けものフレンズR あるトラのものがたり   作:ナガミヒナゲシ

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 主人公対決。


過去編終章27 「メリノのちょうせん」

 鳴動する火山。後ろから着々と迫る溶岩流。

 そして目の前には探し求めた最強の敵が立ちはだかっている。

 

 今の状況を言い表すのに適切な言葉がはやくも見つかった。

「前門のトラ、後門のオオカミ」というものだ・・・・・・比喩でも何でもなく字面通りだ。まったく上手いこと言えていない。

 

 まだアムールトラが攻めてくる気配はない。あたかも門番であるかのように、峡谷の入り口の中央で仁王立ちしている。

 ・・・・・・まあそうだろう。奴は亡きヒルズから「しんがり」を命じられていた。ジャパリ兵が峡谷を通って逃げるまでの間シャヘルを寄せ付けないのが役目。

 シャヘルが動かない限り、奴から仕掛けてくることはないと思われる。

 

 さて、カルナヴァルはどんな命令を僕らに下す?

 砲撃で峡谷を崩落させて、ジャパリと道連れになるか? それともフレンズ部隊をとりあえずアムールトラと戦わせるか?

 はたまた、いちかばちか溶岩流の隙間を縫って退散するために反転を命じるか? 

 ・・・・・・どうしたって部隊の指揮はすでに崩壊寸前だ。何故ならば既に作戦は失敗したからだ。

 ジャパリがサンドスター・ボムという秘密兵器によって引き起こした火山の噴火が、核ミサイルのレーダー誘導を阻害する。

 今さらシャヘルが何をしようがそれは覆らない。

 

 生き残ることも難しい。仮にアムールトラを退けることが出来たとして、峡谷の先に進もうとしたら、先に逃げていたジャパリ兵たちが峡谷を爆破する可能性がある。

 もし万が一生き延びたとして、重要な作戦を失敗させておめおめと逃げ帰ったカルナヴァルらをグレン・ヴェスパーが許すだろうか?

 カルナヴァル以下おもだった将官には厳しい処罰が下るものと思われる。

 

 兵士たちは誰もが破滅の予感に右往左往している。

 冷静さを保っているのは、感情があるのかどうかも不明な量産型フレンズ部隊だけだ。

 ・・・・・・とうのカルナヴァルからして、すでにまともな命令を下せる精神状態じゃないかもしれないな。

 もしそうであれば、こっちの判断で勝手に動くことも考えなくちゃならないだろう。

 

≪も、もの共聞けっ! たったいま朗報がもたらされたぞ! グレン様からの直々のご連絡だ!≫ 

 

 だがカルナヴァルは予想だにしない言葉を放ってきた。

 そして裏返えらんばかりの上機嫌な声色で、絶望に沈む部下たちを激励しはじめた。

 

 どうやらグレン・ヴェスパーからの通達があったようだ。

 まずひとつはコンピューターの計算の結果、火山灰はスターオブシャヘルの高度にまでは到達しないということだ。

 つまり核実験への影響はなく、核は予定通り明日正午、Cフォースの創設20周年記念式典中にプレトリア郊外に投下されるようだ。

 

 ・・・・・・本当にそうなのだろうか? 計算ならばジャパリ側だってしているはずだ。だからこそヒルズはあれほど自信満々だったと思うのだが。

 

 そしてグレンの言葉はそれだけではなかった。

 前線で戦ってくれたシャヘルの侵攻部隊を何とか脱出させたいと言ってきているらしいのだ。

 だが事はそう簡単にはいかない。溶岩が間近に迫るこの場所に救難機を寄越したところで、部隊を救出する猶予は残されていない。

 そのため侵攻部隊には、何とか自力で峡谷を通ってバトーイェ山脈を降りてほしいのだと。

 

 山を下りた先に広がる平野に、数機の大型爆撃機を向かわせておくとのことだ。

 もちろんジャパリの残党が先んじて平野を進んでいるであろうから、まずは奴らのことを爆撃によって殲滅させておく。

 下山したジャパリの残党を爆撃することはもはや容易だろう。天然の要害という地の利も捨てて、避難民という盾すら失ったのだから。

 そしてその後に、遅れて下山してくる侵攻部隊を出迎えて空路からの脱出を図るというのだ。

 

≪我々のためにグレン様が心を砕いてくださったのだ! 諦めるにはまだ早いぞ!≫

 

 あの冷徹なグレン・ヴェスパーが部下をそこまで目に掛けるとは意外だ。

 正直なところ、カルナヴァルの虚言のようにも聞こえる内容なのだが、奴のこの異様な喜びようは演技には思えない。迫真そのものだ。

 半信半疑の兵士たちとは裏腹に、カルナヴァルはすっかり安堵したようで高笑いを始めている。

 

≪・・・・・・さて、目下の敵はあの裏切り者シベリアン・タイガーだけだ。獣の相手は獣にさせるのが道理というもの。

 家畜共に命じる! シベリアン・タイガーを討ち果たせ! 数の暴力で押しつぶすのだ! そして峡谷に攻め込み、ジャパリの敗残兵どもを捕えるのだ!≫

 

 やはりこういう展開になったか・・・・・・と内心うなずきつつ身構える。

 カルナヴァルからしてみれば、この状況では機動力のあるフレンズ部隊を戦わせる以外にはないだろう。

 峡谷内にはまだ逃げるジャパリ兵たちがいる。奴らが残っている間は峡谷が爆破されることもないというわけだ。

 奴らを人質に取ることで、峡谷を通らなくてはいけない自分達の身の安全を確保するつもりだ。生き残る道は最早それしかないと思っているはずだろう。

 

 ・・・・・・さて、果たして奴の思惑通りに行くかな? 相手はあのアムールトラだ。何人犠牲者が出るかわかったものじゃない。

 だがカルナヴァルはヴェスパー親子同様、フレンズの命を顧みることはない。僕らの亡骸を高笑いしながら踏みつけて峡谷を通るつもりでいるのだろう。

 

