けものフレンズR あるトラのものがたり   作:ナガミヒナゲシ

75 / 90

 遅ればせながらあけましておめでとうございます。ナガミヒナゲシです。
 早いもので、この作品を書き始めて3年半も経過してしまいました。
 
 さて物語の進捗ですが、ここまできたらもうエターならないだろうって所までは書きました。
 今すぐってわけではないですが完結は近いです。

 拙作ですがもし良かったら見てやってください。
 


過去編終章38 「はたされるやくそく」

(・・・・・・)

 

 流れに身を任せ、まっすぐに落ちていく己の姿を感じる。

 いま私の目の前にあるのは、無数の光が瞬く虚ろな星空だ・・・・・・ここに来るのは二度目だった。

 現実ではない。”意”の世界。この数えきれないほどの星々は、セルリアンの女王に使役される幼体セルリアンたちの魂が放つ光なんだ。

 

 グレン・ヴェスパーと戦っていた折、カコさんはこの星海の中を確かに漂っていた。

 彼女を見つけるなり、私は手を取って抜け出そうとしたが、現実世界にて呼び覚ますことは叶わなかった。

 代わりに目覚めたのは、ヒトともセルリアンとも付かない謎の生命体だった。その姿を見て、メリノヒツジは「虹色の天使」とかって感想を口にしていたっけ・・・・・・

 

 天使は私たちの前に姿を現したと思いきや、グレン・ヴェスパーから自身の胚を奪還した。

 そうすることでセルリアンのコントロールをすべて掌握し、ふたたび周囲のセルリアンたちと融合して巨大な植物の姿と化した。

 ・・・・・・天使の風貌はカコさんと瓜二つだった。まさかあれが彼女本人だとでもいうのだろうか?

 カコさんの身に何が起こったというのか。いま彼女はどういう状況に置かれているのか、私にはわからない。

 

 はっきりしているのは、もう一度カコさんに会いに行かなければならないということだ。

 私のふたつめの能力、相手の魂に呼びかける技を用いて、今度こそ絶対に彼女を目覚めさせなければいけない。

 

 今この瞬間こそがすべての運命の分かれ道なんだ。

 彼女を目覚めさせ、女王から引き離すことが出来なければ、スターオブシャヘルをまるまる吸収した女王がアフリカ大陸に墜落し、核爆発をしのぐほどの大破壊を引き起こしてしまう。

 この戦いで命を落とした者たちの犠牲は無駄となり、逃げおおせたイヴ・ヴェスパーの一人勝ちに等しい結果に終わる。

 

 イヴは再起を狙っている。新たな女王を作り出し、いつかは亡き父に成り代わって世界に君臨することを望んでいる。

 それを阻止するためにもカコさんが必要なんだ。

 独裁者グレン・ヴェスパー亡き今、パークとCフォースが同盟を結ぶことは難しくないはずだ。そうなれば大勢は決する。あの女が何をしようが状況をひっくり返すのは難しくなるだろう。

 

 もうすぐ報われる。長くつらい戦いの日々を乗り越えて、ヒトとフレンズが一丸となってセルリアンに立ち向かえる新しい世界がついにやってくるんだ。

 ・・・・・・そのためならば、私は・・・・・・

 

(なぜだ? ”異物”よ)

 

 光の海の真っ只中で、私を呼び止める穏やかな声が聴こえた。

 驚いて声のした方へと向き直ると、無数の星々の中からたった一つだけ私に近づいてくる魂を見つけた。

 意識を向ければ向けるほどに、単なる光でしかなかったそれが具体的な形を描き出す。

 ・・・・・・それはまさしく、私が探し求めていたカコさんの姿だった。

 

(一度ならず二度までも”我々”に接触してくる理由は何だ?)

 

 一糸まとわぬ姿で私と向き合い疑問を投げかけてくる。

 その声色も見知った彼女のそれだ。

 ・・・・・・だが様子がおかしい。最初に呼びかけた時と同じだ。やっぱり私を見ても私だとわからないみたいだ。

 整ったその顔は何の感情も宿していなくて、無表情どころか無機質であるとさえ思えてしまうほどだった。

 

(さ、さあ、もう帰りましょう!)

(・・・・・・帰るとはどういうことだ? それを実行することで”我々”に利益がもたらされるのか?)

 

 現実世界では言葉を失った私でも、この場であれば会話することは出来る。

 しかし返ってきた言葉は、何の意志も通じていないんじゃないかと思えるほどに要領を得ないものだった。

 これじゃカコさんどころか生き物と話している気すらしない。

(・・・・・・ま、まさか?)

 ひとつの疑念がハッと思い浮かぶ。もしそうだとすれば、この異常な状況に簡単に説明がついてしまう。

 

 絶句していると、やがて私の疑念を映し出すかのようにカコさんの姿が変貌を始めた。

 夜空を溶かし込んだような漆黒の体、足先までを覆い尽くす程に長い銀髪、頭頂部から放射状に生えている6本の極彩色の触手。

 虹色の天使・・・・・・もといセルリアンの女王の姿だった。

 

(か、カコさんをどこにやった!?)

(意味が分からない。我々はこの場に余すことなく存在している)

 

 意味不明なことを言ったかと思うとまたカコさんの姿に戻る・・・・・・かと思いきやまた女王の姿へと切り替わる。

 まるで角度によって見え方が変わるだまし絵を見ているみたいだ。

 絶え間なく入れ替わり続ける二つの姿が、乱反射するプリズムのように目蓋にチラついている。

 

 目の前にいる彼女はカコさんでもあり、セルリアンの女王でもある・・・・・・自分でもわけがわからないが、どうやらそう考えるしかないようであった。

 そもそもここは精神世界。視覚で物を見ているわけじゃない。だから見てくれを誤魔化すことなんて出来っこない。

 カコさんの姿をしている以上は、それは間違いなくカコさんの魂なんだ。

 ・・・・・・つまり女王とカコさんは、肉体だけでなく魂までもが完全に同化してしまったということなのかもしれない。

 

(なあ、教えてくれよ。君はカコさんを取り込んで何がやりたいんだ?)

