「殺し合おう? いま貴様はそう言ったのですか?」
スプリングボックの声色には、激しい怒りよりも、困惑と呆れが入り混じっていた。
もはや自分が勝利したことを確信しているのだ。
・・・・・・そう思うのも無理もない。コイツからしてみれば、どう考えたって負けっこないと思うような状況だろう。
飛行できるスプリングボックに比べて、僕は岩壁にしがみ付くことで、下に落ちないように必死に留まっていることしかできない。
「観念しなさい! 今の貴様に出来るのは、ただ私に殺されることのみ!」
「・・・・・・なぜそこまで僕を殺すことにこだわる?」
スプリングボックに焦りが見える。いっこくも早く僕を始末したくて仕方がないようだ。
・・・・・・コイツの行動はどこか不可思議だ。なぜ確実に止めを刺すことに執着しているのだろう?
僕はスプリングボックにとっては、大勢いる敵のなかの1人のはずだ。
もうほとんど無力化したに等しい状態なのだから、僕のことなど放っておいて別の敵を倒しに行くのが普通なのではないかと思うが・・・・・・どうやらそうしたくても出来ない事情がコイツにはあるらしい。
僕を生かしておくとまずいと思う理由、それはおそらく・・・・・・。
「もしかして、何らかの情報が漏れることを恐れているのか?」
「・・・・・・な、何を!?」
「あの裂け目の中でパークは、何か極秘の作戦を行おうとしていたんだ。だからあの場に訪れた僕を確実に始末したいんだろう? 違うか?」
当てずっぽうの推論をぶつけると、絵に描いたような動揺ぶりを見せる。ビンゴだ。
ジャミング装置が絡んでいるかどうかはわからないが、奴らにとっては絶対に死守すべき場所なのだろう。
それにしてもスプリングボックには恐れ行った。性格も戦い方も、ひとつひとつの受け答えですらも・・・・・・猪突猛進もここまで徹底しているのなら見上げたものだ。
「・・・・・・そういうことなら、何としてもここから逃げてやるよ。上官にあの場所のことを報告してやる。Cフォースの勝利のためにな!」
「指一本動かせないくせに、寝言をほざくのも大概にしなさい!」
「僕には出来ないと思っているのか? なら確かめてみればいいじゃないか」
「き、貴様ァァッ!」
これっぽっちも本心ではない口から出まかせをうそぶくと、スプリングボックが全身に纏った炎を膨れ上がらせる。
痛い所さえわかってしまえば、こんな単細胞な奴を手玉に取ることなど容易い。
「じゃあな」
これで準備は整った・・・・・・僕がこれからどんな行動を取ろうとも、地の果てまでも追跡してくるだろう。
さあ、殺し合いのはじまりだ。
意を決した僕は、唯一の寄る辺である、岩壁に突き立てた槍をかき消し、谷底へと真っ逆さまに落ちていった。
_______ビュオオオッ!!
どれほど高いのだろう。落ちても落ちても、眼下が霧でぼやけて底が見えない。
高所からの転落。翼のない生き物にとって最も致命的な事態のひとつだろう。重力にただ引っ張られていく感覚の恐ろしさに本能が恐怖している。
・・・・・・だが、この危機こそが今の僕にもっとも必要なのだ。
事ここに至ってようやく気付いた。
まだまだ進化促進薬を使うべきタイミングではない。
僕の認識はどこかズレていた。アムールトラじゃなければダメだとか、相手の選定ばかりに気を取られていた。
何よりも肝心なのは、使用者である僕のコンディションであるはずなのだ。
クズリさんとの決闘を思い出す。
僕が生まれ変わる契機となったあの戦いで、たった一度だけ「精神が肉体を凌駕している」としか言いようがない状態を経験した。
顔面をグチャグチャになるまで殴られて、死ぬ寸前まで行ったはずなのに、痛みをまったく感じず、頭は冴えわたり、一瞬が永遠にも思えるくらい集中力が研ぎ澄まされていた。
あの時こそが僕にとっての最高のコンディションだったと断言できる。
進化促進薬の効果を最大限に引き出すためには、再びあの状態になる必要があると思う。だから、徹底的に自分自身を追い込まなきゃいけない。
・・・・・・裏を返せば、そのような機会が訪れないまま死ぬのであれば、結局僕はその程度の存在だったというだけ。
どのみち進化体に至ることは最初から出来なかった、と潔く諦めよう。
_______逃がすかぁぁぁッ!!
風圧を押しのけるような絶叫が上の方から聞こえる。
全身を燃え上がらせながら追ってくるスプリングボックの姿は、まるで地球に落下する隕石のごとき様相だ。
当然落下スピードは僕よりも速い。僕は自然落下しているだけだが、奴の体は炎という推進剤によって加速を続けている。
みるみる内に距離を詰められていく。このまま行けば落下死よりも奴に焼かれる方が先だろう。
ここまでの展開は頭で思い描いた通りだ。
さあ、スプリングボック。僕を限界まで追い詰めてみろ・・・・・・クズリさんのように。
奴をギリギリまで引き付けてから、あらかじめ隠し持っていた得物を岩壁めがけて放り投げた。
先端がフック状になったロープだ。落ちながらひそかに形成を済ませていたのだ。
_______ガキンッ!
引っかかったフックによって急速に岩壁に引き寄せられる。両足でつんのめるようにして衝撃を受け止め、ふたたび岩壁に取りついた。
《き、貴様ァァ!?》
スプリングボックは、突然に軌道を変えた僕に付いていくことが出来ずに下に落ちていった。
炎の角度を変えて急上昇しようとするも、慣性という物理法則がそれを許さない。
あれほどまでに加速していた肉体の勢いを無くすことは、奴の炎を持ってしてもすぐには出来ないのだ。
結局、僕よりもかなり下の方でやっと空中に踏みとどまったのだった。
「この地形で私から逃げられるものですか!」
「逃げるなんて嘘なんだよ・・・・・・最初に言っただろう? 僕はお前と殺し合いがやりたいんだ」
ニヤリと挑発的な笑みを見せつけてスプリングボックを見下ろすと、命綱のロープをかき消し、ふたたび飛び降りた。
