空が白み始めている。
夕暮れ時にアムールトラさんの看病を始めてから一夜が明けようとしているんだ。
・・・・・・でも正直、たったそれしか時間が経っていないことにびっくりした。
あれからずっと時間が止まってしまったみたいな感じがする。この苦しくて不安な時間を、まるで何年も耐え忍んでいたような気がする。
きっとこの場にいるみんなもわたしと同じ気持ちだと思う。
イエイヌちゃんも、ロードランナーちゃんも、オオコノハズクさん達も、ハツカネズミさんも。
誰もが眠るアムールトラさんを見つめながら、言葉を無くしてたたずんでいる。
静かな部屋の中で、暖炉の火がぱちぱちと弾ける音だけが聴こえる。
アムールトラさんの体は氷のように冷たく、長いこと呼吸さえしていなくて、傍から見たらもう生きてはいないように見える。
だけどハツカネズミさんが言うには、フレンズが本当に死んでしまう時は元の動物の姿に戻るはずだから、アムールトラさんはきっとまだ踏みとどまっているとのことだ。
・・・・・・その言葉を信じるより他に、わたし達は何も出来ない。
「みんな、少し休憩した方がいいよぉ」
リャマさんが部屋に入りながら、間延びした優しい口調で呼びかけてくる。
片手にぶら下げたバスケットにはジャパリまんが人数分入っている。
寝ずの看病を続けるわたし達に差し入れを持ってきてくれたんだ。
彼女には本当に世話になりっぱなしだ。アムールトラさんの看病のために自分の寝室を貸すことになっても、嫌な顔ひとつしないんだもの。
でも、せっかくの気遣いはありがたいんだけど、食事がのどを通るような気分じゃなかった。
ジャパリまんを手に取ったきり、誰も口元に持っていこうとしなかった。
「みんなの様子はどうですか?」と、ハツカネズミさんがリャマさんに尋ねる。
「疲れてぐっすり寝てるよぉ」と小声で答えが返ってくる。
このレストランに残っているフレンズはもうそんなにいない。
わたし達と、オオミミギツネさんらホテルの従業員さん達と、ホテルにいた数人ばかりのお客さんだけだった。
ほとんどの子たちは自分たちの住処に戻ろうとここを出てしまっている。
夜の森は危険だっていうのに、アムールトラさんと一緒にいたくないからって理由で飛び出していってしまったんだ。
________カラン、カラン・・・・・・
静かな夜明け前のレストラン内に、乾いた甲高い音が響き渡る。
ドアチャイムの音だ。誰かがドアを開けてレストランの中に入ってきたんだ。
「ふぇっ!? こんな時間にお客さん?」
リャマさんがビクッと振り返ると、応対するために寝室から出て行った。
彼女が驚くのも無理ないと思う。
どうしてこんな時間にっていうのもあるけど、つい昨日ジャパリホテルが崩れ落ちるなんて大騒ぎがあったばかりなんだ。
ホテルとそんなに離れてないこのレストランにわざわざ来るなんて、何か事情を抱えたフレンズさんなのかな?
「い、いらっしゃいませぇ。でもォ、ごめんなさいなんだけど、今はお店開けてなくって・・・・・・えーと、ていうか、しばらくお店閉めるかもしれなくって」
「かまわない。客として来たわけじゃない」
向こうの部屋から聞こえてくる会話に耳を澄ませる。
リャマさんが困惑してしどろもどろに応対しているのとは対照的に、そのお客さんの声は不気味なぐらい落ち着き払っている。
そして、次にそのフレンズさんが発した言葉にわたし達は驚かされることになる。
「僕はアムールトラに会いにきたんだ」
どういうわけか、謎のフレンズさんはアムールトラさんがここにいることを知っている。そして「ビースト」ではなく本当の名前で呼んでいる。アムールトラさんの知り合いなんだろうか?
