狭い空間へと身を隠した。

 

「ねえアンタ! こんな戦いやめようよ!」

 

 姿を消した僕に、パンサーが大声で降伏を呼びかけてきている。

 他のパーク兵たちは遠慮なくSS弾をぶっ放してきたが、やはりパンサーの言動からはどこからか僕らの命を取る事に対する躊躇を感じる。

 ・・・・・・クソ、馬鹿にしやがって。あんな甘っちょろい奴に背中を見せている自分の不甲斐なさに腹が立つ。

 怒りをたぎらせながらも、物音を立てないようにベルトコンベアの隙間に張り付きながら横歩きをはじめた。跳ね回る心臓の音だけが聴こえる。

 

 この暗闇がどれほどの目くらましになるかはわからない。なんせパンサーの分身体は影そのものが形を成した怪物なんだ。闇の中でも簡単に居場所を嗅ぎ付けられるかもわからない。

 どうやって奴らの隙を突けばいい? 何とかしてこちらが優位に立てる状況を作り出せないものだろうか?

 

 やがて身を隠せるような隙間が途切れた。並列していたベルトコンベアが互いに別方向に別れてしまっている。

 パンサーや分身体の気配がないことを確認しながら隙間から顔を出すと、突き当りには天井まで続く高い壁が広がっていた。

 ・・・・・・行き止まりだ。ここがちょうど搬送室の隅っこに当たるわけか。引き返す他にはないか。

 

 他に入り込めるような隙間はないかと辺りを探っていると、壁の一部分に四角い箱のような機械が設置されているのを見つけた。

 理由はわからないが違和感を感じる。

 別にこんな機械は、こういった施設ならどこにあってもおかしくないだろうが・・・・・・そう思いながら観察を続けていると、違和感の正体に気付いた。

 

 この四角い箱のような機械だけ埃を被っていないんだ。他の場所は廃墟も同然だというのに。

 ヒトの手で弄られてから時間が経っていない証拠だ。

 言うまでもなく、最近ここに出入りしていたのはパークの連中だろう。この機械は何なんだ? 奴らは何の目的でこの機械を弄った?

 

 抜き足差し足で機械の傍まで近寄り、そっと蓋を開く。

 複雑に絡み合い収束する無数の配線。それらの合間に配置される基盤。最上段のパネルから張り出した、下方向を向いている大きなレバー・・・・・・いかにもと思うような内部機構が姿を露にする。

 一見して破損したり朽ちたりしているような印象は見られない。

 

 機械の仕組みなど僕にわかろうはずもない。出来るのは想像を働かせることだけだ。

 ・・・・・・おそらくこの機械は配電盤だ。ただしブレーカーが落とされている。

 ひとつ言えるのは、上にある監視室の電源が生きている以上、ここの通電も生きている可能性があるということ。

 

 廃墟と化していたこの建物の設備を、パークの奴らが基地にするために修理したんだとしたら? 

 この搬送室の設備も奴らが物資を運びこむために利用しているんだとしたら? 

 出来る限り廃墟を装うために、必要な時以外は作動させていないんだとしたら?

 

 すがるように都合のいい憶測をして、その上になお憶測を重ねただけに過ぎないが、こう考えれば一応の辻褄は合う。

 我ながら行き当たりばったりだなと呆れてしまうが、今はこの可能性に賭けるしかない。

(動けええっ!)

 神に祈るような気持ちでレバーを握りしめ、押し上げた。

 

_______ゴウウウウンッッ・・・・・・

 

 だだっ広い搬送室内に明かりが灯り、いままで死んだように停止していた機械のすべてが息を吹き返したように鳴動を始める。

 それを見るやいなや、心の中で高々とガッツポーズを取った。

 ・・・・・・勝った。勝ったぞ。僕の粘り勝ちだ。得意満面の笑みで再びジャンプし、動き出したベルトコンベアの上に飛び乗った。

 

「僕はここだ! さあ第2ラウンドといこうか!」

 

 張り上げた大声によって、すぐさまパンサーと分身体に居場所を知られることになった。

_______ガァウウウッッ

 僕を見るなり、分身体が猛然と駆け出して距離を詰めようとしてくる。

 だが、素早い突進は何もない所で阻まれた。

 踏み込んだ奴の前足が、ベルトコンベアの上を等間隔で照らすライトの光の中に入った瞬間、燃えるようにかき消されたのだ。

 

 思った通りだ。パンサーがスパイダーさんと同じ影を操る能力であるならば、弱点も共通しているんじゃないかという推測は当たっていた。

 スパイダーさんの「影潜り」は光が当たる場所では使うことが出来ない。それと同じように、あの影が形をなした怪物は光の中では活動することが出来ないんだ。

 

