けものフレンズR あるトラのものがたり   作:ナガミヒナゲシ

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過去編終章40 「そうだいなるけいかく」

 20××年6月6日。

 プレトリアに核が落ちたあの日から、今日でちょうど一年が過ぎた。

 時の流れは残酷だ。目を閉じると、あの核爆発の光が今も鮮明に思い出せるというのに。

 

 いちNGO団体でしかないCフォースの手で、それもグレン・ヴェスパーという一個人の独断で核弾頭が使用されたことは、世界中の安全保障を揺るがす一大ニュースとして世間を連日騒がせた。

 現地住民の安全を鑑みることなく行われた核実験は、国際法上は戦術的核使用と同等であるとみなされた。

 

 核によって生み出されたセルリアンの女王と、限界まで戦闘能力を高めた”進化態”フレンズ。

 あの男は二つの圧倒的な戦力を手中に収めることで、アメリカ、中国、ウクライナといった軍事大国に戦争を仕掛けようとしていた。

 行きつく果てにあったのは世界征服だ。

 ・・・・・・そんな狂った野望が実現間際で阻止されたことは、パークのみならず全人類、全フレンズにとって幸運だった。

 

 グレン・ヴェスパー配下の科学者や軍人、さらには癒着が疑われる政治家などが何人も逮捕され、ICC(国際刑事裁判所)の法規に基づく軍事裁判にかけられた。

 ほとんどの事案が今も係争中だ。

 犯した罪が重すぎる上に、叩けば叩くほど余罪が出てくる人間たちだ。当分は量刑が定まらないだろう。

 

 Cフォースの組織全体にも波紋が広がった。

 これまであの組織は「研究部」と「軍部」に別れていた。

 グレン・ヴェスパーが主催する研究部がすべてを支配し、前線の軍部は従属を強いられてきた。

 戦後、それら旧来の指揮系統は完全に瓦解することになった。

 

 そして新たなる組織が作られた。

 ジャパリ・ユニオン・・・・・・。

 旧Cフォース軍部とパーク残党が連合し再編成された、セルリアンから人類を守る使命を背負うNGO団体だ。

 旧来の組織名を引き続き使用することに対する社会的な影響が懸念されたために、新規の名称が用いられることとなった。

 ジャパリ(JAPARI)という名称の名付け親は、プレトリアで戦死した私の盟友、リベリアのヒルズ将軍だ。

 楽園(サファリ)へと至るための中継点(ジャンクション)。パークを示す「P」の字も混ぜたその造語は、新たなる組織が背負うべき号として完璧だった。

 ・・・・・・志半ばで散った彼の遺志も未来へと引き継いでいきたい。

 

 そして僭越ながら、この私がユニオンの代表を拝命する運びとなった。

 私を指名してくれたのはジフィ大佐ら旧Cフォースの軍人たちだ。

 グレン・ヴェスパーに従っていたという引け目がある彼らの中から代表を選ぶわけにはいかないという事情があった。

 

 私の今一番の目的は、フレンズたちを戦いから完全に解放することだ。

 そのために片づけなければならない仕事は山積みだった。

 かつてグレン・ヴェスパーが推し進めた、フレンズの非人道的な兵器利用は完全に撤廃されなけれならない。

 人間と同等かそれに順ずる扱いの下で保護を行わなければならない。

 私だけじゃなく、新たなるユニオンの執行部全体の総意だ。

 その旨を示す宣言も公の場で行った。

 

 ・・・・・・が、しかし、20年間も行われてきた体制をすぐに転換することは不可能だ。

 セルリアン災害から人類を守るために各地に配置された旧Cフォース支部。

 そこに配属されたCフォースの人造フレンズたち。彼女たちの存在は地域の安全保障と密接に結びついている。

 

 彼女たちを任務から解き放つためには、人類だけでセルリアンと戦うための装備を整え、各国の部隊に訓練を施す必要があった。 

 技術的には、歩兵銃、機関砲、大砲など、世の中にある通常兵器の8割は、すでに対セルリアン用のSSアモ仕様に換装が行えるようになった。

 だが十分な数を生産し普及させるには、さらに莫大な時間と資金を投入しなければならない。

 

 さいわいユニオンの活動は好調な滑り出しを見せている。

 イーラ女史が私に与えてくださった政財界への繋がりを利用して、各国の政治家にユニオンの理念を説いて回った。

 西側、東側問わずセルリアン災害に対する危機意識は高く、各国からユニオンに対する資金援助が寄せられた。

 特に東ヨーロッパ一の軍事大国ウクライナは積極的な支援を行ってくれている。

 かの国は前世紀末の原発事故や、今は零落した旧覇権国家ロシアとの戦争経験から、核に対する危機意識が強く、グレンが引き起こした事態にも高い関心を持っていたからだ。

 

 ユニオンに協力的な国家、地域に対しては積極的に技術供与を行うこととした。

 兵器の生産や訓練を国単位だけで行えるようにするためだ。

 国防とはすべからく国の責任において行われる物だ。セルリアン対策もそれに順ずるべきであることは言うまでもない。

 防衛の要になっているフレンズを手放すのは辛い選択だろう。

 だが正しい国家観を持っている国ならば、いずれユニオンの提案を受け入れてくれるはずだ。

 

 グレン・ヴェスパーはこのような意味でも重大な罪を犯した。世界を誤った方向へと進ませた。

 フレンズの生産と配備を独占した上で、安全保障のため、と半ば脅しのような文言を添えてCフォースを駐留させ、法外な契約金を20年にもわたって世界各国に支払わせ続けた・・・・・・己の野望の肥しにするために。

 その薄汚い手口は到底許されることではない。

 

 フレンズの完全なる解放と、セルリアン対策の国家帰属化。

 ふたつの目的を成し遂げたのち、徐々にユニオンの規模を縮小していくつもりだ。最小限の組織的自衛と、援助を求める国へアドバイザーが派遣できる程度の人員さえいればいい。

 ゆくゆくは父の悲願たる「フレンズの楽園の創造」へと本格的に乗り出したい。

 

 ・・・・・・半年前に、肺炎で逝去されたイーラ女史もそれを望まれているはずだ。

 彼女の葬儀は生まれ故郷であるアメリカのアリゾナ州にて盛大に執り行われた。

 その様子はアンタナナリボでも中継され、市民の誰もが深く喪に服した。

 

 たくさんの人の助けを借りて、求める理想へと日々邁進してはいる。

 だがもちろん、何も懸念材料がないわけではなかった。

 亡きグレン・ヴェスパーの一人娘イヴが、父親が作った人脈を受け継いで、アンダーグラウンドに潜伏を続けているのだ。

 旧Cフォースの内部もまだ完全に浄化されたわけじゃない。

 関係が表ざたになっていないだけで、イヴと繋がりを持っている人物がまだ無数にいると私は睨んでいる。

 

 あの女は未だある程度の兵力を保有していると思われる。

 現に、この一年間で何度もヒットマンが送り込まれてきた。

 すんでの所で何とか危機を脱してはきた。

 ・・・・・・ある時から私に備わった謎の超感覚のおかげだ。

 殺意を持って近づいてくる相手がどんなに遠くにいても、なぜか私にはその気配を察することが出来るようになった。

 最初は幻覚か何かとしか思えなかったが、幾度も命拾いするにつれ、私はその能力に全幅の信頼を寄せるようになった。

 

 何度暗殺されかかったところで、今の私は止まれない。

 ・・・・・・そして今日。

 あれからちょうど一年が経ったこの日は、本当の意味で一区切りが付くことになるだろう。

 

「会合は午後からだってのに、こんな朝早くから車を走らせてどうするのさ?

