けものフレンズR あるトラのものがたり   作:ナガミヒナゲシ

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過去編終章37 「さいごのほのお」

「・・・・・・クズリさんっ!!」

 

 グレン・ヴェスパーを石ころ大に握りつぶした直後、クズリは音もなくその場に倒れ込んだ。

 よろよろと駆け寄ったメリノヒツジに抱え上げられたその姿は、致命傷と言う言葉以外は見当たらないほどの有様だった。

 

「や、やりましたよ! ついに復讐を果たしたんだ・・・・・・グレンの最後のあの顔を見ましたか? 屈服させるつもりが、逆にあなたに屈服させられたんだ。ペシャンコになる寸前にね。ざまあみろってやつですよ」

「・・・・・・」

「情けないですが、僕は途中で挫けて動けなくなってしまっていました・・・・・・それに比べてやっぱりあなたはすごい。貫目が違う・・・・・・だから、起きてくださいよ! ねえっ!!」

 

 メリノヒツジがいくら呼びかけようともピクリとも動く様子を見せない。

 冷たく動かない体は、まるで流す血すら乾いてしまったようだ。

 本当にクズリはもう助からないのだろうか。

 

 それでも状況は何ら解決していない。

 コントロールを握っていたグレン・ヴェスパーが死んだことで、目の前にいる女王は制御不能の爆発的な成長をはじめている。

 ・・・・・・あの中にはまだカコさんがいるっていうのに、傷ついた今の私たちには彼女を助け出すどころか、生きてここから出ることさえ難しいかもしれない。

 

≪あはははっ!! 死んだあっ! なんて滑稽な死にざまなのかしら! 夢みたいだわっ!≫

 

 言葉を失っている私たちを他所に、上機嫌な笑い声が虚空から響いてくる。

 イヴ・ヴェスパーだ。父親を殺害されたというのに、私たちに対して怒るどころか歓喜に満ち満ちているようにさえ思える。

 

≪私はずっと父の死を望んでいた。父に気付かれないようにそれとなく利敵行為を繰り返していた。じわじわと真綿で首を絞めるようにあの男を追い込むためにね≫

「な、なんだと・・・・・・!」

≪シベリアンタイガー、ウルヴァリン、メリノヒツジ、あなた方3人も、私にとっては利用価値のある駒のひとつだった≫

 

 イヴ・ヴェスパーは前々から自身が父に取って代わるチャンスをうかがっていたという。

 だが身内にも用心深く冷徹なグレンには暗殺のチャンスなどなく、従順なそぶりを装って平身低頭し機会をうかがうしかなかった。

 

 そんなグレンにもたったひとつ弱みがあったという。

 高齢であるために、野望を叶えるために気長に構えている余裕はなく、焦りが募り始めていたことだ。

 さらには清算したい過去のトラウマもあった。

 イヴはそこに父を追い詰める千載一遇のチャンスを見出したのだと。

 

≪この戦争、舞台に上がる役者を選んでいたのは私なのよ。

 ジューゾー・トオサカの娘カコ・クリュウ・・・・・・父は必ずそのエサに食いつくと思った。悲願を達成するために無茶な行動を取るとも≫

 

 イヴの策謀は、私が想像していたよりもずっと前から始まっていた。

 そもそもグレン・ヴェスパーの当初の望みは、セルリアンの女王の力を手中に収めることだけだったようだ。

 フレンズの進化態を研究するのはその後でも良かった。

 だがイヴは父に対して「ふたつの力を同時に手中に収めてこそ支配はより強固なものになる」と説き、研究を同時進行で開始させたのだという。

 

 フレンズの進化態研究の中心人物となったイヴは、研究メンバーに関する人事権を得た。

 私とクズリを進化態の候補として抜擢したのも自分だという。

 そしてスターオブシャヘルにて自身を補佐する科学者としてヒグラシ所長を選んだ。

 

≪かなり前のことになるけれど、覚えているかしら? あなた達2人を乗せて南アフリカ上空を飛んでいた飛行機が、現地の武装勢力に撃墜されたわね。

 当然死ぬことのなかったあなた達は、その直後、現地で武装集団に追いかけられていたミスター・ヒグラシを助けた・・・・・・さらに、カコ・クリュウが率いるパークのスタッフたちと邂逅を果たすことになった。

