アムールトラとセルリアンが去ったことで、中庭に取り残されたフレンズ達は安堵した。
戦いに疲弊した2人のフクロウが中庭に降り立つ。
ハツカネズミは彼女達をねぎらいながらも、周囲のフレンズ達に脱出を呼びかけた。
さっきまでは海上の安全が確保できていなかったので、空を飛べるフレンズ達によって、他のフレンズ達を陸地まで少しずつ運ぶ案が考えられていた。
しかし今なら船が出せる。全員で今すぐこの場から去ろう、とハツカネズミは提案した。
そして船を動かせる海生哺乳類達に声をかけようとした。
海生哺乳類達は何故だかひどく取り乱していた。
ハツカネズミが彼女らの話を聞いてみると「こんなことになったのは自分達のせいかもしれない」と言ってきた。
あの船型の巨大なセルリアンは、自分達が海底でオーブ探しをしていた時に出くわした物であり、自分達を追ってホテルまでやってきたのかもしれない、と。
その話を聞いて、周りのフレンズ達から非難が殺到する。
ハツカネズミは周囲をなだめるために、そして海生哺乳類達を庇うために、自分の考えを話すことにした。
あのセルリアンは最初からビーストだけを狙っていたのだと。そしてセルリアンを背後から操る存在がいると。
今回の事件は「園長」と名乗る謎のフレンズが引き起こしたことだ、とハツカネズミはフレンズ達に向かって断言した。
それを聞いて、最初は訳が分からない様子だったが「そういえば最近のセルリアンの動きがおかしい」と、心当たりがあるフレンズが何人もいた。
ようやくその場にいるフレンズ達が、脱出にむけて一致団結することが出来た。
無事に生き残って自分達の住処に戻り「園長というフレンズに気を付けろ」と注意喚起して回ろうという意見が固まった。
ハツカネズミが場をしきるのを横目に、オオコノハズクとワシミミズクは意気消沈していた。
園長のことを信じたいが、この状況では疑わざるを得ない。
そんな板挟みにあって苦しんでいた。
ハツカネズミとオオコノハズク達は、あらためて3人で話し合った。
先ほど現れたビーストのことについてだ。
なぜビーストはワシミミズクを助けてくれたのか?
なぜフレンズ達に危害を加えず、セルリアンを引き付けるようにしてその場を去ったのか?
地下牢に閉じ込めていたはずの彼女が、とつじょ上から降ってくるように現れたのはどうしてなのか・・・・・・?
ハツカネズミ達3人はほぼ同時に同じ考えにいたった。
ともえ達が状況に絡んでいるはずだと。
彼女らがビーストと心を通わせ、力を合わせて地下牢から脱出したのだと結論した。
ほどなくして、海生哺乳類達が操る船が中庭に現れる。
フレンズ達が順番に船に乗り込んでいく中で、オオコノハズクとワシミミズクは決意を新たにしていた。
やっぱりともえ達を見捨てることはできない、と。
ハツカネズミに避難誘導の指揮を執るように頼んでから、2人は勢いよく飛び立った。
◇
壁面を登り続けていたアムールトラが、ついにジャパリホテルの屋上へとたどり着く。
今はだいぶ引き離しているが、ほどなくして例の8本足セルリアンもここにやって来るだろうと考えながら、臨戦態勢を整えるべく屋上の中央へ向かった。
そこでアムールトラは驚くべきものを目にする。
先ほど別れたはずの、ともえ、イエイヌ、ロードランナーと再会することになったのだ。
3人の話によると、最初は下に降りて脱出するつもりだったのだが、通路が途中で崩れてふさがっており、どうしても先に進むことが叶わなかったのだという。
そんな折、ラモリが「建物の一番上に行け。脱出の手段を用意して迎えに行く」と、ともえ達に言ってきたらしい。
ラモリが何をするつもりかわからないが、ともえ達はラモリを深く信頼していたため、その言葉に従うことにしたのだ。
そうこう話している内に、巨大セルリアンが屋上へと姿を現した。
8本の足でゆっくりと闊歩しこちらへ近づいて来ていた。
アムールトラはまたしても己の目算が外れたことに失望する。