 それにせっかくSPがいるのに遠くに配置させすぎじゃないか? また何かあったらと思うと、あたしゃ気が気じゃないよ」

「勘でわかります。今日はそういったことはまず起こらないでしょう・・・・・・それにSPを大勢引きつれていては、フレンズたちにストレスを与えてしまいます」

 

 オープンカータイプのジープが、低速でのんびりと走っている。

 助手席にいる私に向かって、運転席にいる精悍な面構えの黒人女性が、蓮っ葉な口調で呼びかけてくる。

 長きにわたって私の補佐を勤めてくれているシガニーだ。

 

 プレトリアでの決戦に臨む前に別行動を取ることになった彼女と私は、たがいに九死に一生を得た喜びを分かち合ったのも束の間、またこうしてタッグを組んで奔走することになった。

 

「フレンズたちがここでどんな風に生活しているか、ゆっくりと視察したいのです・・・・・・それと久しぶりの休暇も兼ねています」

「それを言われちゃ降参だよ。今のアタシたちときたら、戦争してた頃よりも忙しいかもしれないからね」

 

 それにしてもいい天気だ。強い熱気がサファリハットごしに頭皮を焼いてくる。

 6月のマダガスカルは平均気温こそ30度未満であり大して暑いわけでもないが、日光の眩しさは世界にも類を見ないだろう。

 

 どこまでも広がるのどかな平原。

 照り付ける陽射しの下、生い茂る草むらを突き抜けるようにして、巨大なバオバブの木々が風に枝を揺らしている。

 向こうのほうには幅広の川が豊かな水音を立てて流れている。

 

 ここはマダガスカルのとある自然公園だ。

 訳あって今は私がここを買い上げて好きに使わせてもらっている。

 かつてパークで、そしてCフォースで戦わされていたフレンズたちの中で自由に出来た子達を一か所に集めて保護している。

 セルリアンのターゲットとなるような電気や石油といったエネルギーに乏しい大自然の中では、彼女たちが襲われる心配もほぼない。

 

「ボスーっ!!」

「・・・・・・パンサー、元気そうで何よりだわ」

「どうしたの!? いつ来たの?」

 

 フレンズが一人、バオバブの樹から飛び降りたかと思うと、私のことを呼びながら目にも止まらぬスピードで駆け寄ってきた。

 私はジープから降りると、旧知の間柄である彼女と固く抱きしめ合った。

 

 パンサー・・・・・・野生に生まれたフレンズの中でも最初期にパークに保護され、以来私の活動を支えてくれていた優秀な戦士だ。

 プレトリアでの作戦行動中に行方不明になり、一時は死亡してしまったように思われていたが、何とか生き残りここで暮らしている。

 

 彼女もまた戦争で深く傷ついたうちの一人だ。

 無二の相棒だったスプリングボックが戦死し、そして戦場で絆を深めたスパイダーというCフォースのフレンズと再会することも叶わなかったのだから。

 ・・・・・・が、しかし失うばかりではなかった。

 彼女は新たな友を得たのだ。

 

「パンサー、一人で行かれては困ってしまいますわ」

「あ、ごめん!」 

 パンサーは呼びかけてきた声に弾かれたように反応すると、バオバブの木陰に素早く戻り、そこに佇んでいた影に手を差し伸べた。

 再び私のそばへ戻ってきた時、パンサーは車椅子を押して歩いていた。

 車椅子には手足のない黒い体のフレンズが、微笑みを浮かべながら座っていた。

 

「カコ代表。お忙しいでしょうに、よく来てくださいましたわ」

「メガバット、体の具合はどうですか?」

「皆が良くしてくれるおかげで最近は調子が良いんですのよ」  

 

 かつてケープタウンで敵として立ちはだかってきたメガバット。

 グレン・ヴェスパーが作った人造フレンズの第一号である彼女は、あの男の被害者の中でも最悪レベルの不幸な境遇に置かれた子と言っても過言ではない。

 実験と称して失明させられ、体内に自壊装置という非人道的な装置を取り付けられて、あの男の意のままに戦わされることを強いられてきたという。

 

 ケープタウンでの戦いの最後、彼女は、体内に仕組まれた自壊装置の作用により手足を失うことになってしまった。

 ・・・・・・アムールトラの活躍によって命だけは何とか救われ、長らく植物状態になっていたが、戦後に覚醒を果たし、今は介助を受けながら日常生活を送っている。

 

 が、フレンズの体はやはり奇跡に満ちており、メガバットの体は少しずつ再生をしてきていた。

 手足は未だもぎ取れたままだが、その背中には翼が生えてきたのだ。

 かつての強靭なそれとは違って、羽化したての蝉のように頼りない翼ではあったが、ごく短時間なら羽ばたくことも出来るのだという。

 今は飛ぶリハビリに打ち込むのが何よりの楽しみだという。

 

 そんなメガバットの世話を誰よりも懸命にしているのはパンサーだ。

 かつては敵同士だった2人が、いまや長年の親友もどうぜんだった。

 パークとCフォースのフレンズが身を寄せ合って暮らしているこの自然公園において、そのことは周囲にとてもいい影響を与えていた。

 

 元から両陣営のフレンズの中でリーダー格だった2人は、ここでもごく自然にまとめ役に収まっていた。

 どうしても不在になりがちでフレンズたちの傍にいてあげられない私にとって、彼女たちの存在はありがたかった。

 

「突然ですが2人にお願いがあるんです。今日の午後二時に、中央広場に来てもらえますか?」

 

 だしぬけに告げる私にパンサーとメガバットが首をかしげる。

 私が言っているのは、核が落ちて一年経った今日この日に開催する予定である会合のことだ。

 人間のスタッフのみを集めて行う予定であり、フレンズたちには秘密にしているわけではないが、特に参加を求めてはいない。

 ・・・・・・が、この2人は別だ。彼女たちがフレンズたちのまとめ役であること以上に、その場に是非立ち会ってもらいたい大事な理由があった。

 

「実は今日はね」と、勿体つけるように溜めを作ってから、2人の耳元に顔を近づけ、小声でその理由を告げた。

 

 それを聞くや否や、パンサーが口元に手を当てて絶句する。

 彼女の目元からは大粒の涙が零れ出していた。

 メガバットは態度こそ冷静だが、普段は閉じられている盲目の瞳をカッと開き、白く濁った瞳孔で私のことを見つめてきた。

 

「ではまた後で。きっと来てくださいね」

「・・・・・・わかったよボス! 絶対に行くよ!」

 

