けものフレンズR あるトラのものがたり   作:ナガミヒナゲシ

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 あるトラのものがたり第8話です。
 
 アムールトラVS巨大蜘蛛型セルリアン。一対一の真っ向勝負。
 底知れない能力を有する強敵に、そして今までの己自身に、アムールトラは打ち勝つことが出来るのか。


現代編 8 「えいゆうのふっかつ」(前編)

「うおおおっっ!!」

 

 ホテルの屋上、立ち込める霧の中、自然界ではおよそ存在しないと思われる完全に真っ平な地形にて、戦いの火ぶたが切って落とされた。アムールトラは、8本足のセルリアンに向かって敢然と駆け出し、みるみるうちに距離を詰めていった

 理由はふたつ。ひとつはともえ達からなるべく離れた所で戦うため、もうひとつの理由は、肉薄するほどの接近戦に持ち込むためだ。触手による迎撃があったとしても、巨大なセルリアンに対して小柄な自分が体格差を活かすためには、なるべく近づいて戦うしかないからだ

 ほどなくして8本足の間合、放射状に伸びる黒い足の内側に入り込んだ。しかしアムールトラはここで違和感を覚える

 

(遠い・・・どこまでも・・・)

 

 8本足の体は、船の姿の時よりも2回り以上小さくなっていた。だが、長大な足に持ち上げられる体の高さは、船の姿の時の倍以上だった。フレンズの視点から見た巨大さの印象は、船の姿をはるかに上回るものだった

 しかし、そんなことは遠目からでもわかりきっていたことである。問題は、高さではなく距離だった。放射状に伸びる足は、遠目から見るよりもはるかに広い範囲に広がっていた。近づけば近づくほどに、間合がつかめなくなっていった

 そしてアムールトラの頭上に広がる影の形が、一瞬変わったような気がした

 

______ズドッッ!!

 

「くっ!?」

 

 黒い足の一本が、アムールトラ目掛けて打ち下ろされた。足先が地面にめり込み破片を巻き上げた。なんとか反応して脇に飛んだアムールトラは、姿勢を立て直す間もなくただ上を仰ぎ見た

 アムールトラが見たセルリアンの足は、天にまで届くほど高く振り上げられていた。黒く湾曲した足先は、日光を浴びて輪郭がぼやけていた。そして轟音を上げて再びアムールトラへと降ってきた

 セルリアンの踏みつけ攻撃が、いくたびもアムールトラの頭上から襲い来た。天から雷が降り注いでいるかのごとく、アムールトラの周囲の地面を何度も抉った

 

(近づいてはダメだ! 一方的にやられる!)

 

 アムールトラはしゃがんだ姿勢から四つん這いで飛び出すと、空中で身を翻して体勢を立て直し着地した。そして脱兎のごとく放射状の足が覆う範囲から逃げ出し、十分に距離を取ってからセルリアンの様子を観察した

 セルリアンは扁平な楕円形の下半身を地面に着くほどに低く落とし、ずんぐりとした台形の上半身をツンと逸らせていた。体を支えているのは、8本の足のうち、後ろ半分の4本だけだった。前半分は、いつでも攻撃を仕掛けられるように、高く掲げられ広げられている

 アムールトラは歯噛みした。手数も射程距離も高さも、戦いを有利に展開する要素は、何もかもセルリアンのほうが上・・・冷静に考えれば、わかりきったことだった。ついさっきまで、そんなことにすら考えが及んでいなかったのだ。アムールトラは、己の愚かさを呪った

 長い間、アムールトラはビーストに支配されていた。こと戦いという場面において、アムールトラはただビーストに身を委ねていただけだったのだ。己自身のまま戦う術など、遠い昔に忘れ去っていた

 

≪弱気になるでない・・・頭で思い出せなくとも、体は存外に覚えているものぞ?≫と、ビャッコの励ます声が脳内に響いた

≪ともかく動け、どのみちあれは、おぬし以外の手に負える相手ではない・・・≫

 

 わかっている、と言わんばかりにアムールトラは再び駆け出した。今度は円を描くように、8本足のセルリアンの側面へ回り込もうとした。高い位置から見下ろすように、いくつもの蠢く目がアムールトラの動きを追っていた

 どこから仕掛けても、あの目がこちらの動きを捉えてくるだろう・・・だが、あの巨体である以上、反撃しづらい角度は存在するはずだ、とアムールトラは推論した

 足による攻撃をかいくぐり、そして触手に迎撃されるよりも前にこちらの攻撃を当てることが出来れば・・・数瞬の思考を巡らせ終わる頃には、セルリアンの真後ろにまで回り込むことに成功していた

 セルリアンの背中を割って現れた瞳がアムールトラを凝視していた。しかしアムールトラの俊足に反応できたのはセルリアンの目だけだった。その巨体は先ほどから一歩も動かず、明後日の方向へ悠然と威嚇のポーズを取っていた。これを機と見たアムールトラは、助走を付け勢いよく地面を蹴り、セルリアンの体を上回る高さまで飛び上がった

 放物線を描いて落下するアムールトラの体は、セルリアンの胴体目掛け、矢のように一直線に接近した

 

「くらえっっ!!」

 

 アムールトラは空中で身をよじり、右腕を振りかぶった。落下による加速が加わったアムールトラの渾身の一撃が、セルリアンを捉えようとしていた

 その時、明後日の方向を向いていたセルリアンの足の一つが、180度向きを変え、鞭のようにしなりながらアムールトラを打ち据えた

 

______ドシャァッッ!!

 

 橙色の大柄な体が、木の葉のように宙を舞い、ゴミのように地面に叩きつけられた

 ついに直撃をくらったアムールトラは立ち上がることも出来ず、地面に這いつくばった。口腔内に血の味が広がっていくのを感じた

 

(そうか・・・角度なんて、奴には関係ないのか・・・あんなに柔軟性のある体のセルリアンがいるとは・・・)

 