 ・・・・・・フフフッ、あれはね、私が仕組んだことだったのよ≫

 

 忘れるはずがない。

 カコさんたちと出会い、クズリと別れることになったあの一件を。

 間違いなく、私の人生の分岐点とも言うべき出来事だった。 

 それが最初からイヴ・ヴェスパーに仕組まれていたなんて俄かには信じがたい。

 

≪ミスター・ヒグラシを招集した後、私は間もなく彼を地質調査の名目で地上へと派遣した。

 ちょうどカコ・クリュウが率いる集団の近くを通りがかるようにね。そこで彼は、私が金で雇った武装集団の襲撃を受けることになった。

 時を同じくしてあなた方を乗せた飛行機を通りがからせて、同じ集団に撃墜させた。

 ・・・・・・私が望んでいたのは、ミスター・ヒグラシと、あなた達2人が、共にCフォースを離反してパークに付くことだった≫

 

 イヴ・ヴェスパーはあの時、ヒグラシ所長が組織への叛意を抱いていたことを見抜いていた。だからこその人選だった。

 彼女の読み通りにヒグラシ所長はパークへと接触し、グレン・ヴェスパーの企みをカコさんへと密告した。

 その時からパークとCフォースの戦争は激化した

 ・・・・・・それこそがイヴの望みだった。

 

 私とクズリを裏切らせようとしたのは、あまりにも戦力的に不利だったパークに対して塩を送る意図があったという。

 結果としてクズリはパークには行かずCフォースに戻ってきてしまったが、父親への言い訳を成り立たせるために、進化態フレンズの研究を進める上では好都合だった。

 クズリを研究する過程で、進化促進薬という成果をも手に入れることが出来たのだから。

 

≪メリノヒツジ、あなたは2人に比べたらさして重要なカードではなかったけど・・・・・・バトーイェの重要な戦局にて、味方のフレンズを脱走させる等のたくさんの利敵行為をしてくれたわね。

 さらにシベリアンタイガーとウルヴァリンを仲裁し、父に盾付くように仕向けてくれた。

 結果的にはあなたが一番の功労者だったかもしれないわ≫

 

 イヴとしては今回の一件は、ほんの足掛かり程度でしかなかったという。

 機をうかがって暗殺を企て組織を乗っ取るつもりではいたが、その時が来るまでは従順なそぶりを見せて静観する心算だった。

 しかし私たち3人がスターオブシャヘルに乗り込んできたことが、イヴにとっての僥倖をもたらした。

 

 思いがけない抵抗を見せる私たちを前にして、これ幸いと思ったイヴは「苦渋の決断を迫る」という体でスターオブシャヘルの破棄をグレンに申し出た。

 拠点や兵力を失うことで、父の権威への図り知れないダメージが生じることを期待したからだ。

 

 だが、そんな想定をも超える事態が起こった。

 遠坂さんの幻影に囚われていたグレンは、クズリにそれを重ねたことで、逃げるという現実的な判断が出来なくなっていた。

 そして自ら戦いに赴き、クズリの手で葬られた。

 まさにイヴにとっては偶然の賜物だった。

 

≪本当にあなたがたには感謝の言葉もない。これで来るわ・・・・・・私の時代が≫

「バカな! 女王もスターオブシャヘルも失って、今さらお前に何が出来るって言うんだ!」

≪まあ、しばらくは地下に潜るしかなくなるでしょう。でも私は愚かな父と違って勝負を焦らない・・・・・・若い私には時間もある≫

 

 激しく反論するメリノヒツジに、イヴは薄ら笑いを浮かべながら答えた。

 貴重な女王の胚はもうイヴの手元にはない。グレン・ヴェスパーによって消費されたために失われてしまった。

 しかし代わりに膨大な研究データと体細胞のサンプルは確保しているという。

 それらさえあれば、ふたたび核爆発などを引き起こさなくても、こじんまりとした研究設備にて時間をかければ胚を培養することが可能だという。

 そうなれば娘が亡き父になり替わることは十分に可能だ。

 