 分身体が慌てて後ろに飛び退くと、消え去ったはずの奴の前足は、ライトの光が当たらない薄暗闇の中で再び形を取り戻した。

 今や奴に出来るのは、暗闇の中で唸り声を立てながら僕を憎々し気に睨むことだけだ。

 

 これで厄介な分身体の動きは封じた。

 だがそれだけじゃない。僕にとって決定的に有利な点がもうひとつある。ベルトコンベアが動き出したことだ。

 

「どうだパンサー? その動く足場の上でお得意のカポエイラは使えるのかな? 両足とも健在なら何とかなったかもしれないが」

「・・・・・・アンタ、何してくれてんの?」

「見ればわかるだろう。通電を回復させてやったのさ! これでお前の勝ち目は消えた!」

 

 血相を変えたパンサーが下を向いてわなわなと震えている。僕を恐れているのではない。何か別のことに気を取られているようだ。

 

「今すぐ電気を落として!」

「ほざけバカが! この有利な状況を手放してたまるかよ!」

「バカはアンタだよ!」

 

 パンサーはそう言うなりベルトコンベアから飛び降りて、びっこを引きながら駆け出し始めた。

 分身体がそれに続くと、立体の体を平面に変えてパンサーの足元に潜り込み、それきり自身の本来の姿と思しき、実体に張り付いたただの影へと戻ってしまった。

 何のつもりだ。戦いのことなど完全に放り出してしまっている。

 

「待て! 勝負はどうした!?」

 

 あわてて僕も追いかける。

 奴が向かう先は、さっき僕が動かした配電盤の前だった。

 自分の手で通電を切る気か。何を差し置いてもいっこくも早くそうしなければならない、その理由とはいったい?

 

「奴が来る!」と、脇目もふらずに配電盤へと走り続けるパンサーが金切り声を上げる。

 奴とは誰だ、と僕が答えるよりも前に、まともに立っていられなくなるほどの激烈な振動が地面を揺るがし、そこらじゅうに亀裂が走り始めた。

 

_______ズドドドド・・・・・・!!!

 やがて地面が陥没し、底暗い大穴が姿を現す。

 際限なく広がる暗闇の中に、部屋中に張り巡らされたベルトコンベアも、それらの間に立つ支柱も、形あるものすべてが飲み込まれるように沈んでいった。

「・・・な、何が・・・何だこれはぁぁぁ!?」

 とつぜんの大災害に襲われて、僕もパンサーも脱出は叶わない。

 目の前で何が起きているかも理解できないまま、なすすべなく意識が暗転していった。

 

 

(メリノ! メリノ! 目を覚ませっス!)

(・・・・・・うっ?)

 

 すべてのことに整理がつかない朦朧とした意識の中、聞きなれた声が僕をまどろみから引き戻そうと呼びかけて来る。

(・・・・・・スパイダーさん?)

 あれから何が起きた? 彼女は監視室で兵士たちの相手に囮をしていたはずだ。なぜ僕と一緒にいる?

 僕はついさっきまでパンサーと一対一で戦っていたはず・・・・・・

 

(奴はどこだ!)

 

 パンサーの姿を思い浮かべるや否や、脳裏で燻っていた闘争心に火が付き、瞬間的に僕を暗闇から覚醒させた。

「ぶふっ! ごほっごほっ!」

 勢いよく顔を上げると同時に、猛烈な息苦しさが込み上げてきて思いきりむせ込んだ。鼻や口の中がジャリジャリとして痛い。

 スパイダーさんらしきフレンズの手が「大丈夫っスか」と、僕の背中を撫でさすっている。

 

「しこたま砂を吸い込みゃそうなる。落ち着いて吐き出せっス」

「カハッ! ペッ! ここはどこなんですか?」

 

 スパイダーさんの声は僕のすぐ右隣から聞こえるし、気配も感じられるが、肝心の彼女の姿が見えない・・・・・・というよりいっさいの物が見えない。

 目の前に広がっているのは完全な暗闇だけだ。

 

「ここは”アリジゴク”の餌場だよ。誰かさんがバカなことをしたせいで、奴が起きちゃった」

「そ、その声はまさか?」

 

 あろうことかパンサーの声がした。すぐ近くから奴が話しかけて来ている。

 この暗闇の中でわざわざ居場所を知らせて来るとは・・・・・・

 望むところだ。状況も何もわかった物じゃないが、とりあえず戦いを再開するとしようか。

 だが、暗闇の中で槍を抜き放つタイミングをうかがっていると、スパイダーさんがそれを前もって制するかのように「待て」と肩に手を乗せてきた。

 

「なぜ止めるのですか!?」

「聞けっス。アリジゴクってーのは、Cフォースが付けたコードネームで言うところの”アンダーテイカー”のことらしいっス。どうやらさっき地面が陥没したのはヤツの仕業みたいっスね」

