________ギィ・・・・・・ギィ・・・・・・
自宅のウッドデッキの上で、ロッキングチェアに腰掛け、外の景色を眺めながらぼんやりと物思いに耽る。
ここ最近の僕の日課だ。この体ではもうそれくらいしかすることがない。
数か月前、なんとなく体調不良が続いていたので医療スタッフに診てもらったところ、膵臓ガンだと告げられた。
そして「大切な者たちと穏やかな時間を過ごしてほしい」とも。要はそういう話だ。
正直ショックだったし、今だって家族が傍にいなきゃ夜も眠れないぐらいには死ぬことが怖い。
だがそれと同時に、どこかホッとしている自分がいることに気付くのだった。
やっと罪悪感から解放される時が来たんだと。
今でも余すことなく鮮明に覚えている。フレンズを人の手で生み出すというおぞましい所業に費やしてきた己の半生を。
施術に失敗し、体に何らかの障害を抱えたまま蘇生したフレンズを破棄した時のことを。
何も知らないままガス室で毒ガスを吸わされ、困惑と恐怖にまみれた彼女たちの顔が、次第に絶望へと変わっていき、静かに目を閉じるあの瞬間を。
・・・・・・グレン・ヴェスパーに逆らえなかった、なんて言うのは言い訳でしかないだろう。
しかしそんな僕にも、ある時やり直すチャンスが与えられた。多くの人やフレンズとの出会いに恵まれたおかげだ。
償いのためにも、恩返しのためにも、僕はひたすら働いた。
フレンズたちの学校を作って読み書きを教え、彼女たちがそれぞれ自分がやりたいことを見つけられるようにと教育の現場に携わってきた。
完全に罪を清算できたなどとは思わない。だが自分に出来るささやかなことを精一杯やり切ったという手ごたえはある。
そしてありきたりな病気でこの世を去る。
僕みたいなしょうもない男の結末としては、上出来だと言う他はないのではないか。
・・・・・・思い残すことがないかと言えば、全くそんなことはないわけだけれども。
時間が経つのは本当に早いものだ。
カコ代表がジャパリパーク創設プロジェクトを宣言されたあの日から、目くるめく日々は流れ、気が付けば20年近くもの歳月が過ぎていた・・・・・・いや、たったの20年とも言えるか。
海底火山を人為的に噴火させることで人工の島を作り出す。
次に衛星から降り注ぐレーザーによって急激な土壌改良を行い、フレンズたちが暮らす楽園ジャパリパークへと作り変える・・・・・・。
計画の全容を聞いた当初は、まるで夢物語のように感じたものだが、超人的な統率力を持つカコ代表の指揮の下、プロジェクトは待ったなしの勢いで断行された。
誰もかれもが熱に浮かされたように働いた。
その結果、たった20年ばかりの時間で、ジャパリパークが本当に作り上げられてしまった。
大小6つの島からなる群島が、大西洋のど真ん中、かつては海の上だったはずの場所に、外界の干渉を受けることなくでかでかと存在している。
総面積はなんと10万平方キロメートルにも及び、アイスランドなんかとほぼ同等の広さを誇る。
ここまで来ると国家と言っても差支えない。
この10万平方キロメートルというのはとりあえずのゴールでしかなく、今後さらに100~200年かけて40万平方キロメートルにまで拡張する計画が建てられている。
40万平方キロメートル・・・・・・それは日本列島とほぼ同じ大きさだ。
ジャパリパークはただ広大なだけじゃない。じつに実り豊かな土地だ。
いま僕が住んでいる家は、どこぞのヨーロッパの農村を思わせる長閑な田園地帯の一角に建てられている。
目の前には陽射しに照らされて黄金色に輝く小麦畑が広がっている。
小高い丘の向こうには小さなミカンの木が密集して植えられており、丸々とした黄色い果実を実らせている。
広大な農地ではエリアごとにそれぞれ異なった作物が育てられている。
一般的に小麦とミカンの収穫時期は真逆だが、このジャパリパークではあまり関係がない。
担当区域の異なる人工衛星「シャレム」「アダド」「バアル」から照射される無数のレーザーが、ジャパリパークの土壌に満ちるサンドスターに作用して、完全に分断された個別の環境を作り出す。