「了解しました」

 

「死んでこい」と言っているに等しい冷徹な命令を、量産型フレンズたちはまばたき一つせずに二つ返事で受け止める。

 ・・・・・・こいつらには本当に感情がないのか。生きたいという意志が、死への恐怖がないのか。

 元はただのイヌやネズミだったはずなのに、生まれた頃からVR漬けにして育てられた結果、死を迎えるその瞬間まで盲従させられるしかない操り人形になってしまった。

 

 今後もこんなフレンズたちが作られ続けるのか。何匹ものイヌやネズミたちを犠牲にして・・・・・・いや、この分じゃいずれ他の種族も材料にされてしまう。

 ヴェスパーやカルナヴァルのような人非人にとっては理想の支配体制が確立したというわけだ。

 

________シュタタタタッ!

 量産型たちが一糸乱れぬ隊列で、岩肌をバッタのように飛び跳ねながら、アムールトラに向かって距離を詰めていっている。

 僕はアムールトラの出方を伺いつつ彼女たちの後ろに小走りで付いて行った。

 

「・・・・・・」

 

 向こうの方で対峙するアムールトラも、シャヘル側の動きに呼応するように、ゆっくりとした足取りで歩き始めた。

 不気味なほどに落ち着いた表情だ。とても1人で大部隊と戦おうとしているようには思えない。

 何も見ていないような、それでいてすべてを見透かしているような・・・・・・まるで神か仏のような顔をしている。

 敵への憎しみも、己の大将を目の前で殺された怒りも感じられない。 

 

 ・・・・・・しかし大したプレッシャーだ。

 まるで体が重圧に押し潰されていくようだ。突風を思い起こさせるクズリさんとは別種の迫力がある。

 奴が一歩踏み出すたびに確実な死が近づいてくる予感がする。開けた場所にいるはずなのに、壁際に追い詰められているような気分になる。

 

 かつて映像の中で見たアムールトラの戦いが脳裏に浮かぶ。

 竜巻のように暴れるクズリさんと対をなす存在。敵のあらゆる攻撃を受け流し、鮮やかな反撃で返り討ちにしてしまう。

 ・・・・・・映像ごしにただただ畏怖するしかなかった、あの静かなる巨岩が、今からこっちに向かって来るんだ。

 

(僕にとってアムールトラとは何なんだろう?)

 

 激突を前にして今さらそんな物思いに耽ってしまう。

 思えば奇妙な縁だ。アムールトラと対面するのはこれが初めて。

 向こうは僕の名前さえ知らないというのに、僕は奴のことをまるで長年の友人であるかのように色々知っているんだ。

 その理由とは、奴がただCフォース内で有名だからというだけではない。これまで僕の行く先々に、巨大な影として存在し続けてきたからだ。

 

 クズリさんが、スパイダーさんが、ヒグラシ所長が・・・・・・僕が関わったほとんどすべての人物が、アムールトラに対して口々に語った。

 最近では、戦場で出会ったパンサーが奴の現状を事細かに教えてくれた。

 奴に関する情報だけが蓄積していく日々の中で、僕は色々と想像を膨らませることしか出来なかった。

 

 トラのくせに命を奪うことに躊躇せずにはいられない、生まれつき病的なほどに優しい気性。

 にも関わらず、クズリさんと互角と言われるほどに強い。

 その優しさが故に、奴にとって戦いとは苦悩の連続だった。それでもなお戦いをやめられずにプレトリアまでやって来た。

 ざっと知っていることを列挙しても、アムールトラがいかに精神的に矛盾を抱えた存在であるかは明らかだ。

 

 僕がアムールトラを気に入らなかったのは一種の同族嫌悪だ。

 その肉食獣らしからぬ甘さや優しさは、イコール弱さであると信じていた。奴はトラのくせに、草食獣に似た精神を持っているように思えた。

 僕は自分の中にあるヒツジらしい部分を否定したかった。

 ・・・・・・と、つい最近まで思っていたのだが、どうやらそうではなかった。

 

 アムールトラに同族嫌悪を覚えたのは、何のことは無い。僕も奴と同じく精神に矛盾を抱えた存在だったからだ。

 ヒツジでありながらオオカミに憧れてしまうという矛盾・・・・・・己の中のヒツジをかなぐり捨てて、完全なオオカミになりたいと思っていた。

 だが強き草食獣スプリングボックとの死闘を通じて、草食獣の強さを思い知らされた。

 だから僕は自分の中のヒツジを受け入れることにした。 

 

 オオカミみたいなヒツジが居たっていい。だから優しいトラがいてもいいはずだ。

 もうアムールトラに同族嫌悪を覚えることはない。奴を否定することで、奴の中にいる僕を否定することはないんだ。

 後はただ余計なことを考えずに、奴と向き合って戦うだけだ。

 

(そうさ、僕にはもう・・・・・・)

 

 いろいろ考えていると、そのうち胸がいっぱいになってきた。

 イヴ・ヴェスパーの口車に乗せられてこのバトーイェ山脈にやってきた。

 だが進化促進薬を奪われた以上、僕が進化態へと成長することは出来なくなり、クズリさん達を救うことは出来なくなった。

 僕の願いはすべて露と消えた。だが逃げることも出来ない。ただ犬死の運命を強要されている。

 

 この絶望的な状況で、いまやアムールトラに会えたことだけが唯一の救いだ。

 待ち望んだ敵との戦いにすべてを出し切って、誇り高く死にたい。それだけが僕の・・・・・・

 

________シュタァァンッ!

 

 意を決した僕は、虚空から取り出した槍を地面に突き立て、能力によって柄を伸ばして上空に飛び上がった。

 宙を舞う僕の体からはいつの間にか金色の光が漏れ出している。無意識のうちに野生解放していたようだ。

 この心も体も、戦いへの渇望に煮えたぎっている・・・・・・僕は戦士だ。そのことに草食だの肉食だの関係ない。

 