 快諾してくれた2人を後目に再びジープを走らせる。

 その後も行く先々で、思い思いに平和な時を過ごすフレンズたちの姿を見かけた。私と顔見知りの子も、そうでない子もいる。

 

 元はイーラ女史のボディーガードだったワオキツネザルが木から木へと飛び移り、同じように身軽なフレンズたちと追いかけっこを楽しんでいる。

 主人亡き今、お役御免となった彼女が新しい環境に馴染めてよかった。

 

 川辺ではケープペンギンが自慢の歌と踊りを披露して喝采を浴びている。

 元はヒルズ将軍の側近だったオルカとシロナガスの姿も見える。

 海で暮らしていた彼女たちだったが、淡水域での生活もそれなりに満喫しているようだ。

 

 しばらくのあいだ”視察”を楽しんだ私は、次なる目的地へ行くために、運転席のシガニーに声をかけた。

 ここには元々のパーク職員に混じって、動物愛護団体や環境保全活動家といった者たちの中から信頼のおける人物をヘッドハントして働いてもらっている。

 

 ・・・・・・その中にはあの人もいる。

 私以上にフレンズと数奇な関わりを持った人物だ。

 会合の時間になればどのみち顔を合わせるわけだが、彼とは積もる話もあるし、前もって挨拶をしておきたかった。

 

 ジープが平原の大通りから脇道にそれ、木々が生い茂る森の中に分け入って行く。

 それからしばらく進むと、トタン屋根の簡素な建物が、木漏れ日に照らされながらポツンと建っているのが見えてきた。

 一階建ての幅広なその建物は、家屋というには大きく、豪邸というにはやや小さいほどだった。

 

≪いいかな? エーはアップル、ビーはバナナ、シーは・・・・・・≫

≪あ、チェリーだ! あたしサクランボ大好きなの!≫

≪おお良いじゃないか! アンゴラウサギ≫

 

 外から眺めているだけでも賑やかな活気が伝わってくる。

 入り口に立って中をそっと覗き込んでみると、簡素な木製の長椅子と机が並べられた教室で授業が行われている。

 長椅子に身を寄せ合う真剣な面持ちの生徒たちを、一人の教師が大声で熱心に教えている。

 まるで発展途上国の学校さながらの光景だ。

 ひとつ通常とは異なることがあるとすれば、授業を受けていたのは人間の子供ではなく、フレンズであるということだった。

 

「今日の授業は午前中で終わりだよ。明日までにアルファベットで自分の名前をノートに書いてきなさい。余裕があったら、友達や周りにある物の名前を調べて書いてくるんだ」

「お久しぶりです。ヒグラシ博士」

 

 ちょうどいいタイミングで終礼の挨拶が告げられたのを見計らって、フレンズたちを教えていた先生たるヒグラシ博士に声をかけた。

「・・・・・・あ、あなたは!」

 生徒たちににこやかに微笑んでいた目が、私を見た途端に大きく見開かれた。

 博士のあまりの驚きぶりにつられて、彼に向かっていたフレンズたちも後ろを振り向くと、教室の中はちょっとした騒ぎになった。

 

「お、驚きましたよカコ代表! てっきり会合の時間に遅れてしまったのかと」

「事前の連絡も寄越さずに来てしまいすみませんでした。それにしても、学校のほうは上手くいっているようですね」

 

 かつて地雷で右足を失ったヒグラシ博士が、私の傍に行くために筋電義足でびっこを引くように歩き出すのを見ると、脇からフレンズの一人がさりげなく手を引いてくれていた。

 さっそく彼女たちから好かれているのがわかる一幕だ。

 

 博士もまたアムールトラによって救われたうちの一人だ。

 スターオブシャヘルにて、グレン・ヴェスパーから私怨を晴らすように拷問を受けていた時、自分はもう死ぬんだと思ったそうだ。

 そして彼は夢を見たという。

 死の淵からアムールトラが引っ張り上げてくれる夢を。

 ・・・・・・聞けば聞くほど、私が女王セルリアンの体内で見た夢と同様の物だと思ったものだ。 

 

「あんな目に遭ったのに、よくやってくれてるよ」

 と後ろからシガニーがヒグラシ博士を讃えた。

 拷問によって死ぬ寸前まで行った彼の入院生活は何か月も続いた。

 しかし彼は、まだ包帯も取れない頃から「ユニオンに協力したい」と繰り返し訴えていた。

 私はその言葉を受けて、彼を快く組織に迎え入れることにした。

 駆け出しの頃にグレン・ヴェスパーの手下になってしまったことで、彼は長いあいだ良心の呵責に苦しんでいた。

 今度こそ「フレンズの学校を作る」という彼自身の善意から抱いた夢をユニオンの下で叶えてもらいたいものだ。

 

「ヒグラシさん、実は今日の会合について、まだあなたに伝えていなかったことがあります」

「おや、改まって何ですか?」

「・・・・・・アムールトラが、今日ここに来ます」

 

 その言葉を聞くなりヒグラシ博士が表情から笑みをかき消し、無言で私に詰め寄って肩の上に手を乗せてきた。

 今にも泣きだしそうなその顔は、許しを請うているようにも見えた。

 

◇ 

 

 ほとんど手つかずの自然が広がるこの公園において、ここ中央広場だけは異彩を放っている。

 芝生を植え込んだ真っ平な敷地は、ベースボール・スタジアムをゆうに超える広さだ。

 近くにはスタッフたちの宿舎や、人間・フレンズ問わず最新の医療を提供する医療棟など、ここを運営するためのありとあらゆる設備が建てられ、さながら小さな町のような様相になっている。

 

 会合の予定時刻である午後二時まで後もうすこしだ。自然公園のスタッフや、駐留している兵士たちが仕事の手を止めて、着々と広場へ集まってきている。

 ・・・・・・フレンズたちもかなり多く来ているようだ。

 人間と違って彼女たちは自由参加だったが、何か大きなイベントが始まるという好奇心に駆られたのだろう。

 辺りが俄かに喧噪に包まれていくのを耳で感じながら、私は仮設されたテントの中で、演説の時が来るのを待っていた。

 

「・・・・・・よォ、ボス。ホントに今日発表すンのかヨ?」

「そうですが、何か問題でも?」

 

 見知った顔の男が私に話しかけてくる。

 超一流コンピューター技術者のアーサーだ。

 以前はウィザードというニックネームを名乗っていた。

 ・・・・・・本名で活動するようになっても、ハート形のサングラスと、肩まで垂らしたドレッドヘアー、どぎつい色合いのアロハシャツという、お馴染みの3点セットを身にまとっていることは変わらない。

 

 アーサーはかつて、ヒルズ将軍に借金を肩代わりしてもらう約束で無理矢理働かされていた立場だった。

 しかし借金が無くなった今もなおユニオンにとどまっており、いつの間にか正スタッフ扱いになっていた。

 あれほど金銭に執着していたのに、フリーランスのハッカーに戻って非合法な荒稼ぎをするつもりはもうないようだ。

 

 その心変わりの理由はよくわからない・・・・・・

 1年前の戦争では、彼もまた思う所が多かったのだろうか。

 彼は私やヒグラシ博士を除けば、もっともアムールトラと仲が良かった人間だ。 

 雇い主のヒルズ将軍に対しては、金に物を言わせるいけ好かない奴だ、などと悪しざまに言っていたが、内心では義理や友情を感じていたのかもしれない。

 

「ジキショーソーじゃねーかって思うんだよナ。まだほとんどコーソー段階なんだしヨ?