今は僕が上。奴が下だ。この位置関係になるのを狙っていた。
「はははっ! こんなのはどうだ!」
落ちながら槍を出現させると、真下に穂先を向け、両手両足で柄にまたがるようにしてガッチリと固定した。
「己の得意技を存分に味わえ!」
重力に身を任せるまま、スプリングボックに向かって落ちていく。さっき裂け谷にて嫌というほど食らった”急降下攻撃”の意趣返しというわけだ。
やっと空中を滞空し始めた状態の彼女にこれを躱す術はない。
・・・・・・さあどう受ける? 頼むからこんなところで終わってくれるなよ。
_______ガシィッッ!!
「図に乗るなァッ!!」
ほう、さすがはスプリングボックだ。
上から降ってくる僕が繰り出した穂先を、身じろぎひとつせず真っ向から掴んで受け止めてみせたじゃないか。
とても不味い状況だ。降りかかる灼熱が僕の全身を焼いている。眩暈が起きてしまいそうなほどに熱くて痛い。
スプリングボックが放出する炎というのは、それほどまでの高温なのだろう。
槍の長さの分だけ奴から離れていなければ、ひとたまりもなかったに違いない。
「メリノヒツジ! このまま焼け死ねえええっ!」
受け止めた槍の穂先ごと僕を投げ落とすという行動だってとれるはずだ。
だがスプリングボックはそうするつもりはないようだ。
やはり勝負を焦っている。僕を投げ落とした所で、しぶとく生き残ってしまうかもしれない可能性を恐れているのだろう。
全身から溢れ出る火勢がさらに強まっている。どうやら高熱によって二又槍を溶かして破壊しようとしている。
そして今度こそ僕をじかに火あぶりにしようというのだろう。
より早く確実に始末できる方法を選んだわけだ。
_______ガクンッ!
とつじょ、スプリングボックの滞空高度がみるみる下がりはじめた。
僕の体重ぶんまで受け止めているのもあるが、もっとも大きな原因は、奴の能力の弱点にある。
・・・・・・ディンゴが命と引き換えに教えてくれた、奴を攻略するヒントだ。
炎を噴射することで空を飛べるとはいえ、鳥のように自由自在というわけにはいかないのだ。
上にいる僕を焼き殺すために、体の上方への炎を集中させた結果、滞空するために下方へ噴出させる炎を十分に確保できなくなったんだ。
その結果、僕とスプリングボックは、空中で組みあったまま、枯葉のようにゆっくりと谷底へ下降しはじめた。
「どこまでもしぶとい奴ですね!」
「フフ・・・・・・根くらべと・・・・・・行こうじゃないか」
スプリングボックは、掴んだ槍の穂先を全力で熱しているにもかかわらず、なかなか融解しないことに苛立っているようだ。
それもそのハズだ。僕はさっきから能力を展開し続けている。槍が溶かされるそばから即座に再生させているのだ。
もし奴が穂先から両手を放そうものなら、即座に刺し貫いてやる準備がある。能力を発するための気力もスタミナもまだ十分にある。
・・・・・・それよりも、至近距離で熱波を浴び続けている肉体的ダメージの方が問題だろう。
すでに両手両足には火ぶくれが出来ている。吸い込んだ空気の熱さで肺が焼けてしまいそうだ。
けれども・・・・・・まだまだあの時には及ばない。
クズリさんにマウントポジションを取られて、頭が割れてしまいそうなパンチを何発もくらい続けたあの時には・・・・・・
「・・・・・・どうしたァ? もっと僕を追い詰めてみろよ!」
「メリノヒツジィィィッッ!!」
_______ガツンッッ!
「ぐはっっ!」
落ちながら根くらべを続ける僕ら2人を、近くにあった岩壁が擦った。
不安定に揺らめきながら下降を続けていたのだ。いつこうなってもおかしくはなかった。
それきり弾かれるようにして離ればなれになり、重力に身を任せるまま、再び急激な自由落下がはじまった。
地面がすぐ真下にまで迫ってきていた。
槍を突き立てる暇もなく、なすすべなく墜落し、岩肌にしたたか全身を打ち付けた・・・・・・まあ、それ自体は別に大したダメージじゃなかった。
ほとんどの高さを、スプリングボックという浮遊する足場に取りつきながら降りてきたようなものだ。少しの高さを普通に落ちただけだ。
「はははっ、空中では、決着がつかなかったかァ・・・・・・」
火傷でズキズキと痛む体に鞭を打って立ち上がると、辺りを見回してスプリングボックの姿を探した。
・・・・・・ことここに至っては認めざるを得ないだろう。お目当てのアムールトラではなかったにせよ、奴もまた申し分のない強敵だ。僕を進化態へと導く可能性が十分にある。
「きさ、ま・・・・・・!」
すぐそこの岩の影からスプリングボックが姿を見せる。
もとより遠くに行ってしまう道理などないのだ。すぐ上の方で別れただけなのだから。
しかし様相が一変している。奴は僕と違って、特に負傷などしていなかったはずだが、額に汗を浮かべ、荒い息を吐きながら、立っているのがやっとという風に見えた。
どうやら何らかの原因で、急激に体力を消耗したようだ。
スプリングボックの身に何が起こったのか、だいたい想像はつく。
強力な能力を使った反動に襲われているのだ。”先にある力”というのは、強力であるほど燃費が悪いものだ。奴の”全身発火”もその法則から外れることはないだろう。
今しがたの攻防だけでも相当なスタミナを失ってしまったことが予想される。
全身に火傷を負った僕と比べても遜色ない疲弊ぶりだ・・・・・・勝負の行方は完全にわからなくなったな。
「さあスプリングボック、続きをやろうじゃないか」
おおよそ7、8メートルほど離れた場所でにらみ合う。
僕らは角獣。槍を扱う者どうし、リーチに差はない。やろうと思えば互いに一足跳びで斬りかかれる距離だ。
しかしここは慎重に行かざるを得ないだろう・・・・・・僕も奴も、互いにかなり消耗している。この状況では、一度のミスが即敗北につながる。
_______ゴゴゴ・・・キュラララ・・・
殺気を交錯させながら、戦いを再開させるタイミングをうかがっていた。
