いったん削除して完成させたものを再投稿させていただきます。
お目汚し失礼いたしました。以後気を付けます。
「ほんとうに、アタシぐらい悪い奴はいないんだ」
パンサーの懺悔じみた昔話が始まった。
ほとんど誰にも明かしていない呪わしい過去だという。
自分がどんなに「生きてちゃいけない」のかを僕らにわからせることで、脱出のための捨て駒に躊躇なく使ってもらおう、というのが奴の魂胆だ。
正直、僕は今すぐにでもパンサーの申し出を受けるべきだと思っているが、決定権があるのは影潜りを使うスパイダーさんだ。
どうやら彼女は親身に話を聞こうとしている。
仕方がないので僕も耳を傾けることにした。はてさて、一体どんなすさまじい過去を持っていることやら・・・・・・
「むかし、まだ動物だったころ、アタシはいつもライオンの赤ん坊を獲物にしてた」
「ら、ライオンだと?」
かつてヒョウの中でも生まれつき抜きんでて強い個体だったらしいパンサーは、生と死のスリルを味わうことに喜びを感じる血に飢えた真正の猛獣だったという。
ライオンの赤ん坊を狙ったのは、幼くて弱い個体ほど仕留めやすい、という野生のセオリーに則った理由などではなかったようだ。
子供を取り返すために怒り狂って向かってくる母ライオンの群れと戦うこと。それが奴の目的だったという。
百獣の王ライオンは一般的に、体格差からいってヒョウが勝利することは困難な相手と聞いている。さらに多勢に無勢だ。
だが奴はたった一匹で複数のライオンを相手に出来るぐらいに圧倒的に強かった。
母ライオンたちを皆殺しにすると、周囲にむせ返る血の匂いを肴に、死の恐怖に怯える子ライオンの肉を貪るのが最高の贅沢だったという・・・・・・生きるために狩るのではない。快楽のために狩りをしていたのだそうだ。
「ふん、今とずいぶん違うじゃないか?」
「黙って聞いとけっスよ。メリノ」
次第に地元のライオンたちはパンサーのことを恐れるようになったそうだ。
襲われないために、自分たちの子供を生贄として差し出すようなことさえしてきたという・・・・・・百獣の王と呼ばれる種族でさえ、奴の退屈を紛らわす相手にはなり得なくなったのだ。
「アタシは退屈に我慢できなくなって、ヒトを相手に同じことをやった」
ヒトの子供が30人、40人、と奴の毒牙にかかる頃には、近辺で暮らすヒトたちの間で「人食いヒョウ」として悪名が知れ渡ることになり、史上まれに見る悪獣を駆除するためにと、複数の自治体が総出で「山狩り」を行うことになったという。
パンサーは待ち望んでいた戦いに全力で臨んだ・・・・・・だが、銃火器で武装したヒトの集団にはさすがに敵わなかった。
たちまち何発も銃弾をくらって、生きているのが不思議なくらいの状態で敗走することになったそうだ。
自分を確実に撃ち殺そうと追跡してくるヒトたちの気配を感じながら、出血多量でまともに動けなくなった体を草むらに隠していた。
いよいよ死ぬと思ったそうだ・・・・・・だが数奇な運命がパンサーを死から救った。
突然に天から降り注いだ虹色の光が、血まみれで横たわる奴の体を包みこみ、フレンズとして生まれ変わらせたそうだ。
程なくして山狩り隊の面々に発見されたが、彼らがまったく別の姿と化したパンサーを自分たちのターゲットだと認識することはなかった。むしろ子供を専門に狙っていた奴の手で誘拐された憐れな被害者の1人だと認識し、奴を麓の街で治療することにしたのだ。
パンサーを引き取ったのは1人の修道女だった。
地元の教会が運営する孤児院で数多くの孤児たちを育てているヒトだった。
善良な人物で、重傷によって床に伏せていたパンサーを親身に世話してくれたという。また孤児たちの中にはパンサーの犠牲になった子供もいたようで、修道女はその子の遺影を見ながら毎日泣いていたらしい。
・・・・・・だがその時のパンサーは修道女の気持ちなど全く理解していなかった。早く怪我を直して、自分を撃ち殺そうとしたヒト共に復讐することばかりを考えていたようだ。
「そのまま何日か過ぎた時・・・・・・奴らが襲って来た。セルリアンが」
セルリアンは見る間に街を破壊していった。パンサーが床に臥せている孤児院にも手が及んだ。
火の手が回った部屋で動けないでいるパンサーは「当たり前のことだ」と思いながら死を覚悟したのだという。
かつて自分より弱い連中を散々殺して回った奴からしてみれば、強い者が弱い者の命を奪う事実を受け入れるのは簡単だったろう。
「・・・・・・でも、ママはアタシを助けてくれた」
そう言うパンサーの声色に、途端に嗚咽が混ざりはじめた。
火の回る部屋にやって来た血まみれの修道女は、横たわるパンサーを抱えあげると、這う這うの体で密かに作られていた地下壕へ連れていったのだという。
地下壕にはすでに孤児院の他の子供たちが集まっていた。
修道女はその中にパンサーを放り込むと、地下壕の金属で出来た重い扉を閉じた。
「あなた達は私の子供です。命に代えても守りたいんです」
それがパンサーが最後に聞いた修道女の言葉だったという。
何日か経って、地下壕に隠れていた子供たちが助け出される頃、パンサーの傷も癒えていた。
教会は焼け落ちていて、周囲の街も一切が廃墟になって、街を守ろうとした大人たちは一切いなくなっていたという。
親たる者の愛を知った時、始めて自分が今まで犯してきた罪の重さを理解したという。
奴はすでにヒトに復讐しようという気がなくなっていた。
それは同時に気が狂ってしまうんじゃないかと思うぐらいの罪悪感にさいなまれた償いの日々の始まりだった。
しばらくは動物だったころと同じように野で過ごしたという。
フレンズと化してもヒョウはヒョウ。獲物を仕留めることは勿論できただろうが・・・・・・奴はそうしなかった。
罪悪感に苛まれるあまり「狩り」という生存のために当たり前の行為を忌避するようになってしまっていたのだ。
仕方なく屍肉を漁ろうとするも、過酷な自然の中で食事にありつける機会は極端に少ない。飢餓はあっという間に限界に近づいて行く。
このまま飢えて死ぬのなら、別にそれでもいいと思って草むらで倒れていたそうだ。
・・・・・・そんなパンサーに声をかけたヒトがいた。それが奴とパークとの出会いだ。
「アタシみたいな子が他にもいるから一緒に助けにいこうって言われた」
「・・・・・・そして今に至る、というわけか?」
「ママみたいに誰かを助ける人生じゃないと、アタシは生きてちゃいけないって思った。だからしゃにむにパークから与えられる仕事を頑張った」