 ・・・・・・それに、あの”クソアマ”がまだアンタの命狙ってんじゃネーか。そんな状況でプロジェクトをトラブルなしで進行させンのはちっとキビシーぜ?」

 

 私は彼の技術を見込んで、ある重要な仕事を任せている。

 フレンズたちの幸福な未来の実現に向けた「楽園の創設」に関する一大プロジェクト。その基盤システムを構築する役目だ。

 

「遅い早いは問題ではありません。いずれは成し遂げなけれなならないことです。あなたならば出来ると信じていますよ・・・・・・そこの可愛い助手さんにも期待しています」

 

 アーサーの懸念をぴしゃっと撥ねつけてから、彼の後ろに隠れるように付き従っているフレンズに視線を向けほほえみかける。

「ガハハハッ、コイツはまだ見習いだヨ!」

 とアーサーが茶化すと、その子は顔を恥ずかしそうに顔を赤くして俯いた。

 

 ハツカネズミのフレンズだ。

 彼女はグレン・ヴェスパーに作られた人造フレンズの中でも最後期の存在であり「ハイブリッド」という、遺伝子操作を極限まで行ったマウスを元にして作られた存在だ。

 その特異な生まれが影響してか、彼女はどうやら特別な資質を持っているようだ。

 もともとフレンズというのは人間と比較して、大体2~3倍くらい知能と精神の発達が早いが、彼女はそれに輪をかけて早熟であり頭脳明晰であるようなのだ。

 

 他のフレンズと共に過ごすよりも、アーサーの傍で機械をいじったりパソコンに触ることに夢中になっているとのことだ。

 教えてもいないのに、すでに基本的なコンピューター言語を覚えたらしい。

 彼女のような特異な才能を持ったフレンズが、それを活かせるような未来を作っていきたい・・・・・・戦いの道具になど、二度としてはならない。

 

「アーサー、安心してください。イヴ・ヴェスパーの件についてはじきに片付きますよ」

「え? ソリャどういうことだってばヨ?」

 

_______バラララララ・・・・・・

 会話を打ち切るようなタイミングで、航空機の駆動音が遠くから聴こえてきた。

 するとそれが合図と言わんばかりにシガニーがテントの中に入ってきて「そろそろだよ」と私に呼びかけた。

 胸に手を置いて気持ちを落ち着かせ、シガニーとアーサーと目を合わせて頷き合い、2人を連れだって外へ出た。

 

 広場に集まった数多の視線は、私よりも突然に空に現れた大型のティルトローター機に奪われていた。

 誘導灯を手に持ったスタッフが数人現れると、彼らに従って人だかりが後ろにしりぞき、着陸するのに十分な円形のスペースが出来た。

 ・・・・・・が、機体はスペースの上空で、今にも下に降りんとする気配を醸し出しつつも、高度を保ったまま静止し続けていた。

 その様子を怪訝に思う声がどよどよと周囲に立ち込める。

 

≪お忙しいところ集まっていただきありがとうございます≫

 

 機が熟したことを悟った私は、そそくさと壇上に上がると、凡庸な語り口で挨拶し頭を下げた。

 スピーカーによって広場一帯に私の声が響き渡る。

 すぐ傍にいるアーサーが、彼愛用の耳の生えたナビゲーションユニットを宙に浮かべ、私の巨大ホログラムを空間に投影した。

 

≪一年前、プレトリアの地に起こった悲劇の傷跡も癒えぬまま、私たちは進み続けてきました。

 今日この日を迎えることが出来たのは、ひとえに今を生きる私たちと、そしていなくなってしまった先達たちの想いが実った結果であります。

 さて、今から皆さんに重大な発表がふたつほどあります。まずは・・・・・・≫

 

 溜めを作ってから上空を見やり、片手をあげて合図を送る。

 するとそれに呼応するようにしてティルトローター機が垂直に下降し地面に降り立った。

 次に機体背部のタラップが開かれ、滑り台のように斜めに地面に立てかけられると、中にあった荷がベルトコンベアによって積み下ろされた。

 現れたのは、縦横ともに5メートルほどの大きさの金属の円柱だ。

 のどかな自然とはおよそ不釣り合いな、人工的で冷たい光を放ちながら屹立している。

 

「はい、ちょっと通してね」

 シガニーが、驚き呆気に取られる衆目を縫うようにして円柱に近づいて行く。

 そして壁面に備え付けられた指紋認証用のタッチパネルに触れた。

_______ゴウウンッ・・・・・・

 すると円柱が重苦しい駆動音を立てながら変形を始めた。

 内部から神秘的な青い光を溢れ出させながら、鏡のような表面が左右均等にひび割れて、スライドし、拡張していった・・・・・・そうして現れたのは、上下二枚の円盤を、3本の柱が繋ぎとめている砂時計のような台座だ。

 

 台座の中にあったのは、中央がくびれた砂の器ではなく、青い輝きを放つ卵型の球体だった。

 分厚いガラス状の球体の中には、一人のフレンズが光に照らされながら浮いていた。

 全身に無数のチューブを接続されながら、瞳を閉じ、四肢を力なく投げ出して、生きている気配を一切感じさせない冷たさを帯びるその姿・・・・・・

 それを見て、周りからは一層のどよめきが上がった。

 

≪ご存じの方も多いでしょう。彼女こそが私たちを、そして世界を救ってくれた・・・・・・≫

「アムールトラッ!」

 

 私が言い終えるよりも先に、人だかりの中にいたパンサーが叫ぶと、メガバットが座る車椅子を押しながらガラス球の前へと歩み寄った。

 そしてケープペンギン、オルカ、シロナガス、ワオキツネザル、ハツカネズミ・・・・・・アムールトラと面識のあるフレンズたちが2人に続く。

 最後にヒグラシ博士が、びっこを引きながら息を切らして近づいた。

 他のギャラリーは、あまりにも迫真な様子の彼らに遠慮して足を止めていた。

 

「アムールトラの心臓の音が聴こえますわ。私のよく知っている、強くて優しい鼓動が・・・・・・」

 

 メガバットがパンサーに押されながらアムールトラのすぐ前に来ると、手のない上半身を乗り出して、額をガラス球にくっ付けた。

 パンサーが、彼女の肩に手を置いて、同じ痛みを分け合うようにうなだれている。

 2人の俯いた顔からは共に光る雫が滴っている。

 

「あなたが私を暗闇から拾い上げてくれたのに、あの時と逆になってしまいましたわね・・・・・」

「だ、大丈夫だよメガバット! アムールトラはきっと目を覚ますって!」

「いいえパンサー。カコ代表はきっとこの一年間ですべての手だてを尽くされたのですわ。

 ・・・・・・でもアムールトラが目覚めることはなかった。だから治療を断念してここに移送することに決められた。そうでしょう?」

 