わたし達は居てもたってもいられずに、正体不明の訪問者の顔を見に行くことにした。
《なんなのあの子?》
《こんな時間に何しに来たの?》
鳴り響いたドアチャイムによって、店内で休んでいたフレンズさん達はみんな起こされてしまっていた。
寝ぼけ眼を眠そうに擦りながら、突然の来客に向かっていぶかしむような視線を投げかけた。
そのフレンズさんは、周囲の視線などお構いなしといった感じで悠然とたたずみ、辺りを物色するように見回していた。
そして、奥からぞろぞろと出てきたわたし達の方へと向き直ると「ああ、そっちか」と、上機嫌そうにクスクスと笑いながら呟いた。
「お前は何者です。見るからに怪しいですよ」
「顔を見せるです。そして名を名乗るです」
オオコノハズクさんとワシミミズクさんがさっそく詰め寄る。
その子の姿は良くわからなかった。真っ黒いフード付きローブを頭からかぶり、足先まで覆い隠してしまっている。
夜明け前の店内が薄暗いこともあって、口元がやっと少し見えるぐらいだ。
一見して分かるのはかなり背が高いってことだけ。アムールトラさんより若干低いぐらいかな。
________ジャランッ
その子はオオコノハズクさん達の指示にすんなり従い、頭に被ったフードに手をかけた。
チラリと見えた両腕の手首には、千切れた鎖の付いた腕輪が嵌められている。
見間違いじゃなければ、アムールトラさんの腕に付いているのと全く同じ物のように思えた。
「・・・・・・ひいっ!!」
その子が顔をあらわにすると、周りから悲鳴とざわめきが上がった。
フレンズさんの姿形は1人1人違うのが当たり前だし、普通なら自分と他人との見た目の違いに頓着したりしない。
しかし彼女の外見は、そんな常識を忘れさせるほどに個性的で、かつ恐ろし気だった。
顔面も髪の毛も、まるで血を頭からかぶったように、どこもかしこも真っ赤に染まっていた。
赤くない所と言えば、左右のこめかみから生えている渦巻き状の黒い二本角だけだ。
さらに目を引くのは、顔の皮膚全体が、ウロコに覆われているようにゴツゴツと節くれだっていることだ。
・・・・・・わたしは彼女の姿を見て、いつか本で読んだ「悪魔」とかいう怖い存在を思い浮かべた。さすがに羽は生えてないみたいだけれど。
せめてもの救いは、目が「ふたつ」あることだ。だからセルリアンではないことだけは確かだ。
他の部位と同じように真っ赤な瞳は、見た目の恐ろしさとは裏腹に、穏やかそうな理知的な目つきをしている。
「僕の名前はメリノヒツジ・・・・・・」
最後にその子はポツリと名乗った。
なるほど確かにヒツジのフレンズさんだったら、立派な二本の角を生やしていてもおかしくない。悪魔みたいだなんて失礼なことを考えるのはやめよう。
それでも、角以外の特徴はわたしの知るヒツジとはずいぶん違うんだけど。
「メリノヒツジ、お前はいったいどこから来たのですか?」
何とか冷静さを保っているオオコノハズクさん達がさらに尋ねる。
他のフレンズさんたちの多くは、セルリアンと遭遇した時のように怯えてしまっており、部屋の隅に固まって息をひそめている。
「アムールトラと同じ所から、とでも言っておこう」
「何ですって? どういうことですか?」
「・・・・・・話している暇はない。お邪魔するよ。その通路の奥にアムールトラがいるんだろう?」
強引に会話を打ち切ったメリノヒツジさんがこっちに向かってくる。
口調や物腰は穏やかだけれども、こっちの都合なんかお構いなしって感じだ。
わたし達はというと、彼女の見た目から発せられる威圧感に委縮するように、言われた通り道を開けてしまっていた。
彼女が通り過ぎた後で、追いかけるようにしてアムールトラさんが眠る寝室に戻った。
「・・・・・・会いたかったよ」
メリノヒツジさんは、横たわるアムールトラさんの前に立つなり、その大きな体をかがめた。
アムールトラさんの体の上に手を置き、呼びかけるようにポツリとつぶやいた。
わたしはそれを見て、見かけより怖いフレンズさんじゃないのかなと思い、メリノヒツジさんに声をかけてみることにした。
「・・・・・・あなた、アムールトラさんの友達なんだよね?」
「ああ、遠い昔からの戦友だ」
問いかける私に振り返ることなくメリノヒツジさんは答えた。
アムールトラさんは、わたし達と出会う前は天涯孤独だったように思えたけれど、ちゃんと友達がいたことが何だか嬉しく思えた。
「アムールトラを死なせたくない。僕は彼女を救いに来た」
メリノヒツジさんはそう言うなり、懐から何かを取り出した。
暖炉の火を反射してきらめくそれは、手のひらに収まるような細い金属の筒だった。
「その物体は何ですか」と、ハツカネズミさんがそれを見て不審そうに尋ねる。
「・・・・・・フレンズに爆発的な力を与える古の秘薬だよ。アムールトラを救うにはこの薬を打つしかない」
どうやら金属の筒は注射器であるらしかった。
メリノヒツジさんは筒を逆手に持ち替えて、アムールトラさんの首筋に近づけていった。
が、謎の注射を打とうとしている彼女に向かって「待つです!」とオオコノハズクさん達が大声で止めに入った。
「なぜ止める?」
「そんな得体の知れない薬、怪しすぎるです」
「大体おまえはすべてにおいて怪しいです!」
オオコノハズクさん達が堰を切ったようにメリノヒツジさんを問い詰める。
なぜアムールトラさんの居場所がわかったのか? なぜ彼女が今にも死にそうな状態であることすら事前に知っていたのか? そもそも普段はどこで何をしているフレンズなのか?