「アムールトラァァァァッッ!!」

 

 前方を走る量産型フレンズたちを見る間に追い越して、いの一番に奴へと挑みかかる。

 上空から怒鳴り付け存在をアピールするが、奴は僕を見上げることすらしない。相変わらず何も見ていないような無我の表情だ。

 そうだろうな・・・・・・残念ながら、僕は奴にとっては大勢いるザコの1人に過ぎない。

 

「僕と戦えよッ!」

 

________チュドッッ!!

 

 空中で身を翻し槍を投げつけた。

 ・・・・・・こんな攻撃など簡単に躱されてしまうだろう。それは最初からわかっている。

 ほんの挨拶だ。僕の存在と意志をアピールするための一撃だ。

 

 野生解放で強化された筋肉と、落ちる勢いとを組み合わせた渾身の投げ槍が地面に突き刺さると、大砲もかくやと言わんばかりに岩肌に亀裂を走らせ、あたりに粉塵をまき上げた。 

 

 槍を追うように着地し、岩肌に深々と刺さった穂先を引き抜く。やはり避けられてしまったようだ。それどころかアムールトラのことを見失ってしまった。

 粉塵が舞ったのはごく一瞬のはずだったが・・・・・・ほんのわずかな間に、奴の姿は影も形も無くなっていた。

 

「どこだ! 出て来い!」

 反撃を警戒しながら咄嗟に槍を構え直す。だが気配がしない。

 不審に思いながら背後を見やると、量産型フレンズたちも同じように奴の行方を捜しているのが見えた。

 

 一体どこに隠れたのだろう? 

 峡谷の手前に広がるこのなだらかな地形には色々な遮蔽物がある。

 シャヘルの砲撃によって破壊され乗り捨てられたジャパリ側の戦車や、その周囲に散乱する大小さまざまな岩石が転がっている。

 どこも隠れ潜むには十分な場所だと思われる・・・・・・しかし、そのいずれにもアムールトラはいないようだった。

 

 ・・・・・・そして、その場に取り残された僕らに痺れを切らしたような空気が広がっていく頃。

 

________ズドォォォォンッッ!

 

「なにっ!?」

 ずっと後ろの方で爆音が弾ける。

 慌てて振り返ると、衝撃的な光景が眼前に飛び込んできた。

 後方で包囲陣を敷いていた戦車部隊の中の一台が垂直に飛び上がっていたのだ。そして何十メートルも上昇した後、重力に引かれてまた落下した。

 

 岩肌に叩きつけられた車体が爆発する。

 ・・・・・・その傍にアムールトラの姿を見つけた。

 炎に包まれる戦車に照らされて、さっきと同じような静かな佇まいで立っていた。

 あり得ない。いきなり姿を消したと思ったら、いつの間にかあんな所にまで移動していたのだ。

 いったい何をした? なぜ誰も奴の動きに気付かなかったんだ?

 

≪こ、こ、殺せええ! 奴を殺せえ!≫

 

 カルナヴァルの絶叫と共に、辺り一帯に蜂の巣をつついたような大騒ぎが始まった。

 人型サイズの敵にああまで接近されては戦車は役立たずだ。歩兵が対応するしかない。しかし兵士たちではアムールトラを照準に捉えることは出来ない。

 

 無数の銃撃音がむなしく空振りするさなか、誰にも捉えられないアムールトラが一台、また一台と戦車を破壊していった。

 手刀で砲塔ごと真っ二つに切り裂いてみたり、ずっと向こうの方まで車体を殴り飛ばしてしまったり、そんなことを一瞬でやってのけているのだ。

 目を疑うほどの様相。現実離れした怪物的な強さ・・・・・・ヒルズが後のことをアムールトラたった1人に託したのもこれなら頷ける。

 

 ・・・・・・時折、奴の姿が目に止まった。

 アムールトラは何もずっと目にも止まらぬ速さで動き続けているわけではない。攻撃と攻撃の合間には小休止があるのだ。

 さっきからそうであるように、ゆっくりとした足取りで歩いているようにしか見えなかった。

 

 だが気が付くとまたどこかへ消えていた。

 目を皿にして注視しているはずなのに、いとも簡単に見失ってしまってしまうのは何故だ?

 そして新たな戦車が爆発するのを目にすることで、ようやく奴が動いたことを悟るのだった。まるで止まった時間の中を奴だけが動いているようにさえ感じる。

 

 アムールトラの動きを見切ることは出来なかったが、奴の進行方向だけなら遠目から見ていても察することが出来た。

 奴は明らかにシャヘルの包囲陣の一番後方に向かって一直線に突き進んでいる。

 包囲の最後尾にはカルナヴァルが座するホバー艦がある。

 

 狙いは一目瞭然だ。アムールトラはカルナヴァルを捕まえようとしているのだ。それによって侵攻部隊を完全に降伏させるつもりだろう。

 峡谷内を逃げるジャパリの仲間たちを守るためにはそれがもっとも確実だからだ。

 

≪か、家畜共ぉぉ! 何をしているか! 早く戻ってシベリアン・タイガーを仕留めろ!≫

 

 己に迫る危機を悟ったカルナヴァルが絶叫する。

 まったくバカな指示をするものだ。量産型部隊を全員戻したりしたら、峡谷内を逃げるジャパリの兵士たちを一体どうやって捕まえるつもりだ?

