アムールトラとクズリ、宿命の戦い。
そして・・・・・・
「オレがいねえ間に随分と盛り上がってんじゃねえか。あいかわらずツレねえ奴だぜ」
「・・・・・・」
「にしても、この暴れっぷりはすげえな。これを全部てめえ1人でやったのか? セルリアンしか殺せなかった良い子ちゃんが、ニンゲン殺しも随分と上手になったモンじゃねえか?」
遂に対面した念願の相手に向かって、クズリさんがさっそく挑発を始めている。
おどけた風を装いながらも、いつ爆発してもおかしくないようなビリビリとした殺気を全身から放っている。
対するアムールトラは相変わらず無言で、静かに立ち尽くしたまま巨大な存在感を放っている。
動と静。突風と重圧。性質が真逆の二つのプレッシャーがぶつかり合って、空間をぐにゃりと歪ませている。
・・・・・・もう間もなく、確実に、二大巨頭の激突がはじまる。
「ま、待ってくれえぇぇっ!」
だが僕はそれを黙って見ておれず、懇願するように叫んで割って入った。
場をおもんぱかる余裕はない。頭の中は疑問符でいっぱいだ。
クズリさんがアムールトラとの戦いを始める前に、せめて話をしておかなければならない。
彼女とこの場で再会できるとは思ってなかった。
グレン・ヴェスパーに反抗したことが原因で、鎖の腕輪により拘束された彼女は、もはや二度と日の目を見ることなく死ぬまでモルモットにされるものかと思っていた。
だからこそ僕は彼女とスパイダーさんを助けるためにイヴの誘いに乗ったわけだが・・・・・・
「クズリさん! クズリさぁぁんッッ!」
気を抜けば倒れそうな体をやっと動かして、びっこを引きながら彼女に近寄っていく。
アムールトラが謎の技術を使って、僕の肺を麻痺させたことが原因だ。これ以上はどう頑張っても速く動けない。心臓が拍動し過ぎて胸に痛みすら感じる。
「はあっ、はあっ、はあっ」
「・・・・・・」
よろよろとモタつきながらもアムールトラを横切った。
後から奴の燃えるような鋭い視線を感じる。正直生きた心地がしない・・・・・・まあ、背後から僕を攻撃したり、クズリさんとの会話を邪魔したりするような無粋なことをする奴ではないと頭ではわかっているが。
「無事だったんですね!?」
「けっ・・・・・・クサレヒツジが。どう見たっててめえの方が無事じゃねえだろ?」
やっとすぐそばにまで近づいて小声で話しかけると、仁王立ちしているクズリさんが、視線をアムールトラに向けたまま溜息交じりで返してくる。
相変わらずの憎まれ口だ。他人の名前を殆どまともに呼ばない。代わりに悪口みたいな仇名を付けて呼ぶんだ・・・・・・そんなことすら今の僕には安心感の材料だった。
「いったい何があったんですか? 今までどこに?」
「オレもよく状況がわかってねえ。ヴェスパーにとっ捕まってから、ずっとVR漬けにされて眠ってた。このカプセルの中でよ」
と、言いながらクズリさんは背後にある上下に割れた球体を振り返る。
クズリさんはこれに乗って降ってきた。おそらくは成層圏に浮かぶスターオブシャヘルから射出されてきたのだ。
はるか上空から地表の一点めがけて落とすことが可能な、取り外し式のVRマシーンというわけか。こんな代物を見るのは初めてだ。
僕は今の状況をかいつまんでクズリさんに伝えた。
アムールトラの手によってカルナヴァルの侵攻部隊がほぼ壊滅させられたことを。
ジャパリの秘密兵器サンドスター・ボムによってバトーイェ火山が噴火し、溶岩流がすぐ近くにまで迫りつつあることを。
火山の噴火により核投下を阻止するのがジャパリの作戦だったが、どうやらその目論見も失敗に終わったらしく、グレン・ヴェスパーは核を予定通り明日正午に落とすらしいことを。
「ってことはよ、オレが捕まってから一日ぐらいしか経ってねえわけだ・・・・・・体感だと、正味あれから一か月は経った気がするぜ」
グレン・ヴェスパーに囚われたクズリさんはその後、麻酔で強制的に眠らされたそうだ。
そして今の今まで、一日が一月に感じられるほどにVRを倍速体験させられていたというのだ。
理由は当然、クズリさんをフレンズの次なるステージへと進化させるためだろう。
「まさか、奴に進化促進薬を打たれたんですか?」
「なんだそりゃ? 聞いたこともねえぞ。まあ、寝てる間になんか打たれててもオレにはわかんねえが」
「・・・・・・そうですか」
おそらくクズリさんは促進薬を打たれてない。打ったが最後、進化か破滅の二択をもたらすといわれる劇薬だったが、今の彼女には特別変わったところは見られない。
理由も何となくわかる。クズリさんは僕と違ってグレン・ヴェスパーの本命だ。いちかばちかの実験をするよりも、確実な手順で進化体に至らせたいのだろう。
彼女が受けたVRというのは、そのための最終調整というわけだ。
そして今のこの場こそが、クズリさんに課せられた最後の実験・・・・・・その内容はおそらく・・・・・・
「ついさっき起こされてからグレンの野郎に言われたぜ。アムールトラと戦って勝てば、スパイダーを返してやるってよ。んで、カプセルに入れられたままここに落とされたってわけだ」
「・・・・・・どこまでも卑劣なクズめ!」
グレン・ヴェスパーは進化体を生み出すために、どのみち最初からクズリさんをアムールトラと戦わせるつもりだったのだ。