気温、気候、地質、景観・・・・・・それらの異なる条件を、最少で半径約一キロメートル程度の範囲から設定できる。
そうすることで、ビニールハウス等を用いることなく多様な作物の栽培が可能となっていた。
このような場所が近隣にはいくつもある。
________きゃはは、待って!
遠くを見やると、フレンズたちが小麦畑の中でじゃれ合うように追いかけっこをしていた。
今は休憩時間のはずだが、元気いっぱいの彼女たちにとっては遊びの時間となっているようだ。
汎用作業機械「フリッキー」たちに比べると、彼女たちの働きぶりはマイペースだったが、平和そのものの光景には見ていて心が癒される。
願わくば、いつまでもこうであって欲しいものだ。僕がいなくなったずっとずっと後も・・・・・・。
それにしても、なぜだろうか。
20年というのは、僕にとって宿命じみた数字であるようだ。
遠坂重三氏とグレン・ヴェスパーとの間で、フレンズに対する解釈の違いを皮切りに始まった最初の20年は、壮絶なる戦いの歴史だった。
戦いの末にヴェスパーが滅び、カコ代表を中心とするジャパリパーク創造の歴史が始まった。
それからまた20年が経ち、ついに僕がこの世を去る時が来た・・・・・・。
これまで本当に色々なことがあった。
やはりカコ代表という人物を抜きにしては語れないだろう・・・・・・歴史上には時折、彼女のような稀代の英傑が現れるものだ。
抜きんでた知性と精神力、周囲を引き付けるカリスマを持っているだけじゃない。何か特別な運命を背負って生まれてきたとしか思えない。
これまで彼女は、行き先も定かでない未来への道を力づくで切り開いてきた。
僕のような凡人は、彼女が通った跡を、後ろから必死に付いて行くだけで精一杯だった。
・・・・・・いや僕だけじゃない。おそらく彼女と同じ視野に立てた人間など誰一人としていなかったように思う。
この20年間、カコ代表の働きぶりは、傍から見ても鬼気迫る様相だった。
ジャパリパーク創造に向けた工事の準備を取り仕切るかたわら、フレンズ保護の重要性を説いて回り、世界各国に対してセルリアン対策のためのSS兵器のPR活動も行った。
その甲斐もあって、世界中でSS兵器の生産体制があっという間に整い、広く一兵卒にまで行き渡った。
有効な武装を得た人間の軍隊が、セルリアン相手に蹴散らされることはそうそう無くなった。
フレンズが戦場に駆り出されることも無くなり、これで万事一件落着かと思われた。
・・・・・・だが、人間社会は新たな危機に見舞われ始めた。
それはセルリアンとは違って目視することの出来ないものだった。
恐るべき災厄が、静かに足元に忍び寄ってきていて、気が付けば取り返しの付かないレベルにまで社会を蝕んでいた。
見えざる脅威。それは地球環境の変化だった。
原因のひとつは大気汚染であったり、オゾン層の破壊により地球に降り注ぐ紫外線の増加であった。
子供が学校で教わるような常識レベルの環境破壊だったが、前世紀から警鐘が鳴らされ続けてきたのは確かだ。
それらの事象がここに来て、何故だか急激に、人体に影響を及ぼすまでに顕在化を始めた。
これは僕の推論でしかないが、約40年前にセルリアンとフレンズが突然にこの世に現れたのも、このような地球環境の変化の先ぶれだったのではないだろうか?
自然環境や野生動物が、人間に先んじて変化を鋭敏に感じとった結果、セルリアンとフレンズが生まれたのだとしたら?
こんなことを今さら考えたところで、後の祭りでしかないのだが・・・・・・。
ともかく、地球は少しずつ人間の住めない星になりつつあった。
ばらつきはあれど、どこの国もまんべんなく平均寿命が減少しはじめている。
若くして大病を患って亡くなる人間が増えてきている。
また、遺伝子障害により子供を産めない夫婦が増えてきた。子供が生まれないことで、当然の事ながら、国そのものが徐々に衰退を始めてきている。
ゴーストタウンも増えてきた。
・・・・・・皮肉なことに、人類が衰退し始めたことに同期して、セルリアン災害も年々沈静化していっていた。
出没件数が年を経るごとに減少しているのだ。
電気や石油といった産業エネルギーをエサとしていたセルリアンにとって、もう人間は相手にするのに旨味のない存在だということなのだろうか?
これらの一連の世界情勢の変化は、ユニオンが行うフレンズ保護活動にも影響を及ぼした。
ジャパリパークが現在のような立派な大地となるまでは、フレンズたちはユニオンが世界各地で運営する保護区にて生活していた。
SS兵器の製造販売によって挙げられる莫大な資金を使って、豊かな自然の下、フレンズたちには平穏な暮らしが提供された。
・・・・・・それが却って良くなかったのかもしれない。
保護区のフレンズたちに嫌悪の目を向ける人間たちが少なからずいた。
人間と同じ姿をしていても所詮は動物だ、と見下す者たちがいた。
自分たちは銃を手にセルリアンと戦っているのに、なぜ人間より強いはずのフレンズは呑気に暮らしているのか、と不満に思う者たちがいた。
国の衰退に呼応して貧しくなっていく暮らしの中で、そんな者たちの不満が爆発した。
フレンズを狙った暴力沙汰が多発したのだ。
皮肉にも、ジャパリユニオンが提供したSS兵器の銃口を、セルリアンではなくフレンズに向ける者がいた。
もちろんフレンズも黙って撃たれるわけにはいかない。人間とフレンズで小競り合いが起きてしまうこともあった。
このような経緯から、フレンズの扱いについてカコ代表と、各国の代表とで再度協議が行われることになった。