 

 頭の中が疑問符ですっかり埋めつくされた私は、気が付くとセルリアンの女王に質問を投げかけていた。

 セルリアンと会話することになるなんて夢にも思わなかった。今まで言葉や知能があるとすら思っていなかったんだから。

 ・・・・・・だがこのままじゃ埒が明かない。わからないことが多すぎて、カコさんを取り戻そうにもやりようがない。

 

 見たところ女王には私への敵意は感じられない。

 ならばむやみに戦いを挑むよりも対話でもしたほうが賢明だ。この世界の時間の流れは現実より遥かに遅い。焦る必要はないはずだ。

 もしかすると話の流れでカコさんを返してくれるかもしれない・・・・・・そんな淡い望みも脳裏によぎった。

 

(我々の目的。それは知性を手に入れること)

 

 例によって無機質な遠い目をしながら女王が答える。

 星の海をゆらりと漂う彼女の周囲を、無数の光が付き従うように飛び交っている。

 さっきから女王が自分のことを「我々」と称している理由がなんとなくわかる・・・・・・恐らくは彼女には個という概念がないんだ。

 この場にひしめき合う魂のひとつひとつが「我々」に入っているのだろう。

 

(君が言う知性って何なんだ?)

(本能よりも上に位置するものだ。我々に進化を齎すものだ・・・・・・しかしそれが何なのかはまだわからない)

 

 セルリアンという生命体にはある決定的な欠落がある。

 と、彼らの代表者たる女王が語りはじめる。

 彼らにはたったひとつの本能しかなかった。生き残るという極めて原始的な意思だけが。

 

 本能にしたがって動くセルリアンの戦略は、すでにあるものを模倣し、それに成り代わることだった。

 アメーバ状の生命体として生まれた彼らは、成長の過程で、モグラやクラゲ、四足歩行動物、アリジゴク、植物・・・・・・なんにでも姿を変えてきた。

 

 こんな途轍もない生物は地球上には他にいないだろう。あらためてその変幻自在ぶりには感服させられる。

 ・・・・・・だが、女王いわく、それこそが「我々」の欠陥なのだという。

 何にでもなれるということは、何者にもなれない。

 逆説的な真理によって進化を阻まれている。それがセルリアンという種族の限界なのだと。

 

(我々は何者で、何のために生きるのか、子孫に何を伝えるべきなのか・・・・・・それを定めるための知性が必要なのだ)

 

 見たところ女王に悪意はない。

 ただ生き延びたい。生きて今よりも優れた存在になりたい。生命体として至極まっとうな望みに邁進しようとしているだけだ。

 本来なら私が邪魔するべき筋合いはないのだろう。

 

 ・・・・・・だがいっぽうで、女王はアフリカ大陸が滅びようとも気に病むことはないだろう。

 ヒトやフレンズの価値基準では目を覆う大惨事であっても、セルリアンである彼女たちには関係ないことなんだ。

 いったいどう説得したらいいものかわからない。

 

(なあ、たのむよ。カコさんをかえしてくれ。君たちの体内にたったひとつだけ混じっているヒトの体を)

 

 それでも引き下がることは出来ない、といわんばかりに頭を下げて懇願するも、女王から返ってきたのは「断る」という無慈悲な一言だけだった。

 

(これは我々にとって重要な器官だ。これがなければ思考も言葉も瞬く間に失われてしまう)

(私だってそのヒトのことが必要なんだッ! かえしてよ!)

(・・・・・・異物よ。お前から敵意を感じる)

 

 ゆったりと浮遊していた女王=カコさんの体が制止し私のほうへ向き直る。

 周囲を漂っていた無数の魂を操って扇状に展開させ、私を射すくめんと狙いを定めているのがわかる。

 ここにひしめき合う魂がすべて私の敵となる予感に胸が震える・・・・・・が、後には引けない。現実世界では今も、クズリとメリノヒツジが、ジフィ大佐が、皆が命をかけてくれているのだから。

 

 覚悟を決めて臨戦態勢に入る。

 いかんともしがたい数の差は、長年培った戦闘技術で補ってみせる。本体である女王さえ仕留めることが出来れば、他のセルリアンは問題にならないはず。

 肉体を捨てて魂だけになった肉体に重力の制限はない。まさに光のような速度で、縦横無尽に飛び回れるはずだ。

 

 そう思い女王の死角になり得そうな角度へと身を翻した瞬間。

_________ドドドドッ

(ぐ、ぐはぁっっ!?)

 気が付くと、無数の光の矢が私を刺し貫いていた。おかしい。攻撃が飛んでくる瞬間に相手の”意”を読める私なら、こんな攻撃は躱せるはずなのに。 

 ・・・・・・今の攻撃からは”意”を感じなかった。

 

__________ガシィッ

 違和感を感じた次の瞬間には、ものすごいスピードで接近する女王に肉薄され、喉元を鷲掴みにされてしまっていた。

 精神世界であっても、現実さながらの激痛と息苦しさに意識が飛びそうになる。

 体術で反撃しようと試みるも、さっきと同じように”意”がない攻撃が360度あらゆる角度から飛んできて、私の動きを先んじて潰してきた。

 まるで手も足も出ない。これが外部からのコントロールから解き放たれた、女王の真の強さということか・・・・・・

 

(く、クソ、何故なんだ・・・・・・! なぜ”意”を感じない!)

