けものフレンズR あるトラのものがたり   作:ナガミヒナゲシ

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 真打ち、来たる。


過去編終章26 「ぎゃくてんのきりふだ」

 ふわりとした浮遊感を感じながら目を覚ました。

 虹色にたゆたう生暖かい液体に全身が浸されている。

 僕はこの場所のことを知っている。それどころか見慣れてすらいる・・・・・・まちがいない。ここは見るからにサンドスター調整槽の中だ。

 フレンズの自己治癒能力を最大限に活性化させ、最適なコンディションを保つだけでなく、外的な負傷から短時間で回復させることが出来る装置だ。

 

 どうやら僕はカルナヴァルの一声で拘束された後に、この調整槽へと運び込まれたようだ。

 水槽ごしに振動やら騒音やらが響いてくる。それらの情報から、ここが移動中の乗り物の中なのだろうと推測することが出来る。

 このような大袈裟な設備が置いてあることから、おそらく兵員輸送車などではなく、将官クラスが乗るホバー艦の内部だと思われるが・・・・・・

 

 スプリングボックとの死闘で消耗しきった今の僕にとっては、願ってもない最高の環境と言えるだろう・・・・・・まあ、ここから先の処遇については、かなり絶望的な予測しか立てられないわけではあるが。

 

「お前はつくづく幸運な奴よな。メリノヒツジよ」

「そ、その声は!」

「お前が今いる水槽には”量産型”フレンズが入っていた。しかし今その者は出払っている。それに加えて、お前には鎖の腕輪が施されている・・・・・・そして最後に、今ワシはとても気分が良い。これら三つもの条件が揃っていなければ、お前を躊躇なく射殺していたところだ」

 

 どこからか聴こえるカルナヴァルの憎たらしい声。

 それに気づいた刹那、虹色の光がきらめく水槽のガラスの中に、奴の立ち姿が反射して映り込んでいた。

 パークの残党勢力を殲滅する作戦の指揮官という大役を任されているにもかかわらず、何やら随分と余裕のある表情だ。

 このバトーイェ山脈での地上侵攻作戦が滞りなく進んでいるのであろうことがうかがえる。

 

「今からワシの質問に答えてもらう・・・・・・が、その前に戦況をかいつまんで教えてやる」

 

 戦闘開始当初、パークの残党は高所に布陣し、熾烈な砲撃によってシャヘル側を苦戦させていたが、時間が経つごとに勢いが弱まり、今やじわじわと後退を始めているのだという。

 もともとシャヘル側はパークの残党に比べ、兵力において圧倒的に勝っていたのだ。

 したがって長期戦になればなるほどシャヘル側が有利であり、いずれ巻き返すのは自明の理だったということか。

 

 しかし快進撃の理由はそれだけじゃないようだ。

 カルナヴァルの切り札は、戦闘開始直前にグレン・ヴェスパーに貸し与えられた”量産型”フレンズ部隊だ。

 それがいま戦場に放たれ、パークの残党たちを猛烈に追い詰めているらしい。

 

「量産型フレンズ・・・・・・あれはまさに完成された兵器だ。お前ら旧式の人造フレンズなどはもはや”型落ち品”も同然よ」

 

 カルナヴァルがご満悦な表情で豪語する。

 ヴェスパー親子のおぞましい実験によって急速に乱造されたフレンズ達は、圧倒的な数を誇るだけでなく、機械のように命令に忠実。さらには己の命を厭わない。

 ・・・・・・まあ確かに、僕も含めて裏切り者の人造フレンズが続出しているこの状況だ。カルナヴァルやヴェスパー親子にとって量産型フレンズは願ってもない存在だと言えるだろう。

 

「もはや奴ら”ジャパリ”の命運は尽きた」

 

 ジャパリとは、パークの残党勢力が新たに名乗り始めた組織名だという。

 おおやけの手続き上は、パークの責任者はカルナヴァルということになっているために、奴らは別の名を名乗る必要があったようだ。

 

「・・・・・・随分と自信がおありですね」

「お前がいなくなっている間に状況は激変したのだ。奴らの首魁たる”カコ・クリュウ”がプレトリアにて捕えられたと聞いた」

「か、カコ・クリュウですって!?」

 

 会ったことはないが名前だけは知っている。

 若くしてパークもといジャパリの指導者として君臨する女だ。裏切り者カルナヴァルの元のご主人様というわけか・・・・・・

 

「実にバカな女だ。自ら飛んで火に入ってこよった・・・・・・世間知らずだとは思っていたが、まさかあれほど愚かだったとはな。奴と手を切ったワシの判断は正しかった」

「いったい何があったというのですか?」

 

 カコ・クリュウは、プレトリアの式典会場を警護するSPたちの中にたった1人で紛れ込んでいたそうだ。

 そして警備の目をかいくぐって放送設備をジャックして、会場に到着していた軍の重役等、Cフォース関係者に向けて演説をぶったそうだ。

 グレン・ヴェスパーが行おうとしている悪行や、フレンズを保護せんとする己の活動理念について語ろうとしたらしい。

 ・・・・・・だがほどなくして警備の者たちに取り押さえられ身柄を拘束されたようだ。

 他の仲間を引き連れていなかったことと、武器の類をいっさい所持していなかったことから、ひとまず殺されることはなかったらしい。

 

「あの愚かな女は、自ら滅ぶだけでなく、Cフォース内の異端者をも炙り出しおった・・・・・・事ここに至って、少しはワシの役に立ったというわけだ」

 

 カコ・クリュウの言葉に、少数ながらも心を打たれた者たちがいたという。

 Cフォースの軍閥の中でも指折りのポストに在籍する数人の将校たちだ。

 カコの言葉と、寸鉄も帯びずに1人で乗り込んできた態度に感銘を受け、最後まで耳を傾けるべきだと主張したようだ。

 ・・・・・・しかしグレン・ヴェスパーは、その者たちを組織に混乱を招く不穏分子であると断じ、警備兵に命令してカコと共に拘束したようだ。

 