怪しい点を上げれば数に限りがないと言うのだ。
「話している暇はないと言ったはずだが・・・・・・こんな問答をしている間にアムールトラが死んでしまったら、君たちはどうするつもりなのかな?」
「ぐっ!」
メリノヒツジさんは何も答えない。話が平行線を辿ろうとしている。
わたしはそれを見かねて「あの!」と両者の間に割って入った。
「わたしは打った方が良いと思う」
「ともえ! お前まで!?」
メリノヒツジさん以外の、その場にいる全ての子がわたしに驚いた顔を向けてきた。わたしはみんなに自分のまっすぐな気持ちを伝えた。
わたし達はすでに手を尽くした。アムールトラさんのために出来ることはもう残ってない。だったら新しい可能性を示してくれたメリノヒツジさんに懸けてみるしかない、と。
確かに彼女は怪しいけれど、自分のことをアムールトラさんの「戦友」と称した言葉に嘘はないように思えたということも。
「わふ、ともえさんが言うなら・・・・・・」
「そーだよな。ビビッて何もしないよりゃマシだぜ」
イエイヌちゃんとロードランナーちゃんが同意してくれると、オオコノハズクさん達もしぶしぶ同意せざるを得ないような空気になっていった。
唯一、ハツカネズミさんだけが口元に手を当てて何かを考え込んでいる。
「ふん・・・・・・」
________ドシッ!
意見が何となく固まろうとした刹那、メリノヒツジさんはわたし達に確認さえすることもなく、おもむろに注射器をアムールトラさんの首筋に押し当てた。
赤い毛の生えた彼女の手のひらが震えている。注射器を打つためにかなりの力が込められているのがわかる。
数十秒は経っただろうか。わたし達が固唾を飲んで見守る中、ようやく注射器が引き抜かれた。
・・・・・・それきり沈黙が訪れる。
メリノヒツジさんは相変わらずアムールトラさんの前で身をかがめながら俯いている。
「何だよー! 何も起こらねえじゃねーか!」
「・・・・・・ちょ、ちょっと待って!」
痺れを切らしたロードランナーちゃんが声を上げる。
だがわたしはとある異変に気付き、彼女の手を引いて呼び止めた。
「ねえ、何だか暑くない?」
「ん? 言われてみりゃあ」
それは気のせいじゃなかった。部屋じゅうが異常な熱気に包まれているんだ。
この部屋はもともと十分に暖かったはずだった。アムールトラさんの体を温めるために暖炉の火を焚いていたからだ。
・・・・・・けど、それを考慮したとしても暑すぎる。ジッとしていても汗が噴き出してきて、足元がふらついて来るほどだ。
ほどなくして謎の熱気の発生源が、アムールトラさんの体であることに気付いた。
________はっ・・・・・・はっ・・・・・・
さっきまで何をしても冷たく青白かった彼女の血色が良くなり、僅かだったけれども呼吸が戻っていることも見て取れる。
「・・・・・・や、やった! アムールトラさん!」
蒸し風呂状態の部屋のなかが歓喜に湧いた。
何をしてもどうにもならなかったアムールトラさんが、明らかに回復して来ているのだ。
まだ目覚めていないにしても、これならかなり希望が持てる状態だと思う。
「わふ、メリノヒツジさん! ありがとうございます! 怪しいなんて思ってごめんなさい」
「礼などいらない。僕がそうしたかっただけだ」
イエイヌちゃんがメリノヒツジさんに駆け寄って頭を下げた。
メリノヒツジさんはゆっくりと立ち上がりながら振り返ると、相変わらずの無表情のまま、イエイヌちゃんやわたし達を見下ろしてきた。
望みどおりにアムールトラさんを助けられたというのに、まったく喜ぶ素振りがないその態度に不安を覚える。
「さて、アムールトラは遠からず目を覚ますだろうが、問題はもうひとつある」
「なんなの? どういうことなの?」