パークの面々はうすうす動物だったころのパンサーの所業に気付いていたようだ。それでもパンサーを責めず、また他のフレンズに知られたくないという奴の心情にも配慮して口外しなかったようだ。
そのことがパンサーのパークへの忠誠心をますます高めていった。
パンサーはどうやらパークの中でもかなり初期のメンバーだったようだ。
奴の声掛けでパークに入って生きる場所を得たフレンズが多くいたらしい。奴の働きは多くのフレンズやヒトに感謝された。
・・・・・・だがそれでも奴の罪悪感を払拭するには遠く足らなかったようだ。
「いつか天罰が下ると思って生きて来た。今がその時・・・・・・さあ、これでアタシがどんな奴かわかったでしょ? 逃げるんなら早くしてよ」
話すべきことは話した、と言わんばかりに、パンサーが決断を迫ってくる。
だがスパイダーさんは「待てっス」と曖昧な返事をするのみだ。
「もうちょっと話を聞いておきたいッス・・・・・・シベリアンって今どうしてるっスか?」
「・・・・・・や、やめてよ。仲間の居場所を吐くわけないでしょ? アタシから最後のプライドまで奪う気?」
「わりぃ、そうじゃないっス。アイツがCフォース抜けてから、どんなふうに過ごしてきたのか聞かせてもらえないっスか? ダチだったからね、気になるんスよ」
出し抜けにそんなことを言うスパイダーさんの考えがわからない。
きっと僕だけじゃなくパンサーも目を丸くしていることだろう。
状況を利用してこちらに有利となる情報を聞き出そうというのではない。ただアムールトラの息災を訪ねただけだ。
昔の仲間だからといって懐かしんでいる場合ではないはずだ。
「・・・・・・あの子はずっと苦しんできたよ」と、パンサーが渋々答える。
自分の身の上ではなく、今度は他人のことを嘆いているのだ。
「アタシはずっと傍で見てた・・・・・・アムールトラは大事な友達だし、それにアタシの憧れでもあるんだ。あの子はママと同じ生き方をしてるって思った」
パンサーの口から、これまでも嫌と言うほど聞いたアムールトラの「良い子ちゃん」エピソードがまたも更新される。
やはりというか、奴は敵兵1人殺すことさえ躊躇いを覚えていたらしい。
・・・・・・あらためてアムールトラの奴は気が触れていると思う。甘ちゃんのくせに今も戦いをやめられず、僕らに迫って来ているのだから。
かつての仲間のことも敵と割り切れず情をかけてしまうようだ。
グレン・ヴェスパーの側近だった「メガバット」というフレンズを、戦いのさなかに命掛けでかばい、結果として心を通わせたという。
どうやらメガバットは生死の境を彷徨うような状態でパークに保護されているらしい。
その名を聞いてスパイダーさんが「・・・・・・姐さん」とポツリと呟いた。
パンサーは償いのために善行を重ねていたとはいえ、パークに命ぜられれば敵兵士やフレンズを殺すことも厭わなかった。昔の凶暴な側面が頭をもたげて、カッとなって殺害衝動に駆られることもあったようだ。それもまたパンサーの自己嫌悪の種だった。
悪獣の性を引き摺り続けるパンサーにとって、アムールトラは自分にはない美徳を持った相手として輝かしく映ったようだ。
だから今はアムールトラを手本として行動したいと思っているようだ。
つまり、僕らCフォースのフレンズを助けたいと。
・・・・・・忌々しい。優しいことがそんなに偉いか?
僕を守って食われたお母様より、僕を笑いながら殺したオオカミの方が偉いんだ。それが残酷なこの世の掟だ。
パンサーは過去を悔やみ払拭しようと足掻いているようだが・・・・・・僕に言わせれば、奴は堕落したのだ。
強く奔放な人食いヒョウのままでいればいいものを、くだらない罪の意識などに振り回されて、今まさに敵のために命を捨てようとしている。御笑い種にもなりゃしない。
やはりというかスパイダーさんは優し気に傾聴を続けている。何か考えがあってのものである事を願う。
僕が彼女を尊敬しているのは、どんなに優しくても、己の強さの軸である「逃げ延びるための狡猾さ」がブレないからだ。
そうでなければ、覚悟のないただのお人好しなどに従うはずもない。
「でも、でもね、今のアムールトラは・・・・・・」
パンサーの声のトーンがまた変わる。
アムールトラの心境に変化が起きているというのだ。
度重なる苦悩によって精神をすり減らし、またパーク側にいる様々なヒトの思想に影響を受けたことで、今やCフォースを完全に憎み切り、叩き潰す覚悟を決めているのだという。
・・・・・・望むところじゃないか。喜ばしいことだ。後でクズリさんに聞かせてやろう。
「アムールトラが変わっちゃう。あの子が優しくなくなるなんて嫌だ・・・・・・でも、アタシには何もできない」
パンサーはそう言うなり噛み殺すように声を震わせ始めた。涙をボロボロとこぼしているのが、暗闇の中でも目に見えるようだった。
「そうだったんスね。話してくれてありがとうっス」
スパイダーさんがパンサーの気持ちを受け止めるように相槌を打つと、今度は自分の心境をぽつぽつと語り始めた。
「なあパンサー。お前の過去に対して、アタシぁどうこう言えねえっスよ。当事者じゃないし、過ぎちまった事を責める資格なんてねえ・・・・・・でも今のお前は良い奴だと思ったっス。
だってお前は、シベリアンのことを本当に大切に思ってくれている。アイツが良い仲間に恵まれて良かった・・・・・・一緒にやってた頃から、友達を作るのが苦手なタイプだと思ってたから心配だったんスよ」
パンサーがそれを聞くと「アンタの方こそ良い奴だよ」と泣きじゃくりながらスパイダーさんを称えた。
2人の間に流れる空気が今まで以上に和やかになっていく。
賢明なスパイダーさんに限って、情に流されて分別を見失うような愚を侵すとは思いがたいが、だんだんと疑わしい気持ちが芽生えてくる。
「・・・・・・もうこんな戦いやめたい。スパイダー、アンタみたいな奴と戦いたくないよ」
「アタシもそうっス。やりたくてやってるワケじゃない。こうするより他に生きる道がないんっス。シベリアンみたいに出来る奴が稀なだけなんスよ」
なんで戦わなきゃいけないんだろう、と共通のキーワードを頭にもたげながら「厭戦派」の2人が溜息を漏らした。
通常ではあり得ない会話だ。戦場で出会った敵同士である2人が、このように偶然に出来た密閉空間に居合わせてしまったためにこんなことになっている。
・・・・・・これ以上この2人を喋らせない方がいいと思った。こんな会話に意味はない。しょせん僕らは敵同士。ここを出た瞬間に殺し合う間がらでしかない。
そもそも僕がここにいることを忘れているのか?