そして僕がイヴにやられた脅しと同様に、スパイダーさんを人質にして脅しているのだ。
親娘で同じことをやっている。此の親にしてこの子あり、というやつだ。
・・・・・・たとえクズリさんが勝ったところで、奴らがスパイダーさんを素直に返すわけがない。
もういちど脅しの材料に使ってくるかもしれないし、彼女だけは本当に実験のモルモットにされてしまっているのかもしれない。
「で、てめえはどうした? まるで別人みてえな、憑き物が落ちたような顔しやがってよ」
いつも通りの調子を崩さないクズリさんが、怒りに震える僕にそんなことを訊いてくる。
なかなかどうして”憑き物が落ちた”とは強烈な表現だ。
彼女には今の僕がそんな風に見えているのか・・・・・・
クズリさんと話すことによって、自分がごく短い間にずいぶん変わったことを改めて実感した。
これまで僕は、彼女に向かってアムールトラのことで張り合ったり生意気な口を叩いて来た。
一目置かれたかったからだ。僕にとって強さの象徴である存在に認められることで、ヒツジに生まれた劣等感をすべて解消できると思っていた。
・・・・・・思えば滑稽な一人相撲を取り続けてきたものだ。
だが僕の草食獣コンプレックスは、ほかならぬ強き草食獣との死闘によって拭い去られた。自分がどれだけ誤った考えに凝り固まっていたのかを思い知らされた。
もう意地を張り続ける理由がない。素直に非を認め謝罪しよう。それが通すべき筋ってものだ。
「見ての通りです。アムールトラに挑んで・・・・・・負けました。完敗です。僕では逆立ちしたって勝てる相手じゃなかった」
「・・・・・・そうか。じゃあよ、もうアイツは”俺だけの獲物”ってことで良いよなァ?」
「はい、今まで身の程知らずなことばかり言って本当にすいませんでした!」
そのやり取りを最後にクズリさんが僕から離れ、アムールトラに向かって歩き出していった。小さくて巨大な背中。僕がいつも見ていた後姿だ。
(クズリさん! 勝ってくれ!)
僕にはもう2人の間に水を差す資格はない・・・・・・今の僕がやるべきことは、2人の決着を見届けることだ。
「よう、待たせちまったなァ? やろうぜ」
「・・・・・・クズリ、何で君は戦うの?」
アムールトラが出し抜けに口を開いた。
それまで一言もしゃべらずに、僕らの積もる話が済むのを待っていた奴が、せきを切ったように感情を露にしている。
「ただ私と決着が付けたいから? そんなの、あまりにもくだらないじゃないか」
「はっ、じゃあてめえが戦う理由は”くだる”のかよ?」
「私はこの世界をグレン・ヴェスパーの手から守るために戦っているんだ! くだらない目的しかない君が私の邪魔をするな!」
拍子抜けすることに、アムールトラは対話にて戦いを回避しようとしはじめた。
・・・・・・だが考えてみれば、アムールトラにとってクズリさんは必ずしも戦う必要のある相手ではない。
奴がカルナヴァルの部隊を容赦なく叩いたのは、峡谷を逃げるジャパリの兵士たちの安全を確保するためだった。それに比べてクズリさんは仲間の安全を脅かす存在というわけではない。
「・・・・・・ねえクズリ、君と別れてから本当に色々あったんだ。そして思い知らされたよ。この世には決して許しちゃいけない悪が存在するんだって」
「へっ、そうかよ。グレン・ヴェスパーが憎くてしょうがねえってか」
アムールトラの声色はなんと嗚咽交じりだ。先ほどまでのマシーンのごとき冷徹な態度がものの見事に崩れている。
あれがお人好しで優等生と呼ばれていた奴本来の姿なのだろう。
相手がクズリさんだからか? 往年のライバルにして戦友だった相手には素の自分を曝け出しているのかもしれないな。
「あの男は君たち手下にだって酷い扱いをしているはずだ! さっきだって、私に向かってきたフレンズたちを、私もろとも平気で殺そうとしてきたんだ! そっちの”赤毛の子”が上手く彼女らを逃がさなかったら何人も殺されていた!」
アムールトラが僕を指さしながら怒鳴る。
・・・・・・流石は奴だ。降り注ぐ戦車砲を躱しながら、僕と量産型フレンズたちのやり取りまで把握していたとはな。
「クズリ! それでも君はあの男の味方をするのか!? 君には良心ってものがないのか!?」
「だ、だまれアムールトラ! こちらの事情も知らないで勝手なことを言うな!」
思わず脇から言葉を挟んでしまう。
ずっとクズリさんと離れていたアムールトラにはわかるまい。グレン・ヴェスパーを憎むのは彼女だって同じだ。
あの男が彼女にどんな非道を働いてきたか。
鎖の腕輪という絶対に逆らえなくなる拘束具を付けられ、骨の髄まで利用されて・・・・・・今は無二の親友スパイダーさんまで人質に取られているんだ。
アムールトラの奴に、自分だけが被害者みたいな顔をされるのは我慢がならない。
「メリノ、てめえは口挟むんじゃねえ」
「しかしクズリさん!」
「うるせえな・・・・・・これで良いんだよォ」
振り返りもせずに僕のことを制止してくる。
今ではクズリさんの方がアムールトラよりずっとクールだ。どんなに悪者扱いされても感情を露にせず、弁明の類をするつもりは一切ないようだ。
悔しいが、それが彼女の意志なら黙って見ているしかない。
「まあ、今はオレもグレンの野郎は殺してやりたいって思ってるけどなァ」