「・・・・・・君たちにここにいられると邪魔なんだ」
メリノヒツジさんは命令じみた口調でおどろくべき言葉を伝えてきた。
アムールトラさんのことは自分に任せて、ここにいる全員いますぐ立ち去れと言うのだ。そして二度と戻ってくるなと。
海へ出てもいいし、内陸の方に行ってもいい。ともかく遠くに行けということだった。
「どうして?」とこちらから問いただしても「ここにいたら死ぬから」と理由をぼかした回答しか返ってこない。
「・・・・・・ここから離れるなんて、嫌だよぉ!」
わたし達がざわつき言葉を失っている中で、真っ先に反対したのは、なんとリャマさんだった。
あの温厚な彼女が声を荒げるなんて、想像することすら難しいと思っていた・・・・・・が、彼女はいま必死の形相で大声を上げて、思いの丈をしっかり訴えていた。
「このレストランはアタシの大事な生きがいなのぉ! 他の場所になんて行きたくないよぉ!」
「ほう、そうか」
________ブゥンッ・・・・・・
メリノヒツジさんは涼しげな顔でリャマさんの非難を受け流した。
そんな彼女の右手が光った・・・・・・かと思うと、手からこぼれた光の粒子がひと固まりになって形を成していくのが見えた。
気が付くと彼女の手には鋭い二又の槍が握られていた。
「残念ながら、強制退去だ」
凶器を手にしたメリノヒツジさんの赤い瞳に殺気が宿る。
突然のことに戦慄するわたし達に、動作を見せつけるように槍を振りかぶり、勢いよく横なぎに薙ぎ払った。
________ドッガアアアアアッッ!!
「きゃあああっ!!」
耳をつんざくような破壊音が鳴り響く。
穂先はわたし達の頭上を通り過ぎ、たったの一撃で部屋の壁や天井を吹き飛ばした。
威力もさることながら、驚かされたのはその異常に広い攻撃範囲だ。
どういうわけか知らないけど、元から長かった槍の柄が、さらに何倍にも伸びているような気がした。
わたし達を狙ったにしては攻撃が上向き過ぎる。建物だけを壊すつもりだったのかな?
でも誰かが巻き添えになってもお構いなしという感じだ。
涼しい顔でこんな恐ろしいことをやってのけるなんて、このメリノヒツジさんというフレンズは一体どういうつもりなんだろう?
・・・・・・そして、天井に開けられた大穴から、わたし達は彼女以上に恐ろしい光景を目にすることになる。
「う、うわあああっ!! 何なんだよアイツらはっ!!」
ロードランナーちゃんが天を仰ぎ見ながら驚いて絶叫した。
そして寝室にいたわたし達のみならず、レストランじゅうから阿鼻叫喚の悲鳴が上がった。
________ブブブブブ・・・・・・
小型セルリアンの群れが、羽音を立てながら上空を飛び交っていた。
夜明け前の、明るくなり始めた群青色の空をも黒く染めてしまうほどの、とても数えきれないほどの大群だった。
あのタイプのセルリアンは、旅の途中で何度か見かけたことがある。
ロードランナーちゃんの故郷の水辺を枯らして、彼女がわたしと一緒に旅をする切っ掛けにもなった。
「ふっ」
わたし達が突然の事態にパニックに陥る中、メリノヒツジさんがまたも新たな行動に出た。
未だ目覚めないアムールトラさんを両腕に抱え上げると、その長身がふわりとジャンプした。
天井に開けられた大穴を飛び越えて、一瞬でその場から姿を消してしまったのだ。
一撃で建物を破壊する腕力だけでなく、その身のこなしも並外れているように思えた。
「ひぐっ・・・・・・なんで? なんでぇ?」
大事な自分のお店を壊されたリャマさんが、がっくりと項垂れて咽び泣いている。
他のフレンズさん達は、空を埋めつくすセルリアンの大群を見上げ、ただただ恐怖に震えることしか出来なかった。
「・・・・・・皆さん。落ち着いて聞いてください」