スパイダーさんの言動は不適切だ。僕やクズリさん。さらには彼女が身を預かっている部下のフレンズたちに対する裏切りに等しい。
「いつまでおしゃべりしてるんですか?」
我慢できなくなった僕は、穏やかな会話の空気をわざと壊すように、脅すような冷淡な声で割って入った。
「スパイダーさん、わかっていると思いますが、今僕らがやるべきことは脱出ですよ。早くコイツを犠牲にしてここを出ましょう。他に方法はない!」
「・・・・・・勝手に決めるなっス。3人一緒にここを出る方法を、たった今思いついた」
「な、なんですって?」
梃子でも動かないような確信を声色に覗かせながら、スパイダーさんは信じられないような一言を告げて来た。
パンサーと会話しながら、一方で脱出の手段を考えていたというのだ。
(メリノお前、今回の作戦のことをもう一度思い出してみろっス)
(なるほど・・・・・・確かにそうですね)
ヒソヒソ声で囁くスパイダーさんの意図がなんとなく読めてきた。
パンサーに温情的に接し心を開かせたのは計算づくであるに違いない。
過去だけではなく現在のことまで聞こうとしたのは、悪逆な奴の過去には肯定するポイントが見つけられなかったからだろう。
怪我で歩けないとはいえパンサーは危険な存在だ。なぜなら奴の「影」が健在なのだから・・・・・・あの影を何とかしない限りは僕らの身が危うかった。
だから僕はここでパンサーに生き埋めになってもらいたいと思っていたのだが、スパイダーさんは対話によって奴を無力化しようとしているのだ。
そうすれば安全を確保するのと同時に、天然フレンズを攫うという僕らの目的をも達成できる。
己の命を捨ててもいいと思っているパンサーのことだ。捕虜になることだって厭わないだろう。
さすがはスパイダーさんだ。したたかさでは一枚も二枚も上手ということか。
「いいか? アタシら3人の能力を組み合わせてここを出るっスよ」
スパイダーさんの影潜りには2段階目がある。
手を繋いだ相手だけを瞬時に潜らせる1段階目と違って、2段階目は時間がかかる代わりに、広範囲に異空間への扉を出現させることが出来る。
光と闇の境目である影がなければ扉は瞬時に閉じてしまう。それが影潜りという能力に元から課せられていた制約。
だが彼女の持てる全力で扉を広げ続ければ、閉じるまでに若干の猶予を持たせることが出来るかもしれないというのだ。
「だったら最初から2段階目を使っておけば済んだ話じゃないですか」
「話はそう簡単じゃないッス。扉を広げることと潜ることは同時には出来ない。だから、他の奴に中から引っ張ってもらう必要がある」
「なるほど・・・・・・その手がありましたか」
天文学的な確率の幸運と言う他ないが、ここにはスパイダーさんの他にもう一人、影に潜る能力を持った者が偶然いあわせているのだ。
というよりも、影その物が形を成した存在が。
「パンサー。お前の影にひと仕事してもらいたいっス」
ここでようやく僕の能力が活かされる。得物をロープ状に変化させるのだ。
それで僕ら3人の体を縛り、パンサーの影にロープを咥えさせて先に異空間に潜らせる。その後に中から僕らのことを引っ張らせる。
獣の脳みそでも実行できる簡単な仕事だろう・・・・・・だがパンサーは「アイツに出来るかな」と不安げだった。
「影はお前の命令で動くんじゃないっスか?」
「確かにそうだけど、でもアイツはアイツで感情があるんだ。またアンタらに襲いかかるかもしれない・・・・・・アイツは昔のアタシなんだ」
いや、違うな。過去はあくまで過去だ。
現在において意志を持っているのはパンサー自身しかいない。
前に読んだ「フロイト」とかいう学者の著書によると、精神とは単一の物ではなく、いくつかの層に分かれているのだそうだ。
一番根源的でプリミティブな部分に「本能」があり、中間には個人的な経験によって形成される「感情」がある。もっとも表層部にある「理性」は、物事の善悪を頭で判断して、常に本能や感情にブレーキをかけている。
パンサーの持って生まれた本能は残忍極まりない悪獣。
だがしかし、フレンズになってから理性があまりにも急成長したために、元々あった本能は抑圧され狭い所に押し込まれる形になった。
だが本能はそれを良しとせず、自由を求めて1人歩きを始めた。
おそらくそれがパンサーの「先にある力」の由来なのではないだろうか。
ともかくこの状況で、本能が理性による命令を素直に聞く保証はない。
パンサーが心の奥底で僕らを敵視していたら、影はその意志によって僕らに襲いかかってくる。
僕だけなら当然そうなるだろう・・・・・・ここはスパイダーさんが頼みの綱だ。
「まあそん時ゃそん時だと思うことにするっス」
「スパイダー・・・・・・アンタ死ぬのが怖くないの?」
「怖いっスよ。でもそりゃ皆一緒だ。死なねえ限りはそう思う資格があるはずだ。アタシから言わせりゃ、自分のことを生きてちゃいけないなんて言ってる奴のほうが信じらんねえっス」