 8本足のセルリアンがゆっくりと威嚇姿勢を解いた。上半身を降ろし、高く掲げていた足をすべて接地させると、それらを波打つように動かして向きを変え、アムールトラを再び正面に捉えた

 よろよろと立ち上がったアムールトラに向かって、山のような距離感を掴めない体が、轟音を立てて直進し始めた

 

(・・・私は、こいつに勝てるのか・・・? このままでは、自分自身を保ったまま戦うとか、そんなことを考えている次元ですらない・・・)

 

「わふっ! ともえさん! このままじゃアムールトラさんが!」

「・・・あのセルリアン・・・これまで見てきた中でダントツにやべーぞ!」

 

 ともえ、イエイヌ、ロードランナーの3人は、屋上の一角、海生哺乳類の背びれを象った青い三角形の根本で、アムールトラの戦いを見守っていた

 

「もー見てられねー! 行ってくるぜ! オレ様が奴の注意を引いてよぉー、アムールトラが攻撃できる隙を作るんだ!」と、ロードランナーは居ても立っても居られない様子で言い放ち、身構えた

 

「だめ、待って・・・!」

「ともえさん?」

「アムールトラさんが言ってたでしょ・・・“信じて見ていてくれ”って・・・アムールトラさんとの約束をちゃんと守らなきゃ・・・」

「だ、だけどよー・・・」

 

 ロードランナーは肩を落とした。3人は再び、歯がゆい気持ちで視線を一対一の死闘へと向けた。アムールトラは、セルリアンの攻撃の的を絞らせまいと再び走り出したところだった。黒く放射状に伸びる足が幾たびもアムールトラの近くの地面を踏みつけていた

 

「・・・読みが当たったですね、助手」

「ええ、博士、やはりともえ達はビーストと共にいたのです」

 

 背後から突如、見知った声が聞こえた。驚いて振り返ったともえ達の視線の先には、白と茶のフクロウの姿があった。2人は音もなく、ともえ達の背後に降り立っていた

 

「オオコノハズクさん、ワシミミズクさん!」

「わふっ! お2人とも無事だったんですね!」

「それはこっちの台詞なのです・・・まったくお前達ときたら、命知らずにも程があるのです」

「ですが、我々が来たからにはもう安心です。さっさとここから逃げるのです。ともえとイエイヌは、一人ずつ我々に掴まるです。ロードランナーは自分で逃げられるですね?」

 

 そう言うと2人のフクロウはそれぞれ、ともえとイエイヌの腕を掴んだ。後は全部任せろと言わんばかりに真顔で頷いた。だが、ともえ達はその申し出を受けるわけにはいかなかった

 

「ごめんなさい・・・あたし達は、まだ逃げるわけにはいかないの」

「・・・やはり、ビーストと運命を共にするつもりなのです?」

「アムールトラさんは、今はもうビーストなんかじゃないよ・・・見て、あの戦いを」と、ともえは振り返って、がむしゃらに走り回るアムールトラを指し示した

 

「なぜ、そう言えるのです?」オオコノハズクは首をかしげながら、大きな瞳でともえを見つめた

 

「あたし達、3人とも、以前からアムールトラさんのことを知っているの。最初に出会った時も、アムールトラさんはあんな風に大きなセルリアンと戦ってた。あの時のアムールトラさんは、今とはまるで違ってた・・・」

 

 そう遠くない過去の話を、ともえはオオコノハズク達に語って聞かせた

 ともえ達が“にじのらくえん”を目指して、砂漠の真っ只中をセルリアンの大群から逃げていた時・・・アムールトラは突如現れた。彼女は今と同じように、大型セルリアンと相対していた・・・あの時のあれは戦いなどではなかった。アムールトラはビーストの本能に従うまま、圧倒的な暴力でセルリアンをいたぶり、完膚なきまでに破壊した

 しかし今、目の前で起こっているのは、それとはまったく違うと断言することができた。今のアムールトラは、セルリアンを相手に必死に逃げ回り、耐え忍び、わずかな攻撃の機を伺っていた・・・それは、紛れもなく理性のあるフレンズの戦い方だった

 

「確かに、今はビーストにも自我があるようなのです、博士。自我がなければあんな風に己の身を守ったりしないのです」

「そうですね、助手・・・では、今しばらく様子を見てみるですよ」

「2人とも、ありがとう・・・」

 

「ただし・・・!」安堵するともえにかぶせるようにして、2人のフクロウは厳然と言い放った

「あれがビーストに戻ったら、もうあきらめるのです」

「そうなったら我々はすぐにお前達を連れてここから脱出するです」

 

 ともえ達とオオコノハズク達のやり取りがひとまずまとまったのを後目に、アムールトラは先ほどから変わらず、防戦一方の立ち回りを繰り広げている

 セルリアンがまた、振り上げた足を地面に叩きつけた。ギリギリでかわしたアムールトラは、やぶれかぶれな気持ちで、地面にめり込んだ黒く太いそれに爪を突き入れた

 

______ビキィッ・・・ミジィッ・・・バツンッッ!

 

 爪がセルリアンの足にめり込んでいく。アムールトラがそのまま力を籠めると、硬いゴムのような感触の肉を引き裂き、振りぬくことができた。セルリアンの足は、アムールトラの攻撃の軌跡を示すように、生々しい亀裂が走った

 再び、別の足がアムールトラに降ってきた。アムールトラは後方にとんぼを切ってかわした。今までよりもあきらかに大ぶりな一撃であり、避けることは容易だった。そしてセルリアンは、傷ついた足を庇うようにして後方に引っ込めた

 

(そうか、足にも攻撃が通るのか・・・)

 

 セルリアンの長大な8本足は、苛烈にして俊敏であるだけでなく、鞭のように流動的に動くことが出来る。だがその動きも、地面に突き立てられてから、引き抜かれるまでの間だけは停滞せざるを得なかった。アムールトラは、攻撃の糸口をやっと見出した

 

「そこだっっ!!」

 

 アムールトラは、セルリアンの踏みつけ攻撃に対して、今度は確実なタイミングを見計らって全力の攻撃を繰り出した。右腕の爪がセルリアンの前足に深々と突き立てられた。足の一本でも切断することが出来れば、敵の機動力を大幅に削ぐことができる・・・そう判断したアムールトラは、セルリアンの足に己の爪を貫通させるために、さらに渾身の力を籠めた

 

(このまま引き裂いてみせる!)