この屋上でなら、たとえ自分がビーストに戻っても、誰も巻き込むことなく思う存分セルリアンと戦えると思っていたのに、よりにもよって自分に優しくしてくれたともえ達がこの場にいるなんて・・・・・・と。
彼女達を巻き込みたくないアムールトラは「お前らがいたら私は戦えない。ここから出来るだけ離れろ」と敢えて冷たく突き放した。
だがともえは、持ち前の頑固さを発揮して、アムールトラの言葉を突っぱねた。
協力してセルリアンをやっつけ、みんなでここを出よう。
アムールトラさんがビーストではなく、元の優しいアムールトラさんのままでいられるように頑張ってみよう、と励ました。
何度アムールトラが拒絶しても引き下がらなかった。
そして最後に彼女は「アムールトラさんをあきらめたくない」と真剣な顔つきで怒鳴った。
ビャッコも内心から言葉を投げかけてきた。
「お前はビーストのままでいたいのか」と。
アムールトラの答えは決まっていた。
ビーストではなく、誰かを守れる戦士に戻りたい、と。
だが自分のことが信じられず、どうせその願いは叶わない、と頭の中で決めてかかっていた。
アムールトラは今一度ともえを見つめた。
何も信じられない自分と違って、全てを信じている者のまっすぐな瞳だと思った。
だからこそともえはこんなにも頑張れるのだと。
自分も彼女のように、何かを信じて行動してみたいと思った。
そしてともえ達に頼み事をした。「私のことを信じてこの戦いを見届けてくれ」と。
そう言い残し、決意を新たに8本足のセルリアンとの戦いに突入した。
敵のあまりの巨大さとリーチの長さに圧倒され、正面からでは近づくこともままならない。
そう思い背後に回り込んでから攻撃を仕掛けてみたものの、セルリアンの足の一本がゴムのようにしなり、逆に反撃されてしまう。
アムールトラは目の前の相手が想像以上の難敵であると知る。
どこにも死角がなく、さらに不定形な体を持っているために、あらゆる角度に攻撃を仕掛けることが出来るのだと。
攻めあぐね苦戦しているアムールトラを、背後から見守るともえ達。
加勢したい気持ちもあるが、それでは「信じて見ていてくれ」というアムールトラとの約束を破ることになる。
歯がゆい気持ちでいた一行の前に、突如として新たなフレンズが現れる。
オオコノハズクとワシミミズクだ。
ともえ達のことを助けに来てくれたのだ。
自分達に乗って脱出するように促してきたフクロウ達だったが、ともえ達はこれを断った。
アムールトラを置いて逃げるわけにはいかないと。
そして「今のアムールトラはもうビーストではない」とフクロウ達を逆に説得しようとした。
その証拠が、今まさに戦いを繰り広げているアムールトラの姿だ。
アムールトラは、巨大なセルリアンに対して、必死に逃げ回り、耐え忍び、わずかな攻撃の機を伺っていた。
本能のまま暴力を叩きつけるビーストではなく、紛れもなく理性のあるフレンズの戦い方だ。
その様子を見て、さしものフクロウ達もアムールトラが正気を取り戻していることを悟り、今しばらく戦いを見守ることにした。
しかし、アムールトラがビーストに戻ってしまった時はあきらめるように、とともえ達に改めて釘を刺すのも忘れなかった。
防戦一方のアムールトラだったが、やがて攻撃の糸口を見出した。
セルリアンの胴体を無理に狙うことはない。まずは攻撃に使ってくる足を狙えばいい、と。
足を一本でも切り落とせば、敵の機動力を削ぐことが出来る。自分のするどいかぎ爪ならば十分に可能だ。
そして狙い通りにセルリアンの足を引き裂くことが出来そうな局面が訪れた。
・・・・・・が、しかしここでまた、アムールトラの中にいるビーストが頭をもたげた。
敵に対して優位に立った。そのことで生じた感情の高ぶりが、ビーストを呼び起こす引き金になってしまったのだ。
アムールトラはビーストを押さえつけることに気を取られてしまった。
そのために生じた隙を、8本足のセルリアンは見逃さなかった。
直後アムールトラは、成すすべもなく滅多打ちにされてしまった。