スパイダーさんは下手になだめすかすようなことはしなかった。シンプルだが、それだけに動かしがたい理屈を突きつけた。
「アタシもこんな所で死にたくない」
泣きべそをかきながら、パンサーが消え入りそうな声でそれだけ答えた。
「メリノ、悪いけどそういうことっス。言う通りにしてくれっスよ」
「やれやれ。まるであなたの1人舞台じゃないですか?」
僕は悪態を付きながらも賛同の意をしめした。すると飄々としたスパイダーさんの「よし」という相槌が聞こえてきた。
それが作戦開始の合図なのだろうと思った。
「・・・・・・はあああっ!!」
_______ブォンッ!
目を閉じて全身に気迫をみなぎらせる。
肉体を構成する細胞ひとつひとつに、血沸き肉躍る感覚を覚える頃には、僕の中から放たれる金色の光が密閉空間を照らしていた。
視力が回復して辺りの様子が見えて来る。
偶然に出来た地の底の密閉空間では、鉄骨が複雑に折り重なって土砂を食い止めていた。もし鉄骨が一本でもへし折れたりしたら・・・・・・何が起こるか考えるまでもない。
僕らは今までこんなゾッとするような場所に閉じ込められているのか。
「ちゃっちゃと終わらせるっス!」
スパイダーさんの気合いも高まっていく。
パンサーを背負いながらも、地面に両手と片膝を付いてしゃがみ込んでいる。あれは影潜りの二段階目を発動する時の構えだ。
_______ズズ・・・ズズズズ・・・・・・
彼女の背後に伸びていた影が、僕が放つ光を押しのけるように周囲の地面へと広がり始める。
「・・・・・・ママ。アタシもう少し足掻いてみるよ」
最後にパンサーの泣き腫らした瞳が光り出した。
これでこの場にいる3人が3人とも同種の光を瞳に湛えていることになる。
_______グルルルルッ
足元一面に広がった影の中から、猛々しく唸る漆黒の姿が立ち上る。牙を剥き出しにして早くも臨戦態勢といったところだ。
人食いヒョウの話を聞いた後だと、なおさら禍々しく危険なオーラが感じられるというものだ。
「落ち着いて!」と、パンサーが己が分身を制止する。
分身は唸りながらも「待て」を命ぜられた猛犬のように嫌々腰を落とした。
いつ均衡が崩れるかわからない理性と本能のつな引きが始まったというわけだ。
内心冷や汗をかきながらも、能力によって生成した金色のロープで3人の体を縛り上げる。
胴体を縛っただけで手足は自由に動くようにしてあるが、スパイダーさんは能力を展開し続けるため手を地面に付いた姿勢を崩せないし、パンサーはそもそも動けない。
ロープの末端を人食いヒョウへと差し出すのは、唯一まともに動ける僕の役目だった。
ついさっきまで激しく戦っていた者同士が至近距離で睨み合う。
当たり前だが、パンサーは僕には気を許していない。その苛立ちと敵意が、激しく唸り声を上げ続ける分身体の様子からも見て取れる。
「おい人食い。お前に言いたいことがある」
不思議なことに僕は、この黒づくめの恐ろしい猛獣に対して、パンサーとは別個の存在として好意を感じ始めていた。
理性によって自由を奪われた悲しき本能。自分自身の一部としてさえ認めてもらえず、永久に呪われ続ける存在。
「僕はお前のことを認める」
本心から思ったことをそのまま目の前の一匹に告げた。
「同じ肉食獣として、お前の強さと純粋さには敬意を表するよ」
「アンタ、何言ってるの?」
「気にするな・・・・・・お前には言ってない。コイツに言っている」
_______カプッ
あたかも気持ちが伝わったかのように、猛獣は唸るのを止めて、僕が差し出したロープを牙が生えそろった口で咥えると、影の中へと音もなく潜っていった。
ロープがどんどん巻き取られて地中に沈んでいっている。あとほんの少しで僕らが引っ張られる時が来るだろう
「うおおおっ! 広がれええっ!」
スパイダーさんが張り裂けんばかりの叫び声を上げる。地面に付けた両手から滝のような勢いで影が流れ出ているのが見て取れる。
能力のギアは最高潮だ。この勢いならば光源がなくても異空間へのゲートとして機能するのではないか・・・・・・?
そんな期待を抱いていると、たわんでいたロープが張りつめ、縛られた胴体を下へと引っ張る強い力を感じた。
底なし沼にはまったように足先から地中に嵌っていく。よし、これでこことおさらばか。
「ヤバい! しゃがめメリノ!」
安堵していた僕にスパイダーさんから投げつけられる迫真の言葉。
それを聞いて、地面に沈めば沈むほどゲートの範囲が狭まっていることに気付いた。
僕という光源が小さくなっていることが理由だ。
やはりスパイダーさんの全力を持ってしても自然法則に抗うことは出来なかったのだ。
僕は立っていて、スパイダーさんはしゃがんでいる。そしてパンサーはスパイダーさんに背負われている。
ゲートが閉じきった時、もっとも頭の位置が高い僕が最後にこの空間に残される。つまり死ぬ。
・・・・・・そのことに思い至ってももう遅い。ロープが僕らを引きずり込むのは一瞬だ。
_______グイッ!
とつじょ胸倉を掴まれて引っ張られた。
掴んでくる腕に縁どられた特徴的な斑模様は、スパイダーさんのそれではない。
パンサーだ。スパイダーさんの背中に抱き着いたまま、立っている僕を引き寄せて、スパイダーさんに密着させようとしてきた。
それにより3人の頭の高さがほぼ同じとなる。
コイツが僕を助けようとするとは・・・・・・そんな風に思ったのを最後に視界が暗黒に閉ざされた。
(おい! 2人とも大丈夫っスか!?)
