リアルが忙しくて間が空いてしまいました。
ここからペース戻していきたいです。
天に浮かぶ要塞スターオブシャヘルの内部で、私とクズリ、メリノヒツジのたった3人による反撃が始まっていくらか経った。
行く先々で多数の兵士や無人兵器による銃撃に晒された。
壁や床が変形して私たちを押しつぶそうとしたり捕まえようとしてきた。
たった3人ぽっちの反乱者の中において、私の役目は囮役だった。
一番最初に敵に姿を晒し、銃火を躱し続けて敵の注意を引き付けることだ。
進化態という名の怪物と化してしまった私だったが、これまでに培った戦闘技術が失われることはない。体も問題なく動いている。
敵の”意”を読むことで弾道を予測し、ヒトの反射神経を超えるスピードで回避する。兵士たちは私が「いつの間にか動いていた」と錯覚していることだろう。
彼らはすっかり攪乱され、私を取り囲み狙うことに躍起になっている。
「あはははっ!」
その横っ面をはたくように、脇から本命の攻撃役がやってくる。
メリノヒツジだ。血走った瞳を爛々と見開いて、狂気的な笑みを浮かべながら一心不乱に兵士に襲いかかった。
強固な黄金の盾を構えた彼女のタックルは、さながら瓦礫を取り払う重機のように兵士たちを跳ね飛ばしていった。
________ジャキキキィィンッッ!
そうやって敵の懐に潜り込むと、湾曲した細長い刀やら、刃のついた鞭やら見たこともない武器を瞬時に取り出して、鮮やかな手さばきで四方八方を切り刻んだ。
すると一面に赤い花が咲くように鮮血が飛び散り、もともと赤かった自身の体をさらに真っ赤に染めていった。
「・・・・・・た、た、助け、ゆる、ガバッ! ガバアバッッ!」
________ミヂ、ミヂミヂミヂッッ・・・・・・
「どうだい? 僕たちの憎しみをゆっくり味わってくれよ」
メリノヒツジは兵士たちのことをただ殺すだけではなかった。
致命傷を免れていたり、その場から逃げようとしたりする兵士たちを見つけては、まるで憎悪を叩きつけるように、残虐行為を執拗に繰り返していた。
素手で頭から顎を引き千切ってみたり、銃を奪い取って相手の体がミンチになるまで何度も撃ってみたり・・・・・・
そして今、兵士の口元に手を押し付けて、手のひらからゆっくりと槍を生み出して、切っ先を喉中に飲み込ませるようにして殺している。
「ふん、さすがだなアムールトラ、お前の目にも止まらぬ動きが敵を完全に翻弄している。仲間にしておいて正解だったよ・・・・・・」
返り血まみれのメリノヒツジが、私を爽やかに称賛してくる。
怪物的な暴れぶりを見せる彼女だったがしかし、理性を失って暴走しているわけではない。
残虐な所業も考えがあってのことだ。
要塞内にある無数の監視カメラや、襲い掛かってくるガンユニットに映される映像によって、私たちの動きは常に敵側に筒抜けだった。
メリノヒツジはその状況を逆手に取って、公開惨殺ショーを敵側に見せつけているんだ。そうすることで自分たちの恐ろしさをアピールし、敵兵士を死への恐怖に陥れることで戦場を混乱させようとしているのだ。