「だったら退いてくれ! 私と決着が付けたいだけなら・・・・・・後でいくらでも付き合ってやる!」
アムールトラの言うことも一応の理屈は通っている。
グレン・ヴェスパーに対する見解が一致しているんだったら、今すぐ決着にこだわる必要はないと言うのだ。
それどころか奴と手を組んでシャヘルに反旗を翻すことすらアリだろう。
「けっ、あいかわらず話にならねえな・・・・・・これはオレとてめえの戦いだ。外野のことなんかどうだっていいんだよ。
てめえと別れてからオレも色々あったが、ずっとてめえと白黒つけることばかり考えてやってきた・・・・・・それだけがオレの戦う理由なんだぁッ!!」
だがクズリさんはアムールトラの言葉を豪快に突っぱねた。
アムールトラとの決着こそがクズリさんの人生にとっていちばん大事なんだ。
この戦いがグレンによって仕組まれたものであったとしても、その意志が揺らぐことは決してないだろう。
・・・・・・他人のために戦うアムールトラと、あくまでも戦うためにのみ戦うクズリさんとでは話が噛み合うはずがなかった。
何もかも対極的な2人だったが、一番の相違点はそこだと思った。
「わかったよクズリ。けっきょく君とは、最後の最後まで分かり合えないんだね・・・・・・」
己の意見が否定されて、アムールトラはあっさりと引き下がった。
遠い目をしながら、苦痛に耐えるような顔で俯いていた。
しかしその一瞬あとには、僕を屠り去った時と同じように、全ての感情を冷徹に押し込めた”無の表情”へと戻っていた。
・・・・・・僕も身をもって知っている。あれこそが奴の戦う時の顔だ。
「君もグレン・ヴェスパーと同じだよ。自分の欲望を叶えたいばかりで、他人を平気な顔で虐げる・・・・・・私はそんな奴らを絶対に許さない!」
「ようやくその気になってくれて嬉しいぜェ」
アムールトラの返事に気を良くしたクズリさんが今度こそ身構える。小さな体をさらに前傾させ両肩をいからせた野性的な構えだ。
対するアムールトラはと言うと、奴のトレードマークとでも言うべき真っ直ぐな立ち姿で敢然と向かい合っている。
対照的なファイティングポーズで相対しながらも、互いに身構えたまま固まったように動かない。まずは読み合いに終始しているのだ。
見ているだけで息が詰まるような有り様だ。
ふと周囲を見やる。シャヘルの敗残兵たちは武装解除しており、コソコソと足早に峡谷へ駈け込んでいる。
ご丁寧に両手を上げて降参の意を示しながら走り続けている。アムールトラを万が一にも刺激しないためだろう。よほど奴のことが怖いのだ。
カルナヴァルが指示を出している様子はない。兵士たちに混ざって逃げているのか、もしくはホバー艦の中で発狂して気を失ったか。
・・・・・・どちらにせよ、2人の勝負を邪魔してくるような輩はもういないだろう。
もちろん火山の噴火はまだ続いている。
轟音が大地を揺るがし、立ち昇る火山灰が天空を真っ黒に染め続けている。
マグマを塗りたくられて赤く光る大地が、暗い空の下でくっきりと浮き上がっている。
溶岩流はすでに山稜の中ほどまでに到達してしまっている・・・・・・ここ峡谷前に流れ込んでくるのも、もはや時間の問題といったところか。
リミットタイムは後どれだけ残されている? それまでに2人の決着は付くのか?
________パァンッッ!
いろいろな考えをよぎらせながら2人を見つめていると、ついにその時がやって来た。
鞭を振るうような音が弾けたと思った瞬間、僕の目に映っていたアムールトラの姿が突然にかき消えた。
一方のクズリさんはまだ動いていない。それが意味することはたったひとつ。
(あ、アムールトラが先に仕掛けただと!?)
てっきり奴はカウンター主体で戦うものとばかり思っていた。
対話から戦闘へと一瞬でスイッチを切り替えたアムールトラが、容赦のない先制攻撃を放ってきたのだ。
それにしても、あのクズリさんが相手に先攻を許すとは・・・・・・
________ドッシャアアアッ
だが次の瞬間、またしても予想を裏切られる光景が目に飛び込んできた。
地に伏していたのは、先に攻撃したアムールトラだったのだ。あらゆる攻撃を余裕で躱し続けてきた奴が、はじめて呆気なくダウンを喫していた。
「ははっ! 速えなァ」
いつの間にかクズリさんも動いていた。大きく前に踏み込み拳を振りぬいていた。
おそらくアムールトラは音速を超えた速度で動いたのだろう。鞭を振るうような音の正体は、奴の突進が引き起こしたソニックブームだ。
だがクズリさんも負けてはいなかった。僕には視認すら不可能な領域の攻防だったが、様子から察するに、クズリさんはアムールトラの攻撃を見切りカウンターを決めていたのだ。
・・・・・・これじゃまるで2人の動きが完全に入れ替わったみたいだ。
「今度はこっちから行くぜ!」
歓喜の笑みを浮かべながらクズリさんが追撃する。
ダウンしたアムールトラに向かって、流れるような動作で覆いかぶさり首を締めあげた。組技ならばクズリさんのテリトリーだ。アムールトラは早くもピンチに陥った。
「ガハァッ! ど、どうやって見切った! 誰に教わった!?」
「面白い事を聞くじゃねえか・・・・・・他の誰でもねえ。てめえが教えてくれたんだよォ!」
苦しそうに息を吐くアムールトラに対してクズリさんが答える。
(そうか! VRだ!)