人間とフレンズの間における不公平感こそが事件の原因だとし、それを解消するために、フレンズたちにも再びセルリアン対策の一員を担わせてはどうか? という意見が多数派を占めた。
・・・・・・が、カコ代表はそれを強い態度で拒否した。
「ヴェスパーの時代に逆行することは断固として許さない」と。
そして彼女はまったく別ベクトルでの代案を提言した。
「人間とフレンズが同じ土地で共存することは難しい。双方の利益のために、フレンズを人目に付かない土地に住まわせるべきだ」と。
まさしくそれはジャパリパーク創設プロジェクトのことだった。
カコ代表は「”離島”へのフレンズの放逐」という名目で、列強諸国に対してプロジェクトへの協力を取り付けたのだ。
実際にどのようなやり取りがあったのか僕にはわからない。
カコ代表はセルリアン対策の要であるSS兵器の元締めであり、対外的にも強い発言力を持った人物であることは間違いないだろう。
とはいえ彼女一人で多数派の意見を覆すことは難しいはずだ。
にもかかわらず、自分の思うような結論へと議論を誘導してみせたのだった。
・・・・・・カコ代表は変わった。
20年前までは、理想に燃える深窓の令嬢といった感じで、高邁である一方で、育ちの良さが故の打たれ弱さが拭えない印象だった。
だが後年になるにつれ弱さは消え、代わりに鉄のような強靭さと冷徹さを備えた底の知れない人物となっていった。
指導者としての圧倒的な存在感を示す一方で、かつてのような親しみやすさは消え、余人を寄せ付けない威光と風格が増していった。
ともかく、カコ代表の振るう辣腕のもと、湯水のように湧いてくる資金源を得て、ジャパリパークは滞りなく建造されていった。
・・・・・・そして今に至る。
「アンタ、明日からまた仕事場に連泊かい? なんとか家に帰ってくることは出来ないのかい? ここからだって近いだろ?」
「母さんわかって。今が一番大事な時なのよ。本当は今日だって」
「仕事が大切なのはわかるけど、今は出来るだけ家にいなきゃダメじゃないか」
僕がいるウッドデッキと木の壁を一枚隔てた家の中では、深刻そうな様子で会話する2人の女性の声が聞こえる。
シガニーとアマーラ。僕の妻と娘だ。
共にアフリカ黒人系であるという点を差し置いても、あの二人は見た目も性格もとてもよく似ている気がする。
元々は赤の他人だったはずなのに、一つ屋根の下で暮らす僕ですら不思議に思うほどだ。
シガニーはカコ代表の秘書を長年勤めていた女性だ。
それこそ代表が小さな子供だった頃から、つらい時も苦しい時も、戦場にさえ赴いて支えてきた、代表にとって家族も同然の存在だったはずだ。
・・・・・・そんな彼女は、いまやカコ代表とは絶縁状態にあった。
きっかけとなった出来事は色々ある。
20年前のジャパリパーク樹立宣言から数年間のあいだは、世界各地でやたらと血生臭い事件が連続していた。
アメリカを中心に、元Cフォース役人やヴェスパー家と関わりのあった者の失踪、不審死が相次いだ。その中には幼い子供もいた。
裁判を経てすでに服役していた人間でさえも、刑務所内で何者かによって殺されていた。
合計の死者数は軽く数千名を超えていた。
謎の勢力がヴェスパー派の残党を組織的に暗殺しているのは明らかだった。
それら一連の事件を関連付ける証拠は何も上がらず、また世間でも不自然なほどに報道されなかったが、何者かが裏で手を引いて行わせているのではないか、とまことしやかに噂された。
シガニーはあの頃から、カコ代表が自分に隠し事をすることが増えたように感じていたようだ。
以前は何をするにも傍で共に取り組んできたのに、いつの間にか自分の知らないスケジュールを決めて動いていることに、彼女は強い疎外感を感じていた。
その疎外感が、疑いと信頼の破壊へと繋がっていくのには時間がかからなかった。
連続不審死事件の黒幕とは誰なのか?
ヴェスパーに恨みを持つ者の中で、多数のヒットマンを操り、マスコミすらも封殺出来るほどの権力を持った人間とは?
ついにシガニーは疑念に耐えかねて、カコ代表を大々的に糾弾した。
良識あふれる彼女には、子供が犠牲になるような事件の首謀者が自分の身内である可能性に耐えられなかったのだろう。
だがカコ代表から具体的な返答がかえってくることはなく、事件への関与を示す証拠も見つからなかった。
それでもシガニーは追及を続けた。
しかし時間が経つごとに最初はシガニーに賛同していた者たちも、次第に何も言わなくなっていき、やがて孤立してしまった。
カコ代表が怪しいことには違いなかったが、それでも彼女の存在感はもはや不可侵の領域にあることに誰もが気付いていた。
彼女という唯一無二の指導者を失えば、ジャパリ・ユニオンという組織の活動が立ち行かなくなることは明らかだった。
・・・・・・同調圧力によって、疑惑はいつの間にか闇に葬られていった。
その後はカコ代表とシガニーの仲が戻ることはなく、シガニーの組織内におけるキャリアも失墜した。
かつてのカコ代表の最側近だった人物が、一般職員同然の扱いになってしまった。
シガニーはひどく落ち込んでふさぎ込み、一時期はユニオンを脱退して故郷に戻ることさえ考えていた。彼女を切り捨ててからというもの、カコ代表の権威は時間が経つごとに増していき、一般のスタッフにはますます近寄りがたい存在となっていった。
僕とシガニーの仲が深まったのもそんな頃だ。
途方に暮れていた彼女を気遣い、共に過ごす時間が増えていった後、どちらからともなく僕らは一緒になることになった。
仕事も手伝ってもらうことにした。