いくら一人一人が強かろうが、たった3人しかいない私たちが、大軍団を相手に有利に戦うための戦術だ、とメリノヒツジは豪語した。
ただ闇雲に突っ走っているわけではない。怒りを爆発させつつも、細かく状況を観察して狡猾に立ち回ろうとしている。
頼もしく、そして敵にとっては恐ろしい存在だと思った。
「僕が良いと言うまで敵に一切攻撃するな、囮に徹していろ」
それがメリノヒツジが前もって私に命じていたことだった。
すでに一度暴走を経験している私が、ふたたび暴走することを危惧しているからだ・・・・・・でも、もちろん私のことを気遣っているわけじゃない。
今のところ大した敵が出てきていないからだ。兵士かガンユニット、もしくは要塞そのものが変形して襲ってくるだけだ。
だから不安定要素のある私が暴走のリスクを背負ってまで戦う必要はない、とメリノヒツジは判断した。
・・・・・・ただ、今後もそうであるという保障はない。
いずれ出て来るかもしれない強敵のために、メリノヒツジは私が暴走する可能性も勘定のうちに入れて、今は敢えて温存しているんだ。
そんな彼女の判断は内心ありがたかった。
要塞を落としグレン・ヴェスパーの野望を止めるために、命を賭して戦わなければならないと思ってはいる。
・・・・・・だけどやっぱり、暴走して正気を失ってしまうことが怖かった。
戦おうと思ったらどうしたって手が出る。しかしこの獣じみた手のひらは、以前までとまったく使い勝手が違う。
拳を作れないのだ。握ろうとしても中途半端な所までしか指が曲がらないし、曲げたら曲げたで、数十センチもの黒い鉤爪が内側からニュッと飛び出てくる始末だ。
今の私は言葉を失っただけでなく、空手の真髄をもなくしたんだ。
こんな禍々しい鉤爪を攻撃に使いたくなかった。そうしたが最後、黒い炎が内側から溢れ出して、精神がふたたび乗っ取られるような予感がしたからだ。
________ドッガアアアンッッ!!
後方の少し離れた所で大爆発が巻き起こった。
クズリが引き起こしたものだ。彼女は敵との戦闘は先行する私とメリノヒツジにほぼ任せ、自身は後から追いかけながら”スターオブシャヘル”の破壊工作に専念していた。
私たちが通った場所を破壊して道を塞ぐことで、敵に後ろから狙われるのを防ぐためだ。そうすることで私たちは前方だけを気にして戦うことが出来る。
クズリはまだ暴走を経験してはいないし言葉も失ってない。
何より異形化したのは右腕のみである。これらのことから、私と比べて進化の度合が完全ではなく、したがって暴走のリスクも私より低いだろう・・・・・・
そう判断したメリノヒツジがあてがった役目だった。
クズリは私と違って進化態の力を出し惜しみしたりするような様子はなかった。
異形の右腕を振るい、黒いオーラを衝撃波として打ち出す・・・・・・彼女がひとたびそうするだけで、広範囲にわたって壁は砕け、床は裂け、いくつものフロアや階層がひとつながりになってしまう有様の大破壊が起こっていた。
進化態と呼ばれるフレンズだけが発揮する尋常ならざる攻撃は、やろうと思えば私にも出来ることではある。
手から稲妻のようなものを放って暴れた記憶が、今も脳裏にはっきりと残っている。
クズリの手によって破壊されていくスターオブシャヘル・・・・・・生きている要塞という説明通り、内蔵のように張り巡らされた複雑な内部構造ではあった。
そしてここの内部構造は変幻自在に変化する。
ここで暮らした時期もあると言うメリノヒツジによると「床がひとりでに浮き上がってフレンズを所定の場所に運ぶ」というのがスターオブシャヘル内での主な移動方法だったようだ。
何者かが遠隔操作でそうしているのか、はたまた何らかの機械仕掛けでそうなっているのか、詳しい仕組みはメリノヒツジでも想像が付きかねるらしい。
扉も定まった位置にはなく、何もない所に突然出現したり、消えてしまったりしたそうだ。
巨大な迷宮の中にあって、フレンズが自由に移動できるのは定められた居住区だけだったと。
・・・・・・だがそんなのはもはや過去のことで、クズリは立ちふさがる全ての障害を破壊し、私たちはあらゆる所を好きに押し通ることが出来た。
手に入れた新たな力を存分に振るって破壊をまき散らす”進化態”クズリ。
高い知性と残虐性によって敵を狡猾に追い詰めるメリノヒツジ。
敵の攻撃の熾烈さ以上に、こちら側の戦力がとてつもないのは言うまでもない。
二人が、いったい今までにどれだけの悲惨な扱いを受け、Cフォースへの怒りを溜めこんできたのかは、部外者でしかない私には知る由もない。
だが、その一端を垣間見るのには十分すぎるほどに、彼女たちの戦いぶりは凄まじかった。
怒りに飲まれて一度は暴走してしまった私が、今も正気を保っていられるのは、こんなにも怒り狂っている二人がそばにいるおかげなのかもしれない。
Cフォースが行ってきたフレンズに対する数々の非人道的な扱いは察するにあまりある。オーダーだの鎖の腕輪だのといった拘束具で自由を奪い、道具さながらに命を使い捨ててきた。
そしてあの子は、メガバットは・・・・・・グレン・ヴェスパーに実験と称して失明させられたんだ。
今にして思えば、私は運よくパークに拾われた。
どちらの組織に属したところで、戦うしかない事には変わりなかったけれど、パークの中にあってはヒトとフレンズの間には平等があり、厚い信義があった。
≪踏みにじられ続けたCフォースのフレンズたちはやがて反乱を起こすであろう。徒党を組んだフレンズたちの戦闘力に、Cフォース側には万にひとつの勝ち目はなく、彼らは己が生み出した者たちの手によって壊滅させられるだろう≫
ふと亡きヒルズ将軍の言葉を思い出した。
彼の予言したことが今まさに起こっている。
実際には反乱を起こしたフレンズはクズリとメリノヒツジのたった2人だけだ。徒党と呼ぶにはあまりに少ない人数ではあったが・・・・・・
彼女たちほどの実力があれば、この要塞どころか、Cフォースという組織そのものを壊滅させることさえ出来てしまうのかもしれない。
「あ、う・・・・・・」
「どうしたアムールトラ? さっさと先に進むぞ」
戦闘の局面そのものは上手く行っているように思える・・・・・・が、しかしその一方で、私はどこか手詰まり感を感じ始めていた。
このスターオブシャヘルは、思ったよりはるかに広大な面積があるようだ。どれだけ派手に暴れ廻ろうとも、いったい後どれぐらい破壊すれば戦いが終わるのか見当がつかない。
途轍もない広さの要塞を、自分達が今どこにいるかもわからないまま闇雲に壊して回ったところでラチが空かないのは言うまでもない。
そして、私たちの目標はヴェスパー親娘だ。今のところ彼らの居場所の手がかりとなるような情報はまったく掴めていない。
「ヴェスパー親娘の居場所を教えろ。そうすれば殺さないでおいてやるよ」
メリノヒツジが何度か兵士を捕まえて尋問していたが、彼らは一様に青ざめた表情で首を振るだけだった。
恐ろしい血まみれの殺戮者に脅されて、知っていれば話しただろうが、おそらく本当に知らないんだろう。
「ああ知らないのか・・・・・・じゃあ、死ねよ」
_______バツンッ
ぼそりとつぶやいてから、メリノヒツジはほくそ笑みながら尋問した兵士の首を刎ね飛ばした。
焦る様子は全くない。もとよりこんなことで情報が得られるとも思っていないようだ。
彼女が期待しているのは、自分たちがもたらした恐怖と混乱が、末端から中枢にまで波及することだ。その時こそグレン・ヴェスパーへとつながる手がかりが得られると考えているんだ。