 

 アムールトラは、ここではじめて“敵よりも己が優位に立った”と思った。劣勢から優勢に転ずる瞬間の歓喜・・・当然の感情だった

 

______“・・・気持ちいい・・・もっと壊したい・・・もっと殺したい・・・”

 

 突如、アムールトラの脳内に息が詰まるようなおぞましい唸り声が鳴り響いた

 そして体中が火のように熱くなった。己の爪によって、セルリアンの足の筋繊維が一本一本引き千切れていく感触に異常な心地よさを感じた

 

(・・・ビー・・・スト・・・!? ・・・やめろ・・・こんな・・・時に・・・)

 

 アムールトラの中に、戦慄するほどの膨大な殺意がなだれ込んできた。“敵の優位に立った”という意識はいつの間にか、ビーストがアムールトラを支配する温床へとすり替わっていた

 自分の中に湧きたったビーストの意識を押しとどめようとしたアムールトラは、目の前のことに意識が向けられなくなった

 

______ドシャッッ!

 

 相対する敵が見せた隙を、セルリアンは見逃さなかった。別の足が側面からアムールトラの体を薙ぎ払った

 

______ゴキャッッ! ビキビキッ・・・

 

 大の字に地面に叩きつけられた橙色の体を、間髪入れずに黒く長大な足が何度も踏みつけた

 

「アムールトラさんっ!!」

「ともえ・・・! 見てみるのです・・・ビーストの体を・・・」

 

 悲痛な叫び声をあげたともえの肩を、オオコノハズクが掴んだ。ボロ雑巾のように踏みしだかれるアムールトラの体から、黒色の炎が立ち昇っていた

 ともえはその炎の正体に勘づいた。同時に、青ざめる気持ちを覚えて息を飲んだ

 

「我々もビーストがあんな風になっているのをつい先日見たです。お前達なら、無論知っているですね。あの黒い炎は、ビーストが本格的に暴走しかかっている証しですね?」

 

 セルリアンの足の一本が流動的にしなり、アムールトラの胴体に巻き付いた。そして、そのまま弄ぶようにアムールトラを軽々と空中へ持ち上げた

 

______ミシィッッ!!

 

「うぐうううっ・・・!?」

 

 太くて硬い足が、万力のような力でアムールトラの全身を締め上げた。アムールトラの全身に激痛が走った。指一本動かせなくなり、肋骨に覆われた肺すらも押さえつけられ、まともに呼吸をすることが出来なくなった。セルリアンが、自分にとどめを刺しに来た・・・とアムールトラは悟った

 一方で、アムールトラの内側からは、どす黒いビーストの意志が今にも溢れ出しそうな勢いで燃え盛り、アムールトラの自我を押し破ろうとしている

 外側と内側、双方から襲い来る猛烈な暴力に、アムールトラの精神は今にも吹き飛ばされそうになっていた

 

「いやぁぁ! アムールトラさんっ!」

「アムールトラッ! 起きろよ! 頼むから起きてくれよ!」

 

 イエイヌとロードランナーは、必死にアムールトラに呼びかけた

 アムールトラがそれに応えることはなかった。セルリアンの足に持ち上げられた四肢は、だらりと力なく垂れ下がっていた。もはや意識を失ってしまったかのように、ぴくりとも動かなかった。しかし、アムールトラの全身から噴き出す黒い炎は、意思を持っているかのように激しく揺らめき続けていた

 

「ともえ、残念ですが、もう限界なのです」

「ビーストをあきらめて、ここから逃げるです」2人のフクロウが淡々と、重苦しい口調で告げた

 

「そんな・・・」

 

「ビーストはもう助からないのです・・・じきにあのセルリアンの手によって“元に戻される”に違いないのです・・・万が一あの状況を脱したとしても、その時は理性を失った怪物と化していると思うです。そしてそれを我々の手ではどうすることもできないのです」

 

 オオコノハズクとワシミミズクが、ともえとイエイヌに向けて己の手を差し伸べ、今度こそここから脱出することを決断するようにと、無言でともえ達に迫った

 

「いやだ・・・アムールトラさん・・・戻ってきて・・・戻ってきて・・・!」ともえはフクロウ達の申し出をやはり受けることが出来ず、悪あがきのようにうめき声をあげた。イエイヌとロードランナーも、それに続くようにアムールトラへと叫び続けた

 

(ああ・・・ともえ達の声が聞こえる・・・)

 

 風前の灯火になっていたアムールトラの意識は、もはやまともに物を考えることが出来なくなっていた。目の前の物事を何の感情も介さずに、ただ受け止めていた

 アムールトラはおもむろに、己の“呼吸”に意識を向けた。意味などなかった。強いて言うならば、今の状態では呼吸しか出来ることがないからだった。鼻腔から吸い込んだ空気が、咽頭を通って肺に向かおうとした。だが、肺は硬く締め付けられ、空気の行き来が止められていたので、すぐさま鼻先へと戻っていった

 呼吸としての用をなしていない、無意味な空気の往復・・・吸い込む空気は冷たい。吐き出す空気は温かい・・・アムールトラは、そんなつまらないことを考えた

 しかし、ここで不思議な感覚を覚えた

 

(・・・なぜ私はこんなに静かな気持ちでいられるのだろう?)