シガニーのことを愛している。口調はかなり男勝りできつい所があるが、正義感と周囲への思いやりに溢れた女性だ。
・・・・・・まあ、お互いに子供を作ろうなんて年齢はとうに過ぎていたので、もともと僕の養女だったアマーラだけを子として、家族3人でこうしてジャパリパークの黎明期を生きてきた。
僕とシガニーに育てられながら、アマーラはすくすくと立派に成長した。
もう今年で30歳。一人前のジャパリパークスタッフだ。
幼い頃に片腕を事故で失った彼女は、それでも器用に炊事洗濯をこなしていたが、今では筋電義手を装用することで何不自由なく日常生活を送れている。
僕も片足が義足なので実感していることだが、最近の義肢装具の進化は目覚ましいものだ。
義肢の素材の大部分は、金属からナノコロイド筋繊維に置き換わっており、本物の手足とほとんど変わらない動きが可能だ。
見てくれが不自然なことぐらいしか気にならない。
彼女は農業担当スタッフの1人だ。
もともと土いじりや花の世話が好きだった彼女には間違いなく天職だろう・・・・・・が、決して楽しいことばかりではない。
僕たちのライフラインに直結する責任重大な仕事だ。
いつの時代でも、農業が共同体を存続させる主要産業であることには異論の余地はないだろうが、それに加えて、ジャパリパークでは人間もフレンズも菜食主義を守らなくてはいけないという決まりがあるからだ。
野菜、果物、穀物・・・・・・それぞれの農地が急速に拡大している。
だが人間、フレンズあわせて十数万人もの人口を完全に自給自足で養えるようになるには足りず、輸入に頼らざるを得ない部分も多々あった。
カコ代表はこの現状にまったく満足していない。
ゆくゆくは、作物の完全自給自足を目指しているようだ。
さらには電気などのエネルギー、鉄鋼などの建築資材についても、ジャパリパーク内だけで賄えるようにせよというお達しが下っている。
しかしアマーラが今担当している仕事は作物の栽培ではなかった。
彼女にとっては念願と言ってもいい、ジャパリパーク初の「花畑」の建設作業だ。
生存に必須ではない花の栽培は、これまで長年に渡って後回しにせざるを得なかった。
作物の生産体制が一通り確立された段階で、ようやっと花の栽培のプロジェクトが始動した。今からたった2年前のことだ。
食料にならなくても、花は見る者の心を和ませる。
住民たちの暮らしをさまざまな場面で彩るだろうし、フレンズたちだってきっと喜んでくれるだろう。
主任の1人に抜擢されたアマーラは、寝る暇も惜しんで懸命に仕事に打ち込んでいた。
ジャパリパークにおける花畑の建設は、ただ土地を開墾して花の種を植えればいいという話ではない。他の作物とは根本的に違う、ある難しい条件を抱えているのだ。
まず当然のことながら、普通の畑ならば育てる作物は一種類で良い。
人工衛星のレーザー照射設定も畑ごとに個別に行えばいいし、後は適切な土壌改革が行われれば、作物を育てられる条件が整うことになる。
が、花畑はそうもいかない。
バラだけが並ぶバラ園、ひまわりだけが並ぶひまわり園・・・・・・なんて要領で作っていては、たちまち作物を育てるための土地を逼迫してしまう。
限られた土地に、出来る限り様々な品種を育てられるようにするしかない。
それを可能にするための条件を整えることは非常に難しいことのようだ。
ようは土壌の環境とレーザー照射を、適切な設定で組み合わせる必要があるわけだが、何度組み合わせ実験を行おうとも失敗に終わっていた。
しかしアマーラは情熱を燃やしてトライし続けた。
その思いがついに実を結び、理論上は半径数キロメートルのエリア内に、3千種もの花々が自生出来るようになる組み合わせを見つけたのだという。
後は小規模な実地試験を行った後に、本格的に稼働させる予定だという。
アマーラは「いつかアムールトラが目を覚ました時に”あの花畑”を見せてあげたい」と口癖のように語っていた。
彼女とアムールトラの思い出の地である、南アフリカとナミビアの国境付近に広がる「奇跡の花畑」のことだ。あの場所が今回作られる花畑のモデルになっているのは聞くまでもないだろう。
夢の実現を目前にして、アマーラはいっそう鬼気迫る働きぶりを見せていた。
今日だって非番なのにも関わらず職場に赴こうとしたのを、シガニーが何とか止めたぐらいだ。
彼女がこんなのにも焦るのは、アムールトラとのことだけじゃないだろう。
きっと僕がこんな体になったことも関係しているはずだ。
僕が死ぬ前に何とか完成させて、成果を見届けてほしいんだと思う。
まあそれを彼女に問うことはなかったが・・・・・・気まずくなるだけだし。
(おや、あれは?)
風景をぼんやり眺めていると、向こうの丘の上にふたつの人影が頭をのぞかせるのが見えた。
2人して活発な足取りで丘を乗り越え、あぜ道を進むと、やがて僕の家の前で足を止め、ウッドデッキの上にいる僕に向かってペコリとお辞儀をした。
「お久しぶりですヒグラシ先生、お体の調子はいかがですか?」
「わふ! こんにちは! 先生!」
「・・・・・・おお、よく来たね。ハルカ君、イエイヌちゃん」
落ち着き払った1人は、緑がかった黒髪を持つ人間の少年。
元気いっぱいのもう1人は、白い毛並みとグレーの衣服を身にまとったイヌのフレンズだった。青色の右目と、橙色の左目を見開いてニッコリと笑っている。
2人が玄関先で挨拶するなり、訪問者の到来を察したシガニーとアマーラが、家の中から驚いた様子で出てきた。
「ま、まあっ! ぼっちゃん、急にどうして?」