≪そうだわ・・・・・・あなたたちへのせめてもの感謝の証に、今どういうことになっているか教えてあげましょうか≫

 

 状況を正確にモニターしているというイヴが語る。

 今もなお私たちの目の前で成長を続ける女王の動きについてだ。

 爆発的なスピードで育っていくその体は、巨大なスターオブシャヘルを浸食しながら成長を続けているという。

 

 しかし、ただ単に内側から根を張って食い破ろうというのではない。

 女王は周囲の何の変哲もない物質をセルリアンに変えてしまう能力を持つ。

 このまま行けば、やがてスターオブシャヘルの内部構造がすべて女王の肉体にすり替わるだろうと言うのだ。

 計算によれば、もって後10~20分ぐらいだという。それより前に脱出できなかった者は、女王に飲み込まれていく要塞と運命を共にすることになる。

 また女王の肉体のパーツである幼体セルリアンの犠牲者も多数生むだろう。

 

 まずいのは私たちやカコさんだけじゃない。

 私たちを待ってくれているジフィ大佐たちも、ヴェスパー親娘に従っていた兵士たちも、全員命を落とすことになる。

 

≪スターオブシャヘルを吸収した女王はやがて地上に落下し、思う存分暴れるでしょう。

 最初に生まれた女王と違って無作為な捕食行動を起こすこともないだろうから、時間経過による消滅も望めない。

 ・・・・・・ああ! けれども安心してちょうだい。このシャヘルで培養したセルリアンには安全管理の一環として「水に触れると溶けてしまう」という性質も付与してあるの。

 海を渡って世界中を滅ぼすなんてことは無理よ。せいぜい、アフリカ大陸が死の大地と化す程度でしょうね≫

 

 イヴ・ヴェスパーはまるで大したことではないと言う風に笑い飛ばした。

 だが想像を絶する酷いことが起ころうとしているのは言うまでもない。

 広大なアフリカ大陸が滅びる・・・・・・そんなことは核の力を用いても容易に出来ることじゃない。

 

 ふと、ナマクワランドの花畑を思い出した。

 南アフリカとナミビアの国境地帯に広がるあの場所は、心にいつまでも残り続ける、私が今まで見た中で最高の景色だった。

 アマーラという片腕のない女の子が私のために花輪を作ってくれた。

 花輪は私の育ての親であるサツキおばあちゃんとの思い出の花オオアマナで編まれていた。

 それを頭に乗せた時、私は美しい大地と、そこに生きるヒトたちのために戦おうと決意したんだった。

 

 ・・・・・・カコさんとの縁もそこから始まった。生まれ持った運命に従い、自分を追い込みながら進む彼女の背中は、いつだって途轍もなく思い荷物を背負っているように見えた。

 

≪それにしても、カコ・クリュウがあんな姿になるとは想定していなかったわ。まさに女王と呼ぶにふさわしい偉容だったわね。

 しかし、今もあの姿のままでいるのかしらね。彼女がいると思しき場所から最も激しいエネルギー反応が検出されている。もはやこちらの制御を完全に受け付けなくなったわ。

 彼女個人としての意識が残っているのかいないのか、それさえもわからない・・・・・・もし残っていたとしたら、父と私への恨みを晴らすために、なおのこと激しく暴れるかもしれないわね≫

 

 イヴの声色からは、まるでガラス越しに実験動物を観察しているような余裕が感じられる。

 だがカコさんの意識があるのかないのかわからない、という指摘については確かにその通りだと思った。

 魂に触れて呼びかけた私でさえ、彼女の返事を聞くことはできなかった。

 この世界を守ろうとしたカコさんが、逆に世界を滅ぼす存在と化してしまう・・・・・・こんなに酷いことが他にあるだろうか。

 

≪さて、こんな危険な場所からはさっさと退散させてもらうわね。最高権限のセキュリティキーを使えば、ものの一分で私専用の脱出艇に乗り込むことが出来る。

 さようなら。あなた方は本当に役に立ってくれた。

 ・・・・・・最後はそこで死ぬことで、私が与えた役割をまっとうしてちょうだいね。クククッ、アッハハハハハ!≫

 