「だりぃんだよッ!」
溜息まじりに吐き捨てる声が背後から聞こえてきたので、声の主を探さんと振り返って目を凝らした。
後方に広がっているのは見るも無残に破壊された通路だ。
炎と黒煙が辺り一面に広がっていて視界が悪い。ところどころ天井が崩れて瓦礫がうず高く重なり、同じように地面があちこち陥没している。
ここまで壊されては、いかに変幻自在の迷宮といえど、元通りに直ることなんてないんだろう。
「メリノよぉ、こんなちまっこい事をいつまでオレにやらせんだァ?」
やがて炎の中から、破壊をもたらした張本人であるクズリがゆらりと現れる。
しかし彼女はその威圧感に満ちた佇まいとは裏腹に、ふてくされたような何ともつまらなさそうな表情をしていた。
後ろのほうで施設の破壊に勤しんでいたと思っていた彼女が、なぜ私たちに突然合流してきたのかはわからない。
「クズリさん、今こそ待ちに待った復讐の時なのに、いったい何が不満だというのですか? あなたらしくもないですよ」
「けっ、てめえはどうだか知らねえが、オレはザコをいくら殺したって気が晴れやしねえんだよ・・・・・・あの親娘の居所もまだわかんねえってのによォ」
「手がかりがない以上は闇雲に探しても仕方がありません。派手に暴れて獲物にプレッシャーを与えつつ、隙を見せてくるまで焦らずじっくりと待つ・・・・・・それが狩りの鉄則なんですよ」
どうやらクズリは、強敵がおらず手がかりもない今の状況にすっかり辟易し、破壊工作という役目を放り出して戻ってきたようだ。
不平を漏らす彼女をメリノヒツジが何とかなだめようとしている。
クズリが口が悪いのは知っているが、メリノヒツジだって目上のクズリには丁寧な言葉で返しているけど、会話の内容にはだいぶトゲがある。
口の悪い二人が互いに毒を吐き合っている。だけど不思議なことに、傍から見たら口喧嘩にしか聞こえない言葉の押収の中に、相手への気安さや信頼が現れているのが確かに感じられる。
・・・・・・しかし、たとえ彼女たち流の気安い会話なのだとしても、クズリが今の戦い方に辟易していることも事実であり、メリノヒツジも今の戦い方を変えるつもりはさらさらないようで、二人の言い争いは平行線をたどるばかりに思えた。
「・・・・・・あ、あ!」
「なんだ。どうした?」
私は低くうめくと、二人に注意を促すように手を前に振った。
クズリが破壊した後方と違って、前方は相変わらず冷たく無機質な回廊が広がっている。気が付くと兵士や無人兵器の攻撃もぱったりと止み、辺りはしんと静まり返っている。
無残に破壊された後方ならともかく、前方から攻撃が来ないのは不可解だ。
ヴェスパー親娘のことを見つけられてもいないのに、そんなこと普通はありえない。何か異変が起きているような気がする。
そう思った私は、意識を研ぎ澄ませながら、辺りに動く物がないかを注意深く探り始めた。
「・・・・・・アムールトラ、相変わらずてめえはモノ探しがうめえなァ」
私の様子を見て、二人は言い争いをピタリとやめて辺りを警戒し始めた。
もう言葉を話すことは出来ないけれど、私は以前の経験から知っている。
話せなくても伝えられることは結構あるってことを。
私たちは3人とも歴戦の戦士だ。戦いのこととなれば、阿吽の呼吸ってやつで相手に意思を察してもらうことは決して難しくない。
「あうっ!」
やがて私は暗闇の中に不審な物を見つけ、手を動かして二人の視線を誘導した。
クズリが抉り飛ばした分厚い床の下に見える階下のフロアだ。
ガラス状の半透明な床の上を、泥のような黒い塊が這いずっている。その塊の体表には、いくつもの真円状の瞳が現れていた。
眼下にいる敵の正体を、3人とも瞬時に悟ることになった。
「ここでは女王誕生の研究のためにセルリアンも培養されていました。あれもそのひとつなのでしょう」
「兵士やガンユニットじゃオレらに勝てないってんで、新手を送り込んできやがったか」
「・・・・・・だとしたら妙ですね。僕らではなく何か別の目標に向かっていっている?」
________ダァンッッ!
それは間違いなく銃声だった。
今しがたセルリアンらしき謎の物体が横ぎった階下のフロアで放たれたものだ。
・・・・・・誰かが撃った。私たち3人にではなく、他の何かに向かって。
私たちは異変の正体を探るために、誰が言い出すでもなく一斉に、銃声が響き渡った下の回廊に向かって飛び降りるのだった。
________ドウドウドウッ!
そこではやはり戦闘が起こっていて、男たちが物陰から顔を出しながら、虹色の軌跡を描くSSアモを撃っていた。
標的は先ほどもチラリと見えたセルリアンだ。同じ姿の個体が、見える限りは6体いる。
背丈は数メートルほどで、セルリアンとしては小型だ。
鉤爪の生えた前足をぶら下げ、後ろ足で二足歩行している所なんかは、地上にも生息している「ハウンドタイプ」に似ているけれど・・・・・・何となくそれとは違うとわかる。
本物のハウンドはもっと前かがみで背骨が曲がっている。しかし目の前のセルリアンの姿勢のいい立ち姿は、まるでヒトやフレンズみたいだ。
何よりも、ハウンドタイプの弱点である、顎の下に付いているはずの石が見当たらない。
・・・・・・打たれ強さも尋常じゃない。SSアモを何発も受けているにも拘らず、まるで堪える様子を見せずに男たちに近づき続けている。
「とりあえずアイツら殺そうぜ」
「そうですね」
クズリとメリノヒツジが同じタイミングでヒト型セルリアンの群れに挑みかかる。
奴らの実力がどれほどのものかは知らないが、いくらなんでもこの2人が簡単に負けることはないだろう。
私はメリノヒツジに止められているから行けない。だからヒト型と対峙していた男たちの方を気にすることにした。
ここの兵士なら何で私たちと関係ない所で銃を撃っていたのか?
やっぱり私たちのことも撃つつもりか・・・・・・もしそうなら、ヒト型の相手をしている2人に代わって対処しなければならない。
________ジャキッ!
銃口を向けられながらも、なるべく男たちを刺激しないように注視する。
十人足らずの男たちが、油断のない空気を放ちながら少しずつ物陰から身を乗り出してきた。
出て来た顔はどれも、それなりに年を重ねた中高年のものだった。
・・・・・・どうやらただの兵士ではない。
みんな膝丈まで届く紺色の、格式高い襟詰服を身にまとっている。
ゴムのような質感のアンダーウェアの上に黒いプロテクターやヘルメットを付けた一般兵との違いは一目瞭然だ。
彼らはどう見てもCフォースの将官だ。見た目の年齢から考えてもかなりの地位があるヒトたちのように見える。
ここはグレン・ヴェスパーの本拠地なんだから、Cフォースの将官がたくさんいるのは当たり前だろう。
しかしわからない。どうしてここで作られたっていうセルリアン相手に戦っているんだろう。
良く見ると紺色の制服は血と埃で汚れていて、奮戦の痕跡がまざまざと伺える有り様だった。
「お、お前は、シベリアンか・・・・・・? それにあそこで戦っているのは、ウルヴァリン?」
「あう?」
物陰から身を乗り出した将官の1人が、間違いなく私とクズリの名前を呼んだ。
そりゃあ私とクズリはCフォース内で名前ぐらい知られていたっておかしくないと思うが、そういう感じの声色じゃない。顔なじみに対するそれのような気安さがある。
顔も立ち姿もすでに老年に達しているこの将官と、私はどこかで会ったことが・・・・・・?