(我々に攻撃の意志はない。これは”反射”だ。お前の敵意に反応しているだけだ)

 

 私の喉元を締め付け続ける女王が、わざわざ種を明かしてきた。

 反射・・・・・・無意識のうちに起こる生理的反応。

 もちろんセルリアン以外の生き物にもある。強い光を浴びれば目を閉じる。美味しそうな食べ物を見れば涎が出る・・・・・・そこに”意”は伴わない。

 そんなレベルで行われる攻撃には、私も反応することが出来ないんだ。

 

(目の前の生物が敵意を抱く限り反射は続く。我々の肉体にはそう刻まれている。我々は全てを模倣し再現する)

 

 警告するように繰り返し告げてくる意図はなんだろう。

 私に攻撃をやめさせようとしているのだろうか。

 いや・・・・・・きっと違う。

 女王は言葉を話すが、それは本当に言葉と呼べるものなのだろうか。

 現実世界では言葉を失った私だからこそ、言葉がどんなに大切かがわかる。

 言葉っていうのはこちらの意図を伝える手段だ。それによって相手に働きかけるものだ。

 

 けれども目の前の女王の言葉には意図を感じない。

 カコさんと融合することで、言葉と思考を得たばかりである彼女は、目にした物と感じたことを、何でも取り合えず言葉にしているだけなんだ。

 敵である私の質問に一度ならず二度までも答えたのがその証拠だ。

 女王には隠し事をしたり嘘をついたりする感性はない。

 

 まさしく純粋そのもの存在なんだ・・・・・・ただ目の前の事象を鏡のように「再現」しようとしているだけ。

 戦いを挑み続ける限りは最強の相手として立ちはだかってくる。逆にこちらが戦うことをやめれば、彼女はきっともう敵じゃない。

 

(そうか・・・・・・わかったよ)

 

__________スッ

 己のやるべきことを確信した私は、おもむろに女王に向かって手のひらを突き出した。

 禍々しい鉤爪の生えた現実世界のそれとは違う。もはや懐かしさすら感じる本来の私の手を。

(・・・・・・)

 女王は動かない。今度は反撃が起こることなく、私は初めて女王に触れることが出来た。

 それもそのはずだ。私は攻撃するために女王に触れたわけじゃない。

 

(さあ、君も)

(・・・・・・異物よ、いったい何をする気だ?)

(君の心を覗かせてほしいんだ。その代わり私の心を覗いていい・・・・・・きっと君が知性を育む参考になるはずだ)

(心? 心とは何なのだ?)

 

 その無機質な表情に、疑問という名の感情が宿ったように見えたのも束の間、女王は見よう見まねで私の胸元に漆黒の手を当ててきた。

 もはやこうするより他に方法がない。

 私が今いる魂の表層には女王しかいない。だからカコさんが見つかるまで魂の内部を隅々まで探して回るしかない。 

 

 その代わり女王にも同じように私の記憶や感情をさらけ出すことにする。

 勁脈打ちすら再現してしまった女王ならば、この「魂を重ね合わせる」技も同じように出来るだろう。

 そうすれば千の言葉を交わすよりも、ずっと私の気持ちがわかるはずだ。

 ・・・・・・願わくばヒトやフレンズの考え方に理解を示してほしい。アフリカ大陸滅亡を回避するために、カコさんをこちらに譲り渡すことに同意してほしい。

 

(我々セルリアンはすべてを模倣し再現する・・・・・・)

 確信めいた呪文のような文言。

 それは女王なりの「イエス」の返事だと思った。

 

__________ブォンッ・・・・・・

 

 互いに触れ合った体が柔らかい光に包まれると、空間が歪み、一切が溶け合っていった。私も女王も、知覚できる姿形は既にない。

 やがて眼前に現れたのは眩しく輝く水平線だった。

 私はその上を渡り鳥のように飛びながら俯瞰している。

 

 今までにこの技を放った時のことを思い出す。

 心の風景の見え方はきっと一人一人ちがうのだろう。  

 メガバットの心の中は、根っこを複雑に張り巡らせたガジュマルの大樹のようだった。  

 ヒグラシ所長のそれは、大量の白黒写真をパッチワークのように並べた荒野だった。

 

 そして、今いるこの場所はそのどちらともかけ離れた風景だった。

 どこに向かっているのか、どこに行けばいいのかすらわからない。

 ただ途轍もない広大さだけは感じられる。距離という概念がなくなる程に、無制限に広がる水平線・・・・・・これがセルリアンの女王の心か。

 

(異物よ、お前が言っていたのはこれか?)

(・・・・・・じょ、女王!?)

 

 頭の中から女王の声が聴こえる。姿かたちは最早なにも無くなっているけど、この場にいることだけはわかる。あり得ないことだ。互いが互いの心を覗き込んでいるはずなのに、同じ場所に居合わせるなんて・・・・・・。

 

 いや、そもそもそれが思い込みなのかもしれない。

 すでに物質の境界を踏み越えた世界に私はいる。魂には物質のような敷居はない。

 吹く風も、それによって揺れる木々も、全てが一緒くたになって溶け合っているようなものだ。

 ・・・・・・じゃあここは、女王の心の中であり、私のでもある、ということだろうか。

 

≪アアアアアアアッッ!!≫ 

 

 天を引き裂くようなおぞましい雄たけびが、輝く水平線に響き渡る。

 声のするほうへ飛んで行くと、辺りの景色が一変し、赤々としたマグマに満たされた山肌がその場に現れた。

 

(ここは、バトーイェ山脈・・・・・・?)

 渡り鳥の視点から見下ろしている場所が、かつて私がいた戦場であると気付くのに時間はかからなかった。

 そして見た。マグマの上に立っている、怨嗟の絶叫の主たる姿を。

 体中から黒い炎を噴出し、内側から溢れ続ける憎しみの重さにのたうち回る者を。

 

(・・・・・・私だ。私がいる。バトーイェで、正気を無くして暴れまわっている私が)

(ほう、これは今の我々がこの世に生を受けた時の記憶か)

(君が生まれた時のこと・・・・・・つ、つまりそれって!?)