 せめて部隊を二分割して、半数は峡谷内に攻め込ませたりすればいいものを・・・・・・もはや恐怖のあまり正常な思考が出来ないのだろうな。

 

 だがどんなに愚かな命令にも、量産型フレンズたちは盲従するしかなかった。

 全員が弾かれたように震えると、いっせいに後ろを振り返り、例によって一糸乱れぬ動きで再びアムールトラに向かっていった。

 

≪メリノヒツジ! 進化促進薬がワシの手の中にあるのを忘れていないだろうな! 命を懸けてワシを守れ!≫

 

 従順な量産型フレンズたちとは違って、面従腹背の可能性があると疑っている僕に対しては、カルナヴァルは別途おどしをかまして来るのだった。

(守れだと? ふざけるな・・・・・・お前みたいなゴミは僕がこの手で殺してやりたいよ)

 反吐が出そうになるのを我慢しながら、量産型たちと共に走った。

 

 量産型フレンズ部隊は足が速い。攻撃の瞬間以外はゆっくりと歩いているアムールトラにやがて肉薄していった。

 それに呼応するように、歩兵たちやまだ破壊されていない戦車が一斉に後退し、カルナヴァルのホバー艦を守るようにアムールトラから距離を取り始めた。

 

 今度こそアムールトラと量産型フレンズたちの肉弾戦が始まろうとしていた。

(まずいな・・・・・・)

 予想するまでもなくわかる。アイツらではアムールトラには勝てっこない。数で攻めて何とかなるような相手ではない。

 量産型は命を賭した集団攻撃を仕掛けて散っていくことになるだろう。

 

 さすがの僕も胸糞が悪くなってくる。

 もちろん量産型フレンズたちなどに情はない。行動を共にして間もないし、だいいち会話すら交わしていないからだ。

 だが彼女たちがどのようにして生み出されたかは知っている。

 自分の意志で戦っているわけでもないのに、ワケがわからないまま殺されるなんて、そんな不幸なことがあっていいのだろうか。

 

 だが今さらどうしようもない話。

 量産型フレンズたちからしてみれば、ヴェスパー親子のような存在に生み出されてしまった時点で運の尽きなんだ。

 だったらアイツらに僕が出来るせめてもの手向けは・・・・・・

 

(あわれな人形ども、僕も一緒に死んでやるよ) 

 

________シュタタタタッ!

 

 上方から、また左右から、量産型フレンズたちがフォーメーションを組んでアムールトラに飛びかかっていく。

 その連携は完璧だ。いっけん同時に仕掛けているように見えて、実際は攻撃のタイミングを絶妙にずらしており、敵にとっては防御も回避も難しいコンビネーションを実現させていた。

 それなりの相手には通じる攻撃だろうと思われた。

 

 だがアムールトラは、背後から襲い来る量産型たちに見向きもしないまま、コンビネーション攻撃をことごとく躱し続けた。

 背中に目が付いているわけでもないだろうに、どうしてそんなに何もかも見切ることが出来るのだろう。

 

________ドキャッ! グシャッ!

 

 何度かの攻防の後、量産型フレンズが2人ほど地に伏していた。アムールトラは躱しきれないと思った攻撃だけ迎撃したようだ。

 1人は片足があらぬ方向に折れ曲がり、もう1人は肋骨を砕かれたらしく口から吐血してうずくまっていた。そんな有様だったがどうやら死んではいない。

 戦車を山の向こうまで殴り飛ばしてしまうアムールトラの腕力から考えても、あきらかに手心を加えたものと思われる。

 天と地ほどの実力差があればこそ、手加減することだって自由自在なのだ。

 ・・・・・・奴が本気を出したら量産型たちを一瞬で皆殺しに出来るのだろう。音に聞こえた奴の優しさがいまや恐怖でしかない。

 

 僕も何度か飛び道具を投げつけて量産型たちを援護した。

 奴らのコンビネーション攻撃の邪魔をしないように、しかしアムールトラにとっては躱しにくいであろうタイミングをギリギリまで伺ったつもりだった。

 だがそれも難なく躱されてしまっていた。

 

 掠り傷ひとつ負わないアムールトラは、僕らの攻撃を躱しながらも、カルナヴァルがいるホバー艦へと着実に歩みを進めていた。

 わかっていたことではあるが・・・・・・強すぎる。さすがはクズリさんのライバルだ。まるでゾウに群がるアリになった気分だ。 

 絶望的な気持ちのまま奴に走りより、次なる一手を思案し始めたその瞬間だった。

 

________ドウンッ! ドウッ! ドウッ!

 

 予想だにしなかった轟音が離れた所から鳴り響く。

 アムールトラから距離を取っていたシャヘルの戦車隊から再び砲撃が放たれた。

 フレンズ部隊がいるにも関わらず、奴らはお構いなしに撃ってきたのだ。僕らもろともアムールトラを仕留めようとしているようだ。

 

(糞ニンゲンども・・・・・・! 地獄に落ちろ!)

 カルナヴァルの指示なのだろう。一瞬でもアムールトラの注意を引くための単なる囮として僕らを犠牲にしようというのだ。

 ヴェスパーやカルナヴァルは、量産型たちの命なんてどこまでも安く見ているのだろう。足りなくなったらまた作れば良いと思っているんだ。

 

________ドチャアッッ!

 

 量産型フレンズの中の1人が、鮮血をまき散らしながら僕の目の前で倒れた。

 そいつは腹から下がなかった。戦車砲に貫かれて、上半身と下半身が分かたれてしまったようだった。

 茶色くて大きな三角形の耳をしているが、額は白い。そして長い胴体に短めの手を生やしている・・・・・・ああ、コイツはきっと元イヌなんだな。こういう特徴を持った犬種を写真か何かで見た。

 こんな呪わしい身の上に生まれていなければ、どこぞのヒトに飼われて幸せな人生を送ったのかもしれない。

「い、痛いよ・・・・・・」

 そう断末魔をこぼしてそいつは事切れた。

 

 またも砲撃が鳴り響く。

 ちょうど僕のすぐ横にいる量産型フレンズが、火を吹く砲塔の真正面にいた。

 

「やめろおおおっ!」

 