(パンサー、お前)
(礼はいらないよ。勝手に体が動いただけだから)
そうか。他ならぬパンサーの影が僕を襲わなかったということは、奴は本心で僕のことを助けたかったのだろう。
かつては人食いと恐れられた奴がずいぶんとお優しいことだ。アムールトラの奴に影響された結果だろうな。
(どうやら無事切り抜けたっスね。2人とももう能力を解除しても・・・・・・)
(待ってスパイダー! アイツがすごく興奮してる! 何かあったみたいだよ!)
クソ、今度は何だ。
何も見えない中で毒づいた僕に向かって、スパイダーさんが何か心当たりがあると思しき様子で解説してくれた。
僕らでも、もちろんパンサーの影でもない何者かが異空間の中を動き回っていると。
ソイツが影に向かって突然に体当たりをかましてきたそうだ。
もちろん影には効果がない。しかし、僕らを引っ張るロープを咥えているために、ご自慢の鋭い牙で応戦することが叶わない。
(あの一つ目は・・・・・・奴はセルリアンっス!)
(何ですって!? こんなところに?)
(まさか・・・・・・いや、多分アイツがアンダーテイカーなんじゃないっスかね)
また根拠のない事をと思ったが、このタイミングで襲ってくるような奴は、直近で僕らの近くにいた個体だと思うのが自然だ。
そして驚いたことにスパイダーさんと同じく影に潜る能力を持っている・・・・・・フレンズに出来ることなら、セルリアンに出来ても不思議ではないということか。
二度あることは三度あると言うが、何という偶然だろうか。
(根拠は近くにいたことだけじゃないっス)
アンダーテイカーの縄張りはオリファンツ川沿いの一帯だと言われている。
通常のセルリアンでは考えられない、馬鹿げた広さの縄張り・・・・・・にも関わらず、僕が倉庫内で配電盤を作動させた瞬間に襲いかかって来た。
その鼻の良さの理由は、異空間に潜って現実世界を偵察しているからだろう、とスパイダーさんは推測した。
影潜りの強みは瞬時に安全に移動できることだけではなく、極めて広範囲を短時間に観測できる偵察力だという。
確かにスパイダーさんはこれまで、万華鏡のように無数に煌めく外界の光をひとつひとつ見極めて、どこに移動するべきかを素早く判断していた。
同じ能力を持つ者ものの意見ならば信憑性は高いだろう。
本来ならば電気しか食さないはずの奴が襲い掛かってくる理由。
それは絶対の安全圏だと思っているこの場所に闖入してきた僕らの存在に気が付いたからだ。
だから地上に逃げても追ってくる。そしてむしろ地上の方がこちらにとって不利となる。また地盤沈下を起こされてしまったら、今度こそ僕らは助からないだろう。
この空間でケリをつけなければ・・・・・・3人が3人ともすぐさまその意見で一致した。
(影の奴ならば負けないでしょう。奴に攻撃は当たらないのだから)
そう思い、スパイダーさんと手を繋ぎ合ってから能力を解除した。
胴体を縛っていたロープが消失する。これでパンサーの影は思う存分戦えるはずだ。
(敵も負けてねえっス)
唯一この場所で視界の利くスパイダーさんが戦いの様子を実況する。
アンダーテイカーは昆虫のアリジゴクに類似した姿をしているようだ。パーク側の名称の方が的確だったというわけだ。
楕円形の胴体の先端には頭部と思しき部位があり、そこには地面を掘り進むのに使うのであろう巨大な大顎があるらしい。
そして奴の核はちょうど大顎の付け根の、口にあたる部位に付いているのだ。体内に核を隠し持ったタイプじゃないのはせめてもの朗報か。
パンサーの影は何とか隙を突いて核を狙おうと飛び込もうとしているらしいが、大顎によって阻まれてしまっているらしい。
アイツの性質は戦った僕がよくわかっている。
実体のない影が形を成した肉体は僕の攻撃を受け付けずすり抜けた。
だが一方の僕も、槍で奴の攻撃を受け止めることだけは出来たのだ。
理屈はよくわからないが、それが能力の制約だということだけはわかる。
・・・・・・このままでは決着がいつ付くかもわからないということか。
(はあ・・・はあ・・・)
(だ、大丈夫っスかパンサー?)
パンサーが俄かに浅く苦しそうな呼吸をし始める。ひどく体力を消耗している様子だ。
理由は明確だろう。「先にある力」の発動には多大なスタミナを消費するからだ。
ただでさえ奴は両足を大岩に潰されるという負傷で体力を消耗しているのだ。
加えてパンサーの能力は利便性が高く強力だ。それだけに燃費も悪いということだろう。
スタミナが尽きれば、当然のこと分身は消える。
この空間において唯一まともに戦える戦力が無くなるということは、すなわち僕らの命運も尽きることになる。
(・・・・・・メリノ、もう一度ロープ出してくれっス)
(何をする気ですか?)
(アタシが行くしかねえっス)
スパイダーさんは既に覚悟を決めている声色でそう告げた。
パンサーの影がアンダーテイカーの注意を引いてくれている間に、気付かれないように接近して核を破壊してくると言うのだ。
腕力はともかく俊敏さなら一級品のスパイダーさんであれば、一か八か可能なのかもしれない。
だが僕らという重りを引っ張っている状態では、その長所を発揮することが出来ない。
僕らのことは置いて行かなればならない。ロープは僕らと繋がっているための命綱として欲しいと言うのだ。
いわく、この異空間は流れの早い川みたいなものだという。しかも流れの向きは一定ではなく、予測不能の不規則さを持っている。
ここに適応していない者がその中に投げ出されれば、たちまち虚空の彼方へと無限に流されてしまい、スパイダーさんでも見つけることが出来なくなるようだ。
(やれやれ僕はとんだお荷物ですね!)