「くっ、何なんだコイツらはっ!」
憤慨するメリノヒツジの声に驚き、その将官から目を逸らして振り返る。
彼女はヒト型セルリアンの一個体と、一対一で派手な接近戦を繰り広げていた。
その鮮やかな槍裁きからは半端じゃない技量が見て取れる。さすがはスプリングボックに勝利しただけのことはある。
だがヒト型セルリアンもそれに劣らぬ素早さで槍を防いでいた。さっきまで将官たちを追い詰めていた鈍重な動きからは想像も出来ないほどだ。
目を見張るのは動きの素早さだけではなく、フットワークを使って細かく間合いを調節したり、腕を使って槍の穂先を打ち払ったりしたことだ。
セルリアンのはずなのに、ヒトの格闘技を使いこなしているように見える・・・・・・こんな個体には今まで出会ったことがない。
「はっ、ようやくそれなりの敵が出てきたなァ・・・・・・!」
クズリの声が待ちわびたとばかりに歓喜に弾む。
彼女はメリノヒツジと戦っている個体以外のすべてを、五体ものヒト型セルリアンを相手に一人で戦っていた。
自分からは攻撃を仕掛けることなく、四方八方から襲い来る攻撃に対して回避に徹していた・・・・・・一にも二にも先手必勝をポリシーにしている彼女らしくもない動きだ。
_______ビュボボボッッ!
5体ものヒト型が一人の敵を取り囲んでの乱打は、手数も勢いも嵐のようだったが、クズリにはかすりさえしない。
今のクズリは私とほぼまったく同じ動きをしている・・・・・・ヒト型セルリアンたちの動きを、事前に完全に見切ってから躱している。
一方のヒト型にはクズリの動きがまったくわからないようだ。攻撃が当たったかと思いきや「気が付いたら別の所にいる」とでも感じているのだろうか。
信じがたいことだけれど、この様を見たら信じるしかない。
クズリは相手の”意”を呼んで攻撃を見切る術をほんとうに体得しているんだ。
私の真似をしたとか言っていたけれど、そんなことで容易く身につけてしまえる辺り、つくづく天才的な戦闘センスの持ち主だと思う。
クズリの考えていることが何となくわかりはじめてきた。
闘争に対する貪欲な探求心を持つ彼女のことだ。進化した自身の体がどれだけ動けるのかを見極めようとしているのだ。
彼女は兵士やガンユニットのような取るに足らない相手に辟易していた。しかしあのヒト型セルリアンたちがそうではないことを看破し、さっさと倒すには惜しい相手と思ったために、格好のトレーニング相手にしているんだ。