 

 セルリアンがもたらす外側からの痛み・・・ビーストがもたらす内側からの狂気・・・後ろから聞こえるともえ達の悲痛な叫び声・・・アムールトラ自身の苦しさ、無力感、恐怖・・・

 アムールトラの体に起こっているすべての感覚・思考は、受け止められる許容量をはるかに超えるものだった。しかしアムールトラは、莫大な情報量の感覚・思考をまともに受け止めるのではなく、単なる現象として俯瞰していた

 アムールトラは自分自身でも驚くほどに冷静な心境のまま、今の自分に出来ることを考えていた。そして、今の自分が会話できる唯一の相手、己の内側に巣くう実体のない幽霊のような“戦友”に向けて声なき声を発するのだった

 

(ビャッコ・・・私はここまでのようだ。もういい・・・私に構わず逃げてくれ・・・)

 

 ビャッコからの返事はなかった。すでにいなくなってしまったのだろうか? 

 アムールトラがそう考えた一瞬後に、妙な音が聞こえてくることに気付いた。甲高い音、空気を切り裂いているような音だ

 

(これは、風・・・? こんなに強い風が一体どこから・・・)

 

______ズガァァッッ!!

 

 得体の知れない豪風が止むと同時に、けたたましい炸裂音が鳴り響いた

 目に見えない何かが突然、セルリアンの体に勢いよく衝突した。“それ”がぶつかった場所を中心に、周囲に立ち込める霧が吹き飛ばされた。目に見えなくとも、明らかな攻撃の痕跡がその場に残された

 謎の衝撃によってセルリアンの体が大きく後退した。浮き上がったその巨体は8本の足でもバランスが取ることが出来ず、轟音と土煙を巻き起こしながら転倒した。セルリアンの足から放り出されたアムールトラの体が、そのまま地面へと真っ逆さまに落下していく

 しかし、地面に激突せんとするその瞬間、アムールトラの体から、まばゆいばかりの白い閃光が噴き出した。そして光の中心が、あたかも実態があるかのように濃い輪郭を描き出し、形を成していった

 

「・・・光が・・・アムールトラさんを守ってくれた・・・?」ともえは見た。黒い炎を全身から噴き出しているアムールトラの体を、白く輝く何者かが優しく抱きとめているのを

 

「あれは何なのです・・・ビーストの傍に誰かいるのですか・・・?」オオコノハズクとワシミミズクも、突然の事態に絶句していた

 

「・・・かはっ! ・・・ひゅう・・・ひゅう・・・」

 

 自由になった肺が酸素を求めて拡張と収縮を繰り返し、空気が喉元を激しく何度も往復している。アムールトラは、己の意志と関係なく行われる呼吸を自覚することで、体が拘束から解放されたことと、なんとかまだ生きていることを知る・・・しかし、再び動こうにも、五体全てが鉛のように重たく、指一本動かす力すら湧いてこないことをも同時に悟った

 まぶたの内側ごしにまばゆい光を感じ、瞳をうっすらと開いた。ぼやけた焦点が少しずつ定まっていくと、そこには自分を見下ろす静かな表情のフレンズがいた。アムールトラによく似た縞模様の走るその体は影を作らず、逆に全身から白い光を放ち、周囲を照らし続けていた

 

(ビャッコ、お前なのか・・・? お前が助けてくれたのか?)

 

 アムールトラは思いがけない加勢に、少なからず安堵する気持ちを覚えた

 だが、そんな感情はすぐに打ち消された。白く輝く体の向こうに、静かに起き上がる異形の姿を見たからである

 

「・・・ビャッコ・・・また奴が来る・・・!」

 

 息も絶え絶えな体を振り絞ってアムールトラは叫んだ。アムールトラが言い終わるか否かといった頃には、黒く長大な足が2人の虎のフレンズの頭上に目掛けて振り下ろされていた

 しかし、勢いよく叩きつけられたはずのセルリアンの足は、アムールトラ達に直撃する手前で動きを止めた

 

_____ゴオオオオッッ!!

 

 2人の虎のフレンズとセルリアンの間を、目に見えない壁が遮っていた。壁は轟音を立てながら、立ち込める霧を押しのけアムールトラの周りを駆け巡っていた

 

(さっきと同じだ・・・ものすごく強い風が吹いている・・・何が起こっているんだ・・・)

 

「・・・儂の力よ。儂は風を自在に操ることができる。先刻も見ていたであろう? 奴に儂の風をくらわせてやったのをな・・・」と、ビャッコが口を開きアムールトラの疑問に答えた

「じゃが・・・どうやら足止めすることが精いっぱいのようじゃ・・・こんな残りカスのような力ではな・・・」

 

 ビャッコの周囲を駆け巡る突風が、堅固な盾となってセルリアンの攻撃を押しとどめていた。セルリアンは止められた足を引っ込めると、前方4本の足を振りかざし、風圧の障壁を打ち破らんと、執拗に何度も叩きつけている

 セルリアンの猛攻を背にしながら、ビャッコはアムールトラに語り続けた。よく見ると、光によって形作られた体の輪郭がぼやけ、薄まりはじめている

 

(ビャッコ・・・お前・・・?)

「・・・儂にはあの虚無を倒すことは出来ぬ・・・それが出来るのはただ一人、おぬしだけなのじゃ」

(・・・無理だ。もう動けない・・・ビャッコ、私のことはもういい。それより、何とかしてともえ達をここから救ってやれないか?)