僕にも合点がいった。クズリさんが一日じゅう体験させられていたVRというのは、シミュレーション上でアムールトラのデータと戦わされることだったのだ。
何十倍速もの密度で、気の遠くなるほどの回数を戦わされた結果、誰に教わるでもなくアムールトラと同等の見切り能力を体得してしまったようだ。
他のフレンズが同じVRを体験してもこうはなるまい。天才的な格闘センスを持つクズリさんだからこそ可能な芸当だ。
「・・・・・・あ、甘い!」
________プスッ
だがアムールトラも一方的にやられるばかりではなかった。
締め上げられてグロッキーになりながらも、己の首を締めあげるクズリさんの二の腕に向かって貫手を打ち込んだのだ。
「なんだとォ!?」
するとクズリさんの体がビクンと震えのけ反り、アムールトラに対する拘束を解いてしまった。
どうやらアムールトラは、奴ご自慢のサクヅキ流空手の妙技を発動させたようだ。
肺でも腕の筋肉でも、それに応じたツボを突けば、任意の場所を一時的にマヒさせてしまう恐ろしい技術だ。
________ガシィッ!
瞬時にクズリさんとの上下関係を入れ替えたアムールトラは、仕返しと言わんばかりにクズリさんの首根っこを鷲掴みにしながら立ち上がった。
2人の身長差は頭一つ分以上もある。そんな相手に持ち上げられたクズリさんは今や首つり状態となってしまっていた。
両腕が麻痺させられているために抵抗できず、宙ぶらりんになった足をバタつかせることしかできない。
「昔の私を真似ただけじゃ、今の私には勝てない!」
「へ、へへ・・・・・・そいつはどうかなァ」
しかしクズリさんはとことん抜け目がなかった。鷲掴みにされながらも既に手を打っていた。
いつの間にかアムールトラの腹部に片足を付けていたのだ。
アムールトラがその動きの意図に気付いた頃にはもう遅い。
クズリさんには”固定する力”がある。
次の瞬間には、重力を無視したよう張り付く片足を軸に、もう片方の足を蹴りあげてアムールトラの喉元に押し付けていた。
「・・・・・・いい気になるんじゃねえ! オレにとっちゃ、てめえの真似なんざただのオマケだぜ!」
クズリさんの”固定する力”は、シンプルなだけにどのような局面にも応用が利く能力だ。
アムールトラの喉元に押し付けた片足を、固定した状態で引っ張る・・・・・・するとそれだけで奴の気道が塞がれてしまう。クズリさんにしか出来ないオリジナルの絞め技というわけだ。
「く、クズリィィィッッ!」
「ろすぞあぁぁっっっ!」
________グギュウウッッ!!
互いに互いの首を絞め合う異常な状況が成立してしまっていた。
肉食獣の狩りの基本とは、相手の喉元に噛み付いて息の根を止めることなのだと聞く。
だとするならば、2人はおそらく、遺伝子に刻まれたもっとも原始的な本能によって相手を攻撃しているのだと思われる。
・・・・・・こうなっては根比べだ。勝つためには相手が気を失うか窒息死するかまで耐え続けるしかない。一瞬でも力を緩めれば己が絞め殺される。
やがてクズリさんの腕がビクリと震えた。
麻痺が治ったらしき手をすぐさま動かして、首を締めてくるアムールトラの手の上に重ねた。
すると睨み合う2人の目に黄金色の光が宿り、今まで一番激しい殺気がほとばしった。
(ま、まさか!)
今までとは違う、何か恐ろしいことが起こる予兆が、傍から見ていた僕にも感じられた。
________バッ!
しかしその予兆は外れた。
突然に首の絞め合いをやめて、互いにまったく同じタイミングで飛び退いて距離を取った。それと同時に限界まで高まっていた殺気がいったん収まるのだった。
2人とも肩で息をしながらその場にへたり込んでいる。猛烈に首を締められ続けたダメージに怯んでいるのだ。
「ふうっ、ふうっ・・・・・・てめえ、今オレに”勁脈打ち”を打とうとしてただろ?」
「ガハッ・・・・・・そ、それしか君を倒す方法はないと思った・・・・・・でも君も、何か私の知らない大技を狙っていたんじゃないのかい?」
「おもしれェ、考えてることは一緒ってことか・・・・・・!」
殺気が極限にまで高まっていたあの瞬間、2人は互いに同じタイミングで、己が持つ最大威力の技をぶつけようとしていたようだ。
アムールトラが巨大なセルリアンを一撃で破壊する必殺技を持っていることは昔から知られている。勁脈打ちというのがその技の名前らしい。
そして一方のクズリさんにも”固定”の進化形たる”圧殺”がある。いかなる相手をも文字通り握り潰してしまう恐るべき技だ。
互いに一撃必殺の技を持つ者同士、勝負が決まってもおかしくない瞬間だった・・・・・・だがやはり、互いに相手がやろうとしていることが読めてしまい、命の危険を感じて同時に退いたということだろう。
ここまでの攻防は互角だ。勝負の行方はまったく読めない。
「このままじゃラチあかねえ。もっとシンプルにやろうやァ」
「ああ・・・・・・受けて立つ」
ダメージから回復した両雄が再び向かい合った。
しかし今度はどちらかから仕掛けるわけではない。互いに相手の先手を取ろうという意志は感じられない。防御を捨ててゆっくりと歩み寄っているのだ。
どうやら2人の間には、すでに何らかの暗黙の了解が得られていたようだった。
________ゴゴゴゴ・・・・・・
やがて至近距離で睨み合う。
共に全身から黄金色の奔流を放っている。野生解放を全開状態にしているのだ。
肉体のギアを最高潮にまで高めた2人が、示し合わせたように拳を握りしめ、相手に向かって振りかぶり、そして・・・・・・
________ドッガアアアンッッ!!
大地を揺るがすような、傍から聞いていても物凄い打撃音が響き渡った。
向かい合うクズリさんとアムールトラのパンチが同時に放たれ、そして炸裂したのだ。
(・・・・・・2人ともどういうつもりなんだ!)