それまで沈黙を貫いていたハツカネズミさんが口を開いた。
上空を飛び回っているセルリアン達は、少なくとも今すぐこちらに危害を加えてくることはないだろうと言うのだ。
「状況から考えて、あるひとつの推理が出来ます・・・・・・アムールトラさんを連れ去ったあのメリノヒツジというフレンズ。おそらく彼女が”園長”なのでしょう」
園長と聞いて、その場にいる誰もがゴクリと息を飲む。
わたしもつい昨日、ヘリコプターに乗ってここに来る道中にオオコノハズクさん達から話を聞いている。
ジャパリパークで一番偉いフレンズ。だけど誰もその姿を知らない。
わかっていることといえば「ジャパリパークを正しい方向に導く」という目的を持っていることと、そのために仲間を集めているということだけだった。
ラッキービーストを操って見込みのあるフレンズに連絡を取り、仲間になれば欲しいものを与えてやるという誘い文句で協力を募るのが彼女のやり方。
オオコノハズクさんとワシミミズクさんも、最初はその言葉に釣られてアムールトラさんを捕まえに来たという話だった・・・・・・。
園長にはセルリアンを操る力があるという。
アムールトラさんを捕まえさせようとしたのも、ジャパリホテルに巨大セルリアンをけしかけて崩壊させたのも、各地でセルリアンを暴れまわらせているのも、全ては園長の仕業なのだと。
そんな恐ろしい存在の正体が、あのメリノヒツジさんだと言うのだ。
「な、なんだとォ! あのヤローがオレ様の故郷を!?」
「私たちのジャパリホテルを?」
「アタシのお店を・・・・・・」
メリノヒツジさんにそれぞれの住処を壊されたロードランナーちゃん達から怒りとざわめきの声が上がる。
そんな彼女たちに言い聞かせるように「良いですか」とハツカネズミさんの説明が続く。
メリノヒツジさんの目的はあくまでアムールトラさんを手に入れることだと言う。
強引な手段ばかり取っているが、他のフレンズをむやみに傷つける意図はない。
だからこそジャパリホテルをセルリアンに襲わせる時、事前にフレンズ達に避難を促してきた。
ついさっきアムールトラさんを連れ去る直前にも「ここから立ち去れ」と命令してきた。
メリノヒツジさんがセルリアンの大群を呼び寄せた理由。
それはきっと他のフレンズをなるべく遠ざけたいからだろうと言う。
こちらからメリノヒツジさんに近づこうとしない限り、わたし達が襲われることはないだろう。
以上がハツカネズミさんの推理だった。
「でも、メリノヒツジさんの目的はなんなの? アムールトラさんを連れ去って、他のフレンズさんが近づけないようにして、一体何をやろうとしているの?」
「そ、それは・・・・・・うううっ! もう少しで思い出せそうなのに、何も思い出せない!」
ハツカネズミさんがひどく苦しそうに唸っている。
どうやら彼女はメリノヒツジさんのことを知っているらしい。だが記憶が定かでなく、思い出そうとすればするほど頭が痛むという。
「い、行かなきゃ」
やがてハツカネズミさんは熱にうなされたように呟きながら、おもむろにレストランの出入口に向かって歩き出した。
だがそんな彼女に駆け寄り「待って!」と引き止めるフレンズさんがいた。
オオミミギツネさんだった。
記憶を無くして彷徨っていたハツカネズミさんをジャパリホテルで雇ってくれた、彼女にとっては恩人とも言うべき存在だ。
「行かないで! ジャパリホテルが無くなっちゃって、あなたまでいなくなったら、私はどうすればいいの!?」
「・・・・・・い、行かせてください! このままじゃきっと恐ろしいことが起きます! 誰かがメリノヒツジさんを止めなければ、ジャパリパーク全体がホテルのようになってしまうかもしれない!」