「クズリさん! 遊んでないで早く片付けてしまいましょうッ!」
クズリと違ってメリノヒツジは性急に勝負を決めようとしている。
そして苛立ち紛れに大振りな突きを繰り出した。しかし見切られてしまっていたのか、ヒト型セルリアンに最小限の動きで回避されてしまっていた。
________ザシュウッ!
だがメリノヒツジはニヤリと笑い、穂先を猛烈なスピードで真っ直ぐ引き戻した。
するとヒト型はとつじょ体を勢いよく横倒しにして倒れ込むのだった。見ると膝から下が両足とも切断されていた。
メリノヒツジが何をしたのかわかった。
彼女は「武器の形を変える能力」を用いて巧妙な二段攻撃を仕掛けたんだ。
槍での大振りな突きはフェイクだ。敢えて敵に躱させておいて穂先の内側に入らせる。
そうした後で、穂先を槍から鎌の形に変化させながら引き戻したんだ。
槍の軌道しか予測していなかったヒト型セルリアンは、まんまと不意を突かれて鎌で足首を掻き切られることになったのだった。
「まずは一匹っ!」
________ドチュッッ!
勝ちを確信したメリノヒツジが、昏倒したヒト型セルリアンのどてっ腹を勢いよく刺し貫く。
しかしその瞬間、予想だにしなかった光景が目に飛び込んで来た。
鋭い二又の穂先を突き入れられた腹部から、赤い鮮血が勢いよく噴き出したのだ。
一般的に知られている限り、セルリアンの体は”核”以外はどこをとってもアメーバのように均一のはずだ。
血液なんて物はないはずなのに、これじゃまるで・・・・・・。
________ズグググッ・・・・・・
異変はそれだけではなかった。
ヒト型セルリアンは大量出血しながら、膝から下を切断されたはずにもかかわらず、再び立ち上がって見せたのだ。
切り離されたはずの足と胴体の間に、突如イバラのような触手が生えだし、両者を再びくっ付け合わせようとしていた。
「何だ! この敵はッ・・・・・・!?」
さしものメリノヒツジもその異様な姿に絶句したようで、槍を引き抜いて身構えたまま距離を取った。
ヒト型セルリアンの膝はあっという間に再生を果たし、今度は反撃と言わんばかりにメリノヒツジに向かって駆け出した。
_______ドガンッッ!
「な、なに!?」
しかし、距離を詰めるヒト型セルリアンに向かって何かが衝突した。
側方に向かって弾き飛ばされたその体は、壁にめり込む程の勢いで叩きつけられていた。
見るとヒト型セルリアンの体の上には、別の個体が折り重なって倒れていた。
「・・・・・・どいてろ、メリノ」
クズリがぶっきらぼうに呼びかける。今しがたの出来事は彼女の仕業だったのだ。
言われてメリノヒツジが飛び退くと、クズリは右腕を掲げて力を溜め始めた。体から噴出した黒い炎がみるみる内に手のひらに凝縮されていった。
「ずいぶん傷の治りが早いみてえだが、コイツに耐えられるかよ」
________グゥンッ・・・・・・ドッシャアアッ!
クズリの異形の右手から放たれた黒い衝撃波が、地面を削り飛ばしながら迸っていく。
そして二体のヒト型セルリアンに直撃すると、そのまま突き抜けて後方の壁に大きな亀裂を走らせた。
一体は全身に衝撃波を浴びて、跡形も残さずあっという間に消滅した。
だがもう一体は微妙に躱していたらしい。
完全に吹き飛ばされたのは右腕から脇腹にかけての部分だけだ。
右半身は表面をひどく抉られていたが、左半身には衝撃波が当たっていなかったようだ。
・・・・・・そして、ヒト型セルリアンの正体を私たちは知ることになった。
「あ、あれはまさか、量産型フレンズか!?」
メリノヒツジが、削り飛ばされた外皮の中から出てきた姿を見て叫ぶ。
茶色い体に丸い耳と長い尻尾を持ったフレンズの体が右半分だけ、それまでセルリアンにしか見えなかった黒い体の内側から露出していた。
その開かれた目は虚ろで、まるで人形であるかのように生気が感じられなかった・・・・・・これじゃ、生きているのか死んでいるのかだってわかりはしない。
「何だァ? 知ってんなら解説しろよ」
「いえ、僕もこんなのがいるなんて知りませんでしたよ。でも想像は付きます・・・・・・これもあの親娘の実験の成果なんでしょうね」
事情通のメリノヒツジが、その知識を生かして敵の正体について推理を働かせる。
このスターオブシャヘル内部では量産型と呼ばれるフレンズが製造されているという。
最初から死んでいた動物を回収してフレンズ化施術を施すのではなく、生きた動物を大量に集めて、わざと殺してから施術にかけることで生み出した存在だ。
その量産型フレンズに、培養していたセルリアンの細胞を上から纏わせて作ったのが目の前の敵ではないか、とメリノヒツジは推理した。
内側にある量産型の肉体を、いわばセルリアンの”核”として使っているのだと。
「その肉体はもはや生ける屍、いや、セルリアンの臓器とでも言うべきでしょう。意識を取り戻すことはきっとありません・・・・・・体を吹き飛ばされても呻き声のひとつも上げないんだからね」