それは僕の想像とは違う展開だった。クズリさんもアムールトラも豊潤な戦闘技術があるはずなのに、それを相手に発揮することをしない。
ただ足を止めて、極めて原始的でシンプルな殴り合いを始めたのだ。
どうしてこのような展開になったのか・・・・・・おそらくは、互いに必殺技だけを狙い始めたのだ。
先ほどの攻防で2人とも察したのだ。あまりに実力が伯仲し、相手の出方が読めてしまうばっかりに、決着が容易には付かないことを。
2人にとっての最大の懸念は、決着が付けられないまま時間切れになることだ。
溶岩流が背後に迫りつつあるこの状況では、もはや悠長に戦ってはいられない。
無駄に術技めいたことをしたところで、相手に見切られて反撃されてしまう。反撃に反撃を重ね合った結果、永久に勝負が付かないことだって考えられる。
そんな状況を打開し得るのが、それぞれに持っている必殺技だ。それ以外の技はもはや2人にとっては陳腐化してしまったようだ。
クズリさんの”圧殺”は威力が桁違いな反面、発動させるのに多少の時間がかかる。
抜け目がない彼女のことだから、もちろん弱点を放置することなどはしない。僕が知るよりも発動までの時間をぐっと短縮させていることだろう・・・・・・だがそれでも一瞬で、という訳にはいかないはず。アムールトラほどの身体能力と見切りを持った相手に命中させるのは至難であるはずだ。