「・・・・・・もちろん、先生のお見舞いに。もしお邪魔でなければですが」
「わふ、これ見舞い品です」
アマーラにぼっちゃんと呼ばれたことに多少複雑な顔をしながらも、ハルカ君は礼儀正しく頭を下げて答えた。
そしてイエイヌちゃんは、ネットの中にぶら下げていた、まるまる太ったスイカを両手に掲げて見せてくれた。
さらによく見ると、彼女の鼻がくんくんと忙しなく動いているのが見える。
「あの、あの、もしかしてお昼ごはんの準備してました? 良かったら、お手伝いしましょうか?」
「ええ!? イエイヌちゃんが手伝ってくれるの?」
シガニーとアマーラが小躍りするように喜ぶと、快くイエイヌちゃんを家の中に招きいれた。
腕をまくるような動作でやる気を見せつけながらウッドデッキの階段を上がってドアをくぐるイエイヌちゃん。
今日のお昼は僕ら家族3人と、ハルカ君とイエイヌちゃんを交えて食卓を囲むことになった。
今の明るい様子からは想像さえ出来ないが、イエイヌちゃんもまた暗い過去を持つフレンズのうちの1人だった。
白い体と、左右で瞳の色が違うという特徴が示すように、彼女はかつてCフォースにて作られた「ハイブリッド」と呼ばれる、ヴェスパーの非人道的行為の果てに生まれた存在だった。
彼女が見つかったのは、戦争が終わってから何年も経ち、Cフォースの名前なぞもう誰もが思い返すことが無くなったような時期だ。
世界中のCフォース研究所の接収、解体がとっくに終わったかと思われていたのに、また新たな研究所が発見されたのだ。
ジャパリ・ユニオンによる探索が行われた際に、ひどく朽ちた研究所の内部で、彼女は冷凍保存された状態で眠っていた。
解凍、蘇生処置を経て何とか生き返り、ジャパリパークに送られることになった。
実戦を経験することなく冷凍されていた彼女だったが、もちろんVRにて一通りの戦闘技術は仕込まれていることと思われる。
しかしハイブリッドが持つと言われている特異な才能は、戦闘とはまったく別の分野で発揮されることになった。
・・・・・・それは料理だ。
彼女はああ見えて、人間も含めてジャパリパーク内で一番料理が上手いと言われている名コックだった。
イヌ科の鋭い嗅覚が成せる技なのかわからないが、一度味わった料理は完璧に再現し、そこからさらにレシピを発展させる魔法のような腕前を持っている。
数種類の調理師免許も取得しているようだ。
ジャパリパークで働くために、半ば強制的に菜食主義に転向したスタッフが多い中で、彼女の料理がどれほど有難がられたことか。
・・・・・・ほんとうに、誰も傷つけない、周りの全てを幸せにする素晴らしい才能だと思う。
________ぐうう・・・・・・
盛大に鳴った腹の音の主はハルカ君だ。
イエイヌちゃんの絶品料理に待ち焦がれている気持ちはわかる。
恥ずかしそうに「ごめんなさい」と謝ってきた彼に対し、僕は「若い証拠じゃないか」と笑いながら返した。
彼は家には入らず、僕とともにウッドデッキに残り、タブレット端末を取り出して、写真を見せながら色々な最近の出来事を聞かせてくれた。
・・・・・・ハルカ。久留生 悠。
姓が示すとおり、彼はカコ代表の息子だ。今年で確か14歳になる。
その緑がかったサラサラとした黒髪が、母親との血のつながりを強く感じさせる。
男らしさを感じさせない線の細い佇まいと、垂れ目がちの柔和そうな顔立ちの組み合わせは中性的と言ってもいい。
だが決してひ弱ではなく、瞳には意志の強さを感じさせる光が宿っている。
彼はジャパリパークにおいて最初の
カコ代表にとって仕事にちょうど一区切りが付いた時期だっただろう。
さしもの彼女も、妊娠後期から出産直後といった期間は休まざるを得ず、何人もいる秘書や召使をメッセンジャーに使う形で仕事をこなしていた。
彼が生まれて数年は、父であるカコ代表のパートナー「久留生 時夫」さんが彼を育てていた。
僕も何度か時夫さんと話したことがある。優しく誠実そうで、何よりカコ代表のことを深く愛していることが伝わってきた。
だが、なんというか、カコ代表と連れ添うには余りに平凡という印象を持ったのも確かだった。
・・・・・・嫌な予感は当たるもので、ほどなくして家庭が壊れることになった。
とつぜん時夫さんが失踪した。離婚の手続きさえ済ませぬまま、船を出してジャパリパークから消えてしまった。
今となってはどこにいるのか、生きているのか死んでいるのかすらもわからない。
そしてカコ代表は夫の失踪にもまったく取り乱すことなく仕事に没頭した。
己の持てる全てをジャパリパーク創造に傾けるあまり、一人息子のハルカ君に目を向けることさえなかった。
きっと彼は召使いたちに世話されながら寂しい幼少期を送ったことだろう。
ハルカ君は僕の生徒でもあった。
つい最近引退することになったわけだが、いちおう僕はジャパリパークにおいて教育に関することは一手に引き受ける立場だった。
フレンズだけでなく、スタッフのご子息たちも僕が経営する島内の学校で教えていた。
人間とフレンズとでは精神の発達スピードに倍以上の開きがあるために、まったく別のカリキュラムで、校舎すらも別にしていた。
早熟なフレンズは早々に学問への興味を失った。
人間とのやり取りをしたり、書物などから必要な情報を得るために、最低限の読み書きさえ出来ればいいという感じだ。
たとえ知能は人間と変わりないとしても、人間と同じように学問を深めることに喜びを見出す者はいなかった。
やがて彼女らは自分の中の野生と向き合うようになる。
どのように自分の体を動かせばいいのか? どのように母なる自然と関わればいいのか?