 

 察した瞬間にそれは引き起こされる。

 私を暴走させた引き金にもなった、地平線の向こうで行われた核実験が。

 グレン・ヴェスパー個人の欲望によって引き起こされた災厄。大地を焼き払い、全ての生命を死滅させる大火・・・・・・何度見ても心が引き裂かれそうになる。

 

 絶望の光を目にしたのを皮きりに、これまでの出来事が逆戻りに脳裏を駆け抜けていった。

 核が落とされる直前の時間。

 辺りをマグマに埋めつくされた山肌にて、私はクズリを相手に人生最大の死闘を繰り広げた。

 凶弾に倒れたヒルズ将軍は私に後事を託して息絶えた。

 決戦が始まる数日前、カコさんは強くて優しい光を瞳に宿しながら私たちのもとを去った。

 

 ケープタウン大学での戦いも熾烈だった。

 手足を失って冷たくなっていくメガバットをむせび泣きながら抱きしめた。

 私に野生の真髄を教えてくれた名狙撃手カイルが、高所から落とされて命を散らした。

 

 Cフォースを裏切ってパークに付くことに決めたばかりの頃も忘れられない。

 私と袂を分かったクズリが、不敵な笑顔と共に炎の中に消えた。

 美しいオレンジ川のほとりで、出会ったばかりのパンサーとスプリングボックと共に避難民をセルリアンから守り切った。

 

 まだCフォースにいた頃、ブラジルでの一年間。色彩鮮やかな南国の街並みと、そこに住む人々を守るためにセルリアンとの戦いに明け暮れた日々。

 傍らにはいつも、初めての仲間と呼べる者たちがいた。

 ディザスター級セルリアンとの戦闘では、メガバットの導きによって初めて勁脈打ちを打つことが出来た。

 

 核に汚染された砂浜で、死を待つゲンシ師匠と修行に明け暮れた。

 私に戦う力と心を授けてくれた偉大なる師は、私の隣で悟りを開きながら自身の人生をまっとうした。

 師匠に出会う前の私は酷い劣等生で、優しく励ましてくれるヒグラシ所長に申し訳ないと思いながらもトレーニングに励んでいた。

 

 フレンズの姿だった私が動物に戻った。夜の高速道路で、生まれて初めてセルリアンに出会い、そして殺された。

 クズリと初めて出会ったあの時、セルリアンをバタバタなぎ倒す彼女を見て、この世にこんな強い奴がいるのかと思った。

 

 私の家族、大好きなサツキおばあちゃんと一緒に暮らした狭いアパート。

 大きくなっていく私の体のせいで、おばあちゃんは植物や家具を処分しなくちゃいけなかった。

 いつかおばあちゃんと別れなきゃいけないのかなと思うと不安でしょうがなかった。

 

 おばあちゃんと出会う前、サーカスで飼われていた私。

 顔を見たこともない私の親トラは一座の花形スターだったらしく、子供である私にも期待がかけられていたけど、兄弟たちと違って覚えが悪い私は落ちこぼれだった。

 天幕の隅っこで、大盛況のサーカスを他人事のようにぼんやりと眺めてた。

 

(なんだ、どうしてこんな・・・・・・)

 

 女王の心の中をのぞくつもりが、自分の人生が逆戻りして目の前にあふれてくる。

 その時の気持ちも情景も、あり得ないほどにリアルに蘇ってくる。

 

(お前の人生は余すところなく戦いの連続だったようだな)

 

 女王が無機質なトーンで感想を漏らした。

 今や私の内側から聴こえるその声が、無尽蔵に湧いて出る思い出に我を忘れていた私を現在に引き戻した。

 

(お前は何故こうも戦うのだ?)

(何故って・・・・・・)

 

 それはとても一言で言い尽くせるものではなかった。

 戦わなくちゃいけないことだけは最初から決まっていたけれども、戦えば戦うほどに後から理由が積み重なっていった。

 

 もっとも強いのは、死んでいった者たちの思いに応えたい気持ちだ。

 特に私が命を奪ったスパイダーへの償いは、私が死ぬその瞬間まで続くだろう。

 もちろんパークの大義もある。ヒトとフレンズが手を取り合って暮らす世界を作るというカコさんの理想を実現したい。

 ゲンシ師匠の弟子としてふさわしい生き方をしたいという気持ちもある。

 

 けれども一番最初の理由は何だったかというと、もっとちっぽけでくだらないものだ。

 ・・・・・・そう、私は居場所が欲しかっただけだ。

 サーカスで落ちこぼれだった私を無条件で愛してくれたサツキおばあちゃんと別れることになって、ヒグラシ所長にフレンズとして蘇生させられて、戦いの道を歩むことになった私にはその思いしかなかった。

 

 他人との関わりの中で培った想いと、もともと自分の中に合った気持ちと、どちらが本当の私なのか、そんなことはわからない。

 ごちゃ混ぜの気持ちをこの胸に抱き続けて今日この日まで戦い続けてきた。

 

(お前は非合理的な存在だな。我々セルリアンは生存のため以外には戦わぬ)

(ほんと・・・・・・そうだよね)

 

 すべてを覗かれたというのに、気恥ずかしいという気持ちすらも湧いて来ない。

 もはや女王が元から私の一部だったかのような錯覚さえ覚える頃、私の人生を映し出していた情景が後ろへと流れ去り、私たちの意識は新たな場所へと飛び去っていった。

 

 ・・・・・・私は女王、女王は私。

 今度は私が覗き込む番だ。片割れたる存在の記憶が流れ込んできて、私は当たり前のようにそれを受け入れることになった。

 

 あらゆるセルリアンの遺伝子を宿した女王の中には、これまでに生まれ、そして死んでいった全ての個体の記憶が宿っていた。

 深き地の底から沸き立った小さな命は、多くの場合ごく短いうちしか生きていることが出来なかった。

 