そして状況から察するに、アムールトラの勁脈打ちも同じような弱点を抱えているのだろう。技を当てられれば勝つ。しかしクズリさんを相手に当てることが難しいのだ。
だから2人とも同じ結論に達したのだ・・・・・技術を捨てて殴り合い、それに勝った者が、相手を必殺技によって屠り去る。それが勝利の条件であると。
互角の戦闘能力を持ち、かつ似たような性質の必殺技を持つ両者だからこそ、同じ選択を取らざるを得なくなってしまったのだ。
________ドキャッッ! グシャアッ!
互いに一歩も引かずに、相手の全力の拳を正面から受け止め続けている。
一撃喰らうたびに大きくのけ反りながらも、また2人して全く同じタイミングで振りかぶり、相手に殴りかかっていた。
「はははっっ!! 楽しいぜっ!!」
「クズリィィィッッ!!」
歓喜に震えるクズリさんと、憤怒に染まるアムールトラ。どこまでも高まるふたつの感情が激しくぶつかり合っている。
それは目を疑う様相だった。
クズリさんもアムールトラも、互いに全力の打撃を打ちあい、顔面が血まみれになりがらも、ダメージを受けている様子がないのだ。
それどころか、ますます動きのキレに磨きがかかり、パンチを打つサイクルがどんどん短くなってきている。
・・・・・・あり得ないだろう。あの凄まじい打撃音が物語っている。互いに致死的な一撃を打ち続けているはずだ。
殴り合う2人のボルテージが無制限に上がり続けている。どこまで行っても止まる気配がない。
まるで互いにエネルギーを与え合い、それを相手に返して増幅し合っているかのようだ。
・・・・・・僕には想像もつかないような領域に2人で突入していっている。
「うっ!? な、何だ!」
どこまでも膨張する闘気が一際激しくぶつかり合った瞬間、眩い閃光が2人の間で弾けた。
「何が起こっているんだ!!」
たまらず目がくらんで顔を伏せてしまうも、瞳をしぱたたかせながら必死に前を見る。
2人の戦いを一瞬たりとも見逃したくなかったからだ。
・・・・・・しかしそんな僕が目にしたのは想像だにしない光景だった。
________ゴオオオオオオッッッ!!
「う、うわああっ!!」
マグマが地面から噴き上がっていた。ちょうどクズリさん達が戦っていた地点からだ。
灼熱の奔流が一瞬で2人の姿を覆い隠し、僕の頭上へと降り注いできた。
________ガインッ
瞬時の判断で二本の槍を出現させ、片方の柄を突き立てて伸ばし後方に飛びのいた。
体が問題なく動いている。どうやらアムールトラの技の効果はとうに消えているようだ。
空中を移動しながら周囲を観察し、やっと安全が確保できそうな足場を見つけると、それに向かってもう片方を伸ばして突き刺した。
周囲のなだらかな斜面から何十メートルも突き出た巨大な岩塊だ。噴き上がる溶岩もここには達することはないだろうと思われる。
「はあっ、はあっ・・・・・・」
槍の柄を縮めて岩塊へと取りつき一息つく。
危なかった。この能力がなかったら命を落としていたところだった。
いったい何が起きたというのだ。
今この場に出現した溶岩は、後方に迫りつつあった溶岩流とはまったく別物だ。突然に地中から噴出してきたのだ。
確かにここバトーイェ火山の地下奥深くには溶岩が流れていることだろう。それらはサンドスター・ボムによって流れが激しくなっていることと思われる。
・・・・・・だがここは火口ではない。いくら火山活動が活発化しようが、ただの山肌から溶岩が噴出することなど、天地がひっくり返ったって物理的にあり得ないはずだ。
≪あああああああああっっ!!!≫
≪ぎゃあああああっっ!≫
下から阿鼻叫喚の悲鳴が聞こえてくる。溶岩の犠牲になったシャヘル兵たちの断末魔だ。
一瞬で消し炭と化したならまだ幸せな方だろう。マグマの雫を体に浴びて、生きながら自分の体が溶け落ちていくのを目撃した者はいったいどんな気持ちで死を迎えるのか。
≪ど、ど、どけえっ! どかぬか!≫
聞き覚えのある声が聞こえた。
カルナヴァルだ。奴は破壊された戦車の上によじ登って生き延びていた。
そして自分だけが生き延びるために、その恵まれた体躯を生かして、同じように避難しようとした仲間の兵士を溶岩に突き落して足場を占領しているのだ。
さすがの鬼畜ぶりだ。よくやるよ・・・・・・
だが戦車など、僕が今いる巨岩の上と比べるとあまりに心許ない足場だった。溶岩流に埋まり続け、今にも飲み込まれようとしていた。
「おやおや、大変なことになっているじゃないですか」
「・・・・・・そ、その声はメリノヒツジ!」
「助けてあげましょうか?」
からかうように見下ろして声を掛けると、僕の存在に気が付いたカルナヴァルは驚くのもそこそこに、額に青筋を立てて怒り狂った。
「おのれぇ家畜めが! 最後までワシを愚弄しおって!」
本当なら見殺しにしてやりたいが、奴には大事な預け物があるのだ。
それの所在を確認しなくては。
「本当ですよ。しかし交換条件がある。それは僕に進化促進薬を返すことだ・・・・・・まあ、もしどこかに落としたりしてしまったのであれば、そこで死んでもらうだけですが」
「ぬ、ぬうっ!」
僕の言葉が本当であると悟ったカルナヴァルは、悔しそうに歯噛みしながらも、懐から銀色の筒を取り出しかかげた。
「本当だな! 本当にワシを助けるのだな!」
(・・・・・・鬱陶しい。お前などと腹の探り合いをしている暇はない)
________ビュンッ! ドサァッ!
そう思った僕はカルナヴァルの言葉を歯牙にもかけず動いた。鞭状に変形させた得物を振り下ろし、奴の体に巻き付けて釣り上げた。
「出せよ」
そして間髪入れずに、足元に倒れた奴を見下ろして、たった一言そう凄んだ。
カルナヴァルが震える手で差し出してきたそれを乱暴に奪い取る。
「や、約束だぞ」
無理やり従わせるための担保をすべて失ったカルナヴァルが、青ざめた顔で僕を見上げる。
もはや鎖の腕輪を作動させることだって出来まい。周囲を溶岩に囲まれた状況では、僕に頼らなければ生還出来ないことはバカでも理解できるだろう。
カルナヴァルを黙殺し目を逸らす・・・・・・僕にはもうコイツを殺す気がなかった。
死に値するクズではある。だがこうも思うのだ。
生きることも死ぬことも自分では決められない、底辺の弱者であるコイツには、生きて醜態を晒し続けることの方が真の苦痛なのではないか、と。
「さあ、進化促進薬は返したぞ! メリノヒツジ! 早くワシを連れて脱出せんか!」
「黙れよ・・・・・・お前にはもう命令権はない。いつ逃げるかは僕が決める」
「お、お前! 気が狂っているのか!」
僕とは話が通じないと悟ったカルナヴァルが吐き捨て、身を守るように四つん這いで岩にしがみついた。
何とでも言うがいい。クズリさんとアムールトラの決着を見届ける。そう心に決めた。
溶岩の噴出に飲まれて消えた2人の姿を確認できてない。あの2人が溶岩などで死ぬとはどう考えても思えない。
________ゴゴゴゴ・・・・・・
溶岩の勢いが少しずつ収まっていった。噴出ではなく流出と呼べる程度の勢いになっている。
それによって覆い隠されていた物がついに露になる。
(・・・・・・ああ、やっぱり!)
想像通りの、しかし想像を超えた光景が目に飛び込んできた。
相も変わらずに熾烈な打ち合いを続けるクズリさんとアムールトラだったが、驚いたことに、2人とも溶岩を一滴たりとも浴びていなかった。
2人が足を止めて戦っている直径10メートルほどの空間だけが、周囲を埋め尽くす溶岩から円形に繰りぬかれて存在していた。
まるで2人の体から暴風が吹き出して溶岩を押しのけてしまっているかのようだ。
限界なく高まり続ける2人の闘気が、何物をも寄せ付けない謎の重力場を形成していた。
打撃の凄まじさもここに極まっていた。
一方が一方を殴ると、衝撃が後方に突き抜けて、背後にあった溶岩が空中高く破裂していた。
その様を見て何となく僕には想像がついた。
何故とつじょ地中から溶岩が噴き上がってきたのか? ・・・・・・それはきっと、2人が発する凄まじいエネルギーに引き寄せられたからなんだ。
(こ、これは、神話の領域だ!)