ともえ達は、ぼろ雑巾のようにされているアムールトラの体から、おどろおどろしい黒い炎が立ち昇っているのを見た。
それはアムールトラの体がビーストに戻りかかっている証だった。
やがて8本足のセルリアンはトドメといわんばかりに、アムールトラの体に触手を巻き付けて全身を締め上げてきた。
ともえ達が呼びかける声も空しく、満身創痍のアムールトラは動けなくなってしまっていた。
このまま死んでしまうか、ビーストに戻ってしまうかの二択を辿るしかない状況に陥った。
もはやこれまでと、オオコノハズクとワシミミズクはともえ達に脱出を促した。
しかしともえ達はあきらめられず、アムールトラに必死に呼びかけ続けた。
絶体絶命の状況で、アムールトラは不思議な感覚を覚えた。
8本足のセルリアンに締めあげられて身動きひとつ取れなかったので、おもむろに自分自身の呼吸に注意を向けてみた。
吸い込む空気は冷たい。吐き出す空気は温かい。
・・・・・・そんな無意味なことを考えていると、自分でも驚くほどに冷静になっていった。
己の内側と、そして外側からもたらされる、ありとあらゆる情報を落ち着いて俯瞰することが出来ていた。
アムールトラはまず、今の自分が唯一会話できる相手であるビャッコに呼びかけた。
一緒に死ぬことはない。自分の体から抜け出してくれ・・・・・・
そう内心で念じ彼女に呼びかけてみたものの、彼女からの返事はなかった。
すでにビャッコは自分の中からいなくなったのだろうか・・・・・・アムールトラがそんなことを考えていると、予想だにしない異変が巻き起こった。
どこからか激しく強い風が吹き荒れたかと思うと、謎の衝撃がセルリアンを昏倒させたのだ。
そして拘束から放り出されたアムールトラを、光り輝く謎のフレンズが受け止める。
それこそがビャッコだった。
実体がなかったはずの彼女が現実に姿を現し、アムールトラに加勢してくれたのだ。
ビャッコの姿が見えないともえ達は、謎の白い光がアムールトラを守っていることにただひたすら驚愕していた。
まだ戦いは終わっていない。倒れていた8本足のセルリアンが立ち上がり、ふたたびアムールトラとビャッコに襲い掛かってきたのだ。
だがビャッコはセルリアンの攻撃を触れもせずに防いで見せた。
どうやらビャッコは風を自在に操る能力を持っているようだ。
ついさっき8本足のセルリアンを昏倒させたのは、圧縮した空気の塊を大砲のように打ち出してぶつけたからだ。
そして今は自分とセルリアンとの間に突風を駆け巡らせ、風圧のバリアによって攻撃を防いでいるのだと。
だがビャッコの力をもってしても足止めが精いっぱいだと言う。かつて彼女は強大な力を持っていたが、今は失ってしまっているらしい。
そして彼女は「みんなを助けられるのはお前だけだ」と、立っていられない程の重傷を負ったアムールトラに奮起を促した。
8本足のセルリアンが、風圧のバリアを打ち破らんと攻撃を繰り返すさなか、ビャッコの体は再び白いオーブへと戻り、アムールトラの中に光となって溢れた。
・・・・・・白い光に包まれていると、アムールトラの体中の傷が癒え、ふたたび力が取り戻されていった。
ビャッコは己の魂を構成するサンドスターをアムールトラに一体化させることで彼女を回復させたのだった。
そして最後にアムールトラに言葉を投げかける。
野生開放を行えと。本来の自分の力を発揮しろと。
ビャッコは最初から自分を犠牲にして、アムールトラに野生開放をさせるつもりだったのだ。
しかしアムールトラは躊躇した。
野生開放を行うことで今度こそビーストに呑まれてしまうのではないか、と思ったからだ。
アムールトラの背中を押してくれたのは、ともえがくれた白い花のブローチだった。
何も思い出すことが出来なくても、自分にとって特別な意味がある物であると思った。
「自分の心はここにある」ブローチを触りながらそう念じていると、みるみる内にアムールトラは落ち着きを取り戻していった。
どんな時でも、波ひとつ立たない水面のような冷静さを失わない。それがかつての自分の信条だったような気がした。