 

「同じことを何度も言わせるでない・・・おぬしだけが、彼らを救うことが出来るのじゃ・・・」ビャッコはそう静かに言い放ち、抱きかかえたアムールトラの体を地面に下ろした

 地面に着いたアムールトラの足は、もはや体重を支える力もなく、がくがくと震えている・・・両手を膝に乗せて、倒れないように踏ん張るのがせいぜいであった。下を向いた自分の顔から地面に向かって、鮮血がポタポタと滴り落ちているのが見える

 

(もう・・・立って・・・いられない)足元に血だまりを作りながら、アムールトラは、再び意識が薄らいでいくのを感じた。しかし、視界が再び白い光に包まれるのを感じたアムールトラは、何とか顔を上げて前を向こうとした

 アムールトラの目の前で、白き虎のフレンズは体の輪郭を失い、再び光球の形となった。光はいっそう眩しく輝き、アムールトラの視界を覆い尽くした

 白一色の世界の中で、己の五体から噴き出る黒い炎だけが静かに揺らめいている

 

(・・・!?)アムールトラは光に包まれながら、自分の体に異常な感覚が起こっていることに気付いた。裂けた皮膚の痛みが、そして疲れ切った筋肉の重みが、時間が巻き戻ったかのように収まっているのだ

 

≪アムールトラよ・・・聞こえるか?≫と、光に包まれた空間の中で、頭の中に直接響くような声が聞こえてきた。そしてアムールトラも声なき声によって返答する

 

(ビャッコ・・・これは一体?)

≪儂の魂を構成するサンドスターを、おぬしの肉体に溶かし込んでいる・・・さすればおぬしの傷は癒え、今ひとたび全力で戦うことが出来よう・・・儂は、完全におぬしの一部になるのじゃ・・・≫

(私のために犠牲になるというのか?)

 

≪おかしなことを言いよるのう・・・儂にはもともと、命などないのじゃぞ? ・・・・・・さて、無駄話はこれぐらいにして、本題に入るとしようぞ・・・≫と、ビャッコの声色が急に重苦しくなったのを機に、アムールトラも身構える

 いつの間にか体中の出血が収まり、嘘のように体が軽くなっていることに気付く

 

≪・・・今ここで“野生解放”を行うのじゃ・・・≫

 

(・・・野生解放だと・・・?)アムールトラは、活力が取り戻されてもなお、狂おしい熱が五体を跳ねまわるのを感じていた。黒い炎が、止めどなく己の体表のあちこちから発せられていた。このおぞましい狂気が自分の野生なんだとアムールトラは思っていた

(そんなことをしたら、今度こそ完全にビーストに・・・)

 

≪・・・違う。ビーストに呑まれろと言っておるのではない。平静を保ったまま、おぬし自身の意志で野生解放を行うのじゃ・・・そもそも“おぬしの”野生解放をビーストごときと一緒にするでないわ≫

(どういうことだ?)

 

≪・・・大戦期の戦士たちの野生解放は、現代のフレンズのそれとはまるで違う・・・膨大なサンドスターを消費する代わりに、桁外れの力を発揮する強力な切り札なのじゃ。しかし、ブランクによって体が錆び付き、ビーストまでその身に宿した今のおぬしが行えば、命に関わるほどの危険な代物でもある・・・だが、たった一度だけならば、儂のサンドスターを糧にすることで・・・≫

 

(・・・まさかお前は・・・最初から自分を犠牲にして、私に野生解放をさせるつもりだったのか・・・?)

 

≪ふっ・・・本当は“女王”を倒すために温存しておきたかったのだが、そうも言っておられぬようじゃ・・・さあ、おぬしの本当の力を発揮してみせよ・・・今のおぬしならば大丈夫じゃ・・・≫

 

 アムールトラはビャッコの言葉にすぐには応えず、おもむろに自分の体を見回してみた。ビャッコの言葉を信じたかった。しかし、今もなお狂熱に晒されている己の不自由な体を信じることはどうしても抵抗があった

 

 そう思っているうちに、ある一点に目が行った。左の内ポケットに留められた白い花のブローチだ。アムールトラはブローチを見て、はっとした気持ちになった。黒い炎に包まれた体の中で、ただ一か所、そこだけが無垢なままであるように思えた

 

 アムールトラはついこの前まで、草と岩の丘に咲いていた一輪の下へと足を運んでいた。狂気に苛まれている最中でさえ、白い花への憧憬を忘れることはなかったのだ

 白い花にまつわる記憶を思い出すことは、今はもう出来ない。しかし、何か特別な意味があることだけは確かだ。そしてそれは、今も変わらずに己の中にあるものだ

 なつかしくて、穏やかで、優しい・・・そして、誇らしい・・・アムールトラは、白い花がもたらすイメージに意識を集中してみた。具体的な記憶を思い出すことは出来なくても、イメージによって、遠い昔の自分を呼び戻していった

 

(そうだ・・・私の心はここにある)

 

 アムールトラの心中に、言葉が浮かんできた。それは遠い昔の自分の思考だった

 

(・・・どんなに怖くても、どんなに不安でも・・・すべての感情は、ただの心の揺らぎでしかない。それは本質じゃない。大事なのは、揺らぎに振り回されることなく、今やるべきことをやることだ。それをやろうとする自分自身の在り方だ)

 

 もやもやと渦巻いていた思考が、すっきりと腑に落ちていく様子をアムールトラは感じた

 

(・・・思い出した。“究極の冷静さ”をもって戦う・・・それが“私”だ・・・)

 

 アムールトラは、何かを決意したような表情で顔を上げた。そしてゆっくりと喉を震わせて、静かにその言葉を口にした

 

「・・・野生・・・解放・・・っ!」

 

≪ほう・・・良い顔じゃ・・・儂が知っているおぬしがようやく・・・戻って・・・きた・・・もう・・・安心・・・し・・・・・・≫と、ビャッコは途切れ途切れに別れの言葉を告げた。視界を覆う白い光が急速に減衰し、アムールトラの体に染み込んでいくのと同時に、霧に覆われた平坦なホテルの屋上の地形が視界に広がり始める

 やがて目前には、風の障壁目掛けて攻撃を続ける8本足のセルリアンの猛威が、少し前までと変わらず姿を現した

 

 白い光が完全に収束し無に帰すと、吹きすさぶ豪風もぴたりと止んだ。突然の事態に、セルリアンも怪訝そうに攻撃を止める

 セルリアンと再び一対一で対峙したアムールトラの体から、狂気の奔流を示す黒い炎がかき消え、血と埃にまみれたボロボロの姿だけを静かにさらしていた。その様子は、糸の切れた人形さながら、狂気だけでなく、一切の精気をも失ってしまったかのようであった