その問いはフレンズの命題とも言い換えてもいいだろう。
僕の仕事は、彼女たちが答えを出す手伝いをすることに他ならなかった。ずっと前、Cフォースにいた頃からそうすべきだと思っていた。
答えを見つけた彼女たちに、それぞれの進路を指導した段階で教育は終了となる。
・・・・・・アムールトラはやっぱり空手の先生になりたかったのかな。クズリは競い合うのが好きだから、アスリートでも目指しただろうか・・・・・・
いっぽうで、人間の成長はゆっくりだ。
何年もかけて勉強する必要がある。世界中の学校教育と変わりないカリキュラムを組まねばならない。
なんとかハイスクール卒業相当の学力は付けられるように教員の確保に取り組んだが、それ以上の学位を望む者は、海外への留学を個々の家庭において行ってもらうしかない現状だ。
・・・・・・だが昨今の不安定な社会情勢では無理だ。僕の腕では子供たちに先進国と同等の教育を授けることはできなかった。
話は色々とずれたが、ハルカ君も他の子供たちと変わらずに学校で学んでいた時期があった。
しかし彼の孤独を埋めることは叶わなかった。
あの母親にしてこの子あり。血は争えないというか、彼はいわゆる天才児であり、周りの子供との違いが幼い頃から際立っていた。
僕自身の手で彼にいくつかの知能検査を実施したことがあるが、そろって測定不能という結果が出た。
一般に出回っている検査では、IQ150以上を測ることは出来ないように作られているからだ。
・・・・・・手ごたえではIQ180から200ぐらいはあるように感じた。アインシュタインとかその辺りと同等の驚くべき数値だった。
周りの子供たちも最初はハルカ君と友達になろうとしていたが、やはり見えない壁のような物を感じて彼のことを遠ざけた。
かと言って別の校舎で学ぶフレンズたちとは関わりが薄く、彼の方から仲良くしようという流れにもならなかった。
彼は自分を理解してくれる存在がいることを知らず、誰にも心を開こうとしなかった。
気遣う周りの大人たちの声掛けも、額面通りの模範的な受け答えであしらうだけだった。
後はただひたすら教室の隅で、難しい物理学や化学の本を読んで過ごしたりしていた。
そんな折、彼の家には新しい家族がやってきた。
新しくジャパリパークに保護されることになったイエイヌちゃんだ。
24時間共に過ごしてくれる家族が出来たことが、孤独だった彼の世界を変えた。人間には感じた壁もフレンズには存在しないことに気付いたようだ。
以来2人はどんな時でも一緒に過ごす親友となった。
またハルカ君が他のフレンズたちとも仲良くなる切っ掛けになったようだ。
時が経つにつれて、ハルカ君の学力はめざましく向上していった。
あっという間に学校で教えられることが無くなり、その後は独学にて学ぶようになり、果ては大学の修士さえ通信課程にて獲得してしまった。
ハルカ君の専門は量子力学だ。サンドスターが物質にどのように働きかけているのかを解き明かそうと言うのが彼の試みだった。
世界最高峰と言われるイギリスの学会にて、彼の論文が取り上げられた時には、ちょっとした騒ぎが起きたほどだ。
・・・・・・もっともカコ代表は、大手柄を残した息子に、ねぎらいの言葉のひとつさえ掛けなかったと言うが。
14歳にして学問を一通り極めたハルカ君は現在、大人たちに混ざってジャパリパークの開拓に勤しんでいる。
カコ代表との関係が冷え切っていることには変わりないが「色んな親子がいるから」と割り切り、それを差し置いても「母の仕事は世の中に必要なことだから」と大局的に物事を考え動いているのだ。
「・・・・・・ほう、ついにキョウシュウにも基地が出来たんだね」
「はい。もう少しで本格的な調査が始められます」
大まかに言って、ジャパリパーク職員には3種類の部署がある。
観測部署、建築部署、農業部署がそれだ。
10万平方キロメートルもの面積を誇るジャパリパークだったが、人間やフレンズが住めるように開発が加えられた土地はその内のごくわずかな範囲でしかなく、大半は手つかずの領域だった。
サンドスター・ボムによって海底火山を人為的に噴火させる。
噴火の内容物が、海中に張り巡らされたマイクロファイバー・ネットと癒合する。
海中に帯状に現れた溶岩状の地殻に対して、人工衛星からの特殊なレーザー照射による急速な冷却を行う・・・・・・
以上の3サイクルを行えば、自然な陸地形成とは比較にならないほどの短期間で、陸地を海上に出現させることができる。
が、しかし、難しいのはここからなのだ。
人間やフレンズ、その他の動物が住めるような環境にするためには、長い年月をかけた地道な努力が必要だった。
手つかずの領域にはまず観測部署が赴く。
その土地の詳細な地形や、土壌のサンドスター濃度も含めた地質情報、自生する植物など様々なデータを収集する。
ハルカ君も無数にある観測部署の班の一つに所属している。
観測部署が持ち帰ったデータを元に、建築部署が住居やインフラ設備を建てることにより、人間とフレンズが定住できるエリアを少しずつ広げていく。
アマーラがいる農業部署は、定住可能エリアにて、皆の食料となる作物の生産に日々勤しむ。
・・・・・・と、3つの部署はこのようにして、土地の開拓に欠かせない行程を部署単位にて効率的に行っている。
もちろんのこと、人間だけでなくフレンズも仕事に携わっている。それぞれの特性を発揮して、人間と手を取り合ってジャパリパーク開発を行っているのだ。
どの部署も責任とやりがいに溢れた仕事であることには変わりない。