クズリはメリノヒツジの推理を聞き終えてから「チッ」と静かに舌打ちすると、ふたたび異形の右手を振りかざし、掌に黒い炎を燃え上がらせた。
さっきまでの楽しむような態度は表情から消えている。
「やめろウルヴァリン! ここでそんなに威力の高い技を使ってはいかん!」
「・・・・・・あァ?」
とつじょ、私たちの名前を知っている例の将官が血相を変えて呼びかけた。
名前を呼ばれたクズリが驚いて振り返ると、掌にチャージしていた黒い炎も途中で霧散してしまった。
「この近くには重要な設備がある! そこを破壊してはいかんのだ! その敵は格闘戦で倒せ!」
「アンタは誰だよジジイ・・・・・・ベラベラと指図しやがって!」
「クズリさん、とりあえず言う通りにしましょう」
メリノヒツジが会話に割り込み、そして敵を倒すように促した。
「その鉤爪で直接切り裂けば問題なく倒せるはずですよ」
彼女は告げる。進化態の証でもある異形の手・・・・・・そこから湧き上がる黒い炎には、あらゆるサンドスターの働きを無効化する働きがあると。
たとえ目の前の、量産型フレンズを素体とするセルリアンに異常な回復力があったとしても、鉤爪で切り裂かれた傷が回復することはないであろうというのだ。
そんなやり取りをしている間にも、5体のヒト型セルリアンが再び彼女に襲い掛かろうとしてきていた。
先ほどの右半身を吹き飛ばされた個体も足取りは変わらない。瞬きすらしない虚ろな素顔を外気に晒しながらヒタヒタと近づいて来ている。
・・・・・・さらに突き当りの暗闇から、また新たに無数の影が駆け寄ってくるのが見えた。
「何だか知らねえがやってやろうじゃねえか」
「気をつけてください! さらに新手が!」
クズリは億劫そうに息を吐きながらも、右手の鋭い鉤爪を振りかざしながら歩き出した。
その後ろでメリノヒツジは援護をするために、投擲するための槍を無数に取り出して地面に並べ立てた。
私に声はかからない。メリノヒツジはまだ私を戦わせるつもりはないようだ。
たしかに、多勢に無勢の状況ではあったが、この2人に任せておけばまったく問題ないだろうとは思う。
・・・・・・だが、私は動かずにはいられなかった。
_______パァンッッ!
あふれる激情に身を任せながら、周りの空気が破裂するほどの勢いで飛び出し、クズリたちの脇を通ってヒト型セルリアンたちの前へと躍り出た。
そして両腕の鉤爪を限界まで伸ばし、爪先に黒い炎を纏わせると、技術も何もかなぐり捨てた動きでセルリアン達を切り裂いた。
外皮の中にある、コアたるフレンズの肉体にも爪が通り鮮血が噴き出す・・・・・・しかし、次の瞬間には、爪にともされた黒い炎が着火して全身を覆い焼くのだった。
炎は外皮も内臓も一緒くたに焼き尽くし、やがて原型を保てなくなった燃えかすが虹色の光燐と化して弾け飛んだ。
「うううっ! ああああっ!!」
「アムールトラ!? まだ動くなと言っておいたはずだ! ま、まさかまた暴走して!?」
「うるせえ・・・・・・落ち着けよ」
正気であることを知らせるために、2人に向かって一瞥を投げかける。
メリノヒツジは怪訝そうな様子で取り乱していたが、クズリは無表情のまま目を見開いて私をじっと見つめていた。
クズリがこの場を任せてくれた。そのことを悟った私は、再び黒く燃え盛る両腕を広げて敵に対峙した。
私の中で再び激しい感情が渦巻いている。
でもそれは怒りでも憎しみでもない・・・・・・悲しみだ。
量産型フレンズのことを初めて知った。この子達の使い道っていうのは、きっとヒト型セルリアンのコアにされる事だけじゃないだろう。それこそヴェスパーらが思いつく限り、すべてのおぞましい所業に利用されることになると思う。
・・・・・・やはりあの男の悪行は想像を絶していた。
時間があるならば、事情通のメリノヒツジに洗いざらい教えてもらいたいものだ。きっとまだまだ恐ろしい話が出てくるだろう。
私に出来ることは、彼女たちを早く楽にしてやることだ。
無限に生み出され続ける悲劇の連鎖を断ち切りたい・・・・・・その思いに応じるように、燃え盛る鉤爪をいっそう激しく、台風のように周囲に叩きつけた。
・・・・・・しばらく経つと、周囲には私たち3人と、後ろにいる軍人たち以外には動く物が無くなっていた。
初めてみずからの意志で鉤爪を振るった私の指先には、肉を切り裂いた生々しい感触がじっとりと残っていた。
「ううっ・・・・・・!」
「さすがの実力と言いたいところだが、また暴走したくないなら、衝動的な戦い方は控えたほうが身のためだと思うがな」
私のそばにいるのは不満げに叱責してくるメリノヒツジだけで、クズリは物陰に隠れている軍人たちのいる方へ向き直っていた。
8人ばかりの士官服をまとった男たちが注意深く姿を現す。まだ私たちに銃口を向けていたが、やがてその中の一人が手を広げて仲間たちに銃を下ろさせた。
私とクズリの名を知っている例の男だ。
男に対面しているクズリの後ろ姿が一瞬驚いたようにびくりと震えた。
「俺が知っている頃よりも、さらに輪をかけて強くなったようだな、ウルヴァリン。そしてシベリアン・・・・・・さすがは”無敵の野生”と”最強の養殖”といったところか」
「アンタまさか、ブラジルのジフィ大佐か?」
「・・・・・・ふっ、久しいな」
クズリの口から飛び出したのは、実に懐かしい名前だった。
ジフィ大佐・・・・・・かつてCフォースブラジル支部にて、私とクズリの上官だった軍人だ。たぶん、今は大佐どころかもっと上の地位にまで昇り詰めているはずだ。
すっかり白髪が増えていて、言われなければ気付かないほどだったけれど、瞳から放たれる鋭い迫力は、確かに見覚えのある男のものだとわかる。
ジフィ大佐は、セルリアン災害からヒトを守るというCフォースの使命を懸命に果たそうと奔走する厳しくも善良な軍人だった。
そして大佐はCフォースの枠組みの中で、出来る限り私たちフレンズのことをまともに扱ってくれていた。交代で休養を取らせたり、負傷したフレンズを戦わせないといった軍規をヒトの兵士と同様に敷いていた。
戦いに生きる者は武器の手入れを決して怠らないという理念から、対セルリアン戦に欠かせない存在だったフレンズのことを、替えが利かない兵器として捉えていたからだ。
・・・・・・私は少なくとも、大佐の下にいた頃はCフォースの正義を信じていた。
「礼を言うぞ。お前たちに出会えなければ我々は確実に死んでいた」
「ていうか大佐、アンタらはここで何してやがんだァ?」
「色々あって、我々はグレン・ヴェスパーと袂を分かつことになったのだ・・・・・・様子を見るにお前らも同じようだが、一緒に来るか?」
言うなり大佐は他の仲間と一緒に銃を構えながら、薄暗い通路を先に進み始めた。
仕方がないので私たち3人も後を追うことにした。
「・・・・・・クズリさん、あの男たちはおそらくグレン・ヴェスパーに捕えられていた者たちでしょう。きっと僕たちが起こした混乱に乗じて、運よく脱出を果たすことができたんでしょうね」