 僕はたまらずそいつを庇うように覆いかぶさった。

 そして目を閉じる。そいつの盾になって引き裂かれる自分自身の姿が脳裏に浮かぶ。

 僕の人生とはいったい何だったのだろう、なんて諦念を巡らせる余裕すらないぐらい、一瞬ですべてが消えて行くような気がした。

 

「な・・・・・・!?」

 

 だが僕や、僕が庇った量産型フレンズはまだ五体満足のまま生きていた。

 不審に思って顔を上げ振り返る。

 

「あ、アムールトラ!?」

「・・・・・・」

 

 奴が僕のすぐそばに立っていた。

 そして高々と掲げられた奴の片手には驚くべき物体が握られていた。

 こちらに向けて発射されていた、子供の背丈ほどの大きさを誇る円錐形の戦車砲弾を、奴は素手でいとも簡単に受け止めていたのだ。

 

________ブォンッッ! ドッガアアアンッッ!

 

 驚きはそれにとどまらない。

 アムールトラは受け止めた砲弾を戦車に向かって投げ返していた。最早ただの投擲物にしか過ぎないそれは、火薬による推進を超える勢いを持っているように思えた。

 投げ返された砲弾が直撃すると、車体が火を吹いて横転した。

 

________ダダダッッッ!

 

 アムールトラの動きが変わった。

 先ほどまでのゆっくりとした歩調ではなく、カルナヴァルがいるホバー艦に向かって猛然と突進を始めたのだ。僕らフレンズ達との距離がどんどん離れていく。

 ホバー艦を守る戦車隊が雨あられとアムールトラに砲弾を降らせたが、奴は剛腕によってそれらをすべて打ち払ってしまっていた。

 あらゆる攻撃を物ともせず突き進む後姿はまるで雪崩のようだ。周囲すべてを押し潰してしまうかのように巨大で圧倒的だった。

 

「う、うわあああっっ!!」

 

 やがてシャヘルの兵士たちの動きに変化が見えた。

 少数だったが逃走を試みる兵士が現れ出したのだ。奴らは半狂乱で泣き叫び、銃を捨てて峡谷に向かって走り出していた。

 無理もない。前方からはアムールトラが迫り、後方からは溶岩流が迫ってきている状況だ。

 正気を保っているのが難しいほどの恐怖に襲われた結果、ついに心のタガが外れてしまったのだ。

 

≪貴様ら何をしておるか! 敵前逃亡は銃殺刑だぞ!≫

 カルナヴァルがまた面白いことを言っている。

 銃殺刑でも何でも好きにやればいいじゃないか。それでお前を守る兵士が1人もいなくなったらどうするつもりなのか知らないが。

 

 ・・・・・・この戦場はこれ以上持たないだろうな、と思った。

 アムールトラたった1人に良いようにやられて壊滅する未来が見えている。

 その証拠に指揮系統が崩壊し、少しでも後先考える頭がある兵士たちから先に逃げ出しはじめている・・・・・・だが、逃げる自由はヒトだけのものじゃない。

 フレンズだってそうしてもいいはずだ。

 

________バキィッ!

 

「お前ら、いい加減に目を覚ませよっ!」

 健在な量産型フレンズたちは、相も変わらずアムールトラに攻撃を仕掛けようとフォーメーションを組もうとしていた。

 僕はそんな彼女たちに横から割って入り、数名を殴り倒して陣形を崩させると、割れんばかりの大声で叫んだ。

 

「お前らごときではアムールトラに勝つのは無理だ! もう向かっていくな! 峡谷の方へ撤退するんだ!」

「で、でも、敵から逃げてはいけないって・・・・・・」

 

 1人がそう言葉を返してくる。とりあえず言葉は通じているみたいで安心する。

 彼女が言っているのはまさしく”オーダー”が課した逃亡禁止命令だ。VRによってそれが当たり前であると本能に刷り込まれているのだろう。

 ただオーダーを復唱しただけ。それが量産型フレンズと初めてまともに交わした言葉かと思うと、コイツらのことがなおさら憐れに思えて来る。

 

「逃げるわけじゃない! 戦術的撤退だ!」

 

 オーダーによって刷り込まれた逃亡禁止命令の効果は絶大なものだ。

 量産型たちの中に「逃げよう」という意志が現れたが最後、発動したオーダーによってすぐさま意識を失わせられてしまう。

 それを防ぐためには、逃亡とは異なる目的へとコイツらを誘導する必要がある。

 

 そう思った僕は、もっともらしい嘘をつくことにした。

 コイツらは自分で物事を考えたことはない。純粋そのものであり、他人の言葉にもっとも騙されやすい存在であるはずだ。

 ・・・・・・嘘も方便。僕の好きな言葉だ。

 

「先に撤退した兵士を護衛しつつお前らも離脱しろ。次の戦いに備えるために死者をなるべく少なくするんだ」

「そ、それは命令ですか? 私たちに命令するあなたは、いったい誰ですか?」

「・・・・・・僕の名前はメリノヒツジ。今から僕がお前らの隊長だ」

 

 出し抜けに隊長を名乗り始めた僕を見て、量産型たちはキョトンとしている。

 だがこれは嘘じゃない、と少なくとも自分の中では思っている。

 本当の隊長であるスパイダーさんは不在であり、臨時で彼女の後を継いだディンゴは死んでしまった。

 彼女たちの抜けた穴を埋められるのは、もう僕しか残っていないはずだ。

 

「僕がお前らの行動すべてに責任を持つ。まずは撤退だ。命令は後で下してやる」

「わ、わかりました! メリノヒツジ隊長の命令に従います!」

 

 僕のことを食い入るように見つめていた彼女たちは、ようやく合点がいったようにコクコクと頷いた。

 

「さっさと行け。僕は野暮用を済ませてから、後からお前らを追いかける」

 