ハツカネズミさんの記憶が戻ることはなかったが、それでもなお得体の知れない強迫観念に晒されているようだ。
居ても立っても居られない様子で、仲間の制止さえ耳に入らない。
2人が言い争う中で「ともえさん」と、イエイヌちゃんがわたしにポツリと呼びかけてきた。
「・・・・・・ごめんなさい。私、役立たずです」
「な、なんで? どうしてイエイヌちゃんが謝るの?」
「ハツカネズミさんの代わりに、私が何か思い出せたらいいのに、何も思い出せなくて・・・・・・」
イエイヌちゃんは言う。
自分はきっとハツカネズミさんと極めて近しいルーツを持っているフレンズだと。
でもハツカネズミさんと違って、何かを思い出しそうな予兆すらない。それが悔しいんだと。
「そ、そんなの気にすることないよ! 昔のことなんか関係ない。大事なのは今わたし達が何をしたいのかってことだよ!」
と、わたしは思わずイエイヌちゃんの手を取って訴えた。
そして決意を新たにした。自分で言ったその言葉が、まるで背中を押してくれたみたいだった。
わたしが今やりたいこと、それは・・・・・・
「メリノヒツジさんを追いかけよう。アムールトラさんを取り返さなくちゃ」
無謀なことを言っているのはわかっている。
メリノヒツジさんを追いかけたりしたら、上空にいるセルリアンたちに襲われるかもしれない。
彼女の下にたどり着けたとしても、きっと物凄く強いであろう彼女を相手に、わたし達に何が出来るかわからない。
それでも行かなきゃ・・・・・・今度こそアムールトラさんが手の届かない場所に行ってしまうような気がする。
「わ、わふ! ともえさん!」
「行こーぜ! オレ様たちはいつでも前に進むんだ!」
「キョウシュウの長として、あのような暴挙は見過ごせないです」
「・・・・・・オオミミギツネさん、みんな。私は必ず戻ってきます。私の居場所はみんなの傍にしかありません」
わたし達3人とハツカネズミさん、オオコノハズクさんとワシミミズクさん達は、意を決してレストランの外に飛び出した。
他のフレンズさん達にはこの建物から出ないように伝えたけど、危なくなったら遠くに逃げてほしいとも伝えた。
威勢よく外に出てみたは良いものの、どこをどう探したものかと思う。
メリノヒツジさんのあの身のこなしなら、もう遠くに行ってしまっていてもおかしくない。
こっちには空を飛べる子が3人もいるから、空から探ってもらうのが一番なんだけど、今は空を飛ぶのはまずいだろう。
・・・・・・と、あれこれ考えるまでもなく、手がかりはすぐに見つかった。
「みんなあれを見て!」
わたしが指さしたのは、立ち並ぶ木々の間から立ち昇る狼煙のような謎の煙だ。
セルリアンに埋めつくされる黒い空の中にあっても、その煙はくっきりと浮かび上がるほどの深い闇の色をしていた。
・・・・・・あの色が示すものといったらひとつしかない。
狼煙が立ち昇る場所を目指して森の中を駆け抜ける。
ハツカネズミさんが推理した通り、空にいるセルリアンの大群がわたし達を見つけて襲ってくることはなかった。
やがてわたし達がたどり着いた場所は、岩がまばらに突き出た平原だった。
今この場にいる誰もが一度訪れたことのある場所だったので驚いた。
ここはアムールトラさんの縄張りだった場所だ。
わたし達3人がここを通りがかった時、オオコノハズクさん達とハツカネズミさんによるアムールトラさんの捕獲作戦がはじまり、全員が出会うことになった・・・・・・。
もう一度来ることになるなんて、まるで運命に引き寄せられたみたいだ。
狼煙が立ち昇る根元には、思った通りアムールトラさんがいた。
まだ眠っている。突き出た岩のひとつをベッド代わりにするように体を横たえている。
その体からは黒く禍々しい炎が、これまで見たことがないぐらいに激しく燃え盛っている。
あんな状態で目を覚ましたら、アムールトラさんはまたビーストに戻ってしまうんじゃないか? そんな怖い想像が頭をよぎる。
そしてメリノヒツジさんも同じところにいる。
特に何かをしている様子はない。アムールトラさんと向かい合いながら、岩の根本で膝を付いてジッとしているだけだ。
その様子はまるでアムールトラさんに向かって祈りを捧げているような姿だ。
「てめー、園長! アムールトラを返しやがれ!」
ロードランナーちゃんが威勢よく吼えながら踊りかかっていく。
まだメリノヒツジさんとの距離はあるが、彼女の健脚ならすぐにたどり着けそうなものだった。
接近する彼女を、メリノヒツジさんは黙殺するようにピクリとも動かない。
「だ、ダメですロードランナー! 止まってください!」
「何ぃ!? うわああっ!?」
________ブブブブブ・・・・・・!
・・・・・・が、動く物が他にあった。空で蠢いていたセルリアンの群れだ。
それまでわたし達に見向きもしなかったというのに、その動きは余りにも突然だった。
群れの中のほんの一握り。それでも数十匹ほどの個体がロードランナーちゃん目掛けて降り注いできたのだ。
________ドガガガガッッ!
ひと固まりになって急降下した獰猛な黒い集合体が、ロードランナーちゃんのすぐ目の前の地面を勢いよく削り飛ばした。
ハツカネズミさんの声掛けによって、ロードランナーちゃんは体当たりを何とか躱すことができたが、数十匹のセルリアン達は雪崩のようにふたたび彼女に追いすがってきた。