 今までとは異なり、もはや独裁者である本性を取り繕おうともしていないようだ。

 その強気な行動の裏には間違いなく、己の支配を絶対のものとする”セルリアンの女王”が誕生することへの確信があるのだろう。

 フレンズを、セルリアンを、そしてヒトをも・・・・・・この世のあまねくすべてを意のままに隷属させようとする意志が伝わってくる。

 

「あのバカどものことは、後はグレン様が煮るなり焼くなり好きになさるであろう」

「しかしわかりません。指導者カコ・クリュウが捕まったのに、なぜジャパリは抵抗を続けているのですか?」

「簡単なことだ。あの小娘は指導者などではない。本当の指導者はリクタス・ヒルズという小生意気な若造だ。奴を捕えないことにはジャパリは降伏せぬ」

 

 リクタス・ヒルズ・・・・・・

 このバトーイェ山脈においてジャパリ全軍を指揮していると言われる男の名だ。

 高邁な理想主義者だと言われるカコ・クリュウと比べて、手段を選ばない過激派の人物らしく、アフリカ大陸の裏社会と深いつながりがあるとも言われている。

 

「もはやジャパリはあの男がすべて掌握しているのだろう。カコ・クリュウが1人だったのも合点がいく。結局はワシの読み通りの展開になったというわけだ」

 

 カルナヴァルは元はパークの幹部であり組織の内情を知っている。

 そんな奴が立てた推測はこうだ。

 カコとヒルズとでは、思想も思考も何もかもが真逆で噛み合わない。したがって2人が反目し合うのが必然。

 そして権力争いに勝利したのはヒルズだった。

 ジャパリの全権を握ったヒルズは、己の思うがままジャパリを過激なテロ組織として再編成したのではないか、と。

 

 ・・・・・・一方で、カコ・クリュウがたった1人で無謀にも式典会場に乗り込んできた理由。

 それは外部に自分の顔を売ることで、ジャパリの指導者として返り咲くための最後の賭けだった、ということだ。

 

「くだらん内部の権力争いに陥った結果、やつらは共倒れになったのだ。ワシがそういう風に仕向けた・・・・・・グレン様もこの功績を評価せざるを得ないだろう。さらに内部の異端者どもが摘発された今、ワシが大出世する未来が開けたも同然だ! ふふふっ、ははははっ!」

 

 カルナヴァルが得意満面な顔で自画自賛を続けている。

 だが果たして本当にコイツの言う通りなのだろうか?

 僕がジャパリの連中と戦って感じたのは、奴らが極めて統率が取れた集団だということだ。

 どんなに追い込まれようとも、ヒトもフレンズも力を合わせて必死に抗戦を続けている。とても内部の権力争いで荒れているような組織には思えないのだが・・・・・・

 

「・・・・・・おっと。お前のような家畜を相手に、ついつい気分よく喋り過ぎてしまったようだ。そろそろ本題に入らせてもらおうか」

「どうぞ、なんなりとお聞きください」

「聞きたいことはズバリ一つしかない。敵の動向についてだ・・・・・・なぜこうも敵に良いようにやられた? それほど手強かったのか?」

 

 ・・・・・・さて、どうしたものか。まだ僕への疑いは完全に晴れてないと見る。いつ裏切り行為が発覚してもおかしくない。

「はい。おっしゃる通りです」

 何を話し、また何を黙秘すべきか。身の危険を察知した僕は、己の身を守るために頭をフル回転させて情報の取捨選択を行いながら口を開いた。

 

「ジャパリ側には”能力持ち”の強力なフレンズが何人もいました。

 全身を燃え上がらせて火の玉のように突撃してくる者。己の分身を生み出して二体同時攻撃を仕掛けてくる者。全身を液状化させてアメーバのように襲い掛かってくる者・・・・・・。

 数では圧倒的に劣る奴らに対して、僕らは多大な犠牲を払いながら一人一人仕留めていくしかなかったのです・・・・・・まったく、クズリさんとスパイダーさんが戦列に加わっていれば、このような苦戦を強いられることはなかったでしょうにね!」

 

 恨みごとのような声色でまくし立てる。これは「真実を織り交ぜた嘘」などではない。まぎれもなく僕が体験した真実そのものだ。

 ただ時系列を曖昧にして、さらに都合の悪い情報をそぎ落として報告しているに過ぎない。

 

「70名を超えていたお前らが、たった数名と相打ちになったというのか?」

「そうです! 僕らは犠牲を払いながらも役目を果たした。だからこそ侵攻作戦が上手く行っているのではないですか?」

 

「ひとまずは信用しておいてやろう。それでもう一つ聞きたいことがあるのだが・・・・・・」

 ガラスに映り込むカルナヴァルが、笑みを打ち消しながら何度か頷くと、ふたたび顔を上げて質問を重ねて来る。

 一体どう出るつもりだ? 僕の言葉に疑われる要素はまったくないはずだ。

 

「ジャミング装置について何か知らぬか? このバトーイェ山脈のどこかで奴らが密かに建造しているものと思われるが、我々はいまだ情報を得られてはおらぬのだ」

「それは・・・・・・」

 

 確証は無いものの、心当たりならばあった。

 ジャパリの兵士たちが、傍目には小さなほら穴のようにしか見えない”裂け谷”の中を進んでいた様子をこの目で見た。

 人目を忍ぶ彼らの行軍には何か強い目的意識が感じられた。

 ・・・・・・スプリングボックが彼らを守るように立ちはだかってきたおかげで、その後の足取りを追うことは叶わなかったが。

 あの誇り高き角獣は、何らかの秘密を命がけで守ろうとしていたのだ。それを暴こうとする者を確実に抹殺しなくてはならない程の重大な軍事機密を・・・・・・。

 

「いえ。何もわかりません」

 

 僕は敢えて黙っておくことにした。

 それはスプリングボックに対する義理立てのつもりだった。そして奴との命がけの勝負を穢したくない気持ちもあった。

 敵ながら見上げた奴だった。秘密を知る資格があるとすれば、それは奴を倒した僕だけだろう。

 