そんな僕とスプリングボックの間に割って入るように耳朶を打ったのは、無数の歩兵や戦車が地鳴りのように響かせる進軍の音色だった。
眼下のなだらかな斜面の向こうから姿を現しつつあったのは、シャヘルの部隊だ。
遠目からでも一目でわかる。歩兵も兵器も、Cフォースのシンボルカラーというべき紺色を身に纏っている。
派手すぎず、しかし周囲の自然風景とは決して折り合わない。そんな意志が垣間見える装いは、あたかもグレン・ヴェスパーの冷徹さと傲慢さを感じさせるようだった。
・・・・・・そうか、深い谷底へと落下した先にあったこの場所は、偶然にもカルナヴァルが指揮する本隊の侵攻ルートに重なっていたのだ。
「く、くそぉッッ・・・・・・!」
スプリングボックが真っ青な顔で歯噛みしている。
奴にとってはもっとも恐れるべき、形勢逆転の事態が訪れたのだ。
今この場で僕が叫び声を上げて、近くを通ろうとしているシャヘルの兵士たちに助けを求めたとしたらどうなる? いかにスプリングボックといえど、蜂の巣にされる未来は免れ得ないだろう。
だったら兵士たちに見つかる前に僕を殺すか? しかし僕がそう簡単に殺れる相手ではないとすでに理解したはずだ。
自分がまさに絶望的な状況に置かれたことを、スプリングボックは瞬時に理解したようだ。
直情径行な奴のことだ。このあと取ろうとする行動もおおかた予想が付くというもの。
・・・・・・と思っていたそばから、荒い息を吐きながら瞳に金色の光を滾らせはじめていた。
「・・・・・・わが命に代えても、奴らを出来るだけ道連れにしてやる!」
「やめろ、はやまるな! 話を聞け!」
今にも”全身発火”を発動しようとしていたスプリングボックを慌てて制止する。
その技を使われるのはマズい。見た目ももちろん目立つだけでなく、ジェット噴射のような爆音まで発生するんだ。
遠目からでも一発で居場所が知られるだろう。
「奴らが行ってしまうまで隠れてやり過ごせばいいだろう? その後でさっきの続きをするというのはどうだ」
僕の提案に対して、スプリングボックは「ふざけるな!」と憎々し気に舌打ちを返してきた。
そうだよな。コイツが僕を信じられる材料なんてこれっぽっちもありはしない。
僕が今すぐにでも大声を出して、シャヘルの兵士に居場所を知らせようとしているものだと思っているだろう。
・・・・・・そんなことをするつもりは毛頭ないというのに。
仕方ない。信じてもらうためには、本当のことを話す他にはないようだ。
「いいかスプリングボック? 僕はもうCフォースじゃない。馬鹿なニンゲンどもが起こした戦争などに付き合うつもりはない。好きに殺し合って共倒れになればいいと思ってる」
「・・・・・・なら貴様はなぜここにいるのですか!?」
「個人的な用事だよ。そのために、強い奴と戦う必要がある」
スプリングボックは、顔をしかめ、両肩をわなわなと震わせながら考えあぐねていた。
迷うのは勝手だが、兵士たちが近くに迫ってきている。そろそろ隠れないと奴らに見つかりかねないことだけは確かだ。
「好きな方を選ぶがいいさ。奴らを相手に玉砕するか、僕と一対一の勝負の続きをするか、な」
それだけ告げると、僕はさっさと動き出す。ちょうど良さそうな岩を見つけ、背中をくっ付けて腰を下ろした。
「・・・・・・ぐぅっ!」
堪え切れない苛立ちを噛みしめるスプリングボックは、やがて観念したように僕に倣った。
轟音ひしめく行軍がすぐ近くを通りぬけている間じゅう、ただ無心になって動かず体力の回復に努めることにした。
行軍の規模から行っても、あの連中はカルナヴァル直属の部隊ではない。いくつかに別れた分隊のひとつだ・・・・・・通り過ぎてしまうのにそう時間はかからないだろうが、少しでもスタミナを回復しておくに越したことはない。
スプリングボックの方はというと、スタミナを回復させようなどという発想はまるで感じられなかった。
怒りで顔面を上気させながら、岩の影でわなわなと震えるその姿は、まるで破裂寸前の風船だ。
敵の侵攻をただ黙って見送るしかないこの状況は、奴にとって耐え難い屈辱であることは言うまでもない。
・・・・・・次の戦いに向けて、怒りというエネルギーを溜めているようだ。なるほど、あれがスプリングボック流のインターバルというわけか。
「・・・・・・行ったか」
「さあメリノヒツジ、早くかかってきなさい!」
轟音が来た道からどんどんと遠ざかっていき、やがてほとんど聴こえないほどの大きさになると、スプリングボックは痺れを切らしたように立ち上がり、槍を取り出して穂先を僕に向けた。
先ほどの体力消耗がまだ響いているようで、肩で息をしているのは変わりない。
・・・・・・だが殺気の鋭さは、崖の上での戦いの時以上だ。
「貴様の真意がどうであろうと、立ちはだかる敵はすべて倒す! 何故なら私は故郷の命運を背負って戦っているのだから!」
「鼻息が荒いな・・・・・・故郷とやらがそんなに大事か?」
「私のすべてだ!」
出し抜けに質問をした僕に、食い気味にそう答える。
なるほど、共感は出来ないが理解はしよう。そういう奴なのだ。
他人にすべてを捧げるスプリングボックと、ただ自分だけを恃む僕と、どちらが勝つかは神のみぞ知るところといった所か・・・・・・。
すでに臨戦態勢に入っているスプリングボックに対して「ここで良いのかい?」と語りかけた。
「少し場所を移せば、人目に付かない所で思う存分やれると思うが?」
「・・・・・・構いませんよ。どうせすぐに終わる!」
素っ気ない返答をしたスプリングボックに対して「なら来いよ」と軽く煽ってみせた途端。
「覚悟おおおっ!!」
中世の騎士よろしく、勇壮な掛け声を発しながら、二又槍を抱えて、ただ真正面から突っ込んで来たではないか。
お得意のジャンプ攻撃や全身発火ではない、輪をかけて単純極まりない攻撃に思わず目を疑う。
シャヘル側に見つかることを恐れているのか、あるいは能力が発動出来ないほどにスタミナが尽きてきているのか?