 と、メガバットが懇願するような表情で問いかけてくる。

 ・・・・・・正直な話、大体のことは言い当てられてしまっていた。

 

 一年前にスターオブシャヘルを脱出して以来、昏睡状態に陥ってしまっているアムールトラ。

 彼女を目覚めさせるために考えられることはすべてやった。

 ユニオンが所有する研究機関にて傷ついた肉体を治療し、検査にかけ、電気ショックや強心剤の投与などの措置を施した。

 ・・・・・・しかし、アムールトラが目覚めることはなかった。

 その原因すら特定することが出来ないでいる有様だ。呼吸、脈拍ともに正常。大脳組織にも明らかな損傷はなかった。

 

 そして眠り続ける彼女の肉体は、着実にフレンズならざる存在へと変異していった。

 そう断言できる根拠は体内の放射線量だ。

 尋常なフレンズの肉体からも放射線は検出されるが、それはおよそ200ミリシーベルトという、人体に影響があるともないとも言い切れない微妙な数値に過ぎなかった。

 

 ・・・・・・しかし、今のアムールトラの肉体からは、2万ミリシーベルトもの高濃度の放射線が観測されている。

 原発事故の現場に居合わせでもしない限りはお目にかかれない、人間を短時間で死に至らしめるほどの強さだ。

 通常ではあり得ないその数値は、彼女が「進化態」と呼ばれる存在に変身したことに関係しているかもしれない。

 

 どうやらその放射線は、体内のサンドスターの喪失にともなって体外に排出される副産物であるようだった。 

 サンドスターが失われることでフレンズ化が解け、動物の姿に戻り、そして生命活動が止まる・・・・・・というのが一般的なフレンズの死だ。

 

 それを食い止めるために急遽製造したのが、今アムールトラが入っている特注品のサンドスター調整槽だ。

 サンドスターの流出を装置の中で受け止め、ふたたびアムールトラの体内へと還元させる、さながら人工透析機のような機能を備えている。

 

 最新式の核融合炉を参考にして作られた容器は、2万ミリシーベルトの放射線も完全に内部だけで循環させ、一切外部に漏れないようにしている。

 青い光は核融合の際に起きるチェレンコフ光だ。

 ・・・・・・今アムールトラにしてあげられることは、彼女が唯一安全に過ごせるこの寝床で、ゆっくりと休んでもらうことだけだった。

 

≪確かに今の我々の技術では、アムールトラにこれ以上の治療を施すことはできません≫

 

 私の言葉にメガバットは「やっぱり」と言わんばかりの消沈した様子で固まった。

 しかし私は間髪入れずに彼女へのフォローを続けた。

 

≪でも決して回復をあきらめたわけじゃない。アムールトラはまだ生きています。

 生きている限り、フレンズの肉体が回復する可能性はあります。

 メガバット・・・・・・それは他ならぬ、あなたが証明していることではないですか≫

 

 私の言葉に希望を見出したのか、単なる気休めと受け取ったのか、メガバットは半泣きの笑顔を見せながら「ありがとうございます」と、ただそれだけ返事をし、涙をこらえながら頷いて押し黙った。

 

「・・・・・・なんて言えば良いのかなァ」

 と、今度はヒグラシ博士が、メガバットとパンサーの横にふら付きながら近づき、アムールトラが眠る調整槽の容器に手を触れた。

 我が子も同然の存在との無言の対面だった。

 容器ごしにアムールトラをなでるように、ガラスの表面に触れた手をゆっくり上下させている。

  

「君は僕の誇りだ。なんておこがましいことは言えないよ・・・・・・ただひたすら、君には感謝しかない。命を助けてくれたことだけじゃない。

 君は僕の人生をも救ってくれたんだ。出会ってくれて本当にありがとう・・・・・・君とまた笑い合える日が来るのをずっと待っているよ」  

 

 嗚咽を漏らすまいと我慢するメガバットらフレンズたちの健気な姿と、穏やかな声と表情で語り掛けるヒグラシ博士の言葉が、周囲の涙をさんざんに誘った。

 

「ホント、アムールトラはよォ、コミックの主人公みたいな奴だよナ。でもミーは最後に主役が死ぬ系の作品は大嫌いなんだヨ。名作ってのはハッピーエンドで終わるもんだゼ。 

 ・・・・・・だからアイツはゼッテー目を覚ましてくれるハズさ!」

 

 横にいるアーサーも、サングラスを外してショボショボになった目をこすっている。

 日本のアニメや漫画を愛好する彼らしい言動だったが、理屈がやや支離滅裂ぎみだ。

 きっとアムールトラも、彼のこういった珍言をよく聞かされ、困惑させられていたのだろう。

 2人のちぐはぐなやり取りが目に浮かぶようだ。

 ・・・・・・それはそれでいい友人関係だっただろう。

 

「なあボス、アンタもそう思うダロ?」

 

 ええそうね、とアーサーに目線で頷いた後に「次の資料の準備を」と小声で告げた。

 言動がとぼけていても決める時は決めるのが彼だ。一瞬で表情を切り換え、ナビゲーションユニットのコントローラーである腕時計に指をかけた。

 

≪聞いてください。私たちが出来ることは決して待つことだけではありません≫

 それを確認するなり、私は物悲しい空気で包まれたオーディエンスに対して言葉を投げかけた。

≪英雄アムールトラが、こうして私たちと同じ場所にいることこそが重要なのです。

 彼女がいつか目覚めるその日まで、私たちは理想に邁進し続けなければならない。その決意を確かな物とするために、アムールトラをここに連れてきたのです≫

 

 いつか目覚める英雄。

 聴こえはいいだろうが、アムールトラのことを神輿として利用しようとしている私の打算に気付く者も中にはいるかもしれない。

 ・・・・・・しかしジャパリ・ユニオンをより強固にまとめ上げるためには、彼女というシンボルが必要なのだ。

 

≪ただ今から二つ目の発表に移らせてもらいます。楽にしたままお聞きください≫

 

 空中に巨大な私の上半身を投影していたホログラムが、平面的なグラフに差し変わる。

 グラフはユニオンが今後保護する予定であるフレンズたちの人数の推移を表している。1年後は現在の3倍、2年後はさらにその倍・・・・・・今後は休むことなく激烈な勢いで増えていく。 

 当然の話だった。20年もの間やるべきだったことをやらないでいたのだから。

 

≪御覧の通り、今後は急ピッチでフレンズの保護に乗り出していきます。

 皆様の努力により、このマダガスカル自然公園は理想的なフレンズ保護区になりました。

 ・・・・・・しかし残念ながら、ここはすぐに手狭になるでしょう。

 新たな保護区の候補地をすでにいくつかピックアップしています。が、問題は山積しています≫

 

 不安材料をつらつらと上げていく。

 もちろん一番の問題はセルリアン対策に関連したことだ。

 SSアモ仕様の兵器の開発を急ピッチで進めているが、世間がそれだけで納得してくれるとは思えない。

 

 フレンズの対セルリアン戦闘能力が長きに渡って証明されてきただけに「フレンズをまたセルリアンと戦わせろ」という声が今後出てくることが予想される。

 ・・・・・・が、ジャパリ・ユニオンではそれだけは絶対に許可しない。

 かつてのCフォースの過ちから決別するためにも外せない要件だ。

 しかしセルリアン被害に喘ぐ現地住民や行政府に、その考えが十分に理解してもらえないかもしれない。

 

 またフレンズの権利向上も大きな課題となる。

 ヒトでもなく動物でもない彼女たちというグレーな存在を、今後人間社会においてどう扱っていくべきか。

 グレン・ヴェスパーの支配下では兵器として扱われていた為に、彼女たちの権利を取り扱う議論は全くゼロからのスタートとなる。

 もし彼女たちが人間社会に受け入れてもらえなかったら?