 けたたましい笑い声が遠ざかり、やがてブツリと途切れた。自身で宣言した通り、通信の届かないところへと逃げおおせた証だろう。

 

__________ゴゴゴゴ・・・・・・

 カコさんをコアとして成長する巨大植物を見上げて茫然と立ち尽くす。

 凄まじい振動を起こしながら上へ上へと触手を伸ばしているにも関わらず、この広い空間が崩れ落ちたりする気配がないのは、空間を破壊しているのではなく、やはり同化しているからだろう。

 

「・・・・・・最後に、あなただけはッ!」

 

 動かないクズリを抱きかかえて項垂れていたメリノヒツジが顔を上げる。

 彼女とはこのスターオブシャヘルの戦いで手を組んだばかりだが、その血走った鋭い瞳には既に何度か見覚えがある。

 命がけで何かをやろうとしている時の目つきだ。

 

「アムールトラ、これから僕がやることにかまうなよ」

「あうっ?」

 

__________ドスッ

 メリノヒツジが驚きの行動を取り始めた。

 能力によってナイフを生成すると、おもむろに己の腕めがけて突き立てたのだ。

「さあ、どうぞ」

 次に彼女は、血が滴り落ちる手首を、動かないクズリの青ざめた唇に近づけた。

 まるでそうすることが当然と言わんばかりに躊躇がなかった。

 

__________・・・・・・ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ

 クズリの喉が上下しはじめる。

 命が尽きたかのように動かなかった彼女が、メリノヒツジの血液を確かに飲み下しているのだ。

 

「アムールトラ、お前と話すのもこれが最後になるから言っておくよ。

 短い間だったが共に戦えて良かった。その強さも、信念を貫く心も・・・・・・本当に大した奴だ。クズリさんが惚れ込むのもよくわかる」

「あ、あうっ! あああっ!?」

「・・・・・・フッ、そんなことより、僕が何をやろうとしているかを知りたいよな」

 

 腕から血を流しながら、穏やかで満足げな顔のメリノヒツジが語り始める。

 彼女のこんな様子を私は見たことがない。

 

「お前は致命傷からすぐに回復した。だが今のクズリさんにはそれが出来ない。同じ進化態であるはずなのに、その違いが何なのかわかるか?」

 

 メリノヒツジが考えるに、進化態の自己治癒能力はたしかに常軌を逸してはいるものの、決して不死身ではないのだという。

 治癒能力を維持し続けるためには栄養を取らなくてはいけない。

 食事が必要なんだ。他のフレンズや、すべての生きとし生ける物と何ら変わりはない。

 

「クズリさんは進化促進薬によって蘇ったが、度重なるダメージと能力の乱用によって、その貯金を使い果たしてしまった。

 ・・・・・・一方のお前は、スパイダーさんをまるまる平らげたことでエネルギーが有り余っている。簡単なことだろう?」

 

 そうか、そういうことだったのか。

 致命傷を負ったあの時、私が見たスパイダーの幻影は、私の中にある彼女の血肉が見せた物だったんだ。

 スパイダーの命を召した重みが腹の中からひしひしと伝わってくる。

 

「もっとも、非現実的な治癒力を維持するのは、普通の食事ではおそらく無理だ・・・・・・体内にサンドスターを宿した生命体の肉を食らうことが必要なんだ。つまり、フレンズの肉をな」

「あ、あ・・・・・・!」

「かまうなと言ったろ。これでいいんだよ」

 

 メリノヒツジの真意を、これからやろうとしていることを悟って驚愕する。「話すのが最後になる」とは、そういうことだったんだ。

 

「・・・・・・グッ、ううッ・・・・・・!」

 血を飲み続けていたクズリがついに目を開く。かすかにだが呼吸が回復しており、回復の兆しが出てきているのが見て取れる。

「クズリさんっ!」

 それを見たメリノヒツジが喜び勇んでクズリの顔を覗き込み、己の腕を彼女の口元にさらに押し付けた。

 

「さあ、僕のことを食べてください」

「・・・・・・あッ、うぐッ・・・・・・」

「そうすればあなたの傷はたちまち癒えます。たとえ要塞が地上に落ちても、進化態であるあなたならば無事に済むはずだ。生き延びるために・・・・・・僕を食べてください・・・・・・」