・・・・・・ついにアムールトラは覚悟を決めることにした。
見届けたビャッコが消滅する最中、野生開放を行ったアムールトラの体に異変が起きる。
ビーストの象徴でもあった両腕の黒いかぎ爪が消滅し、普通のフレンズと変わりないただの手に戻ったのだ。
そのことをきっかけにして、アムールトラの全身に膨大な情報が流れ込んできた。
それはかつて彼女が培った戦いの技術の数々だった。
本来の力を取り戻したアムールトラの反撃が始まった。
誰にも見切ることが出来ない、いつ動いたのかすらわからない「消える動き」にて、8本足のセルリアンの攻撃をことごとく躱した。
そのまま距離を詰めてセルリアンの頭に飛び乗ると、ゆっくりと触るように拳を押し当てた。
たったそれだけの動きでセルリアンの腹部が爆発し、巨体が音を立てて崩れ落ちた。
ともえ達はアムールトラのあまりの強さに驚いた。
・・・・・・が、勝利を喜ぶのも束の間、8本足のセルリアンが健在であることに気付いた。肉体が消滅していないからだ。
そして対峙するアムールトラもまだ戦いの構えを解いていなかった。
ともえ達が横たわって動かないセルリアンを注意深く観察していると、ほどなくして嫌な予感が当たることになった。
ホテルの屋上いったいに立ち込めていた濃い霧が、とつじょとしてセルリアンの周囲に集まり始めたのだ。
ゆっくりと時間を巻き戻すようにして、セルリアンの体が再生を始めた。
やがて何事もなかったかのように構えを取り、再びアムールトラと対峙したのだった。
オオコノハズクとワシミミズクは、かつてキョウシュウで戦った巨大セルリアンのことをともえ達に話した。
その個体は、戦いで傷ついても、周囲から“黒いサンドスター”を吸収することで瞬時に傷を癒す能力を持っていた。
おそらくはそれと同じことが起きたのだと。
さらに目の前の8本足には弱点らしい弱点が見当たらない。
体のどこにも石が無く、海中を自由に動き回ることも出来る。
オオコノハズクとワシミミズクをして、今まで見た中で一番おそろしいセルリアンかもしれない、と言わしめた。
戦慄する仲間達に対して、ともえが別の指摘をした。
辺りに立ち込める霧についてだ。どうしてセルリアンの傷を癒すことが出来たのか? 8本足のセルリアンと霧には何か関係があるのではないか、と。
・・・・・・ひいては、ここ最近のセルリアンの増加と活発化にも繋がっているのではないかと。
「一体ジャパリパークに何が起こってるんだ!」と、かつてセルリアンに故郷を追われた過去を持つロードランナーがたまらず声を上げた。
ともえ達が不安と恐怖に駆られる中、向かい合うアムールトラとセルリアンの間の空気が重く張り詰める。
今度は下手に動かず、至近距離にて互いに必殺の一撃を狙い始めたのだ。
両者が放つ殺気は、ともえ達が言葉を失うほどに強烈だった。
先に動いたのは8本足のセルリアンだった。
巨体を生かして体当たりを仕掛け、アムールトラを押し潰したのだ。
対するアムールトラはこれを躱すことなく、自ら望んで巨体に飲み込まれていった。
驚き絶望するともえ達と、臨戦態勢を取るフクロウ達。
・・・・・・が、一行はここで驚くべき現象を目撃する。
セルリアンの体がとつじょ崩壊を始めたのだ。
まるで内側から炎で焼かれているように、体のあちこちが白熱化し食い破られていっている。
それがアムールトラの仕業であることはともえ達にもわかった。
しかしどうやっているのかがわからない。
オオコノハズク達いわく、大昔のフレンズは超能力じみた力を持つ者が数多くいたらしく、アムールトラもそのうちの1人かも知れないというのだ。
ともえ達は、とにもかくにもアムールトラの勝利を信じて待つことにした。
いっぽうのセルリアンは、体を内側から溶かされ、もだえ苦しみながらもしぶとく動き続けた。
胴体を引きずるようにして、屋上の隅の方へと這いずっていったのだ。
セルリアンの動きの意図は、海に飛び降りて海水で熱を覚ますことではないか?