 あの男のようにフレンズを兵器や道具として扱おうとする思想が世間に広まったら?

 どのように対処していくべきなのか・・・・・・。

 

「どうするんだ!」とヤジが聴衆からちらほら上がり始める。

 解決策も提示せずに、不安だけを煽るような話を続けた私にすべての責任がある。

 なので私は、以前から温めていた「完全なる解決策」を提示することにした。

 

≪フレンズたちには「国」が必要です。人との関わりも、他の野生動物のことも気にしなくていい、フレンズだけで住まうことが出来る土地が必要なのです。

 衣食住すらも自給自足で賄い、半永久的に存続していく共同体・・・・・・それが私たちユニオンが作るべき”楽園”なのです≫

 

「そんなことが出来る場所がどこにある」と、予想していた疑問が飛び出してくる。

 この現代において、人間が住んでいようがいまいが、地球上のあらゆる土地がどこかの国の所有物になっている。

 新たに入植地を作ろうものなら、土地を所有する国家や現地住民の了承を得て、さらには野生生物への影響も考慮して開発を行わなければならない。

 ほぼ不可能と言えるぐらい、きわめて難しい話だ。

 

≪フレンズだけで独占出来る土地などありません。しかし答えは簡単です。無いなら新しく作ればいいのです。そう・・・・・・海の上に≫

 

 陸地にこだわる必要はないのだ。

 地表の7割は海である、というのは誰もが知っている真実だ。

 それぞれの国が所有する領海、または排他的経済水域に該当しない海域は「公海」として扱われている。公海はどこの国の所有物でもない、すべての国に解放されていることが国際法上で規定されている。

 

≪公海の上に、新たな大地を創造する。これがユニオンが掲げる一大プロジェクトです≫

 

 雷に撃たれたようにオーディエンスが沸き立つ。

 多くの者がそんなことは出来るはずがない、と思ったことだろう。

 だが次の瞬間には、息を吞みながら、私のことをより鋭い眼差しで注視してきた。

 ・・・・・・ここのスタッフは知識のない一般人とは違う。彼らはフレンズやセルリアンという超常の存在に長年向き合ってきた。

 そして私が実現不可能な妄想を言うような愚か者ではないことを信じてくれている。

 

≪皆さまには改めて説明する必要もないでしょうが、この世界には「火山島」と呼ばれる陸地が存在します≫

 

 火山島とは、海底火山の噴火によって噴出した火山灰や岩石の堆積によって海底が隆起し、島として水面上に現れた地形を指す。

 私の生まれ故郷である日本の近海には数多くの火山島が存在する。

 特に1973年に誕生したばかりの「西之島」は人々の記憶に新しい。

 およそ3㎢ほどの島には、すでに70種ほどの生物が生息していると聞く。

 

 かつて大きな水たまりに過ぎなかった地球は、二十数億年という悠久の時の中で大陸を作り上げてきた。

 ・・・・・・それに比べて火山島はたったの数十年という、おどろくほどに短い期間で、海の上に新たな生態系を創造してしまえるのだ

 

≪私たちの手で人工的に火山島を建造し、そこにフレンズたちを移住させるのです≫ 

 

 ホログラムが新たな画面に切り替わる。 

 火山島を建造する具体的な手順を視覚化したプレゼンテーション映像だ。

 計画の根幹をなすのは、当たり前だが、海底火山を噴火させることだ。

 そして私たちは既に人為的に火山噴火を引き起こす手段を発明している。

 

 サンドスター・ボム・・・・・・

 一年前、バトーイェ山脈でたった一度だけ使用された秘密兵器だ。

 ヒルズ将軍の指揮の下、完璧なタイミングで使用されたそれは、現地の火山を噴火させ、吹き上がる火山灰によって、核ミサイルの誘導を時限的に無力化する環境を整えた。

 同時に溶岩で敵軍の退路を断つことで、敵を半ば降伏させることも出来た。

 彼の天才的軍略が光った場面だ。

 

 ・・・・・・が、結局、パニックを起こした敵兵士の凶弾によって将軍は命を落としてしまった。

 邪悪の権化グレン・ヴェスパーが、火山灰によって誘導装置が機能しなくなる前に、味方を巻き添えにしてまで、予定よりも早く核ミサイルを投下したために、核実験を阻止することも出来なかった。

 しかし実験を早回しにしてまで強行したことが、ヴェスパー一派の政治的な敗北の原因だったことは言うまでもないだろう。

 

 将軍の犠牲と共に私たちを勝利に導いたあの兵器を、もう一度使用する時が来たのだ。

 どこかの公海にて、海底に向けてサンドスター・ボムを投下し、そこに眠る休火山の火口を刺激する。

 ボムがもたらす化学反応によって火口内の熱エネルギーを増殖させ、マグマの量、温度、勢いを倍加させて強制的な噴火へと誘導する。

 

 だがもちろん、ただ海底火山を噴火させただけでは、火山島を確実に出現させることは難しい。

 噴火自体は世界中で年に何度か観測されているありふれた自然現象だ。

 ほとんどは島を形成する前に収まり、押し寄せる荒波に飲み込まれて消えてしまうとされる。

 

 確実さを求めるために、前準備として二つほど必要な工程がある。

 ひとつ目は、海底火山を噴火させる予定の海域に前もって手を加えておくことだ。

 畑違いの技術にはなってしまうが、考え方の下敷きになっているのは、貝類や海苔の養殖に広く用いられている「養殖網」だ。

 特殊な技術で作られたマイクロ繊維の網をあらかじめ海中に広く張り巡らせておく。

 この網には温度の上昇に伴って繊維が太くなるという仕掛けが仕組まれている。

 

 火山が噴火した際、火山灰の内容物はいったん海中の網をすり抜けながら撒きあがる・・・・・・が、地面に落ちてくる際、水温の上昇に伴って太くなった網に付着、癒合することになるのだ。

 そうすることで島を支える強固な地殻を、短時間に確実に作り上げることが出来る。 

 

 もうひとつは火山島を建造する予定海域の遥か上空に、人工衛星を打ち上げることだ。

 噴火によって打ち上げられる火山灰はただのそれではない。サンドスターが成分に含まれているのだ。そしてサンドスターには、完全に分断された個別の環境を作り出す作用があることがわかっている。

 