 

 うわ言のようにつぶやくメリノヒツジの表情は歓喜に満ちている。

 本気でクズリに食べられることを望んでいるんだ。

 私には理解できない・・・・・・だが、彼女が生きてきた中で培ったであろう信念に基づいて行動していることだけはわかる。

 

 もはや私が止めに入るような場面ではない。

 メリノヒツジが願い、クズリがそれを受け入れるのならば、この2人の間には何者も立ち入る余地はないだろう。

 

__________ガシッ

「・・・・・・アッ、アアアッ・・・・・・!」

 ついにクズリが動いた。

 メリノヒツジが差し出した腕をつかみ口を開いた。

 するどい牙が生えそろった口元が、赤みがかった毛の生えた二の腕と重なる。

 

 だがそれきりまた動かない。わなわなと震えながら、顎を閉じることのないまま苦悶の表情で動きを止めている。

 やはりクズリにはメリノヒツジの提案は受け入れられないんだ。

 共に戦ってきた弟分ともいうべき大事な仲間を食らうことなんて彼女は望んでない。

 ・・・・・・しかし傷つき疲労した肉体は、メリノヒツジという栄養を渇望している。

 彼女の中では今、理性と食欲の途轍もない綱引きが始まっているんだろう。

 

「かまうことないんですよ。僕はあなたの一部になりたいんだ。そうすることで僕の人生は完成する・・・・・・最高の戦士の中で僕は生き続けるんだ」

「ぐ、ぐおおおッッ・・・・・・!」

 

__________ザザザッ

 ひとつの極限状況を前にして、どうすることも出来ない私が立往生していると、電波が乱れる砂嵐のような音が耳朶を打った。

 耳の中にある小型通信機からだ。

 

≪お、お前たち! 無事か!?≫

 

 ジフィ大佐の声が聴こえてくる。

 その裏返った声色からは、彼もまた大変な状況に置かれているのがくみ取れる。

 彼の声に混じって、なにやら銃声や爆発音のような音響が轟いている。とてもこっちの安否を気遣う余裕があるとは思えない。

 

 大佐が今の状況をかいつまんで教えてくれた。

 結論から言うと、兵士たちへの説得は成功したようだ。

 彼らに知名度と人望があったのもあるが、決め手となったのはイヴ・ヴェスパーが発した「スターオブシャヘルを自爆させましょう」という発言を記録したレコーダーだ。

 

 用意が良いことに、ヴェスパー親娘と対面していた時、将校の一人が録音していたらしい。

 それを聞いた瞬間、自分たちを使い捨てにしようとするヴェスパー親娘に離反することが満場一致で決まったらしい。

 ・・・・・・グレンが死に、イヴが逃亡した今、彼らを咎める者はいないだろう。

 

 異変が起きたのは、彼らが兵士たちを引き連れてドックへと赴き、脱出艇への割り振りと乗り込み作業を順次行っていた最中だったという。

 マザーユニット内に残っていたファインマン氏もほどなくして合流し、ヒグラシ所長とハイブリッドのあの子を脱出艇に搬送することも出来た。

 後は私たちがカコさんを連れて帰るのを待つだけ、という局面だった。

 

 そんな折、大量の幼体セルリアンがドックへと侵入してきたのだという。

 SSアモを発射する銃火器を装備した兵士たちが何とか応戦しているようだが、セルリアンの勢いは留まることを知らず、いつ押し切られるかわからない状況になっているようだ。

 

≪後はお前たちがカコ・クリュウを連れて戻ってくるのを待つだけなんだが・・・・・・正直かなり厳しい状況だ。もう持ちこたえられないかもしれない≫

 

 まちがいなく、女王が暴走を始めたことが原因だ。

 まずは素早い幼体セルリアンがスターオブシャヘルの外縁部まで湧きだしているのだろう。

 奴らは尖兵に過ぎない。しかる後に要塞そのものと同化を始めている女王の魔の手がジフィ大佐たちが待つドックへと迫るだろう。

 

≪だ、だが安心しろ。ミスターヒグラシとネズミのハイブリッドは、他の傷病兵と共に一足先に脱出させておいたぞ。あの2人はもう大丈夫だ≫

「賢明な判断をありがとう」

 