やはり事情を知っているメリノヒツジが、ささやき声で説明をはじめる。
この話はグレン・ヴェスパーの愛娘にして組織のナンバー2でもあるイヴ・ヴェスパーから聞いたことらしい。
ジフィ大佐をはじめとして、この場にいる将官たちは、グレン・ヴェスパーが催そうとしていたCフォースの創設20周年を祝う祭典に出席しようとプレトリアに建設された会場に集まっていたのだと。
しかし、その会場に人知れず侵入してきた者がいた。
たった1人で乗り込んできた侵入者は、警備の目を躱して会場の放送設備をジャックしてから、招かれていたCフォース関係者たちに対して演説をぶったらしい。
グレン・ヴェスパーという男の独善的思想、そして野望の危険性を伝えようとしたのだという。しかしほどなくして警備に見つかり連行されることになった。
・・・・・・その侵入者の名前とは、カコ・クリュウ。
しかし演説の内容に興味を持ったジフィ大佐たちは、演説に最後まで耳を傾けるべきだと警備の兵士たちに抗議をした。
それがグレン・ヴェスパーの機嫌を損ね、大佐たちはこのスターオブシャヘルに収容されることになった、というのだ。
「あ、あ、あうっ!?」
聞き捨てならない名前を聞いて、私は思わずうめき声をあげた。
カコさんの安否がずっと気がかりだった。彼女とマダガスカルで別れてから、一瞬たりともそのことが頭から離れることはなかった・・・・・・
しかしメリノヒツジが話の続きを口にするよりも先に、前方を行くジフィ大佐たちの足取りが止まり、私たちは彼らの動きに注意を向けざるを得なくなった。
周りと比べて何の変哲もないような場所だ。壁も床もスターオブシャヘル独特の、内側に基盤が張り巡らされた、半透明で直線的な通路だった。
円陣を組んで銃を構えながら周囲を警戒している将官たちの中で、一人だけ床に座り込んでいる小柄な老人がいた。
老人は小型のコンピューターを開いて真剣な顔でキーボードを叩いている。クズリも、メリノヒツジでさえも何をやっているのか分からないと言った様子だ。
だがしばらくして違和感に気付いた。
半透明な地面の上に、流れるような文字列が出現しているのだ。
文字列は老人がキーボードを叩く動きと連動して増殖しているように思えた。
・・・・・・私はそれを見て、目の前で行われていることに何となく目算が付いた。
この小柄な老人はハッキングをしているんだ。
きっとこのヒトはおそらくはウィザードと同じような技術を持っているんだ。それ自体は別に不思議なことじゃない。
ただの地面が端末の画面になってしまっていることの方が驚くべきことだと思う。
_______タンッ
作業の一区切りを告げるようなタイピング音がキーボードから響いた。
すると、辺り一帯の半透明な通路がとつぜんに陥没し、その場にいる私たち全員を飲み込み始めた。あまりにも急なことだったので対応が出来なかった。
足を取られている。このままじゃ全員敵に捕まる・・・・・・そう思い、多少荒っぽい方法でも脱出しようと矢先。
ジフィ大佐が「あわてるな、これでいい」と、冷静な顔で私たちに呼びかける声が聞こえた。そして周りの将官たちも、誰一人として狼狽えず落ち着き払った態度だった。
彼らのことを信じて、私たち3人はされるがまま地面に呑み込まれていくことにした。
◇
ほんの少しの間だけ暗闇に飲まれた後、想像を絶するような光景が視界の先に広がっていた。
目に映るものの一切が水色で、湾曲した天井が光に縁どられている。巨大なガラス状の球体の中・・・・・・としか言いようがないような場所だった。
ドーム状の天井には無数の光が星空のように散りばめられている。絶え間なく移動する光点が線によって結ばれ幾何学的な模様を形づくっている。
息をのむような美しさを感じると同時に、スターオブシャヘル特有の、生き物の体を機械で再現したかのような不気味な印象も覚える場所だった。
驚き圧倒されて立ち尽くす私、クズリ、メリノヒツジをよそに、8人の将官たちは銃を下ろし、肩で息をしながらその場に膝を付いている。
その様子を見て、少なくとも老骨に鞭を打って戦っていた彼らがやっと休める安全地帯なのだということだけはわかる。
例のハッキングができる老人だけは変わらずにキーボードを叩き続けている。彼がこの機械仕掛けのガラス玉を操っていると考えていいだろう。
「ここを掌握出来たのは大きい。わずかでも希望が生まれた」
ジフィ大佐が私たちに向き直り告げる。
今いるこの場所は、スターオブシャヘル内でも特別な場所なのだという。
それはここが”生きている要塞”である理由にも関係している。
・・・・・・簡単に言えば、このスターオブシャヘルは目の細かいジグソーパズルのような構造をしているのだという。
パズルのピースは色々な形に変化し、他のピースと自在に結合し合う性質を持つ。それによって扉や廊下が勝手に現れたり消えたりする仕組みを実現しているというのだ。
そして私たちが今いるこのガラス球は「マザーユニット」と言って、ピースがどのように結合し合うかの信号を飛ばす指令所であるようだ。
この広大なスターオブシャヘル内部においては、指令所は各ポイントにいくつも点在しているとのことだ。
それらが互いにカバーし合うことで要塞全体に信号を行き渡らせることが出来るらしい。
大佐たちはマザーユニットのひとつをハッキングし乗っ取ることで安全地帯とした。
マザーユニットはスターオブシャヘル内部をあるていど自由に移動することができる。そして信号の中継地点である以上、偽りの信号を発することで周囲を欺くことも可能になるという。
・・・・・・つまり、隠れ潜む場所としては持ってこいということらしい。
「おいニンゲン、ひとつ教えてもらおうか」
突如ぶしつけな口調で言葉をはさんだのはメリノヒツジだ。
たとえCフォースの重役が相手であろうとまるで関係ないことといった風だ。
フレンズ同士の会話では、ヒトのことを「ヒト」ではなく「ニンゲン」と呼ぶのは、馬鹿にして敵意を向けているニュアンスが混じるんだ。そんなこと私だって知っている。
言葉が荒いのはクズリと一緒だが、誰に対しても同じように接するクズリのそれとは意味合いが違う。
メリノヒツジはやろうと思えば丁寧な口が利けるんだ。現に彼女が敬意を払うクズリにはそうしている・・・・・・相手を見て意図的に言葉を選んでいるんだ。
大佐たちを見る目つきも鋭く、まるで気を許していないことがわかる。彼女からしたら初対面なんだから無理もないが。
「俺の名はジフィだ。君は誰かな。はじめて見るフレンズだが」
「僕はメリノヒツジ・・・・・・見ての通り、スターオブシャヘルの連中と一戦交えているところさ」
ジフィ大佐は眉をひそめ、他の将官たちも銃の引き金に指をかけた。
警戒されるのも無理もない。メリノヒツジは敵兵士の返り血で全身血まみれだ。傍から見たらひどく恐ろしい風体に見えるだろう。
「それで、僕の質問なんだが、ここが他の場所に指令を伝える場所であるならば、つまりスターオブシャヘル内部の地形が把握できるということか?」