・・・・・・が、人気の職種というものはどこの世界にも存在するもので、ジャパリパークにおいては観測部署がそれだった。
未知の領域を調査するという業務内容が、若者のフロンティアスピリッツをおおいに刺激するであろうことは想像に難くない。
半ば取り合いのような状況になっており、観測部署に配属されることはエリートの証明みたいになっていた。
そんなエリートたちの中で、14歳のハルカ君は大人に混ざって最前線で仕事をこなしていた。
「みんな元気そうだね」
「はい。X班は素晴らしいチームです」
タブレットが一枚の写真を映し出す。
ハルカ君も含めた複数の人間とフレンズが映っている。
彼らが肩を並べている背後には、虹色の煙を噴き上げる巨大な山がそびえ立っている。
ここ最近では一番新しくできたとされるキョウシュウ島には、驚くべきことに、海底ではなく陸上に火山が存在することが確認されている。
ジャパリパーク初の出来事であり、かの島においてどのようなデータが観測されるか本土でも注目が集まっていた。
そして選りすぐりの人材を集めてX班を作り、調査へと派遣することになった。
ハルカ君たちX班はつい最近、キョウシュウ島のもっとも条件のいい場所にベースキャンプを作る所までは出来たようだ。
本格的な調査に乗り出す前に、休息と物資の補給も兼ねて、ここホンシュー島のセントラルベースに戻ってきたというのだ。
この写真は新たに立ち上げた基地の傍で撮ったものだと言う。
写真の中でもひと際目を引くのは、くしゃっと屈託のない笑顔で笑う金髪碧眼の白人女性だ。
黒いタンクトップに迷彩柄のカーゴパンツという極めてラフな出で立ちが、不思議とお洒落に思えてしまう程の美人だ。
彼女の名はカレンダ・アルマナック。
かの元アメリカ大統領夫人イーラ・C・アルマナックを曾祖母に持つ、天上人と呼んでも差し支えない名家の出身でありながら、幼い頃からの動物好きが高じてジャパリユニオンに入った経歴の持ち主だ。
明るくお転婆な性格で、生まれの高貴さを鼻にかけることもなく、誰に対してもフレンドリーに接する彼女は、そのグラマラスな美貌も相まって、若い男性スタッフの間ではアイドル的な存在として扱われていた。
写真の中に注目の人材はもう一人いる。
ハルカ君の隣で微笑みを浮かべている、襟や袖口に迷彩をあしらった白いジャケットに短パンというサファリルックの少女だ。
アンダーリムの眼鏡がチャームポイントで、とても賢そうな顔立ちをしている。
その黒髪はハルカ君のそれよりも更に色素が薄く、日に当たる部分が薄緑色にも見える。
彼女の名は八重山 未来。
カコ代表とは遠い遠い親戚筋に当たる家の出身らしい。ジャパリパークスタッフの若手の中でもとりわけフレンズに対する愛情が深く、絶大な信頼を集めている人物だ。
観測チームの中でもハルカ君に並んで将来を嘱望されている優秀な人材でもあった。
X班は人間だけでなくフレンズの優秀さも際立っている。
ハルカ君のバディであるイエイヌちゃんだけでなく、20年前の戦争にて名を知られたパンサーとメガバットもいる。
この2人のフレンズは現在のジャパリパークにおける最強戦力だろう。
戦争の中で四肢を失うという重傷を負ったメガバットだったが、今は視力以外は完全に回復を果たし、相棒のパンサーと共に未知の世界での冒険に勤しんでいる。
・・・・・・それにしても、フレンズの中では最古参の部類であるパンサーとメガバットだったが、写真に映る彼女たちをジッと見てみても、20年前と比べて見た目に何ら変化はないことがあらためて不思議に思える。
フレンズの肉体は不老不死なのか、あるいはそれに近い性質を持っているのかもしれない。
彼女たちより長く生きたフレンズがいないので、今は立証しようがないことだが、未来においてはフレンズの寿命について解き明かされる日が来るだろう・・・・・・。
ハルカ君たちを見ていると、改めて自分が長く生きてきたことを実感させられる。
20年もの歳月が過ぎれば、当然のことながら世代交代が起こる。
X班に集められた人材は、間違いなく将来のジャパリパークを背負って立つ者ばかりだ。
新たに集まった若き才能たちが力を結集することにより、難局を切り開いて未来を勝ち取っていくことだろう・・・・・・。
「ところでハルカ君。ミライさんとは最近どうだね?」
「え・・・・・・だ、大事な仲間ですよ。たくさんのフレンズに慕われてて、僕の知らない色んなことを知ってて、尊敬しています」
さりげない風を装って誤魔化すが、頬がしっかり赤らんでいる。
ハルカ君のミライさんに対する好意は明らかだ。
・・・・・・が、まだまだ彼にとっては「憧れのお姉さん」止まりのようだ。
奥手な彼が好意をはっきりと口に出来るようになるには時間がかかるだろう。悩んだり、立ち止まったりしながら距離を詰めていくのだろう。
若いっていいなあ。
「わふ! お待たせしました!」
ハルカ君としばし懇談していると、イエイヌちゃんが戸を開けて呼びかけてくれた。
居間に入った瞬間飛び込んできたのは、テーブルに並べられた、見た目も香りも素晴らしいヴィーガン料理の数々だ。
ここでイエイヌちゃんにひとつ申し訳ないことをしたのに気付く。
・・・・・・この家には人間しか住んでいないので、フレンズの胃袋を満たせるほどの食料は用意していないのだ。
だから彼女には料理に加えてフレンズ用の人工保存食で腹を満たしてもらうことにした。
近隣の畑で働くフレンズたちのオヤツ用にと思って保存食を貯蔵しておいてよかった。
とにもかくにも手を合わせて早速食べ始める。