 なかには運よく生き延びて、個別の形へと進化することが出来た個体もいた。だがけっきょく辿る運命は同じだった。

 燃費の悪いセルリアンの体は、何らかの要因でエネルギーを取ることが出来なくなればすぐに飢え死にしてしまった。

 そして彼らには恐ろしい天敵がいた・・・・・・フレンズだ。

 同じサンドスターの力を宿しながらも、ヒトの庇護を受けたフレンズたちは、セルリアンを見つけるや否や、その場から根絶やしにするまで戦いをやめなかった。

 絶望と怨嗟の声なき声を張り上げて彼らは息絶えていった。

 

 ふと思う・・・・・・私は今までにいったいどれほどセルリアンを殺してきただろう。

 他にどうしようもなかった。フレンズとセルリアンは互いに殺さなければ殺される関係でしかないのだから。

 ・・・・・・でも、殺すことを当然だと信じて疑わなかったことは間違っていると思う。

 生き延びたいという純粋な想いも、死ぬことへの恐怖や悲しみも、ヒトやフレンズと何ら変わることはなく彼らは持っているのだから。

 せめて命を奪うことの重みを感じながら戦うべきだった。

 

(あ・・・あ・・・)

 無限に繰り返される死と再生に晒されていると、自分が果たして何者だったのか、だんだんわからなくなってきていた。

 直前までセルリアンたちに対する罪悪感で頭がいっぱいになっていたはずなのに、気が付くとその気持ちも薄れ消え去っていた。

 

 巨大な流れの中に一切が溶けていっている。

 ・・・・・・ヒトが、フレンズが、セルリアンが、ありとあらゆる生命体が、今この瞬間にもどこかで産声を上げ、同じ数だけ終わりの時を迎えている。

 ひとつひとつの明滅が、今の私には自分のことのように感じられる。

 過去から未来まで連綿と紡がれる生命の流れ、その雄大さに身を任せることに心地よささえ感じるようになっていた。

 

(なるほど、お前の意図していることがわかった。我々の記憶を直接読み取って、例の人間に呼びかけようというのか)

 

 ふたたび女王の声が頭の中から聞こえてくる。

 その声色は先ほどから何ら変わった様子がない。

 私と同様に夥しい数の生と死を目の当たりにしているはずなのに、それに対して一切の感想も持ち合わせていない様子だ。

 

(異物よ。お前はこんなことをするべきではなかった。もはや望みが叶うことはない)

(どういうことなんだ? 女王・・・・・・)

(お前はまもなく消える。我々の一部となるのだ)

 

 女王の意思が元から自分のものであったかのように伝わってくる。

 もとより彼女はすべてのセルリアンの意思を総括する器であるために、いち個体の生死には執着することはない。

 ただ0か1かの記号の変化として淡々と処理し、進化と生存という種の至上命題に邁進していくだけなんだ。

 

 ・・・・・・だが、単なる一個の生命体でしかない私が、無限の器たる女王と魂を重ね合わせた結果どうなるだろうか?

 結果を想像するのは簡単だ。おびただしい思惟に晒され続けた結果、自他の区別が付かなくなり、完全に自我を失う。それはほぼ死ぬことに等しい。

 

(案ずるな。あの人間とともに、我が一部として生きるがいい)

(い、いやだ! 私はカコさんを連れて、かえ、るん、だ・・・・・・)

 

 必死に言い聞かせるも、もはや引き返せないところまで来てしまっていることを実感する。

 すべての感情と記憶とが白んでいき、大いなる意思に身をゆだねる心地よさだけが残る。

 ・・・・・・もう何も思い出せない。

 とても大切な事のためにここに来たはずだったのに。

 

≪ううっ・・・一人に、しないで・・・・・・≫

 

 そんな時、どこか遠いところから薄っすらと声が聴こえてきた。

 幼い子供の声だ。嗚咽交じりでいかにも心細そうで、思わず耳を澄まさずにはいられない。

 私でも女王でもない、際立って異質に感じられたそれが、何もかもに区別が付かなくなっていた私の自我をギリギリで踏みとどまらせた。

 

(異物よ、まだ無駄な抵抗を続ける気か?)

(行かなきゃ・・・・・・行かなきゃ)

 

 何もかも曖昧になっている意識の中で、最早うわごとのように繰り返す言葉だけが私のよりどころだった。

 もはやどこに何のために行くのかわからない。でも、ともかく行くんだ。

 

≪お父さん・・・・・・サーバルちゃん・・・・・・≫

 

 情報の濁流の中で必死に足掻いていると、また例の子供の声が聴こえた。

 その声が呼び水になったかのように、私はいつの間にか光の海を抜け出していて、新たな光景が眼前に現れた。

 どこかのだだっ広い荒涼とした平原だ。

 空には黒々とした暗雲が立ち込め、まだ夜にもなっていないだろう大地に影を落としている。

 

(うううっ! はあっ、はあっ・・・・・・!)

 

 音もなく荒野に降り立つ。形のない魂だった私に再び肉体が取り戻されている。

 ・・・・・・が、様子がおかしい。ここが現実世界ではないことを考慮しても変だ。

 かざした手のひらごしに向こうが透けて見える。全身が薄っすら半透明になっているんだ。

 それだけじゃない。虹色の光る粒子が体から立ち昇っていっているんだ。

 

(お前が消滅寸前である証左だ。間もなく我々とひとつになる)

 

 振り返ると、私とは違ってしっかりと実体化した女王が腕を組んで佇んでいた。

 悪あがきを続ける私の意志をすべて理解しながらも、ただ黙って事の成り行きを見守ろうとしているんだ。

 例の子供を探すためによたよたと覚束ない足取りで歩み始めると、後ろにいる彼女も私の影であるかのように連れ添ってついてきた。

 その足は地に付くことなく常に浮遊している。

 

 この平原は一体どこなんだ。

 来たことがある場所なのかそうでないのか、もはや私には何もわからないけど、見るからに不気味な様相だ。

 地平線の向こうまで続いてる黒雲が、まるでこの世の全てを闇に閉ざしてしまったようだ。

 ・・・・・・いっぽうで、大地は怪しく青緑色に輝いている。

 群れを成して行進しているセルリアンたちが放つ光だと気付くのに時間はかからなかった。

 

(ほう、これは我が先達の記憶の中でも、かなり最初期のものか)

(セルリアンの・・・・・・最初の記憶?)