「う、うおおお! やべー!」
ロードランナーちゃんはたまらずUターンして、大急ぎでわたし達のいる所まで逆戻りすることになった。
彼女を追いかけてこっちに向かってくる大群に戦慄し思わず身構える。
・・・・・・が、セルリアン達の動きは予想とは違った。
ある程度ロードランナーちゃんが後ろに下がると、示し合わせたように彼女を追跡するのをやめて、再び上空に蠢く仲間達のところへ舞い戻っていったのだ。
「・・・・・・救いようのない愚か者どもが。何度も忠告してやったのに、聞く耳を持たないのか」
一連の攻防が終わったのち、メリノヒツジさんがやれやれと言った風に立ち上がり、振り返ってわたし達のことを睨みつけてきた。
仕組みがわかってきた。どうやら上にいるセルリアンたちは、メリノヒツジさんに近づこうとする者を攻撃しているみたいだ。
彼女がそういう風に命令している。セルリアンを操る力を持っているというのは本当のことだったんだ。
これじゃアムールトラさんを取り返すどころか、近づくことすらも出来ない。
「もう一度言ってやる。死にたくなかったら消え失せろ」
「・・・・・・ど、どうしてそうなるの? あなたはこれから何をしようとしているの?」
頭に浮かんだ疑問を投げつける。
近づけない以上、わたし達に今できる唯一のことは、離れたところからメリノヒツジさんを問い詰めることだけだ。
アムールトラさんをどうする気なのか? なぜ他のフレンズさんを苦しめるようなことばかりするのか? 彼女がジャパリパークの園長であるならば、あまりにも異常な行動ばかり取っていると言うしかない。
「・・・・・・フッ、命よりも納得が欲しいか。それもいいだろう」
メリノヒツジさんは意味深にほくそ笑むと、いかにもリラックスした様子で背後の岩にもたれかかった。
「僕にはもう焦る理由がない。このままアムールトラが目覚めるのをじっくり待つだけだ。お前らのような愚か者と懇談して時間を潰すのも悪くない・・・・・・聞きたいことがあるなら全部教えてやろう。冥土の土産話にでもするがいい」
上機嫌に語り始めるメリノヒツジさん。
まず答えてくれたのは、何故わたし達がここにいたら死ぬことになるのかについてだ。
わたし達を脅かすのはメリノヒツジさんでもなく、上にいるセルリアンの大群でもなく。
・・・・・・やがて目を覚ますアムールトラさんだと言う。
アムールトラさんが再び目を覚ました時、ビーストとしての力をすべて取り戻しているだろうとのことだ。
今もなお全身から立ち昇る黒い炎が示す通りだ。
そして力だけではなく、精神的にも完全にビーストに戻ってしまう。2度と正気が取り戻されることはなく、目の前の物を見境なく襲い続ける存在になってしまうと。
それがメリノヒツジさんが打った注射の効果だという。
だからこそ彼女はアムールトラさんを他のフレンズから引き離していたらしい。
「あなただって襲われることになるのではないですか?」とハツカネズミさんが冷静に質問すると、メリノヒツジさんは「それこそが僕の目的だ」と、恍惚とした表情で返した。
「僕はアムールトラに全盛期の力を取り戻してほしいんだ。だがそのためには進化促進薬を打っただけでは足りない」
「それがあの薬の正式名称ですか・・・・・・しかし、ではどうすると?」
「簡単な話だよ。彼女は飢えている。腹を満たしてやる必要がある。トラの食事と言えば肉しかないだろう? だから僕は、彼女にその身を捧げることにしたのさ」
・・・・・・嬉しそうな顔で、なんておぞましいことを言うんだろう。
フレンズがフレンズを食べる。あまりにも衝撃的な内容に、その場にいる誰もが青ざめた。
そして自ら望んで食べられようとする彼女の思考も到底理解できなかった。
わたし達フレンズはお腹が空いたらジャパリまんを食べればいい。
でも、ビーストであるアムールトラさんはジャパリまんが食べられないんだという。
どんなにお腹が減っていたとしても、体が受け付けないから無理だって話だ。
・・・・・・初めて知った。だけど心当たりはある。
ジャパリホテルの牢屋に入っていた時も、わたし達が差し出したジャパリまんを彼女は食べなかった。水だけをやっと飲んでくれたんだった。
「きっとアムールトラは、今まで正気を失った状態でも、フレンズを食べないように我慢してきたのだろうな。そこらの木の実やなんかで飢えをしのぎ、泥水を啜って生きてきたのだろう。
・・・・・・だから見る影もなく弱くなってしまった。お前らごときでも捕まえられるほどになァ?」
メリノヒツジさんがオオコノハズクさん達を指さしてせせら笑う。
彼女達にアムールトラさんを捕まえることを依頼した一件のことを言っているのだ。
「ぐっ、バカにするなです!」
「・・・・・・お前らには想像も付かんだろうがな」
が、次の瞬間には2人を無視するように視線を外し、遠い目で思い出を語り始めた。
「全盛期のアムールトラはまさしく最強と言うしかなかった。他とは次元が違う実力だった・・・・・・だが、たったひとりだけ、アムールトラと互角に戦える無敵のフレンズがいた」
「い、いったい何者です!?」
「フッ、遠い昔に死んでしまった誰も知らないフレンズさ。僕の思い出の中でのみ永遠に輝きつづけている・・・・・・特にあの戦いは最高だった。アムールトラと彼女が繰り広げた究極の対決・・・・・・2人の強さは神話の領域に達していた・・・・・・!