「バカが・・・・・・なめるのも大概にしろ」
殺し合いとはつまるところ、相手の嫌がることを、どれだけ想定し実行出来るかに尽きる。
頭を働かせて有利に立ち回り、隙を突いて相手の急所に喰らいつく・・・・・・そんな狡猾さと冷徹さこそが、戦いにおいてもっとも重要な鉄則であるべきだ。
そう信じている僕からしてみれば、感情にまかせるままの、知性の欠片もない破れかぶれの突撃など、もっとも忌み嫌うやり方だ。
だが、このような単細胞に対して、もはや策を弄すること自体がバカバカしいとさえ思えてくるのも事実・・・・・・一瞬思索したのち、スプリングボック好みの正々堂々とした茶番に付き合ってやることにした。
奴と同じく真正面に槍をたずさえ、重心を低くしながら猛然と駆け出す。
穂先が重なり合う瞬間には、全力で踏み込むことで、勢いと体重とを一点に乗せた。
_______ガイイイイインッッ!!
互いに穂先を重ね合って火花を散らした瞬間、ものすごい轟音が響きわたった。全身を震わせるような衝撃が、穂先ごしにほとばしって来た。
・・・・・・不思議な感覚だ。今までこんな戦いをしたことはない。
だが、なぜか懐かしいような感じがする。誰かに教わったわけではないのに、体が最初から戦い方を知っているのだ。
・・・・・・そうか。互いに角と角をぶつけ合って力を比べ合う。
これは純然たる草食獣同士の戦いなのだ。
負けたからといって、即座に命まで取られることはないだろう。だが周囲から弱い奴だと見なされて、子孫繁栄の機会を失う。孤立した先にやがて尊厳すらも無くしてしまう。
死にはしなくても、十分に致命的な事態に陥るのだ。
_______ギャリギャリギャリッ!!
(ぐうっ!? なんて力だ!)
2人の角獣が、おなじ二又の穂先同士を重ね、がっぷり四つに組み合う。
しかし僕はスプリングボックに一方的に押し負けてしまっていた。野生解放状態で、全力で押し返しているにもかかわらず、どんどん後ろへ押しやられている。
踏み込んだ足が地面にめり込んでしまうんじゃないかと錯覚するほどの力で押されている。
技術も作戦も無いただの力比べなのに、何故こうも差が生じる?
脚力だけなら、さすがにスプリングボックが上だろう。奴のようなジャンプは僕には出来ない。自慢の足腰を活かした踏み込みが強烈なのはわかる。
・・・・・・だが総合的なフィジカルは僕が勝るはずだ。背丈は明らかに僕の方が高いし、見るからにほっそりとした体型の奴に比べて、僕は十分な筋肉量を全身に備えている。クズリさんのような剛力に憧れて、鍛えに鍛えてきたのだ。
「貴様のツノには、まるで重みを感じませんよ!」
「・・・・・・な、何だとォ!?」
「私にとってツノは誇りそのもの! だが貴様のそれは、ただの武器でしかない!」
スプリングボックが確信めいた様子で戯言をほざいてくる。
何が重みだ。カビが生えたような精神論でも持ち出すつもりか。そんな曖昧なもので勝負が決まるものか。
「こんな茶番に付き合っていられるか!」
力比べは終わりだ。ここからはこっちのやり方でやらせてもらう。
そう思った僕は、奴の槍をいなし、側面に回り込むのと同時に反撃を試みた。
振り向きざまに槍を鞭状に変化させ、スプリングボックの後頭部めがけて打ち下ろしてやった。
躱せまい。攻撃の軌道が放物線を描く鞭は、槍とは根本から性質が違うのだ。相手の予測できない方法で死角を突く。これこそが僕らしい狡猾な戦い方・・・・・・
_______ブォンッ!
だがスプリングボックは、その場から一歩も動かず槍を一閃させ、背後から去来する僕の鞭を切り裂いて防いでみせた。
驚いたことに、奴が携える槍の穂先が、松明のように炎を赤々と灯していた。
全身ではなく、穂先のみを発火させたということか・・・・・・槍とは角そのもの。まぎれもなく体の一部である以上、そのような真似が出来てもおかしくはない。
出す炎の量が格段に減ることから、おそらくスタミナの消費も抑えられているはず。
消耗した今の奴でも繰り出せるわけだ。
・・・・・・しかしそのような事より何より、今の奴の挙動はなんだ?
まるで僕が何をしてくるかをあらかじめ知っていたかのように思えるが。
「貴様の攻撃など、もうだいたい先が読めます」
「バカな、そんなことがお前に出来るものか! お前の能力は・・・・・・」
クズリさんやスパイダーさん程のフレンズならば、2種類の”先にある力”を使うことが出来るのは知っている・・・・・・だが、2つの能力は密接に関連している。いわば基本形と発展形の関係であるに過ぎない。
スプリングボックがいかに発火能力の使い手であるからと言って、相手の動きを先読みする事とはどう考えても繋がっているようには思えない。
「これは”先にある力”とは全く関係ありません・・・・・・やれやれ、貴様はどうやら、ツノをぶつけ合う行為の意味すら理解していないようですね!」
「そんなことが何になるって言うんだ!?」
「ツノをぶつけ合えば、相手の力量が大体わかる。どのような戦い方をするのかも・・・・・・我々ツノを持つ獣の体はそういう風に出来ているものです」
スプリングボックが勝ち誇ったようにそう宣言する。
奴が角と角とのぶつかり合いを仕掛けてきた理由は、僕の力量を探るためだったようだ。
そんなことで何がわかると言いたいところだが、実際にやってみた今となっては信じられる。
・・・・・・なぜなら僕の方もスプリングボックの力量を槍ごしに感じ取ったからだ。いくら押し返してもビクともしない、細見の体からはいっけん信じられない程の、異常な踏み込みの強さを。
何ということだ。まんまと敵に手の内を晒してしまったというのか。
痛い所を突かれたものだ。牧場で生まれた家畜である僕に、野生の角獣が角をぶつけ合うことの意味なんてわかるわけないじゃないか。
「正直に言いましょう」と、スプリングボックが炎を灯した穂先を僕に向けながら言う。
「もはや私のスタミナは底を尽きかけています。いつも通りの戦いは出来ない・・・・・・最低限の動きで貴様を仕留める必要があります。そのためにどうしても貴様の手の内を探る必要があった・・・・・・そして確信しました。もはや貴様に負ける気はしない」
「バカな、何の根拠があってそんなことを?」
「私にはわかります。メリノヒツジ、貴様は草食獣の風上にもおけない奴だ!」
ズバリと断定するような声色。それはどうやら挑発の類ではなかった。スプリングボックは確信を持って、ただそう宣言しているのだ。
「だまれ! お前なんかに僕のことがわかってたまるか!」
腹立たしい。屈辱だ。こんな単細胞な奴に、こうまで好きなように言われるとは・・・・・・
肉食のエサになるしかない弱い草食が、偉そうな説教を僕に垂れるな。自信に満ちた態度を見せつけてくるな。
草食獣の風上にもおけないだと? まるでお門違いな指摘だと言ってやる。僕は自分からヒツジであることを捨てて、オオカミに生まれ変わったんだ。
クズリさんと戦ったあの日から・・・・・・
「槍を色々な形に変えるその能力こそが、まさに貴様の弱さを体現していると言っていい!