 カルナヴァルのような、他人に媚びへつらうしか能がない癖に、漁夫の利を得て悦に入っている小物に立ち入られるのは不愉快だ。命がけで想いを果たそうとしたスプリングボックに比べて、コイツのなんと浅ましいことか・・・・・・

 

 戦士としての矜持とか、フェアプレイ精神がどうとか、そんなカビ臭い価値観を持ち出すつもりはないが、端的に言ってコイツの下劣さにはいいかげん腹が立ってくる。

 まあ、元よりもうコイツの言うことを聞くつもりはない。都合のいいタイミングで僕を回収してくれたから、再び利用してやろうというだけだ。

 

「やれやれメリノヒツジよ。お前は何の役にも立たん奴よのう・・・・・・まあよいわ。もはや大勢は決している。間もなく我々は奴らを制圧する」

「な、なんですって・・・・・・!? もうそこまでの局面に来ているのですか?」

「我が軍の侵攻は、もうじきリクタス・ヒルズの喉元にまで手が届くだろう」

 

 シャヘルはこれまで、無数のドローンを飛ばしてジャパリ側の兵力をつぶさに偵察していたのだという。

 そして収集された映像の中に、今現在シャヘルの軍勢と真っ向から撃ちあっている砲撃部隊を指揮するリクタス・ヒルズの姿を確かに捉えたというのだ。

 

 シャヘルとの圧倒的な兵力差に押し返されたジャパリは、ヒルズの指示によって撤退を始めているのだという。

 しかし足場が劣悪なバトーイェ山脈では退路も限られている。

 奴らはあろうことか、山あいの狭まった谷間へと大軍を後退させ始めたのだ。とうぜん全員が通り抜けるためには時間がかかる。

 シャヘルの戦力ならば、そこを叩いて一網打尽にするのは造作もないことだ、とカルナヴァルは鼻息荒く断言した。

 

「・・・・・・何かの罠ではないのですか?」

 

 不可解だ。短時間にあまりにも戦局が進み過ぎている。

 だいいち、大将がそんなに簡単に姿を現すとは思えない。ドローンに映っていた画像とやらも、もしかすると影武者で、シャヘル側を一か所へと誘い込もうとしている可能性だって考えられる。

 

「だから何だ? 罠ごと踏みしだいてやればいいだけのことだ。作戦の期限は今日いっぱいだ。我々には手をこまねいている暇はないのだ」

 

 もはや勝利を確信したカルナヴァルが僕の言葉に耳を聞き入れるはずもなく、強気な態度を崩そうともしない。仮にジャパリ側が罠の類を仕掛けてくるなら、コイツはまんまとそれに引っかかるだろう。

 罠でも何でも勝手に嵌ればいい。むしろさっさとそうなってもらいたいものだが、道連れになるのは御免こうむりたいところだ。

 

 そして、どうやらまだアムールトラは侵攻部隊の前に姿を見せていないようだ。

 カルナヴァルを見ればわかる。何かにてこずっている気配がない。あまつさえ、陣頭指揮すら取らずに僕を相手に油を売っている余裕さえあるのだ。

 仮に奴が立ちはだかっているならば、たとえシャヘル側が何十何百の量産型フレンズをぶつけようと、多数の犠牲が出るのは間違いないはずだ。

 

 ・・・・・・いったいどこで何をしている? 

 敵ながら歯痒くて胸がムカムカしてくる。後を託して死んだスプリングボックの遺志に反するように、いっこうに姿を現さないではないか。

 

「さて、メリノヒツジよ。これでもうお前に用はない」

 槽内に映り込むカルナヴァルの口元が愉快そうに歪む。

 僕はそれを見て奴の考えていることを察し、全身の血の気が引いていくような気がした。

「このまま調整槽の酸素濃度をゼロにしてくれようぞ」

 

 どうやら鎖の腕輪の効果はまだ持続しているようだ。手足には一切の力が入らず、ただ調整槽の中に身を浮かべていることしか出来ない。

「待ってください!」

 当然のこと今の僕に出来るのは、言葉によって抵抗することだけだ。

 

「僕がイヴ・ヴェスパー副総帥じきじきに指令を受けていることを忘れたのですか!?」

「・・・・・・その指令とは」

 

_______スッ

 カルナヴァルの顔前に掲げられた金属の筒・・・・・・僕が持っていたはずのそれを、奴は鬼の首を取ったように見せつけて来た。

 

「この薬物の治験のことだろう? 過大なドーピングを行って、潜在能力を極限まで強化するか、さもなくば命を落とすという、実に荒唐無稽なモルモット実験だ」

「ご存知でしたら話は早い。僕は進化促進薬を任意のタイミングで使うように命令されています」

「ワシが引っかかるのはまさにそこなのだよ。どこまでがイヴ様の命令に含まれているのか、お前に証明できるのか?」

「そ、それは・・・・・・」

 

 僕が何も言い返せないでいると、したり顔でほくそ笑むカルナヴァルは再び進化促進薬を手許に仕舞い込んだ。

 ・・・・・・まんまとしてやられたと思った。ようやく奴の真意がわかった。

 進化促進薬を質にとって、真意が測れない僕を無理やり従わせようとしているのだ。促進薬が僕にとって残された最後の望みであることは奴もすでに知っているのだろう。

 

「ワシはお前の上官だ。ならばこの薬物を使用するタイミングはワシが判断してやろうではないか。その時が来るまで預かっておいてやる」

「・・・・・・くっ!」

「ふはははっ! せいぜいそこで傷を癒しておくがいい! 最後までワシの役に立つためにな!」

 

 カルナヴァルが背を向けて高笑いしながら遠のいていく。

 そして自動ドアの開閉と思しき音声が聴こえた瞬間、奴は「テイク・トゥー」と呟いた。腕輪の拘束を解除するコードに呼応して、弛緩していた僕の四肢に再び力が戻る。

 

「メリノヒツジよ、出たいならそこから出て戦列に加わってもよいぞ。まあお前がいなくても戦いには勝つがな・・・・・・お前が考えるべきなのは、どうすればワシの覚えがよくなるかということだ。トラの子のドーピング薬を返して欲しくばな」

 

 自動ドアごしにカルナヴァルが振り返り、今にも侵攻部隊の指揮に戻らんとする気配をちらつかせてきている。

 不快なニヤけ顔を見せつけながら僕の返事を待っているのだ。

 

「さあ、どうなのだ?」

 

 なんてザマだ。この僕があんな俗物ごときに良いように手玉に取られるとは・・・・・・

 この状況、これからどう動くべきなのだろうか。

 どうしたらカルナヴァルから進化促進薬を取り返し、どこにいるかもわからないアムールトラに戦いを挑むことが出来るのか?