(落ち着けっス、たまにゃアタシに前に出させろ)
(くっ・・・・・・お願いします)
仕方なく能力を発動することにした。
この空間ではまともに動くことは出来ないが、体が動かなくても僕の能力は発動出来る。
必要なのは具体的なイメージを思い描くことだけだ。しなやかさ、頑丈さ、編み込まれた繊維の一本一本を余すところなく脳裏に投影するだけ・・・・・・
すると何秒かの後、スパイダーさんと繋いでない空いている方の手にイメージ通りのロープが握られていた。
(パンサー、影の奴にアタシが行くことを伝えてくれっス!)
(・・・・・・う、うん。わかった・・・・・・)
(頑張って持ち堪えるんスよ)
スパイダーさんは僕とパンサーに手を握り合うように指示すると、僕が出現させたロープを握り締めながら飛び出していった。
残された僕らは前後不覚の暗黒空間へと投げ出されたことになる。
彼女との繋がりであるロープだけが唯一の寄る辺。まさに命綱だ。
(・・・・・・はっ、はっ、ひゅう・・・・・・)
(しっかりしろ!)
先ほどよりもパンサーの呼吸の切迫度合いがひどくなってきている。
・・・・・・我ながら無力なものだ。先頭をきって戦いたいのに、この状況では何もできない。頭脳担当の非力な先輩と、ついさっきまで敵だった奴に命を預けることしかできないのだから。
(・・・・・・アイツが、スパイダーのことに気付いたみたい・・・・・・)
パンサーがうわ言のように呟く声が聞こえる。
本体と影とは、いわゆる以心伝心なのだろう。人格は独立しているが、互いの考えてることはすぐにわかるし、本体は念じるだけで影に命令を伝えることが出来る。
その能力を活かして状況を感じ取っているようだ。
(アイツ喜んでる・・・・・・スパイダーが来てくれたことを・・・・・・背中を預けて戦える仲間がいることを・・・・・・)
(おい、あんまり喋って体力を使うな)
(・・・・・・良いやつに、会えたな・・・・・・)
それきりパンサーの言葉が途絶えた。
握りしめた奴の手を揺さぶって呼びかけても返事がかえってこない。
これはいよいよまずいと思った。
(起きろおおッッ!)
半狂乱で叫んだところで、自分が発した声以外には何も聴こえない静寂の深さを思い知るだけだった。
(スパイダーさん、まだか!)
打つ手がなくなった僕は、片手に持ったロープの先にいるはずの彼女に縋るように虚空の彼方を見つめるしかなかった。
一瞬が永遠にも思えるほどの長さだった・・・・・・そして見た。向こうの方で何かがチカッと煌めくのを。
_______パカァンッ
虹色の、光の瞬き。
それが意味するところを僕が察した瞬間に、手にしたロープがピンと張りつめた。
◇
ようやく地上へと帰還を果たした。
だがそれを手放しで喜ぶ気には、あんまりなれない光景が眼前に広がっていた。
アンダーテイカーが引き起こした地盤沈下によって、巨大倉庫のほぼ全域が崩れ落ち瓦礫と化していた。
まるで失敗したドミノ倒しのように、倒れた柱や壁の破片が折り重なって埋もれていた。
あちこちから煙が上がり、真新しい破壊の痕跡を残している。
(・・・・・・クズリさん、無事でいるだろうか)
彼女に限ってそんなことはないとは思うが、この有様を見ていると万が一の可能性を心配せずにはいられなかった。
「起きろっス! 助かったんスよ!」
傍らではスパイダーさんが、意識を失って横たわっているパンサーへと呼びかけている。ギリギリだがアンダーテイカーを倒すことに成功したのだ。
パンサーは途中で気絶したが、影は最後まで消滅することなくスパイダーさんと連携してくれたそうだ。
気を失っても戦意だけは失わず、影に命令を出し続けていたということか、まるで「源平物語」に登場する、立ったまま討死したというエピソードで有名な「弁慶」のようだ。
「・・・・・・うっ」
「パンサー!」
うっすらと目を開けたパンサーとスパイダーさんと見つめあうと、互いに頷きながら微笑みを交わした。
やがてどちらからともなく両手を差し出して取り合う。
元は敵同士だった2人が偶然に居合わせ、短い間に心を通わせて、背中を預け合って危機を乗り越えた。
その結果、彼女らの間には確かな友情が芽生えたようだった。
_______ドガンッッ!
だが、2人の和やかな雰囲気を破壊するような轟音が響いた。
辺り一帯に埋もれる瓦礫の中のとある一点が、突然に天高く打ち上げられたのだ。
「・・・・・・よう。てめえら無事だったか」
吹き飛んだ瓦礫の下から、ドスの利いたぶっきらぼうな声の主が立ち上がる。
僕はそれを見て口角をニヤリと上げた。
「僕の方こそ、あなたが死んだんじゃないかと心配していました」
「うるせえクサレヒツジ。ていうか、一体全体どうなってやがんだよ?」
クズリさんはあれから敵の兵士やフレンズ相手に1人奮戦していたが、やはりアンダーテイカーが引き起こした地盤沈下に巻き込まれたそうだ。
だが沈下の中心からは離れた場所にいたために、僕らのように地中深くに閉じ込められることはなかったようだ。
「ウルヴァリン、他の連中はどうなったんスか?」
スパイダーさんはそう言いながら、パンサーからさり気なく手を放してクズリさんの方へ振り返った。
「このザマだ。大勢死んでるだろ。だが探せばまだ生きてる奴は見つかるんじゃねえか?」
_______ブォンッッ! ドサァッ・・・・・・
クズリさんはそう言うなり、足元に転がっていた何かを僕らの方に向けて投げ放った。
放物線を描いたそれが、僕らのすぐ傍へと勢いよく落下する。