なぜならば、槍は我らにとって魂の象徴・・・・・・その象徴をコロコロと違う形に変えるなど、自分に自信がない証拠! そんな奴に勝利など掴めるはずがない!」
「黙れって言ってるだろうが!」
よりにもよって、僕のディ・フェアヴァントルまでこき下ろしてくる始末だ。
この能力は、クズリさんに並ぶことを目指して鍛えてきた僕が、やっと獲得した強くなった証・・・・・・それを愚弄するとは許しがたい。
奴だけは必ずこの手で抹殺してやる。
_______ガインッ! ギャリィッ!
「何という工夫のない攻撃! そんなもので私が倒せるものか!」
「うるさい! うおおおっ!」
すっかり逆上した僕は、聞くに堪えない妄言を跳ね除けるために、能力をフル稼働させて再び攻勢に打って出た。
投げ槍、投げナイフ、投げ斧・・・・・・ありったけの飛び道具を生成し地面に突き立てると、機関銃のごとき勢いで投げまくった。
しかしスプリングボックはそれを炎の槍でことどとく打ち払い、そのまま着実に距離を詰めてきていた。
まさか本当に僕の動きを見切っているとでもいうのか・・・・・・。
(・・・・・・ああ、こんな・・・・・・こんなことって・・・・・・)
肉食獣である僕が、草食獣に負けることだけは絶対に許されない。
そう思っていたのに、今やスプリングボックに実力でも言説でも圧倒されてしまっている。
受け入れがたい絶望的な事実に全身が総毛立つ。
(・・・・・・皮肉だよね)
(だ、誰だ!?)
(けっきょく君を倒すのはアムールトラでも、尊敬してやまないクズリでもない・・・・・・軽蔑していた草食獣に、君はやられてしまうんだね)
すっかり頭に血が上り、むきになって我武者羅な攻撃を繰り返していた僕に向かって何者かが話しかけて来る。
正面にいるスプリングボックではない、その者の声は背後から聴こえてきている・・・・・・そして、耳がバカになったわけでないのであれば、それは僕自身の声のように聴こえた。
「やあ、久しぶりだね。僕」
気が付くといつの間にか、赤色の精神世界へと没入していた。
赤一色の世界の中で僕に話しかけて来たのは、白いブカブカとした体毛を纏った小柄なフレンズだった。
覇気のない眠たそうな目。見ているだけでイライラする面構え。
まぎれもなく、かつての僕自身がそこに立っていた・・・・・・ふざけるな。なんで今さらしゃしゃり出て来る? とっくの昔に食い殺してやったはずなのに。
「仕方ないよね。あのスプリングボックっていうフレンズは本当に強いもの」
「・・・・・・何が言いたい?」
「彼女は草食獣としての誇りを貫き続けてきたんだろうね・・・・・・それに比べて君は、肉食にも草食にもなり切れない中途半端な存在。どだい勝てる相手じゃなかったんだよ」
「だまれ! もう一回食ってやろうか?」
何も出来ない癖に口だけはいっちょまえの、鬱陶しいヒツジの胸倉を掴んで凄む。
精神世界での僕は、現実よりも体毛の赤が濃く、指先には鋭い爪、口には牙を生やし、完全なオオカミの肉体になっていた。
さっさと消え失せろ。この体は僕のものだ。お前の居場所なんてない。今さら口出しをすることなんか許さない。
「いい加減にしてくれ!」
だがヒツジは、生意気にも僕の手を振り払うと、熱を帯びた瞳でキッと睨み返してきた。
その刹那、赤一色だったはずの世界の中で、奴の周囲だけが白く輝き始める。
「もうこれ以上バカなことをするのはやめてくれよ!」
「何も出来ないお前よりはマシだろうが」
「それでも君みたいに他人に冷たくあたるような人生はまっぴらごめんだ!」
白いヒツジは肩を震わせて半泣きになりながら、赤いオオカミである僕へと恨み節を延々とぶつけてきた。
「君はまるでドン・キホーテだよ。馬鹿げた妄想にとらわれて暴走してるだけじゃないか! ヒツジがオオカミになんてなれるわけないのに! クズリのような格が違いすぎるフレンズの背中を追いかけて、真似をしようとしたって無駄さ!
さっき仲間のフレンズを降伏させた時だって、君も一緒に降伏していればよかったんだ! そうすればディンゴも死ななかった。君があの子を殺したんだよ!」
「でも・・・・・・一番ひどいのは”スターオブシャヘル”の中で、ヒグラシ所長にかけた言葉だよ。心にも思ってなかったくせに、何であんな酷いことを言ったんだ? 多分あれが彼との今生の別れだったと思うよ・・・・・・僕は、僕は大好きな所長に素直な言葉をかけたかった! その結果イヴ・ヴェスパーに実験体にされても良かった」
コインの裏と表。もうひとりの僕の言葉は、すなわち僕が考えていたことでもある。しかし僕はそれをずっと無意識に押さえ付けてきた。
根源にあるヒツジの感情を、後付けで獲得したオオカミの理性で塗りつぶし隠してきたのだ。
・・・・・・前の戦いで出会ったパンサーと同じようなものだ。いや、多かれ少なかれ誰もがそういう精神構造を持っている。
白い光が広がり続け、赤い部分を侵食し続けている。
精神世界で僕が弱くなってきている証拠だ。
・・・・・・まさか、もうひとりの僕がやろうとしていることとは。
「僕に体を返してくれ!」
「だまれ・・・・・・! いまさらお前の指図など聞くか!」
「どうせもうすぐ殺されるんだから良いだろう? 最後ぐらい本当の僕でいさせてくれよ!」
白いヒツジが発する眩い光が、赤い淀みをたちまち消していく。
卵は世界だ。生まれようとするものは、一つの世界を破壊しなくてはならない。
その言葉の通り、奴は僕を破壊して肉体を取り戻そうとしている・・・・・・かつて僕がやってやったことをやり返そうとしているのだ。
「・・・・・・僕が間違っていたとでも言うのか?」
「さっきからそう言ってるだろ! 消えてくれ!」
奴が言う通り、ずっと変わらずにいた方が良かったのだろうか?