 いまや私たち3人の中で唯一まともに会話が出来るメリノヒツジが、回線の向こうのジフィ大佐に会釈するように頷いた。

 ヒグラシ所長を見捨ててしまったことを深く後悔していた彼女だからこそ、その喜びもひとしおだろう。

 

「・・・・・・だけど、もはやただ脱出しただけで済む状況じゃないんだ。カーネル、あんたに話しておかなければいけないことがある」

 

 そのままジフィ大佐に状況の説明を始めた。

 イヴの予想では、女王が地上に落ちれば、アフリカ大陸全土を破壊し尽くすであろうということだった。

 だから今からでも傷病兵が乗る脱出艇に連絡を取って、アフリカ大陸から出来るだけ離れ、海上を渡り南米辺りに着陸するように言ってほしいのだと。

 

≪た、大陸がまるごと消滅するだとぉ!!≫

「そうだ。あんたたちも早く逃げろ・・・・・・僕たちを待っている必要はない。僕たちはもう戻れない。あの女の救出にも失敗した。

 もし可能だったら施設内のスプリンクラーを作動させろ。そのセルリアンたちは水に溶けるらしい。逃げるまで多少の時間稼ぎにはなるだろう」

 

 心残りはないと言わんばかりに、メリノヒツジがジフィ大佐に逃走を促している。

 冷静に話してはいるものの、その恍惚とした瞳はクズリの口の中だけを見つめている。開かれた顎が閉じられる瞬間を待ちわびているんだ。

 

「グレン・ヴェスパーは死んだ。クズリさんが討ち取った。しかし娘のほうは逃げてしまった・・・・・・そしてカコ・クリュウは完全に女王に取り込まれ暴走を始めてしまった」

≪な、なんと!≫

「こんなこと言えた義理じゃないが、後のことはよろしく頼む。イヴを探し出して始末してくれ。カコ・クリュウがいなくても、それできっと全てにケリがつく・・・・・・。

 カーネル・ジフィ、あんたには本当に世話になった。あんたを一度でも殺そうとしたことを詫びさせてくれ」

 

 ヒトというだけで毛嫌いしていたメリノヒツジが告げる、遺言のような言葉の重みに、回線の向こうの大佐が息を飲む様子が目に浮かぶようだった。

 

「ふ、はっはっは・・・・・・!」

 

 絶望にも近い諦めの空気が漂う中、ひゅう、と吐息を絞り出すような乾いた笑い声が上がる。

 声の主はクズリだった。

 いつの間にか彼女は、口元に差し出されたメリノヒツジの腕をぐいと押しのけていた。類まれな精神力で肉への誘惑を断ち切ってみせたんだ。

 

__________グググッ・・・・・・

 膝に手を付きながらよろよろと立ち上がるクズリ。

 再び闘志を取り戻した不敵な瞳が、自らの願いが一蹴されて困惑しているメリノヒツジの視線と交錯する。

 

「・・・・・・メリノぉ、勝手に決めてんじゃねえぞ。まだ何も終わっちゃいねえだろうがァ」

「そ、そんな体で何を言ってるんですかッ!!」

 

 メリノヒツジがクズリの体を指さして叫ぶ。

 グレン・ヴェスパーによって開けられた無数の風穴からは、血の代わりに虹色の光燐がこぼれ落ちている。

 それがフレンズにとってどういう状態を現しているのかは今さら言うまでもないだろう。

 

「栄養を付けなければ、あなたはじきに死んでしまうんだ! 早く僕を食べてください! そうすれば要塞の落下にも耐えられる! アムールトラと一緒に生き延びるんですよ!」

「・・・・・・イヴ・ヴェスパーに勝ち逃げされっぱなしじゃ終われねえ。

 何もしねえで相手の勝ちを認めるっつーのはよ・・・・・・この世で一番ムカつく事なンだよ」

「だ、だいいち、何と戦おうってんですか! あの女はとっくに逃げた!」

 

 メリノヒツジの疑問に応えるようにクズリが視線を流す。その先にあったのは先ほどから脈動を続ける、カコさんを取り込んだ女王の心臓だ。

 