「ソイツだけはキープしといたぜ」
それは倒壊した巨大倉庫の内部にて最初に交戦した、全身を液状化する能力を持つ水生哺乳類のフレンズだった。
息も絶え絶えだったが、とりあえず生かさず殺さずの状態にしておいているようだった。
「お、オルカッッ・・・・・・!」
パンサーが横になった姿勢のまま、倒された仲間へと悲痛な呼びかけをする。
その声を聞いたクズリさんが「てめえがいたとはな」とほくそ笑んだ。
「ってこたぁよ、アイツもいよいよ近くに来てるってコトだよな!」
「・・・・・・ウルヴァリン! よくもオルカを!」
既に見知った間柄であろう2人が激しく睨み合う。
危機に見舞われてもなおピンピンしているクズリさん。
パンサーとの距離はおよそ数十メートルといったところか。クズリさんの攻撃の間合いではないが、一足飛びに詰められる距離ではある。
その気になればすぐにでも仕掛けることが出来るだろう。
一方でパンサーは下半身を負傷した身であり、スタミナも尽きた満身創痍の状態だ。もはや分身を生み出すことも出来まい。
こんな状態で2人が戦ったところで、すでに勝負は見えている・・・・・・いや、たとえパンサーが万全の状態だろうと、クズリさんを相手に勝てるはずはないだろうが。
「抵抗はするなっス。大人しく捕まってくれ」
「アタシ1人ならそれでもいいよ。でも・・・・・・仲間は守らなきゃ」
無謀きわまりない戦いを挑もうとするパンサーを、スパイダーさんが制止する。
だがパンサーはスパイダーさんの手を払いのけると、動かない足の代わりに手だけで這いずって移動を始めた。
「やるかァ?」
クズリさんは余裕の立ち姿を崩さないが、すでに表情には笑みが消えている。
自分に向かってくるからには、どんなに取るに足らない相手をも全力で迎える・・・・・・戦いに対しては誰よりも生真面目なクズリさんらしい態度だと思った。
「そりゃそうなるっスよね」
スパイダーさんは深く項垂れて、這いずりながらクズリさんに近づいていくパンサーを見送ろうとしていた。パンサーを助けたかったんだろうが、こうなってはどうしようもないだろう。
・・・・・・しかし、再び顔を上げた彼女は思いがけない行動に出た。
何気ない足取りで歩き出すと、這いずって進むパンサーを追い越して、クズリさんとの間に割って入るように立ちふさがったのだ。
親友の不審な行動に「なんだァ?」とクズリさんが首をかしげる。
「わりぃなウルヴァリン。もうこうするしかないんっスよ」
飄々とした表情で立ち尽くすスパイダーさんの姿が、遮蔽物のない場所に降り注ぐ直射日光に照らされ、くっきりとした影を地面へと刻んでいる。
影はスパイダーさんの背後で腹這いになっているパンサーを覆っていた。
スパイダーさんは肩越しにパンサーを見下ろすと、自身の背丈よりも長い尻尾を、パンサーの顔の前にさりげなく垂らしてみせた。
「アタシを信じてくれっス」
聴き取れないような小声でそんなことを言ったように見える。
パンサーはそれを聞いて頷き、眼前にある尻尾をそっと握った。
「まずいっ!」
一連の動作の意図を察する頃には、スパイダーさん達は2人とも影の中に潜ってしまっていた。こんなことが起こるのではないかと薄々おそれていたが、現実に起こってしまったのだ。
だがまだ終わってない。
スパイダーさんが助けたいであろうフレンズがもう一人いる・・・・・・オルカだ。
_______ズザザザッ!
横たわって動かないオルカのことを、スパイダーさんよりも早くかっさらうために、飛びつくように頭から滑り込んだ。
だが僕の手が届くよりも先に、地中から伸びてきた影がオルカを沈みこませ、影の中へと持ち去ってしまった。俊敏さでは土台スパイダーさんには及ばなかったのだ。
「ちくしょおおっ!」
元に戻った地面をイラ立ち紛れに殴りつけるも後の祭りだ。
その場には僕とクズリさんだけがポツンと取り残された。
まんまとしてやられた口惜しさと、尊敬していた先輩に裏切られた怒りで今にもはらわたが煮えくりかえりそうだ。
クズリさんはただ茫然とその場に突っ立っているだけだ。
とても信じられないような物をみた直後ではそうなるのも仕方がないが。
「ボサっとしている場合ですか!」
八つ当たりのように怒鳴りながら彼女の傍に駆け寄った。
「わからないんですか!? スパイダーさんが僕らを裏切った! パンサーの奴と一緒にパークの連中の所へ行く気だ!」
「何バカ言ってやがる・・・・・・奴がオレたちを裏切るはずねえだろ?」
目の前で一部始終を見ていたくせに、よくもそんなことが言えたものだ。クズリさんともあろうものが身内にはまるで甘い。本気でそう思っているのか、あるいは自分にそう言い聞かせて思考停止しているのかもしれないが・・・・・・。
「良いですか?」と、いっこくも早く事実を呑み込んでもらうために経緯を語った。
クズリさんが見ていない所で、スパイダーさんとパンサーが短い間に心を通わせたことを。
・・・・・・思えば前々からスパイダーさんはフレンズ同士での戦いに否定的な意見を漏らしていた。パンサーはそんな彼女の心変わりの最後の一押しになってしまったのだ。
「だがオーダーがあるぜ。スパイダーがCフォースから逃げられるわきゃねえ」
「いや、逃げられますよ」
考えてみればオーダーには明らかな欠陥がある。
1人で脱走をしようとしてもオーダーによって意識を失わされ失敗に終わるだろう。
だが気絶したところで、他人に体を運んでもらったとしたらどうだ?