 

 悪い予感ばかりが頭をよぎる。もしシャヘルがこのままジャパリを制圧してしまったら、アムールトラと会えずじまいのまま戦いが終結したら。

 ・・・・・・僕のやってきたことは、すべてが無意味となる。

 

 ネガティブな気持ちを振り切るようにしてカルナヴァルから目を逸らし、調整槽に浮かぶ自身の体を観察してみる。

 どうやら、一番の深手だった脇腹の出血は止まっている。

 スプリングボックの燃え盛る槍によって貫かれた風穴を塞ぐようにして、虹色に輝く薄い膜が張っている。

 フレンズの自己治癒能力が活性化したことによる瘢痕形成が早くも始まっているようだ。

 

 次は手のひらをじっと見つめてみる。

 意識を集中させ念じていると、ディ・フェアヴァントルの原型たる金色の粒子が、ぼうっと蛍火のように手のひらの上で揺らめいた。

 ナイフ一本すら作り出せなくなったほどに尽き果てていたスタミナに、どうやら回復の兆しが見えはじめている。

 

 調整槽にいることによる回復効果は確かなものだ・・・・・・だがいまだ万全とは程遠い。

 満足に戦えるようになるには、少なくとも丸一日はここで寝込む必要があるだろう。しかしもうそんな時間は残されていない。

 どんな結末が待っているにせよ、このバトーイェ山脈での作戦は今日いっぱいで終わる。

 明日6月7日の正午には、グレン・ヴェスパーがプレトリア郊外に核ミサイルを落とすからだ。

 

「どうした!? 早く答えぬか!」

「・・・・・・お願いです。ここから出してください! どうか僕も戦列に加えてください!」

 

 まだ終われない、行くしかない・・・・・・そう心の中で断じた僕は、怒りで沸騰しそうな顔を上に向け、カルナヴァルへの恭順を誓う屈辱の言葉を言い放った。

 

 

________シュタタタタッ!

 

 再びシャヘルの軍勢に舞い戻った僕は、こんどは”量産型”フレンズ部隊と共に最前線に出ることとなった。

 イヌやネズミの特徴を持った、能面のごとき無表情のフレンズ達が、一糸乱れぬ足並みで荒れた岩肌を駆け抜けている。

 揃いも揃って中々の俊足で、今の僕じゃ付いて行くだけで精一杯だ。

 

 背後にはシャヘルの大戦車部隊が、怒涛の勢いで砲撃を放ちながら進軍している。その傍らには随伴する歩兵たちが、物陰から物陰へと身を隠しながら移動を繰り返している。

 対するジャパリ側の砲撃はごくごく疎らだ。まるで燃え尽きる直前の花火のように、己の光をアピールするのが精一杯といった感じだ。

  

 ・・・・・・なんとも妙な地形だ。このバトーイェ山脈では珍しく、戦闘車両でも問題なく移動が続けられるほどになだらかな道が続いている。

 そして何より、ここは下り坂だ。山を少しずつ下りるような方向に進んでいる。

 

 わからない。ジャパリの奴らは、リクタス・ヒルズは、一体どういうつもりでこんな場所へ軍を動かしている?

 兵力で劣る奴らがシャヘルを相手に戦うには、天然の要害という利を生かす他にないはずだ。元々奴らは高所に陣取っていたのに、なぜ地の利を捨てるような真似をする? 

 やはりシャヘルには勝てないと悟って、核投下を阻止するという目的も達成できないまま尻尾を巻いて退散を始めたというのか? 

 そしてこんな敗色濃厚な状況になってもまだアムールトラは出てこない。

 ・・・・・・もしこのまま最後まで出て来ないんだったら、僕は奴を一生恨むだろう。

 

 情報によればこの先には、細い道の両側に急峻な断崖がそそり立つ、Uの字型の峡谷があるのだと聞く。

 峡谷の間に通った一本道が、この近辺では唯一の抜け道という話だ。

 

「・・・・・・ここか」

 

 ほどなくして情報通りのUの字型の谷間が眼下に見えて来る。向かって突き当りを見上げると、左右両側にそびえ立つ峡谷は空に届かんばかりの予想以上の高さだ。

 逆にその間の一本道は思った以上に狭く、そして出口が見通せないほどに長い。もしあの先に進むなら車両を降りて徒歩で行くしかないだろう。

 

 正直、逃げ道としては致命的な地形だと思う。砲撃によって峡谷が崩落すれば、ジャパリの奴らは岩の下敷きになって一巻の終わりだ。

 あんな場所から撤退を図ろうとしているのならば、ジャパリの奴らは本物のバカか、もしくは恐怖のあまり正気を失ったのだとしか考えられない。

 

 眼下に広がる谷間一面に硝煙が立ち込めている。なんとも焦げ臭いにおいが風に乗って嗅覚を刺激してくる。

 地面には無数の穴が開いており、さらに飛び散った岩石が細かく散らばっている。

 それらの傍らにはジャパリ側の物と思われる戦車が、煙を吹きながら何台も沈黙していた。

 見るも無残な敗北の様相だったが、こうなるのは当たり前だ。先ほどからシャヘル側の仰角射撃をありったけ浴びせられていたのだから。

 

 ・・・・・・そして見た。もはや命運尽きた生き残りのジャパリ兵たちが、狭い峡谷の間へと我先に敗走している姿を。

 いっぽうでシャヘルの戦車や歩兵は、フレンズ部隊に遅れる形で続々と到着し、峡谷の入口付近を完全に包囲しはじめていた。

 ジャパリ側はこれで袋のネズミとなった。

 