「あれだってもう僕らの敵とは言えないんですよ!」

 と、すかさずメリノヒツジが突っ込みを入れる。

 コントロールを失った女王には、もはや私たちに敵対する意思はない。

 あれはただの災害。大津波や火山の噴火なんかと一緒なんだ、と。 

 自然に消えてなくなるまで待ち続けるしかない、ただの生き物に過ぎない自分たちにはそれを止める術はない、だからもうあきらめて逃げるしかないのだと。

 

「・・・・・・ヘッ、いやだね・・・・・・」

 

 が、しかしクズリはまるで聞き分ける気がないように不敵に微笑む。

 そして「まだ勝つ方法はある」と息も絶え絶えに語るのだった。それは最初の目的と何ら変わりない、カコさんを助け出すことだと。

 コアである彼女を抜き取れば女王の動きも止まる。アフリカだって滅ぼさずに済む。

 つまりイヴ・ヴェスパーの鼻を明かしてやれる・・・・・・と、それが一番大事なところと言わんばかりに強調した。

 

「・・・・・・そんで、カコ・クリュウに声を掛けられんのは・・・・・・」

 クズリが視線をゆっくりと女王から私へと移した。

 他人の精神に入り込む私の能力に期待しているんだ。

 くわしく理解しているわけじゃないだろうが、その類まれなる洞察力と野性的な勘の鋭さによって、おおよそのことを察してしまっているのだろう。

 

「アムールトラ・・・・・・やってくれんよな? ヒグラシを生き返らせたのと同じようによォ」

「待って! 待ってくださいよ! そんなバクチをしている時間はないんですよ!? カーネル・ジフィ達だってもう逃げなきゃ危ないんだ!」

 

__________メキメキメキィィッッ!

 

「・・・・・・時間ならオレが作る。この”握り潰す力”で、女王を外側から押さえつけてやらァ!」

 

 サンドスターの流出が止まらないクズリが左手を握りしめる。

 ろうそくの火が消える直前に一度だけ輝きを盛り返すように、進化態の黒い炎が再び全身から沸き立ち始めていた。

 彼女だけは本当に不死身なのかもしれない。どれほど死に近づこうが、それを物ともしない不屈の精神力が肉体を持たせているのだろうか・・・・・・

 

≪よォし、わかった! 私は何があっても最後までお前たちを待つ! 大陸が滅ぶか滅ばないかというこの時に、お前たちだけに命を懸けさせるわけにはいかぬ!≫ 

 回線の向こうのジフィ大佐が、クズリの闘志に呼応したように快諾する。

 戦いを愛する根っからの軍人である彼の気性が垣間見えたような気がした。

 

≪お前たちがカコ・クリュウを連れて戻ってくるのを信じているぞ!≫

「いやだ! こんなこと僕は反対だッ!」

 

 メリノヒツジがさっきとは打って変わって、瞳から大粒の涙を流しながら狼狽えている。

 己の願望が打ち砕かれたどころか、自身の思惑とはまったく逆方向に話が進んでいることに絶望しているのだ。

 

「メリノォ・・・・・・だいたいてめえは勘違いしてんぜ」

「く、クズリさん?」

「とっくの昔にオレの一部なんだよ・・・・・・オレの背中だ」

 

__________トッ

 クズリは泣き叫ぶメリノヒツジの胸を軽く小突いた。

 そして鉤爪の生えた右手で肩を引き寄せ、己が弟分と固く抱擁を交わしてみせた。

 されるがままのメリノヒツジは嗚咽をこらえるように身を震わせている。

 

「最後まで傍に付いてろ。オレとアムールトラに何があっても、てめえがカコ・クリュウを連れて帰るんだよ」

「死ぬ気ですか・・・・・・?」

「ヘッ、まだ死にたかねえよ。アムールトラともういっぺん勝負するまではなァ・・・・・・あの世にいるスパイダーによォ、オレたちの何のしがらみもねえ一世一代のケンカを見せてやりてえんだ。

 ああそれと、てめえの”二つ目の能力”がどんなモンなのかも見てみてえしな」

 