 

 僕とは違って、意識を失うことなく事態を目撃したであろうスパイダーさんが語る。

 あれから兵士たちと交戦していた彼女は、奴らが弾切れを起こしたのを見計らって僕の加勢に向かおうとしたらしい。

 そんな時に建物が陥没し始めたのを目撃したそうだ。

 そして地面に飲み込まれている僕を見つけ、影潜りで瞬間移動して間一髪助けてくれたらしい。ついでにすぐ近くにいたパンサーのことも・・・・・・

 

 どうやらかなりの広範囲が陥没したようだ。広大な敷地面積を誇る倉庫が丸ごと沈んだのかどうかは不明だが、少なくとも僕らがいた監視室から搬送室にかけての区画は全滅だろうと言う。

 クズリさんの行方も知れない。まさか彼女に限って命を落とすようなことは無いと思うが。

 

「アンタのせいよ」とパンサーが恨めし気につぶやく。

 暗闇の中で奴に睨みつけられているような感じする。僕も負けじと額に皺を寄せて、声がする方にガンを飛ばし返す。

 

「アンタが搬送室の電気を付けたせいであんなことに・・・・・・!」

「何だと? アンダーテイカーのエサは電気ではなく石油のはずだ」

「Cフォースは情報が古いんだよ!」

「落ち着いて・・・・・・メリノにはアタシが言って聞かせるっスよ」

 

 スパイダーさんがあくまで冷静に僕らの間に割って入りながら言葉を続ける。

 どうやら僕が気絶している間にパンサーから色々と事情を聴いたようだ。

 

 ごく最近パーク側の技術者が解析した情報によると「アンダーテイカー」は石油だけでなく電気からも栄養を取れるように体構造が変異した可能性があるそうだ。

 ・・・・・・まあ確かにそういった変化が起きていたとしても何ら不思議はない。

 セルリアンは通称「昨日までの常識が通用しない生物」と言われるほど日々変化を続けているのだから。

 

 そしてあれほど大型のベルトコンベアを動かすとなると、莫大な電力を消費するらしい。そんな物を作動させることはすなわち、豊富なエサの存在をアピールしてアンダーテイカーを呼び寄せるに等しい。

 パークの連中は真っ先にベルトコンベアへの通電を切ったが、Cフォースからの襲撃も警戒しなければならないために、いくつかの電気系統は残していたようだ。

 ・・・・・・ふん、そうか。そういうことなら、結果オーライとはいえ、僕の行動にミスはなかった。アンダーテイカーを呼び寄せたことで数多くのパーク兵を始末できたに違いない。

 

「ところでスパイダーさん? 僕が眠ってる間に、パンサーとずいぶん親し気に喋ったんですね? こんな、敵であるパークのフレンズなんかを相手にね?」

「今はそんなこと言ってる場合じゃない。それにパンサーは・・・・・・アタシらの命の恩人なんスよ」

「・・・・・・何ですって?」

 

 それは僕が目を覚ますほんの少し前、3人で地下に閉じ込められて間もない時、天井の一部が崩落したそうだ。

 スパイダーさんは意識のない僕を庇うのに精一杯だった。しかしパンサーはそれを見かねたのか、眠る僕ごとスパイダーさんを突き飛ばし、そして・・・・・・

 

「両膝から下の感覚がないの」

「・・・・・・見えねえと思うが、パンサーはアタシらを庇って、でけえ岩の下敷きになっちまったっス。何で敵であるアタシらのことなんか」

「借りを返しただけだよ。先に助けてくれたのはアンタじゃない。例の、影に潜る技で・・・・・・」

 

 なるほど。大体の事情はわかった。

 随分と込み入ったことになっているようだ。ついさっきまでの、敵を倒すことだけ考えていられた時間が懐かしい。

 

「メリノ、大岩を砕いてパンサーのことを助けてやれっス。お前の力なら出来るはずっス」

「何故そんなことを? 生かしておくと厄介なだけですよ? このまま生き埋めにすればいい。僕らだけで影潜りで逃げましょうよ」

「ゴチャゴチャとうるせえ! いいからさっさとやれよ!」

 

 やれやれ、スパイダーさんの口調から「ス」が抜けているのは本気で怒っているサインだ。

 僕もクズリさんも彼女には逆らえないんだ。どれだけ腕っぷしに差があろうが関係ない。僕らが好きに暴れていられるのは、彼女がいつも場を仕切りフォローしてくれるからだ。

 その存在の大きさは行動を共にした者にしかわからない。

 納得はまるでいかないが、言う通りにするしかないだろう。

 

_______ガインッッ!

 手探りで岩の位置の探り当ててから、抜き放った槍を一閃。

 固い岩を打ち砕いて突き抜ける感触が穂先ごしに伝わってくる。

 