クズリさんもアムールトラも、尋常な生命体では辿り着けない場所に到達している。
僕は2人の強さを身をもって知っているが、すでに僕の知る2人ではなくなっているように思う。
命を懸けて戦う最大のライバル同士が、互いの潜在能力を100%引き出し合い、さらに際限なく成長を続ける未知の存在へとお互いを書き換えていっている。
ようやくわかった・・・・・・これがフレンズの進化の瞬間だ。
「クズリさん! 負けるなあッッ! がんばれ! アムールトラッッ!」
気が付くと僕は天を仰いで絶叫していた。
自分でも何を言っているのか。頭がおかしくなったのか・・・・・・クズリさんだけではなく、アムールトラの奴まで応援してしまっている。
「はっ・・・・・・!?」
目がしらの奥が熱い。いつの間にか大粒の涙が頬を伝っている。
この究極の戦いの目撃者となれた感動に、無意識のうちに体が打ち震えているんだ。
おもむろに進化促進薬を取り出して溜息をつく。
ようやく取り戻したこの薬だけど、もう僕がこれを使う機会は訪れないんだろうと思う。
こんな薬なんか使ったところで、僕があの2人に並ぶことが出来るとは思えない。
きっとクズリさんとアムールトラは、何か巨大な運命によって選ばれた特別なフレンズなんだろう。そして僕は違う。
・・・・・・悔しいとは思わなかった。ただ寂しくなるぐらい清々しい諦めの気持ちだけが残った。
今まではクズリさんに憧れて追いかけ続けてきたけれど、どうやら僕が歩むべき道は彼女の後を追うことじゃない。生き残ることが出来たなら、自分だけの道を今度こそ見つけだそう。
ともかく今はこの戦いを最後まで見届けるんだ。フレンズの可能性を示してくれた2人への尊敬と賛辞を込めて。
瞬きすら忘れて2人の戦いを見つめていた時、それは起こった。
________カッ・・・・・・
またも強い光に視界が覆われた。
だがそれはこの場にいる2人が引き起こした光ではない。閃光はずっと向こうの空から去来していた。
その場にあるもの一切を白く覆い尽くしてしまう、尋常ならざる眩しさだった。
何秒か経つと、閃光が山々を超えた地平線の上で収束していった。
謎の光の正体は、天空に達するほどの巨大な火の玉だ。火山灰に覆い隠されたバトーイェ山脈の空でもなお容易に視認できる。
________ドオオオオオオオンッッ!!
光から遅れてやって来たのは、途轍もない轟音と爆風だった。
衝撃波が辺り一帯を薙ぎ払いながら近づいてきて、あっという間に僕のいる所まで覆い尽くしていった。その場のあらゆる物を吹き飛ばしてしまうんじゃないかと思うほどの勢いだった。
辺り一帯が巻き上げられた土煙で覆い隠されている。槍を岩場に突き刺して何とかその場で耐え忍ぶのが精一杯だった。
この世の終わりのような未曽有の大破壊が起きている。
「た、た、助けてくれええええっ!」
脇を見るとカルナヴァルが空中高くに放り出されていたので、鞭を巻き付けて救出してやった。
もちろん情けをかけてやったわけではない・・・・・・コイツには今すぐ問いたださなければならないことがある。
「おい! これはどういうことだッッ!?」
________ガシィッ
やがて衝撃波が通り過ぎ、辺りが静かになったのを確認すると、カルナヴァルの胸倉を掴みあげて怒鳴った。
「今の爆発は核じゃないのか!? なぜいま核が落ちたんだ!」
火山の噴火によって火山灰を辺り一帯に巻き上げ、核ミサイルの誘導を疎外する。
それが敵対勢力ジャパリが切り札として作動させたサンドスター・ボムの効果。
しかし計算の結果、火山灰は成層圏のスターオブシャヘルにはギリギリで到達しないことが分かった。
ジャパリの作戦は失敗に終わった。そのために核の投下は予定通り明日正午に行われる・・・・・・
そう部下に吹聴していたのは他でもないカルナヴァルのはずだ。
「カルナヴァル! お前は嘘を言っていたのか!」
「ひいいっ! ちち、違う! 確かにグレン様はそう仰っていたのだ! ワシは言われたままを伝えただけだ!」
「・・・・・・そうか。ではお前も奴に騙されたってワケだ」
納得した僕はカルナヴァルを放してやった。
「・・・・・・そ、そんなバカな・・・・・・」
ぽかんとした顔で立ち尽くす奴だったが、やがて膝を付き、頭を抱えて取り乱し始めた。その瞳には純粋な絶望だけが浮かんでいた。
同情の余地のないクズではあるが、それでも同情を禁じ得なかった。
これではっきりした。核が明日正午ではなく、今この時に落とされた理由。
それはジャパリの作戦がやはり成功していたからだ。
亡きヒルズが語った通り、天高く巻き上がる火山灰は、核ミサイルの誘導を疎外するのに実に有効な手立てだったのだ。
時間が経てば、火山灰が成層圏のスターオブシャヘルに到達して、誘導システムに確実な障害を引き起こす。
だからグレン・ヴェスパーはそうなる前に、きゅうきょ予定を前倒しにして、プレトリア郊外の実験予定地に核を落とすことにしたようだ。
情報統制が完璧ではなくなることを考えると、一日前倒しにするだけでも相当なリスクがあるはずだ。
だが奴はセルリアンの女王を誕生させるために即断した。
・・・・・・カルナヴァルには適当なウソをついて、核投下までの時間稼ぎをさせようと目論んだのだろう。
爆撃機を用意して、山のふもとで侵攻部隊の面々を救出してやる、などという話もすべて嘘っぱちだったのだ。
「ぐ、グレン様ぁぁぁッッ!! ワシはこんなにもあなた様に尽くしてきたのに! 何故こんな仕打ちをなさるのですかあああッッ!」