そう推理したともえ達は大慌てでそれを阻止しようと動き出す。
この高さから飛び降りれば、セルリアンの体内にいるアムールトラもきっと無事では済まないだろうと思ったからだ。
が、しかしセルリアンを止めることは叶わなかった。
その体表は触れただけで火傷を負ってしまうほどの高温と化していたからだ。
あきらめきれずに火傷した手で再び触れようとするともえを、イエイヌは後ろから羽交い絞めにして引き止めた。
そうこうしているうちに、セルリアンが屋上から飛び降りて姿を消してしまった。
落ち込むともえ達に対して、オオコノハズク達は今度こそ脱出を促した。
もういつホテルが倒壊してもおかしくないと思ったからだ。
ともえ達のアムールトラのことをあきらめたくないという気持ちに同情はするものの、自分達にはどうすることも出来なかったと諭したのだ。
今度こそあきらめそうになってしまったともえは、自分のショルダーバッグから青い光が漏れ出ているのを見た。
もしやと思って取り出したオーブからは、一筋の光が立ち込める霧を貫くようにして照射されていた。
・・・・・・この光が指し示す先にきっとアムールトラがいる。ともえは直感でそう思った。
ともえ達はオオコノハズク達に伝えた。
アムールトラを助けるために3人で下に降りると。
ロードランナーの飛翔力では、ともえとイエイヌを抱えて飛ぶことは出来ないが、ゆっくりと降りることぐらいは出来るというのだ。
2人のフクロウから反対されると思いきや、意外な言葉が返ってきた。
自分達もついて行くというのだ。
彼女らもまたアムールトラに一度命を救われている。受けた恩は返さないと自分達の名がすたる、と協力を申し出てくれたのだ。
心強い仲間を得たともえ達一行は、ひとかたまりになって屋上から飛び立ち、オーブの光を目印にしてホテルの壁面を下降し始めた。
オオコノハズク達の飛翔力ならば、ともえとイエイヌを抱えていてもへっちゃらだ。
ともえはホテル内で別れたラモリのことを思い出していた。
別れ際にラモリが言っていた「脱出手段を用意して迎えに行く」という言葉の意図は何だったのだろう?
彼が何とか自分達のことを見つけ出してくれることを願った。
ジャパリホテルは今にも崩れ落ちてきそうだ。
落ちてくる瓦礫や、鉄骨がひしゃげる音などが不安を掻き立てる。
それでも進み続けたともえ達一行がやがて海上へと降り立った。波がホテルの壁面へと打ち寄せている。
オーブから放たれる一筋の光は海中へと続いており、ともえ達の目には見通すことが出来なくなっていた。
ここでともえ達の胸に嫌な予感が起きる。
アムールトラは海に落ちただけでなく、沈んだホテルの内部に入り込んでしまっているのではないか、と。
だとしたら、泳ぎが得意でない自分達が彼女を救い出すことは簡単ではない。
救出のさなかに8本足のセルリアンに襲われる可能性だってある。
不安の種は尽きないが、一行はアムールトラを救出するために二手に分かれることにした。
ともえとイエイヌがアムールトラを探すために海に潜る。
そのあいだロードランナーとフクロウ達は空中で待機している。
離れたところにいる2チームを繋ぐのはロープだ。
ともえ達がアムールトラを助けた後に、ロープを使って合図を送るので、ロードランナー達がそれを引っ張り上げるという作戦だった。
海中に潜ったともえ達は、唯一の手掛かりであるオーブの光が、水没したホテルの壁に突き当たって途切れているのを見た。
ともえ達はホテルに入るための侵入口を探した・・・・・・が、見つけられないまましばらく時間が経った。
やがてともえは酸欠になり意識を失った。
青いオーブがともえの手元を離れて沈んでいく。
「これ以上は無理だ」と思ったイエイヌはともえを抱きかかえ、ロープを引いて上の仲間達に合図しようとした。
・・・・・・が、そのとき、青いオーブが海中で静止し、今まで以上に眩い光を放った。