 サンドスターの働きをコントロールするために、人工衛星から特殊なレーザーを照射するのだ。

 そうすることで高温も低温も、あらゆる環境を局所的に作り出すことができる。

 火山島の陸地が形成される初期の段階では、冷却のプロセスが必要不可欠となるだろう。

 ・・・・・・しかる後には各所に違う周波数のレーザーを照射することにより、異なる気候、地質、景観を創造する。

 多様な生態のフレンズが快適に居住できるようにするという、最も大事な目的を果たすために必要なことだ。

 

 すべてのプロジェクトが計画通りに進めば、数十年といわず数年で、西之島と同サイズの火山島を人工的に作り出すことが可能だ。

 さらに同じ手順を繰り返すことで島の面積を限りなく広げていけるだろう。

 誰の物でもない公海の上に作られる火山島・・・・・・そこがフレンズの楽園となるのだ。

 

≪以上が私の考えている新たな保護区の構想となります。ジャパリ・ユニオンが作る、フレンズたちの真の楽園(パーク)・・・・・・名付けてジャパリ・パーク。それがこの場所の名前となります≫

 

 

 ひとしきり演説を終えると、ここ中央広場を使ってしばし懇親会が行われることになった。

 青空の下テーブルを並べて、人間もフレンズも混ざってささやかな立食パーティーを楽しんでもらうことにした。

 聞いているだけで疲れるような話を最後まで聞いてもらったせめてもの礼だ。

 

 料理はフレンズに配慮して全てヴィーガンメニューとなっている。

 専門の調理師を雇ったちゃんとしたものだ。

 菜食主義への転向は、フレンズとの共生を掲げるユニオンが取り組んでいる活動のひとつではあるが・・・・・・これはまあ、さして難題ではないだろう。

 世間に先駆者がいくらでもいるのだ。それに伴って料理のクオリティも著しく上がっている。

 ヴィーガンメニューを口にした誰もが皆「こんなに美味だとは思わなかった」と驚くほどだ。

 

 ・・・・・・もっとも、楽しい食事というわけにはいかないだろうが、人々のリアクションは実に様々なものだった。

 頭を抱えて悲観している者もいれば、研究者としての矜持を刺激され「やってやるぞ!」とテンションを上げている者もいる。

 フレンズたちに、私の演説の内容を噛みくだいて説明している研究者もいる。彼女たちからしてみればほぼ意味がわからない話だったろうから無理もない。

 

「・・・・・・あの、カコ代表」

「あら、あなたは」

 

 後ろから私に呼びかけてくるか細い声に応じて振り返ると、幼い黒人の少女が緊張した面持ちで私を見上げていた。

「アマーラ、どうしましたか?」

 膝を折り、彼女と同じ目線の高さになってから改めて尋ねる。

 

 アマーラはかつて南アフリカにて、パークが保護した避難民のうちの一人だ。

 孤児であり、片腕がないというハンデを抱えながらも懸命に生きていた彼女は、保護活動中に居合わせたアムールトラと友達になった。

 ・・・・・・仕方のないことだが、その後2人はすぐに別れることになった。

 難民であるアマーラの身柄は国連が運営する団体に引き渡すしかなく、いっぽうのアムールトラは私に連れ立って戦いに身を投じることになったのだから。

 

 アマーラがここにいるのは色々と経緯がある。

 国連の支援を受けた彼女は、ナミビアの孤児院に送られて過ごしていたという話だった。

 だがある時彼女は、ユニオンの活動を聞きつけて、つたない文字で手紙を事務所に書いて送ってきたのだ。

「活動の手伝いをさせてほしい」と。

 しかし幼齢である彼女を職員として雇うわけにはいかず、孤児である彼女の身柄を引き受けるために、ユニオンの職員との間に養子縁組を結ぶ必要があった。

 そんな折、いの一番に名乗り出たのがヒグラシ博士だった。

 

「いつか、その新しい島が出来たら、お花を植えられますか? アムールトラ、お花が好きだったから、きっと喜ぶかなって・・・・・・」

「出来ますよ。その時が来たら、あなたにお願いしますね」

 

 アマーラの肩に手を置いて、その素敵な提案に頷くと、彼女は笑顔でその場から走り去った。

 彼女が向かう先はアムールトラが眠る装置の前だ。ヒグラシ博士やパンサー、メガバットらが、今もそこに佇んで思い出に浸っている。

 

「お父さん」

 と、アマーラがヒグラシ博士に呼びかけると、2人は手をつないで共に眠るアムールトラを見上げた。  

 博士には日本に関係の冷え切った妻と娘がいたと聞いている。

 Cフォースの研究者として、長い間良心の呵責にさいなまれ、精神的に荒れていた彼の家庭環境は芳しくなかったようだ。

 戦後も家族との関係が回復することはなく、ついさいきん正式に離婚の手続きを済ませたらしい・・・・・・天涯孤独になった博士は、同じように身寄りのない少女を引き取ることに迷いはなかったようだ。

 アムールトラが引き合わせた縁ということだろうか。

 

 片足のない父と片腕のない娘。

 肌の色が違う2人が身を寄せ合いながら、物言わぬ”もう1人の娘”を見つめている。

 その様を見ていると、胸が締め付けられるような切なさと美しさが感じられた。

 

「子供っていいさね・・・・・・」

「オー、そういえばボスって結婚してたよネ? 子供とか欲しくネーの?」

 

 私のすぐ後ろで、アマーラの純粋さに癒されたのであろうシガニーがひとりごちる。

 それを横目に、呑気そのもののアーサーが「子供」というキーワードから着想を得て私に質問を投げかけてきた。

 この2人は公の場では片時も私から離れることはない。

 シガニーは昔からそうだし、アーサーも今や私の側近だった。

 

「バカ! アーサー! アンタは何言ってんだい!」

「ホ、ホワッ? シガニーさん、何かマズかったかヨ?」

「ボスが死ぬほど忙しくて、旦那にもロクに会えてないってことを知ってるくせに、よくもそんなこと聞けるね!?」

 

 良いんですよ、と2人を仲裁しながら昔のことを思い出す。

 幼少期からほぼ南アフリカで育った私だったが、大学の4年間だけは生まれ故郷の日本で学ぶことになった。

 ・・・・・・そんな時に「あの人」と知り合った。若い情熱に任せて一緒になった。

 

 当然あの人との子供も授かりたい・・・・・・けれども、そんな当たり前の幸せを求めるには、私は色々な物を背負い過ぎた。

 あの人は私の活動にも理解を示してくれて、遠いユニオン日本支部にて働いている。

 彼は今も同じ気持ちでいてくれているんだろうか? がむしゃらに理想に邁進し続ける私から、いつか離れていってしまうんじゃないだろうか・・・・・・? 