僕はアムールトラがあの時の強さを取り戻すための生贄になるんだァ・・・・・・その時こそ僕の人生は完成する! クククッ! あははははははっっ!」
歓喜に打ち震え高笑いを続けるメリノヒツジさんにわたし達は言葉を失った。
言っていることが何一つ理解できない。考えていることが根本から違う。こっちが何を言っても無駄なような気がする・・・・・・
「ふ、ふざけてんじゃねー!」
そんな空気が漂い始めた中で、誰よりも負けん気の強いロードランナーちゃんが怒鳴った。
相手を馬鹿にしながら好き勝手なことを語り続けるメリノヒツジさんに怒り心頭の様子だ。
「いったいぜんたい何がやりてーんだ! アムールトラのことだけじゃねー! 何でオレ様の故郷をセルリアンに襲わせた!? ジャパリホテルだって、レストランだって、みんな幸せに暮らしてたのに! 何でみんなの幸せを奪うんだ!?」
「・・・・・・ならば、逆に問おう」
メリノヒツジさんがぼそりと答える。
上機嫌に笑っていた彼女の表情が、いつの間にか神妙な、静かな迫力を滲ませるものに変わっていた。
「故郷が大事なら戦って取り返せばいい。お前は一度でも抗ってみたか?」
「で、出来たらやってるぜ! あんな大量のセルリアンが相手じゃどうしようもねー!」
「己が無力だと思うなら鍛えればいい。自分ひとりで足りないなら仲間を募ればいい。力じゃかなわないと思うなら作戦を練ればいい・・・・・・やれることは無限にあるはずなのに、何故やらないのだね?」
怒涛の勢いで質問を返してきたメリノヒツジさんに対して、ぐうの音もないロードランナーちゃんが青ざめている。
その様子を見て彼女は「惰弱なフレンズめが」と吐き捨てるように呟いた。
「僕の目的は、お前のようなフレンズの意識を変革することだ。フレンズが平和に暮らす時代は間もなく終わるのだ。1人1人が、来たるべき戦いに備えて己の牙を研がなければならない。
そのようにフレンズたちを導くことこそ、園長たる僕の役目・・・・・・そして”最強の力の体現者”であるアムールトラの復活をもって、僕の宿願が果たされることになるだろう」
来たるべき戦いとは何なんだろう?
・・・・・・よくよく考えると、メリノヒツジさんは急に心変わりを起こしたとしか思えない。
彼女ならやろうと思えばいつでも事を起こせたはずだ。
でも実際にはジャパリパークには長いこと平和が続いていた・・・・・・なぜ最近になってセルリアンを暴れさせるなんて事をやり始めたんだろう?
「誰も戦いなんか望んでないですよ!」と、オオコノハズクさんが声を荒げた。
みんなで平和に暮らしているこの世界に不満なんかない、と、今を生きるフレンズの代表然とした面構えで訴えてくれたのだ。
「だいたい私達に何と戦えって言うですか? お前が差し向けるセルリアンとですか?」
「いいや・・・・・・奴らはセルリアンなどとは比較にならないほどに恐ろしい」
額にしわを寄せ目を閉じるメリノヒツジさん。何か辛いことを思い返しているような表情だ。
今までわたし達をバカにしたような態度だったというのに、打って変わって苦しそうな様子を見せている。それがかえって恐ろしかった。
「フレンズが戦うべき宿命の相手、それはヒトである・・・・・・この星の歴史において最低最悪の生命体である」
メリノヒツジさんは、その「敵」の話をわたし達に向けて語りはじめた。
to be continued・・・
_______________Cast________________
哺乳綱・ネコ目・ネコ科・ヒョウ属トラ亜種
「アムールトラ」
哺乳綱・鯨偶蹄目・ウシ科・ヤギ亜科・ヒツジ属
「メリノヒツジ」
哺乳綱・ネコ目・イヌ科・イヌ属
「イエイヌ」
鳥綱・カッコウ目・カッコウ科・ミチバシリ属
「英名G・ロードランナー 和名オオミチバシリ」
鳥綱・フクロウ目・フクロウ科・コノハズク属
「アフリカオオコノハズク」
鳥綱・フクロウ目・フクロウ科・ワシミミズク属
「ワシミミズク」
哺乳綱・げっ歯目・ネズミ科・ハツカネズミ属
「ハツカネズミ」
哺乳綱・クジラ偶蹄目・ラクダ科・リャマ属
「リャマ」
哺乳綱・ネコ目・イヌ科・オオミミギツネ属
「オオミミギツネ」
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「通称ともえ」
_______________Story inspired by________________
“けものフレンズ” “けものフレンズ2”
byけものフレンズプロジェクト
“けものフレンズR”
by呪詛兄貴