命令されるがまま嫌々セルリアンと戦ったり、ディンゴにいじめられたりしながら、隅っこでコソコソ本を読むことが唯一の楽しみの、眠そうな瞳のヒツジのまま生きていれば・・・・・・
(僕は、後悔しているのか)
人生の最後になるかもしれない瞬間に、最悪な感情が頭をよぎったことに戦慄する。
後悔ってやつは、自分が間違っていたんじゃないかと思ってしまうことは、死ぬことよりもよほど恐ろしいものだ。
そして僕が一番恐れていたことだ。
・・・・・・ああ、わかったぞ。
目の前の白いヒツジは、僕の後悔の化身だ。僕の中でくすぶっていたヒツジへの未練だ。
普段は完全に心の中に押し込めていたはずのそれが、絶体絶命のピンチを前にして強く顕在化してきたんだ。
(間違ってない、僕は間違ってなんか・・・・・・)
今にも白い光に飲み込まれようとしている最中、僕は自然と過去の出来事に思いを馳せていた。
自分を正当化できるような思い出と言葉とを必死に探るためだ。それは最後の悪あがきとでも言うべきものだった。
_______満足してんじゃねえよ。
_______本当は、まだまだ、もっとヤリたいんだろ?
やがて僕の胸中には、かつてクズリさんに言われた言葉が、走馬灯であるかのように鮮明に浮かび上がってきた。
・・・・・・この言葉はそう、彼女との決闘が決着した時にかけられた言葉だ。
僕は死ぬ寸前までボコボコにされたけど、一撃だけ手傷を負わせることが出来た。
彼女はそのことで僕を認めてくれて殺すのをやめて、自分の”控え”として僕を抜擢してくれたんだった。
・・・・・・そうだ、そうだったんだよ。単純なことじゃないか。
僕はそのことが嬉しかった。人生で最高の歓喜だった。救われたと思った。
その気持ちにいっぺんの嘘偽りもない。後悔などしているはずがない。やはり僕は間違ってなかったんだと確信する。
・・・・・・が、それと同時に、重大な考え違いを起こしてしまっていたことに気付くのだった。
もともと抱えていた劣等感と、クズリさんのような強さと奔放さへの憧れの気持ちとを、いつの間にか混同してしまっていたのだ。
・・・・・・その結果、強くなることを、劣等感を払拭する手段として考えるようになってしまった。
違うんだ。強くなることはあくまでも僕の目的であったはずなんだ。
それは純粋で揺るぎない、前向きな動機だったはずだ。ただ憧れの存在に近づきたいというだけなんだから。
「・・・・・・なあヒツジ。確かに僕は間違っていた。それを認める」
「じゃ、じゃあ消えてくれるんだね!?」
「消えるつもりはない。間違っていたというのは、ヒツジや草食獣を蔑んでいたことだ」
劣等感にとらわれるあまり、草食は肉食に食われるだけの弱者だと決めつけていた。
だがそれは認識違いだったのだ。現に今、スプリングボックという凄まじく強い草食獣が、僕の前に立ちはだかり圧倒してきている。
考えてみれば野生の草食獣は、時には肉食獣から逃げ切るほどの俊足を発揮する。
そして時には、子孫繁栄を懸けて、同じ群れの個体と角をぶつけ合って熾烈にせめぎ合う。
厳しい生存競争を生き抜く草食獣は、肉食獣に負けず劣らず強靭だ・・・・・・牧場で生まれた僕には、そのことがわからなかった。
僕がわかっていなかったのはそれだけじゃない。
クズリさんやアムールトラばかりが強いわけじゃない・・・・・・ほんとうは、この世に弱い種族なんて一つとして存在しないんだ。
なのに僕は偏った価値観に執着するあまり、自分自身を、そして周りを否定してしまっていた。
・・・・・・だから今までこんなに苦しかった。
僕をオオカミから庇って死んでいったヒツジのお母様も、
酷く傷ついた体でもなお僕を気遣い、イヴ・ヴェスパーから守ってくれたヒグラシ所長も、
勝てないとわかっていながらスプリングボックに挑み散ったディンゴも、
今までに関わった誰もかれもが、結末はどうだったにせよ、自分の人生を強く生きた。
強いか弱いかを決めるのは種族じゃない。生き方なんだ。
「本当に僕はとんでもない考え違いをしてきた。許してくれ」
「もう遅いよ! 君は愚かな自己否定を続けてヒツジであることをやめたんだ!」
「・・・・・・いや、まだやめてない。なぜならお前がここにいるからだ」
白い光をなおも膨張させるヒツジに近づいた。奴の表情が恐怖で青ざめる。一度僕に食われた時のことを思い出したのだろう。
だが僕は、奴に牙を突き立てるのではなく、そっと両腕を背中に回して抱きしめた。
「たのむ。もう一度ひとつになってくれ」
「・・・・・・いまさら僕を受け入れようっていうのかい?」
「ああ、今度こそ本当の自分になりたいんだ」
呆気に取られた表情のヒツジが僕の赤い腕の中にくるまると、次第に2人の輪郭線が曖昧になりはじめた。
・・・・・・その刹那、周囲に赤い光があふれ出す。
しかしこれまでのような鮮血のごとき真紅ではなく、夜明け前の空のような薄赤色だった。
「ヒツジでもありオオカミでもあるフレンズ。それが僕だ・・・・・・そしてお前でもある」