≪がっははははっ! 実に愉快だのうっ!≫

 

 勝利を確信したカルナヴァルの笑い声が、拡声器ごしに硝煙立ち込める戦場に広がっていく。

 どうやらカルナヴァルは部隊のさらに後方、旗艦である大型ホバー艦に踏ん反りかえりながら状況を品定めしているようだ。

 

≪愚かなるジャパリの敗残兵諸君に継ぐ! 今すぐその穴ぼこの中から出て来い! そして跪いて許しを請え! ・・・・・・さもなくば生き埋めにしてやるぞ!≫

 

 品定めを終えたカルナヴァルが、すぐさま脅すような口調で降伏勧告を始める。 

 だがジャパリの兵士たちは、奴の言葉をあたかも無視するように、なおも止まらずに峡谷の中へとなだれ込み続けている。

 

≪・・・・・・いいのだな! では死ね!≫

 

 それを受けて「チッ」と腹立たしげに舌打ちしたカルナヴァルの声色が変わった。

≪撃ち方用意ッ!≫

 射撃命令が下されると、立ち並ぶ戦車部隊の砲塔が一斉に上向き、頭上遥か高くにそびえ立つ断崖に狙いを付け始めた。

 

________待ちたまえ。 

 

 今にも砲撃が炸裂せんとする緊張感がその場に走った瞬間、あまりにも落ち着きはらった声がその場に響き渡った。

 拡声器を使った、しかしカルナヴァルのそれではない、もっと若い男の声だ。

 

 その声の主の居場所はすぐにわかった。

 峡谷になだれ込むジャパリの兵士たちがサッと左右に別れ、その間から1人の男が颯爽と前に出て来たのだ。

 黒づくめの軍服にロングコートを羽織り、片手に拡声器を携えているその男は、明らかに他とは別格の佇まいだと思った。

 

≪・・・・・・なんとなんと! ついに現れおったなヒルズ!≫

「お元気そうで何よりだ。”モザンビークの長老”・・・・・・いや今は”グレン・ヴェスパーの飼い犬”とお呼びするべきか?」

 

 ご機嫌な声を上げるカルナヴァルに対して、その男は痛烈な皮肉で返した。

 なるほど、奴がジャパリの総大将リクタス・ヒルズか。

 黒人のような肌と白人のような金髪碧眼を併せ持つその姿は、遠目からでもよく目立っている。風変わりではあるが、その容姿も佇まいも、まるで役者のような美丈夫だと思った。

 

≪・・・・・・無様だのうヒルズよ! ワシとお前と、随分と差が付いた物ではないか。新参者の分際でデカい顔をするお前がずっと気に入らなかった。 

 そしてカコ・クリュウもだ! 親の七光りしか取り柄がない小娘風情が、一番の古参であるワシを差し置いてパークの後継者面だ・・・・・・お前ら2人が落ちぶれて実に気分がいいぞ!≫

 

 カルナヴァルがパークを裏切ってグレン・ヴェスパーに魂を売った理由。

 そのおおよその思惑が本人の口から語られた。

 若くして自分より優れた人物に対する単純な妬み嫉みだ。そんなありきたりな感情が、奴を薄汚い裏切りへと駆り立てた。

 自分を磨くのではなく、相手を陥れることで上に立とうとする。俗物にありがちな行動だ・・・・・・やはりそんな程度の奴だったか。

 

≪さあワシに命乞いをしてみせよ! その生意気な顔を地面に擦り付けるのだ!≫

「いや、その必要はないさ」

 

 敗軍の将リクタス・ヒルズ・・・・・・得体の知れない男だ。いったい何を考えているのか。

 追い込まれたこの状況で、シャヘルの大部隊が取り囲む矢面に身を晒しているというのに、信じられない程に涼しげな表情だ。

 

「最後に勝つのは僕たちジャパリだ。僕は君たちに対して、いわば勝利宣言をするために出て来たのだ」

≪クククッ・・・・・・この状況がわかっていないのか? 恐怖のあまり気でも触れてしまったのか?≫

 

 だしぬけに「勝利宣言」とうそぶくヒルズに、さしものカルナヴァルも高圧的な態度を引っ込め、憐れむような声色で嘲笑をはじめた。

 ・・・・・・しかしヒルズの態度はあくまで本気だ。ハッタリや妄言の類にはどうも見えない。最早いっさいの勝ち目がなくなった詰みに等しいこの状況で、ジャパリの奴らはいったい何を仕掛けてくるつもりだ? 

 

「ああ・・・・・・そろそろだ。カルナヴァル。あなたにも聴こえるはずだ」

 

 ヒルズはそう言うと、涼やかな表情のまま顔を上げ、己の耳元に手を当てて耳を澄ませるような動作をしてみせた。

 カルナヴァルは変わらずバカにしたようにケタケタと笑っている。

 

≪ハハハハッ、何が聴こえるというのだ? 神のお告げか?≫

「まあ、そんなような物だ」

 

________ゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・!!

 

 とつじょ岩肌が揺れはじめた。

 ヒルズが意味深な事を口走った瞬間、見計らったようなタイミングで、辺り一帯で地震が発生したのだ。

 そこまで大した揺れではない。地面は細かく震えるように振動しているだけだ。土砂崩れが起きたりするようなことはないだろう。

 ・・・・・・だがその一方で、地鳴りの音が異常なまでに大きい。まるで地中で大量の爆薬が何百何千と爆発を続けているかのように、どくん、どくんと、鳴動を繰り返している。

 

「さあCフォースの諸君、後ろを見てみたまえ」

 

 ヒルズの言葉を聞くなりすぐさま後ろを振り返る。きっとその場にいる全員がそうしたものだろうと思う。

 そして衝撃的な光景を目にした。

 

(な、なんだと? こんなことって・・・・・・)

 