 クズリは抱き寄せていたメリノヒツジを放すと、私の方へ向き直った。

 燃えるような鋭い目つきだ。私のことを挑発しているのか鼓舞しているのかわからない、昔から見慣れた表情だった。

 

「・・・・・・」

 まるでこれから決闘を始めるかのように対峙し睨み合う。

 メリノヒツジが傍らで息を飲んで見守る中、互いに掛け合う言葉は一言もない。もちろん私は喋れないけれど、クズリとの間にはもう言葉はいらないと思った。

 

 私はもちろんフレンズ同士での戦いなんてまっぴらごめんだ・・・・・・でも彼女とだけは別だ。

 もし叶うならば、バトーイェ山脈での時のように、己のすべてをぶつけ合うような勝負をまたしてみたい。

 この世でただ一人そう思わせてくれる存在と共に、私はこれから命を懸ける。

 

__________ズッドオオオオオッッ!

 

 顔を付きつけ合いながら、競い合うように爆発的に気勢を高めていく。

 私たちの体からは共に、野生開放を示す金色の閃光と、進化態の力を示す黒い炎とが混じり合いながらほとばしっている。

 満身創痍の体にも関わらず、クズリから放出される闘気の勢いは私と互角だった。

 

「さあ、最高に燃えようぜ・・・・・・アムールトラッッ!」

「ガァウアアアッッ!!」

__________ダンッ!

 ほぼ同時に膝を付き、手のひらを地面に押し付けた。

 女王の中枢たるこの場へと、それぞれの必殺技を叩きつけるためだ。

 

 クズリはジフィ大佐が待つ脱出艇を守るために”握り潰す力”を空間全域にまで響きわたらせ、女王の成長を押しとどめようとしている。

 もちろんそんなことが実際に出来るかどうかなんてわからない・・・・・・だが彼女はやると言ったら必ずやり遂げる奴だ。

 

 そして私は意識を暗闇に潜らせる。

 カコさんに呼びかけるために。一度は失敗したことにまた挑戦しに行くために。

(・・・・・・)

 後戻りできない道を行くことに迷いはない。

 けれども、一抹の名残惜しさを感じた私はたった一度だけ後ろを振り返った。

 

 すぐにクズリらしき光を見つけることができた。

 無数の星が輝く星雲がごとき暗黒の中で、流れ星のように激しく燃え盛っていた。

 いつ消えてしまうのかもわからない、この一瞬に己の全てを出しつくさんとする魂の輝きだ。

 

 ・・・・・・思えばクズリは昔から何もかもが私と真逆の存在だった。

 私が戦いを憂いていた時、彼女は戦いに歓喜していた。

 すぐに迷って行き止まる私と違って何があっても悩まなかった。どんな時でも百パーセントの覚悟を決められていた。そんな彼女がうらやましかった。

 味方だった頃も、敵に回った後も、いつだって先を越されていると思っていた。だから彼女に追いつきたいとひたすらに足掻いた。

 今だからわかる。どれだけ離れようとも、私はいつもその眩さに突き動かされてきた・・・・・・そして今この瞬間もだ。

 

(君がいてくれてよかった)

 

 燃え盛るクズリへ向かって、ただその言葉だけを一瞥と共に投げかけると、無限に広がる暗黒の世界へと身を投じていった。

 

 to be continued・・・

 




_______________Cast________________

哺乳鋼・ネコ目・ネコ科・ヒョウ属トラ亜種
「アムールトラ」 
哺乳綱・鯨偶蹄目・ウシ科・ヤギ亜科・ヒツジ属
「メリノヒツジ」
哺乳綱・ネコ目・イタチ科・クズリ属
「クズリ」

_______________Human cast ________________

「イヴ・B・ヴェスパー(Eve Brea Vesper)」
年齢:25歳 性別:女 職業:Cフォースアフリカ支部研究所(別名スターオブシャヘル)所長
「ギレルモ・セサル・ジフィ(Guillermo César Jiffy)」
年齢:67歳、性別:男、職業:Cフォース南米支部 陸軍連隊総司令官

_______________Story inspired by________________

“けものフレンズ”  “けものフレンズ2”
      byけものフレンズプロジェクト

     “けものフレンズR”
      by呪詛兄貴
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