イエイヌがおもむろにオーブに触れると、さらに不可思議なことが起こる。
水中にいても全く息苦しさを感じなくなったのだ。
同じことがともえにも起こり、彼女は再び意識を取り戻していた。
ともかくこれで先に進める。
そう思ったともえとイエイヌがお互いに頷き合い、壁伝いにさらに深く潜っていった。
イエイヌはどこかから、謎の声が聴こえることに気付いた。声の主が自分達を優しく励ましてくれているような気がした。
ほどなくして侵入口が見つかり、2人はホテルの中へ入っていった。
水没した内部は、開けた海中とは違って、さまざまな障害物が点在する狭苦しい空間だった。
・・・・・・そしてようやくアムールトラを見つけることが出来た。
アムールトラは意識を無くしており、海中にゆらゆらと体を漂わせていた。
なお困ったことには、彼女の腕に嵌められている鎖の腕輪が、崩れ落ちた瓦礫に絡まってしまっていた。
イエイヌが鎖を嚙み千切ろうとするがビクともしない。鎖はかなりの強度があるようだった。
そこでともえは考えたのは、全員の力でアムールトラを引っこ抜くことだ。
ロープの端を腕輪に括り付けた状態で、海上にいるロードランナー達に合図を送った。ほどなくしてロープが勢いよく張りつめる。
ともえとイエイヌもロープを引っ張った。
つごう5人分の力で引いていることになる。が、それでもなおアムールトラを瓦礫から引き抜くことは出来なかった。
ともえ達が焦りを感じていると、さらに恐ろしい事態が起こった。
8本足のセルリアンが瓦礫を突き破って現れたのだ。
足をタコのように周囲の物に巻き付けながら近づいてきている。
ついさっき屋上で見た物とは程遠いボロボロの姿だ。ホテルの壁に擦られ続けたことにより体の大半を失ってしまったのだろう。
だがそれでもともえ達にとって恐ろしい存在であることには変わりない。
セルリアンは辺りを破壊し続けたが、ともえ達やアムールトラには攻撃が当たらなかった。
何故だかセルリアンはめくらめっぽうに暴れているように見える。
ともえはそのことに対してひとつの推論を立てた。
セルリアンは水中では目が見えず、音でこちらの位置を探ってきているのかも知れないと。
だからこそ、意識を失って動かないアムールトラが見つけられなかったのだと。
ともえは命綱であるロープを手放して、自らが囮になることを試みた。壁を叩いて音を発しながらセルリアンに近づくことで、アムールトラから引き離そうとしたのだ。
イエイヌがともえの無謀な意図に気付いた頃には時すでに遅く、セルリアンはともえを見つけ、触手によって体を締め上げてしまった。
絶体絶命のピンチだ。このままではみんな助からない。
そう思ったイエイヌはアムールトラを起こそうとした。
しかしいくら揺さぶっても呼びかけてもアムールトラが起きることはなかった。
そこでイエイヌが思いついたのは、アムールトラに人工呼吸を行うことだ。
今の自分は、不思議な力によって水中でも呼吸が出来ている。それをアムールトラに分け与えることが出来ればと。
イエイヌの機転が功を奏し、アムールトラは弾かれた様に意識を取り戻した。
目覚めたアムールトラとイエイヌは、阿吽の呼吸で協力しあうことにした。
まずアムールトラが大声を上げて自分の存在をアピールした。
するとセルリアンはともえのことを放っぽりだして、お目当ての相手へと一心に向かってきた。
その隙にイエイヌはともえを抱きとめて安全を確保することが出来た。
状況は好転したが、相も変わらずピンチが続いている。さしものアムールトラも水中では思うように動けない。さらに彼女の片腕は瓦礫に絡まったままだ。
そんな状況で戦うなど、いかに彼女といえど万にひとつの勝ち目もないと思われた。
・・・・・・が、戦いは突然の異変によって打ち切られることになった。