 

 アムールトラは波ひとつ立たない水面のごとき冷静さを保ちながら、これからどう戦うか考えた。ビャッコのおかげで体中の傷は癒えたが、かといって力がみなぎるわけではなかった。しかし、やがて己の体にかすかな変調が起こったことに気付く

 アムールトラはじっと両手を見つめてみた。左右10本の指には、自身の最大の武器である禍々しいかぎ爪が生えていた。そして突如、爪の付け根からしびれるような痒みが走りはじめたのだ

 

(なんだ・・・? 手が・・・)

 

 やがて痒みが頂点に達した瞬間、10本の黒いかぎ爪が、ぽろぽろと土くれのように指からこそぎ落ちた・・・アムールトラは怪訝そうに、悪魔的な異形からただのフレンズの形に戻った掌を動かした。今この瞬間まで、ただ振り回し、突き刺すものとしか認識していなかったそれに、違う使い方があるように思えた

 

 そして、おもむろに5本の指を折り畳んだ。小さく、力強く掌がまとまっている。この形、この感覚・・・これこそが、自分の手の形だとアムールトラは確信した

 “こぶしを握る”という動きをきっかけにして、アムールトラの全身に膨大な情報が流れ込んでいた。それは遠い昔に培った“技の記憶”だ

 

 呼吸、立ち方、足の運び方・・・己の一挙手一投足が、すべて間違っていると思った

 吸い込む空気の冷たさと、吐き出す空気の温かさを感じながらゆっくりと深呼吸した。攻撃のために前かがみになっていた上半身の力を抜き、両腕をゆっくりと下に向けた。そして踏み込んでいた左足を元に戻した

 アムールトラの姿勢は、足先から頭頂部までまっすぐな棒立ちとなった

 

_______ズガァァァンッッ!!

 

 セルリアンは、アムールトラめがけて勢いよく足を振り下ろした。戦意を失くしたとしか思えないアムールトラの動きを挑発と受け取ったかのような、怒りすら感じられる渾身の一撃だった

 

「アムールトラさんっっ!!」と、悲痛に叫ぶともえを後目に、セルリアンが叩きつけた足先から勢いよく土煙が巻き上がった

 ともえ達は目を凝らして土煙の中を見ようとした。アムールトラは今の一撃から逃れることが出来たのか・・・もしあれをくらってしまっていたら、傷ついたアムールトラの体はひとたまりもない・・・ネガティブな想像がともえ達の中で広がった

 

「おいみんな! あれを見ろ!」と、ロードランナーが叫び、ある一点を指差した。ロードランナーが指し示した先に、アムールトラの姿はあった。先ほどと同じく、無防備な立ち姿で、ただただセルリアンに向かって歩を進めていた

 セルリアンは間髪入れずに、アムールトラへと攻撃を加え続けた。長大な足を上から下に振り下ろすだけでなく、鞭のように横薙ぎに振り回わす動きも織り交ぜて、縦横無尽な攻撃によってアムールトラを打ちのめそうとした

 しかし、そのすべてが空を切り、足が振り回される轟音だけが辺りに響いていた。アムールトラは平然とした様子で変わらず歩き、セルリアンとの距離を詰めた

 

「な・・・なあ、あれ、何が起こってんだ?」ロードランナーは呆然とした様子で、アムールトラの異様を見やった

「アムールトラのやつ、幽霊にでもなっちまったのかよぉー?」

 

「おそらく、ビーストのかわす動きが速すぎて見えないのです・・・」

「で、ですが博士、私にはゆっくりと歩いているようにしか見えないのです」2人のフクロウも驚きを隠せない様子で慌てふためいた

 

「・・・ともえさん」イエイヌが、息を飲みながら、ともえに目くばせした。ともえも、イエイヌに合わせるようにうなずく

「うん、今のアムールトラさん・・・さっきまでと様子が違う・・・」

 

 アムールトラは、セルリアンの胴体の真下にまで接近すると、まっすぐな姿勢のまま、ぶら下げた両腕をゆっくりと動かした。右腕を高く掲げ、手の平をセルリアンに向かってかざすように広げた。左腕は腰の高さのまま無造作に前方に突き出した

 見たこともない、それでいて一分の無駄もないように見える動きにともえ達一行は絶句した。相対するセルリアンすらも動揺しているように見えた

 

_______プロロロロロロッ!

 

 セルリアンは動揺を振り払うように甲高い声で嘶き、今ひとたび真下のちっぽけな橙色の敵を叩き潰そうと、天高く足を振り上げた

 しかし、その足先を打ち下ろすよりも前に、セルリアンの動きがピタリと止まった。敵の姿が突然に見えなくなったことに気付いたからである

 ・・・いつの間にか、セルリアンの台形の頭部の上に、アムールトラが音もなく飛び乗っていた。決して速い動きではなかった。だが、セルリアンは、アムールトラが動いていたことさえ視認できていなかった・・・事の起こりがわからない“消える動き”に、セルリアンは完全に翻弄されていた 

 アムールトラは、右手を引き絞るように後ろに引いたまま、足を広げて深くしゃがみ込んだ。セルリアンの巨体が、恐怖に怯えるようにわずかに震えた

 

_______リュッ・・・・・・ピタリ・・・

 

「あ、当たった・・・?」ともえは一連の動きを見ていたが、それでも何が起こったのかよくわからなかった。アムールトラは、こぶしをセルリアンの頭部に打った・・・いや、ただゆっくりと押し当てた・・・ように見える

 アムールトラは、こぶしを押し付けたまま動かない。セルリアンも、遠くから見守っているともえ達も、わけもわからずただ絶句するしかなかった

 

________ドバァッッ!! 

________・・・ビチャビチャビチャ・・・ 

 