 僕らが来た道の、はるか頭上にあった険しい岩山のひとつから、赤い光が立ち上っている。

 昼間でも薄暗い黒雲に包まれていたはずの空を鮮やかに照らしている。

 

________ゴウンッ・・・・・・ゴウンッ・・・・・・

 

 火山が噴火している。

 急峻な峰のてっぺんから立ち上っている赤い光の正体は、紛れもなくマグマだ。さらに灰色の火山灰が天にまで達する勢いで立ち上っている。

 焔と泥のしみついた空・・・・・・まるで僕の愛するランボオの詩の一説のような情景だ。

 

 この星に宿る夥しいエネルギーの発露は、想像を絶するほどにすさまじいものだった・・・・・・こんなものを見てしまうと、地上の生物がいかに矮小であるかを身に染みて思い知らされるようだ。

 絶望的であると同時に、思わずその美しさと壮大さに目を見張ってしまう。

 何故こんなことになったのかは皆目見当がつかない・・・・・・だが、これだけは直感でわかった。

 地獄の釜の蓋が開いた。何かとてつもなく恐ろしいことが始まったのだ。

 

≪どど、ど、どういうことだぁ!? あれはお前らがやったのかぁ!≫

「・・・・・・そうとも。これが僕の勝利宣言だ」

 

 ずっと離れた山の頂で赤々と噴出するマグマは、なおも勢いを増し空中に四散し続けている。

 そんな物を見せられたカルナヴァルの動揺ぶりは、声だけしか聴こえなくても明らかだった。

 対するリクタス・ヒルズはあくまで冷静に、そして淡々と確信に満ちた言葉を続けてきた。

 

「驚くこともあるまい。元々このバトーイェ山脈はいつ噴火してもおかしくない場所だったのだ。最後に噴火したのはおよそ五百年前とされているが・・・・・・未だにまぎれもない活火山として公に認定されているよ」

≪だがお前らはどうやって火山を噴火させたのだ! たとえ核ミサイルを火口に落としたってそんなことは不可能なはずだ!≫

「それを可能にするのが僕らの逆転の切り札なのさ」

≪ふざけおって・・・・・・き、切り札だと!≫

 

「そう、サンドスターが持つ特殊なエネルギー変換効率を兵器に転用したものだ。破壊ではなく創造のための爆弾・・・・・・名付けてサンドスター・ボム、とでも言っておこう」

 

 ヒルズが得意げにネタ晴らしを始めた。

 サンドスター・ボム・・・・・・それはジャパリ側が密かに開発していたらしい秘密兵器の名前だ。そいつを地中奥深くで炸裂させることで、火山の噴火を誘発させたのだという。

 

 常識的に考えれば、火山の噴火には途方もなく膨大な時間とエネルギーが必要らしい。

 地下深くのマントルが溶けだして超高温のマグマになり、火山に少しずつ蓄積されていく。

 やがてマグマが許容量を超えると火口が開き、空気に触れることでマグマに含まれる水分が蒸発しガスと化す。それによってマグマの体積が急速に膨張し、地中から一気に吹き上がる。

 ・・・・・・というのが一般的な火山の噴火の仕組みだそうだ。

 

 このサイクルを自然に行うのであれば、数百、数千年単位の時間が必要らしい。

 噴火に要するエネルギーを爆弾の類でまかなおうとした場合、たとえ世界中の核兵器をかき集めようとも到底足りないのだそうだ。

 

 だがサンドスター・ボムはまったく新しい着想から作られた爆弾だという。

 一般的な爆薬のように自身が熱エネルギーを発するのではなく、他の物質と特殊な化学反応を起こして熱エネルギーを劇的に増殖させる効果があるらしいのだ。

 他の爆薬が足し算ならば、サンドスター・ボムは掛け算を行うものであると。

 

 ・・・・・・まったくワケがわからないが、とにもかくにも、バトーイェ火山に流れる少量のマグマがサンドスター・ボムに刺激されたことで活発化し、十倍にも百倍にも膨張した。

 そうすることで強制的に噴火させるまでに至ったというのだ。

 

「これで核ミサイルは封じた。グレン・ヴェスパーの核実験はもはや成功しないだろう」

≪・・・・・・な、なんだとォ! どういうことだ!≫

「わからないか? この規模の噴火だ。撒き上がる火山灰もさぞかし遠くまで達することだろう。たちまち大規模な電波障害が起きるはずだ」

 

 リクタス・ヒルズの狙い。

 それは火山灰を空中にまき散らすことで、周辺に電波障害を引き起こすことだったのだ。  

 核の投下予定地であるプレトリア郊外が、バトーイェ火山から数十キロメートルほども離れていようとも、数時間程度で火山灰の影響を受けるようになるそうだ。

 

 火山灰は極めて小さい粒のような物で、どこにでも入り込むのだという。通信機器等の内部に火山灰が侵入すれば、機器がショートし誤作動や電波障害を起こすようになると言われている。

 

 たとえプレトリア上空の成層圏に浮かぶスターオブシャヘルであろうと例外ではない。

 多少時間はかかっても、いずれは火山灰にまみれて通信機器に障害をきたすようになるという。

 そうすれば核ミサイルを狙った所に誘導することが出来なくなる。すなわちセルリアンの女王が誕生するための実験が失敗することを意味するのだ。

 

「出来ればサンドスター・ボムを使いたくはなかったよ。火山の噴火がもたらす周辺への被害は甚大だからね・・・・・・だが君たちに散々追い詰められたことで、もはやジャミング装置では目的を達成することが難しいと悟った。

 だから使用に踏み切った。現地住民の避難を行いつつも、極秘裏に部隊を動かして、時限装置付きのサンドスター・ボムを噴火口内部へと取り付けさせたのだ」

 

 説明を続けるヒルズの粛々とした顔を見て悟る。

 おそらく、スプリングボックが守っていた機密事項とはこれのことだったのだ。奴と遭遇した”裂け谷”の中で目撃した十数人の兵士たちは、サンドスター・ボムを人知れず設置するために動いていたのだ。