 僕に向かってお辞儀した量産型たちが、負傷して動けなくなった仲間たちを抱えながらパパッと退散を始めた。足の速いコイツらなら溶岩流からも何とか逃げられるはずだと思いたい。

 カルナヴァルは眼前に迫るアムールトラに恐怖するあまり、量産型たちの動きに気が付いてすらいないようだ。

 ・・・・・・さあ、これでようやくお荷物どもがいなくなった。

 後はたった一人で思う存分アムールトラに挑むとしよう。僕のすべてを出し切り、戦士の生き様を全うしてみせる。

 

 僕は量産型たちに一度ならず二度も嘘をついた。

 後から追いかけると言ったが、本当はそんなことをするつもりはない・・・・・・一緒に逃げることも出来るのだろうが、僕がその選択をすることはあり得ない。

 なぜなら僕は彼女たちとは違って、自分の意志で戦ってきたんだ。最後までその意志を貫かなくてはいけない。

 それが助けられなかった仲間たちと、命を奪った敵に対する、僕なりのけじめってやつだ。

 

________ズドォォンッッ!

 少し離れた所で砲弾が繰り返し岩肌を抉っている。 

 どうやらアムールトラの奴はさっきまでと違う動きをしている。

 ホバー艦に向かって突進していたはずだったが、ある地点から前進するのをやめており、同じ場所でひらりと砲弾を躱し続けているようだ。

 もはやカルナヴァルを捕えるよりも、弾薬を無駄に消費させることでシャヘル側の戦意を削ぐ方が手っ取り早いと思ったのかもしれない。

 

 シャヘル側からはますます多くの逃亡兵が続出している。

 アムールトラは武器を捨てて降伏の意を示す相手には見向きもしない。明らかにわざと見逃している。

 時間が経てば経つほど後ろから溶岩流が迫って来るこの状況では、アムールトラが何もしないでもシャヘルは追い詰められていく。

 どんなバカでもそのうち降伏するしかないことを悟るはずだ。

 

 あれほど大量に配備されていた戦車がもはや半分近く破壊されているようだった。

 火を吹いて沈黙する戦車たちの影から影へと移動を繰り返し、背後からこそこそとアムールトラに近寄っていく。

 

(・・・・・・さて、どう攻めたものだろう?)

 アムールトラの馬鹿げた戦闘能力はすでに拝見させてもらった。

 身体能力も技量も、僕とはまるで開きがある。だが何よりも奴の強さを支えているのは、その異常なまでに鋭敏な”見切り”だろう。

 それによって敵のどんな攻撃をも防ぐか躱すかしてしまう。その後に反撃で敵を仕留めるのが奴の戦闘スタイルってわけだ。

 

 まともに挑んでも掠り傷すら付けられずに秒殺されるのがオチだろう・・・・・・それはさすがに嫌だ。せめて手傷の一つでも負わせてから散りたい。

 そのためには、アムールトラを持ってしても見切れないような攻撃を繰り出す必要があるが、そんなことが果たしてこの僕に出来るのだろうか。

 

 正攻法では敵わない・・・・・・ということは、僕が取るべき手段はひとつ。

 罠を張るんだ。

 クズリさんと戦った時と一緒だ。実力ではるかに勝る彼女に僕が一撃加えられたのは、二本目の槍という罠を懐に忍ばせていたからだ。

 今こそ僕は原点に立ち戻るんだ。狡猾で、卑劣で、意地汚い、もっとも僕らしい戦い方に・・・・・・

 

「僕を忘れるなっ!」

 

 意を決して破壊された戦車の影から飛び出し、降り注ぐ砲弾を回避し続けているアムールトラに向かって叫んだ。

 奴はやはり僕に見向きもしない。

 

≪メリノヒツジ! シベリアン・タイガーを足止めしろ!≫

 

 僕の姿を見つけたカルナヴァルがそんなことを命令してくる。足止めをやらせて、僕ごとアムールトラを撃つつもりなのだろう・・・・・・

 いい加減に黙れと内心吐き捨てる。今さらお前の言うことなんか聞くわけがない。

 これは僕の戦い。誰に命令されたわけでもない。

 

「くらえっ!!」

________シュカカカカカッッ!

 

 アムールトラに向かって投げつけたのは、あらかじめ能力によって生成しておいた無数の投げナイフだ。

 一本として当たりはしない。まるで霧か何かに投げつけたかのようにアムールトラをすり抜けていく。

 そして奴の背後にあった戦車や岩なんかの障害物に刺さって止まった。

 

(くくくっ、そうでなくては) 

 

 予想通りの動きを見せるアムールトラに思わず笑みが止まらない。

 ここからが作戦の第二段階だ。

「うおおおおっっ!!」

 砲弾が落ちる中、アムールトラ目掛けて槍を構えて突っ込んでいく。

 我ながら、まるでスプリングボックを真似したような猪突猛進だと思った・・・・・・なかなか気分がいいものだ。これが生まれ持った角獣の性ってやつか。

 

________ブォンッ!

 大振りな突きを繰り出すが、これも敢え無く避けられてしまう。

 アムールトラは最小限の動きで穂先を躱し、槍の柄スレスレを縫うように前進していた。そして気が付いた時には僕の懐に潜り込んでいた。

(・・・・・・く、来る!)

 命の危険が迫った時、いつだってこんな感覚を覚える。

 世界が灰色になり、時間の進みが急激に遅くなる。死の恐怖に体が硬直し、無意識のうちに感覚が鈍磨してしまった結果だ。

 

________・・・・・・

 

 目にも止まらぬパンチが僕を捉えた。衝撃音すら聴こえない・・・・・・それでも体がものすごい勢いで吹き飛ばされていく感覚だけはわかった。

 

(かかったな!)