「君は僕、僕は君・・・・・・?」
「そうだ。2人で最後まで足掻こう。強く”なりたい”ではなく、強く”生きたい”・・・・・・それがこれからの僕らの目標だ」
_______どうしました? もう終わりですか?
不敵に凄むスプリングボックの声によって、はっと現実世界に引き戻される。
まるで白昼夢を見ていたようだ。長かった自問自答も、現実世界では一瞬の間の出来事だったのだ・・・・・・しかし、もともと、追い詰められた状況であることには変わりなく。
「どうやら先に貴様のスタミナが尽きたようですね!」
「・・・・・・なんだと」
「周りを見てみるといい。よくもまあこんなに無駄に武器を取り出したものです」
スプリングボックに言われて辺りを見回すと、奴によって打ち払われた僕の槍や斧、ナイフなんかが辺りに散らばり、星屑のように金色に輝いていた。
激情に駆られるあまり、新たな得物を矢継ぎ早に召喚し続けてしまったのだ。
いつもの僕だったら、手許を離れた得物を引き戻して、スタミナの無駄な消費を避けていたはずなのに。
それほどまでに冷静さを失っていたというのか・・・・・・我ながらバカなことをしたものだ。
手の平の中には、もはや武器とは呼べない金色の石粒が握られているだけだった。
能力を注ぎ込んで得物を生成せんと試みる・・・・・・しかし、石粒がそれ以上大きくなることはなかった。
奴の言う通り、僕は完全にガス欠になったようだ。
「貴様ごときにこれ以上時間は取れません! 終わりだ!」
あわてて辺りに散らばった得物を引き戻そうと手のひらに念じるも、スプリングボックがそれを許さなかった。
今度こそ丸腰になった僕めがけて、炎の槍の一突きを繰り出さんと駆け出してきたのだ。
今こそ進化促進剤を使う時か?
・・・・・・いや違う。何故なら僕は、こんな状況ではあるが、一つ勝ち筋を閃いた。
かなり無茶な作戦だ。成功するかどうかはわからない。だが自分に出来るすべての手を尽くしてみたい。
薬に頼った所で、いちかばちかなのは変わりないのだから。
「覚悟しなさいッ!」
素早く鋭い踏み込みで炎の槍が突き出される。
_______ドシュッ!
疲労困憊の僕に、奴の攻撃を躱す余力はすでになく、脇腹に燃える二又の穂先をあっけなくぶち込まれた。猛烈な痛みで思わず正気を失ってしまいそうになる。
「良く戦った! すぐ楽にしてあげましょう!」
「ふ、ふふ・・・・・・まださ」
刺し込まれた穂先が後ろへと引き抜かれようとしている。
一刺しじゃフレンズを確実に殺すのは難しい。スプリングボックもそれがわかっているからこそ、再び穂先を引き抜いて僕をめった刺しにするつもりだろう。
・・・・・・だが、やらせない。
「わあああああっ!!」
「く、狂ったか貴様!?」
_______ズグ、ググググ・・・・・・!
僕が咄嗟にとった狂気的な行動。
引き抜かれようとする槍の柄を握りしめ、手繰り寄せながら前へ進んだのだ。
奴の槍がさらに深く腹の中に突き入れられる。穂先から発せられる高熱によって、肉が瞬時に焼き切られてしまっているせいか、とても刃の滑りが良い。
あっという間に穂先が脇腹を貫通すると、発狂してしまいそうな激痛が襲い来る。
だが、この後のことを考えれば耐えられる。
・・・・・・どうも僕は基本的に性根がひねくれている。こういう時こそ、最高に燃えてきてしまうんだものな。
スプリングボックは僕のとち狂った行動に気圧されるあまり、反応がいっしゅん遅れてしまっているようだった。僕はその僅かな猶予を逃さず、燃える穂先から柄へと自身の体を貫き通し、奴へと肉薄していた。
「ぐっ・・・・・・貴様ぁッ! 離れなさい!」
「あぐうううっっ!!」
_______ギリッ・・・ギリッ・・・
スプリングボックは僕の腹に片足を乗せ、力づくで槍を引き抜こうとしてきた・・・・・・しかし僕を引き離すことは出来ない。
なぜならば僕は、大口を開けて奴の肩に噛み付いていたからだ。
紛れもなくオオカミの攻撃手段。ヒツジではあり得ない。
草食獣としては、僕はスプリングボックの足元にも及ばない。それは認めよう。
だから見せてやるよ。ヒツジでありオオカミでもある僕にしか出来ない戦い方というやつをな。
大した牙も持ってない僕の顎で噛み付いたって、まともに傷を負わせることなんて出来ない。まとわりついているだけで精一杯だ。
しかしそれで十分なのだ・・・・・・なぜならば今、僕の両手は自由なのだから。
_______パシッ!
両手を奴の腹部に押し付ける。
一本のナイフすら作り出せなくなった能力の残滓を、手のひらの中心で凝固させると、心の中で高々と号令をかけた。
(武器よ! 戻れ!)
_______ガガガッ! ズドドドドッッ!
「なっ!? ・・・がはああああっっ・・・!!」
あちこちに散らばっていた無数の槍やナイフが、僕の呼びかけに呼応するように手のひらへと吸い寄せられた・・・・・・ちょうどその軌道に挟まれる形になったスプリングボックの体を次々と貫通しながら。