 ・・・・・・なるほど、スプリングボックが必死になって襲い掛かってきたのも頷ける話だ。ジャパリにとっては最後の希望である決戦兵器を守っていたのだから。

 

≪・・・・・・こ、このワシを本気で怒らせたなッ!≫

 カルナヴァルが口惜しさを跳ね除けるようにまくし立てる。

≪ヒルズよ! こうなったら、ワシの首を繋ぐためにお前の首を持ち帰らせてもらうぞ! 撃ち方用意!≫

 

 再び砲塔を動かし始めた戦車部隊に向かって、リクタス・ヒルズは薄ら笑いを浮かべながらまた一歩前へと出て「やめた方がいい」と手を掲げて制止した。

 

「死にたくなかったら僕らを撃つなどとは考えない方がいい」

≪ガハハハッ、随分と遠回しな命乞いをするものだな!≫

「・・・・・・やれやれ、後ろを見ればすぐに分かると思うがね」

 

 はるか後方ではバトーイェ火山が変わらず噴火を続けている。

 そして噴き出したマグマが岩肌を赤く染め、下方へと少しずつ流れ出て来ていた。あれは溶岩流・・・・・・火山の噴火には付き物の現象だ。

 マグマの流れる勢いはそれほど速いわけではない。だがあと何十分か経てば、そのうち必ず僕らのいる所にまで届くだろう。

 言うまでもなく、マグマに飲まれればあらゆる生物はひとたまりもない。

 

「お分かりいただけたかな? この付近では、僕たちが今いるこの峡谷が唯一の抜け道となる。

 ・・・・・・ということは、もし僕らを攻撃したことで峡谷が崩落してしまったら、君たちはどうやって溶岩流から逃げ延びるつもりなのかね?」

≪ぐ、ぐぬううっ! 生意気な若造が!≫

「さあCフォースの諸君、武器を捨てて降伏したまえ。そうすれば僕らの後にこの道を通って脱出することを許してあげよう」

 

 ヒルズが意趣返しのように降伏を勧告してきた。

 傍から聞いているだけの僕でも、状況を察することは簡単だった・・・・・・シャヘルはジャパリにまんまと逆転されたのだ。

 核実験を阻止するという「戦略的」な意味でも、シャヘルの侵攻部隊の動きを食い止めるという「戦術的」な意味でも、ジャパリは自分達のすべての目的を達成しようとしているのだ。

 

 やはりジャパリの連中は考えもなしに無茶な作戦を展開していたわけではなかった。

 状況を巧みに予測し、この展開を狙って僕らをここまでおびき寄せてきたのだ。

 愚かなカルナヴァルは功を焦るあまりまんまと罠にはまり、シャヘルの全軍をこの場に投入してしまった・・・・・・もはや引き返すことはできない。

 

「無駄な抵抗はしないことだ。峡谷内には前もって爆薬を仕掛けてある。僕らの安全を確保するためにね・・・・・・むろん君らが武器を捨てるなら使うつもりはない」

≪し、信じられるものか! ワシらを誘い込んでから起爆するつもりだろうが!≫

「信じるかどうかはそちらに委ねよう。もっとも裏切り者のあなたには、それが一番難しいことだろうがね?」

 

 ダメ押しのような一言が告げられる。

 カルナヴァルとしては、砲撃が使えないのならば、銃火器かもしくはフレンズに攻撃させる手段だって取れるのだろうが、今やすべての手が封じられてしまったのだ。

 溶岩流から逃れるためには、ヒルズの言う通り武器を捨てて峡谷に入らせてもらうしかない。

 もしくは砲撃を行って峡谷を崩落させ、奴らを道連れにマグマに飲まれるかだ。

 ・・・・・・降伏か死か、まさに究極の二択が突きつけられていた。

 

(終わりだ!)

(いったいどうすれば!)

 

 危機的な状況を悟ったシャヘル側に動揺が広がっていく。

 それでも降伏勧告を受け入れるかどうかは、現場の司令官たるカルナヴァルにすべてが委ねられている・・・・・・しかし奴からの返事はない。悔しそうに喉を鳴らし、決断しかねている声だけが聴こえて来る。

 そうしている間にも、溶岩流がゆっくりと確実に僕たちの背後に迫ってきていた。

 

________パァンッ!

 

 混迷きわまる空気の中、銃声がひとつ弾けた。

「ぐっ・・・・・・!?」

 撃たれたのはリクタス・ヒルズだった。奴の黒い軍服の胸元が赤く染まり、凛と立っていた姿が膝を付いて崩れ落ちた。

 撃ったのはシャヘル側の兵士の誰かだ。極限まで追い詰められ、恐怖に我を忘れた結果、勝手に体が動いてしまったのだろう。

 

≪だ、誰だァァァッ!! ワシは何も命令しとらんぞぉぉ! ワシの指示なく撃ったのはどこのバカだァッ!≫

 

 状況を悟ったカルナヴァルが弁明するも後の祭りだ。

 ヒルズの近くにいたジャパリの兵士たちが駆け寄って彼を抱き起し、自分達の将が撃たれたことを悟ると、敵意に満ちた瞳と銃口とをシャヘル側に向けてきた。

 ・・・・・・ヒルズがあんなことになってはもう交渉は決裂だ。

 これでシャヘル側は降伏することすら出来ず、マグマに飲まれる瞬間まで悪あがきをする他に道はなくなった。

 

 いつ戦いの火ぶたが落ちてもおかしくない。そう悟った僕は手のひらに念を送り、いつ何時でも槍を取り出して戦いを始められるように身構えた。

 

「・・・・・・だ、ダメだ! 早く逃げたまえ・・・・・・! やり返してはいけない!」

 

 胸から血を流すヒルズが、ヒュウヒュウと浅い呼吸を吐きながらも部下たちに呼びかけていた。

 致命傷を負ってもなお彼はこの場を取りまとめようとしているようだ。

 

 ギリギリの綱渡りをしているのはジャパリ側も同じなのだ。

 両陣営が降伏勧告を出し合うこの極限状況は、微妙な均衡によって何とか血を見ることなく済んでいる。

 その均衡がわずかでも崩れれば、仮に一発でも撃ち返したことによって、シャヘル側を刺激することになってしまい、砲撃によって峡谷が崩落するかもしれない。

 そのことを部下たちに伝え報復を思い留まらせようとしているようだ。

 だがジャパリの兵士たちは感情を抑えきれず、銃口を下ろすことに躊躇がある様子だった。

 

________ヒルズ将軍っ!!

 

 両陣営が一触即発な空気で睨み合う中、峡谷のてっぺんから人影がひとつ顔を出し、当たり前のように高所から飛び降りた。

 ふわりと音もなく着地すると、風のような素早さで、凶弾に倒れたヒルズの傍へと駆け寄っていった。

 異常な身のこなしから、その者がヒトではなくフレンズであるのは一目瞭然だった。

 

(つ、ついに出て来た・・・・・・!)