 

 例によって女王の思考がひっきりなしにこちらへ流れ込んでくる。

 ヒトの数え方でどのくらい昔なのかはわからないが、ともかく大分昔の話だ。地上に姿を現して間もない頃のセルリアンは、繁栄を求めて広大なアフリカの大地を移動していた。

 いったい何を自分たちの栄養にしたらいいのかもはっきりしていなかった時期、数多くの犠牲を払いながらも群れを成して行進を続けていた。

 

 ・・・・・・その後にヒトが暮らす大都市が、どうやら自分たちの生存に適した場所であることを突きとめた。

 そこに満ちる電気というエネルギーが栄養補給に適していることもわかった。

 ヒトを襲って追い出し安住の地を得たセルリアンたちは、そこの電気が枯渇するまでの間しばし多様な形態への進化へといそしんだ。

 電気以外のエネルギーでも腹を満たす術を模索するためだ。

 その努力は実り、次第に行動範囲が広がっていった。セルリアンの進化の歴史の中で、最初の大きな一歩だったという。

 

≪放せ! 放してくれ!≫

≪・・・・・・い、いけません、遠坂博士! 我々も早く避難しないと!≫

 

 女王の記憶に晒され続ける私を、またも異質な声が呼び戻した。

 今度は大人の男たちの声だ。

 その主であろう者たちの姿を見つけた。

 青く輝くセルリアンの行進を遠巻きに見ながら、なにやら押し問答を繰り広げている。

 

 一人の男がセルリアンが行進している地点へと銃を手に取って向かおうとしている。それを後ろから数人がかりで羽交い絞めにして押しとどめている。

 男たちは皆、腰の高さまで伸びた丈の長い白衣を身にまとっている。見るからに研究者か何かと思われる姿だった。

 

≪娘がまだあそこにいるんだっ!!≫

 

 羽交い絞めにされながらも悲痛に訴える男の顔を間近で見つめる。

 もちろん私の存在には気付かない。彼は実在しているわけじゃない。私は単なる過去の映像を見ているだけに過ぎないんだ。

 すらっと背が高く、精悍な顔立ちをした壮年の男だった。

 娘の身を案じるその悲痛な瞳には、強くて優しい光が宿っている・・・・・・こんな目をしたヒトを私は知っている。いったい誰だっただろうか・・・・・・

 

≪もう我々にはどうすることも出来ません・・・・・・!≫

 

 だが男性のそんな懇願もむなしく、同じ研究者仲間たちに取り押さえられたまま後ろへと引き下がることになってしまった。戦々恐々とした彼らの様相から、これ以上この場にとどまることがいかに危険かが伝わってくる。

 ・・・・・・無理もないだろう。向こうのほうにいるセルリアンの大群は尋常じゃない数だ。

 

 様子からさっするに、あの男性の娘とやらがあの中に取り残されていることになるのか。

 私に「行かなきゃ」と思わせてくれる声の正体は、その娘なんじゃないのか?

 あの子は確かに「お父さん」と言っていた。泣く泣く引き下がった父親の代わりに私があっちに向かったら、その子に合うことが出来るだろうか。

 

 ひとつの言葉を胸に再び歩き出す私。

 一歩踏み出すごとに意識が遠のいていくのがわかる。体から虹色の粒子が吹きこぼれ、透明さは度合を増していく。

 存在の消滅に精神力だけで抗っている。

 ・・・・・・まるで猛吹雪の中を彷徨っているように、深い海の底で息が出来なくなっているように、猛烈な眠気と死を近くに感じながら、ギリギリの所で踏ん張っている。

 

(その苦痛に何の意味がある?)

 

 女王の無感情な声がふたたび疑問を差しはさむ。

 私がいくら苦しみながら前に進んだところで、この光景はただの過去の思い出であり、結果が変わることはない。

 無駄なあがきを続けるよりも、早く同化を受け入れてしまったほうが楽になれると。

 完全なる全として生きるほうが、不完全な個であるよりも幸福であると・・・・・ 

 

 それでも私は「一人にしないで」と言ったあの子の声が頭から離れない。

 お父さんにも来てもらえなくて、セルリアンの大群に囲まれて、一人でどんなに怖くて心細い思いをしているだろう。

 あの子の気持ちがよくわかる。

 私だって寂しさから自分の居場所を得るために戦い続けてきたんだから。

 女王にいくら非合理的と言われようが、それが私なんだからしょうがない。

 

(そうか・・・・・・そうだったんだ)

 ふと、すべてが腑に落ちた。

 不完全だからこそ、他の誰かと繋がろうとする。その中で培った思いが、やがて自分自身のかけがえのない財産となる。

 戦うことでしか他人と繋がれない人生だったけれど、私はそのことに充足を感じてきた。

 

 ・・・・・・それが私の、戦う理由だ。

 だから今も、無駄とわかっていながら、助けを求める声へと向かわずにはいられないんだ。

 不完全であることの喜びを最後の瞬間まで忘れないためだ。

 私のこんなつまらない意地など、完全な存在である女王にはきっとわからないんだろう。

 

(いいだろう。お前の好きにするがいい。消滅するその瞬間まで)

 

 女王はそれきり口を閉じ、ふたたび私の背後に連れ添う寡黙な影となった。

 聞き分けのない私に対して説得をあきらめたと言わんばかりだ。

 