 突如、セルリアンの腹部が勢いよく膨れ上がり、破裂音と共に裂けた。体と同じ黒い血液が噴き出し、巨体が作る影よりも広く飛び散っていく

 セルリアンの腹部に、えぐり取られたような巨大な空洞が現れた。ほどなくして、上半身から生えていた8本の足から急激に力が失せ、巨体が音を立てて崩れ落ちた

 勢いよく落下したセルリアンの胴体にしがみつき、なんとか着地の衝撃をこらえたアムールトラが、ゆっくりと地面に降り立った

 

「ビ、ビーストがさわったらセルリアンが爆発したです。たださわっただけなのに!」

「一体ビーストは何をしたのです! まったく理解の範疇を越えているです!」2人のフクロウが非難めいた声を上げている

 

「・・・ともかくよぉー、勝ったんだ! アムールトラが勝ったんだぁー!」

「わふっ! やった! やった!」イエイヌとロードランナーが歓喜の声をあげた。ともえの心中にも安堵の感情が芽生え、胸をなでおろそうとした

 イエイヌとロードランナーは小躍りしながらアムールトラに駆け寄ろうとした。しかしその2人を後ろからオオコノハズクが大声をあげて制止した

 

「いいえ! まだです! まだ奴は生きています!」

「わふっ・・・確かに、まだ“ぱっかーん”ってなってないです!」と、2人はキョトンとした表情で立ち止まり、横たわるセルリアンを注意深く観察した。セルリアンはピクリとも動かず、生きているなどとは到底思えなった。だが、セルリアンの周囲に何か異様な気配が蠢いている気がした

 ・・・そして何より、対面するアムールトラが、まだ直立不動の戦いの構えを解いていないのだ

 

_______シュゥゥゥー・・・

 

 ・・・霧だ。辺りに充満していた霧が突如動き始めた。空気の流れに乗って、霧がセルリアンの周辺へと集まっていた

 身動きひとつ取らずに横たわる巨体と、その周辺に飛び散った肉片のひとつひとつに、霧が引き寄せられ、とめどなく吸い込まれていっている・・・

 セルリアンの周囲の空間から霧が消え去り、抜けるような空の青色が断片的に現れた

 

 霧を呑み込み続けるセルリアンの胴体が、そして噴き出た黒い液体が、ミチミチと音を立てて蠢きだした。辺りに広がった黒い血だまりの一滴一滴が、互いを吸い寄せ合うように収束していった

 血が集まってかぼそい筋となり、筋と筋が結びついて肉となる・・・合間に絶え間なく周囲の霧を吸い込みながら、セルリアンの胴体に開いた大穴はゆっくりと元の形を取り戻していった

 

 やがて何事もなかったかのように再生を果たしたセルリアンの上半身が弾かれたように震えると、地面に力なく投げ出されていた8本の足が力を取り戻し、横たわっていた黒い巨体を元の高さへと持ち上げた

 セルリアンの体表から、いくつもの瞳が水音を立てながら開かれると、真下にいるアムールトラを、再び生々しい殺意をみなぎらせながら凝視している

 

「くっ! やはり奴も“4本足”と同じだったのです!」オオコノハズクが吐き捨てるようにつぶやき、頭を抱えた

 

「えっ? どういうこと?」ともえはオオコノハズクの言葉に食いついた

 

 2人のフクロウは語った。かつてキョウシュウエリアで、目の前の8本足によく似た、黒く巨大なセルリアンと戦ったことがあることを

 そのセルリアンは、戦いで傷ついても、周囲から“黒いサンドスター”を吸収することで瞬時に傷を癒す能力を持っていた。そのためキョウシュウのフレンズ達の力を結集しても倒すことは出来ず、弱点である海に誘導することで無力化するしかなかった

 

「しかも・・・目の前のアイツには、4本足にあったような弱点はないのです。海の中から現れたアイツには、当たり前ですが海水なんて効果がないです。そして何より、おそらくアイツは“石なし”なのです・・・体に大穴を開けられてもいっさい石が見当たらないのですから」

 

 セルリアンには“石あり”と“石なし”がある。これまでの旅路で、ともえ達もそのことは承知していた。そして、石の有無によってセルリアンの性質が大きく変わってくることも知っていた

 石ありのセルリアンは、ほぼ例外なく大型で強靭な肉体を持ち、単独で活動していた。頑丈な外皮によってフレンズの攻撃を寄せ付けなかった。しかし体のどこかに“石”と呼ばれる急所があり、そこへの攻撃ならば致命傷を負わせることが可能だった

 そして石なしはというと、石ありに比べて小型な個体が多かった。その体に特定の急所はないものの、肉体そのものが脆弱であり、どこを攻撃しても一様に有効打となりえた。しかし、個々の力の弱さを補うように常に集団で活動し、数の暴力によってフレンズを襲ってくるという厄介さがあった

 石ありも石なしも、それぞれに異なる性質を持ちながらも、どちらも油断のならない相手であるとフレンズ達は思っていた

 

「“石”がセルリアンにとってどんな働きのある器官なのかはわからないのですが、おそらく石ありは、大きく強くなった代償に、石という急所を抱えたです。石なしは、小さくて弱いままだったから、急所もなかったのです・・・・・・我々はそう思っていたのですが・・・」

 

「わふっ・・・目の前のセルリアンは、大きくて強いのに石がないんですね・・・」と、イエイヌがオオコノハズク達の講釈に相槌を打つように言葉を続けた

 

「そう・・・つまりあの個体は、石ありと石なしの良いとこどりなのです。そして黒いセルリアンに特有の再生能力を持っており・・・きわめつけに“8本足”と“船”いうふたつの姿を持ち、陸でも海でもフレンズを襲うことが出来る・・・正直、我々が見てきた中でもいちばん恐ろしい個体かもしれないのです」

 

「ねえ、ひとつ気になったんだけど・・・」と、ともえが青ざめた顔で口を差しはさんだ

「ただの霧にしか見えないけど・・・あのセルリアンはこの霧を吸って傷を癒したんだよね・・・? この霧は、一体何なの? わたし達が吸い込んで平気なものなの?」

 