もうカルナヴァルは助からないだろう。
ここバトーイェ山脈は核投下予定地から数十キロしか離れていない。たとえ爆発そのものに身を焼かれなくても、重度の被爆を免れえない距離だ。
コイツが率いていたシャヘル兵も同じだ。大半が溶岩流に巻き込まれたり、アムールトラにやられたりして死亡しただろうが、それでも峡谷に逃げ込んで難を逃れた兵士だって沢山いたはずだ。
被爆によって体を病み死んでいく彼らの未来が確定した。
グレン・ヴェスパーは沢山の部下を犠牲にしてまで核実験の成功を優先させたのだ・・・・・・まったく悪魔じみた、人知を超越した残虐性の持ち主だ。
核の炎が空をまばゆく照らし続けている。
ずっと向こうの空で、どこまでも、いつまでも、爆炎交じりのキノコ雲が立ち上っていた。既に僕の目に見える範囲よりも大きくなってしまっている。
一番上の方がどうなっているのかはわからない。
クズリさんとアムールトラの勝負はどうなった、と思いながら下の方を見やる。
驚いたことに、辺りの風景一帯が先ほどまでと全く様変わりしてしまっている。
溶岩が黒く変色して、ほとんど動かない半固形と化し、ブスブスと煙を上げている。衝撃波によって空気と激しくかき混ぜられたことにより冷えて固まってしまったのだろう。
それらの様相は、先ほどまでと打って変わって不気味な静寂感をその場に与えていた。
「・・・・・・あああっ・・・・・・うううっ・・・・・・」
アムールトラが倒れていた。力なく四つん這いになってその場にうずくまり、苦しそうなうめき声を上げていた。
その傍でクズリさんが肩で息をしながら立っていた。
(クズリさんが勝ったのか?)
と、一瞬そう思ったが、すぐに違うと分かった。
他でもないクズリさんの表情が困惑に満ちていたからだ。自らの手でライバルを倒したのならば、決してあんな顔はしないはずだ。
「・・・・・・あああっ! わあああッッ!!」
「て、てめえ!?」
茫然とするクズリさんをよそに、アムールトラがもがき苦しみ続けている。
考えられる可能性はひとつ・・・・・・奴は1人でにあんな状態になってしまったのだ。
それまでクズリさんと超絶的な打ち合いを続けていたはずなのに、突然に重大な病でも発症したかのような有様だ。
「・・・・・・どうして・・・・・・どうしてこんなことが出来るんだっっ・・・・・・! どうしてぇええええっっ!!」
うずくまりながらアムールトラが悲痛な叫び声を上げ続けている。
核を落とされたことに対して怒り狂っているのがわかる。
冷徹に押し込めていたはずの感情を曝け出して、立っていることすら出来なくなってしまうほどの怒りとは、いったいどれほどのものなのだろうか。僕には想像することさえ難しい。
奴にとってそれは、耐え難い苦痛そのものであるように思えた。
「・・・・・・許せない・・・・・・ゆるせない・・・・・・ゆる、せ、ない・・・・・・」
叫び震えていた奴の声から急速に理性と感情が失われつつあった。
端的に言うなら、怒りのあまり精神が崩壊してしまったかのような・・・・・・だがどういうわけだか、そんな言葉では到底言い表せられないぐらいイヤな予感がする。
________・・・・・・ズォォォン・・・・・・
うずくまるアムールトラの体に異常な変化が起こり始めた。
それは野生解放の金色の光とはまったく違う有り様だ。
奴の体からは二種類の物質が立ち上っている。
一つは虹色の光燐だ。セルリアンが倒された時に生じる物と良く似ている。
もう一つはどす黒い炎のようなオーラだ。まるで怒りと憎しみが可視化して現れているかのような黒炎が一瞬で膨れ上がり、奴の全身を覆っていた。
「・・・・・・ウウウッッ・・・・・・」
黒いオーラを揺らめかせながら、アムールトラがのっそりと立ち上がる。その顔は、怒りとも苦悶とも取れぬ般若のごとき形相に歪んでいた。
「・・・・・・アアアアアッッ!!」
両腕を振り上げながら、天を仰いで獣のごとき咆哮をあげた。
すると全身を覆う黒いオーラが、両腕に向かってひときわ凝縮されていった。
________ズググ、メキメキメキィッ・・・・・・
やがて黒色に染まり切ったアムールトラの両腕が変形し始めた。
普通の”手”だったはずのそれが、一回り以上も肥大化し、指先の一本一本に漆黒の鉤爪が生え出てきたのだ。
あの鉤爪は動物のトラそのもの。いやそれよりもはるかに鋭利で禍々しい。
まるで理性が感じられなくなった表情といい、あたかもアムールトラはフレンズでありながら動物に逆行したみたいに見える。
・・・・・・まさか、あの恐ろしい姿がフレンズの進化態だというのか?
to be continued・・・
_______________Cast________________
哺乳綱・ネコ目・ネコ科・ヒョウ属トラ亜種
「アムールトラ」
哺乳綱・鯨偶蹄目・ウシ科・ヤギ亜科・ヒツジ属
「メリノヒツジ」
哺乳綱・ネコ目・イタチ科・クズリ属
「クズリ(ウルヴァリン)」
_______________Human cast ________________
「イブン・エダ・カルナヴァル (Ibn Edd Carnaval)」
年齢:67歳 性別:男 職業:国際的非政府組織「PARK」現代表
_______________Story inspired by________________
“けものフレンズ” “けものフレンズ2”
byけものフレンズプロジェクト
“けものフレンズR”
by呪詛兄貴