 それからどれぐらい歩いただろう。

 やがて私と女王は、青緑色に輝く場所へ、夥しい幼体セルリアンたちの群れが大行進する場所へとたどり着いた。

 

 過去の映像でしかないセルリアンたちが物凄い勢いで私たちをすり抜けていく。

 どこに向かっているのだろうか。

 地平線の向こうまでずっと暗雲が続く平原を、ひたむきに進み続けるセルリアンたちの姿は美しいとさえ感じられる。

 彼らにあるのは生き残りたいという純粋な意思だけだ。

 

__________ビッシャアアアンッッ!

 セルリアンたちの姿に感慨さえ抱いていたさなか、一筋の雷鳴がとつぜんに轟いた。

 暗雲から現れたそれが地面を穿ち、青緑色の地平の一部を薙ぎ払った。

 一滴の雨すら降っていないのにこんな稲光が落ちるのは異様だ。

 

≪にゃあああッッ!≫

 

 しかし、もっと異様だったのは、空から降ってきた稲光が、地面の上でなんども繰り返し炸裂したことだ。

 行進していたセルリアンたちが一部歩みを止め、異様な光の正体へと向き直ると、我先にと飛び掛かり始めた。

 

 ・・・・・・どうやらそれは戦闘だった。

 地面を埋めつくすほどの大量の幼体セルリアンと、全身から眩い雷を放つ、たった一人のフレンズが戦っている。

 

 名も知らぬそのフレンズは、数の差をものともしない奮戦を見せている。

 私によく似た橙色の肌に斑点模様。アンバランスなほどに大きな三角形の耳、箒のような平たい尻尾・・・・・・。

 それらの特徴から、おそらくはネコ科のフレンズであろうことが推測できる。

 

 とてつもない強さだ。腕の一振りで黒い衝撃波を巻き起こし、数十体ものセルリアンを吹き飛ばしている。

 だがそれ以上に必死の形相をしているのが印象的だった。数の差をものともしない、死を賭して戦う強い意志が感じられる。

 

 呆気にとられながら戦いの様子を眺める。

 過去の映像でしかない戦いに加勢しようと思っても無理な相談だ。

 ・・・・・・仮に加勢出来たとしても、もうどちらの敵にもなりたくなかった。

 一人で懸命に戦い続けるフレンズの力になってあげたい。

 しかしセルリアンからしてみれば、フレンズの敵意に対して反射的に行動しているだけなんだ。生き延びるために自らに課したルールに則っているだけだ。

 今も命を散らすセルリアンたちの怨嗟と無念の轟きも私の胸の中を駆け抜けてくる。

 

≪あああっ!≫

 

 数の差はいかんともしがたく、やがてネコ科のフレンズがセルリアンたちの反撃を受けて宙を舞った。

 フレンズが隙を見せたのを見計らったように、セルリアンたちが雨あられと飛び掛かる。

 何度フレンズが拘束を振りほどこうともセルリアンたちは追いすがり、彼女の体をぼろ雑巾のように痛めつけていく。

 

(も、もうやめてくれ!)

 

 おもわず目を背けたくなるような悲惨な有様に、無駄とわかっていても思わず叫んでしまう。

 そして私は気が付くと、セルリアンの大群の虚像をすり抜けて、孤軍奮闘を続けるフレンズの傍に近寄っていた。

 痛めつけられながらも何とか立っている彼女の足元はすでにおぼつかなくなっており、今にも倒れてしまいそうなのがわかる。

 

≪あの子を守って・・・・・・≫

(え?)

 

 目を疑うような光景だった。

 過去の映像でしかないはずのネコ科のフレンズが、確かに私と視線を合わせているのだ。

 死闘を繰り広げている最中であることが信じられないほどに優しく清々しい表情だった。

 そして後ろを振り返る。

 

≪お願いだよ。わたしの何より大切な友達なの・・・・・・≫

 

 言うなりネコ科のフレンズがその場に崩れ落ちた。地面に四肢を投げ出すよりも早く、彼女の体から眩い虹色の光が飛び出し天空へと昇っていった。

 ・・・・・・やがて光が止むと、その場にはフレンズだったころと同じ特徴を持った、中型のネコ科動物が横たわっていた。

 

(・・・・・・なんて素晴らしい子なんだ)

 名も知らぬフレンズの遺骸を見下ろしながら一人ごちる。

 友達のために我が身を投げ出し、死の間際まで想いを貫いたその生きざまに感服した。

 彼女の願いを是非とも引き継ぎたい。

 何が何でもこの先に進み切って、この子の大切な友達を守ってあげたい。

 

 見事な最後を遂げたフレンズに勇気づけられ、決意を新たにした私は、今わの際に彼女が視線を流したその先へ、セルリアンたちの幻影がひしめき合うただ中を動き出した。

 

 ・・・・・・だが、限界は刻一刻と近づいてきていた。

 もういつ消滅してもおかしくない。

 歩くことも出来なくなり、四つん這いになって進み続けた。

 しまいには体の半分が溶けてなくなってしまっており、片腕だけで芋虫のように這いずった。

 

(行かなきゃ、行か、なきゃ・・・・・・)

 

 限界をとっくに踏み越えたのち、最後に私を待っていたのは、想像だにしない物体だった。

 上下二枚の羽を持った、何やら古めかしい形状の飛行機だ。

 この平原に墜落した物なのだろうか、地面に接触した翼の片方がへし折れてしまっている。

 そこから長い時間が経過したみたいで、全身がサビまみれになっており、とてもじゃないがもう飛ぶことは叶わないように見える。

 

(・・・・・・このような障害物がこの場に残っていたとは)

 だだっ広い平原に取り残された様にポツンと横たわるそれを見て、女王をして意外だと思ったようだった。

 セルリアンの大群にとっても進行の妨げでしかないようで、ここを通るセルリアンたちは左右に別れ、飛行機の残骸を横切ってからすぐに合流していた。

 青緑色の大行進の中にちょっとした隙間を形作っているのが見て取れる。

 