 内心思わずほくそ笑んだ。すべて計画通りに行った。

 尋常な攻撃は通用しない。そう思って考え出した対アムールトラ用の武器。

 それは”糸”だ。

 

 限りなく細く、見えづらく、そして切れ味鋭い。そんな糸を能力によって生成していた。

 投げナイフの柄と一体化させた状態でだ・・・・・・つまりあれらのナイフは、糸を周囲に張り巡らせるためのアンカーとして投げたのだ。

 糸の長さには細心の注意を払った。

 ピンと張らせるのではなく、たわんで地面を伝うような長さにしていた。

 

 地面を伝う糸の片隅は、僕が持った槍に繋げていた。

 そんな状態でわざとアムールトラに殴られに行った。位置取りもいい。上手く吹っ飛ばしてくれたものだ。

 

 僕が殴り飛ばされたことで、アンカーと僕との距離が長くなる。

 そうすれば地面を伝っていた糸が立ち上がり、空中で一気に張り詰め、アムールトラを切り刻むはずだ。

 

 アムールトラが相手の攻撃をことごとく見切ってしまうカラクリ。

 それはおそらく攻撃する意志を事前に察知しているからだと考えられる。

 ところが糸に意志なんて物はない。僕が糸を操作したわけでもない。アムールトラが僕を殴り飛ばしたことで勝手に張り詰めたんだ。

 意志を持たない攻撃ならば見切ることは出来ないはず。

 

 どうだアムールトラ・・・・・・これが僕が仕掛けた罠の全容だ。

 少しでも傷を負ってくれたなら、意地を見せつけることが出来たというものだ。

 

________ガシィッ!

 

(な、なにっ!?)

 ・・・・・・とんだぬか喜びだった。

 縞模様の走る橙色の剛腕が、僕の首根っこを鷲掴みにしていた。

 アムールトラは、物凄いスピードで地面と平行に吹き飛ぶ僕を、それ以上のスピードで追いかけ捕まえてみせたのだ。

 そして残念なことに、やはり掠り傷すら負ってない。

 

 奴の一撃を喰らった僕はもう助からないと思ったが、どうやらまだ生きている。

 下腹部に猛烈な痛みと不快感を感じるが、命にかかわるようなダメージではない。

 手加減されてしまった。僕は奴にとって本気に値する相手ですらなかった。

 

 それにしても妙だ。最初から罠を見抜いていたわけではあるまい。だったら不用意に僕を殴り飛ばさず、それ以外の方法で仕留めたはずだ。

 遅れて罠の存在に気付いたからこそ、慌てて僕を追いかけ拘束したのだ。

 

 いったい僕の行動のどこにミスが? ひょっとして、何時ぞやの時のように顔に出てしまっていたか? 

 ・・・・・・今となっては何もわからない。

 どうやったらアムールトラに傷を付けられたのか。そもそもこの僕に、万にひとつもそんな可能性があったのだろうか・・・・・・

 蓋を開ければこんな結果に終わってしまった。

 アムールトラの強さは想像以上のそのまた上を行っていた。正面から、小細工抜きで、完膚無きまでに叩きのめされた。

 

「くくくっ、あははははははっ! アンタには負けたよ!」

 

 バカに愉快になってきて、ワケがわからずケタケタと笑いだす。

 アムールトラに傷を負わせることすら出来なかったが、悔いは残ってない。僕なりにベストは尽くした。けじめは付けられたはずだ。

 すべてを出し尽くした後に残ったのはこれ以上ない満足感だけだった。

 

「・・・・・・何がそんなに楽しいの?」

 

 アムールトラがボソリとつぶやいた。

 鷲づかみにした僕のことを、その静かな瞳で見つめて言葉をかけてきているのだ。

 初めて僕を見て、初めて話しかけてきた。  

 

「ふん、アンタは楽しくなさそうだな?」

「楽しいわけない。終わらせたいだけだよ・・・・・・こんなこと、一秒でも早く!」

 

 アムールトラの返事を聞いて尚更おかしくなってくる。

 戦うことがそんなに嫌いな癖に、どうしてそこまで強くなれたんだ? 

 コイツが抱えている矛盾は僕の比ではない。一挙手一投足がアベコベで馬鹿げている。難解な名著のごとくだ・・・・・・もしかしたら、この矛盾があるからこそ、こんなにも強いのかもしれないな。

 本当に面白い。興味を惹かれるフレンズだ。

 クズリさんがどうしてコイツに執着していたのか、今となってはその気持ちがよくわかる。

 

「僕はアンタに負けた。早く殺してくれ」

「・・・・・・いやだ」

 

________ドシャ

 アムールトラは言うなり僕を放した。

 自由になった体が地面を寝転がる。頭だけ上を向くと、早くも踵を返して僕から遠ざかろうとしている奴の姿が見えた。

「お、おい待て! 僕にトドメを刺していけ!」

「・・・・・・」

 慌てて呼び止めようとしても敢え無く黙殺されるだけだった。  

 

 これじゃ台無しだ。

 武士の情けとか、そういうカビ臭いことが言いたいわけじゃない。

 僕は今の良い気持ちのまま終わりを迎えたいんだ。このまま放置していくなんて残酷にも程があるってものだ。

 

「ふ、ふざけるなよアムールトラぁ! どこまでバカにするつもりだ!」

 

 槍を支えにしながら両足を踏ん張って立ち上がる。

 そして奴の後姿めがけて突進しようとした瞬間、急激に頭がくらっとしてきた。

 ・・・・・・何かがおかしい。どうしてこんなに息苦しい? 体に力が入らない。顔じゅうに脂汗が湧いてきている。

 気を抜いたらまた倒れてしまいそうだ。

 

「・・・・・・君はもう戦えない」

「ぼ、僕に何をした!?」

「少しの間、まともに呼吸できなくさせた。そういうツボを突いた」

 

 アムールトラが振り返らないままネタ晴らしして来た。

 ついさっき僕を吹き飛ばした一撃には、呼吸器系を麻痺させる効果があったようだ。完全に息の音を止めるわけではなく、おおよそ半分くらいの機能しか発揮できなくさせたのだと。