 

 すらっとした長身、二又に別れたボリュームのある橙色の長髪、そして何よりも体中に走る稲妻のような縞模様が、遠目からでも際立ってよく目立つ。

 その者の姿を見た瞬間、僕は全身が雷に打たれたような衝撃を受けた。

 ずっと探し求めていた相手が目の前に現れたからだ。

 

「大丈夫ですか!?」

「・・・・・・ふふ、よく戻ってきてくれたな」

 

 アムールトラは片膝を地面に付いてしゃがみ、心配そうな表情で己が大将に呼びかけた。

 兵士に抱えられながら答えるリクタス・ヒルズは息も絶え絶えといった様子だ。撃たれた胸からは酷い出血が続いている。

 今しがたまで銃を構えていたジャパリの兵士たちも、思わぬ援軍の登場には面食らったようで、銃口を下ろし固唾を飲んでアムールトラを注視していた。

 

「ご苦労だったなアムールトラ・・・・・・君がいたからこそ、ディザスター級セルリアンがうろつくこの危険地域において地元民を避難させることが出来た・・・・・・だから僕もサンドスター・ボムの使用に踏み切れた。見ての通り作戦は成功したよ」

「でも、将軍がこんなことになって・・・・・・どうしてですか? あなた自らがこんな前線に出る必要はなかったのに!」

「こうする他になかったのだ・・・・・・この状況を取りまとめシャヘルを降伏させるには、僕が交渉役を担うしか・・・・・・だがまあ、ケチな悪党の末路などこんなものか」

 

 アムールトラとリクタス・ヒルズの会話から、おおよそ状況を察することが出来た。

 どうやらアムールトラは今の今まで、ジャパリの布陣の中でも最後方に位置し、避難民の警護に当たっていたようだ。

 通信か何かで味方の危機を聞きつけ、今やっと前線に到着したということなのだろう。

 どうりで僕がさんざん探しても姿を現さなかったわけだ。

 

「・・・・・・あ、アムールトラ・・・・・・最後の命令だ」

 

 虫の息のヒルズが、アムールトラの肩の上に手を置きながら何ごとか語りかけている。

 アムールトラはその手を握り締め、彼の言葉に聞き入っているようだった。

 

「しんがりを勤めてくれ。皆をここから逃がしてやってくれ。君には本当に済まないと思っている。重役を押し付けてばかりでな・・・・・・だが、君にしかできないことだ」

「し、しっかりしてください!」

「君に未来をあずけるぞ・・・・・・君と、カコ・クリュウに・・・・・・」

 

 それきりアムールトラの肩に置かれた手がパタリと落ちた。

 戦場には再び一触即発の、嵐の前ぶれのような静寂が訪れる。

 膝をついて黙りこくっているアムールトラの背中が静かに震えているようだった。将の死に打ちひしがれるジャパリの兵士たちは、その後ろ姿を一心に見つめていた。

 

「全力を尽くします・・・・・・将軍」

 

 やがてアムールトラは近くにいた兵士たちにヒルズの亡骸を託した。

 ジャパリの兵士たちは、しゃがんだままのアムールトラをすがるような顔で一瞥すると、銃口を下ろして1人、また1人と峡谷の中に退散し始めた。

 すでに彼らの表情に戦意はない。ヒルズの遺言通り、アムールトラただ1人にこの場を任せることにしたようだ。

 

 ・・・・・・優れた将に率いられる軍隊は、将が死してなおも統率を失わないというワケか。

 しかしそれだけではなく、アムールトラにならば己の命を預けられると確信しているからこそ、彼らは逃げの一手を打つことが出来るのだろう。

 アムールトラの戦力はそれほどまでに信頼されているのだ。

 音に聞こえたその強さは一体どれほどのものか? 

 仮にクズリさんと互角だとするならば、状況をたった1人でひっくり返してしまうことだって十分にあり得る。

 

(ついにアムールトラと戦う時が来たか・・・・・・!)

 

 乾いた喉を生唾で潤す。僕の心臓が早鐘のように鳴っている。

 唯一の希望である進化促進薬はカルナヴァルに奪われたままだ。

 せっかく奴と戦える時が来たのに、こんなに口惜しいことはない・・・・・・だがここまで来たらもうやるしかない。

 

 撤退する兵士たちを後目に、アムールトラがゆっくりと立ち上がる。

 俯いていた顔が上がり、瞑っていた目がギンと見開かれた。

 

to be continued・・・




_______________Cast________________

哺乳綱・ネコ目・ネコ科・ヒョウ属トラ亜種
「アムールトラ」 
哺乳綱・鯨偶蹄目・ウシ科・ヤギ亜科・ヒツジ属
「メリノヒツジ」

_______________Human cast ________________

「リクタス・エレクタス・ヒルズ(Rictus Erectus Hills)」
享年30歳 性別:男 職業:国際的非政府組織「JAPARI」初代総司令官
「イブン・エダ・カルナヴァル (Ibn Edd Carnaval)」
年齢:67歳 性別:男 職業:国際的非政府組織「PARK」現代表

_______________Story inspired by________________

“けものフレンズ”  “けものフレンズ2”
      byけものフレンズプロジェクト

     “けものフレンズR”
      by呪詛兄貴
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