≪・・・ううっ・・・ぐすっ・・・≫

 

 耳を凝らすと、いっけん何の変哲もないこのスクラップの中から、小さな嗚咽が聴こえてきた。

 存在を隠すために必死に鳴き声をかみ殺す声だ。

 ・・・・・・そして見つけた。

 へし折れた翼の下で泣きながらうずくまっている小さな影を。

 

≪一人にしないで・・・・・・!≫

(私がそばにいるよ、カコさん)

 

 うずくまったその子の傍まで這いずって近寄りやさしく呼びかける。

 忘れてしまったはずの記憶が瞬間に蘇っていき、気が付くとその子の名前を呼んでいた。

 名前を呼ばれた幼いカコさんが、おそるおそる顔を上げ、私と目を合わせた。

 

__________ガシッ

(来てくれたのね・・・・・・ありがとう、本当にありがとう・・・・・・)

 刹那、幼かったカコさんが元の大人の姿に戻る。

 そして瞳に大粒の涙を滲ませながら、消滅寸前の半透明の私をしっかりと抱きしめるのだった。

 

(・・・・・・なんということか)

 

 私の背後にずっと佇んでいた女王が、無表情のまま絶句している。

 2人を見比べると改めて実感する。女王は本当にカコさんと瓜二つの容姿をしているんだな。

 ・・・・・・と、死ぬ間際に考えることとしては、おおよそ呑気すぎる感想を抱いてしまう。

 

 女王をして予想しなかった事態が起きたのだと言う。

 カコさんのことを、女王はとっくに同化させたと思っていた。

 だがカコさんはギリギリの所で耐えていたのだ。自身が幼い子供だった頃の、もっとも強烈に残っている記憶だけを頼りに自我を保っていた。

 彼女の自我は私に対してごく微弱なSOSを送っていた。それがあの声だった。

 私はカコさんの記憶をさかのぼり、その最奥にて彼女の意識と再会を果たすことが出来た。

 

(不完全な個でしかない者たちの魂がこうも強く結びついているとは・・・・・・我々の理解を超えている。これが知性だというのか?)

(・・・・・・これが心だよ・・・・・・女王・・・・・・)

 

 私なりに女王の疑問に答えてみた。

 彼女はその能面のような表情の裏側で何を考えているのだろう。

 カコさんに会うことはできた。だが女王が私たちを出す気がないなら、カコさんはきっと現実に帰ることは出来ない。

 ・・・・・・私に至ってはもう終わりだ。ここで命が尽きる。せっかく会えたカコさんのぬくもりも笑顔も、何もかもが白く薄らいでいく。

 

(生存戦略を変えねばならんな)

 

 得心がいったように小難しいことを呟く女王。その無表情な口元が何故だか笑っているように見えた。

 そしておもむろに動き出す。地面をふわりと浮遊しながら、私たちのすぐそばにある飛行機のスクラップに近寄り、錆び付いたボディに漆黒の手を当てた。

 

 ・・・・・・すると信じられないことが起きた。

 鉄くずも同然だった飛行機が、時間が巻き戻るように修復されていったのだ。

 横転した機体がまっすぐな姿勢へ戻り、へし折れた翼がくっつき、錆びた体が鮮やかな白いボディカラーを取り戻していった。

 仕上げと言わんばかりに、機首に取り付けられたプロペラが勢いよく回転し始めた。

 

 そして変化が起きたのは飛行機だけじゃない。辺りの様子が急速に一変していっている。

 黒雲が広がる空も大地も、セルリアンの大群も、いっさいが幻だったように消え失せ、辺りにはよどみ一つない大空のような景観が広がり始めた。

 

 辺りの様子をすっかり一変させた後で、女王はカコさんの前に立った。

 私を抱きしめながら、カコさんは自身と瓜二つな姿を持った怪物にまっすぐと向き合った。

 

(・・・・・・私とアムールトラのことをどうする気ですか?)

(知性とは心。それこそが我々の進化の鍵。どれだけかかろうとも、いつか心を手に入れてみせる・・・・・・そのためにお前らを利用する)

 

__________グワッ・・・・・・

 意味深な文言を呟きながら、とつじょ女王はカコさんの額に漆黒の手を重ねた。

 思わず声を上げて目を背けるカコさん。

 ・・・・・・が、彼女がおそるおそる顔を上げた時には、女王の姿はすっかりどこかに消え失せてしまっていた。

 いまや澄み切った青空のようなこの場所には、私とカコさんと、そして新品同様に蘇った白い飛行機だけが取り残されていた。

 

(いったい彼女は何を? ・・・・・・いえ、いいわ。さあアムールトラ、帰りましょう)

 

 困惑しつつも気持ちを切り換えたカコさんが私を抱き上げると、飛行機の後部座席へそっと乗せて体を固定してくれた。

 今や息も絶え絶えの私を気遣うように一瞥してからコクピットに乗り込む。

 そして慣れた手つきで計器をいじり、操縦桿を引き上げると、白い飛行機はまるで鳥のように勢いよく飛び立った。

 

 意識が遠のいていく最期の瞬間、カコさんの背中ごしに、どこまでも続く青空が見えた。

 

 to be continued・・・




_______________Cast________________

哺乳綱・ネコ目・ネコ科・ヒョウ属トラ亜種
「アムールトラ」 
??? ??? ???
「セルリアン・クイーン」

_______________Human cast ________________

「久留生 果子(くりゅうかこ)」
年齢:26歳 性別:女 職業:国際的非政府組織「PARK」構成員 南アフリカ事業所代表

_______________Story inspired by________________

“けものフレンズ”  “けものフレンズ2”
      byけものフレンズプロジェクト

     “けものフレンズR”
      by呪詛兄貴
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。