 立って歩いたり喋ったりすることはできても、戦うことなど急激に酸素を消費するような激しい運動はできなくさせたらしい。

 

「ぐうっ・・・・・・! これがアンタの”先にある力”ってわけか!?」

「違うよ。これは私が尊敬している師匠の技。朔流空手だ」

「さ、さくづき、りゅう、だと・・・・・・?」

 

 やはり身体能力に優れたネコ科フレンズの戦い方は徒手格闘に落ち着くらしい。 

 あのパンサーがカポエイラを使っていたように、アムールトラは空手を使うようだ。

 メジャーな格闘技であるわけだし、僕も知識レベルでは知っている・・・・・・しかし「朔流」というのは聞いたことない流派だ。

 空手にはこんな魔術じみた流派があるのかと、にわかには信じがたいが、その技を身をもって体験した今では信じざるを得まい。

 ・・・・・・それにしても、アムールトラの師とはどんな空手家なのだろう。こんな強い弟子を育てるとは、途轍もない達人であるに違いない。

 

 下腹部には猛烈な気持ち悪さが残っていて、激しく動き回ろうものならば、気持ち悪さが全身に回って意識を持っていかれそうになってしまう。

 だがこうして立ち止まっている分にはいくらかラクになってくる。

 

「僕に情けをかけるのか!? やっぱりアンタは甘ちゃんなのか?」

「・・・・・・君を殺す必要はなかった。それだけだ」

 

 アムールトラの思惑は、いかに戦死者を最少に留めながら、手っ取り早く目的を達成するかということだったのだ。

 確かに、圧倒的な強さがあるにも関わらず、ずいぶんと勿体付けた戦い方をしていたものな。

 戦車を何台も破壊してみせたと思いきや、降参する兵士はわざと見逃してみたり、降り注ぐ砲弾に対して回避に徹してみたり・・・・・・

 

 それは甘さとはまったく違う。殺すべき相手は躊躇なく殺す覚悟が奴にはある。

 殺すべき対象をあらかじめ見定めて、目的のためにあらゆる感情を廃して、マシーンのごとく冷徹に行動していたのだ。

 

(・・・・・・な、なんて完璧な戦い方なんだ!)

 

 実力も精神面も何もかも完敗したような気がする。

 もはや僕には力なくうなだれたまま、立ち去るアムールトラの後ろ姿を見送ることしか出来なかった。

 

≪あ、あ、あ、わぁぁぁぁ!! どいつもこいつも役立たず共がぁぁぁ!!≫

 

 カルナヴァルが発狂したようにわめき散らす。

 もはやどう足掻こうとも勝ち目がなくなったことを思い知ったのだろうか・・・・・・おそらく、もう間もなく奴は降伏するだろう。

 あの男は完璧なアムールトラとはまるで真逆の、無能と醜悪の極みであるような存在に思えた。

 弱者とは何なのかを体現するいい見本だ。

 

 この世に弱い種族はいない。ただ弱い生き方があるだけ。

 生きるも死ぬも自分で決められない。薄弱な生き方しか出来ない意志の持ち主こそが、この世で最も軽蔑すべき弱者なのだ・・・・・・ああいう風になったら終わりだな。

 

「た、た、助けてくれぇ!!」

 

 心が折れたカルナヴァルに見切りを付けたかのように、逃亡兵がこちらに向かってどっと押し寄せてくる。

 ザコ共が随分とまあ生き残ったものだ・・・・・・誰のおかげで死なずに済んだかも理解することなく生き延びるのだろうな。

 まあ、僕も奴らと似たようなザマになってしまったが。

 

________ドォォオンッッ!!

(な、あれは!?)

 轟音を放ちながら、何かが地面に落ちてきた。

 砲弾の類ではない。遥か上の空から一直線に降ってきたように見えた。

 目を凝らして見ると、それは数メートルほどの楕円形の物体だった。ちょうどアムールトラと戦車部隊の間に割って入るような位置に落ちていた。

 

________パシュウウッ・・・・・・

 

「よっこらせっ、とォ」

 

 楕円形の物体が二枚貝のように縦に開くと、中に入っていた何者かがそこから這い出した。

 そして地面に降り立つなり気怠そうに立ち上がる。

(ど、どうしてあなたがここに!?)

 そのあまりにも唐突な登場には、さすがに驚き呆気に取られるしかなかった。

 

「・・・・・・」

 

 アムールトラの様子にも変化があった。

 その後ろ姿に力が入り、感極まったように細かく震えているのだ。

 今まであんなに冷静だった奴が、目の前にいる相手を見た瞬間、初めて感情を露わにしているのだった。

 

「よう、元気にしてたかァ?」

 

________メキメキメキィィッ!

 その者はアムールトラが鋭く睨みつけている視線に気づくと、嘲笑うように微笑みを返した。

 そして片手を前方に掲げ、骨がきしむ程の力で握りこぶしを作ってみせた。

 見間違うはずもない。その決めポーズも、小柄な全身から放たれる突風のような殺気も、他の誰の物でもない。

 クズリさんがそこに立っていた。 

 

 to be continued・・・




_______________Cast________________

哺乳綱・ネコ目・ネコ科・ヒョウ属トラ亜種
「アムールトラ」 
哺乳綱・鯨偶蹄目・ウシ科・ヤギ亜科・ヒツジ属
「メリノヒツジ」
哺乳綱・ネコ目・イタチ科・クズリ属
「クズリ(ウルヴァリン)」

_______________Human cast ________________

「イブン・エダ・カルナヴァル (Ibn Edd Carnaval)」
年齢:67歳 性別:男 職業:国際的非政府組織「PARK」現代表

_______________Story inspired by________________

“けものフレンズ”  “けものフレンズ2”
      byけものフレンズプロジェクト

     “けものフレンズR”
      by呪詛兄貴
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