「そ、それは・・・」

「博士、ありえないのです。ここは海の上なのだから」2人のフクロウは、小声で何か言葉を交わした後、ともえに返答した

「これはただの霧です・・・お前が心配するようなことはないのです。あのセルリアンが異常なだけなのです」

「本当にそうなのかな・・・? 異常っていう言葉で括るなら、この霧だってじゅうぶん異常だよ・・・やっぱり、セルリアンと霧には何か関係があるんじゃないの?」

 

 ともえは、今までの出来事を思い返した。ここ最近、セルリアンの増加と活発化が各地で確認されていた

 そして周囲に立ち込める霧は、ジャパリホテルだけでなく、このちほー一帯を何日も前から覆い尽くしていた。こんなに深い霧は見たことがない、とジャパリホテルで働くフレンズ達は口を揃えて言っていた

 セルリアンだけではなく、ジャパリパークの自然そのものが、かつてない異常な状態に変貌しつつあるのではないか・・・ともえ達の脳裏に目の前の出来事への疑念と絶望が広がっていく

 

「うわあああああっっ! ちくしょおおおっ!」ロードランナーが、ひときわ冷静さを失って頭を振り乱し叫んでいた

「ジャパリパークにいったい何が起こってるってんだ! セルリアンのくそったれ共が、なんでこんなに好き勝手してやがるんだよぉー!」

 

「ロードランナーちゃん・・・」ともえは、ロードランナーが錯乱するのも無理はないと思った。彼女の故郷である“さんたふぇちほー”は、つい最近セルリアンに滅ぼされたばかりなのだ。プロングホーンとチーターと共に難を逃れることが出来たとはいえ、多くの仲間がいまだに安否不明であると聞く。ともえは、ロードランナーのセルリアンに対する敵意と恐怖は、記憶のない自分とは比べ物にならないと思った

 

______大丈夫だ!

 

「・・・えっ!?」ロードランナーの耳に突如、凛とした声が聞こえた。頭を抱えて泣き叫んでいたロードランナーは、声が聞こえた方向へと顔を上げた

 ロードランナーの目線の向こうには、アムールトラの落ち着き払った双眸があった

 アムールトラは今この瞬間、一番の危険に対峙しているにも関わらず、それから背をむけ、離れた位置にいるロードランナー達の方を向き、大声で語り掛けていた

「・・・あ、アムールトラ・・・後ろ・・・後ろぉぉーーー!」

 

 取り乱したままのロードランナーがアムールトラに喚声を返すも、アムールトラは変わらず落ち着き払った様子で動かずにいた

 

「終わらせる・・・今すぐ・・・」

 

 アムールトラはそれだけ言うと、ゆっくりとセルリアンの方に向き直った。直前までの、背筋をまっすぐに伸ばした姿勢を折り畳むように、深く腰を落とし、身をかがめた

 左手を、地面に着きそうなくらいにだらんと下した。それとは対照的に、右手を顔のすぐ横で構え、力強く握りこんだ。他のすべてが力なく弛緩しているのとは対照的に、右手にだけ全精力が集中してるかのようだった

 

「一体・・・ビーストは何をやるつもりなのです?」

「あの不死身のセルリアン相手に勝算があるですか・・・?」

 

 その場にいる誰もが、アムールトラの動きの意味を理解できなかった。右手だけ構えた低い姿勢から、パンチでも打つ気だろうか? しかし、そんなものは目の前の巨大な敵に届くはずがないのは言うまでもなかった。そして仮に命中したとして、いかにすさまじい破壊力の攻撃でも、再生能力を持つセルリアンに致命傷を与えることは出来ないのだ

 傍から見れば、アムールトラは相手の力を見誤った無謀な行動を取っているようにしか思えなかった

 

_______プルルルル・・・・・・

 

 セルリアンはその場から動かずに、8本の足を広げ、深く胴体を落として前傾姿勢を取った。絶対的優位な状況であるにも関わらず、あきらかにアムールトラの動きを警戒していた。目の前のちっぽけな相手が、何か底知れない力を持っていることを本能にて察知していたようであった

 アムールトラとセルリアンは、至近距離で静かに対峙した。セルリアンの前方一対の足が今にも攻撃を仕掛けんとばかりに、じりじりと、虫が止まるような遅さを維持したまま持ち上げられる

 一方のアムールトラは、低い姿勢で構えたまま、固まったようにピクリとも動かなかった

 ちっぽけなアムールトラ、山のような巨体のセルリアン・・・明らかな体格差がありながらも、両者が放つ存在感の大きさはまったくの互角だった。にらみ合った一人と一匹の間に流れる空気が、時間が止まったかのように張り詰めていく・・・

 

 to be continued・・・

 




_______________Cast________________
 

哺乳綱・ネコ目・ネコ科・ヒョウ属トラ亜種 
「アムールトラ」
哺乳綱・ネコ目・イヌ科・イヌ属 
「イエイヌ(雑種)」
鳥綱・カッコウ目・カッコウ科・ミチバシリ属 
「英名G・ロードランナー 和名オオミチバシリ」
鳥綱・フクロウ目・フクロウ科・コノハズク属 
「アフリカオオコノハズク」
鳥綱・フクロウ目・フクロウ科・ワシミミズク属 
「ワシミミズク」

四神獣・西方の守護者・白銀の御霊(オーブ)
「ビャッコ」
 
????????????????????? 
「通称ともえ」

_______________Enemies date________________


「船型巨大セルリアン、8本足(仮称)」
特殊能力:2つの姿に変身する(「船型」「蜘蛛型」)
    :霧を吸い込んでダメージを修復する


_______________Story inspired by________________

“けものフレンズ”  “けものフレンズ2”
      byけものフレンズプロジェクト

     “けものフレンズR”
      by呪詛兄貴
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