貫かれるたびに奴の体がガクガクと震えるのが顎ごしに感じられた。
やがて僕を貫いていた槍が消滅すると、スプリングボックが立ったままガックリと項垂れた。
能力をかき消し、奴の全身を貫いた得物を体内にしまい込むと、まさしく蜂の巣のような奴の体から鮮血が噴き出してきた。
致命傷だ。全身をこんな穴ぼこだらけにされて生きていられるフレンズなどいない。
_______ガシィッ!
そのまま倒れてしまうかと思ったスプリングボックがふたたび奮起してきた。僕の胸倉を掴みあげ、ふたたび全身に赤々と炎を灯してみせたのだ。
・・・・・・なんて奴だ。死を超越し気力だけで動いているというのか。
「貴様ァァッッ・・・・・・勝ったつもりかァァッ!!」
「ああ、僕の勝ちだ!」
スプリングボックの手を振り払うこともなく、灼熱に身を晒し立ち尽くしたままそう宣言すると、奴が発した最後の灯火がパッとかき消えて、今度こそ地面に崩れ落ちた。
ディンゴ・・・・・・仇は取ったぞ。
「わ、私は死ぬのか・・・・・・何も守れないまま・・・・・・」
僕を恨みがましそうに見上げていた瞳がやがて伏せられ、視線がぼんやりと宙を泳いでいる。
今やつが見ているのは、己が愛してやまない故郷とやらの景色だろうか・・・・・・迷いなく純粋に、大切な物のために全力を尽くした戦士の最後がそこにはあった。
「スプリングボック、ひとつだけ言わせてくれ」
本当は言葉などかけるべきではないのだろうが、無粋を承知でひとことだけ口を開いた。
奴を称えるための極めてシンプルな言葉だ。
「お前という強者がいたことを、僕は死ぬまで忘れない!」
僕の言葉を聞いて、もはや顔を上げることも出来なくなった奴の体が、一瞬ピクリと動いたような気がした。
「ふ、ふふ・・・・・・アムールトラ、後は任せましたよ。パンサー・・・・・・いま、行きます・・・・・・」
スプリングボックが事切れた瞬間、奴の全身が虹色に輝き出した。
やがて中でもひときわ強い球状の光が肉体から抜け出し、黒雲に覆われた空へと天高く登っていった。
・・・・・・あれが奴の魂なのだろうか。
そしてその場に残されたのは、フレンズだったころに負けず劣らず、彫刻のように美しく細身な体をした、二本角の草食獣の遺体だった。
それにしてもスプリングボックの最期の言葉には驚かされたものだ。知っている名前が二つも出て来たではないか。
やはりアムールトラはこのバトーイェ山脈のどこかにいる。
しかし、パンサーは死んだのか? スパイダーさんが川に落として逃がしたはずだ。足を怪我していたとはいえ、あのまま死んでしまったとは考えにくいが。
・・・・・・まあ、僕にはどうでもいいことだ。
スプリングボックの亡骸から視線を外し、その場を後にしながら考える。コイツと遭遇した”裂け谷”に戻ったところで、あの場にいたパークの兵士たちはもう別の所へ移動してしまっている可能性が高い。
つまりアムールトラを探す手がかりはもう無い。状況は完全に振り出しに戻った。
「・・・・・・くそっ・・・・・・」
考え事をしながら歩き続けるうち、意識が朦朧としてきた。これ以上立っていることすら危うい感じだ。足を進めるたびに鮮血が地面を滴る。
勝ったのはいいが、僕もかなりの重傷を負ってしまった。
この体でアムールトラと戦うことは無理があるだろう・・・・・・スプリングボックに勝つことに必死で、後に体力を温存するなんて余裕はなかった。
・・・・・・本当に、ここから先どうしたものだろうか。
_______いたぞ! フレンズだ!
一人きりで歩いていた僕の姿を、辺りの岩肌の影から無数の銃口が捕える。
姿を現した兵士たちは一様に紺色の戦闘服を身にまとっている。
この近くを通って進軍していたシャヘルの歩兵たちだ。僕とスプリングボックが繰り広げた死闘が発した物音を聞きつけて様子を見に来たのだろうか。
「待て、コイツは・・・・・・」
僕が咄嗟に両手を上げて降伏の意を示すと、殺気が迸っていた銃口が一時下に落とされる。
どうやら僕の姿を知っている奴がいたようだ。味方側のフレンズ相手に銃を向ける必要もないと判断したのだろうか。
しめたものだと思った。一切の手がかりもなく、自力で移動する体力も尽きかけているこの状況なら、シャヘルの奴らに負傷兵として運んでもらうのが一番都合がいい。
・・・・・・まあそう上手く行く保証はないが。
仮にもし、フレンズ部隊をまるごとパークの奴らに降伏させた僕の裏切り行為が発覚していたら一巻の終わりだ。
「受け取れ!」
恐る恐る僕に近づいた1人の兵士が、何か小さな物を僕に向けて放り投げてきた。それをキャッチして眺める。
何のことはない。スマートフォンだ。一体誰に繋がっていると言うんだ? 首をかしげながら端末を耳元に当てた。
《メリノヒツジか?》
「ええ」
カルナヴァルの声が端末の中から聴こえてきた。
シャヘルの地上侵攻部隊を指揮する奴が直々に受け答えするということは、現場の兵士たちだけでは僕の処遇を判断しかねている証拠だ。
《さて、お前をどうしたものか。メリノヒツジ、ほかでもないお前の提言を受けて、フレンズ部隊だけでの突撃を命じたわけだが・・・・・・生き残っているのはお前だけなのか? と言うのも、他の連中の所在が突如ようとして知れなくなったからだ》
カルナヴァルの声色にはあきらかに僕への疑いの気持ちが入り混じっていた。
僕の所業が勘付かれでもした時には不味いことになる。出来うる限り誤魔化してみせるしかないだろう。
幸いなことに、今の僕には状況証拠というものがある。この酷く傷ついた体こそがそれだ。
「そうです」
嘘を付きとおしてみせる・・・・・・真実を織り交ぜた嘘を見破るのは容易ではないはずだ。
「敵方の戦力は強大でした。部隊はことごとく壊滅し、命からがら僕だけが逃げ延びたというわけです」
《ほう、そうか・・・・・・》
もったい付けるように思案するカルナヴァルの声に肝を冷やす・・・・・・仮にもし、すべてわかった上で知らないフリをしているんだったらマズい。
「・・・・・・この傷では戦えません。どうか応急処置を願います!」
頭を下げ、従順そのものの態度で助けを乞う。いまの僕に出来るのは猫をかぶり誤魔化すことだけだ。
《ステイ・トゥー》
「な、何故です!?」
端末越しにその言葉が聞こえた瞬間、両腕につけられた鎖の腕輪が発動し、体が痺れ力なく崩れ落ちる。
殺すのでもない、助けるのでもない。カルナヴァルは僕を拘束することを選んだようだ。
岩肌に倒れ込んだ途端、本格的に意識が遠のいて来る。
重傷を負った体に、強制拘束という負担がさらに圧し掛かってくる。もはや耐えきれない。
《ふん・・・・・・どのみちお前のような、腹の底が読めん手駒はもういらぬ。自由を奪って、必要な情報だけ吐かせて処分してやる》
ぼやけてくる視界の中、端末越しにカルナヴァルがほくそ笑む顔が目に浮かぶ。
そいつをあたかも睨み付けるように目を見開いていたのも束の間、僕の意識はあっけなく途切れ闇に落ちていった。
to be continued・・・
_______________Cast________________
哺乳綱・鯨偶蹄目・ウシ科・ヤギ亜科・ヒツジ属
「メリノヒツジ」
哺乳綱・鯨偶蹄目・ウシ科・スプリングボック属
「スプリングボック」(死亡時年齢:9歳2か月)
_______________Human cast ________________
「イブン・エダ・カルナヴァル (Ibn Edd Carnaval)」
年齢:67歳 性別:男 職業:国際的非政府組織「PARK」現代表
_______________Story inspired by________________
“けものフレンズ” “けものフレンズ2”
byけものフレンズプロジェクト
“けものフレンズR”
by呪詛兄貴