今のスパイダーさんがまさにその状態。気絶した状態でも何でも、Cフォースよりも先にパークに発見されれば、それで脱走成功となるだろう。
「スパイダーさんは待ち続けていたのかもしれませんね」
「あ? 何をだよ」
「千載一遇の脱走の機会を、ですよ」
・・・・・・思考を巡らせていると段々と怒りが鎮まってきた。
かつて記憶を消されるまで、百回以上にもわたる研究施設からの脱走を繰り返していた、筋金入りの脱走の常習犯だったスパイダーさん。
きっと頭の中で、今が待ち望んだチャンスだと思うにいたり、誘惑にあらがえなかったのだ。三つ子の魂百まで、ということだろう。
「ともかく追跡しましょう。捕まえられなくても、痕跡だけでも見つけなければ」
「あ、ああ・・・・・・」
返事をするクズリさんの視線がぼんやりと宙に泳いでいる。まるで覇気がない。デクの坊同然だ。こんな状態の彼女は見たくもなかった。
舌打ち混じりに彼女から視線を外し、スパイダーさんの動きを推理する。
この状況で逃げるとしたらどんな逃走経路があり得るか。
崩壊した倉庫は川に面している。前面にはただ荒野が広がるのみ。
影潜りといえど移動距離には限界がある。いずれ外に出ざるを得ないはずだ。
隠れ潜む場所もろくにない平地を、怪我人2人連れて逃げおおせるなどスパイダーさんでも困難のはずだ。そうこうしている内にやがてオーダーで倒れてしまうだろう。
・・・・・・ということは、やはり川に飛び込んだか。
気絶したところで川に流されるなら移動は続けられる。
この流域は、パークの部隊が資材を運び込むのに利用していたのだ。奴らと遭遇する可能性は十分にある。
「ここから一番近い川辺へ行きましょう! さあ早く!」
両方の手に槍を出現させ、地面に突き立てた柄を伸ばして前方に飛び上がる。
それを交互に繰り返すのが僕の最速の移動手段だ。
クズリさんは無言で僕に付いてくるだけだった。
まだ受け止められないか・・・・・・だが、このまま行けば否が応でもわかるはずだ。無二の親友に裏切られたという残酷な現実を。
程なくして目的地に辿り着いた。
ところどころヒビ割れ崩落してはいるが、敷き詰められたコンクリートの足場が川に向かってせり出した、いかにも船着き場といった風情の場所だ。
「メリノ・・・・・・もう嗅ぎ付けたとは流石っスね」
「スパイダーさん!?」
コンクリートの船着き場の、川に面したほとりに彼女が立っていた。
彼女だけだ。パンサーとオルカの姿は見えない。
てっきり奴らと一緒に川に飛び込んだんだとばかり思っていたのに、たった1人残って僕らを待っていたようだ。
先刻までと同じようにピンピンしていて、もちろん気絶などしていない・・・・・・つまりオーダーは発動していない。
ということは、最初から脱走を意図した行動ではなかったようだ。
ただ純粋にパンサーたちを逃がしたかっただけなのか。
「・・・・・・てめえ、何やってやがる」
クズリさんが僕を押しのけてスパイダーさんに近づくと、胸倉を掴んで持ち上げた。
つい一瞬前まで失われていた覇気と殺気がその背中に戻っている。ようやく事態が呑み込めて、遅れて怒りが湧いてきたのか。
スパイダーさんは逃げようともせず、目を細めて観念したかのように微笑んでいる。
それを見た僕は、次の瞬間には彼女がクズリさんに殴り殺されてもおかしくないと思った。
「わりぃっスねウルヴァリン・・・・・・アイツは、パンサーは良いヤツだった。本当に良いヤツなんだ。だから逃がしてやりたかったっス」
「そうじゃねえだろっ! なんでてめえは逃げなかった!? 逃げるが勝ちじゃなかったのかよ!?」
意外も意外だった。クズリさんの怒りは裏切られたことに対してではなかった。
クズリさんは前々から、スパイダーさんの「強さ」を誰よりも認めていた。
戦闘能力ではなく、逃げる能力こそがスパイダーさんにとっての強さの基準であり、逃走の成否こそが勝敗を分けるルールであると。
己が強さを認めた相手が、勝負を捨てたような真似をしたことに対して怒っているのだ。
「逃げるわけねえ。アタシの居場所はここだ。お前らを置いてどこへも行ったりするもんか」
「このバカザルが・・・・・・!」
スパイダーさんは迷いのない表情と声色だった。クズリさんはギリギリと歯を噛みしめて痛々しい告白を聞いていた。
僕は掛ける言葉もなくその場に立ち尽くすだけだった。
_______フォォォォン・・・・・・
どこからか甲高い機械の駆動音が聴こえた。音の聴こえる方に向き直ると、真っ黒い真円状の物体がひとつ、空中を浮遊しながら僕らの方へと近づいて来た。
連絡用のナビゲーションユニットだ。
《作戦はこれにて終了。これから迎えを寄越すわ》
僕らの目の前で静止したユニットから声が聞こえる。
声の主はイヴ・ヴェスパーだ。感情的な抑揚をいっさい感じさせない淡々とした語り口がかえって不気味さを感じさせる。
《・・・・・・分かっていると思いますが、スパイダーモンキー。貴方が犯した重大な軍規違反について、処分を下さなければなりません。ではそのつもりで》
スパイダーさんは目の前のチャンスをわざと放棄した。
その結果、もはや逃れることが出来ない悲運を自ら招き寄せてしまった。
to be continued・・・
_______________Cast________________
哺乳綱・鯨偶蹄目・ウシ科・ヤギ亜科・ヒツジ属
「メリノヒツジ」
哺乳綱・ネコ目・イタチ科・クズリ属
「クズリ(ウルヴァリン)」
哺乳綱・霊長目・クモザル科・クモザル属
「ジェフロイズ・スパイダーモンキー」
哺乳綱・ネコ目・ネコ科・ヒョウ属
「パンサー」
哺乳綱・鯨偶蹄目・マイルカ科・シャチ属
「オルカ」
_______________Human cast ________________
「イブ・B・ヴェスパー(Eve Brea Vesper)」
年齢:25歳 性別:女 職業:Cフォースアフリカ支部研究所(別名スターオブシャヘル)所長
_______________Enemies date________________
「アンダーテイカー」
身長:およそ10数メートル
体重:およそ8トン
概要:ディザスター級(一体で都市を壊滅させられるレベル)に分類されるセルリアンの中でも、さいきん発見された未知の個体。
他のディザスター級に比べれば体が小さく純粋な戦闘能力は低く、小型化に際して体内に隠していた核を露出させてしまっているが、それを補って余りある戦力を持った、極めて進化した個体のうちの一体である。
地中を潜行する能力と、短時間のみ光の乱反射によって開かれる異空間に身を潜める能力を持ち、安全な場所から標的を捕食することに長けている。
_______________Story inspired by________________
“けものフレンズ” “けものフレンズ2”
byけものフレンズプロジェクト
“けものフレンズR”
by呪詛兄貴