主食はアフリカの伝統的な煮込み料理ワットだ。アジア・西欧で知られる所のカレーのようなもので、甘辛い味付けが食欲をそそり食べ応えは十分だ。
ほかにも数種の餡や具材をレタスに包んだ副菜がある。
デザートには、持参したスイカを使ってシャーベットやピューレなどを作ってくれていた。
中でも絶品なのが野菜の天ぷらだ。中でもこのレンコンときたら特筆に値する。
カラリと揚がった軽やかな衣を噛んだ瞬間、中のみずみずしい果肉が弾け、レンコン特有の滋味が余すことなく広がってくる。
・・・・・・正直な話、僕はレンコンの天ぷらは昔からの好物で、自分で作ったりシガニーに作ったりしてもらっていたが、これほどの物は食べたことがない。
イエイヌちゃんの料理は、材料が高級だったり、手順がとくべつ複雑だったりということはない。テーブルに並んでいる品々も、家庭料理の域を出るものではない。
ただ火の通し加減ひとつとっても、材料の旨味を引き出す絶妙なタイミングを見切っていて、素人には決してたどり着ける領域のものではないのだ。
だがせっかくのごちそうも、今の僕は少し食べただけで体が受け付けなくなってしまう。
もしいまも健康な体だったなら、滅多に食べられないイエイヌちゃんの料理を腹いっぱい食べてみたかった。
・・・・・・まあいい。代わりに成長期のハルカ君や、働き盛りのアマーラの見事な食べっぷりを見て溜飲を下げることにしよう。
みるみるうちにテーブルに置かれた皿が平らげられていき、食後のティータイムとなった。
イエイヌちゃんは料理だけじゃなくて、紅茶やコーヒーを淹れることについても右に出る者がいないのだ。
ティーカップに注がれた紅茶を一口、二口と少しずつ啜っていく・・・・・・大げさな表現になってしまうが、心が洗われるような深い安堵感をおぼえる極上の一杯だ。
惜しむように杯を空にすると、深いため息が自然と漏れ出た。
・・・・・・美味しいものを食べてこその人生、なんてことを誰かが言っていたっけ。
たとえこれが最後の晩餐になっても悔いはない。本気でそう思った。
「いや~満足だ。すばらしかった。ごちそうさま」
「わふ! どういたしまして!」
誰もが美食の余韻に浸ったために居間が静かになる。
それと同時に、部屋の角に設置されたテレビの音声が大きく聴こえてきた。
《あの人達は動物愛護というものを根本からはき違えているような気がする》
《なんというか、得体の知れないカルトみたいな団体ですよ。私たちの暮らしも知らずに、フレンズばっかり優遇して》
お昼のニュースが映っている。
どこかの国の街灯のインタビューで、道行く人々がリポーターの質問に答えている。
ジャパリユニオンの活動は、市井の人々にとっては決して好印象に映るものではなかった。その資金や技術力をフレンズのためではなく人間のために使うべきだと言う声が年々増えていた。
・・・・・・もちろんカコ代表は「ユニオンはフレンズの保護団体だ」と全く耳を貸すつもりはないようだった。
「チッ」
舌打ちしながらリモコンを手に取るシガニー。せっかくの余韻が台無しと言わんばかりにテレビの電源を切ってしまった。気まずい沈黙が訪れる。
「・・・・・・あ、あの」
そんな折、ハルカ君がおずおずと口を開いた。
「ヒグラシ先生と2人きりで、小一時間ばかりお話させてもらいたいのですが・・・・・・じつは、今日は来たのはそのためでもあったんです」
何かを深く思い詰めているような迫真の表情でそんなことを言うので、その場にいる誰もが唖然とさせられる。
言い終えてから、彼はさらにもう一度ふかぶかと頭を下げ「ぶしつけですが、お願いします」と念を押してきた。
改まってなんだろう? 僕に話とは?
イエイヌちゃんを見ると、彼女も初耳と言わんばかりにポカンとしている。家族同然のイエイヌちゃんにもまだ話していない、知られたくない内容なのだろうか。
「仕事の資料をまとめなくちゃ・・・・・・ごちそうさまでした」
と、最初に立ち上がったのはアマーラだ。
ぱぱっとテーブルを片づけ洗い物を済ませてから自室へと戻っていった。
「・・・・・・そうだ、イエイヌちゃん、天ぷらを上手に揚げるコツを教えてくれないかい? アタシゃどうも揚げ物って苦手でね」
「わふ、わかりました! お安い御用です」
シガニーがおもむろにイエイヌちゃんを誘って、2人してまたキッチンに立つのだった。
聞き入れてくれた彼女たちを後目に、とにもかくにもハルカ君の話を聞くために彼を自室に招待した。
to be continued・・・
_______________Cast________________
哺乳綱・ネコ目・イヌ科・イヌ属
「イエイヌ(ハイブリッド)」
_______________Human cast ________________
「日暮 啓(ひぐらしけい)」
年齢:74歳 性別:男 職業:国際的非政府組織「JAPARI UNION」元教育省長
「久留生 悠(くりゅうはるか)」
年齢:14歳 性別:男 職業:国際的非政府組織「JAPARI UNION」観測部署職員
「シガニー・日暮(Sigourney Higurashi)」
年齢:62歳 性別:女 職業:国際的非政府組織「JAPARI UNION」教育省職員
「アマーラ・日暮(Amara Higurashi)」
年齢:30歳 性別:女 職業:国際的非政府組織「JAPARI UNION」農務部署職員
_______________Story inspired by________________
“けものフレンズ” “けものフレンズ2”
byけものフレンズプロジェクト
“けものフレンズR”
by呪詛兄貴