アムールトラの腕輪に取り付けていたロープが、先ほどまでとは比べ物にならないぐらい強い力で引っ張られ、絡まっていた瓦礫を引き千切ったのだ。
その勢いのままアムールトラの体が上の方へ牽引され始める。
ともえとイエイヌは置いて行かれないようにと必死にロープにしがみついた。
物凄い勢いで海上へと引っ張り上げられた3人の体が、そのまま空中に浮かび上がった。
ロードランナーとフクロウ達が空を飛びながら心配そうに呼びかけてくる。
ロープを引っ張っていたのは彼女達ではなかったのだ。
上を見やると、ロープは謎の飛行物体に繋がれていた。
ともえはそれがホテル内に展示されていたヘリコプターだと気付いた。
そして機体の中から聞きなれた機械的な音声が「無事か」とともえに囁いてきた。
なんとヘリコプターの操縦者はラモリだった。
彼が言っていた脱出手段とはこれのことだったのだ。
ともえ達一行はヘリコプターに乗り込み、いよいよ倒壊するホテルから脱出しようとした。
しかしその時、海の中から触手が伸びてきヘリコプターの足に巻き付いてきた。
アムールトラを逃がさんとするセルリアンがしつこく追いすがってきたのだ。
ヘリコプターの飛翔力によって何とか踏みとどまり、セルリアンを釣り上げたまま空中に浮かんでいるような状態になった。
それを見てオオコノハズクとワシミミズクが機内から飛び出した。
セルリアンが足一本でやっとぶら下がっている今こそ、敵を叩くチャンスだと言うのだ。
2人は野生開放によってスピードを強化し、ヘリコプターにしがみつくセルリアンの触手を、猛禽類の鋭い爪で何度も引っかいた。
触手は少しずつ損傷し、さらにセルリアンの自重に引っ張られることで千切れていった。
ダメ押しと言わんばかりに、遅れて飛び出したロードランナーが一撃を加えると、触手が完全に切断され、セルリアンは海へと落ちて行った。
もはや行く手を阻むものがなくなり、ヘリコプターは急速離脱を始めた。
機内からともえ達が外の様子を伺っていると、ほどなくしてジャパリホテルは完全に倒壊した。
落ちてくる瓦礫によって、視界を覆い尽くすほどの水しぶきが上がる中、ともえ達はセルリアンの断末魔を耳にした。
ヘリの機内で茫然としながらも、ともえ達は互いに命が助かったことを確認し合った。
ともえはアムールトラの手を取り、あなたのおかげだと感謝を述べた。
・・・・・・しかし返事はなく、アムールトラは力尽きるようにその場に倒れた。
◇
ともえ達が脱出を果たした頃、先に船で脱出していたハツカネズミは、避難客を先導しながら上陸を果たしていた。
やがて一行は海にほど近い森の中にあるレストランを見つけ、少しの間ここで休ませて欲しいと頼み出ていた。
レストランの店主であるリャマはこれを快く引き受けた。
ハツカネズミは、オオミミギツネら仲間達と今後のことを話し合った。
とりあえず今日はここで休ませてもらって、明るくなったらお客さん達を家に返そうという流れになった。
ホテルを切り盛りするという生きがいを失ったオオミミギツネが意気消沈しているのを見て、今はそっとしておこうとハツカネズミは思った。
次に彼女はホテルで別れたオオコノハズクとワシミミズク、そしてともえ達の身を案じた。
探しに行きたかったが、今は避難客の安全を確保することが自分の役目だ。そう言い聞かせながら、沸き立つ不安を鎮めた。
オオコノハズク達の弟子のフクロウ達が彼女らを探しに行っているので、新たな一報がもたらされるのを待つしかないと。
そんな風にやきもきしていると、異様な音が建物の外に響き渡っているのを聴く。
風や雷の音とは違う異質な振動音だった。
安堵した空気から一転して避難客がざわつき始める中、ハツカネズミは「自分が様子を見てくる」と名乗り出て、彼女の付き人であるデグーと共にレストランを飛び出した。
森の中を見回りながら耳を澄ましていると、どうやら音の主が空から近づいて来ているらしいことを突きとめた。