「無論だ。施設のほぼ全域の情報をモニターしている」
「ああ、それはとても良いな・・・・・・で、お前らニンゲンはこれからどうする? 脱出艇でも探して地上に逃げるつもりか?」
あざけわらうように問いかけるメリノヒツジ。
しかしジフィ大佐は気にしない様子で「いや、まだだ」とかぶりを振った。
「我々はまだ脱出するつもりはない。どうしても助けなくてはならない人物がいる・・・・・・そう、他でもない。カコ・クリュウだ」
迫真の表情でジフィ大佐はそう告げた。そして他の将官たちも同じ表情をしていた。
やはりカコさんも大佐たちと同じように捕えられ、このスターオブシャヘルのどこかに囚われていると言うのだ。
「我々はカコ・クリュウの言葉によって自らの過ちに気付かされた。彼女の気持ちに答えなければならない。独裁者グレン・ヴェスパーの非道を止め、Cフォースを改革しなくてはならない・・・・・・そのためには何としても彼女に生きてもらわねばならぬのだ!」
ジフィ大佐の言葉を聞いていて、瞳に熱いものが溢れるのを感じた。
カコさんは前々から、セルリアン災害の最前線で戦うCフォースの軍人たちと同盟を組むべきだと考えていた。
敵はあくまでグレン・ヴェスパーが主導する研究者たちの集団であるとし、彼らと軍人たちを分断させることが彼女の目的だったんだ。
しかしグレン・ヴェスパーの策略によって国際指名手配の濡れ衣を着せられ、目的を果たすことが困難になってしまった。
追い詰められたカコさんはヒルズ将軍に後のことを託し、たった一人でプレトリアに乗り込むことにした。
・・・・・・それがCフォースの軍人たちに語りかける最後のチャンスだったからだ。
そしてその思いは実を結んだ。ジフィ大佐たちがカコさんの思いに応え、命がけで助けようとしてくれている。
カコさんが信じた通り、Cフォースにもちゃんと信念あるヒトたちがいたんだ・・・・・・こんなにうれしいことがあるだろうか。
後は彼らと協力してヴェスパー親娘を打倒し、カコさんを助け出すだけだ。
そうすればパークとCフォースの同盟がついにかなう。ヒトとフレンズとが一丸となってセルリアンからこの世界を守る組織が出来上がるんだ。
カコさんの目指した、命を等しく慈しみ合える世界がやってくる・・・・・・
「うううっ!」
感極まった私は、涙を流しながら大佐たちに向かって何度も土下座した。
ジフィ大佐は「顔を上げろ、これは我々のけじめだ」と言いながら私の肩に手を置いて立ち上がるように促した。
「ところでシベリアン、おまえ言葉が・・・・・・?」
うめき声ばかり上げる私に違和感を覚えた大佐は、私の体に何らかの異変が起こっていることに気づいたようだった。
しかしそれ以上追及することはせずに視線をそらし、ドーム状の天井を見上げた。
改めてここに集まった将官たちの名前や階級について紹介を受けた。
彼らはやはり世界中のCフォースにおいて司令官クラスの任に就いている重役ばかりだった。ジフィ大佐からして今や大佐ではなく中将であり、ブラジルだけでなく南米方面全域の指揮を努めているとのことらしい。
・・・・・・今やそれも過去の話。ここにいる将官たちの後任は、もれなくグレン・ヴェスパーの息がかかった者たちになるだろうとのことだ。
「けっ、やってらんねえな。そこまで出世してもご主人様の機嫌を損ねたら一発でクビかよ」
「・・・・・・あの男にとっては他の全てが替えの利く駒に過ぎん。将官だろうが一兵卒だろうが変わらんのだ」
「まったく同じセリフをヴェスパー本人から聞いたぜ」
クズリとジフィ大佐が顔なじみの気安さで話していると、星空のように輝くドームの中に新たな光が走査する。
光と光が結び合いながら複雑で巨大な図形が急速に形作られていく。
例の老人のキーボード捌きも益々すばやさに磨きがかかっている。何がどう凄いのかは素人目にはわからないけれど、天才ハッカーのウィザードとなんら遜色ないレベルの動作をしているように思える。
「彼の名はファインマン・G。諜報部の特別顧問だ」
作業に没頭するあまり自己紹介が出来ない老人に代わって、大佐が彼の素性を教えてくれた。
このファインマンというヒトは軍人ではなく、Cフォース組織内の情報管理だったりセキュリティ構築の分野で功績を残したヒトらしい。
Cフォースのセキュリティと聞くと、思い出さずにはいられない出来事がひとつある。
ケープタウン大学に侵入して、スーパーコンピューターでCフォースの機密情報を盗み出す作戦を決行した時のことだ。
もしかすると、このヒトが作ったセキュリティが凄かったおかげで私たちは苦労したのかもしれない。あのウィザードが一度はハッキングに失敗するほどだったもの。
そのあと、メガバットの命がけの協力によって情報を奪うことには成功したけれど・・・・・・
いまファインマン氏は、自分が携わったセキュリティにみずからハッキングを仕掛けている所なんだ。だからいとも簡単に成功させてしまっている。
彼一人でこのマザーユニットの操作から、ほしい情報をさらうことまで行えるらしい。
「てこたぁよ、今すぐグレン・ヴェスパーを見つけることもできるってことかァ?」
「・・・・・・ウルヴァリン、残念ながらそうもいかんのだ。あの男か、もしくは娘の個人認証がかかっている箇所にアクセスするのは、如何にファインマン氏でも不可能に近いだろう。いくつかの選択肢に絞り込むのがせいぜいといったところだ」
「クククッ、その男一人いれば事は足りるということか・・・・・・なら他の奴はいらないな」
メリノヒツジが聞き取れないような小声でつぶやくと、口元をわずかにゆがませた。
_______ピリッ!
メリノヒツジの不穏な表情が背筋を一瞬ざわつかせたかと思いきや、稲妻のように鋭い殺気が一直線の彼女からほとばしる。
その先にいるのはジフィ大佐・・・・・・
予知に寸分たがわず、彼女は大佐に向って黄金色のナイフを投げつけた。
to be continued・・・
_______________Cast________________
哺乳綱・ネコ目・ネコ科・ヒョウ属トラ亜種
「アムールトラ」
哺乳綱・鯨偶蹄目・ウシ科・ヤギ亜科・ヒツジ属
「メリノヒツジ」
哺乳綱・ネコ目・イタチ科・クズリ属
「クズリ」
_______________Human cast ________________
「ギレルモ・セサル・ジフィ(Guillermo César Jiffy)」
年齢:67歳、性別:男、職業:Cフォース南米支部 陸軍連隊総司令官
「ジェームス・F・ゴードン(James Feynman Gordon)」
年齢:72歳、性別:男、職業:Cフォース本部 防諜担当副次官
_______________Story inspired by________________
“けものフレンズ” “けものフレンズ2”
byけものフレンズプロジェクト
“けものフレンズR”
by呪詛兄貴