 

 いや、今はこんなことを考えている時じゃない。

 そう自分に言い聞かせて、暗い考えを振り払うように顔を上げると、アムールトラが眠る装置の前へと歩き出した。

 

「ど、どうしたんだいボス?」

 シガニーが後ろから非難めいた口調で聞いてくる。私が近づくことで、ヒグラシ博士たちの親子水入らずの空気に水を差すことを懸念しているのだ。

 ・・・・・・だがあいにく、私にはもうひとつだけ大事な仕事が残っている。

 それを果たすために、まずはヒグラシ博士に”彼女”の居場所を尋ねなければならない。

 

 私が行くとなれば当然シガニーとアーサーも後ろに続くしかない。

 2人を付き従えながらヒグラシ博士の前に立った私は「すみません」とやぶからぼうに彼に声をかけた。

 

「博士、メリノヒツジはどこにいますか? 姿を見ませんが」

「あ、ああ、あの子は・・・・・・」

 

 私の質問を聞いて、ヒグラシ博士も、周りにいたフレンズたちも、眠るアムールトラを見る表情とはまた違う悲しい顔つきになった。

 

「メリノはバカだよ!」とパンサーがヒグラシ博士に代わって嘆いた。

「つらいのはわかるよ! ・・・・・・でも、だからこそ、一人で抱え込まないで、皆で支え合って生きていくしかないんじゃない!」

 

 現状を察するのに十分な言葉だった。

 メリノヒツジの状況は、私が以前から知っている内容から変わっていないようだ。

 彼女は戦後、自然公園内の人目に付かぬ場所に居を構えて引きこもっていた。

 重度のPTSDを患っているという話だ・・・・・・あれほどの悲惨な体験をしたのだから無理もない。

 彼女は誰にも心を開くことがなかった。

 親であるヒグラシ博士や、パンサーら同じ痛みを背負うフレンズたちの暖かい言葉も、その深く傷ついた心を癒すには至らなかった。

 いつ自ら命を絶ってもおかしくない状況だという。

 

「メリノヒツジのことは私に任せてもらいませんか? 実は今日、演説が終わったら彼女と話をしに行くつもりだったのです」

「ええ? ミーは何も聞いてネーぞ?」

「シガニー、アーサー。お二人はここで食事を楽しんでいてください。

 私一人で行きます。今の彼女には無用な刺激を与えるべきではありません。一対一で話したいんですよ」

 

 一人は危険だよ! とシガニーから猛反発が上がる。当たり前の話だ。

 ・・・・・・だが私は彼女を説得するためにとある方角を指さした。

 広場の向こうにある建物の窓にチラつく一粒の光がある。レンズの反射光だ。

 そしてまた違う場所にも、あちらこちらに同様の光が瞬いている。

 

「・・・・・・総勢15名のスナイパーが辺りに潜んでいます」

 その告白を聞くと、シガニーのみならずその場にいた全員が総毛だった。

 中には戦闘態勢を取りはじめるフレンズまでいたので、急いで誤解を説くことにした。

「もちろん私が雇ったボディーガードたちです。

 私と一定距離を保ちながら、常に360度周囲を警戒してくれています。万に一つも間違いなど起こりません」

 

 呆気に取られているシガニーや皆に会釈すると、広場の隅の駐車場へと歩を進め、乗ってきたジープにエンジンをかけた。

 

≪・・・・・・あの子は変わったよ≫

≪確かにナー、理想家のお嬢様とばかり思ってたけどヨ、なんか貫禄がスゲー付いてきたし、隙もまったく無くなったゼ。マジで”ボス”って感じだってばヨ≫

≪とても優しいお方ですわ。でもそれだけじゃない。何故だか怖さも感じますの≫

≪な、なんで? メガバット? ボスはボスだよ。そんな、怖いなんてこと、あり得ないよ・・・・・・≫

 

 その場から走り去りながら、遠方で話す仲間たちの声を聴きとる。

 盗み聞きしているみたいで悪いが、超感覚に目覚めた私にはどうしても聴こえてしまうのだ。

 

 ・・・・・・私は皆から見てそんなに変わったのだろうか?

 確かに、自ら変わろうと心がけている部分もある。

 一年前、カルナヴァルという裏切者が近くに潜んでいたことに気付かず、組織全体を窮地に追いやってしまった。

 あの失敗から私は、理想を掲げることしか出来ないリーダーでは、簡単に寝首を掻かれてしまうという事実を痛感した。

 組織を守るためには、亡き盟友ヒルズ将軍のような冷徹さと用心深さが必要不可欠だ。

 

 それと、無意識の部分でも考え方が変わってきている気がする。

 以前までの私は、いつでも背中に重圧を感じてきた。父の遺志という重みに押し潰されそうになりながら歩んできた。

 ・・・・・・だが今は、そんな重みは毛ほども感じない。

 むしろ私の背中を押してくれている気さえするのだ。

 

 私は私が望む以上に、フレンズの楽園を創造するという使命に運命的なものを感じている。

 遠坂重三の娘として生まれてきたことも、サーバルやアムールトラといったフレンズたちと出会い命を救われてきたことも、すべては私が使命を果たすための巡り合わせなのだと・・・・・・

 私の命は彼女たちの物。彼女たちの想いに報いるために全部使わなくちゃいけない。

 そのことに幸せさえ感じている。

 ジャパリ・パーク・プロジェクトを成功させるためならば、あらゆる手段を択ばない。あらゆる犠牲を厭わない。

 

 そしてメリノヒツジも、私が使命を果たすために欠くことの出来ないピースだ。

(あなたを死なせやしない)

 ハンドルを握る手に力を込めながら、私は内心で独り言ちた。

 

 to be continued・・・




_______________Cast________________

哺乳鋼・ネコ目・ネコ科・ヒョウ属トラ亜種
「アムールトラ」 
哺乳綱・コウモリ目・オオコウモリ科・オオコウモリ属
「インドオオコウモリ(俗称メガバット)」
哺乳綱・ネコ目・ネコ科・ヒョウ属
「パンサー」
哺乳綱・げっ歯目・ネズミ科・ハツカネズミ属 
「ハツカネズミ」
哺乳綱・鯨偶蹄目・マイルカ科・シャチ属
「オルカ」
哺乳綱・鯨偶蹄目・ナガスクジラ科・ナガスクジラ属
「シロナガス」
哺乳綱・霊長目・キツネザル科・ワオキツネザル属
「ワオキツネザル」

_______________Human cast ________________

「久留生 果子(くりゅうかこ)」
年齢:27歳 性別:女 職業:国際的非政府組織「JAPARI UNION」代表・最高取締役
「日暮 啓(ひぐらしけい)」
年齢:54歳 性別:男 職業:国際的非政府組織「JAPARI UNION」職員
「アーサー・C・ブラック(Arthur Charles Black)通称:ウィザード」
年齢:35歳 性別:男 職業:国際的非政府組織「JAPARI UNION」情報技術部門チーフ
「シガニー・スティッケル(Sigourney Stickell)」
年齢:42歳 性別:女 職業:国際的非政府組織「JAPARI UNION」筆頭秘書
「アマーラ・日暮(Amara Higurashi)」
年齢:10歳 性別:女 職業:国際的非政府組織「JAPARI UNION」準職員

_______________Story inspired by________________

“けものフレンズ”  “けものフレンズ2”
      byけものフレンズプロジェクト

     “けものフレンズR”
      by呪詛兄貴
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