「つかまって」と、スパイダーさんがパンサーに肩を貸そうとしていると思しき様子が物音でうかがえる。

「アタシにおぶさったらいいっス」

 相手に作った借りを返さずにはいられないのがスパイダーさんの性分なのはわかる。

 ・・・・・・しかしパークのフレンズなどを助けた所でどうする? ヴェスパー親娘の実験台にされるだけだろうに。

 

「メリノ、ひとつ言っておくことがあるっス」

 スパイダーさんが内心毒づく僕を察したように言葉を続ける。

 それは先ほどから僕が一番気になっていることだった・・・・・・影に潜れるはずの彼女が、なぜこんな所にわざわざ留まっているのか? という疑問に対する答えだ。

 

「今は影には潜れないっス」

「一体なぜなんですか?」

「ここにゃあ闇しかない。影がない・・・・・・言葉にするのは難しいんだけど、闇と影っつーのは、似ているようで違うモンなんスよ。光のない所に影は出来ないんス」

 

 思いがけない事実が明かされる。

 光が当たる場所では影潜りが発動出来ない、ということは以前から知らされていたが、その説明では十分ではなかったのだ。

 完全な闇の中でも発動することが出来ない。光と闇の”境目”である「影」の前でなかれば、異空間への扉を開くことが出来ない・・・・・・つまり。

 

「脱出するためには光が必要ということですか」

「そういうことっス」

 

 光を得る手段について考えを張り巡らせる。

 当たり前に思いつくことと言えば、外の明かりが差す場所に出るか、ライターや懐中電灯みたいな光源を見つけるかだ。

 だがそんなことで済むならばスパイダーさんがとうにやっているだろう・・・・・・何かもっと別の方法はないものか。

 

「そ、そうだ!」

 脳みそを絞り込むように思考を張り巡らせていると、ふっとアイデアが湧いて出て来た。この方法ならばバッチリ辺りを照らせるはずだ。

 

「野生解放の光ならどうですか? 今やってみせますよ! ・・・うおおおっ・・・」

 

 得意げに言い放ち、全身に力を込めて気合いの掛け声を発していく。

 戦闘慣れした一流のフレンズにのみ可能な芸当だが、野生解放の出力が限界まで高まった時、瞳だけでなく全身から金色の炎を沸き立たせることが出来るんだ。

 

 しかしスパイダーさんが「そりゃまずいッス」と、冷静な声色で僕のアイデアを一蹴した。

 

「お前自身が光源になったとして、どうやってアタシと一緒に影に潜るつもりっスか?」

「クッ・・・・・・!」

 

 口論の末に重苦しい静寂が訪れる。

 野生解放の光すらも使えないって言うんじゃ八方塞がりじゃないのか。

 地盤沈下によって偶然出来たようなちっぽけな空間など、いつ崩落して埋まってしまうかもわからない。ここはいったいどれぐらい深いんだ?

 アンダーテイカーの動向も不明だ。すぐそばで僕らを狙っているのかも知れない。

 

「・・・・・・じゃあ、アタシがやる」

 スパイダーさんに背負われているパンサーが溜息交じりに沈黙を破った。

 

「アタシが野生解放をやって光源になってあげる。それぐらいのことは出来る・・・・・・2人で逃げていいよ」

「ば、バカ言えっス! ここで生き埋めになるつもりっスか!?」

「スパイダー、アンタはきっとすごく良い奴だから、アタシなんかより生き残る価値があるよ」

 

 パンサーは一体何を考えているんだ? 

 自己否定という言葉だけでは僕も似たような物だが、コイツのは性質が違うような気がする。

 過去を否定することで今の自分を高めようとしている僕と違って、コイツからはともかく自分を罰したいという際限のない自己嫌悪を感じる。

 その理由はなんだ? 敵である僕らにやけに同情的なのも、そこら辺から端を発しているのか?

 

「お前、何でそんな悲しいことを言うんスか?」

「・・・・・・アタシ、本当は生きてちゃいけない奴なんだ」

 

 嗚咽交じりのパンサーの声が、懺悔するように己の過去を語り始めた。

 

 to be continued・・・




_______________Cast________________
 
哺乳綱・鯨偶蹄目・ウシ科・ヤギ亜科・ヒツジ属
「メリノヒツジ」
哺乳綱・霊長目・クモザル科・クモザル属
「ジェフロイズ・スパイダーモンキー」
哺乳綱・ネコ目・ネコ科・ヒョウ属
「パンサー」
_______________Story inspired by________________

“けものフレンズ”  “けものフレンズ2”
      byけものフレンズプロジェクト

     “けものフレンズR”
      by呪詛兄貴
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