だが生い茂る木々越しでは空が良く見えない。そう思ったハツカネズミは、森の中に偶然できた空地の中へ足を踏み入れた。
直後、轟音を立てて空から何かが降り立つのを見た。
ハツカネズミはそれが何であるか一目でわかった。
かつて自分が修理し、ホテル内で展示したヘリコプターだったのだ。
まさか実際に動いているのを見るとは思わなかった、とハツカネズミが絶句していると、さらに驚くべき出来事が起きる。
ヘリの中からオオコノハズクとワシミミズク、そしてともえ達3人が姿を現したのだから。
再会をよろこび仲間達に駆け寄るハツカネズミだったが、彼女らがみな異様に重苦しい表情をしていることに気付く。
ヘリの中にはもう一人フレンズが乗っていた。
アムールトラがピクリとも動かずに横たわっていたのだ。
ハツカネズミが触れた彼女の体は、氷のように冷たく、呼吸もなく、手首からは脈が感じられなかった。
オオコノハズク達によると、ヘリの中でも人工呼吸や心臓マッサージなど、思いつく限りの応急処置はしたらしい。
しかし彼女の意識が戻ることはなかったのだと。
◇
一行は、ハツカネズミの案内によって、リャマのレストランへとアムールトラを運び込み、そこで看病することに決めた。
ともえは自分がつい昨日訪れた場所だったことに驚き、あらためてこの一日ばかりで色んな事が起き過ぎた、と溜息を付いた。
リャマに事情を話すと、彼女は厨房の奥にある自身の寝室を提供してくれた。
アムールトラを担ぎ込んで店内を移動する一行。
それを脇から見ていた避難客が、アムールトラの姿を見てパニックを起こした。
何であんな奴を助けるのか、目を覚ましたらどうするのか、とブーイングが巻き起こる。
しまいには「ビーストを追い出せ」とオオミミギツネ達に迫ってきた。
命をかけて皆のために戦ってくれたアムールトラに対して心無い言葉を投げ付けられている。
そのことをイエイヌとロードランナーは悲しんだが、ともえは、今はともかく彼女を助けることに集中しようと2人に言い聞かせた。
ベッドに横たわらせられるアムールトラ。
ラモリが謎の数字を空間に映し出す。それはアムールトラのバイタルサインだ。
ハツカネズミやオオコノハズク達にはその意味が読み取れる。
いわく、アムールトラの体調が刻一刻と悪くなっているのだと。
一行は自分達に出来る限りの手を尽くしてアムールトラを看病した。
人工呼吸や心臓マッサージを続け、さらにアムールトラの体を温めるために暖炉に火を付けたり、湯を張った鍋などを当てたりした。
だが医療設備のないここでは、それ以上のことは出来ず、結局は彼女に残された生命力にかけるしかない状況だった。
部屋の外ではさっきまでと変わらず、避難客と、オオミミギツネらホテルのスタッフ達の問答が続いていた。
とあるフレンズが「ビーストを追い出さないなら自分達が出ていく」と言い放つ。
もう日が暮れているから危険だ、とオオミミギツネらが制止するも、ほとんどの避難客がレストランを出て行ってしまった。
そんな外の状況にかまうことなく、アムールトラを助けるために、自分達に出来るわずかなことを繰り返すともえ達。
アムールトラは一切の苦しみも痛みも感じさせない安らかな表情で眠り続けている。
その様子は何か幸せな夢でも見ているんだろうかと思わせるものだった。
ともえはただひたすらに祈った。そして信じた。
アムールトラが再び起きてくれることを、彼女がビーストではなくフレンズとして、この世界で幸せになれるはずだということを・・・・・・
to be continued・・・
_______________Story inspired by________________
“けものフレンズ” “けものフレンズ2”
byけものフレンズプロジェクト
“けものフレンズR”
by呪詛兄貴